●リプレイ本文
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「‥そういう動きは‥撃たれても文句を言えないぞ」
飛び出してきたミィブにウラキ(
gb4922)は反射的に銃を向けたが、続けて出てきたサァラ・ルー(gz0428)達の姿にゆっくりと銃を下ろした。
「ウラキさん‥‥?」
飛び出してきた傭兵達の中によく見知ったサァラの顔があって、ウラキは一瞬だけ微笑む。
「久しぶりだな。‥‥いつも通り、話は後か」
合流したサァラ達は、すぐに黒髪の少女について説明をし、ドクター・ウェスト(
ga0241)が練成治療を用いて治療にあたった。
ひとまずの安全が確保され、またも座りこみ泣き始めた赤髪の少女の前にルナフィリア・天剣(
ga8313)が立つ。
ルナフィリアに気づき見上げると、容赦無く冷めた視線を放つ目と目が交差し、少女は僅かに怯えた表情を浮かべる。
「――泣いてる暇があれば戦え。戦わないとお前自身や仲間が危険に晒される」
ルナフィリアの言葉通り、治療に足を止めている間、手の空いている者が周囲の警戒に武器を構えていた。
「幸いあの程度の負傷なら処置可能だ、失敗を悔やむのは後にしとけ」
正論だ。だが、それでも厳しいことを言われて、気持ちの上で立ち上がるに立ち上がれずにいた赤髪の少女は、横合いからコンコンとヘルメットを叩く音に顔を向ける。
「はじめまして。私は春夏秋冬立花(
gc3009)。あなたは?」
座ったままの少女に視線を合わせる様にして屈んで、立花は優しく話しかけた。
少女はかすれた声で名前を答えた為に、よく聞き取れなかった。それでも、ちゃんと聞こえた様に立花は頷きを少女に返す。
「ここがどこか判る?」
「じゃあ、他に何が判る?」
少女の感情を落ち着かせるようにして、一つ一つ丁寧に聞いていく。
「それなら、今のあなたには何が出来るかな?」
「あの子に‥‥謝りたい」
「――よし、それだけでいいから頑張ろう」
少女の手を握ってゆっくりと引っ張り上げ、立たせる。
「‥‥行く前にその酷い面は何とかしとけ。起きて1番に見るのがソレとか、たぶん嬉しくないぞ」
時枝・悠(
ga8810)に告げられ、慌てて赤髪の少女はヘルメットを取り、自分の顔を拭く。立花に背を押されて、少女は黒髪の少女が治療を受けている所へと一歩踏み出す。
「どう‥‥なのかな?」
ウェストの後ろから覗き込むようにして、赤髪の少女が問いかける。
傍目にみた黒髪の少女の様子は、あまり芳しくないように見える。声に不安が乗っていた。それでも、上級クラスの人であればあるいは、と思ったのだが、
「これはちょっと傷の種類が悪いね〜。錬成治療で細胞を活性化させてみたけど、蜘蛛に食いちぎられた部分からの失血が多すぎたね〜。すぐ目覚めさせるのは無理だ〜」
少女の顔から血の気が引き、青く染める。しかし、ウェストは慌てず続けた。
「大丈夫、気を失っているだけだ〜。傷は塞いだし、帰還して十分休ませればすぐに治るね〜」
少女はそれを聞いて、ほっと安堵の息を漏らす。それでも、まだ少し彼女の手は震えていた。
そんな彼女をみて、ウェストは普段よりどこか寂しげな笑みで、
「我輩は以前、非能力者の少女を戦闘に巻き込んで殺してしまったことがある〜」
少女に言い聞かせるように語らい始めた。
「以来我輩は枷を科した〜。『地球が戦うための武器』として地球の生命を奪わない、ソシテ生命維持のために他の生命を奪うことも許さないとしたね〜」
――まともな食事をせず、サプリメントはそのため――。
「我輩が死んでも贖罪にならないどころか、武器を失うということは地球を裏切ることになるからね〜」
ひとつ呼吸を挟み、
「ドウするかは自分で決めたまえ〜」
いつものように唇の端を笑みと吊り上げた。
ひとまず、黒髪の少女の容体が安定し、そこでようやくサァラ達にも余裕が生まれた。
「さて、これからどうするかだけど、その前に」
風代 律子(
ga7966)が声を上げて注目を引いた。
「――皆よく頑張ったわね。ここからは私達も協力するわ」
にっこりとサァラ達に笑みを向けて、仲間が一人重傷という中でここまで辿り着いた労をねぎらう言葉を口にする。
「挨拶がまだでしたね。みいぶさん、生でははじめまして。今度生で触らせてください」
「生?」
『生』の意味を理解できなかった様で触手を傾げた。
「おひなちゃんもお久しー」
――ひさしぶりなのー。
「残りのみんなにも名前付けないといけないから、ちゃんと帰らないとね」
――わーい! みんなよろこぶとおもうのー!
おひなからの返事に、立花は顔を綻ばせる。
「クリューニスへの個人的な連絡は余り取らない様に」
悠がやれやれと立花とおひなの会話に割り込む。
「ここまで来たら、相手にも何らかの手段で念話が知られてるかもしれない。危険は最大限減らしたいんでね」
はう、とちょっとばかり焦りながら「そ、そうですね、じゃあ、おひなとの会話はこれくらいで」――そ、そうするのー。などと、わたわた会話を続ける二人に悠は苦笑を浮かべる。
隣に大きな影が生まれ、ふと目を向ければミィブが隣に並んでいた。
「久しぶりだね。こうやって直接顔を合わせるのは初めてか」
「久しぶり。顔、初めて、正しい」
まだ拙い翻訳機を通じて、ミィブは言葉を交わす。過去のいずれに命をやりとりした間柄に、奇妙に慣れ親しんだ感覚がある。
信頼感とも言い換えていいそれを二人が感じている間を押して、ルナフィリアが、さて、と一言前置きをする様に皆の注目を集める。
「怪我人はどうにかするとして、これからの事を話し合おうか。彼女を救助対象として扱うにしても、状況は面倒で厄介だ。――それがいつもの事だとしてもね」
そして、その事態をこれまで何度も打開してきた自負が自分達にある。
だからこそ、彼ら彼女らは悲観に俯く事は無い。
負傷者が居る現状で、そのまま救出を進める事はためらわれた。戦力の均衡を図りながら、合流した二班をA班とB班に分ける。
「バーデュミナス人もソウだが、バグアを滅ぼすまで君達も仲間と認めよう〜」
ウェストが同じA班のメンバーの内、合流した新規メンバーに挨拶を交わす。
それぞれの視線が一巡するのを読み取り、ルナフィリアは踵を返した。
「さあ、行こうか。普段通りに油断も躊躇も逡巡も容赦も無く全員で生還しよう」
二手に分かれて、傭兵達は救出行を再開した。後方に消えていく別れた道を振り返り、金髪の少年は、微かの後悔を額のしわとして覗かせた。
「――どうしたの?」
「いや、何でも‥‥ないです」
自分よりも年上の女性という事を意識して、金髪の少年は、思わず丁寧語になりながら答える金髪の少年。律子はその表情から何かを読み取り、
「大丈夫よ、あの子達は彼らがちゃんと守ってくれるから」
柔らかな笑みを向けて、優しく少年の頭を撫でた。反射的にその手から逃げるようにして身をよじらす。
「お、俺は‥‥心配なんか」
律子に分かったような顔でお姉さんぶられて、少年は少し反発するように顔を背けてしまう。
「ふふ、そうね。あの子の心配なんてしないわね、男の子だもの。ほら、それなら前を向きなさい。私達は私達の出来ることをしっかりやりましょう?」
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クリューニス達の位置の捜索は順調に進んでいた。予定の位置からクリューニスと二度の連絡を取り合った二班は、互いの距離を縮めて無線でクリューニスとの連絡の結果を報告する。
そして、クリューニスが居ると思われる予測範囲を大きく縮めた。
「――外さない。信じてくれていい」
ウラキが制圧射撃で蜘蛛キメラの集団の動きを止めると、味方の脇の僅かな隙間を通り抜けるような援護射撃を繰り出す。
援護射撃を受けながら、律子が瞬天速を使用し、蜘蛛キメラの鼻先に飛び込む。蜘蛛達が、ギ、と呻いたのは、驚きか。しかし、蜘蛛達はキメラの本能にその驚きを飲み込ませて、一斉に獲物へと群がる。
接敵と攻撃はほぼ同時に行われた。律子は飛び掛かってくる蜘蛛キメラの手足をナイフで斬り払いながら、弾き飛ばして後続へとぶつけて動きを止め、動きの止まったところで、自らは再度の瞬天速で後ろへと跳ぶ。
蜘蛛はその突進を止めずに、後方へ跳躍した律子を追いかける。
B班は通路を阻む様に蜘蛛キメラ達との戦闘に苦戦していた。
――キメラの数が減らない。
いや、正確には、減らした傍からそれ以上の数が増えていっているといった方が正しい。
次第に劣勢になり、前衛として戦っていた金髪の少年が突出する形で蜘蛛キメラに囲まれ始める。
「危ないわ、下がりなさい!」
「前に出ます!」
金髪の少年を庇うようにして下がらせる律子と、金髪の少年の前に出て代わりに囲まれる立花。
律子と金髪で分散させていた前線への圧力が立花へと集中する。
「くっ」
立花の小柄な身体を覆い隠す程の群れが、一斉に襲いかかる。
凄皇弐式を振り回して薙ぎ払うが、その斬撃を掻い潜って、蜘蛛キメラ達が立花の身体に咬み付いた。
強力な顎で装甲の薄い部分を装甲ごと食い千切る。身体の複数個所を同時に食い千切られる激痛に、声にならぬ叫びを上げる。
ウラキとサァラの援護を受けて、追い縋る蜘蛛キメラの追撃を躱しよろめきながらも後方へと下がる。
「一度退くぞ‥‥別ルートを探そう」
蜘蛛キメラの壁を突破できないと判断したウラキが制圧射撃をかけ、仲間の後退を援護する。
B班が行く手を阻まれて別ルートへ回った頃、A班は予測範囲のエリアに到達していた。丁度、通路の先には、行き止まりのドアがある。
一行は警戒しながらドアを開き、中に突入する。そこは通路途中に作られた休憩スペースのようだった。こういったスペースは得てして、侵入者を迎撃する為のスペースとして設けられている。つまり――、
「内装の影にキメラが隠れては――いないか」
「このスペースの通気ダクトはどこかな? 奇襲に注意しとけ」
悠とルナフィリアの指示の下、蜘蛛の隠れていそうな箇所をチェックしていく。
通気ダクトは入ってきたドアの直上。怪しげな動きは見えず、待ち伏せてはいない様だった。
ダクトからの奇襲を警戒して銃口を向けながら、スペースの中を進む。
全員がドアを潜り、スペースの中へと進んだ時、
「来た」
ダクトを始終警戒していたルナフィリアがエネルギーキャノンを放つ。醜悪な悲鳴が猛り、入ってきたドアの直上側ダクトからぼとりと蜘蛛キメラが落ちた。
だが、一匹で終わりではなかった。ダクトの奥から、無傷の蜘蛛キメラが無数に湧いて出てくる。同時に、反対側、スペースを抜けた奥から身体の半分が機械化されたキメラ数匹が現れた。各々二つの発光体を薄紅に光らせながら行く手を塞いでくる。
ルナフィリアが最後尾、ウェストに群がろうとする蜘蛛を手前から狙い撃ち倒していくも数は多く、あっという間に前後を塞ぐ形で溢れだす。
「まだまだ出てくるね〜」
蜘蛛の追撃を逃れつつ、ウェストは周囲の状況を先見の目にて一瞬で把握する。
ウェストの覚醒紋章が周囲に華と開いた。開いた華はバグアへの強い憎しみを含んだ『憎悪の曼珠沙華(リコリス)』。
目を奪われそうなほど咲き誇った花を背にしながら、ウェストはエネルギーガンを連射し、襲いこようとした蜘蛛キメラを片端から撃ち貫いていく。まるで憎悪に囚われて、狂気に走ったかのような銃撃の乱射に、赤髪の少女は少し息を呑んだ。
「‥‥我輩の真似はするな〜。ただの憎悪の結果だからね〜」
向けられる視線に、僅かに目をやってウェストは忠告した。
「私になら多少当てても構わないから、射撃支援を頼む」
赤髪の少女の肩を叩いて、前に出る。
「誤射が怖いなら壁なり天井なりに弾幕張って道を遮るだけでも良いし。敵の位置を知らせるだけでも良い」
敵の動きを見据えながら、腰を落としてタイミングを図る。
「出来ない事は仲間がやってくれる。出来ることだけやれば良い」
「――はい」
悠は赤髪の少女の返事を合図として、前方の機械キメラの懐へと飛び込んでいく。少女の放つ援護射撃が、機械化キメラの意識を逸らせる。
悠への反撃よりも射撃の防御に入ったキメラ隙をついて間合いを一気に詰めた悠は、一撃でキメラ一体の半身を断ち割った。
反撃の爪を走らせるが、その爪は赤髪の少女の援護射撃に狙いを逸らされ、空を切る。
もう一撃、悠が刃を走らせれば、キメラは膝をついて倒れる。
「手を止めるな。牽制は任せた」
後ろに言葉を投げて、悠は次の獲物を目掛けて刃を振るった。
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キメラ達を倒した先のドアの奥、小動物を押し込めておくようなケージの中に彼らは居た。
人鳥に似た小さな足に、猫耳の様な二つの突起がついた10センチほどの青いまりもの群れ。
くるくるとした目でこちらを見て、その謎のまりも生物は嬉しそうにぴょんと飛び跳ねた。
「初めまして。改めまして、だろうか。まあいいか。あんた達がクリューニスであってるかい?」
悠の疑問の声に、
――そうなのー!
クリューニスのおひなが飛び跳ねながら答えた。嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる最中に送られてくる幾つもの感謝の声。
「なら、帰ろうか。歓談は後でゆっくりと。家に帰るまでが遠足だ、なんて」
クリューニスの閉じ込められたケージが開かれ、青い羽毛の塊が飛び出してくる。
コンテナに入りきらなかったクリューニス達は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、人間の駆け足程度の速度でついてくる。
無線機で連絡を取りながら、A班はB班と連絡を取り合流に成功し、大所帯となりながら、全員での生還を目指して脱出していく。
「顔を見て安心した‥‥見ないうちに少し大人びたか?」
「え、あ、そ、そうですか?」
クリューニス達の速度に合わせて駆けながら、ウラキがサァラに話しかける。
照れ気味に答えるサァラの顔を見る事無く、ウラキは前を向いて話を続けた。
「‥‥正直、サァラが傭兵を続けているとは思わなかった。結果がどうあれ‥‥目的は果たした筈だ。勝っても、想像より遥かに救いのない事を知った君がなぜまだ戦うのか。‥‥不躾な質問と、分かっているが教えてくれるか?」
ウラキの言葉に、逡巡し、やや躊躇った後、サァラは呟くように話し始めた。
「あの後、本当は能力者を辞めて故郷に帰るつもりでした。けど‥‥」
「けど?」
「知り合いのオペレーターが‥‥」
苦笑して、そこで話を変える。
「ウラキさんは知っていました? 地球って本当に丸くて青かったんですね――」
宇宙に昇ってきた時に初めて見た――たぶん、故郷に居れば見れなかった光景。
「ウラキさん、あたしはこの戦争が終わったらちゃんと故郷に帰ります。けど、故郷に帰る前に、少しだけ傭兵でしか見れないものを見て回りたいな、とそんな風に思ってるんです。宇宙人、なんていうものでしたり、ね」
「そうか‥‥それもいいんじゃないか、な」
ウラキは少しだけ寂しげに微笑んだ。