タイトル:【福音】朱い林檎の枝マスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/26 02:12

●オープニング本文



 月面会戦以前に救出されたバーデュミナス人達からは、クリューニスを介して様々な情報を得ていた。冷凍睡眠から覚めた中には、彼らの母星でバグアに敗れた古代の戦士すら存在し、彼らが本星艦隊に隷属するに至った状況も明らかになっていた。
 また、クリューニスに関する情報も幾つか得ている。彼らは本星艦隊本部ステーションの一角で飼育されており、その理由は、フォースフィールドを弱体化する能力を持っている為であるという。また、彼らは如何なる生物相手でも言語に関係無く会話を成立させる能力を持つ、との事である。
 FFに干渉する能力は人類にとって有益だ。また、仮にクリューニスが『エミタ』と意思を疎通できる存在であったなら、未だ謎が多く不安定な『祈念』の解明、安定化に何らかの良い結果を齎す可能性がある。

 一方で、第三艦隊が全滅し、第二艦隊の戦力の大半を失ったバグア本星艦隊は、本星至近に在った本部ステーションを中軌道へ前進させていた。無傷の第一艦隊を戦闘の主力とする意図であろうと推測できるが、クリューニスの確保を狙う中央艦隊にとっては寧ろ都合が良い。
 月面会戦にて巡洋艦3隻を失った中央艦隊は、新たに進宙した巡洋艦2隻を加え、引き続き本星艦隊、および本部ステーションの攻略を目標とし、中軌道での戦闘を開始した。


「‥‥しつこいわねっ!」
 汗臭さの漂うコクピットの中、レイテ・スレイが吼える。
 薄暗いモニターの向こう、宇宙の黒の果てに映る淡い光の点。
 星の瞬きにも似た光の点滅が数度。放たれた光の奔流がレイテの機体を狙い来る。
 もう何度目になるかもわからない急激な回避軌道を取る。激しく揺さぶられる機体。
 能力者が超人とは言え、激しい回避軌道の連続に、身体が悲鳴を上げる。
 汗が飛び散り、モニターに水滴を打つ。水滴の流れるモニター。その端に新しくウィンドウが開き、ジャネット・路馬(gz0394)の姿が映像として映し出される。
『レイテ、味方の後続が来た。後は彼らに任せて戻れ』
 告げる。レイテは切れ長の目を細めて、眉を顰めた。ややあがった息をはぁふぅと吐きながら、すっと一息吸う。
 調息はそれで足りた。
「やられたらやり返さないと気が済まないんだけど?」
 視線を遠くの光の点の群れ――獲物の群れ――に走らせながら答える。
『君の性格はよく知っているが、機体の方が限界だろう。一度戻れ』
 モニターの端、ジャネットの映るウィンドウのすぐ近くにある練力計は、警告を示す赤の色を示し、点灯を繰り返していた。
 宇宙での戦闘では、すぐに練力が尽きる。味方の後続とともに反撃に移ったところで、一撃を加えたところで、離脱を考えなければならないだろう。
 宇宙戦闘での基本中の基本として、練力の残量には気を配っていなければならないが、それが少しでも頭から抜けていたことは、疲労が思考を鈍らせている証拠でもある。
 痛いところを突かれたという思いとともに、自分の身体状況を多少下方向に下降させて把握しなおす。
「――わかったわよ」

 レイテの返答を聞きながら、ジャネットはモニターの向こう、心の中で胸を撫で下ろした。
 最近、レイテがやや幼い言動を繰り返すようになっていた。おそらく、原因は彼女の妹が亡くなったことだろう。
 レイテの妹は、彼女にとって様々な負担となる枷であったと同時に、それが彼女を自制させ、自律させ、大人として振る舞わせている支柱でもあった。
 レイテの本来の性質としては、今の姿が正しいのだろうが‥‥
(軍人としては失格だな)
 今までが軍人として理想の姿を体現していたかというと、首をひねるしかないものではあるが、それでも、今に比べれば、まだ軍人としてギリギリのラインを保っていたと思う。
 命令に逆らおうとする理由が、個人的な感情ではただ困るしかない。
『――少尉、後続のスライン隊が前線の敵と交戦を開始しました』
 部下からの報告に思考が引き戻される。レイテの手綱の引き締め方はまた後で考案すればいい。今は撤収の指揮が先だ。
「よし。私たちも艦に戻るぞ。砲撃型キメラの射程外とはいえ、気を抜くな。引き際にこそ気を引き締めろ」

 退き上げていくカーク隊インターバルを挟みつつも、彼女たちの戦闘は続く。
 彼女たちの役目は、敵の目を引き付けて、ここで戦闘を続けること。
 より多く、より長く、敵をこの戦場に引き付け、可能な限りの敵を撃破すること。
 それは、彼女たちの裏で動く中央艦隊の本隊が、敵の本部ステーションを討つための陽動。
(戦闘を長引かせて注目を集めることが目的とはいえ、こうも長いと――)
 ジャネットは、自機のラインガーダーを母艦となる護衛艦に着艦させながら、肩を落とすように息を吐く。
 モニターの照り返しに、一瞬自分の顔が映る。目に見えて疲れが溜まっているように見えた。
(入れ替わりに出た――スライン隊、と言ったか。新兵の集まりということで、今回の戦闘には参加させないはずだったが‥‥猫の手も借りたいこの状況では仕方ないか)
 月面会戦から然程時間を経たわけでもなく、艦の修繕は間に合っても、それに見合う人員の補充が間に合っていない。
 損耗は依然激しく、宇宙戦闘の経験を積んだ兵士は貴重だった。
 それは、宇宙戦の開始以来、早期から宇宙戦闘を繰り返してきたジャネットの隊も当てはまる。
 部隊の特性として、非能力者を中心としているため、前線には駆り出されないものの、後方での戦闘任務には絶えず参加を要請されていた。
(目の前に吊られた餌が大きすぎるな。皆、急いている気がする)
 モニターの接続を、機体のアイカメラ出力から、艦内無線へと切り替え、そこから、護衛艦外部のカメラ映像を出力させる。
 モニターに映るのは、赤い星。巨大なその星が手の届きそうなほどに近く見えるこの宇宙において、人類の攻勢は続いていた。
 まるで、赤い飴玉を目の前に転がされたアリのように盲目に群がっていく。誰かが言ったわけではない。ただ、誰もがこの戦争の悲願を目の前にして、突撃の号令を掛けているかのようだった。
 疲労を忘れるほどにアドレナリンが出続けている間はいい。
 だが、どこか戦線の一端が崩れ、疲労を自覚したとき、――形勢は一気に逆転するだろう。
(持たせるしかない、が‥‥持つか‥‥?)
 ジャネットが持つ懸念は、この戦争全体のことでもあったが、なにより、現状、目の前の戦場のことでもあった。
 ジャネットの部隊と入れ替わりに前線へと出た部隊で、この戦場に投入される正規軍の後詰はすべて出たことになる。
 後は、傭兵の部隊が一隊のみ。

 ――いつ、どのタイミングで投入されるか。

 功を焦って上が判断を過たない事を願うだけだった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER
BEATRICE(gc6758
28歳・♀・ER

●リプレイ本文


 強く、弱く、一進一退の攻防が光の線条を幾つも宇宙に浮かび上がらせる。
 遠目にその光景を見れば、まるで尾を引く流星群がすれ違いに右へ左へと互い違いに流れる美しい光景だっただろう。
 だが、美しくもその実、残酷な戦場は、次第に行き交う流星群の位置を移動させていく。
 戦線の逼迫。
 長時間の戦闘の疲労と、無数とも思えるキメラの数にUPC軍が押され始めていた。
 崩れかけた前線。まだ撤退するわけにはいかず、前線を立て直す必要があった。後詰として残していたのは、傭兵の一部隊。UPC軍は待機状態にあった傭兵達――虎の子の一隊に指令を下す。

「――それでは、お願いいたします」
 軍のオペレーターらしき女性が、頭を下げかけ――はっ、と気づいたように慌てて敬礼する。敬礼の仕草も慣れていない、といった様子だった。
 明らかに新米のそのオペレーターは、一抹の不安をその場にいた傭兵達に植えつけながら、無重力空間にも不慣れな様子でおたおたと立ち去っていった。
「短期決戦‥‥と言ったところですね‥‥地上機の私にとっては‥‥悪くない条件でしょうか」
 立ち去るオペレーターを見送りながら、無感動な様子でBEATRICE(gc6758)が小さく呟いた。
 告げられた作戦内容それは、僅かな時間軍が切り開いた前線を突破し、後方に控える前線指揮の隊長機を撃破するというものだ。
 軍が前線を切り開き、退路を維持できる時間はわずか20秒ほど。
 BEATRICEの言うとおり、短期決戦であった。
「時短くあれど――」
 オペレーターの消えた通路の先から、榊 兵衛(ga0388)が視線を戻す。
「友軍が作るチャンスを生かさない訳にはいくまい」
 ましてや、作られたチャンスを生かす力が、自らにあると自負するのであれば、なおさらのことだ。
 積み上げられた経験からの自信を漲らせて、兵衛は踵を返す。
「ここは全力で敵隊長機の撃破に当たらせてもらおう」
 力強い視線の先、彼が見上げるのは愛機の雷電。幾つもの戦を潜り抜けてきたその歴戦の風体のそれは、兵衛の言葉に応えるかのように静かに佇み、合戦の時を待ち受けている。
「いつも通り、と言えばいつも通りだね」
 特段の緊張もなく時枝・悠(ga8810)は気の抜けたような笑みを浮かべる。
 今繰り広げられている戦いの中では、比較的大きな戦場になる。それはつまりそれ相応のリスクも、危険も付きまとう作戦なのだと分かってもいる。それでも、いつも通りだ、と一言で済ませられる程度には余裕がある。
 ――何年も傭兵をやっていれば、デカい戦いにも相応に慣れるものらしい。
 そんな考えとともに、今まで潜り抜けてきた戦いのことを思えば、いつだって状況は非常に面倒で、敵は大変厄介で、作戦はかなり無茶振りで、そのくせ報酬はあんまり無い。
 ――考えてたら何かテンション下がってきたが、焦ってドジ踏むよりマシだろう。多分。
「餌に食い付く前に、涎を拭くくらいの余裕は持つべきだ、なんて。戯言かね」
 ニヒルな笑みを口の端に浮かべて、悠は自らの愛機へと向かう。
「けっひゃっひゃっ、これこそ我輩達能力者の出番だね〜」
 独特の哄笑が格納庫に響き渡る。笑いの主はドクター・ウェスト(ga0241)。本来はマッドサイエンティストを体現したような風貌の能力者だが、その身をハードシェルスーツに収め、トレードマークの伊達眼鏡と長い銀髪のみが、彼の普段の個性を主張している。
 ウェストは唇を吊り上げたようなニヤリとした笑みを向けた。
 笑みが向けられた先は、同じく銀色の――こちらはやや青みがかった――髪の天野 天魔(gc4365)だ。
「今回は、いや次に互いの信条がぶつかる時迄は俺達は味方だ、ドクター」
 ウェストが笑みから言葉を作る前に、天魔が笑みとともに言葉を返す。ウェストは、その言葉を聞きながらふむ、と一つ頷く。
「テンマ君、君達親バグア派能力者が何故コンナ行動をしているか、全く理解出来ないが、まあ、コレがバグアを滅ぼす手段になると、一応信じておいてやろう〜」
 ウェストは軽く床を蹴り、後方の宙へと身を流した。視線を天魔に固定したまま、無重力の中、飛び去る後方には自機の天がある。
 視線を受けたまま、天魔はいつもの笑みを絶やさない。
「ぶつかりあう必然が訪れたならば、その時は存分に戦おう。互いが互いを認めず受け入れられないなら殺しあうしかないのだからな」
 自機へと身を流していくウェストに、天魔は言葉を投げかける。銀の髪の男達は、髪の色に似た酷薄な笑みを互いに交じり合わせた。
 傭兵達がそれぞれの自機に散っていく中、天魔は同じ格納庫内、収容されていた別の部隊――ジャネット・路馬(gz0394)の部隊へと近づいて行った。
「久しぶりだな、元気にしていたか?」
 クラーケンの傍で体を休めているレイテの姿を見かけ声をかける。
「あら、同じ戦場にいたの? 久しぶりね」
 背をクラーケンにもたれさせかけたまま、レイテが顔だけを天魔の方に向ける。 
「唐突で悪いが、時間がないので本題から入るぞ。アルバイトをしないか、レイテ? これから出撃する作戦、俺は情報支援機なので護衛が欲しい。作戦終了まで護ってくれたらビンテージ付きのディナーに招待しよう」
「へぇ、奮発するのね。私はOKよ、少尉の方に了解が取れたら付き合ってあげるわよ」
「いいだろう、聞いてみよう。夕食だけでなくその後も付き合ってくれたら嬉しいがね。こちらは報酬はだせんが」
「その時のムード次第かしら。いいお店を期待してるわ」
 レイテは誘われ慣れた様子で微笑みながら、片目を閉じてウィンクを返した。
 天魔も笑みを返しながら、首を回し、少し離れたところで部下に指示を出していたジャネットへと視線を向ける。
 ジャネットが視線に気づいて顔を向けた。
「‥‥というわけで、君もどうだ、ジャネット? 部下を借りるのだから君も招待しよう。プライベートでしかも酒まで入るならレイテと踏み入った話もできると思うがどうかな?」
「話は聞こえていたが‥‥」
「勿論君も食事の後に付き合ってくれると嬉しい。一時とはいえ美しい君達を独占できるのは男冥利に尽きる」
「レイテだけ先に出撃させて、君達の作戦に参加させる事に問題はない。ディナーについても‥‥そうだな、構わない。同席させてもらおう。だが、そのあとまでは遠慮させてもらおうかな。――この戦いは前哨戦に過ぎないのでね。戦いが勝利に終わっても次の準備に忙しくなる」
 肩をすくめて微かにため息を吐きながら、ジャネットは少しだけ微笑んだ。


「――さあ、道をあけたまえ〜」
 ウェストを先頭にして、傭兵達の機体が所定のラインへと到達した。
 それを見てとるや否や、周囲に展開したUPC軍の部隊が、一斉に砲火を一か所へと集中させる。
 一時的にキメラ達の物量とUPC軍の鉄量のバランスが大きく傾き、僅かな穴が生まれる。
 開かれた穴は、細く狭い。だが、その頼りない道に臆する傭兵達ではない。
 キメラの壁の穴の奥、隊長機のタロスの姿がある。
「見えた」
 レイテを背後に護衛と控えた天魔が、捉えたタロスにヴィジョンアイを使用する。
「1分程度しか持たん。手早く頼む」
 天魔が言い終わるか否か、すでに他の傭兵達も動き出している。
「先手は取った――薙ぎ払わせてもらうぞ」
 モニターに映るタロスとHW3機。遠方に見えたそれぞれを瞬く間に照準合わせ、兵衛は搭載したK−02のミサイルコンテナを一斉に開放させる。
「こっちからもいこうか」
 兵衛のK−02全弾斉射に続き、ミサイル攻撃に適切な位置を取り終えた悠がラヴィーネを斉射する。狙いは、兵衛とほぼ同じ。HW3機とタロス、加えて、キメラの1体をついでとばかりに狙う。
「周辺の敵を早く倒せば‥‥時枝さんもタロスに向かえるのですね‥‥」
 BEATRICEが狙うはHWとキメラ。タロスの周囲の敵を倒し、味方機の援護を図るため、機体には積めるだけのミサイルを積んできている。
 積まれたミサイルの多くはK−02、合計で3セットの1500発が積み込まれている。大量のミサイルコンテナが副兵装のスロットを埋め、ミサイルキャリアの名にふさわしい威容をしていた。
「‥‥舞台はエースのために‥‥」
 複合式ミサイル誘導システムを起動し、照準を定めて、BEATRICEはミサイルコンテナを一斉に開放した。
 兵衛、悠、BEATRICEの三機のコンテナより放たれたミサイルは、宇宙という海へと解放された魚のように、光の尾を水飛沫のように背へと流して泳ぎだす。魚には持ち得ぬ爆発という牙を獲物へと突き立てるため、ひたすらに獲物へと直進する。
 途中、軍の一斉放火で食い破られた小型キメラの残骸を幾つも飲み込んでは、光の花を咲かせながら、タロスとHW、周囲に布陣していた大型キメラ達に襲い掛かっていく。
 タロス達へと押し寄せたミサイルは、浜辺に押し寄せる白いさざ波の如く、眩い白の煌めきを黒の空間に弾けさせ、引き波が砂を浚うようにして暴力的に全てを飲み込み食らう。
 白波が引き、黒の静寂が訪れる前に、
「行くぞ〜!」
 増加装甲をパージし終えたウェストが加速を掛けた。行く先の黒の空間では波に浚われ損ねた人形――タロスやHWがこちらへと振り向く。
 傭兵達の先陣がモーセの十戒の映画のように割れたキメラの群れの中央を駆けていく。
「続けていくぞ」
 駆ける仲間達とタイミングを合わせ、兵衛が高速ミサイルをタロスに目掛けて発射する。
「邪魔者は‥‥退場願いましょう‥‥」
 同時にBEATRICEが2セット目のK−02のミサイルコンテナを開放する。
 狙いは先程と同様にタロスの周囲の敵の群れ。
 幾多ものミサイルは、仲間の傭兵達を追い越し、光を吐いて吠えるケダモノ達へと向かっていく。
 開かれた戦端は、圧倒的な鉄量でもって、傭兵達の優勢から始まった。


 タロスとHWはキメラを傘としてミサイルの雨をやり過ごし、傭兵達の接近に反撃の砲火を浴びせかける。
 隊長機に詰め寄る傭兵部隊の先陣は、飛び来る光線にその身を晒しながら突き進む。
 集中する砲火を躱しきれずに装甲が削られていく。
「HWの相手はこっちでやっておくから、タロスの方は頼んだ」
 悠が対空機関砲「マジックヒューズ」を撃ち、周囲のHWへと牽制をかけていく。
 回避軌道をとるHWだが、近接信管によって弾丸は間近で炸裂し、HWの挙動を揺らす。
 ブレた軌道の先へと回り込むように悠が狙いをつける。
 HWがそれに気づいて、回避軌道の修正を試みるが、
「ちょっと遅いかな」
 ロックオンはもう済んでいる。狙い澄ました強化型G放電装置が発射され食らいつく。
 真空に眩く光る放電現象が生まれ、HWはその機体を電光の真っ只中に晒す。
 ばちばちと視覚を通して幻聴の聞こえそうなほどに激しい雷の瞬きは、HWを焼き焦がし停止させた。
「まずは一機」
 続けてHWの二機目を狙って、悠が軌道を変える。
「バグアは滅びたまえ〜! シンジェ〜ン〜!」
 振りかざし構えた重練機剣「星光」が振り下ろされる。加速に加速を重ねた速度をそのまま刃へと乗せて振り下ろされた剣は、タロスのハルバードに受け止められたが、剣に乗せられた全重量を受け止めたタロスは弾かれるようにしてHWの護衛から引き離された。
「逃がしはしないね〜」
 ウェストは間を惜しまず、ガトリングで牽制にかかる。
「榊兵衛、いざ参る!」
 牽制の隙間に追いついた兵衛が続けざま、ミサイルポッドを弾幕として放つ。飛び出した数十の小型ミサイルが、猟犬のごとく獲物へと食らいかかる。
 猟犬の群れを薙ぎ払うようにタロスは、フェザー砲の光線を周囲へと走らせ、小型の爆発が連鎖し巻き起こる。だが、全てを撃ち落すとはいかない。
 光を掻い潜り、生き残ったミサイルがタロスの至近で爆ぜ、散弾をまき散らす。動きが鈍る。
 その隙をついて兵衛機が人型へと変形する。即座に伸ばした機棍をタロスの関節部分へと突き入れる。
 反射的にタロスは機体をずらして致命を避けるも、兵衛の追撃は続く。
「‥‥立て直す時間など与えぬ!
 悪いが、無様な最後を遂げて貰うぞ!」
 距離を離そうとするタロスに対して、間合いを開けられまいと詰め寄ろうとするが、生き残っていたHWの一機が兵衛とタロスの間へと割り込んだ。
「くっ」
 思わぬ突撃にタイミングを外され、たたらを踏む。
「空間制圧‥‥」
 BEATRICEの放った三度目のK−02が兵衛、タロス、HWの三機が交わる地点へと降り注いだ。
 合わせた照準はHW。ミサイルの雨は、集中豪雨の様にHWへと降り注ぎ、HWを連続して落ちる雨の波紋で揺らす。
「‥‥踊り子さんに手を触れないでください‥‥と言ったところでしょうか‥‥」
 連続する爆発はHW自身を爆発させて、最後、しんとした静謐な水たまりのような黒の空間へと戻る。
 HWが作った兵衛とタロスのわずかな距離を元金として、タロスは一気に撤退を図ろうとする。
 だが、その足を止めるように、兵衛とウェストとは別方向から、逃げ場を塞ぐような弾幕が張られる。
「危うく一番大きな餌にありつき損ねるところだったね」
 残る一機のHWを片付けて、悠が援護へと回ってきたのだ。
 HWと逃げ場を失い、身動きの取れなくなったタロスに兵衛が間合いを詰めて、機棍で突きかかる。それを何とか受け流し、再度、少しでも距離を取ろうとする。
「今だ、とどめを!」
 離れるタロスに兵衛がアサルトライフルでの牽制を加え、その退避方向を制限させる。
 兵衛の思惑通りに追い込まれた先、そこにはウェストが腕を構えて、待ち構えていた。照準を合わせるまでもなく、狙いの真ん中にタロスが飛び込む。
「バ〜ニシング、ナッコォ〜!」
 ロケットパンチのように飛び出すウェスト機の腕。後方へのロケット噴射に加速を得て、ウェスト機の腕は、タロス機の胸を打ち砕き突き抜けた。
 アニメの中のようなその光景に誰しもが息を飲み、一瞬の静寂が訪れた後、タロス機は爆発を起こす。
 敵隊長機の撃破。
 それが成り、バグア軍の指揮に乱れが見え始める。
 特に顕著に統率を失ったのはキメラ達だった。元来が生物としての本能を持ち合わせた獰猛な怪物たちである。
 彼らを押さえつけ、その力の矛先を示す王を失えば、キメラ達はそれぞれに己が王として、本能のままに牙を剥く。
 据え膳食わぬはキメラの恥とばかりに、我先にとUPC軍へと襲い掛かっていった。
 勿論、その牙の向かう先には、隊長機を倒した傭兵達の部隊も含まれる。だが、キメラ達は互いに連携も取らず、揚句は飛び出した仲間を獲物諸共背後からプロトンビームで撃つような惨状で、なんなく傭兵達はその場から撤退する。
 同様に、連携どころか互いに食らい合うほどに統率の乱れたキメラ達の大群を、UPC軍は冷静に統率を持って迎撃する。
 キメラを一点へと誘い込んでは、十字砲火を浴びせつつ前線を縮小し、UPC軍は次第に戦線を立て直していった。