タイトル:少女は、その行く末にマスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/02 14:23

●オープニング本文


●虚ろな月は赤くて
 ――どこか物寂しげに見えた。

 北米、メトロポリタンXへと至る途上の前線。【AS】大規模作戦にて大きな打撃を被ったバグアだが、UPC軍もまた戦力を回復している最中にあって、戦線は一定のラインで維持されていた。
 今、サァラ・ルー(gz0428)とリジー、セドの三人が居る廃墟の街は、そんな前線の街の一つである。
 夜半、まだ屋根の残っていた家の外で、周囲の警戒にあたっていたサァラは、空を見上げ、月を眺めていた。
 吐いた息が白く、夜に消える。ふと、横を見た。誰もいないそこには、静かな夜気が満ちている。
 ――寒い。
 この2カ月ばかり、ドミナと一緒に警戒にあたっていた時には、そんな事思いもしなかった。
 何かを話すわけでもないし、目すら合わせない事もあった。一度、気まずさに耐えかねて二人同時に話しかけたものの、後が続かず。その後、セドさんが交代に来るまでの30分程の沈黙はやけに長く感じたものだ。
 それでも、――こうやって、隣に居た人が消えるというのは、胸を締め付けられる。
 消える。その事を思う度、嫌な想像が思い浮かぶ。想像を否定するように頭を振ると、言葉が漏れた。
「死にたく‥‥ない」
 ドミナの最期の姿がまぶたに焼き付いている。何かを言っていた気がするのに、それを伝える事も出来ずに、何も出来ずに終わる姿が、忘れられない。けれど、
 ――ドミナが死んで‥‥今更になって‥‥死にたくないなんて思うのは卑怯よね。
 ドミナの死で、能力者という夢から、現実に引き戻された気がする。俯き、顔を抱え込む。乾いた笑いが唇の端から漏れた。
「頭を伏せて‥‥眠いのですか?」
 横合いから声がして振り向いた。いつの間にか、セドが横に立っていた。
「眠いのでしたら、もう交代にしましょう。私が代わりに見張りに立つので、サァラさんは中で休んでください」
「セドさん‥‥」
 問いかけるような言葉の響きに、セドが首を傾げる。
「‥‥なんでしょうか?」
 少しだけやつれた顔。月明りが照らす彼の顔は、白く生気が無いように見えた。
「セドさんは、どうしてあたしを責めないんですか?」
 ドミナの死を報告して、それでも、セドは「そうですか」と頷いただけだった。
 けれど、一日経った今、セドは涙で泣き腫らしたような瞳で、目の前に居る。
 昨夜、泣いたのだろう。そう窺えた。ドミナと一緒に居て、何もできなかった、何もしなかったあたしは、たぶん、彼に責められて当然だと思う。
「ドミナの事なら‥‥貴女のせいではありませんよ」
 セドは寂しげに、けど柔らかく微笑みを浮かべた。
「あの子も覚悟していたはずです」
「そんなこと‥‥」
 ない、と言い切りたかった。だって、あの時見た、最期の顔は‥‥。
「あるんですよ。――私が一番彼女をよく知っているんですから」
 頭に、優しく手が触れる。ゆっくりと落ち着かせるように撫でられた。
「貴女が気に病む事は無い。‥‥さぁ、もう中に入りなさい」

 サァラが家の中へと入った後、セドは独り、虚ろな赤い月を見上げた。
 ――彼女は、本当に覚悟ができていたのだろうか。
 分からない。彼女が何を考えていたのか、もう分からなくなっている。
 もしかしたら、何かを悔やみながら死んでいったかもしれない。だけど、そうだとしたら‥‥
「償いは‥‥必ずします。だから、もう少しだけ待っていてくれませんか。デュミナ」


 廃墟の街。太陽の下で、UPC軍とバグア軍が鬩ぎ合う前線の戦場。
 壁に背を預けるリジーの傍で、セドが落ち着いた様子で前方を見据え、その後ろにはサァラが緊張した面持ちで銃を手に構えている。
 じりっとした空気が包む中、ここからさほど離れない位置で争うUPC軍とバグア軍の戦火の咆哮が轟いてくる。
 幾度もの轟音が周囲に響き渡って、やがて、瓦礫の先から、一人の女性を先頭に数人の集団が現れた。
「よう、そろそろ来ると思ってたぜ」
 壁から背を離して、リジーが彼女らに向き合う。向こうから来た女性達は、リジーが前に立ちはだかり、歩みを止める。
 先頭の女性――カヌアが、笑みを浮かべてリジーを見やった。
「キミがここに居るという事は、‥‥向こうの戦場、やっぱり、キミのセッティングだったんだね」
「あんたを倒すには、俺達の力だけじゃ無理なのは分かってたからな」
 彼らの会話にBGMを流すように、向こうの戦場の戦闘音が激化する。連続する爆発音が、空を割って響く。
 カヌアがついっと視線をリジーの周りにも送った。一瞬目の合ったサァラが、緊張をさらに強くして銃を握り締める。
「三人‥‥報告にあったドミナって子は、死んだみたいだね」
「ああ」
「ま、あの子、足手まといだったみたいだし、あんまり戦力ダウンってわけじゃないみたいだね」
 意地悪く、見下すような目で唇の端を歪める。
「‥‥」
「答えないんだ?」
 答えをもう一度求められても、リジーは沈黙を保つ。
 つまらなそうにカヌアは肩を竦める。
「まあ、いいや。それで、ここ通してもらっていい? この先のUPC軍に用があるんだ」
 リジーが立つ後方、カヌアの向かう先には、UPC軍の指揮所が存在している。
 向こうの戦場、そこでの戦闘をUPC軍は、この先の指揮所で統制していた。
「ダメだな。通せない」
「UPC軍の盾になりに来たのかい?」
「違うさ」
「じゃあ、何? なんでここに居るのさ?」
 問い返すカヌア。
「言ったろう? あんたを倒すのに、俺達の力だけじゃ無理なのは分かってたってな?」
 リジーの後方、UPC軍の指揮所がある方角から、数人の人の姿が見える。
「ここで待ってれば、能力者の援軍が来るのさ――」
 背後に目をやるわけでもなく、リジーが両手のナックルガードを構える。
 合わせて、セドとサァラも動いた。カヌア後方の強化人間達も武器を手に取る。
 後方から次第に近づく人の気配。カヌアが顔を顰めた。
「さあ、これでお前を倒す戦力は整った。もう――終わりにしてやるよ」

●参加者一覧

狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
春夏秋冬 ユニ(gc4765
17歳・♀・DF
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN

●リプレイ本文


 遠くに響く戦闘音。傭兵達が廃墟の街を走る。遮蔽物は少なく、見通しは良いが――。
 行く先に警戒を強めながら、ウラキ(gb4922)は頭の隅では別のことを思い浮かべている。
(『何も思わない』‥‥か。この口でよく言えたな)
 それは、サァラ・ルー(gz0428)との最後の邂逅の場面。
 他に言うべき事はあったはずだと、後悔の念が浮かび、そして――、サァラが失った若い戦友と被る。
(なぜ今思い出す‥‥)
 ウラキが思考を振り払い、走り続けていると、前方、幾つもの人影があった。
「敵かしら‥‥?」
 ウラキの前に狐月 銀子(gb2552)が盾となって出る。
 近づくにつれて人影がはっきりしていく。
「‥‥久しぶりの顔だね」
 黒木 敬介(gc5024)が呟く。そこに居たのは、リジーとセド、そして、サァラ。
「――」
 ウラキの口が開きかけ――、言葉を紡ぐ前にリジー達がカヌアの部隊と戦闘を開始した。
「あら、お仲間同士で勝手に始めてしまいましたわ」
 ミリハナク(gc4008)が、巨大な戦斧を担ぎながら、唇に指を当てながらくすりと笑う。
「ハハッ! 面白そうな奴らが沢山だ」
 湊 獅子鷹(gc0233)が哄笑をあげた。
「手前にいた人たちは味方です! 彼らが戦い始めた相手を狙って下さい!」
 春夏秋冬ユニ(gc4765)が駆ける仲間に注意を促す。
「準備はいい? ――開けるわよ」
 ウラキの前から、射線を解放するように銀子が身をずらした。
 ウラキの放った制圧射撃が、後方の強化人間達を襲う。
「それじゃ、まぁ、謎の強化人間がどれくらい強いか確認してみようか」
 制圧射撃に合わせて、ジャック・ジェリア(gc0672)が自らを盾にして仲間達の数歩前を走る。
「まーた、怒られるような事するんじゃないわよ?」
 銀子が走り始めた獅子鷹に向かって、声を投げかける。銀子の心配に獅子鷹はその一つ笑いを返して返事とし、背を向けたまま加速する。
「いつものようにいきましょう‥‥」
 直線を往くジャック達と進路を別に取り、ラナ・ヴェクサー(gc1748)、敬介、銀子、ウラキが左右に分かれて扇状に展開していく。
「ジャックさんが壁になるなら、敵は足を止めるか迂回するか」
 敬介が横目に見やれば、カヌアはリジーへのヒットアンドアウェイを繰り返しながら、傭兵達の動きを睨み据えていた。
「どっちにしろ、狙い易い相手ってことさ」
 カヌアに対し、強化人間達は接近するセドを一人が牽制しながら、残り二人でリジーとサァラに狙いを定めていた。
 強化人間の銃から光が放たれる瞬間、NG−DMの弾幕が再度強化人間を襲った。
 ウラキがサァラと敵の射線上に自らの身体を踊り込ませながら、強化人間への牽制射撃を続ける。
「――もうそういうのは沢山でね」
 ウラキの射撃がセドを狙う敵を穿つと同時に、ラナがサイドから死角に飛び込んでいる。
 影撃ちでの追撃でセドへの狙いを完全に外しながら、セドの横に並ぶ。セドが横目にラナを見た。
「手短ですが‥‥ま、宜しくお願いします」
 セドの視線に、短く挨拶を交わしながら続けて牽制の銃撃を放つ。


 カヌアとリジーの戦闘にジャックが割って入る。
 ジャックがカヌアの突撃を受け止めたまま、弾き飛ばす。弾き飛ばされたカヌアは、空中で身を一回転させて、少し距離を置いて着地した。
「お久しぶりです。話したいことは沢山ありますが、取り敢えずここを切り抜けたあとで」
 ユニがリジーに声をかけながら、横に並ぶ。
「お前がどんな奴かなんてのは俺には全く興味ねえし、知りたくもねえ、めんどくせえ、こっから先は口以外で語り合おうや」
 獅子鷹が前に出る。強敵との戦闘にのみ目的と意思を置いて、獅子鷹は獅子牡丹を振り被り、往く。
 距離を詰めていく獅子鷹とユニより先、ジャックが制圧射撃をカヌアに向けて放つ。
 身体を身軽に舞わし、カヌアは銃弾の雨の中を踊るように跳ね避ける。
 避けながら、前へと進んで来るカヌアに対し、獅子鷹より速く、ユニが瞬天速を使って一瞬で間合いを零まで持っていく。
 勢いを乗せて振り被った大剣を縦に振り下ろす。
 カヌアは横へと身を躱して避けながら、ユニの横を駆け、ついでとばかりにユニの胴を薙ぎ払う一撃を繰り出す。
「――まだです」
 避けられた瞬間にユニは前方へ飛んでいた。身体を前に回転させて、大剣をカヌア目掛けて振り回す。
 カヌアの胴薙ぎと、ユニの前宙斬りが互いの得物を捉えて、甲高い金属の交差音を奏でた。
 弾きあった二者。空中で動きの取れぬユニに対し、カヌアが追撃をかけようとした時、
「こっちだ!」
 銃での牽制と共に、声を張り上げ、仁王咆哮にて狙いをひきつける。
 ユニからジャックへと狙いを移した瞬間――獅子鷹が流し斬りでカヌアの側面へ回り込んでいる。
 繰り出す斬撃は下段。足を奪う一撃。
 気配に気づいたカヌアが咄嗟に足を引き、斬撃は赤く浅い筋を太腿に残しただけだった。
「ちょろちょろ余所見してんじゃねえよ。俺と闘り合ってくれや」
 避けながら退いたカヌアに、追撃は続けられる。
「お嬢さん、私とも踊ってくださらないかしら? 貴方が知らない感情を教えてあげますわよ」
 ミリハナクの振り上げた戦斧は既にトップスピードでカヌアへと振り下ろされていた。
 轟、という風切り音。衝撃波にも似た斬撃の風を受けながら、カヌアはぎりぎりのところでミリハナクの一撃を避けた。
 そのまま、間合いを取るように大きく後ろに跳ぶ。
 同様にバックステップで下がるミリハナクの前に、ジャックが盾となり出る。
 視線を傭兵達に巡らしながら、カヌアが嘆息を吐く。
「‥‥やれやれ、大変だね、これは。ボク、重労働って嫌いなんだけど」
 細身の剣を軽く回し、もう一度構え直した。


 三人の強化人間を包囲するように、全員が散開して位置取り、射撃戦を繰り返していた。
 銀子が中距離からエネルギーガンを放っては、後退を繰り返す。
 後退の都度、強化人間達の状況を確認し、相手の狙いを見極める。
 傭兵達が参戦したタイミングで、相手の強化人間は、三人で連携し、距離をとりながらの銃撃を行う。
 強化人間達と傭兵達は、共に一進一退の射撃戦を繰り広げる。
 敬介が銃を掃射して強化人間達に回避を強制させる。絶えず注意を退くかのように行われる掃射に、強化人間達は視界の端で敬介の行動を捉える必要が生まれる。
 連なる掃射。回避に意識を取られた瞬間を狙い、セドが駆けて距離を詰める。援護に銀子が射撃を飛ばす。
 セドの接近に、強化人間達は距離を取り対応を行おうとするが、ウラキがその後退を阻む様に牽制を繰り返す。
 強化人間の銃から放たれた光線が、途中、花火の様に弾けた。花弁を開く様に拡散し、広範囲へと光が降り注ぐ。範囲に含まれたのは、接近していたセド、連携していたラナ、その後方で援護に居た銀子。
 流星雨のような光のシャワーに、セドの接近が止められる。
「今の私に‥‥避け切れるか‥‥!」
 疾風で速度を上げたラナが横っ跳びに二度ステップを踏み、光の雨の範囲から逃れようとする。が、範囲は広く、ラナの反応を持ってしても、幾つかの閃光がラナの半身を打った。威力は弱いものの、ラナの足がそれで止められる。
 一方の銀子は、竜の翼で横に飛び、一気に範囲外へと逃れている。動きの止まったラナに追撃を加えようとした強化人間に再度の竜の翼で間合いを詰め切り、爆発するように飛び出た速度を機械脚甲に乗せて横殴りに蹴り飛ばす。
 その一撃は竜の咆哮を乗せて、強化人間を後方へと弾き飛ばした。
「まだ終わりじゃないわよ」
 飛び出した勢いを蹴った勢いで相殺して体勢を戻しながら、エネルギーガンを弾き飛ばした相手に向けて連射する。
 孤立化した強化人間の援護に残り二人の強化人間が動くが、足を止められていたラナとセドが連携して、二人の強化人間を一時足止め、阻害する。
 仲間の足を止められ、援護を受けられなくなった強化人間に、容赦のない攻撃が集中した。
 強化人間は避け切れない集中砲火をその身に受けて、地面に倒れ伏した。


 空を灼く淡紅色の光が一条、遠くの空に伸びた。遠く、廃墟の影になって見えない向こうから、雷鳴に似た音が響く。光に続くのは、爆発の閃光と立ち昇る黒煙。後から爆発の轟音が連なり聞こえた。
 後方では、強化人間の一人が倒れるところだった。
 カヌアがジャックの銃撃による牽制を身を引いて避けながら、横目にその様子を確認した。
 視線の逸れた隙を狙って、ミリハナクが追撃を迫る。巨大な戦斧に唸りを上げさせながら、横薙ぎに振るう。細身の剣を盾にするも受け止め切れぬ衝撃をその身に受けながら、後方に跳ぶ。
 ミリハナクの斧の威力は大きく、一息には詰め切れぬ距離が開く。
 一拍の間。
 刀身が半ばから折れた細身の剣を見て、カヌアが一つ息をついた。
「ここらが潮時、かな」
「もう終わりですの? まだ、全然物足りませんのに」
 逃がしはしないとミリハナクが追撃の姿勢をとる。
「積極的なお嬢さんだね。心配しなくてもいいさ。ボクもこのまま終わらせるわけにはいかないからね」
 柔らかに頬を綻ばせると――、カヌアは限界突破を発動させた。
 発動とほぼ同時、既に獅子鷹は懐へと斬り込んでいた。ミリハナクとの会話に意識が向いている隙を狙って、両断剣・絶を乗せた居合い抜きを放つ。
 鞘走りに加速した抜刀は、しかし、先の戦闘よりも倍加した速度で踏み込むカヌアに前蹴りで手を押し止められた。
 獅子鷹が舌打ちするように笑う。カウンターに折れた剣が獅子鷹の喉を狙っていた。致命傷を避けるように後ろへと身を引こうとするが、カヌアは前蹴りの足をそのまま踏み込みに変えて、間合いを詰める。獅子鷹が下がるより半歩早く、折れた剣は突き込まれた。
「キミは、遅いね」
 獅子鷹が折れた剣の刺さったまま、血を吐いて膝をつく。
 ジャックが獅子鷹への追撃を封じるように、盾を構えて飛び込んだ。カヌアによる徒手空拳での攻撃は、ジャックの盾に止められた。
 その間にユニが獅子鷹の身を抱え、後方へと跳ぶ。
 カヌアが盾に当てた拳を開き、盾の端を掴んで防御をこじ開けようとする。だが、ジャックを飛び越えて、ミリハナクがカヌアの真上から斧を振り下ろす。
 横っ飛びにそれを避けたカヌアは、ステップを踏むように一度距離を取り――、間を置かず再度攻めにかかる。
 最後の攻防が始まった。


 限界突破したカヌアとジャックやミリハナク達が幾度かの攻防を繰り返すうち、後方ではカヌアの護衛としていた強化人間の最後の一人が倒れた。
 強化人間を包囲し、射撃戦を行っていた銀子、ウラキ、ラナ、敬介達が、その包囲をカヌアへの包囲へと変える。
 前衛となるミリハナク達を援護するように、カヌアの回避の軌道を遮る射撃が加えられる。
 回避の軌道を限定されて、カヌアは追い込まれていく。
 ――両断剣・絶の輝きを戦斧に乗せて、ミリハナクが構える前へと。
 避けきれないタイミング。
「ごきげんよう。名も知らぬバグアさん」
「やれやれ、ようやくのんびりできる、かな」
 斧は振り下ろされる。
 ――そして、カヌアは溶けて消えた。


 カヌアの最後があっけなく幕を閉じた後の戦場。
 UPC軍の指揮所に連絡を取りながら、傭兵達はそれぞれに傷の手当てなどを行っていた。
 そんな彼らから離れ、サァラはぽつんとカヌアの死んだ場所に立っていた。
 ただぼんやりとカヌアの溶けて消えた地面を眺め続ける。そこには、もう何も残っていない。
 ウラキがそっと歩み寄る。
 歩み寄る中で、ウラキがポーチの中を漁るが、そこは空っぽで、――彼女の好きなチョコの欠片の一つも無い。
 気配に気づいたサァラが振り返ったが、きっかけが掴めずきまずい沈黙が支配する。
「前の‥‥何も思わないというのは‥‥。あれは‥‥嘘だ。後悔している」
 それだけ、なんとか言い切る。
「いいんです。ウラキさんがそんなふうに思わなくても‥‥あたしが強情だったから‥‥」
 サァラはやつれたような表情で、じっとウラキの顔を見つめて、やがて、顔を伏せた。
「よく‥‥わからなくなりました。ウラキさんの忠告を振り切って、あたしがしたかったことって‥‥こんな何も残らないようなことだったのかなって‥‥」
 サァラはそのまま力が抜けたように、ウラキに向かって倒れた。
「サァラ‥‥?」
「あ、れ‥‥? おかし‥‥い、力が入らな‥‥」
「――エミタをメンテナンスもせずに戦っていたから、限界が来たんじゃないかな。無茶はもうこれっきりにした方がいいね」
 いつの間に話を聞いていたのか、敬介がいた。敬介の後ろにはラナがついてきている。
「大丈夫‥‥ですか?」
 ウラキに代わって女性のラナがサァラを支える。エミタの機能が停止したわけではなさそうだが、体が思うように動かせない。
「戻ったら、メンテナンスのついでに、こってり絞られると思うよ。がんばってね」
 敬介の言葉に返事を返すだけの気力もなく、緊張の糸が切れたようにサァラは意識を失った。

「終わった、んですね」
 地面に座りサァラ達を眺めていたリジーに、セドが声をかける。
「ああ、カヌアとの戦いは、な」
 応えるリジーがふと、視線をセドの横に逸らした。セドがそちらに振り向けば、ユニが佇んでいた。
 言い出しにくそうに、やや顔を伏せ気味にセドを見つめる。彼女が言うだろうことは、なんとなく予想がついていた。
「‥‥私のコネがありますし、今回のUPC軍を助けた功績もあります。それで、もしかしたらエミタ手術が出来るかもしれません。なので‥‥どうか」
 ユニの言葉に、セドは苦笑を浮かべる。
 ――母と娘、継がれるのは血ばかりではないんですね。
「‥‥例え、手術を受けれたとしても、受けるつもりはないありません。これは、責任であり、けじめですから」
「生きるのを諦めるというのですか‥‥? それだけは、‥‥ダメです。絶対に、絶対に手はあるんです。だから、それだけは、諦めないで‥‥下さい」
「そうよね。そういうのはやめておきなさいよ?」
 銀子が、脇から顔を突っ込む。三人が銀子の顔を見る。
「考え方次第なんだから、そんなの」
 けじめとか、死ぬとか、それはその物語にエンドマークを付けるという事だ。
 それでも、この世界の物語は続くというのに。
「だから、終える為の戦いだったって考えるより、始める為だったって考えた方が幸せじゃない?」
 人の死を償う方法なんて無いと思う。だから一生残し、悩み続けるんじゃないかしら。二度と大事な物を手離さない様にね。
「‥‥ご高説拝聴賜りました、ってところだな」
 それまで黙っていたリジーが立ち上がり言う。
「心配しなさんなよ、俺もセドもまだそういうのは勘弁だ。――この力でやることが残ってるからな」
 南、メトロポリタンXの方角に目をやってから、軽く笑みを浮かべた。
「まだ、――今はな?」