●リプレイ本文
●村、建物突入前
――村に立ち並ぶは廃墟の家屋。
今でさえ戦場が程近く、村人たちは遠い昔にこの村を棄て、安全な地域へと逃げていった。吹き荒ぶ風が木枯らしに似て乾いている。そこに混じるのは、血の匂い。おそらく、戦場から流れてきているのだろう。
その村の東、二階建ての建物の前にジーザリオが止まり、傭兵達が降りてくる。村を訪れた傭兵は8名。降りてきたのはその内のA班4名だ。
「‥‥戦場カメラマンを連れ出して欲しいとは‥‥本隊へ合流させて保護しておけばいいと思うのだがね」
最後にジーザリオから錦織・長郎(
ga8268)が降りてきた。前の戦場で受けた太ももの傷が痛むのか、若干足を引き摺り気味である。
「しかし、重態になってしまったのは運が悪かったかね、くっくっくっ‥‥」
笑う長郎の横で、クアッド・封(
gc0779)が煙草を咥える。
「‥‥強引に連れ帰るのは本意じゃないが、仕方ない、な」
ジャケットの内ポケットを漁るが、ライターはなかった。
まいったな、と思っていると、横合いから長郎が火を差し出す。
「や、これはありがとう」
クアッドと長郎のやりとりを横目に、守原有希(
ga8582)がスコールを構えて、横移動しつつ建物の中を探る。西からの陽が中を照らし出していて、よく見えた。さすがに入り口にヘレンの姿はなかったが、蜘蛛キメラの姿も無い。
「――情報を扱う稼業は踏込と引き際の見極めが肝心ですが、今の状況は危ういですから‥‥仕方ないですね」
車両の陰に居る二人に入り口の安全が確認できたと合図しつつ、クアッドの言葉に肯定を返す。有希を先頭にして、鹿島 行幹(
gc4977)が後に続いた。
「‥‥やるなとは言わないっすけど。やるならやるで、きちんとキメラ対策を打って欲しいっすよ」
行幹のぼやきを残しつつ、傭兵達は建物へと入っていった。
村の南、その周辺で一番背の高い建物の前にも、二台のAUKVが止まる。こちらがB班4名だ。
「保護対象は戦場カメラマン‥‥と、職業上こういう場所にいるのは判るけど、もう少し自己の安全も考えた方がいいと思うけどな」
自らのAUKVアスタロトから降りつつ、御剣 薙(
gc2904)が顔を顰める。
「確かに、仕事熱心なのは良いことだが‥‥度が過ぎるのは良くないな‥‥」
A班に無線で南の建物前に到着したことを連絡し、國盛(
gc4513)は薙の言葉を肯定する。
「‥‥今までの幸運がずっと続くと思ったら大間違い、だ」
「――そうだな、いくら今まで大丈夫だったとはいえ、キメラの居る戦場に護衛なしで撮影とは、子持ちの母親のする事とはとても思えない」
双眼鏡で建物の屋根を確認していた大神 直人(
gb1865)が、双眼鏡を降ろしつつ國盛の言葉を受けて続ける。収穫はなし。居るとすれば、中だろうか?
「――親と弟を失った子供は、戦火に身を投じ、人間とバグアへの憎悪を糧に生きている」
自らの境遇を振り返りつつ、月城 紗夜(
gb6417)は建物の入り口へと歩いていく。
「‥‥我だ、今の」
自分のAUKVミカエルをいつでも着用できるように背後に待たせ、紗夜は建物内部の様子を窺った。
「‥‥なんだか、東の方から物音がするわね」
ヘレンは建物からこっそり顔を覗かせる。彼女はカメラが逆光にならないよう、西に落ちる太陽の方向にカメラのレンズを向けずに村の南側の戦場を撮影できる、『西の廃墟』に居た。
ついでに、空を確認する。空は晴天。今日はなんだか良いKV戦闘が撮影できそうだ。
●建物捜索
東の建物の内部、階段付近で有希が2匹の蜘蛛キメラを発見し戦闘になっていた。
――蜘蛛キメラがクアッドに向け吐いた糸を、行幹が引き受ける。
「サイエンティストを守るのはセオリー、っすよね?」
身体に絡まった糸を振りほどこうと行幹が抵抗を試みる。その間にも別の蜘蛛キメラが動きの止まった行幹を狙って動く。
「こちらだ」
行幹を狙う蜘蛛キメラに、長郎が銃と超機械による二丁射撃を行う。それは蜘蛛キメラに然程のダメージも与えられるほどのものではなかったが、注意を引くには十分だった。
「その牙、斬り裂き希望を有らしめる!」
両手に刀を握り直した有希が注意の逸れていた2匹の脇から、爪や目を狙って刀を振るう。あえなく2匹の蜘蛛キメラは絶命した。
蜘蛛キメラの死骸を避けつつ、A班は二階へと登る。いくつか部屋はあったが、南側に向いた窓を持っているのは一部屋だけだった。そして、その一部屋に踏み込む、が――
「A班だ。こちらには居なかった。そちらの状況はどうかな?」
部屋の探索を終えて、長郎は無線機でB班に連絡する。
『――此方B班だ。南の建物にも居なかった。我が此処に残り、御剣と直人がAUKVで先行して西の建物に向かった。國盛も後を追っている』
無線機から紗夜の返答を受けて、長郎が皆に目配せをする。
「念の為に俺は逃走ルートを抑えておく、かな」
紗夜の報告を聞いたクアッドが地図を片手に部屋を出ていく。
「一人じゃ危ないっすから、俺もついていくっすよ」
行幹がこれを追った。
有希は二人を見送り、部屋の窓から街を覗く。有希は眩しさに目を細めた。
「ああ、なるほど。ここからだと、西からの日差しが強いんですね――」
壁にもたれて身体を休めながら、長郎は有希の呟きを聞いていた。負傷した身体で能力者達の動きについていくのは、些か疲れた。
それからしばらくして、
「大神だ。西の建物に痕跡が残っていたぞ」
西の建物についた直人が無線で状況を伝える。すると、すぐに返事が返ってきた。
『錦織だ。――大神君。痕跡、とは?』
「言葉の通りだな。本人が何処にも居ない」
直人が部屋の中から廊下を振り返れば、薙が同じ階の他の部屋を探して戻ってくる所だった。
「この建物には誰も居ないね」
「‥‥そうか」
直人は薙に応えながら、自らの足元に広がる惨状を見下ろす。
そこにあるのは、乱暴に投げ出されたままのカメラの機材。部屋のあちこちには蜘蛛の糸がへばりつき、廃墟に放置されていた家財は無残になぎ倒され、足跡を追うのも困難な程に荒らされていた。
直人の報告を無線機で聞きつつ、有希は村を双眼鏡で観測していた。
『――此方に来た様子はないな。キメラに連れ攫われていたのか?』
無線で紗夜が直人に返答を返しているのが聞こえた。有希も南の空を確認しつつ答える。
「此方からの観測でも、それらしき人やキメラの動く様子は見ませんでした」
答えながら、有希は片手で太陽光を遮り、双眼鏡で南の空を再度確認する。見間違いではないようだった。
「それと、皆さんに悪い御報せがあります。――随分遠くですが、バグア軍の機影が確認出来ました」
南の空、その遠く、そこにHWやBFが確認できた。おそらく、その下の大地には、ワーム達も居るのだろう。
――戦闘開始時刻だけが、着々と迫っていた。
●蜘蛛の巣
事態の進展は、クアッドからの連絡だった。
『逃走ルートの周辺を漁ったら、西から北に向かう路地で、糸の残滓を見つけたよ。この先に居そう、だね』
クアッドからの報告を受けて、長郎も返答を返す。
「了解だ。クアッド君には、ジーザリオを動かせるように一度戻って来て貰いたい。すぐに脱出できる態勢が必要になりそうだ。――どうやら僕達は時間をかけすぎたみたいでね」
部屋の窓の外に目をやると、南の空、肉眼でも確認できそうな位置にまでバグア軍の機影が近づいていた。
村の北側は、比較的小さな家屋が密集している地域だった。
裏路地のあちこちに、蜘蛛の糸がへばりついている。
「我だ、キメラを見つけた。場所はやはり北だ。巣まで追跡するぞ」
無線で皆に連絡を入れ、紗夜はミカエルを着用する。距離を保ち、双眼鏡で蜘蛛キメラの姿を追った。
「この先に蜘蛛の巣があるのか‥‥」
ほどなくして、無線の連絡を受けた國盛が紗夜に合流する。
「ごめん。ジーザリオにヘレンさんの荷物を届けていて合流が遅れたよ」
アスタロトの後ろに直人を乗せて、薙も紗夜達に合流した。直人を降ろすと、薙はアスタロトを着用する。
4人が蜘蛛キメラの後を追いさらに進むと、蜘蛛の糸が家屋と家屋の隙間にみっちりと張られ、大きな蜘蛛の巣と化している一画に辿り着く。
「この奥、か」
國盛が探査の眼で待ち伏せを警戒しつつ奥と踏み込んでいき、3人がその後に続く。
ある程度、巣の奥へと進むと、國盛が立ち止まった。
「右の家屋に生き物の気配があるな‥‥」
蜘蛛キメラである可能性を想定して、國盛がSMGをそちらに向けつつ言った。他の3人もそれぞれに警戒し、武器を構える。
「我が入り口から超機械で攻撃を加えてみよう。何、弱視なら気づかれずに殲滅できるはずだ」
ザフィエルを片手に糸に触れたり振動を与えないように気をつけながら、紗夜が家屋の入り口に近づいていく。慎重に中を覗き込めば、中は広く部屋が分けられているような造りでもなく、内部の全容が見て取れた。蜘蛛キメラが多数居る。さらに奥には、人型の糸の塊があった。糸の隙間から覗く女性の顔にはまだ生気が見える。おそらくはあれがヘレンだ。
(まずは障害の排除か)
奥の1匹に狙いを定め、ザフィエルで攻撃する。攻撃を受けた1匹は一撃で絶命した。それに反応して、蜘蛛キメラ達が一斉に動き出す。その眼が入り口の紗夜へと向けられ、蜘蛛キメラ達は一斉に糸を吐きかける。
「ふむ。眼は良かったのか」
紗夜は蜘蛛キメラ達が吐きかけた糸をわざと受ける。
「紗夜」
國盛達が駆け寄り、直人がすぐに糸を焼き切りにかかる。が、
「かかったフリだ。今のうちにカメラマンを連れ出せ」
紗夜の言葉によく見れば、引き千切った糸を後ろ手に引っ張ってそう見せているだけだった。
「わかったよ」
薙が応え、入り口を入ってすぐの所にいる蜘蛛キメラ数体に躍りかかる。吐きかけられた糸を身を伏せるようにして躱し、スコルで蜘蛛キメラの足を薙ぎ払う。その後に、國盛が薙の倒し損ねた蜘蛛キメラにSMGを撃ち込み蹴散らし道を作る。そして、直人がさらにその先の奥へと飛び込み、出来た道を広げるように蜘蛛キメラ達を斬り倒した。
道をこじ開け、3人はヘレンまで辿り着く。そのままヘレンを抱え上げようとするが、蜘蛛の糸で巣に固められているために動かせない。すぐさま直人と國盛が協力して蜘蛛の糸を焼き切りにかかった。その間、薙が周囲の露払いを引き受ける。
「危ない橋を渡るのは自由だが‥‥家族のことも考えてやってくれ」
國盛が気を失ったままのヘレンに語りかけながら、蜘蛛の巣から切り離す。ヘレンの身体に絡まった糸を解いている暇はなくそのままだ。
「脱出するぞ」
直人が宣言しヘレンを抱え上げた。薙が先行して突破口を開き、入り口で蜘蛛を斬り倒していた紗夜のところへの道を作る。出来た道を直人が駆け抜け家屋を脱出する。殿を努める國盛が路地に出てもなおも追い縋る蜘蛛キメラ達に弾丸をバラ撒きながら後退する。
直人の護衛に薙が付き、紗夜と國盛が追撃を防ぐ形で、巣の路地を走る。
「こっちだ」
巣の出口まで走ると、ジーザリオの助手席側のドアを開けて、長郎が待っていた。運転席ではクアッドがエンジンをかけて待っている。ジーザリオに集まってくる蜘蛛達を、有希と行幹が薙ぎ払って時間を稼いでいた。薙が二人の援護に加わり、ジーザリオまでの道を広げ、直人はその道を駆ける。
ジーザリオに駆ける直人の死角から蜘蛛キメラが襲い掛かっていく様に行幹が気づいた。 行幹は限界を突破した速度で目の前の敵を機械剣で斬り倒し、直人に襲い掛かる蜘蛛キメラへと瞬天速で追いつくと、さらにこの蜘蛛キメラも斬り伏せる。
「ヘレンさんをお願いするっす!」
直人は行幹に頷きを返し、さらなる蜘蛛キメラの追撃を行幹が防いでいる間にジーザリオへと辿り着いた。直人は長郎へとヘレンを渡す。
「頼む」
直人の言葉に長郎は頷き彼女を抱えて、後部座席へと移った。
直人が向き直れば、ジーザリオの外では、周辺の蜘蛛との戦いが未だ続いている。どこに隠れていたのかと思うほど、次から次に蜘蛛キメラが現れてきていた。
「皆、待つ人が居る‥‥邪魔させんよ」
有希が突出した2匹の間へ飛び込むように二刀で斬りかかり、それぞれに一撃、いや、目にも留まらぬ一撃が加えて一つずつ、足の付け根の関節と並ぶ8つの眼に合わせて二つの斬撃を2匹に食らわせ倒す。
「止戈為武の求道の成果、遠慮無く味わえ!」
蜘蛛達の前に有希は二刀を構え立ちはだかった。その頃になって、なんとか國盛と紗夜も蜘蛛キメラの追撃を振り切り、皆と合流した。全員で周辺の蜘蛛を追い散らし、有希と行幹がジーザリオに乗り込む時間を作る。
「さて、これで全員、だね」
有希と行幹がジーザリオに乗り込むのを待って、クアッドがジーザリオを発進させた。
それと同時に薙と紗夜がAUKVをバイクに変形させ、直人と國盛がその後ろに飛び乗る。薙と紗夜は、ジーザリオの左右に並走してAUKVを走らせ、家屋の隙間から飛び出してくる蜘蛛キメラ達を進路から退けていく。
「出口だ、飛ばすよ」
クアッドが前方の家屋の途切れを見てアクセルを踏み込む。
が、出口が見えたその時、村のあちこちに潜んでいた蜘蛛キメラ達が屋根に現れ、道の両脇の家屋の屋根から、道の向こう側の家屋へと蜘蛛の糸を飛ばしだす。あっという間に即席の巣が出来上がり、道を塞ぐ壁となる――
それを見た薙は、銀の髪を青み掛かった光沢の帯びたものに変貌させつつ、ジーザリオの前に出るようにアスタロトを操縦する。
「大神先輩! ジーザリオのボンネットの上に飛び移って下さい!」
「――わかった」
薙の意図を理解して、直人は覚醒しジーザリオのボンネットの上へと飛び移る。
薙は、直人が飛び移りアスタロトが軽くなったのを感じると、アスタロトを加速させる。アスタロトの正面が輝きを放ち、加速に合わせてその輝きが左右に翼のように広がっていく――
「彼女を待っている人が居るんだ。必ず無事に連れ帰るよ」
騎龍突撃。
薙がアスタロトで衝撃波を作り出しながら突進し、即席で張られた蜘蛛の巣を突き破る。薙が作った隙間をジーザリオとミカエルは駆け抜けていく。蜘蛛キメラが新たに巣を張り直す前に道を疾駆し、傭兵達は村を脱出した。
●村から続く道
傭兵達が村を脱出し、戦場からいくらか離れた後、西の廃墟をHWのプロトン砲が貫くのが見えた。おそらく、あのまま彼女が撮影を続けていたら、廃墟と共に焼かれて死んでいたことだろう。蜘蛛の糸に巻かれて気を失ったままのヘレンが、その光景を見なかったのは、幸か不幸か。
しかし、彼女がその光景を後から人づてに聞いたところで現実味のあるものではないだろう。今回のことで、キメラに襲われることの危険性くらいは認識してくれればいいのだが‥‥傭兵達の心配を余所にヘレンは未だまどろみの中に居る。