タイトル:黄昏、夜の帳は落ちてマスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/05 00:29

●オープニング本文


●リジー盗賊団の街へ
「よぉ、よく来たな。こっちだ」
 月のない夜、大柄な男が闇の中で手招きしていた。
 手招きされて、男――リジーへと近寄ってきたのは、傭兵達。
「ここからの案内はセドがすんぜ」
 紹介された後ろの青年が、傭兵達に頭を下げる。
「で、俺は、ちょいと野暮用で出てくる。話はセドに聞いておいてくれ」

●眠る美女
 ベルベットのソファーの上、女性が横になり寝ている。ソファーからすらりと伸びた女性の肢体には真白いシーツが絡みつき、淫靡な様相を呈している。
 身を捩る女性。シーツの脇から覗く肌は、シーツと同じくらいに白く綺麗だ。
「ん‥‥ふ、ぁ」
 濡れた睫毛の奥に蒼い瞳が覗く。
 二、三度ゆっくりと瞬きをして、目の前にいる人物に顔を向ける。
 一つ欠伸を置いてから、女性――カヌアは覚醒した。
「‥‥キミか。ボクに何か用かい?」
「用って‥‥一応、お前に呼ばれて来たんだけどな」
 答えた目の前の人物、リジーは固い表情でカヌアを見た。
「おや、そうだったかな」
「おいおい、用がないのかよ。俺だってそんな暇じゃないんだぜ。勘弁してくれよ」
 両手を挙げて肩を竦め、踵を返そうとする。
「用が無いんなら、俺は帰らせてもらうぜ。次の食料調達計画を立てなきゃならねぇ」
「ああ、待ちたまえ、待ちたまえ」
 呼び止められ、嫌そうな顔でリジーは振り返る。
「用は思い出さないんだが‥‥ついでだ、リジー。少し、ボクをベッドまで運んでくれないか」
 両手を伸ばして、幼児のように抱っこを迫るカヌアに、リジーは顔を顰める。
「あんたバグアだろ? 歩けないなら、宙を浮いて移動してくれたって構わないんだぜ。宇宙人さん」
「むぅ、宙を浮いて移動するのも、結局は自分の力じゃないか。面倒だからヤだ」
 カヌアは拗ねた子供みたいに頬を膨らませて口を尖らせる。
「それに、今は地球人をヨリシロにしているんだ。そんな力も翼も無いよ」
 ほら、見たまえ、と何もない滑らかな細い背を見せる。
 リジーは溜め息を一つ吐き、お姫様抱っこの形でカヌアを抱え上げた。カヌアが笑む。
「やはりいいね、キミは。なんだかんだいって、ボクに怠けさせてくれるから好きだよ」
「へいへい」
 抱え上げ、そのまま寝室へと移動する。ベッドの前までカヌアを運び、ゆっくりと下ろす。
 そして、カヌアがベッドへと下ろされる間際、
「ありがとう」
 珍しく礼を述べたかと思うと、――背を伸ばしてリジーの唇を啄んだ。
 一瞬、何をされたのか分からないリジー。
「な‥‥てめぇっ!」
「うん? このヨリシロはキミへのお礼をこうするんじゃないのかい?」
 何かおかしな事でもしたかと小首を傾げ、まあ、いいか、とリジーの気も知らずにベッドに寝転がる。
 ベッドの反対側を向き、寝るのかと思いきや、あ、と声を上げて、カヌアはリジーを振り返る。
「ああ、今ようやく用事を思い出したよ。もう一つ、お礼を言っておくよ。――生還ありがとう」
 生還ありがとう? とリジーは首を傾げる。カヌアは、にこりと微笑む。
「――キミ達がドミナを連れて帰って来ないようなら、ボクはこの街の連中を皆殺しにしてキミ達も殺しに行かなくちゃいけなかった。そんな面倒なことできればしたくないんでね」
 今日の晩ご飯はシチューだよ、と言うような気軽さでカヌアは言った。
 リジーはドミナを助けに行った事をカヌアに教えていない。知られるようなへまもした覚えはなく――軽く、戦慄を覚える。
「とにかく、面倒事は起こさないでくれ。この星でボクはもう何もする気が無いし、何もしたくない」
 ベッドの真新しいシーツを引っ被り、すぐにカヌアは寝息を立て始める。
 あまりの早さにリジーは、本当に寝たのか、と警戒するようにカヌアの背中を見続けてしまっていた。。
 信頼しきったような無防備な背中。その背中を見ていると、懐かしく‥‥取り戻せない過去の幻視が重なる。
 溜め息を吐く。
「‥‥ったく、俺というやつは、まだ‥‥」
 どうしようもない、諦めきれない未練が男には残っていた。

●デコイ
 カーテンの掛かった窓から、サァラ・ルー(gz0428)はそっと外を覗いていた。
 二階の窓から眺める街の中は、人の気配を全くさせず、静まり返っている。
 眉をしかめて、部屋の中に顔を戻す。部屋の中、居た少女と目が合う。肩を竦めて聞いた。
「で、あたしたちはどうすんの?」
「聞かれても‥‥私は、知らないです」
「ふーん? あんた、盗賊団の強化人間なのに、何も知らないの?」
 言われたその言葉が前回の事を思い起こさせ、少女――ドミナは俯いてしまった。
 また、仲間はずれ‥‥。
「え、ちょ、ちょっとどうしたのよ。あたし、何か変なこと言った?」
 サァラが慌て、様子を窺うようにドミナの顔を覗き込む。
「別に何でもありません」
 そう言い切られれば、更には聞きづらくなって、むむむ、と口を閉じてしまう。
 間が持たなくなって数十秒。
 何時間も経ったような息苦しさにサァラが口を開こうとした時、
「お待たせしました‥‥と、なにやら空気が悪いようですが、どうされましたか?」
 ドアを開けて、タイミング良くセドが部屋に入ってきた。

 セドが傭兵達の部屋を訪れて、一刻程の後、一通りの説明を終えて、セドは傭兵達の蚊を見回した。
「――という訳で、今回、私達リジー隊が囮となる間に、貴方達傭兵には住民達の脱出をお願いします」
「待ちなさいよ。囮になるって事は、カヌアと戦うってことでしょ。なら、あたしもついてくわ。元々、あたしがここを目指してた目的は、カヌアをこの手で殺してやることなんだから」
 サァラの髪がざわつき、伸び、くすんだ銀色の髪に変わる。獲物を狙う猫科の様な瞳がセドを射抜いた。
「それはどうぞ、お好きにして下さい。‥‥ただし、私達はあくまで囮です。危なくなれば、貴女を一人残してでも逃げます」
「ええ、いいわ。その時は、一人残ってでもカヌアを倒して見せる」

●月の無い夜に
 リジー達は、街の住民が傭兵達に伴われて街の出口へと向かうのを遠目に見送り、一路、カヌアの住む家へと、強襲をかける為に急いでいた。
 闇夜の晩とはいえ、辺りは暗く静まり返っている。
 リジー達は、慎重にカヌアの住む家へと足を進める。そして、カヌアの住む家まで、後、一本道路を右に曲がれば、といったところで、不意に声が聞こえた。
「さて、キミ達はどこに行こうというんだい」
 声と共に、カヌアが複数の影を引き連れて、目の前の道路上に現れた。
 足を止めて、リジーが前へ進み出る。
「あー、なんだ。‥‥お前んちに夜這いにって言ったら怒るか?」
 肩を竦めて、片目を瞑る。カヌアはリジーのそのウインクに微笑みを返し、無言のまま、腰からレイピアを抜き放つ。
「‥‥残念だよ、リジー。キミはボクに怠けさせてくれるから、お気に入りだったのにね」
 リジーに突きつけたレイピアの剣身が仄かな光を放ち陽炎のように瞬いた。

●参加者一覧

鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
ベーオウルフ(ga3640
25歳・♂・PN
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280
17歳・♂・PN
二条 更紗(gb1862
17歳・♀・HD
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

●コネクション
 依頼の出発前、風代 律子(ga7966)は一本の電話を掛けていた。
「――避難場所として、一時的な居住区域の用意をして欲しいのです。多くの人達の身がかかっています。どうか、お引き受けできませんか?」
 電話の向こう、相手はドローム社取締役のリーセス・レスト。
 リーセスは慎重に律子の意見に耳を傾け、やがて、
『‥‥いいでしょう。他ならぬ娘達の恩人の頼みです。可能な限りの援助をいたします』

●脱出の前に
「‥‥と、こんなところよ」
 律子は得てきた『協力』の確約リジーに説明をする。
「なるほどな」
 出発前、会議室まで戻ってきたリジーが壁に背を預けながら聞いていた。
「‥‥オーケーだ。後の事はあんたらに任せんぜ」
 と、その時、時を合わせた様に俄かに会議室の中央の方が騒がしくなった。
 会議室の中央、春夏秋冬 立花(gc3009)が強い眼差しでセドに詰め寄っていた。

「私たちは約束を守りました。だから約束してください。必ず生きて帰ってくると」
 一歩ずずいと立花が踏み込めば、セドは気押されて半歩下がる。
「そもそも! お金貸しているんですから、返してくれるまで死ぬのは許しませんからね!」
 立花が指を突きつけて、口を尖らせる。
 セドは突きつけられた指に、苦笑いを返した。
「大丈夫ですよ。子供にお金を借りたまま、死ぬつもりはありません」
 安心させる様にセドが立花の頭を撫でると、彼女は目を細めた。
「それと、ドミナさんには護衛を手伝って貰いたいので、説得手伝って下さい。ドミナさんは大して力を使っていませんし、悪いこともしていません。ここで住民を守って印象をよくすれば、エミタ手術を優先的に受けれるかもしれないんです」
 立花の言葉にセドはやや困った顔を浮かべた。
「‥‥そうですね。けど、その選択はドミナ自身の意思のみで決める事じゃないですか?」
 期待した言葉とは裏腹なセドの物言いに、立花は僅かな苛立ちを覚える。
 ――この人はドミナさんの事が大事じゃないのだろうか。
 眉根を寄せながら、傍にいたドミナへと立花は顔を向ける。
「ドミナさん。囮じゃなくて、私達と一緒に住民の護衛をしましょう。囮になっても足でまといですよ。何、護衛に顔を知っている人がいると住民も安心するでしょう? 適材適所で行きましょう」
 立花はドミナに優しく笑いかけて言う。けれど、
「わたしは‥‥リジー隊の皆と一緒に行きます。‥‥わたしは、もう仲間はずれはイヤなんです」
 瞳を潤ませながら、気持ちを全てぶつける様に強く言葉を返す。
「生きて帰ります。その約束だけじゃダメですか‥‥?」
「だ‥‥」
 ――ダメです。そう言いかけて、立花はドミナの真剣な瞳に飲まれた。自分と同じかそれ以上に真剣な瞳がそこにあった。

 立花達のやり取りを横目に、律子は自分の荷物を手に取る。
「そろそろ街の人達の様子も見てくるわ」
 荷物の中、住民に配る為に用意した飲み物を確かめながら、リジーから離れていく。。
「‥‥死んではダメよ、全員生き残るの。守るべき街の人達も、貴方達も、もちろん私達傭兵も――皆生きて脱出するの。それだけは忘れないで」
 宣言する律子を、皆が振り返り見る。囮となる者、護衛となる者、それぞれがそれぞれの想いを視線に乗せる。
「囮と言うよりは決死隊みたいな感じですね、行動自体にとやかく言うつもりはありませんけど其れを由とし無い人もいるようですので、囲いを抜ける為に尽力しましょう」
「こっちはこっちで筋は通すわよ‥‥じゃ、幸運を」
 律子、二条 更紗(gb1862)に続けて鷹代 由稀(ga1601)も会議室を後にする。
 その場に残ったサァラ・ルー(gz0428)は、ふと、気配に顔をあげる。流叶・デュノフガリオ(gb6275)と目が合う。
「サァラ」
 びくりと目を逸らすサァラ。その口に目掛けて、流叶はいつもの様にチョコを放り込んだ。
 居心地が悪そうにするサァラの隣、流叶は椅子を引いて座る。流叶自らも、一つチョコを口に含んだ。
「‥‥どうしても、遣るのかい?」
 チョコを舐めて溶かしながら流叶が聞く。
 サァラは何も言わずにただ頷いた。
「じゃ、私も覚悟しないとな‥‥力は貸すよ」
「え‥‥」
 サァラが驚きに目を開いて流叶を見る。てっきり止められるか怒られると思っていた。
「‥‥粗末にはしないでくれ、君の‥‥命を」
 流叶はそれだけを言って椅子から早々に立ち上がる。その時にはもう覚悟は決めていた。
 ――サァラを一人では、戦わせない。

 会議室、準備が進められるその中で黒木 敬介(gc5024)はリジーの隣の壁に背を預ける。
「‥‥悪い。皆やる気だけど、仕事以外はあんまり信用しないでくれ」
 喧騒の中、隣にいるリジーぐらいにしか聞こえない声で話しかける。
「わかると思うけど、バグア側の人間‥‥特に強化人間を助けるってのは、まだ反発も大きい」
 目線すらほぼ交わさず明るい話をしている様な素振りで続け、
「彼女らコネはどうあがいても、純真無垢な善意だけじゃない。助かった後の待遇は保証できない。自由もね」
 誰にも気づかれない程の短い間、申し訳なさそうな苦い顔になる。
「‥‥ああ、大丈夫さ。弁えてる、俺達がしたコトの意味って奴も含めてな」
 横目でリジーが敬介を見た。歯を見せて笑う。
 敬介は他愛無い話でもしたかのように笑みを返して、壁から背を離した。
「強化人間以外は住民だったことにすれば良い。逃げ切ったならそれだけは責任持って誤魔化すよ」
「そうしてくれ」
 出口へと身体を向け敬介は一歩踏み出し、
「因縁に決着をつけるなら、もう今しか機会はないよ。きっと」
 それだけ言い残し会議室を出た。
「‥‥俺とあいつが特別な『赤い糸』で結ばれてなけりゃ、何が何でも決着つけてたんだがな」
 鳩尾の辺りを引っ掻きながら笑う様に息を吐く。
 未だ死ぬわけにはいかない。住民達が完全な人類圏まで逃げ切るまで生きて――この胸の発信機を追いかけさせなければならないのだから。


●囮達のワルツ
 囮となったリジー隊はカヌア達と道路上で対峙していた。
 胸の鳩尾あたりを引っ掻きながら、リジーは後ろに控える傭兵二人へと困った瞳を向ける。
「希望に添わなかった事は謝る。けど、俺にも死なせたくない人がいるんでね」
 ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)が応えながら、傍の流叶へと視線を移す。
「友人の為に‥‥だからね。すまないが、此処は引けない」
 視線を受けて流叶も微笑みを返す。
「それより、目の前の事に対応しよう。リジー、サァラ。二人で少しの間、カヌアを押し留めておいて欲しい。その間に、私とヴァレスで取り巻きを倒す。お願い出来るかい? キミ達が耐えれるかが、鍵だ」
 リジーとサァラは二人は了承の頷きを返した。
「無理すんなよ。脱出に掛かる時間が分からない、こっちの頭数減ると耐え切れなくなるからな」
 セドに言葉をかけながら、前へ踏み出す。
「ご心配ありがとうございます」
 声をかけられたセドもまた、前へ。
 膜の様に重く張った空気を押し退けて流叶とヴァレス、セドが迅雷で駆けた。
 前衛をドミナとセド、リジー隊が足止めをする。
 後衛へと踏み込んだヴァレスが姿勢を低くして、下から上へと大鎌で薙ぎ払う。咄嗟に後ろへ飛んだ後衛の銃を捉えて、寸断する。
 もう一体の後衛には流叶が飛び込んでいる。
 二刀小太刀に真燕貫突を合わせての連続攻撃。受けられた一撃の上から、更に一撃を重ねて、後衛の利き腕を撥ね上げた。
 即座に流叶とヴァレスは後衛を落として反転。敵前衛二人を数で囲み一気に畳みかける。
 カヌアを取り巻いていた強化人間四体をあっという間に倒され、残りはカヌアのみとなる。
「待たせたね」
 ヴァレスと流叶がカヌアとの戦いに参入していく。能力者、非能力者含めて総勢30近くが一斉攻撃。
 カヌアは反撃もままならず、薄皮一枚でぎりぎり命を長らえているほどに押されていた。
 ――しかし、
「ああ、やっと来たか。もう少し遅かったら、危ないところだったよ」
 カヌアが大きく後ろへ跳ぶ。
 主人の危機に集まったキメラ達がカヌアに代わり唸りをあげてリジー達へと襲いかかっていった。


●脱出行
 脱出する住民達の後方、殿を護る形で由稀と律子が追随する。
 由稀は暗視スコープを利用し暗闇の中に警戒の視線を走らせている。
「‥‥いたね」
 星の見える夜空の彼方に大きな鳥が見える。
「先行班。聞こえる? 二時方向上空に一匹キメラが来てるわよ」
 通信の先で同様に確認したという返事が返ってくる。
 やり取りが漏れ聞こえたのか、前を歩く住民の一人が不安そうに振り返った。
「大丈夫よ、私達が必ず貴方達を守るから」
 律子が声をかけて住民の不安を取り除いてやる。
 由稀の連絡を受けた先行班、更紗が先頭に立ちAUKVのライトにフィルムを貼って光量を落として進む。
 緊張は住民の間にも伝わり、子供の目に涙が滲んだ。
「大丈夫です。私たちがついているので」
 立花がにこりと笑顔を向けて飴を一つ分けてあげた。
 更紗のやや後方、ベーオウルフ(ga3640)が鳥の方を気にかけながら、更紗を見やる。
「気を付けろ。照明持ちは狙われるからな」
 声を潜めて、注意を促す。更紗はこくりと頷いた。

 慎重に進む一行。上空をいく鳥キメラ一匹の索敵には引っ掛からず、順調に脱出の道程の半分を過ぎ去った。
 だが、
「来たわね‥‥」
 彼らが通り過ぎた後、後方から人の匂いを嗅ぎつけて、狼キメラが姿を見せた。
 気配から狼キメラはこちらを確実に捉えている事が分かる。
 由稀は目を離さず、手慣れた仕草で懐から一本、煙草を取り出し火を点ける。
 燻る紫煙の先で、狼キメラが視界の中にもう一匹。手前の狼キメラの後方に控えたそいつは、仲間を呼ぶ様に遠吠えを上げた。
「獣風情が‥‥お前等全部、『悪評高き狼』の留守を預かる鷹に狩られる運命よ」
 二丁の拳銃を抜き放ち、狙いを定める。
 由稀の銃が火を放つと同時に、律子が瞬天速で疾風と黒の地平を駆ける。
 律子が一体の動きを封じる間に、キメラ達が集まって来ていた。
 由稀が狙撃眼にて、上空、距離の離れた鳥キメラの翼を狙い撃って、地面へと落とす。
 可及的速やかに上空の戦力を無力化する事を最優先に。
 上空を飛び抜けて、住民を狙われる事態だけは引き起こしてはならない。
 由稀が鳥キメラを撃ち落としにかかる間、律子は次の狼キメラへと狙いを定めて駆ける。

 一方の先行組も、遠吠えに集まってきた狼、鼠、鳥の各種キメラ達を視認していた。
 まだ多くの数は、集まってきていないが、それもすぐに闇夜を埋め尽くすようになるだろう。
「迅速に潰して、とっとと抜ける」
 更紗がライトのフィルムを剥がしながら、AUKVを意識して鳴らし始める。サーキットレースのスタート開始前の様に、低く響く排気音。
 引き寄せられたキメラ達の視線を感じながら、地を蹴る。
 敵集団正面、竜の翼をもって突撃する。
「委細構わず突貫、刺し、穿ち、貫け」
 群れとなすキメラ達と真っ向からぶつかって行く。
 更紗の突撃に正面の戦力は止まった。だが、敵の数は多い。周囲から覆い尽くすように敵は住民達へと迫る。
 更紗を抜き去ったキメラに敬介が相対へ飛び出していく。獣の速度で迫る狼キメラを一体、正面から斬り伏せる。
 敬介が手当てし切れなかった相手は、立花が機械刀で仕留めた。
 更紗、敬介、立花の順に、敵の流れを食い止め、散らし、打ち倒していく。
 だが、それでも、住民へと迫るキメラがいた。
 襲い来るキメラの中で最も数の多い鼠キメラ。
 一体一体は戦場に展開する三種のキメラの中でも、能力者にとって取るに足らない相手だが、薙ぎ払っても一匹二匹が生き残り、傭兵達の背後へと抜けていく。
「抜けてくるか。だが、そこまでで止めるぞ」
 ベーオウルフは、鼠キメラの動きを最警戒に戦場を走り回る。傭兵達の防衛網の裏側へ浸透する鼠キメラを端から叩き潰す。一匹足りとも通さず、住民を脅かす獰猛なキメラ達の爪をへし折って行った。
 後方の安全を味方に任せて、最前線、更紗は槍を振り回して、一度に数匹のキメラを横薙ぎに払い退ける。
 一時、生まれた敵の攻勢の弱まりを利用して、更紗は少し下がる。キメラ達は引き波に攫われる砂の如くに、更紗の下がった空間へと詰め寄せた。
「有象無象は蹴散らしひき潰す、失せろ」
 下がった位置で、素早くAUKVをバイク形態へと変形。
 竜の紋章の赤い輝きを乗せて、AUKVのカウルが眩く光る。バイクの上で姿勢を伏せて、アクセルを全開へ――。

 一度引いた波は、――もう一度打ち寄せる。

 更紗はバイクで加速。詰め寄せたキメラ達へと騎龍突撃を仕掛ける。
 討ち伏された屍諸共にキメラ達を衝撃波で蹴散らして駆け抜けた。
 敵を轢き潰し、多くを薙ぎ払った後、AUKVを再度着用して、竜の翼で駆け抜けた道を跳び戻る。
「――数が多いですね」
 未だ残る敵は多かったが、それでも徐々にその包囲網を抜け出していく。

●その行方
 鳥キメラの監視も抜けて、傭兵達は街の住民達を連れて安全地帯へと出ることに成功した。
「‥‥いい? 照明あげるわよ」
 一発。律子は、合図となる照明弾を打ち上げる。
 合図が打ち上げられる様子を眺めながら、ベーオウルフは、そっと仲間達の下を離れた。
 その足は、抜けた包囲網の方へと向かう。
「さて、もう一仕事してくるか」
 たった一人、ベーオウルフは、囮となっているリジー隊達の脱出を支援する為に、キメラの数を減らしに向かった。

 撤退合図の光が、遠くの空に見える。
「――合図だ。こちらも全員撤退だ!」
 ヴァレスが叫ぶ。リジー隊やサァラ達を一気に後退させながら閃光手榴弾を投げる。
「後は任せろ! ――早く!」
「‥‥すまねぇ。合流地点で、な」
 リジー隊とサァラ達が撤退するまでの間、足止めに流叶とヴァレスはその場に残る。
 数の多さに劣勢になりながらも耐えリジー達全員が撤退する時間を稼ぐ。
「私達も行こう――」
 時間を稼ぎ、流叶が閃光手榴弾を投げる。
 二度目の閃光の後、流叶とヴァレスもその場から撤退していった。


 幾分かの後、安全な合流地点で待っていた一行の下に、リジー隊が合流した。
 合流地点に現れたのは、リジー隊の一般人兵だけ。
 確認すると、彼ら自身も戸惑いを隠せない様子で事情を話した。
『俺達はこのまま一緒には行けねえ。まあ、そう簡単に死ぬ気もねえから、心配すんな』
 リジーはその言葉を残し、一般人の隊員を合流地点へと向かわせ別方向へ駆け去って行ったという。
「‥‥サァラちゃんはどうしたの? ‥‥一緒では、なかったの?」
 律子がリジー隊の中にサァラの姿が見えずに尋ねる。
 男は首を横に振った。そして、

「彼女は‥‥リジーの旦那達と一緒に行きました‥‥」