タイトル:劇の終わりにマスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/21 10:26

●オープニング本文


●涙落つ空
 空を覆う灰色の雲。薄暗く、今にも泣き出しそうな空が広がる。
 灰色の空と赤茶の大地の狭間に、獰猛な音をたてて進む獣の群が見える。
 腹を空かせた獣達――キメラやワームを従え、ジャンは広いアスファルトの道を歩いていく。まるで、近くの公園にピクニックに行くかのような軽い足取り。
 ジャンの見据える地平の先には、人工物。眺め歩く内に、曇天の天井から流れ落ちた滴が一つ、頬を打つ。足を止めて、滴を拭う。
「さて、これは死んだカレンの涙雨、というやつなのかな」
 こぼれた笑みは、ヨリシロのジャン・路馬ではなく、バグア本人のもの。
 ひどく酷薄で、カレンを悼む様子は欠片もない。
 当たり前だ。ヨリシロの妻であっても、バグアの彼にしてみれば、変わりなくただの人間にしかすぎない。
 だが、ジャンは大仰に空を振り仰ぎ、声を上げる。
「カレン、聞こえるか。君が泣くことはない。君のおかげでジャネット・路馬(gz0394)は私のヨリシロとして完成する。カレン、君の愛するジャンは、その時、魂を解放され、君と幸福の日々を過ごせるようになるだろう! だから、悲しむことはないんだ!」
 ジャンの言葉に、天は何を感じたのか。振り落ちる涙は、滝の如く。
 ジャンは、暫し、雨に打たれながら声を上げて笑っていた。
「――さあ、行こう。カレンの嬉し涙が私達を隠してくれる。彼女のためにも早くジャンを解放してやらないといけない」
 見据える地平の先には、人工物――軍の基地。
 ジャネットというヨリシロを得るために、今、襲う。

●いつも見る悪夢
 燃え落ちる廃墟の街。辺りを飛び交う火の粉。倒れ伏す自分の足は、瓦礫に挟まれ身動きが取れない。
 火の熱が迫り、息苦しくて喘ぐ。
「大丈夫か、ピエール!」
 自分の名を呼ぶ声に顔を上げる。近寄ってきた青年は、ピエールの足の上の瓦礫を退けた。
「ジャン、貴様! 俺のことはいい! 作戦を優先しろ!」
 瓦礫を退けた青年ジャンに息を荒げ叫ぶ。見ればジャンの息も荒い。
 体中、幾つもの銃撃痕から血が流れ出ている。
「火がそこまで近づいているじゃないか。見捨てられるわけないだろう」
「だが‥‥!」
 ピエールが足の痛みを無視して立ち上がりかけたその時だった。
 ――目の前、ジャンの腹腔をレーザーが撃ち抜いた。
 血を吐き、ジャンが膝をつく。
 振り返れば、ひどく酷薄な笑みを浮かべるバグアが居た。
「ピエール‥‥あいつは俺が食い止める‥‥お前は逃げて仲間を呼んできてくれ‥‥」
「誰が貴様の言う事など‥‥」
「――ピエール!!」
 口の端から零れる血の泡。叫び、突き飛ばせば、ピエールの居た場所を、レーザーが貫き抜ける。
「くっ‥‥」
 痛む足にたたらを踏みながらも、ジャンを見れば、彼は苦痛に顔を歪めながら、真摯な瞳をピエールに向けていた。
「――行けっ! ピエール!」

 ‥‥暗く静かな執務室で、ピエール大尉は目を覚ます。
 荒く息を吐き、額を押さえる。汗が酷い。
「眠って‥‥いたか」
 時計を確認すれば、時刻は午後。
 眠気を払うため、コーヒーを淹れようと立ち上がりかけ、不意に執務室のドアがノックされた。
「入れ」
 促され執務室に入ってきたのは、ピエール知己の傭兵ガルラだ。
「よお、誘導部隊の準備終わったぜ。で、一応、報告だけしにきたんだが‥‥お前、ひでぇツラだな」
 入って早々、ガルラはピエールの顔を見て眉を顰める。
「まるでついさっきまで悪夢にうなされてたって顔してるぜ」
 ガルラの的確な物言いに、ピエールは仏頂面を嫌そうに歪める。
「私が悪夢を見ようと、貴様の知った事ではないだろう。報告は以上か? 終わったならさっさと出ていけ」
「へいへい」
 言われるままに執務室を後にしようとして、入口のドアの前で立ち止まり、振り返った。
「ピエール、ありがとな」
「‥‥なんだ、気持ち悪い。貴様に礼を言われる筋合いはないが」
「いや、感謝してるぜ。あのバグアを、ジャンの抜け殻をあたしの手で倒す機会をお前はくれた‥‥カレンの所に、あたしの手でジャンを送ってやれる」
「ふん。そういえば、貴様達は親友だったか」
 鼻を鳴らし、気にもしていなかったとばかりに顔を背ける。
「お前も、ジャンの親友だったろうが」
「‥‥親友などではない。いいから出ていけ。私も作戦の前に準備がある」
「へいへい。お前は昔からそうだよな」
 ガルラは軽く溜め息を一つ、執務室を出ていく。後に残されたピエールは、ガルラの出ていったドアをしばし見つめていた。
「奴は‥‥親友などではなく、ライバルだ」
 だから、ピエールの心には、今も屈辱が残る。
 ライバルに命を助けられた記憶とともに。

●戦闘開始
 ピエールとガルラの会話から数刻。
 軍基地周辺には、多数の正規軍部隊がバグアの迎撃に伏せていた。
 既に戦闘は開始され、誘導部隊がバグアのジャンを中心とした主力部隊と接触。迎撃部隊の集中砲火予定地点へと誘導を始めている。
 迎撃部隊の配置地点、その一つにジャネット・路馬(gz0394)の乗る試作車両が偽装され伏せられていた。
「――どうだ、レイテ軍曹。上手く狙えそうか?」
 薄暗い車内、コンソールの僅かな明かりに照らされたレイテにジャネットが話しかける。210mmマルチビームランチャーの照準合わせを行っていたレイテが振り返る。
「大丈夫、なんとかなりそうだわ。エミタさまさまってところね」
 答えるレイテにジャネットは、よし、と頷きを返す。
「戦況は順調に推移している。いずれ、誘導部隊がジャンを予定位置まで引っ張ってくるだろう時まで、念には念を入れて調整してくれ」
「分かってるわ。そのつもりよ」
 レイテがいつもの艶っぽい笑みを浮かべて返す。
 そして、レイテが再調整に乗り出した時、不意に無線がけたたましく騒ぎ始めた。それは――、
『こ、こちら、第七小隊‥‥。敵ワームの奇襲を受けている! だめだ。包囲の裏側を突かれた、応戦で手いっぱいだ。予定地点への砲撃ができない!』
 無線を通じて、飛び交う悲鳴。怒号。
「――集中砲火は、無理そうね」
 レイテが細い眉毛を、きつく顰める。
「ああ、だが、誘導部隊はすぐそこまで来ている。となると、集中砲火なしでの戦闘‥‥。厳しいな‥‥レイテ軍曹、連続射撃はいけるか?」
「‥‥もって三発ね。それ以上は、ジェネレーターからのエネルギー供給をこの車両の方で制御できなくなるわ。――ラインガーダーなら、別だっただろうけど」
 頬に指を当て、軽く押し上げる。茶目っ気を伴った不満顔。
「もともと、ラインガーダーの専用兵装だ。しかたないさ。――二発は援護と牽制に、残りの一発は――ジャンへのトドメだ。頼む」
 暗がりの中、ジャネットが真剣な瞳がコンソールの光を跳ね返し、レイテを見つめる。
 レイテはふっと笑んだ。
「――了解よ、隊長」

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
ジン・レイカー(gb5813
19歳・♂・AA
鹿島 灯華(gc1067
16歳・♀・JG
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

●嵐を前にし、人は――
 作戦の始まる数刻前、傭兵達に宛がわれた控室の一室。鏡の前に座り、紫の瞳の少女が髪を後ろで纏めていた。
「‥‥一人での、戦いは苦しいです」
 灯華(gc1067)は、長い睫毛の目を伏せて、唇を引き結ぶ。
 少女の独白を、鹿島 綾(gb4549)は隣で静かに佇み聞く。
(その苦しみは、今だからこそ判る事)
 髪を纏めて机の上に置いた髪留めに目をやると、綾が手を伸ばしていた。
 優しく手渡される髪留め。
「だから‥‥終わらせましょう?」
(様々な人に、そして鹿島様、貴方に頂いた――‥‥この力で)
 灯華は髪留めを受け取りながら、綾を見上げ、その瞳を見つめる。
「ええ。手を取り合って、その苦しさを振り払っていきましょう」
 綾が柔らかな笑みを浮かべて、応える。
「――幕引きは、脚本家に任せると致しまして」
「――私達は、役者として全力を尽くすのみ。より良い結末の為に‥‥ね」
 灯華が髪を留めて、立ち上がる。綾と二人、並んで控室を後にした。

 基地の廊下、急ぎ歩くジャネット・路馬(gz0394)とは反対側から、人が歩いてくるのが見えた。
 服装からは、傭兵。それも、見知った顔と見知らぬ顔の組み合わせ。
「――ラナ君か。そちらの男性は?」
 知った顔の方の名前を思い出して、声をかける。知った顔は、ラナ・ヴェクサー(gc1748)。もう一人は、
「や、今回の作戦に参加してる黒木だ。よろしく。話は聞かせてもらってるよ」
 黒木 敬介(gc5024)の軽い挨拶の間に、ラナは、懐から薬を取り出して飲み込む。
「最後ですね‥‥ケリを」
「ああ‥‥。兄をバグアのヨリシロから、何が何でも解放してみせる」
「因縁浅くないのはわかるけど、冷静に頼むぜ」
「それはもちろんさ。‥‥それでは、急ぐから――」
 すれ違い、歩き去る時、
「あと、結果がどうなっても誰も恨まないようにね」
 敬介が爽やかな笑みを浮かべて、言う。
 顔だけ振り向き、ジャネットは笑みを返した。
「結果が――ジャンを倒せたということなら、それでいいさ」
 言いつつ、思う。そう、今は、ただジャンを倒す事だけを考える。
 その後の事は――よく分からない。
 前を向き、思考を振り払いながら、歩き去る。
 ラナはジャネットの後ろ姿を見送り、それから、隣に立つ敬介の表情を仰ぎ見た。
(少尉への言葉‥‥この人は逝った彼女と同じ武人の心を‥‥持っている?)
 ラナの視線に気づきながらも、敬介はやや苦笑を浮かべて踵を返す。
「彼女は、自分が抱えてるものがきっちり見えてない感じだね。その私怨の矛先が、今は他に向かわない事を願うしかないな」

●雨に打たれて
 敵主力、その中心にジャン・路馬がいた。彼を取り巻くように、洗脳された五人の能力者が守る。
 向かい合うのは、九人の傭兵。
「よぉ、また会ったな!」
 ジャンを前にして、ジン・レイカー(gb5813)が歯を剥いて笑う。
 手にした大太刀、その切っ先をジャンに向け、笑みはより一層深く、口の端を吊り上げる。
「いつぞやの借り‥‥あんたが憶えてるかは知らないが、ここで返させてもらう!」
 ジンの前口上を聞きながら、天野 天魔(gc4365)は一歩、前に出る。
「まずは礼を言おう、ジャン。君のお陰で俺はレイテとカレンという二つの素敵な劇を観れた。そしてこの劇も素晴らしいものになろう」
 手を大仰に広げ、嬉々とした笑みを浮かべる。
「ただ俺はハッピーエンドが好みなので、ジャネットに付かせてもうがね」
 一歩、舞台から降りるようにして、身を引く。代わりに踏み込むのは、先程のジンだ。身を深く沈め、飛び出した。
「とっととこのくだらない劇に幕を下ろすぞ!」
 大神 直人(gb1865)がジャンの足を狙い援護射撃を加える。
「ガルラ様、前を御願い出来ますか? 此方は後衛を抑えます!」
「オーケイ、任せときな!」
 灯華と共に、ガルラが銃を構えて制圧射撃を行う。
 光と鉄と、雨を貫く無数の弾の奔り。
 その中を迅雷で駆ける藤村 瑠亥(ga3862)とラナ、敬介。先を駆ける三人に綾とジンが追って駆ける。
 敵FT二人の飛び出しを見て、走る足を止める綾。
「彼らは止めるわ。そのまま駆けていって」
 構えた二槍を振りかぶり、ソニックを撃ち放つ。
「――洗脳、ね。性格の悪さが滲み出てるわよ?」
 FT達が衝撃の余波に足を止めた隙に、三人は横をすり抜ける。
 抜けた三人をSN二人の制圧射撃が襲う。敬介の頬を掠めるも、無視し、足を緩めず前へ。
「さて、狙ってもらうぞと‥‥」
 瑠亥が、両の手に二刀を構え、飛び込みざまにジャンへと右の一太刀を振るう。続き、躱された先へ、左の二太刀目。
 ジャンは身を引きながら、これを躱すも、身を引いた先には敬介が回り込み、動きを休める暇も与えず、斬撃を繰り出す。斬撃を受け流し、避け、迫る敬介を引き離すように後退。
 追おうとした敬介にSNの牽制が入る。
 だが、入れ替わりに、瑠亥がジャンへと踏み込み、間合いを離さず連撃を加える。
 連撃を加える瑠亥の後ろから、振り切られていたFTが斬りかかる。瑠亥は斬撃を避けると、そのまま身体を回転させて、FTの側頭部に回し蹴りを叩き込む。吹き飛ぶFT。
「邪魔だ、お前たちは引っ込んでろ」
 FTを蹴り飛ばしたその隙に、ジャンが銃口を向けている。瑠亥は横目にその銃口の向きを見て、身体を倒す。肩口を光が灼き後ろへ抜ける。避けた動作のまま、下から瑠亥は、ジャンへと逆袈裟に斬り上げる。
 手に持つ銃で僅かにその刀身をずらして、致命を避ける。
「危険だね。君達は」
 ジャンが笑みを浮かべる。砲火の嵐を背景音楽として主役達が剣劇を舞う。
 その横をラナがすり抜け、STへと距離を詰める。
 ほぼ無防備のSTをイオフィエルで撫でるように斬る。たたらを踏むSTの裏へステップを踏む。
「少しの‥‥間、眠って‥‥」
 背後からの当て身を加えられて、STは気絶した。
 ――先行した三人が、それぞれに刃を交える間に、ジンが駆ける。
 気づいたジャンがFTの一人を、足止めに回す。
 相対するは、ジン。
「‥‥終わったら謝るから、今は堪忍な」
 容赦無く斬りかかり、FTは防戦一方になる。互いに足止めの状態。
 隙あらば、と無力化を狙いつつ、FTを徐々にジャンから引き剥がしかけたその時、
「俺は‥‥?」
 ジンの目の前のFTが正気を取り戻す。他のFT、SN達も同様だ。
 綾が声をあげ、協力を呼びかけようとした時、
「ダメだよ。背景の脇役が、アドリブを始めては、ね」
 瑠亥と敬介の攻撃を凌ぎつつ、ジャンが大きく息を吸った。瑠亥がそれを見て飛び退き、離れる。
 超音波に似た歌が、辺りに響く。
「――やっぱダメか!」
 ジンが、耳を押さえて叫ぶ。耳栓で防げないかと考えたが、耳栓を突き抜ける超音波に、頭が痛い。
 気絶したSTの代わりに、ジンの身体が操られる。
 ジンは刃の切っ先をジャンから敬介へと向けて斬りかかっていく。
「ガルラ、援護を頼む」
 後方から様子を窺っていた天魔が、ガルラに援護を頼んで一気に走り込む。
 援護の弾幕の中、走り込んだ天魔はキュアでの回復を試みる。ジンは暴れて天魔を振り払おうとしたが、すぐに正気を取り戻した。
 だが、歌が終わると、先程の四人がこちらに向き武器を構えている。
 天魔は囲まれる前に離脱をしながら、厄介だな、と呟いた。

 再度の強襲時、今度はラナと綾にジンも交えてジャンへと攻撃を集中させる。
 FT達を押さえるのは、灯華とガルラ。牽制の射撃を絶やさず加え続ける。
「その喉は潰しておくべきだな」
 直人がジャンへの牽制の射撃に、喉を狙う一撃を交えて行う。当たれば僥倖。
 顔面の近くを過ぎる銃弾は、十分に牽制の意味は為している。
 先程と同様に瑠亥と敬介がジャンへ斬りかかる。二人の攻撃の隙間に、ラナが爪を振りかぶり突撃。一撃を加えて離脱する。大きく地を蹴って離れつつ、銃での牽制。
 入れ替わりにジンがジャンへと斬りかかる。瑠亥や敬介と合わせて、躱す方向を一定方向へ。次第に追い詰める。
 追い詰められる様子に好機を見てとり、綾が灯華へと目配せをする。
「灯華ならやってくれる。だから、私は‥‥私に出来る事をするのみ!」
 構えた二槍に天地撃を乗せ、打ち上げるような衝撃波を放つ。
 ジンに追い込まれ逃げ場を失ったジャンが衝撃波を食らう。大地から足が離れ、宙に舞った。
「流石に疾い‥‥ですね。なら、先ずはその足――‥‥頂きますよ?」
 綾の目配せを受けた時から、灯華は狙撃に狙っている。放たれた銃弾は、的確にジャンの右足を撃ち抜き砕いた。

●――そして、撃つ
 ジャンとの戦闘を遠くから冷静に見守る目があった。
 ビームランチャー試作車両に乗ったジャネットだ。
 ラナよりの要請を受けて、援護射撃を取り止め、狙撃の為にじっと機会を待つ。
「‥‥焦るな。まだ、もう少し‥‥」

 戦闘は、徐々に傭兵達が押していた。足を奪われ、動きに精彩を欠いたジャンは、歯を噛み締めて、傭兵達の攻撃を受け流し続ける。
 灯華とガルラが制圧射撃で洗脳された能力者達を足止めし、綾が邪魔な――ビームランチャー射線上の――FT達を吹き飛ばす。
 続けて、天地撃を乗せた叩きつける様な衝撃波をジャンに飛ばす。衝撃波にジャンが膝をつく。
 合わせて進み出た天魔が呪歌を歌い、ジャンの更なる足止めに入る。
「この上――うっとうしいな、君は!」
 聞こえてくる歌に耳を押さえつつ、転倒した状態から、ジャンは反撃の光線を放つ。
「クッ‥‥舞台は整えた。外すなよ、レイテ!」
『――言われなくても外さないわよッ』
 無線でのやり取りに、間を置かず、エネルギーの奔流が、後方より来る。
 射線は十分に通っている。周囲の洗脳されていた能力者も、無力化され、足止めされ、ジャンを庇える位置にはいない。
 倒れたままのジャンを飲み込み、光が大地を灼いた。
 光の消えた後、全身を焼かれたジャンが立ち上がり、逃げようとする。
「逃がすか!」
 ジャネット達の狙撃が必殺の一撃にならない可能性を予想していた直人が、豪破斬撃を乗せた貫通弾を撃ち込む。
 狙撃を受けたジャンの動き出しの動作は遅い。
 狙いは過たず、ジャンの左足を撃ち抜く。両足に怪我を負わされ、ジャンの体勢が崩れかける。
 体勢の崩れたところに、追撃を狙う直人に対し、ジャンが反撃をしようとした時、
「――容易に、やらせると御思いですか?」
 灯華がジャンの銃を撃ち抜く。銃を取り落としかけるも下がるが、瑠亥達が追いつき、追い詰める。逃げられない。
「ここで終わり‥‥朽ちなさい、な」
 ラナが接触の零距離からジャンの背中脇腹にSMGを乱射。ジャンは身体をくの字に折る。
「こ、の、――貴様らぁッ!」
 死を直感したジャンが、叫ぶ。限界突破による、最期の反撃をしかけようとする。
 怯まず、敬介が限界突破をしたジャンに斬りかかる。
 敬介の斬撃が無数の線となり、斬られたジャンは、血を舞い散らせる。ビームランチャーの一撃に焼かれ、ジャンは弱っていた。
 フェイントに牽制、浅い斬撃を連ねて、敬介が刀の疾りを加速させる。
「ふっ――」
 呼気を吐く。走らせた連撃の、最後の一撃は加速に加速を重ねて、線となる。一撃は、ジャンの心臓を突き抜いた。
「煉国流刀術・散華」
 引き抜いた刀と共に、血が噴き出し、華を咲かせる。
 血を吐き、それでも立つジャンに、牽制の光条が二条走る。ジャネット達と、天魔のもの。
「出番の終わった役者がグズグズと舞台に残るとは見苦しい。カレンが愛に殉じたように貴様も脚本家を気取るなら自らの劇と心中しろ」
 天魔の言葉を聞くか聞かないかの内に、ジャンは前のめりに倒れ、いずれ、その身は溶けて消えた――。

●幕は下りて
「あはは、もう、ヘトヘトだよ‥‥はぁ‥‥」
 ジンが、腰を下ろした横へ、気絶から目覚めたSTが駆け寄り、練成治療で傷を癒し始めた。
 せめてものお詫びに、とSTが全員の傷を癒していく。
「‥‥終わったか」
 伏兵を警戒して周囲に視線を走らせていた直人が、安堵の表情で呟いた。
 そのうちに、基地に残っていた救護・兵站部隊等が現れて、周囲は人が増え始める。
 人波に紛れ、敬介は次の依頼へとその場を去って行こうとしていた。その背に、
「すみません‥‥黒木君」
 女性の声が投げかけられる。声に敬介が振り向けば、ラナが居た。
「貴方は‥‥武人としての‥‥生き方、知っていますか? もし‥‥そうなら、私に教えて欲しい」
 終始の戦闘の中、彼の立ち回りが目に焼き付いていた‥‥それは、武人の様だと、ラナは思う。
 復讐に囚われない生き方‥‥その一つの答えとして、知りたい。
「いいよ。なんなりと教えてあげる。今かい?」
 周囲は慌ただしく、腰を落ち着けて話せるような場所は無い。
「いえ‥‥いつか、じっくりと‥‥お話を‥‥させて下さい」
 これからの生き方に差した光明に、僅かに笑みがこぼれていた。

 雨は上がり、雲の隙間から、陽が差し込む。ジャネットは、最後にジャンが溶けて消え去った地面を見つめていた。
「勝利おめでとう、ジャネット」
 横に並び、かけられた声に、横目でジャネットは見やる。天魔が笑みを浮かべて立っていた。
「それと余計なお節介だろうが帳は下りて劇は終わった。故にもう役柄を演じる必要はない。軍人から兄夫婦を亡くした女に戻り泣いても誰も責めはしないさ」
 ジャネットは、天魔の言葉に、少しだけ目を見開いて‥‥それから、
「ありがとう」
 表情を戻して、礼を述べた。
「‥‥そうだな。そうかもしれない。泣けばいいのかもしれない。けれど‥‥まだ、よく分からないんだ」
 遺体を残さず消えた地面。そこは雨に濡れて、黒ずんだ土があるだけで。
「何かが終わった実感が沸いたら‥‥その時に泣く事にするよ」
 どこか寂しげな笑みを、一度だけ浮かべて返した。

 少し離れて、灯華は陽の差す眩しさに目を細めつつ、ジャネットの姿を視界の端に捉える。
「‥‥此れで幕引き、ですか」
 灯華が目を伏せる。眩しさからではなく、ジャンの溶けて消え去った跡を眺め続けるジャネットを見て、その心を慮って。
「これから‥‥如何するんでしょうね?」
(駒が手伝えるのは――此処まで、でしょうか?)
 目を伏せたまま、灯華は隣の綾に尋ねた。
「そうね‥‥。彼女にとっては、これが幕開けなのかもしれない」
 目を伏せた灯華の代わりに、ジャネットが小隊の皆に呼ばれ去って行く姿を見ながら、
「だから。また、私達の手が必要になるかもしれないわよ?」
 綾は灯華の背を撫でる。ぽふりと、優しく。
 灯華が顔を上げる。
「そうですね。その時は――」

 また、いずれ会うだろう。それは、依頼の中でかもしれない。それは、顔も合わさない、戦場の端と端ですれ違う様にしてかもしれない。
 ただ――バグアとの戦争はまだ続いている。戦う理由があるのなら、戦わねばならない理由があるのなら、人は其処に立ち続ける。――おそらくは。