●リプレイ本文
●嵐の前の静けさ
ガルラによる狙撃が行われる前、広場中央、会話するジャネット・路馬(gz0394)とジャンの二人。
舞台の袖で出番を待つ役者のように、広場周囲の廃墟から傭兵達がタイミングを見計らい二人の様子を見守っていた。
「まずは一つ。幻想の愛に殉じる女の終幕を観劇するか」
広場北端に身を置く、役者であり、観客である一人、天野 天魔(
gc4365)。
「そして、ジャネット、君の覚悟も見させてもらおう」
月灯りを銀の髪に反射させ、笑みを浮かべる。
天魔よりやや東寄り、廃墟の裏に身を隠し、ラナ・ヴェクサー(
gc1748)は懐から薬を取り出す。薬を見つめ、
「落ち着いてやれば‥‥大丈夫。失敗は‥‥許されない」
一息に飲み干す。震えが治まり、呼吸を整えてその時を待つ。
広場北東、月夜の風に鹿島 綾(
gb4549)の赤い髪が靡き、建物の影からはみ出掛けたそれを灯華(
gc1067)がそっと押さえる。綾はふっと微笑み、ありがとう、と感謝の言葉を述べる。
「私はワームに専念するわ。灯華、背中は任せるわ」
「えぇ、心得ました、‥‥が、無理はしないで下さいね?」
「ん、大丈夫よ」
綾は応えると、そっと灯華の小さな耳に口を近づけ、優しく囁く。
「‥‥無事に終わったら、デートでもしましょ?」
「‥‥戦闘前に心を乱すような事、言わないで下さいます‥‥?」
思わぬ囁きに、灯華は赤らむ頬を隠すように視線を逸らす。
戦場に似合わぬ甘い雰囲気を醸す二人より更に東、東端では山下・美千子(
gb7775)が反対側西端の石像ワームを眉を怒らせて睨んでいる。
「むむむ、これまでで一番の強敵かも」
見たことのない人型のワーム。両肩に幾門もの砲を備えている。見るからに強そうだ。
「でも、強敵のほうが両断剣・絶の威力が映えるよね」
美千子は子供っぽい無邪気な笑みを浮かべて、胸をわくわくとさせる。
同じく東端、ジン・レイカー(
gb5813)は広場のジャンに視線を注いでいた。
「いつぞやの借りを返せるかとも思ったけど今回は無理っぽいなぁ‥‥」
ジャンから視線を移し、彼の後方、西端の人型ワーム、カレン機を見据える。
「生身でワームの相手か‥‥結構、無茶させるね」
眼帯の位置を弄りつつ、溜め息を一つ。しかし――、
「だが、ま、その無茶も面白そうだがな」
覚醒に赤い瞳をより赤に染め、口の端に深い笑みが刻まれる。
「さて、と。それじゃ、楽しませてもらおうか」
香り始めた戦場の匂いに笑みを浮かべて、唇を吊り上げた。
●接敵
空を灼く一筋の閃光。
――それがカレン機を貫いたのを合図として、傭兵達が広場へと飛び出した。
無駄と知りつつも銃を抜き、ジャンに撃つジャネット。ジャンがそれを避けつつ、自らの陣地奥へ後退していくと共に、両軍の砲撃が広場の東と西から飛び交う。
爆発の光に広場が照らされ、互いの姿が浮き彫りになる。
再度、空を灼きガルラ機から放たれた光条が、今度はジャンへと向かう。
「ジャン――ッ」
ジャンへ走った光条は、カレン機が庇う間もなくジャンを襲う。が、一度目の狙撃に警戒をしていたジャンはそれを躱す。
二度の狙撃に方向を読み、カレン機は射線の間に割り込むように飛び込んだ。
「それ以上は、止めてちょうだい。ジャネット!」
頭部脇、自動追尾のバルカン二基がまずはジャネットに照準を合わせていた。ジャネットは回転を始めたバルカンの銃口を見据え、銃を構える。
「――義姉さん!」
鉄の迸りと共に閃光が弾ける。
――寸前、迅雷で疾駆したラナがジャネットの前に壁となり、鋼鉄の雨の中に身を晒していた。
「‥‥く‥‥ぅ」
無数の銃弾を食らい、ラナの口から血が滲む。
「退け、ジャネット。主役が前座で退場してはつまらん」
広場北側より天魔が超機械ライジングでカレン機を牽制する。その間に、
「逃げ‥‥ます‥‥っ」
血塗れのラナが、それでもジャネットを担ぎ上げて、再度、迅雷で飛び退き広場の端へと後退する。
後退する二人とすれ違いに――黒い風が吹き抜け、疾る。
「――後は任せてくれていい」
前線へと躍り出た黒き風は、藤村 瑠亥(
ga3862)。その身を囮として、カレン機の巻き起こす銃弾の嵐の中へ。
鉄の弾幕の僅かな隙間を潜り抜け、カレン機へと接近し対峙する瑠亥。
東側、傭兵達が瑠亥に続き駆けるのと同様に、西側からは狼の群れが広場へ飛び出てくる。狼達はカレン機と連携するように周囲を囲みに走る。
「さて‥‥邪魔は、させません‥‥」
灯華がSMGで横殴りの雨の如く制圧射撃を狼達に放つ。先に出た瑠亥が囲まれる前に、狼達の足を止める。
「好機ね。このまま行くわ!」
綾が広場に残った倒木の合間を縫い、赤き残光を残して駆ける。
動きの止まった狼達を手に持つ両の二槍を廻し舞わせて、薙ぎ払い駆け抜ける。
「今だっ、いっくよーっ!」
綾に合わせて、狼の群れへと美千子も突撃に駆ける。迎え撃つ狼が、先手を取って美千子に飛び掛かる。駆けて槍に乗せた速度を威力と換えて、カウンターに美千子は狼の正面から眉間を突き貫く。
脳天から槍の穂先を抜き払いざま、石突でさらに一匹を払い飛ばす。払い飛ばされ宙を舞う狼――、
「ワームとの戦いの邪魔だ」
その狼を空中で身動きが取れぬままに捉え、アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)が無造作に太刀を振るい、止めを刺す。
囲いに広場へと集まった五匹の狼、その内の四匹が瞬く間に倒され、残るは一匹。
その一匹も――、
「ははっ! どうしたぁっ! お前らの野生は、そんなもんかよぉ!」
ジンの高笑いと共に剣閃が走り、狼は断末魔の悲鳴と共に崩れ落ちる。
襲ってきた狼は全て屍と変わった。しかし、
「皆さんは、ワームをお願いします」
灯華が銃を手に、廃墟へと向き直った。
「――後ろ、頼みました‥‥よ」
雷の翼が灯華の前に舞い降りる。ジャネットを軍の部隊に預け、迅雷で飛ぶように駆け戻ってきたラナが、灯華に背を預ける。傷は深く、目が霞む。が、今は手が足りない。痛みを隠して、ラナは戦場に立つ。
二人の見据える廃墟、その影に光る獣の瞳。狼達の断末魔が、周囲に伏せた別の狼達を呼び寄せていた。
●戦場
狼の群れ、その第一陣が薙ぎ払われる間、瑠亥は一人、カレン機と戦闘を繰り広げていた。
瑠亥が迅雷で飛ぶように距離を詰めて斬りかかれば、カレン機がワンステップで距離を取り躱す。
「流石に、そう易々とは斬れんか‥‥」
アトランダムにステップを刻み、カレン機はガルラ機の狙撃をも巧みに躱す。既に広場からジャンは撤退している。動きに気兼ねは無かった。
「もう少しだけ――、時間を稼がせてもらうわね」
ここにいる傭兵達が敵の中で最大の戦力。そう踏んだカレンが、瑠亥との一対一の状況を継続させる。互いに繰り出す攻撃は、双方共に当たらない。
――だが、膠着はいずれ崩れる。
二基のバルカンと両肩のチェーンガンの一斉射に、瑠亥は迅雷で大きく距離を取るように横へ回避する。だが、鉄の暴風雨から逃れきれず、頬を弾が掠める。
後少しで捉えられる――その時、鉄を吐き続けていたカレン機のバルカンが、止まった。
「弾切れか‥‥? なら――」
ぎりぎりで逃れた瑠亥が、逆転の好機と見て、仲間への合図を飛ばす。
カレン機の周囲、分かれて控えた仲間四人が、合図と共に駆ける。
懐への飛び込みに、綾は一瞬だけ思考を巡らせ、カレン機の足の動きに合わせて、踏まれない位置を把握する。
カレン機の後方、ジンは瑠亥とカレンの戦闘で舞い上がった粉塵に身を隠し迫る。
傭兵達の動きに気づき、カレン機が後ろへの振りむきに身体を回す。天魔が脚部を狙って超機械を撃ち放ち、回るカレン機の動きを妨害しようとする。天魔に気を取られた一瞬、ガルラが再度の狙撃に牽制をかける。
動きを阻害されたカレン機へと駆ける四人。内、一番槍を担ったのは、アンジェリナ。
天魔とガルラの牽制に、カレンが思考を取られ動きの鈍ったその一瞬、左足装甲を袈裟斬りに抜ける。
続き、綾が後を追い、左足首の関節部分、装甲の隙間に槍に深く突き入れる。
逆側、右足には、ジンと美千子が走り込んでいる。
ジンが足首の関節を狙って、駆けた速度を乗せた斬撃を走らせ、その足首、装甲の隙間を縫い斬る。
中の回路が切断され、火花が散る。
火花の上へ、美千子が跳ぶ。狙いは膝裏の関節部分。そこまでの足りない高さを跳躍で補って、槍で的確に貫く。
両脚部への集中的な攻撃にバランスをも崩しかけ、だが、カレン機は踏み止まる。
踏み止まりに足の形を広げたカレン機の動きの虚を突いて、アンジェリナが身を翻し刀を走らせる。
剣劇での連続した斬撃が、残像を残して装甲の隙間、急所へと突きいれられる。
足元周辺に集まった傭兵達にカレンが気を取られる間に、瑠亥がカレン機を駆け昇る。頭部、メインカメラと思しき目の部分に、真燕貫突で小太刀を突き入れる。
「レーダーがあるだろうが、それでも見るのとでは反応が違うだろうからな‥‥」
そのまま、顔を蹴り、地面へと飛び降りる。
カレン機との戦闘が優勢に進められる傍ら、狼キメラとの戦闘は、苦戦の様相を呈していた。
灯華の援護射撃は正確。狼は目を潰され、嗅覚と聴覚のみでラナの位置を探っている。
しかし、最初の銃撃を浴びて傷を負ったラナの動きが、精細を欠いていた。
「ラナ様、すぐに治療を‥‥!」
灯華が援護しながらも治療を促す声を上げる。が、
「必要、ありませんっ‥‥。餌は、私だけでいい‥‥」
血の匂いに襲い掛かってくる狼の爪を避けて、回し蹴りのカウンターを返す。
「全く、無茶を為さいますね‥‥!」
灯華が険しい顔をしながらも、援護射撃を続ける。
だが、二人の奮闘も空しく、倒し切れなかった狼に合わせて、更に二匹の狼が迫った時、戦線は崩れた。
「くっ、一匹‥‥抜けて‥‥!」
ラナと灯華の手が回らず、狼が一匹、カレン機と死闘を演じる傭兵達の後方へ。
狼の接近に気づいたアンジェリナが向きを変えて刃を構える。
「キメラ相手に、手こずりたくは無いのだが‥‥ラナの傷は重いのか‥‥?」
ラナの方を見やるアンジェリナ。普段に比べ動きが重い。本来であれば、キメラ相手に遅れを取る彼女ではないはずだが‥‥。
傭兵達の後方から襲いかかろうとしていた狼を、アンジェリナが一刀の下に斬り伏せて、ラナ達の救援へと回る。
アンジェリナの抜けた穴。その間隙から傭兵達の囲いを抜けて、カレンは距離を取るようにして、後方へ跳ぶ。
跳躍と同時、手に持つ二本の短剣、その片方を手放し柄に繋がる鎖ごと鞭のように振りかぶる。
追おうとした傭兵達へ横薙ぎに振るい飛ばす。横から半月状に地面を削り傭兵達へと短剣と鎖が襲い掛かる。
咄嗟に、ジンが迫る短剣に向けて衝撃波を飛ばした。
「吹き飛ばしてやらぁ!」
しかし、衝撃波は短剣が地面を巻き込んで跳ねあげた石畳の破片を吹き飛ばしたに過ぎず、止まらない。
短剣を食らう者、刃を避け鎖に巻き込まれる者、接近していた四人の内、三人が薙ぎ払われる。
一人跳躍し、避けた瑠亥に、カレンが両肩の砲で追撃の銃撃を加える。
瑠亥は、空中、身動きの取れない状態から、回転舞で脚爪の足場を作り、迅雷で後方へ身を翻し逃れる。
吹き飛ばされた仲間三人を後方に、再度一対一の状況に瑠亥が囮になる。
薙ぎ払われた仲間達へと天魔が駆けつけ、歌による治癒と合わせて綾や美千子は活性化により傷を癒す。
相手のカレン機も先程の集中攻撃で脚部に大きな損傷を受け、動きが鈍っている。
膠着状態から、まず動いたのは、傷を癒した綾だった。
「その脚‥‥潰させて貰うわよ!」
先程の反撃に放った衝撃波に両断剣・絶を乗せて、股関節を狙う。
脚部の関節が悲鳴を上げ、崩れかけ、踏み止まる。が、その瞬間を狙って美千子が駆けている。
「攻撃は威力が全てだよ!」
両断剣・絶。輝く武器がその威力を倍増させる。
踏み止まった軸足を、美千子が薙ぎ払いに思い切り叩く。衝撃と蓄積されたダメージに、ぐらり、カレン機は傾ぎ――そのまま、倒れる。
倒れる先、両の手に槍を持ち、綾が構えている。衝撃波を伴う一撃を倒れる図体への打ち返しに頭部へ叩き込む。
頭部を粉々に破壊されて、カレン機は地に伏した。
勝敗は、決した。満足に起き上がることもできない状態に追い込まれたワーム。
そのコクピットの中で、カレンが肩を落として息を吐く。
「おしまい、みたい。‥‥ジャン、ごめんなさい」
ほんの些細な失敗をしてしまったような、少しだけ困ったような笑みを浮かべて――。
カレンのワームは、爆発を起こした。
●月に眠れ
跡形もなく吹き飛んだカレン機。幸い、傭兵の中に爆発に巻き込まれた者は居なかった。
爆心地には、未だ黒ずんだワームの欠片が煙を上げている。
月夜の星空に、火の粉が舞い上がっていく。
天魔は崩れゆくワームの欠片にしゃがみ込んで、微笑む。
「やはり全てを失い絶望のままに死に逝く君は滑稽だが美しいな、カレン。そう、全てを捨てて幻想の愛に殉じた君の生き方は美しい。故に世界の全てが君を否定しようと俺は君の全てを肯定しよう、カレン」
触れた黒い欠片は、崩れて灰となる。
「いや、違うか。愛する人が偽物でも、愛する人の愛が偽りでも、愛する人に捨てられても、君の愛だけは本物であり確かに存在する。なら君は何も失っていないのだな、カレン。全てを捨てて縋りついた愛は変わらず君の胸にある。だから嘆かず心安らかに逝くといい、カレン」
灰が、火の粉と共に舞い上がる。月の綺麗な夜空へと。
(人としては‥‥彼女は裏切り者。でも‥‥女として幸せだったのだろうか)
夜空の中、微かな灰と火の粉を見上げ、ラナは思う。
(私が彼女の立場なら‥‥同じ行動をしたかもしれない)
震える腕を掴み、押さえる。
「私も‥‥業が、深い‥‥か」
瞼が重い。舞い上がる灰が夜空と重なり消えるのと、ラナが意識を失うのは同じ頃合いだった。
「‥‥やっぱり、今回は借りを返せなかったかぁ‥‥」
戦場を後にしながら、ジンが溜め息を吐く。
「大物は逃した‥‥。でも、大きな一歩と思いましょう?」
灯華と並び歩く綾が、ジンの呟きに応える。
「ええ、そうです。この一歩で、次を最後にできるかもしれませんしね」
ここまでくれば、最後まで付き合おう、そう考えながら、灯華が会話に加わる。
血の匂いの立ち込める戦場を、月が優しく照らしていた。
「これで前座は終わり、次は最終幕。さて如何なる結末を迎えるか、カーテンコールで挨拶をする脚本家が誰なのか、楽しみだな」
月を見上げ、天魔は笑みを浮かべて呟いた。
義姉の死を嘆くでもなく、ジャネットは空に向かって一度目を伏せると最後の舞台へと足を急がせる。
舞台の準備は、既に整っている。
――最終幕、その幕が開かれるのは、すぐ。