●リプレイ本文
●浜辺に
そのビーチに他に人はいなかった。全ての客の避難は終わっている。海を眺めれば、じりじりと熱気を帯びた砂が作りだす陽炎の向こうに揺れる波が見えるだけで、何もない。午前中だと言うのに気温は高く、傭兵達は暑さに辟易しながら、待っていた。
そこへ、砂浜の堤防の上から日傘を差した野良 希雪(
ga4401)が声をかける。
「ULTから冷凍車が来ました〜」
堤防の手すりから身を乗り出した希雪を皆が見上げる。
「なら、冷凍車のULTスタッフに出来る限り砂浜へ近づけるように言っておいてくれ」
「わかりました〜」
白鐘剣一郎(
ga0184)に言われて、希雪は先程着いた冷凍車へと向かう。
「できれば冷凍車の位置は浜の中央付近がいい。大蛸がどこから現れるか分かっていないからな。冷凍車がこっちまで来たら誘導してくれ」
堤防の付近に着替え用のテントを設営しながら、ヘイル(
gc4085)は剣一郎へと追加の注文を加える。
「わかった。誘導しておこう」
そこへ、どこで調達してきたのか紙袋いっぱいの食糧を抱えて、最上 憐 (
gb0002)が話に加わってくる。
「‥‥ん。頼んで。おいた。生け捕りの。道具は?」
「ああ、それも冷凍車のスタッフが持ってきているはずだ」
剣一郎が憐に答える。
「‥‥ん。了解。今から。たこ焼きが。楽しみ」
そのセリフと目の色にヘイルは、憐の中から、相手が蛸ではなく蛸のキメラだということが抜け落ちてやしないかと心配になる。
「‥‥戦闘中に齧り付いたりするなよ?」
ありえないとは思ったが、ヘイルは一応釘を刺しておいた。
憐は頷いて、戦の前の腹ごしらえに移る。覚醒中は激しくお腹が空くのでその備えだ。
「あっれ、最上さん、また食べてるんスか? さっき俺と一緒に朝めし食べてたはずっスけど」
カデュア・ミリル(
gc5035)がマスタードをたっぷり塗りたくった真っ黄色のフランクフルトを齧りつつ歩いてきた。
「あ、俺のこれは少し早めの昼食っスよ? ん、あれ?」
言いつつ、カデュアはふと目の端にカラフルな薄い布切れの山を見つけた。中に布切れに埋もれたソウマ(
gc0505)がいる。カデュアが気になって寄っていく。
「え? ソウマさん、それどうしたんスか?」
「わからないですね。ただ、さっきから、なぜか海鳥が僕の上にこういった布切れを落としていく、としか」
寄って来たカデュアにソウマが答えたとき、悲鳴が聞こえた。不意に傭兵達に緊張が走り、大蛸が現れたのかと、海の方へと一斉に注目が集まる。悲鳴の発声者はすぐそこに居た。どうやら大蛸が現れたわけではないようだった。
「こ、こら。やめるのですわ。この海鳥! ちょ、ちょっと、肩ひもとかどうやってそんなに器用に解くんですの!?」
悲鳴を発していたのは、水着に着替えて海で遊んでいたα(
ga8545)だった。大量の海鳥の群れに襲われ、αは今、水着を剥ぎ取られようとしていた。
その光景を見て、カデュアはソウマの方へ向き直り、頭上からまた一枚降ってきた布切れと、それを落とす頭上の海鳥、そして、再度現在進行形で海鳥が布切れを調達している光景へと見て回り――
「ソ、ソウマさん。この布って‥‥」
「――言わないほうがいいでしょうね。後でULTスタッフにでも内密に処理してもらいましょう」
カデュアとソウマは口を噤んだ。
――そして、時は過ぎ、正午を回って、タコがやってくる。
●タコ上陸
「さて、大蛸のお出ましだ」
覗き込んでいた双眼鏡を離しながら、ヘイルが発見の報を伝える。冷凍車の配置も終え、生け捕りの道具も準備はできている。
キメラが海から上がるにつれ、次第にその全貌が見えてくる。体長10mというのは、見上げる程の大きさだった。
「オープス! ビッグデビルフィッシュ!」
「正真正銘の大ダコという訳か。タコやイカを食べない面々には正に悪夢だな」
αがその大きさに驚き、剣一郎が苦笑いを浮かべる。
「‥‥依頼の為とは言え、こんな巨大なタコキメラを捕獲するのは骨が折れそうですね」
ソウマのその声音は、どこか面白がっているようにも聞こえる。そして、
「練成強化と練成弱体いきますよ〜」
希雪の言葉と共に、傭兵達はキメラを包囲するように動き始めた。真っ直ぐにキメラへと突っ込んで行く憐の大鎌が練成強化で淡く輝く。
「‥‥ん。そこ」
憐が足の付け根を狙って、キメラの足を斬り落そうとする。しかし、三度の斬撃でも完全に切断しきれないくらいにその足は太い。キメラの目が斬りつけてきた憐を追いかける。
「安心して下さい、痛いのは最初だけです。すぐに気持ち良く眠れますよ」
影を渡るように現れたソウマが、優雅に微笑み、別方向から超機械で攻撃を加える。キメラが攻撃に気づいて、今度はソウマの方向へと別の足を伸ばす。だが、その時には黒猫は別の影へと渡っている。
「足の数が多いな‥‥まずは減らすか」
二人の攻撃を受けた足の付け根へ向けて、ヘイルが衝撃波を飛ばす。足が一本キメラの身体から離れた。
その間に、剣一郎はキメラを海に逃がさない様に側面から海側へと回り込み、月詠を構える。
「天都神影流、虚空閃・裂破っ」
光を帯びた剣一郎が、空中を何度も切り裂き、複数の衝撃波を発生させる。衝撃波はそれぞれがキメラの別の足の付け根へと飛ぶ。剣一郎の斬撃は強烈だったが、キメラの足は柔らかく太く、ゆえに全てを瞬断とはいかない。放たれた5つの衝撃波で2本の足が切断されるにとどまった。
「思った以上に大きいな‥‥落とした足もまだ動くぞ。巻かれないようにな」
剣一郎が警告を発する。それと同時に、
「はう」
αが剣一郎が落とした足の動きを避けようとして、波打ち際の辺りですっ転ぶ。αの服が水浸しになって肌に張り付いた。すぐに立ち上がろうとした所へ、キメラの足が迫る。
「きゃあっ!?」
カデュアがαの盾となる位置に割り込み、これを防いだ。
「早く立つっスよ」
αは急いで立ち上がり、持ち場につく。キメラの包囲が完成した。その時点で、憐も後方へと下がり、武器を持ち替えながら閃光手榴弾のピンを抜く。
「‥‥ん。投げる。カウント開始。30秒前。29秒前」
じり‥‥若干の緊張が走る。と、キメラの目が、何かを値踏みするように周りの人間達を順繰りに見ていく。
キメラは憐と希雪を見て、なんとなく残念そうに墨を吐いた。タコは足を二本、こう、上から下へすーっと壁を作るように動かす。そして、ねーよ、とばかりに頭を振る。
「これは厚着をしているからですよ!?」
希雪が額に怒りマークを浮かべる。
だが怒る希雪を華麗に無視してキメラは視線をαに固定する。その視線は先程二人に向けたものとは明らかに違う。強い熱を持ったものだ。
――十数秒後、傭兵達の作戦通り、順調にキメラは足を切り落とされ、その数を三本まで減らした。しかし、三本まで減った足でも、キメラはαを執拗に狙い続ける。
「くっ、ダメっス。庇いきれないっス!?」
カデュアが盾となり攻撃を受け、若干気持ちよさそうに叫ぶ。カデュアの脇をすり抜け、キメラの足の一本が遂にαを捕まえた。
「はわ? はわわっ!?」
タコはその足を器用に動かし、αの胸を寄せてあげるように締めあげる。そして、αの胸元へと墨を吐き、αの白いワンピースを溶かした。
それを見て、興奮したようにキメラの顔が上気し赤くなる。嬉しそうに身体を震わし、どこからかげっへっへと奇妙な音を出した。そして、さらにキメラの行為はエスカレートし、別の足の一本をワンピースの下から潜り込ませる!
「やだ、そんなところ引っ張ったら――えっち!」
αがそんな悲鳴を上げた後、キメラは潜り込ませた足を素早く引き抜き、誇らしげにその足を掲げた。キメラがまさにとったどー、と叫びたそうに身体を感激に震わす。
「なんということを‥‥」
「うあー‥‥うらや‥‥じゃなくてけしからんタコっスね!」
剣一郎が半笑いを浮かべ、カデュアが鼻血を押さえつつ怒ってみせた。ちなみに、この鼻血はキメラの攻撃によるもので、決して何かを見てしまったわけではない。
「わ、悪いことをしますタコさんはお仕置きですわ!!」
顔を真っ赤にしながら、αは締め付けるキメラの足を殴る。だが、その締め付けはなかなか緩まない。
「‥‥君では僕の影を瞳に写す事さえできやしないよ」
ソウマが死角から足へ飛びついた。が、
「汚い足で女性に触れるなよ、海洋性軟体動物風情が!」
ヘイルの攻撃に足場に狙っていたタコの足が動き、着地に失敗、体勢を崩す。咄嗟に伸ばした手が、αの胸を鷲掴みにした。
「きゃあっ」
「す、すみません」
すぐに体勢を立て直し、ソウマは胸から手を離す。そして、αを捕まえる足の付け根をヘイルや剣一郎が攻撃し切断する。キメラの足もろとも地面にたたきつけられる前に、αを引き抜き、ソウマは後方へ瞬天速で飛んだ。αを地面に降ろすと、ソウマは半裸に近い彼女を見ない様に顔を背ける。
「ぱ、ぱんつ‥‥」
αは半泣きですーすーする下半身をワンピースの裾を押さえて隠した。
「‥‥向こうにテントと着替えを用意してある。後は俺達でやっておくから早く着替えてこい」
ヘイルが憐のカウントに耳を傾けながら後退してきて、αに言った。もう大詰めだ。
「‥‥ん。4秒前。3秒前」
ヘイルとαのやり取りの間にも、憐のカウントは進んでいる。そして、
「‥‥ん。そこ。てぇい。とぉー」
憐の投げた閃光手榴弾が放物線を描き、キメラの顔の辺りへ飛んでいく。キメラの顔面付近で、閃光手榴弾は爆ぜた。予め合図で了解していた傭兵達はその閃光を各自で逃れる。
「これでノックアウトですよ〜」
目を潰されたキメラに希雪のスパークマシンによる追撃が加わる。それと同時に各自が超機械で一斉に攻撃する。キメラはきゅぅと目を回した。
「持ち上げるぞ」
剣一郎が声をかけ、男達で目を回したキメラを持ち上げる。さすがに重かったが、なんとか踏ん張り、目の前の大きな蛸壺にキメラを押し込めていく。蛸壺漁のものを参考に作成したもので、これを用いればおそらくは安全に輸送できるらしい。キメラを最後まで押し込んだ後、念のため封をする。暴れられれば簡単に破られるものだが、無いよりはましだろう。
輸送の準備を完了して、傭兵達は一路、依頼主の元へと向かう。
●たこ焼きパーティー
巨大な蛸壺をトラックの荷台に載せて、傭兵達は依頼主の指定の場所へ辿り着いた。トラックのさらに後方からは、キメラの足を積んだ冷凍車が追ってきている。
指定の場所は、小さな工場の前だった。門のところにはメイド服の女の子が二人待っていた。
「遠路はるばるよう持ってきてくれたな、傭兵さんら! 待っとったでぇ!」
「どうぞ中に入って」
兵子達が傭兵達の乗るトラックを先導して、駐車場へと招き入れる。工場の駐車場には、バーベキュー用のテーブルや椅子が並んでいる。
「ここでいいんでしょうか〜?」
駐車場の隅に止めたトラックから希雪を初めとして、傭兵達が降りてくる。
「まずは、蛸を下ろして止めを刺そう。生きたままでは、フォースフィールドのために料理ができないからな」
剣一郎がそう提案した。
傭兵達がキメラのフォースフィールドを無力化し、兵子達に引き渡した後、すぐに蛸キメラは、大釜で茹でられ、通常のたこ焼きに入れられるサイズまで小さく切り刻まれると、焼きはじめていたたこ焼きの中へと放り込まれていく。
「いやー、生け捕りにしたって聞いた時はびっくりしたでぇ。こら、うちも盛大なお出迎えをしたらなあかんと思て、ほれ、メイド服なんか着てみたんや。どや?」
ふりふりくるくると兵子はメイド服を見せつける。
「今日はわたし達が給仕をさせてもらうわ。存分に食べていって」
微笑みながら兵子の親友は業務用のたこ焼き器でたこ焼きをひっくり返していく。その手練は手慣れたものだった。興味津々でそれを見ているαの横で、二人の話を聞いていたヘイルが兵子の親友に話しかける。
「俺も作っていいかな? これでも料理は得意なんだ」
「それは有り難いわね。よろしく頼むわ」
しばらくして、たこ焼きも適度に焼き上がり、後をヘイルに任せて兵子達はたこ焼きを他の傭兵達に配り歩く。
「たこ焼きか。食べるのは本当に久しぶりだ。俺はベーシックなヤツを貰おう」
「無難ね。賢明な判断だわ」
微笑む剣一郎に兵子の親友が鰹出汁とたこ焼きを渡す。普通に美味しそうにたこ焼きを食べる剣一郎に、兵子はやや残念そうにしていた。
「タバスコ! タバスコの出汁を頼むっス!」
「ほいきた! そういうのを待っとったんよ!」
打って変って兵子が元気になり、カデュアにタバスコの出汁とたこ焼きを渡す。カデュアはタバスコの出汁にどっぷりとたこ焼きをつけて、口の中に放り込む。明らかに辛そうだったが、カデュアは美味しそうに食べた。
「ほふほふ♪ ‥‥ゴムが入ってますわ?」
差し出されたたこ焼きを、出汁にもつけず食べたαはそんな感想をこぼした。
「いや、それ蛸や。ゴムとちゃうで?」
「え? 蛸って食べれますの?」
「‥‥あんた、たこ焼きのたこってなんやと思ってたん?」
兵子は少々呆れかえる。
「美味しそうなたこ焼きですね〜。いただきます〜」
希雪の食前の挨拶に、兵子達はどうぞ、と言って食べるのを促す。すると、
「あ、ついでに今もう一ついただけますか〜。あ、いえ、食い意地が張っているわけではないですよ。私、つけたこ焼きって食べたこと無いので、この際にいっぱい食べておこうと思っただけです〜」
口元に出汁に入っていた三つ葉をくっつけたまま、希雪はきりっとした表情で言った。
「ふむ。歯応えがただの蛸よりもある。いや、しかし、思ったより大味でもなく、これは‥‥」
差し出されたたこ焼きへのソウマの感想は、その一言に始まり、この卵はこの辺りの地鶏の物ですね、やら、この鰹出汁はまさか‥‥などとさらに続く。兵子は長い感想が始まって早々にその場を後にした。親友の方はソウマの感想を興味深そうに聞いて、なにやら楽しそうにしている。
兵子がソウマのところから、たこ焼き器のところまで戻ってくると、ヘイルがいくつもいくつもたこ焼きを作り上げていた。料理が得意と言うだけあって、そのスピードは素人のレベルではない。
だがしかし、ヘイルの横で構える相手も食べることに関しては得意中の得意であった。
「‥‥ん。タコ焼き。おかわり。おかわり。いっその事。出来たら。直接。口に投げてくれても。良いよ?」
憐がヘイルの横で、出来上がるそばからたこ焼きを平らげる。あげく、さらにはおかわりまでも要求する。
「なんか、あんたら楽しそうなことやっとるやん。ウチも混ぜえや!」
そう言って、兵子もたこ焼き作りに参戦し、憐の食べる速度は加速する。
――結局、パーティーはキメラの足を二本食べつくすまで続いた。