タイトル:【NS】囲みし檻の扉開けマスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/24 07:30

●オープニング本文


●トロイ前線基地
 デートン北方、ここはトロイの街。デートン・シンシナティのバグア要塞都市と相対する最前線基地である。
 傭兵達の活躍により、輸送路の安全が確保されたこの街には、インディアナポリス奪還後、更にUPC軍の兵力が集められ、デートン攻略の準備が着々と進められていた。
 今もハンガーに一機、KVが運び込まれている最中だ。ハンガーの高所に設置されたキャットウォークの手すりに寄り掛かりながら、ジャネット・路馬(gz0394)少尉は自らの部隊に配備されるであろうそれを、ぼんやりと眺めていた。
「――どうしたの? 元気ないじゃないの、少尉殿?」
「うん? ‥‥君か」
 明るい声に呼ばれてジャネットが振り返ると、背後にはレイテ軍曹が立っていた。
 悩ましげな胸を腕組みして抱える様に支え、すれ違う男連中の視線を集めている。
「‥‥君はやけに元気そうだな」
「ふふ、そう見える? 実はついさっき、妹からの手紙が届いてたのを貰って来たのよ」
 レイテが組んだ腕の先、手にある便箋をひらひらと振る。便箋は花柄の可愛らしい物だ。
 普段から艶を帯び、女の色香を周囲に振りまく彼女の趣味ではないものだ。
 しかし、それは彼女の大切な相手からの手紙で、だからなのか、彼女の笑顔を引き立てる。
 女性であるジャネットでさえも、少し、その笑顔に見惚れる。
 だが、ジャネットはその笑顔に見惚れる瞳に、僅かな嫉妬の色を滲ませ、――その事を自覚して視線を外した。
 話題を変えようと、視線を泳がせ、奥に搬入されつつあるKVに目をつける。
「ああ、そうだ。レイテ軍曹。君の乗る機体が今しがた届いた。F-104バイパー。いい機体だな」
 話を振られ、レイテも手摺りに寄り掛かりつつ、ジャネットの横に並ぶ。
 横目にジャネットを見て、ふっと笑う。
「S-01とかR-01よりは、ね。バイパーが軍の主力機だとは分かってるけど、後方での中継なら、せめてウーフーを回してほしかったわ」
「なるほど。――欲を言えば、ワイズマン、か?」
 ジャネットが笑みを返し、からかう様に言えば、
「レアル・ソルダードでもいいわね」
 レイテもおどけて返す。
 ジャネットの頬が少しだけ緩んだ。だが、すぐに表情に暗い影を落とす。
 言いあぐねる様に、顔を背け、しかし、言葉がジャネットの口をつく。
 聞いてみるべきだろう。似た境遇を持つ彼女には。
「レイテ軍曹‥‥。今からする話は、例え話だが‥‥」
 言葉を一度切る。
「もし‥‥もしも君の妹とカーク小隊が危機に陥ったら、どちらを助ける?」
 先日、貴女にはカーク小隊という仲間があると言われた。失うものがないと思い詰めていやしないか、とも。
 それに対するジャネットの答えは、カーク小隊を失っても構わないというものだった。
 例え、カーク小隊を失っても、兄の仇を討つということだった。
 だが‥‥少しだけ迷いが生じた。本当にいいのか、と自分に問う声がする。
 自分を肯定する答えが欲しくて、ジャネットはレイテの顔色を窺う。
「‥‥両方、かしら」
 ジャネットはその答えに片眉を上げて、抗議の目を向ける。そんなはずはない。
「なら‥‥それでも、どちらかを、片方を見捨てて助けなければならない時は?」
 質問を微妙に変える。彼女が妹をなによりも大切に思ってることは、以前の事件で知っている。
 共犯者を求めるやましい気持ちが、ジャネットを動かす。
 あなたもそうだろう。妹を選ぶのだろう、と。けれど、
「そうね‥‥そんな時は‥‥」
 レイテが答えようとした時、バイパーのエンジンが試運転に唸りを上げた。
「――傭兵に――」
 レイテの声が遠い。
「――片方を――わ」
 まだ鳴り止まぬエンジン音の中、レイテは軽くウインクに笑みを返す。
 聞き取れはしなかったが、ジャネットにも言いたい事は何となくわかった。
 レイテがジャネットの肩に手を置き、くるりと出入口の方を向かせる。
「さあ、そろそろ行くわよ。ブリーフィングの時間でしょ」
 その背中を押して、レイテは歩き始める。

●アグリッパ対空防衛網
 周囲1kmの絶対防空圏。アグリッパの周囲に空から近寄る者は、この防空圏に放たれた鉄の猟犬に執拗に追われることになる。――その喉笛を、食い千切られるまで。
 その空に侵入したKVがあった。偵察に飛んだ二機のKVだ。
 思いの外、深く圏内に侵入し、気づいたときには、猟犬を放たれた後だった。
『くっ‥‥よし! 振り切った‥‥っ』
「まだだ‥‥! アグリッパがある事を忘れるな――」
『――っ!?』
 振り切ったと思ったミサイルが、後方で爆発しない。ミサイルは、爆発せず、向きを変え、再度振り切ったはずのKVへと迫り――、
『う、ああああああっ』
 炸裂する大きな花火。それはKVの燃料タンクに引火し、華をより大きく眩しい光となって開かせる。
「‥‥!!」
 機体をブーストで急降下させ、建物の遮蔽に身を隠すようにして強行着陸。アグリッパからのミサイル誘導を遮断して、人型に変形し、脚部に負担をかけつつも回避機動をとり、ぎりぎりのところでミサイルを避けた。
 しかし、無理な機動に脚部が故障し、まともに動けなくなる。撤退するほかなくなる。
「くそっ、陸を行こうにも低空からの爆撃に頭を押さえられ、かといって空に行けばアグリッパの餌食かよ! どうすりゃいいんだ‥‥!?」
 仲間を失った軍人は、ただただ毒づくしかなかった。

●参加者一覧

大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
御守 剣清(gb6210
27歳・♂・PN
不破 霞(gb8820
20歳・♀・PN
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
鹿島 灯華(gc1067
16歳・♀・JG
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER

●リプレイ本文

●作戦直前
 作戦が始まる前の移動中。道すがらに傭兵達とカーク小隊は顔合わせをしていた。
「‥‥以前、お世話になった‥‥方々、です、か‥‥。今回‥‥も、よろしく‥‥」
「ああ。ラナ君か。よろしく頼む」
 ラナ・ヴェクサー(gc1748)の挨拶に、小隊を代表してジャネット・路馬(gz0394)が挨拶を返すが、
(お、や‥‥)
 その表情には悩みの色が深く、ラナは以前のジャネットとの違いに、違和感を覚える。
「ジャネット少尉」
「うん? なん――ッ!?」
 後ろからの声に呼ばれ、振り返れば、でこぴんが待っていた。指を構えるのは、大神 直人(gb1865)。
 ばちん、と額に入る一撃。痛みに額を押さえた。
「気合いは入りましたか? ‥‥話は聞きましたが、少尉には結局、譲れないものがあるんでしょう?」
 肩を竦ませて、苦笑いに笑みを浮かべる。けれど、すぐにその笑みを変え――
「――なら、とことんあがけばいい。泥だらけになればいい。色々な物全て巻き込んで突き進めばいい」
 力強く、頼もしい口調で、言い切る。
「俺はいつだって力になりますよ。ここまで首を突っ込んだんですから」
 表情を戻し、肩を竦めてもう一度苦笑いに似た柔和な笑み。
 溜め息。ジャネットの口から、息が漏れる。
「心配されてばかりだな‥‥。いや、ありがとう」

●檻に飛び込む
 デートン北東、アグリッパまで1kmの距離。眼下の建物の陰に隠れる仲間達の姿を確認し、往くは御守 剣清(gb6210)の駆る鬼――オウガ。
「周りの皆さんが頑張ってます。早いとこ仕留めましょうか」
 言葉の通り、周囲遠くを見渡せば、そこかしこで戦闘が発生している。
 正規軍とアグリッパ周辺の守備を任された部隊との戦闘だ。
 その最中を傭兵達は、アグリッパを舞台の上から排除するべく、空と陸から襲い行く。
「レイテ君、義妹がお世話になってるんだ、私のコトもよろしく!」
 レイテ機後方にて、夢守 ルキア(gb9436)は嫌う感情を押し隠し、ま、ビジネスだし、と割り切る。傍ら、索敵情報を纏め上げつつ、モニターへ表示。戦場での仕事はきっちりと。
 機体カメラを望遠に、注意深く敵機を観察し、ミサイル以外の兵装を確認する。
「‥‥ライフル? プロトン砲よりは小さいケド‥‥?」
 ルキアは各機とのデータリンクに、情報を追加し乗せた。
 その直後、鹵獲ロングボウから放たれるは千の空往く小槍の大雨。
「上を取る。少し引き付けてくれ」
「――俺が前に出ます」
 不破 霞(gb8820)の言葉に、剣清機が先鋒に飛び出す。ミサイル群への迎撃の火砲を撃ちながら、機体を餌と晒す。差し出された獲物にミサイルの猟犬達は食いついた。
 霞とレイテは剣清の迎撃に合わせてラージフレアを射出。ミサイルの目標を狂わせ、アグリッパによる再誘導までの時間を稼ぐ。剣清機の迎撃で巻き起こる爆発。霞機はそれを目晦ましに加速形態へと移り、ブーストで昇龍の如く天を駆け昇る。
 霞機の後、ミサイル群の過半を引き連れ、剣清も遅れて機体を急上昇させる。
 天へ昇る大きな火の光に導かれる様にその後を棚引く数百の噴射炎。
「ちと無茶だが‥‥こんくらいしないと、な!」
 直前まで引き付けて、ブーストに重ねたツインブーストの逆噴射で急制動に落下する。
 ほとんどが剣清機を追い抜かすも、距離を詰める間に遅れたアンジェリカの放ったミサイルが一つ、落下する剣清機に下から直撃する。
 その直撃に辛くも耐え、剣清機は人型に変形。続き追い来た猟犬の群れに迎撃の弾幕を向ける。
 鉄と鉄が食い合い、それでも抜けてくる猟犬の牙をその装甲で受け、剣清は己が力へと変換する。
 ミサイルの大嵐を切り抜ければ、続く攻撃にもある程度の余裕を向けられる。
 落下する中、飛行形態への再変形を行い、ツインブーストで再度空へ舞う速度を得る。
 しかし、その一瞬の隙を狙い、鹵獲天使は光の輝線を描き撃つ。直線に、その輝跡は剣清機を穿った。
 幾重ものミサイルに、続けざまのレーザー。それら全てを受け、満身創痍になりながらも、正面からアンジェリカに機銃での牽制。その中に敵機の装備するミサイルを狙った一撃を混ぜる。鹵獲アンジェリカの翼のミサイルが一弾、剣清の放った弾丸に撃ち抜かれ爆発する。
 後方からレイテ機が牽制にルキア機もライフルで狙撃し反撃に移れば、敵も黙ってやられるままにはなっていない。アンジェリカから反撃に放たれた光条がまたも剣清機を撃ち抜いた。
「すみません。少し見誤りました‥‥っ」
 二度目のレーザーに貫かれ、剣清機は地上へと落下していく。
「後は任せておけ」
 空、高く高くの青さの中に、一点、黒に赤の混じった椿が咲く。咲いたミサイルの花びらは、ミサイルを雨と放つ二つの長弓を包み込む。プラズマが弾けに弾け、空気を裂く音と共に、ロングボウを焼いた。
 降下速度を力と変えて、未だ舞い落ちる椿の華は鋭く速く。放たれ、先を疾走るはプラズマの閃光。これは天使の翼を焦がし貫く。
 赤の瞳が残像を残し、三機の真下へと駆け抜けた。
 上空から仕掛けた霞機と間をおかず、レイテの牽制に混ぜて、ルキア機が小型対空砲の狙撃をアンジェリカに。
 ――霞機の撃ち抜いた方とは反対の翼を撃ち抜いた。幾度もの集中砲火に、姿勢を保てず、錐揉みに地面へ墜落し、炎を上げる。
 霞機はその間に旋回から斜め上へのハーフループにロングボウ一機の後ろを取っている。
「コンテナの猟犬は既に撃ち尽くしたか。なら、次はお前自身が犬となる番だな」
 始まるドッグファイト。まず追いかけるは、霞機だった。
「被弾し過ぎだね、後衛に行っテ。私が前に出るから、補助をお願い」
 相手が体勢を立て直す前に、ルキア機はレイテ機を追い抜き前に出る。
「了解よ。――少し下がらせてもらうわね」
 位置を入れ替え、ルキア機もロングボウにドッグファイトを仕掛けていく。
 後ろの取り合いに、ロングボウがミサイルを放つ。避けようとも食い下がる、当たるまで止まらないミサイル。
 だが、ルキアは発想を転換する。
「――当たるまで止まらないなら、敵に当てればいいよね」
 ブースト加速からのループに、後ろを取ったロングボウと並ぶ様に飛ぶ。接触するほどの距離。ミサイルの猟犬達もルキアを追い、後ろに控えれば、どちらが追われる犬か分からない。
 ロングボウが上下左右に振ろうとも、ルキアは食らいつき、――いずれ、先にロングボウが足を落とし、猟犬の牙に食いつかれた。

●檻をこじ開けろ
 空を往く仲間達、軍からの支援も受けて、五機のKVがアグリッパを目指し地を駆ける。
「‥‥く。こんな時にも‥か‥‥」
 走輪走行で一気に距離を詰める間、片手に手慣れた様子で薬を取り出し、一口に噛砕く様に服用する。
 ――全くもって忌々しい‥‥。
 ラナが手の震えの治まりを確認して、頬を叩き気合いを入れ直す。
「灯華。必ず、一緒に生きて帰るぞ。いいな?」
 その後方を走輪走行で駆けるは鹿島 綾(gb4549)と灯華(gc1067)。
「えぇ、やれる事を、ですよね」
 共に負傷を負い、二人は仲間達の後方に機体を配して長距離からの砲撃を行うと打ち合わせていた。
 アグリッパまで600m。灯華は漆黒の機体を止め、300mmの榴弾砲を構え装填。
「迷っている暇はないな。狙うぞ‥‥!」
 綾も横に並び、盾を前へ突き立て遮蔽とすると共に、ライフルを脇から突き出し狙撃体勢へ。
 灯華はずっしりとしたその重みに、機体の足場を踏みしめ、反動に備える。
 ブースト加速し突撃していく仲間達の背の向こう、アグリッパを見据えて、照準誤差調整。ガンレティクルの中心にアグリッパを捉える。
 轟音の発射音は二度続けて。軌跡は曲射に。仲間達の背を追い越し、アグリッパに向かう。
 爆音もまた二度、ただし、それは空中。
 バイパー三機の機関砲の弾幕が、迫る榴弾を手前で撃ち落とした。
 だが、それに気を取られた形になったバイパーの一機、その腕が突如千切れ飛び、宙を舞う。
 綾機の狙撃。灯華の隣に並び、撃ち放った弾丸が射抜いたのだ。
 しかし、本来の狙いはアグリッパ。バイパーが腕一つ分射線へと割り込んだ為に起こった。
 鹵獲バイパー達は、その身を盾にする様に横並びに布陣する。
 綾は、狙いを盾となるバイパーに変えつつ前進射撃。灯華も距離を縮めながら、アグリッパ中心に炸裂するよう榴弾を撃つ。
 その幾らか前、こちらも遠距離、ラナと天野 天魔(gc4365)が敵を射程に捉え、射撃を開始する。
「一つ、俺が劇に演出を加えてやろう」
 天魔がエミタAIを連動に、射撃を制御。荷電粒子砲の砲口が強い燐光を放ち始める。
 それを援護する様に、ラナ機は左右のバイパーの脇を掠める様に狙撃する。回避機動を中央に限定、誘導する。
 集められたバイパー三機。その後方にはアグリッパがある。
 装甲の強制開放と共に、エネルギーの奔流が解き放たれ、彼らを灼く。
「灯華。アイツへのクロスファイア、いけるか?」
「ええ‥‥いけます!」
 輝く奔流の流れる中、綾と灯華は打ち合わせた様に動き、左右に離れてそれぞれにライフルを構える。
 綾機から放たれる鉛弾と、灯華機から放たれるアハトの光。交わる一点は、中央のバイパー。
 十字砲火に晒され、まずは一機。前のめりにバイパーが倒れた。
「この機を逃す訳にはいかないな」
 三機の内一機が倒れる好機。ラナ機と天魔機のさらに前。ブースト加速で速度を上げて一気に接近していくのは、直人機だ。
 勢いを乗せて駆け来る直人機に、アグリッパを守る鹵獲バイパー二機は、綾機の牽制射撃を受けつつも弾幕を張り、その接近に対応する。
 集中砲火の中、剣で受け、その身を防御に守りながら距離を測り更に進む。
「――収めた」
 狙いはフォトニック・クラスター。即座にブラックハーツで増幅された巨大な熱量を伴う閃光が眩いばかりに辺りを覆う。アグリッパを守るバイパー二機。光に飲み込まれ、灼かれる。
 だが、二度の閃光の後、ぐらりと傾いだのは直人機の方だ。
 機体に食い込んだ幾つもの砲弾に、直人機はフォトニック・クラスターの最後の一発を残して大破し、その場に擱坐する。
 一番手前に来た敵を倒し、狙いは後方への弾幕と変わる。
「‥‥っ。ここで‥‥私が耐えなきゃ‥‥崩れるで、しょうが‥‥!」
 盾に身を隠し、盾からはみ出た機体部分は、薄い膜の様なバリアーに守られ、受ける弾丸の威力を斥力で跳ね返す様に威力を弱める。
 ラナ機が崩れれば、残るは負傷中の二人を含めた三機のみ。接近戦に持ち込まれれば、負傷中の二人は機体の機動に身体がついていくかも怪しい。
 降り注ぐ暴虐の嵐は、ラナ機や天魔機だけでなく、さらに後方の綾機と灯華機にも向けられる。
 鉄の雨を目前に、鉄靴を踏みしめ、灯華機は綾機の前に出る。
「させません‥‥! 貴女を失う訳には‥‥!」
 灯華機は盾を構え、降り注ぐ鉄の熱い雨から綾を庇い守る。
「‥‥今度は守られてしまったな。借りはすぐ返すぞ?」
 鉄の雨が降りやむと同時、傘となった灯華の横から綾は銃を突き出す。
 倒れたバイパーの頭上に開いた空間。一直線に見えるは、アグリッパの姿。
「好機だ。一気に叩き潰す‥‥!」
 一発。弾丸の着弾を待つまでも無く、リロードし更に一発。続けて即射にライフルを連射。
 天魔、直人の攻撃で立て続けに装甲を焼かれた残る二機のバイパー。機体が思うように動かせない程の傷。
 それでも、アグリッパの盾となろうと動くバイパーに、ラナ機は斬りかかって行く。
 射線を塞ぐも叶わず、バイパーがラナ機と相対する間に、綾は最後の弾を放つ。
 それは、アグリッパへと吸い込まれ――、その身を破壊して、身の先へ抜けた。
 アグリッパの動きが停止する。

●壊れた檻の
 地上で目標を破壊し終える頃には、空でも決着がつきつつあった。
 放たれたミサイルが霞機のアラートを鳴らし、霞はラージフレアを射出する。アグリッパによる支援の無くなったミサイルは、一度躱せば、目標を見失って空中で爆発する。
 それが最後のミサイルになった。最後のロングボウは三機に囲まれ、空に華へと消える。
 その華の下、ラナが雷の太刀を翻し最後のバイパーを斬り倒す。バイパーが沈黙に沈むのを見てとった後、ラナは愛機の中で力を抜きシートに体を預けた。
「ふぅ‥‥。っん、御守さんと、大神君を救助後、帰還、します‥‥」
 通信の向こうから了解の返事を受けつつ、ラナは力を抜いた体をもう一度起こし、救助へと機体を向かわせていく。

●扉は開かれて
 戦闘後、正規軍がライトパターソン基地への進攻準備を進める中、傭兵部隊もそれぞれに撤収の準備を進める。
「ところでだが灯華‥‥、戦闘中、俺を失う訳にはいかないと言っていたが‥‥」
 綾の問いに、灯華はやや恥ずかしがるそぶりを見せ、
「その‥‥困るんですよ、中途半端に道を示されたままですと‥‥」
 綾に聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いて、少し顔を背けた。
 けれど、その声を聞きとって――その本心を見せずに寄り添おうとする様に――猫みたいだ、と内心思いながら「そうか」と頷き、綾は笑った。

 衛生兵に直人と剣清を預け野戦病院へ後送し、慌ただしくもカーク小隊は出発しようとしていた。
 ここで別れる事になる傭兵部隊への挨拶を終え、指揮車へとジャネットが乗り込もうと背を向けた時、
「――人が持てる量には限りがある。故に何かを得るには何かを捨てねばならん」
 その背に向けて天魔が言った。
「そしてレイテが妹の心の為に救命の手段を棄てたように、カレンが幻の愛の為に他の全てを捨てたように得る物が大きいならより多くの対価が必要だ」
 振り向いたジャネットに天魔は続ける。
「だから迷うなジャネット。他の全てと引換ででも叶えたい願いがあるなら全てを捨てろ。俺はその美しくも愚かな生き様を肯定する」
 ふっと笑みを浮かべた。
「君は監督の意のままに動かされる役者でなくなれ。君が役者である限り何をしようと舞台裏にいる監督――ジャンやピエールに手を出すことは出来ん」
 天魔は提案に言葉を重ねていく。
「監督を舞台の上に引き摺り出し、即興劇を演じて見せろ。監督すら交えての即興劇なら観客の参加もありだろう。なら少しは君の手助けが出来るかもしれない」
 ジャネットは、その言葉に苦笑いを覚える。
 これで二人目の協力者。――苦笑せざるを得なかった。
「‥‥『私なら傭兵に頼んで、もう片方も助けて貰うわ』――か」
 独り言に、空へ呟きを返し、
「そうか‥そうだな。――やってみせよう、その即興劇を」
 ジャネットは、黒い瞳を天魔へと向けた。


 背に負うものがある。投げだせない今の自分がある。
 ならば、全て巻き込もう。
 私だけの力で無理なら、小隊の力を使い、軍の力を利用し、傭兵の力を借りてでも、
 ――ああ、何を犠牲としても倒す。兄の姿を借りた、憎きあの化け物を。