●リプレイ本文
●作戦会議
UPC軍軍事基地の作戦室。傭兵達はライトグライダー隊を誘き出す囮となる輸送部隊と護衛のカーク小隊と共に、今しがた打ち合わせを終えるところだった。
「どの道、輸送トラックじゃバグアの鹵獲KVは振り切れない。上手く食いついてくれるといいが‥‥」
ゲシュペンスト(
ga5579)が帽子のつばを押さえながら、悩ましげに目を伏せる。
打ち合わせられた作戦は、単純に言えばこうだ。
初手で輸送部隊を逃走させるフリをして相手を深く食いつかせ、その後、輸送トラックに格納擬装した各機が出撃。懐に呼び込んだ敵部隊を一気に殲滅する。
輸送部隊を逃走させきってしまえれば被害は少なく済むが、ゲシュペンストの言うとおりそうもいかない。被害を減らす為にゲシュペンスト自身、囮兼護衛として愛機のリッジウェイ「グスタフ」で出て、目立つ囮として狙いを引き受けるつもりではある。
しかし‥‥上手く食いつくかどうかは、やってみるしかない。
「上手く釣れれば御喝采だ」
ふっと笑みを浮かべるゲシュペンスト。
「まぁ、上手く食いつかせて見せるさ?」
それに鹿島 綾(
gb4549)が応える。彼女も、ゲシュペンスト同様に囮兼護衛として、最初から空に出る。
皆の腹が決まったところで、榊 刑部(
ga7524)が口を開いた。
「‥‥バグアに鹵獲機をいつまでも使わせておくのは業腹ですからね」
打ち合わせを締める様に皆を見回し言う。
「食いつかずとも、可能な限り叩く事としましょう」
その場に居る面々、それぞれにその言葉へと頷きを返す。それから皆は、準備の為に作戦室を出て行く。
アクセル・ランパード(
gc0052)もまた、作戦室の出口へ向きを変えた時、ふと、目の端にジャネット・路馬(gz0394)に歩み寄っていくイルファ(
gc1067)の様子が目に入った。
「‥‥ジャネット様、お顔の色が優れませんが、大丈夫ですか?」
「ん‥‥? ああ、大丈夫だ、イルファ君」
そう答えつつもやや上の空のジャネットに、イルファは僅かに眉根を寄せる。
「何か‥‥焦っておられませんか?」
ジャネットが怪訝な表情を向けるも、イルファは続ける。
「貴女様の表情‥‥そこに見える焦りは、多分あの時、私が抱いていた物に近いのでは‥‥と思います」
(『あの時』とは、イルファ君と出会った時の‥‥? 確かあの時は‥‥)
思い馳せる間にイルファは続ける。
「ジャネット様が背負う可能性は‥‥本当にそれだけですか?」
作戦室を出て行きつつあるカーク小隊の隊員へ視線を向ける。
釣られ、目で追ったジャネットだが――すぐに逸らす。
あの時、イルファは失うものはないと思っていた。そして、今、ジャネットも――。
「まだ、私も銃を手放した答えは‥‥分りません。ですが、少なくとも私は、銃を手放した先に自分の道を探そうとしています。ジャネット様は‥‥」
そこまで言った所で、イルファは、自分に向けられたジャネットの複雑な表情を見る。
「‥‥見当違いなら、ご容赦を」
謝罪を一つ。場を辞してイルファは作戦室を出て行った。
作戦室、残っていたアクセルは、二人のやり取りをそれとなく注視していた。
(これは‥‥色々と注意して、備えておいた方が無難ですかね?)
アクセルはジャネットの様子を心に留めつつ、
「さて、それでは俺も失礼しますね」
イルファの後を追う様に作戦室を出て行った。
ぼんやりとしたまま、ジャネットは一人作戦室に残る。視線を作戦図に落としたまま、何事か呟いていた。
「分かっているの‥‥イルファさん」
普段は男言葉で――兄を真似して喋る彼女が、少女の様に顔を伏せる。
「‥‥それでも、私は‥‥」
――重さを測る天秤が、彼らに傾かない。
●誘う風
US−127付近、ライトグライダー隊の一機が周囲を警戒に獲物を探して、一つの輸送部隊を見つけた。
「護衛は――空に白いディアブロが一機。地上に漆黒のシラヌイが一機。後は、輸送トラックの列に、対空機関砲で武装した重装甲のリッジウェイが一機か。変わった機体が多いな‥‥傭兵か?」
そこまで観察し、単独での強襲を躊躇っていると、輸送部隊は方向を転換し、強化人間の機体が来た方向とは、反対方向へ逃げ出した。
慌てた強化人間が、舌打ちをしてすぐさま仲間の強化人間に通信を飛ばす。
「――こちら、キャサリン3。発見したUPCの輸送部隊が逃げていきます。‥‥追います!」
これまでと同様に、強化人間は舌舐めずりをして、狩りへと機体を飛ばす。
傭兵達の通信を傍受しながらも――彼はそれを、罠だと疑いもしなかった。
「く、敏感過ぎて定まらない‥‥!」
綾の愛機ディアブロ「モーニング・スパロー」が輸送部隊を追ってきた敵S−01に十式高性能長距離バルカンを向け撃つが、外す。
それに益々調子に乗った様に、意気揚々と敵S−01は輸送部隊の上空へと速度を増す。
「もっと早く走れないのかっ、追いつかれるぞ!」
翡焔・東雲(
gb2615)が輸送トラックの中、薄暗いそこで通信に叫ぶ。心とは裏腹に、通信が傍受されている事を考え、傭兵達は焦る演技に言葉を交わしていた。
距離はまだ少しあったが、構わずロケット弾ランチャーを放った。
未だ直撃は無かったが、振動に揺れ、危機が迫る。
輸送トラックの代わりにロケット弾の直撃を受け、防いでいるのは、ゲシュペンストのリッジウェイ「グスタフ」だ。
兵員輸送の可能性と、対空武装の護衛として、真っ先に狙われた。
「頑丈さがお前の取り柄だ、耐え切って見せろ!」
襲い来る幾つものロケット弾に、怯む事無く、甘んじて受ける。
そのうちに、敵機の数が増えた。先の強化人間が報告にて呼んだライトグライダー隊の小隊機四機だ。
増援がロケット弾ランチャーを準備する間にも、囮兼護衛のイルファ機が増援に対して動きを見せる。
「くっ‥‥貴方達だけでも逃げて下さい!」
イルファがH−01煙幕銃から煙幕弾を発射し、トラックを包む様に煙幕が噴き上がる。
だが、それでも降り注ぐロケット弾の一発がジャネットの乗るトラックの間近に着弾する。ハンドル操作に気を取られた一瞬、煙幕の中、爆発で出来た窪みを見逃した。
「しま‥‥っ」
演技ではなく、ジャネットは狼狽した。更にもう一度、間近での爆発。
窪みに引っ掛かり、ジャネットの乗ったトラックが横転する。
●反転する風
煙幕の中、横倒しになったトラックは敵に格好の獲物と見えた。機首を返し反転してきた敵S−01が続けてロケット弾を撃ち込む。
一発のロケット弾が横転したトラックの横腹に着弾。破裂した。
横腹に大穴のあいたコンテナ。だが、――横腹以外にもう一つ穴が空いている。
「もうちったぁ、寝かせろよぉ? なぁ?」
爆発したコンテナから離れた所、杜若 トガ(
gc4987)の愛機フェンリル「シュトゥルムハウンド」がその身を現していた。横転直後にコンテナを破って、抜け出していた為に、直撃を避けれたようで、その機体に傷は無い。
アリスシステムIIを起動し、練力の出力先を切り替える。駆ける機動は鋭敏に。
レーザーガン「フィロソフィー」を低空に近づいた敵に対して射撃。その注目を自らに向ける。
と、同時、注目の向いた瞬間に、スモーク・ディスチャージャーを使用し、機体の周囲に煙を噴き上げる。
動揺が敵の小隊に伝わる。突然の増援に指揮系統が一時混乱し、煙幕に隠れたトガ機を探す敵もあれば、一時高空へと舞い上がろうとする敵もある。
高空へ舞い上がろうとする敵、その進路上に、綾機が立ち塞がっていた。直進すればぶつかるライン。
「邪魔だ、どけぇ!」
敵の強化人間が吠える。目の前、よろよろと進路を塞ぐ綾機を落とす様に、敵S−01が射撃を加えながら向かって行く。
『もう良いです、逃げて下さい! それ以上は‥‥!』
イルファから、綾に通信が飛ぶ。けれど、それは――、
「問題ない。今から――本気を出す」
準備が完了したという、イルファからの合図。
打って変って落ち着いた綾の応答に続き、綾機の動きは見違える。
機首を上にブーストで急加速しながら急激なループ軌道を描き、後方に付いた敵S−01の追い縋る様に撃つ射撃に対して横ロールに機体を一回転させ、着弾のほんの僅かな時差を利用し紙一重で躱す。
交差する様に擦れ違い、綾機はブースト状態のまま急旋回。先程とは立場を逆に、S−01の後方につく。
「お返しといこうか。勿論、倍以上でな!」
後方を取るとすぐさまに綾機は十六式螺旋弾頭ミサイルを発射。ミサイルに回避機動を取る敵機。だが、回避に合わせ偏差射撃に放たれた試作型スラスターライフルの弾丸が敵S−01を撃ち抜く。翼を折られ、バランスを崩し落下していくS−01。
狩る側だった敵機達が狩られる側に――傭兵達の狩りの開始だった。
イルファ、トガ、そして、早々に一機を撃ち落とした綾機が空中から放った煙幕が辺り一面を白い煙で包む。
「バグアめ‥‥まんまとのったな」
翡焔が輸送トラックのコンテナから愛機ロジーナbis「レーシィ」を煙幕の中へと進ませつつ、笑みを浮かべた。
翡焔と同様にコンテナから煙幕の中へ各機が発進する。
煙幕の中へ闇雲に降り注ぐロケット弾の嵐。その嵐に運悪く刑部の乗るロジーナが晒された。だが、
「堅牢なロージナで良かったと言うべきでしょうね。華奢な機体では一方的な攻撃には耐えきれなかったでしょうしね」
無傷とはいかずとも、問答無用に炸裂し続ける爆発の嵐に耐え切り、無事な姿を見せる。
刑部は更に続くロケット弾の間近での爆発に、揺れる機体を任せながらも余裕のある笑みを浮かべる。
爆発が止むと、すぐさま刑部は機体を垂直離陸させ、上空へと駆け上がる。
上昇と共にストームブリンガーAを起動。84mm8連装ロケット弾ランチャーを乱打し弾幕を張る様にして、上空に居た敵機に回避を強いる。
その狙い通り、敵機達は回避を余儀なくされ、地上への攻撃の手が一時的に止む。
刑部機と同時、タイミングを合わせ翡焔機も駆け上がる。
「行きがけの駄賃だ!」
ブーストしつつ垂直離陸で一気に上昇した翡焔機は、回避軌道にあった敵R−01とのすれ違いざま、ブレードウイングでその翼を切り裂く。
空へと突き抜け、そのまま反転。敵部隊の頭を押さえる形で、傭兵達のKV三機が空で牽制し、地上からは初めから護衛に47mm対空機関砲ツングースカによる対空砲火を放っていたゲシュペンスト機に加えて、ルノア・アラバスター(
gb5133)の愛機S−01HSC「Rote Empress」から同様にツングースカによる空への援護射撃が加えられる。
「次、よろしく、お願い、します」
ルノアは離陸順を譲りつつ仲間の援護に回る。その援護の間にイルファ機が変形し離陸態勢へ。
煙幕に身を隠し、イルファ機が離陸、即座に綾機の援護に回る。
濃い煙幕の中、目標が上手く確認できず、敵R−01は先程、横転し破壊されたトラックの位置に止めのロケット弾を放つ。
そのトラックの運転席――ジャネットは、衝撃に気絶し、脱出できていなかった。
ジャネットを乗せたままのトラックにロケット弾が直撃する――。
――その直前、
「そうはさせませんよ!」
アクセルの愛機フェニックス「アイオーン」が機盾レグルスを盾に掲げながら、ブーストで加速し、ロケット弾の前に飛び込んだ。
ロケット弾8連の爆発を受け、機体が僅かによろける。だが、踏み止まり、煙幕でさらに深くジャネットの乗るトラックの周りを覆う。次いで、アクセル機は、逆に反転し逃げようとする敵R−01に向かって、オーバーブーストAを起動させつつ、クァルテットガン「マルコキアス」を対空に構える。
「悪いですが、貴方方をここから逃させる訳にはいきません」
マルコキアスが火を噴き、飛び出した鉄が敵R−01の前にカーテンを作り出す。突如下ろされた幕に止まる事が出来ず飛び込んだ敵R−01は、翼や胴体に無数の穴を負う。
敵バイパーがR−01の下に回り込み、対空砲火の身代わりとなる間にR−01は高度を取る。だが、
「貴方達が使っていいものではありませんよ。それは――」
被弾し動きの鈍った鹵獲機のR−01に刑部機が追撃にCSP−1ガトリング砲で掃射する。
だが、無数の傷口をさらに広げられても、敵R−01はまだ落ちず、撤退を図ろうとする。
「そんな簡単に逃がさないよ!」
後ろを見せた敵R−01に翡焔機がUK−11AAMを発射。敵R−01の動きは鈍く、回避機動を取るも、ミサイルに追いつかれ、食われた。
その一方、敵バイパーの方には、
「クカカッ、テメェの味を確かめさせて貰おうかぁっ!」
ブーストを使い、煙の中から飛び出す様に現れたトガ機。レーザーの牙、機牙グレイプニルが低空に身代わりと居た敵バイパーの胴体部分に突き刺さる。
レーザーの牙は、敵機のFFを貫き、装甲をその下の生体メカ部分ごと食い千切る。
敵バイパーは機体を捻りながら加速。錐揉み気味の無理な機動で食らいついたトガ機を振り払い、一時戦域から距離を取ろうとする。が、
「杜若、さん。後は、私が‥‥」
トガ機を振り払った敵バイパーの後ろから、ルノア機が十六式螺旋弾頭ミサイルを撃ちつつ、ブーストで加速力を得て追い縋る。敵バイパーはミサイルを回避する為、急降下に落下の速度を加えて振り切ろうとするが、代わりに回り込む様に頭を押さえられる。
狙いは、装甲の食い千切られた部分。
その部分を剣の翼の突入角に、ブーストで安定させた機体を急旋回。機体を巧みに操り、刀で敵を一刀両断にするかの様に斬り払った。
損傷激しく、敵バイパーはその身を失速させる。
「旋回、して‥‥そこ、です」
ルノア機が再度機体を旋回させ、渦巻く様な軌道で失速した敵バイパーと交差すれば、敵機はコントロールを失って墜落。
強化人間の自爆装置によって連鎖爆発を起こし、猛る炎を天へと噴き上げた。
隊長機を失った残敵は統率を失い、高空へ飛び上がる暇も無く囲まれ、デートンへ撤退できずに各個撃破されていった。
●手折れた翼は――
戦闘後、破壊された輸送トラックの処理など、後始末の為に基地からの応援を呼ぶ。
応援を待つ間、傭兵達は交代で見張りをしながら、休憩を取っていた。
「此度も約束は‥‥守りましたよ?」
操縦席から降りてくる綾と顔を合わせイルファが言う。
「ああ、良くやったよ。‥‥無事で良かった」
約束が守られ、イルファが無事な事に、安堵し頬を綻ばせる。
見張りの交代を待つ間、トガは愛機の背に昇り、回収される鹵獲KVの残骸を眺めていた。 薬煙草にライターで火を付け、煙を燻らせ、喫む。
「――さぁて、次はどの戦場に行くよ?」
吐いた煙は、風に乗り南へと流れていく。
横転したトラックから無事助け出されたジャネットが、地面に座りながらその煙を目で追っていた。
トガの吐いた煙は、最も近くの戦場に誘われるかの様に、デートンの空へ流れ消えて行く。