タイトル:【東京】芦ノ湖攻防戦マスター:草之 佑人

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/08 12:42

●オープニング本文


●芦ノ湖増援
 芦ノ湖やや北寄り、湖の水辺近くに位置する寺院。九頭竜中寺。
 いまに夜も明けようかという深夜。薄い月明りの下、そこに、二つの影がある。
 一つは、芦ノ湖一帯を束ねるバグアの指揮官。その姿は熊に似た厳つい大男だ。
 それに比して、もう一方の影は小さい。大男の胸の辺りにも及ばぬ小さな背に、華奢な体つきは、第二次性徴を終える前の少女然としている。
 熊が少女を食らうかの様な大口を開け、少女に迫る。
「貴様、どうして我々を助ける?」
 獣の匂いがする息を吐きかけ、大男は訊く。
 少女は、何を恐れる事も無く、あっけらかんとしてけらけら笑った。
「んー? まあ、食いもんのおすそ分け? あと、さっきも言ったやろ作り過ぎてもて処分に困っててん。その辺にほかしたら、能力者がわんさかやってきて、うちが困ってまうやん?」
 冗談めかして少女ははにかむと、小首を傾げて大男を見上げた。
「んで、こっちの方がえらい騒ぎやし、ちょーど目晦ましにもええわーと思てな?」
 少女の人間らしい仕草が、いちいち大男の癇に障る。大男は少女を睨みつける様に見下した。
「――ふん。まあ、いい。とりあえずは礼を言っておこう。戦力は幾らあっても足りん」
 ぎらりとした歯を見せ、獰猛な笑みを浮かべる。近辺を通過しようとするUPC軍との戦闘で、芦ノ湖一帯のキメラ・ワームの兵力は日に日に削れていく。
 事実、このタイミングでの増援は有り難かった。
「んじゃ、うちは、ここら辺で退散させてもらうわ。今日も学校があんねん。はよ帰らんと一時間目に間にあわへん。――国語の先生うるさいねんよ」
 少女は嘆息を洩らしつつ、踵を返す。
 闇夜に消えていくその後ろ姿を、大男は眉を顰めながら見送る。
「妙な奴だ。人間の習慣に親しみ、その中に溶け込んでいる。我には何を考えているか分からん」
 寺院の外、少女の置き土産に大男は目を移す。不可解な物を見る様にして、そこに残された異形の怪物達を見る。
「‥‥食べる為のキメラ? ――何を言うか。キメラは本来、戦いの道具であろうが」

●UPC軍第一陣
 静岡から神奈川に抜ける東海道本線。箱根から芦ノ湖一帯を根城にするバグアの部隊によって、UPC軍は進撃を執拗に妨害されていた。
 しかし、妨害の内容は至ってシンプルである。キメラに散発的な特攻を繰り返させるのみ。
 少数を小分けにして突撃してくるだけで、弾薬の消耗と足踏みをさせられてはいても、人的損耗は一般人兵士に渡ってまで皆無に等しかった。
 そこで、敵の規模をそれほど大きくないと踏んだUPC軍は、軍のKV部隊を箱根のバグア拠点に向かわせ、これを一気に殲滅する事を決定する。
「――相手の指揮官は、バカの一つ覚えみたいにキメラを突撃させて迎撃されてるんだろ? 楽勝じゃないか」
「ああ、こういうただ脳筋なバグアばかりだと、楽勝なんだがな」
 KVの中、通信を通して、部隊の隊員達は会話する。作戦の内容から、そこには余裕があった。
「はは、自分達の隊長が脳筋だったら、ぞっとしないけどな」
「――それは間接的に褒めているのか? 軍曹」
「何言ってるんですか、隊長。俺らは隊長のおかげで生き残ってきてるんですから。褒めてるに決まってるじゃないですか」
「まったく‥‥いいから、警戒を厳にしろ。そろそろ予定地点だ」
 軽口はそこまで。警戒は厳に、軍の方で予想される敵拠点付近だ。
「散開。各自、敵機視認後、即射撃開始」
「了解」
 軍人の乗るKV達が散開し、銃を構える。

 ‥‥それからしばらくして、芦ノ湖南方、UPC軍に通信が入った。
 KV部隊からのものだ。
 作戦終了の知らせかと、通信オペレーターがインカムに耳を澄ます。だが、そこから聞こえたのは、
『――聞こえるか、本部! ――敵の指揮官は九頭竜中寺に居た! だが、指揮官は脳筋なんかじゃない! 待ち伏せしていやがった! 軍の能力者を誘い出す罠を張っていやがったんだ!』
 その通信の後ろからは一つの爆発音。通信の向こうで、男が舌打ちをする。くそったれ、隊長までやられちまった、そんな憤慨も他所に、男は通信を続ける。
『いいか! このままだと、箱根はキメラで埋め尽くされる! 気をつけろ! 芦ノ湖の周りに人類の足場はな――』
 金属同士が擦れあった様なガガッという機械のノイズ。そこで、軍の能力者部隊の音声連絡は途絶えた。

 UPC軍は、ただちに箱根周辺における敵の大攻勢を警戒。同行していた傭兵によるKV部隊を選抜する。
 正面からの衝突を避けつつ軍は後退し、敵戦力の大多数を引き付けると共に、傭兵部隊が迂回して、敵司令官を討つ事を決定した。


●判明した敵拠点のおおよその地図
※1マスは必ずしも1sqではない。大体の位置取りを表したモノ。
■=山 □=森 ◎=湖
◆=竜キメラ ★=九頭竜中寺及びヒュドラ

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●参加者一覧

/ 鷹代 由稀(ga1601) / 如月・由梨(ga1805) / 新居・やすかず(ga1891) / 叢雲(ga2494) / 宗太郎=シルエイト(ga4261) / UNKNOWN(ga4276) / アルヴァイム(ga5051) / 緋沼 京夜(ga6138) / 井出 一真(ga6977) / 周防 誠(ga7131) / 鹿嶋 悠(gb1333) / 依神 隼瀬(gb2747) / 鹿島 綾(gb4549) / 天原大地(gb5927) / 吹雪 蒼牙(gc0781) / 守剣 京助(gc0920) / 鹿島 灯華(gc1067) / ラナ・ヴェクサー(gc1748) / ミリハナク(gc4008) / ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751) / 立花 零次(gc6227) / ジェーン・ジェリア(gc6575) / 住吉(gc6879) / アメール(gc6923) / チナール(gc6924

●リプレイ本文

●始まりの砲
 西に芦ノ湖、東に山を臨み、南北を森に囲まれた九頭竜中寺。その周囲、半径50m程を銀色の霧の様な物が覆っている。ヒュドラのSES出力低下させる霧――地上では拡散範囲が限定され、極端に狭まる。
 銀霧の中心。そこにヒュドラは、御神仏の様に鎮座していた。中寺付近の守備にキメラを幾らか残し、主力部隊で横浜へ進軍するUPC軍の後続を叩いている最中。
 後は、部下達の報告を待つばかり。だが、
「来たか」
 ヒュドラのレーダーが南側の森に二つの爆発を捉えた。ヒュドラの中、男がUPC軍の襲来に身構る。
 襲来に応じるべく、各キメラに攻撃の合図を出そうとしたその時、銀霧を一つの銃弾が貫き、動きだす前のヒュドラを叩いた。衝撃にヒュドラが揺れ、搭乗するバグアが呻きを洩らす。
 ――不意打ちにヒュドラを撃ち抜いたのは、【照星】隊の狙撃手、周防 誠(ga7131)。
 彼の愛機ワイバーンMk.II「ゲイルII」が、スナイパーライフルLRX−1の最大射程900m離れた所から、先制の一撃をヒュドラに叩き込んだのだ。

「九頭竜中寺に9つの頭を持つと言われるヒュドラですか‥‥いやー、なかなか洒落っ気のある素敵な指揮官の様ですね〜」
 愛機シュテルン・Gの中、住吉(gc6879)は仲間より送られてきた観測情報を見つつ、おっとりと感想を述べる。それら観測情報の管制を行っているのは、宗太郎=シルエイト(ga4261)の骸龍だ。
「その指揮官ですが、さすがにこの距離から撃ってくるとは思わなかったみたいですね」
 初撃を着弾させた誠がコックピットで笑みを浮かべる。
「‥‥攻撃の‥‥助けになれた、よう、ですね‥‥」
 誠機の前方、同じく【照星】隊のラナ・ヴェクサー(gc1748)が愛機のサイファー「βアギュセラ」に撃ち尽くしたグレネードランチャーを格納させつつ言った。
 ヒュドラと誠機の間、射線上の邪魔な木々をグレネードで吹き飛ばし、道を開けたのだ。
 誠機の放った弾は、遠く離れ、動かぬ標的であったヒュドラを見事撃ち抜いた。
 そして、‥‥先の一撃で敵勢力は【照星】隊を脅威として認識したようだった。
 ヒュドラより南にて砲戦隊形に陣を組む蟹キメラ10体。それらがプロトン砲の砲口を一斉に【照星】隊に向ける様子が見える。
 先制の一撃への応射。相手もプロトン砲の長射程で狙い撃つ様だった。
 ラナ機が機盾ウルを正面に掲げ、後方へ砲撃を通さぬ様に構える。
 淡紅色の光線が10。それが横に並び、地平を撫でる様にして【照星】隊へと飛んだ。

 ――戦いが、始まる。

●南の死闘、山への潜伏
 寺の南、低木の森に【照星】隊と彼らに随伴する傭兵達のKVがある。
 ジェーン・ジェリア(gc6575)のスカイセイバー「カラミティ」と、ラナ機が前衛となり、そのやや後方には、中衛としてアルヴァイム(ga5051)のノーヴィ・ロジーナbis「【字】」が控え、更に後方、狙撃手の誠機と合わせて【照星】隊として小隊行動をとっている。これに誠機に随伴する宗太郎機が情報管制を行い、住吉機が中衛として前衛の支援体勢を取る。
 囮となった彼らを、包囲する様に迫るのは、数十匹に及ぶ10m級の巨大キメラの群れ。
 プロトン砲の斉射を凌いだ後、【照星】隊へと森に潜んでいた甘酒キメラ十数匹が殺到し、また、山側からは【照星】隊に直接届かないまでも、苺キメラ十数匹が牽制する様に爆弾を投射してきている。
 加えて、北側に居た蟹キメラ10の内5匹が反転し、横歩きに南側へ増援に向かい、湖に居た蛸キメラ20の内10匹が【照星】隊近くの岸に上陸してきていた。
 足の踏み場もない程に、巨大なキメラ達が大地を埋め尽くして襲い来る。
「――敵戦力の誘引に成功しました。【照星】隊は作戦通り、総軍の囮役となります。前衛は突出せず戦線を押し上げる事を念頭に、中衛は前衛と協調しこれを補完願います」
 【照星】隊を指揮する隊長のアルヴァイムが、再度念を押す様に各機に通信を送り、囮部隊は動きだす。
「また、貴方の‥‥指揮下で、働く時が‥‥来ると、は‥‥」
 ラナが動かない頬を緩め、なんとか微笑みを浮かべようとする。
「あなたはどうも無茶しすぎるところがあるようですからね‥‥程々に、頑張って下さい」
 誠がアルヴァイムに代わり、ラナの通信を拾い、返す。ラナは現在、戦闘の出来る様な精神状態にない。だが、安定剤で無理やりに精神状態を安定させ戦場に出てきている。
「程々、に‥‥? ‥‥無茶を、して‥‥護るのが‥‥能力者、でしょう‥‥」
 ラナからの返答はにべもない。誠は、まいったね、と嘆息を洩らしながら頭を掻く。言葉だけでは平行線を辿りそうだった。なら、こちらで気をつけるしかない、か。
「おーおー、奴さんら、もう来るぜ」
 ラナ達の通信のやり取りに、宗太郎が横槍を入れた。レーダーに接近を示す敵反応は、目前に迫っている。
「こりゃあ、前で暴れた方が楽だったかねぇ」
 接近するその数は、30近く。更に奥の蟹の数も10から15にまで増え、竜キメラもこちらへ動き始めている様子が窺える。動けない苺キメラを除けば、半数以上の敵戦力がこちらに向かっている事になるだろう。
「ま、久々に支援に回るのも悪くねぇ。‥‥始めるとするか」
 対空機関砲ツングースカを地上のキメラ達に向ける。
「わーい! 行くよー! 突撃ー!」
 宗太郎機の援護射撃を受けながら、ジェーン機が前に出る。正面には、一番前面に押し出される様に来た甘酒キメラが一匹。
 アサルトフォーミュラAを使用し、機槍斧エウロスのSES出力を一時的に高める。最前面の甘酒キメラを横に薙ぐ様に振るう。小型ブースターがその一撃を加速させる。甘酒キメラの身体――白い水塊の半分以上が衝撃で吹き飛ばされた。甘酒キメラのコアが露出する。
「鬼さんこちらー。手のなる方へー」
 白い水を剥がれ、それでもまだ前進をやめない甘酒キメラ。それをジェーン機は手を叩き合わせ、鬼ごっこをする様に後ろへ誘い込む。
 コアの露出した甘酒キメラの後ろ、続く甘酒キメラ達もその白い体を伸ばしてジェーン機を追う。木々の間をすり抜ける様にして、その足元に迫る。
 ジェーン機を追いかけるキメラ達に、十式高性能長距離バルカンの弾丸が撃ち込まれて、追い足が鈍った。住吉機の支援だ。
「蟹に、苺に、甘酒、蛸ですか‥‥竜を鰻に例えれば、これは素敵な食卓になりそうですね〜」
 前を行く甘酒キメラ達の追い足の鈍りから、前後がつんのめる様にして甘酒キメラ達は密集する。住吉機はその機を逃さず、グレネードランチャーに持ち替え、PRMシステムを起動、武装へのエネルギー付与を一時的に高め、甘酒キメラの密集地にグレネードを撃ち込んだ。
 グレネードは彼らの中心に突き刺さり、閃光と共に爆発で吹き飛ばす。
「後は、ご飯も欲しいですね〜。いえ、もうこれだけでも面倒なくらいお腹いっぱいですけど〜」
 周囲に小雨が降る様に白い水が散華した。まだ甘酒キメラのコアが生きているのを見てとり、住吉は面倒くさそうに止めのバルカンを叩き込んで行く。
「もう一回鬼ごっこ行くよー」
 エウロスをぶんぶんと元気よく振り回し、次の獲物を釣り上げる為に、ジェーン機は再度突撃する。
「派手にやっている様ですね」
 井出 一真(ga6977)が愛機の阿修羅「蒼翼号」の中で一人ごちる。
 一真機を先頭に【照星】隊が囮をするその横、山側を迂回する様に四機のKVが前に出ていく。一真機の即後方やや両翼に広がるのは、アメール(gc6923)とチナール(gc6924)の双子が駆るワイバーン「Queen Dead」、ワイバーン「The Ordinance」だ。
「きょ〜はなんだかたのしくなりそ〜だね☆」
「‥‥終わったら、キメラ食べられるかなあ‥‥」
 ウキウキと楽しそうにアメールとチナールが一真機を追いかける。そして、その後ろ、
「二人とも暴れるのはいいが出過ぎないよう気をつけろよ」
 鹿嶋 悠(gb1333)の雷電「琥虎」が後ろから彼らを監督する様に見守っていた。
「「はーい、分かってるよ、ユウ兄♪」」
 アメールとチナールが声をはしゃがせて答えた。
 山へ迂回する四機。それに続いて、UNKNOWN(ga4276)がK−111改「UNKNOWN」に乗り、同じ道をぶらりぶらりと歩いて行く。
 木々を手で押し退けずんずんと前へ。
「帰りに温泉に入りたいなぁ」
 そんな事をぼやきながら、UNKNOWNは九頭竜中寺をのんびりと目指す。
「あ、待って下さい。お供しますよ」
 依神 隼瀬(gb2747)のロビン「天鳥」がUNKNOWN機の後を追う。隼瀬はコックピットの中、なぜか巫女装束に身を包む。一見すると美少年の巫女服姿、だが、女だ。出発前のUPC軍では、大部分の男性と、一部の女性の士気が高揚したという。
 UNKNOWN機が木々を押し退け進む先、そこに居た甘酒キメラを隼瀬はショルダー・レーザーで撃つ。
「あっちからは、大丈夫なのかな?」
 隼瀬は右手、山の上を仰ぎ見る。山側との境界辺りは【照星】隊に向けて放たれるプロトン砲の範囲外であったが、代わりに苺キメラの爆弾が飛んでくる可能性がある。出来る限り木々に隠れる様にして、隼瀬機はUNKNOWN機の後を追う。

 山裾の喧騒を他所に、狙撃班は山頂を乗り越える様にして山側を下る。山腹の中程にヒュドラから距離を取り、狙撃班は銀霧が広がる範囲外にその身を置く。
 鷹代 由稀(ga1601)の愛機ガンスリンガー「ジェイナス」が機体各部に仕込んだガンカメラを用いて、周囲の索敵を密に行う。
「ここにも苺キメラを一匹発見したわ。排除しておくわね」
 苺キメラが由稀機に気づく前に、プラズマライフルを連射し倒す。真っ直ぐに伸びた茎が半ばから折れる様にして倒される。
 倒す間も、別のガンカメラでは、山裾の蟹の発砲炎や火線を確認しておく。捉えた映像から蟹の布陣や数を把握し、それら位置情報を映像と共に味方全体へ情報として送る。
「この辺りにも反応が‥‥居ましたね」
 同じく狙撃班の新居・やすかず(ga1891)も自機のガンスリンガーに取り付けた索敵の為のスコープシステムで周囲の索敵を行い、苺キメラを発見する。
 見つけ次第に、CSP−1ガトリング砲の狙いを定め撃つ。距離を取れば、苺キメラの脅威は爆弾の投射のみ。狙われない様に木々を盾にし、危険を僅かでも減らす。
「‥‥包囲の心配は無いようですね」
 山腹から戦場全体を見渡せば、敵が【照星】隊に集中しているのが良く分かる。狙撃班へ甘酒キメラが迫る可能性は、ほぼ無さそうだった。
 そして、キメラ達が【照星】隊に集中している間に、緋沼 京夜(ga6138)は単機、ディアブロ「Naglfar」を山中から寺の近くへと進ませるべく、各種兵装やアクセサリで機体を巧妙に隠蔽し、苺キメラに見つからぬ様、山を下りて行く。
 山裾付近、寺の様子が観察できる位置まで降り、ヒュドラに見つからぬ様、隠れながら、ヒュドラの観察を行い始める。
「これで2体目ですね‥‥」
 立花 零次(gc6227)は愛機シュテルン・G「夜桜」を駆り、狙撃班の安全確保の為、山裾から単機で苺キメラの殲滅を行っていた。
 狙撃班は周囲の安全を自ら確保するが、山頂を越える様に来た為、山裾側の苺キメラは多くが残っている。
 零次がふと頭上に注意を向ければ、2体目を倒す間に勘付かれたのか、3mの大きさの黒い苺爆弾が零次機目掛けて飛んでくる。
「またですか‥‥っ」
 山裾付近には数が多いのか、1体目の時も同様に狙われた。即座にその巨大な爆弾をCSP−1ガトリング砲で撃ち、空中で爆発させる。爆弾を爆発させる間にも、零次機は爆風を回避する様に場所を移動している。
 空中での爆発に反応して、周囲の苺キメラが苺爆弾を同じ場所へと投げ込む。
 零次機が距離を取った後、投げ込まれた周囲は一瞬にして大爆発を起こして吹き飛んだ。
「万が一、あれを食らったらと想像すると怖いですね‥‥」
 爆発を躱し、爆弾の投射軌道から次の苺キメラの位置を把握して零次機は動き始める。
「――配置についたわ‥‥いつでもいける」
 零次機が苺キメラの脅威を排除し続ける間にも、狙撃班はそれぞれに狙撃ポイントを探り当てていた。準備の完了を伝える由稀機はフルシールドIIを展開し、右肩シールドの内蔵ポケットも次弾装填が速やかに行える様に展開。セッティングを終えて、ポイントに膝立ちに構える。
 狙撃ポイントの条件、射線、距離、撃ち下ろしの可否、これら三つを満たすポイントを他にも数か所。反撃に備えて、次のポイントも押さえてある。
「こちらも狙撃ポイントに着きました」
 由稀と同様にヒュドラ狙いのやすかずからも、応答は返ってきた。やすかずの求める条件もほぼ同じ。自然、由稀の近辺の狙撃ポイントへと絞られる。
「慣れない狙撃仕様ですが‥‥それなりにやってみせましょう」
 如月・由梨(ga1805)はディアブロ「シヴァ」の中から、眼下に敵を見下ろし、その布陣を確認する。
 由稀機からの情報とほぼ一致。多少、陣が動いている程度の違いしかない。
 構えるブリューナクで、数の多い蟹キメラに狙いを定める。
「東京、ね。曲がりなりにも故郷なんですけどね‥‥」
 山裾から木々に紛れる様にして叢雲(ga2494)は愛機のシュテルン・G「レイヴンIV」を山の中に隠しながら、アハトアハトを構える。
 山頂側から侵入した狙撃班と情報交換を行いつつ、狙撃のタイミングを図る。狙うは蟹。
「さぁ、狙い撃ちますよ‥‥!」
【照星】隊への砲撃の瞬間、横から撃ち抜き、狙いを外させるべく照準を定める。
「僕の方も配置についた。準備はいいよ」
 ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)の愛機スカイセイバー「ウォード・スパーダ」がスナイパーライフルRを構え、竜キメラに狙いを定める。
 狙撃班それぞれに位置に着いた様だった。
「よぅし、それじゃあ――ジェイナス、目標を狙い撃つ!」
 由稀がDFシステムをスナイピングシュートに移行させる。
 由稀のの掛け声とともに、狙撃が開始される。

 狙撃開始後、一時的に敵の圧力が弱まり、その隙を突く形で【照星】隊は戦線を大きく押し上げる。初撃の900m地点からかなり前まで進み、アルヴァイム機は、その射程に竜キメラを捉えた。ドゥの狙撃に身を晒していた竜キメラが、アルヴァイム機のブリューナクによる猛射との十字砲火に耐えきれず倒れる。
 竜はその巨体で誠機からヒュドラへの射線を塞ぐ様に横たわった。
 反撃に蟹達が【照星】隊にプロトン砲を一斉射撃しようとする。砲口へ光の集まった蟹の一匹に狙いを定め、叢雲機はアハトで撃ち抜いた。淡紅色の光線のひとつが、あらぬ方向へ。そこへもう一撃加えれば、蟹はよろけて隣の蟹にぶつかる。更に追撃に銃口を向けた時、不意に叢雲は別の蟹の砲口がこちらに向くのに気づいた。
「――! 思ったより見つかるのが早かったですね‥‥!」
 ここまで早い捕捉となると、付近への垂直着陸時に既に捕捉されていたのかもしれない。
 砲口に集まった淡紅色の光が解き放たれる前に、叢雲機はブリューナクに持ち替えつつ、ブーストを起動する。
 蟹の砲口が狙いを定め終える前に、叢雲機が牽制にブリューナクを向けて撃つ。
 そして、蟹が撃つより一歩早く叢雲機がブーストを利用し大きく飛び上がった。叢雲機の居た場所を蟹の砲撃が焼き尽くす。
 空中、クロスマシンガンをばら撒き牽制しつつ、森の中に着地した。
 蟹達の前方への着地と同時に敵陣に向かって突撃する。
 各種追加スラスターを利用して、空中での立体機動を実現し、敵を翻弄する様に立ち回る。
「ブースト時の能力に空力、ベクトル、遠心力にスラスターの角度調整‥‥。上手く使えば、ね!」
 空中で180度反転し、再度、蟹の陣地を乱し離脱しようとしたその時、不意に周囲を銀の霧が覆った。ヒュドラの特殊弾により、叢雲機の攻撃が弱まり、蟹達は叢雲機の攻撃を物ともせず囲み来る。
 咄嗟に、蟹達を飛び越えようとした瞬間、――竜キメラの頭が叢雲機の頭上にあった。
 勢いをつけて振り下ろされたレーザーブレードは、空中で叢雲機を背後から縦に裂く。叢雲機は大破し、その場で停止した。
 叢雲機を大破させた竜は蟹の後方、前線を援護するその位置に居続ける。
 山側側面を回り込む様に来た悠達四機が、竜に狙いを定める。
「なにしてあそぶ? どうしてあそぶ??」
 アメールが巨大な竜の丸焼きを想像しながら悠に訊く。口の端から涎が垂れそうになっている。
 山の木々に身を隠したまま、一度、悠はアメールとチナールに竜退治の作戦を説明する。
「俺とチルで足を狙う。合図をしたらアルも竜キメラに向かってくれるか?」
「あ、し‥‥?」
 小首を傾げるチナールに、ああ、と悠は頷く。
「どんな巨大な生物でも指先には神経が集中して痛いだろう?」
「‥‥うん。あし、ぶつけたら、痛いもんね」
 チナールが頷きを返し、話がまとまったところで、一真機は彼らの一歩前へ出る。
「では、俺が先陣を切ります。お二方は援護射撃をお願いしますね」
 姿勢は低く、低木に身を伏せつつ、一真機が竜キメラに対して駆け出す。
 その背を見送り、まず、悠機が機盾レグルスを構えながらスラスターライフルを連射。竜のヒレ状の前足に集中砲火を浴びせる。痛みを与える敵――悠機に竜の注意が引き付けられる。
 それに倣って、チナール機が強化型ショルダーキャノンと20mmガトリング砲を悠機の狙ったヒレと同じヒレを標的にして、乱れ撃ちに射撃を開始する。
「あは☆ たのし? おどろーよ、きめらさん!」
 足を狙われ、その弾幕を振り払う様に動かせば、そこに大きな隙が生まれる。
「――ここでしょう」
 一真機が、その隙を見逃さず、竜の側面へと回り込み、ソードウイングで足のヒレに追撃をかける。剣翼で切り裂き、悠とチナールの射撃を邪魔しない様に意識しながら、続く一手を考える。一真機は、サンダーテイルをヒレに向かって伸ばし突き刺す。竜が流しこまれた電磁パルスに身を震わせ、大きく体を傾かせれば、バランスを崩して横倒しになった。
「今だ、アル! 遊んできていいぞ」
「わっ、ユウ兄のGOサインが出た! じゃあ、あぶないことして、あそびましょ?」
 悠の許可を受けて、アメール機がマイクロブーストで加速。一気に竜に近づくと、装備したウィップランス「スコルピオ」を器用にしならせ、めった打ちに竜の身を切り裂き出す。
「もっとはやく、もっとつよく、もっともっと!」
 しなりが大きくなれば、それだけ、穂先で切り裂く速度と切れ味は鋭くなり、その分だけ竜の身は大きく切り裂かれる事になる。
「アルばっかり‥‥チルもいっくよー!」
 アメールに続いてチナールも竜の懐に飛び込む様に駆け、M−SG10を至近距離で連射する。
「しぶといな‥‥!」
 チナールよりも若干遅れたが、悠機もまた竜に対して突撃をかける。スラスターライフルから機槍黒竜に持ち替え、突進の威力を乗せて槍を竜の腹に突き立てる。
 それでもなお、竜は倒れない。巨体に見合うだけの耐久力を竜は備えていた。

●湖上の竜
 高高空の高度を湖上へと飛行する二機のKV。鹿島 綾(gb4549)のディアブロ「モーニング・スパロー」と、その後方イルファ(gc1067)のシラヌイS2型「グースヴィネ」は、南北に待ち構える対空砲撃を避ける為に高度を上げて飛行していた。
 飛行中、綾は通信回線をイルファ機へと繋ぐ。
「――また一緒になったな、イルファ。頼りにさせて貰うよ?」
「ぁ、はい‥‥宜しく、お願いします」
 この間の依頼で一緒になったイルファと軽い挨拶を済ませれば、すぐにも予定の湖上空に到達する。
 ここからブーストで一気に低空まで駆け下り、水中の敵目掛けて爆雷を投下するのだが‥‥その前に、湖の中、水中戦力を掃討する為に潜る天原大地(gb5927)のビーストソウル改「紅蓮天」との通信回線を開く。
「待たせたな、大地」
『待ちくたびれたぜ、綾ォ! ‥‥でけェの一発、頼むわ!』
 通信回線が開かれたのに気づいた大地は、言葉と共に即座に自機を中心とした敵キメラ達の座標・深度を送る。
 爆雷投下に必要な情報を得て、綾機は進路を調整する。
「よし――、一気に行くぞ!」
 鉄の鳥が天空から湖上へと駆け下りていく。

 水中、爆発の華が開く。華は蛸キメラを二匹飲み込み、咲いた。焼蛸となりながらも、まだ二匹の蛸は動く。
「翔陽改め、紅蓮天‥‥目標を殲滅するってなァ!!」
 10匹の蛸のガトリングから、合計三百発以上の弾が吐き出され、大地機に襲い掛かる。大地機はそれら一発ずつの威力を物ともしない――だが、小さな傷が幾つもついていく。傷は連なり、その硬い装甲に綻びを作り出す。
 しかし、綻びが致命的になる前に、大地機の発射した魚雷が蛸を巻き込み沈ませる。先程、爆発に巻き込まれ焼けた蛸だ。
 魚雷の爆発に生まれた気泡で蛸達の狙いを僅かに逸らし、ガトリングの直撃を避けつつ一気に接近する。
「タコ刺しにでもされにきたかよ、あァ?」
 ソードフィンをはためかせて更に一匹切り刻んだ。

 水中での戦闘が苛烈を極める中、湖上では、綾機とイルファ機が竜二匹を相手に低空での水上戦を繰り広げる。
「囮は御任せ下さい‥‥大丈夫、無理は致しません」
 イルファがブーストから先行して急接近すれば、竜は背部右側面のプロトン砲一門をイルファに向けて放つ。これをイルファ機は超伝導アクチュエータでの急制動とそこからの高出力ブースターによる加速とを組み合わせて狙いを外させる。
「狙いが‥‥甘いです‥‥!」
 竜との擦れ違い様、レーザーブレードで狙い来る竜の首を躱し、逆に剣翼でその首を切り裂く。
 だが、駆け抜けるイルファ機の後方から、竜が左側面のもう一門でイルファ機を狙い撃った。超伝導AECを起動し、直撃の威力を減殺させる。
「‥‥っ‥‥まだ、大丈夫です‥‥!」
 その間、イルファ機に注意を引かれた竜へ、綾機はブーストで竜の死角へと回り込んでいる。
「好機――獲らせて貰う!」
 死角から急旋回で狙いを定めつつ、パニッシュメント・フォースを起動。粒子加速砲をその巨体に叩き込む。放たれたレーザーに身を貫かれ、竜は苦悶の鳴き声を上げる。
 進路を最初と逆にしながら、綾機は上空でイルファ機と合流する。
「イルファ、無事か? 態勢を立て直したらもう一度行くぞ」
「はい、もう一度‥‥やってみます!」

●竜との闘い
「はっはー! いくぜ蒼牙!」
 寺の北側から回り込んだ守剣 京助(gc0920)は愛機ディアブロ「ナーゲルリング」を駆り進む。南側に多数のキメラが引っ張られたものの、甘酒や蟹の若干数がまだ北側に残っている。
「京助さんと一緒に組むのも久しぶり、張り切って行こうか」
 吹雪 蒼牙(gc0781)の愛機イビルアイズ「Uentosu」が京助機の背後に控えて、進路を開く様に射撃する。
「中距離はウェントスのキリングレンジってね」
 蒼牙が自負する通りに、そのキリングレンジ――絶対半径――に入った甘酒キメラを連装機関砲と長距離ショルダーキャノンの連打で貫いていった。
「後ろは任せてガンガン突っ込んできてね〜」
 蒼牙機が周囲の甘酒を封じ込める間に、京助機は竜の下へ。ファランクスで絶えず弾丸を撃ち込みながら、京助機はSAMURAIランスの届く距離まで接近する。
 ほぼ零距離まで近づいた京助機は足を止めて、機盾バックスを構えつつ、パニッシュメント・フォースを発動させて、ランスを大振りに振るう。
「蒼牙、援護頼む! ここで畳み掛ける!」
「了解したよ」
 甘酒キメラを押さえていた蒼牙機は、自らの火器の砲口を竜に。京助が狙う竜の傷口に目掛けて火力を集中させる。
 竜の振り下ろしたレーザーブレードを京助機は機盾バックスで受け止める。
「はっはー! もういっちょ全開攻撃だぜぃ!!」
 京助機がレーザーブレードを受け止め、足を止めたまま、パニッシュメント・フォースを発動させてランスを深く突き立てる。そのまま引き抜く際に払い、傷口を大きく広げる。
 攻め来る彼らに対して竜がレーザーブレードを振るい再度薙ぎ払おうとする。だが、これを京助機はその場に踏み止まり、またも受け止めた。
「何度だって受け止めてやるぜ!」
 一頭の竜と甘酒キメラ達を京助機と蒼牙機が相手取る間に、ミリハナク(gc4008)が愛機の竜牙「ぎゃおちゃん」を駆り、もう一頭の竜に迫っていく。
 その重量そうな恐竜というフォルムと違い、その足は速い。
「お邪魔ですわよ」
 竜との間に壁を作る甘酒と蟹のキメラ。それに対し、マルコキアスとファランクスで大量の弾丸を吐きだし、弾幕を形成する事で囲まれない様に牽制しながら削る。
「ぎゃおちゃんのお食事の邪魔をしないで下さるかしら」
 弾幕でキメラ達をある程度削れば、道ができる。その瞬間を狙い、ブーストから、試作型超伝導DCとオフェンス・アクセラレータを同時起動。機盾ウルを前に構えて、加速する様にその隙間を駆け抜ける。
 竜のプロトン砲が放つ淡紅色の光線をウルで受け止めながらも前進。その砲撃で速度をやや遅められた所に甘酒キメラが近づき来る。ファランクスで牽制。ほんの僅か足止めしたその間に屈み、ミリハナク機は竜へと跳躍する。
 自らの倍以上の巨体の竜。その首の付け根辺りに飛びつくと、
「食べ物竜キメラ、おいしくいただきますわ」
 ミリハナク機は竜の首にディノファングで食らいついた。
 竜は喚き、ミリハナク機を振り払おうとする。しかし、ディノファングで食らいついたミリハナク機を、そう簡単に振り落とすことはできない。
 古代の恐竜が行ったその狩猟を再現するかの様に、ミリハナク機はその肉を食い千切った。

●強襲
 山側、狙撃班はそれぞれの狙撃ポイントを転々とし、居場所を特定されない様に動きながら狙撃を繰り返していた。
「‥‥本当にここへ来るのは感慨がある。別世なら僕は鎌倉に行く所だけど‥‥そんな気も失くしてくれるねお前らは‥‥!」
 ドゥはコックピットの中、敵への苛立ちに吠える。
 ドゥとしては、可能な限り有人機の撃破はしたくない為、ドゥの狙いはキメラに絞られる。狙撃開始から、既に二匹は蟹を屠っている。
 そして、また一匹、蟹キメラに狙いを定めスナイパーライフルRで撃ち抜く。一撃で仕留められないのは、重々承知の上、リロードを行い、アサルトフォーミュラAを併用の狙撃をもう一度お見舞いする。
 二発撃つと、さすがの蟹キメラもドゥを注視してくるので、リロードの後は、場所移動をして、敵の視線を外し隠れる。
「狙撃もなかなか楽しいですね」
 由梨機も森の中に姿の見えやすい蟹を狙っていたが、ここに来て狙いを甘酒キメラに変える必要が出てきた。悠機を初めとした遊撃部隊が、竜を倒し終えて、付近にいた蟹の討伐に切り替えた為だ。
 甘酒キメラは、その身体の特性を活かし、スライム状に伸びて木々に隠れて進む為、狙撃が行いにくかった。
「‥‥ただやっぱり‥‥」
 仲間の各機から送られてくる敵の位置情報の変遷を見れば、由梨機の位置と、囮部隊の位置、間の残りの甘酒キメラの数を見合わせると、挟撃に絶好の形になっている。
 由梨は凄惨にも見える笑みをひとつ浮かべると、ブリューナクとスナイパーライフルから、試作型巨大レーザー砲に切り替え、練剣「雪村」と機刀「建御雷」を用意しつつ、山を駆け降りていく。
 甘酒キメラ達の後方からレーザー砲で薙ぎ払いつつ、一息に距離を詰め、接近戦に持っていく。
「ふふふっ、やはり白兵戦が一番です」
 雪村と建御雷を抜き放ちキメラの群れに駆けながら、今日の戦場の中、由梨は一番楽しそうに笑んだ。

 南側、敵の大半を囮部隊が引き付け、また、遊撃部隊や狙撃班が敵を排除する中、脅威の少ないそこを潜り抜け、UNKNOWN機と隼瀬機は九頭竜中寺に辿り着いた。
「くっ、ここまで来たというのか」
 ヒュドラのバグアは、防衛網を突破してきた二機に最大の警戒を持って構える。
 隼瀬機は大物相手となって、オメガレイを手に、撃つ構えを見せる。
 だが、そんな緊迫した中、UNKNOWN機は沈黙を保って動かない。
「UNKNOWNさん‥‥?」
 訝しげに思った隼瀬が言葉を洩らす。
 UNKNOWNはコックピットの中、鋭く深い知性を感じさせるその瞳を、悩ましげに歪め、口元に手を当てる。
 ――もう片方の手には、ソイソース――。
「うむ。ヒュドラは食べれるのだろう、か?」
 真剣に悩んだ様子のUNKNOWN機を前にして、仕掛けて来られるのを警戒したバグアが戸惑う様子を見せる。それは大きな隙だった。
『今だな――!』
 京夜はヒュドラと仲間が対峙するその瞬間を狙っていた。隠れ場所からヒュドラまでの急接近ルートも予め選定してある。山の滑り落ちる程に急な斜面を、京夜機は落下していると錯覚する様な速度で斜面を蹴り加速し、更にブーストを併用する。木々の間を抜ける様に、小さな木は蹴り潰し、突き出た岩を足場にして蹴り方向を転換し、ヒュドラ目掛けて一気に斜面を駆け下りていく。
 事前の観察時に、拠点を預かる指揮官機での変化はないのかと疑い見たが、ヒュドラの機構が通常の物と同様なのは見て取っている。
 となると、逆に変な弱点らしきものを狙うより、通常と同様、動力部を狙うべきだと判断する。つまりは、この斜面の加速度を借りた動力部への一点ランスチャージ。
 斜面の終わり、ヒュドラの姿が見える。京夜機は、勢いをそのままにパニッシュメント・フォースを使用し、機槍「ロンゴミニアト」 を構えて一撃で貫きにかかる。
 だが、ヒュドラのその様子を見て取っていたのは、京夜機だけではない。
『動きが止まっています』
 山上付近、戦闘の開始後から、狙撃しヒュドラを狙い続けていたやすかずもまた、それをチャンスと見てとっていた。DFシステムはスナイピングシュートに切り替えたまま、やすかず機もまた、そのチャンスを逃さずに狙撃した。
 相互が最大の隙を同時に狙う。先に届いたのはやすかず機の銃弾だ。撃ち抜かれ、ヒュドラはたたらを踏み、よろける。だが、それが逆に、京夜機の一撃が動力部から外す事になった。
「ほんの少しずれちまったか‥‥!」
 しかし、勢いの乗ったランスチャージは、一撃必殺とならずとも、ヒュドラの装甲を大幅に削り取る。
 装甲が剥ぎ取られ、剥き出しになる動力部。
『これで‥‥終わりね!』
 他の狙撃班から一拍遅らせ、ヒュドラの回避行動の先を読んで狙撃を行っていた事が由稀に最大のチャンスを巡らせてきた。よろけた瞬間から照準の合わせ直しを始め、終えた。京夜機の一撃で装甲が剥がれ、動力部が露わになったのは僥倖。ヒュドラが反撃や、逃走に移る前に勝負を決める。
 山腹の狙撃ポイントから、由稀機はアハトで剥き出しになった動力部を撃ち抜いた。

●撤退
 バグアの指示を失ったキメラ達は、それぞれの本能で目の前のKV達に襲い掛かる。
 同時に、狙撃班がヒュドラを仕留めた事を各機に連絡する。
「今回の依頼は殲滅戦じゃねえ。戦闘中の味方の援護をしつつ撤退だな! 逃げるぜはっはー!」
 京助が蒼牙、ミリハナクに声をかけ、北側、初めに侵入してきた経路を辿って撤退を開始する。まだ周辺には幾体かの甘酒キメラ、蟹キメラが残っている。それらが、四機を追撃に追い掛けてくる。
「煙幕を張りますわ。その間に敵の追撃を振り切って、安全に帰りますわよ」
 追い縋るキメラ達との間に煙幕が張られる。視界を遮られて、キメラ達の追い足が鈍る。その間にミリハナク機、京助機、蒼牙機は速度を上げて撤退していく。

「あ〜あ、もう終わっちゃった〜。つまんな〜い」
 アメールが拗ねた様に足元に転がる蟹の甲羅を蹴り、口を尖らせる。
「このキメラ、食べられるのかなあ‥‥」
 アメールが蹴り飛ばした蟹を見つつ、チナールはじゅるりと涎を啜る。
 チナールの言葉に、アメールもお腹の減りを自覚し、涎を垂らしそうになる。
 アメール機が悠機を上目遣いに見上げる。
「‥‥ユウ兄、ちょこっとだけ。ね? ちょっとかじるだけ!」
「キメラを食べるのを止めはしないが‥‥腹を壊しても知らんぞ」
 アメールに物欲しそうに問われ、悠は大きな溜め息を吐く。悠機は脇に、竜との戦闘の際に救助した叢雲機の脱出ポッドを抱えている。
 ポッド内から、叢雲の応答は無かった。機体が大破した際に、パイロットも負傷した可能性が高い。
「――だが、今は撤退する。彼の事もあるし、このまま撤退する皆から孤立するのは危険だからな」
「ぇ゛〜〜〜〜〜」
「‥‥返事は?」
 少しだけ怒った様に口調を固くする。撤退は命にかかわる事だ。
「‥‥はーい」
「よし。チル、煙幕を頼む。アルは脱出ポッドを。それから、井出さん。殿は俺が引き受けます。井出さんは、先行して退路を確保してください」
「わかりました。先に行きます」
 一真機が退路に居るキメラを確認するため先行する。
 アメール機に叢雲の入った脱出ポッドをフックで固定した後、チナール機がその場に煙幕を放ち、
「どろんぱ☆」
 アメール機と一緒に一真機を追いかける。
 悠機が殿に散発的に襲ってくる敵の追撃を引き受け、四機は撤退していく。
「東京への一歩か‥‥」
 撤退する中、東京出身の一真は作戦の成功に多少の感慨深さを覚えていた。

「ちィッ!」
 撤退する間際、二匹目の湖上の竜を相手にしていた綾、イルファ、大地の三機。
 綾機とイルファ機が注意を引いている間に竜の胴へ斬撃を加えた大地機は、反撃に薙ぎ払う様に振るわれた竜のヒレの一撃を食らい、蛸から受けた綻びが機体の操縦に大きな支障が出る程になっていた。
(戦場から撤退するまでもてよ‥‥!)
 コックピット内、綻びから装甲を貫いて飛び込んできた弾丸に大地自身も負傷している。
「――さあ、キメな! イルファ!! 綾!!」
 撤退の際、追撃を食らえば一番厄介なのは、この竜だ。
 だが、竜も先程からの剣翼での攻撃に首筋を守る様にして、綾機、イルファ機にレーザーブレードを向けている。
『幾度も同じ手を‥‥取ると御思いですか?』
 イルファ機は首筋をガードするその頭部にあえて自分から向かっていく。狙いは首筋ではない。レーザーブレードに接触する直前、ドリルミサイルを竜の頭部、口の中に狙って発射する。ミサイルは口を貫き、口腔内部で爆発する。
 頭を吹き飛ばす事は出来なかったが、――隙は十分に作れた。
『最後だ、持っていけ――!』
 綾機がパニッシュメント・フォースを使用し最大威力の粒子加速砲でその頭部を撃ち貫いた。竜はその巨体を湖底に沈ませていく。
 その巨体に巻き込まれるのをなんとか避けて、大地機も撤退を開始するが、周りにはまだ幾匹かの蛸キメラが残っている。
『進路を6時方向へ御取り下さい。纏めて沈めます』
 追い縋る蛸達は、イルファ機の爆雷でその追撃の手を止められた。
 ぎりぎりのところで撤退した大地機。紅蓮天が機体の損傷からコントロールを失い停止したのは、湖岸に辿り着いてからの事だった。

「指揮官撃破確認! 煙幕展開するぜ、上手く逃げろよ!」
 宗太郎機が、煙幕発射装置の煙幕を全弾展開し、その間に【照星】隊は撤退に移る。
 だが、一機、煙幕が切れた後も、その場を動かない。
「‥‥リミ、ット‥‥切れ、です‥‥か‥‥」
 ラナ機が足を止めていた。UPC軍の陣地を離れた時点から、戦闘への強いストレスを受け続け、薬の効果時間も限界が来ていた。ラナは全身の震えを覚え、動けなくなる。
 殿を務めるアルヴァイム機が機盾ウルを掲げて、生き残りの蟹の砲撃からラナ機を守りつつ、ブリューナクで反撃を行う。だが、例えアルヴァイム機と言えど、残りの全てのキメラが集まってくれば、ラナ機を庇う余裕は無くなる。全機が撤退する中、棒立ちのラナ機は格好の標的だ。
「言わんこっちゃない‥‥ブースト起動、支援に入る!」
 誠機がブーストで反転し、ぎりぎりの危険水域を綱渡りする様にして、ラナ機に駆け寄る。小柄なラナ機に下からタックルを食らわせる様にして、掬いあげ、その背に背負い上げる。
「アルヴァイムさん、後はよろしく!」
 背で動かないラナ機を半分引き摺る様に器用に駆け、重量に大きく動きを鈍らせながら、誠機は後方に下がる。
 彼らに追撃がかからない様に、アルヴァイム機が殿にて遅滞後退を始めた。

 傭兵達が去った後、キメラ達はそれぞれの本能のままに湖のあちこちへと消えていった。
 後は、UPC軍の方で別途討伐隊を組み、周辺の安全が確保されるまで一匹ずつ狩られていく事だろう。
 戦場から撤退を終えてUPC軍に再度合流した傭兵達は、その身体を労わり休めていた。
「あの人の武装でキメラを倒すのは少し心苦しいけど‥‥今はここの戦いを終わらせる事が優先。そうだろ‥‥ペレグジアに順平」
 ドゥは呟き、山の木々の向こうに日が沈んで行くのを見送る。夕焼けが眩しく目を焼く。
「此処が、日ノ本の国‥‥初めて来る、筈なのですが‥‥?」
 イルファもまたその陽の落ちる光景に見惚れていた。失くしたはずの記憶の何処かに、その光景が引っ掛かる。思い出の中に同じ光景を見た気がする。
 ただの既視感なのかもしれない。けれど、何かしらの鍵であるという直感が頭から離れない。

 ――東京。幾つもの因縁が絡み合う其処を解放する為、UPC軍は、傭兵達は、一路その地を目指す。