タイトル:懐かしき誘いは猛毒のマスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/28 07:21

●オープニング本文


●黒い夢
 窓。カーテンを開き、窓を開け放てば、そこから大地の風が舞い込んで来る。
 街の外から運ばれてくる乾いた地平の香り。鼻腔を擽るその香りは、嗅ぎ慣れたものであったが、今は新鮮に感じた。沈滞し倦んだ気持ちが生まれ変わったからかもしれない。
 赤味がかった黒髪を風に靡かせつつ、長椅子に座った女性は、窓を開けた青年を見る。
 青年も、長く漆黒の髪を風に靡かせ、こちらに振り返るところだった。
 一際強い風が吹き込み、女性は目を瞑る。
「すまない。――髪が乱れてしまったな」
 青年は落ち着いた動作で窓を閉めると、長椅子に歩み寄っていった。
 後ろに回り、女性の乱れた髪を優しく撫でつけ元に戻してやる。
 そうやって撫でられるうちに、女性は涙を流した。
「どうした?」
 青年が訊くが、女性は首を横に振った。
「なんでもないわ‥‥」
 青年は女性の言葉に、それ以上何も訊かず、髪を優しく撫で続ける。
 女性は思う。
 ――ああ、この手は、紛れも無く彼の手だ。
 撫でる手の優しさ、触れる暖かさ。それらを私は覚えている。哀しいまでに。愛おしいまでに。狂おしいほどに。
 ‥‥もう戻らないものだと諦めて。この部屋でずっと彼の思い出に浸っていた。
「本当にどうかしたのか? カレン」
 髪を撫でながら、心配そうな声色で尋ねる。――この心配の仕方もまるっきり一緒。
「なんでもないわ。ジャン」
「‥‥おかしなカレンだな」
 くすりと笑うジャンの吐息を受けながら、カレンはゆっくりと顎を上げ、背を逸らし上を向く。
 頭をジャンの胸にもたれかけさせ、ジャンの顔を見ながらカレンは微笑む。
「――ねえ、誘えば、ジャネットも来てくれるのではないかしら。貴方のところに」
 いきなりのカレンの提案にジャンは目を丸くした。それから、
「なんだ、カレン。君は私と二人きりじゃいやなのか?」
 わざとらしくからかう様にジャンが言う。カレンは、もう、と頬を膨らませた。
「二人きりがいやなわけではないわ」
 言い、視線をジャンから外し、それから、そっと窓の外へと目を移す。
「‥‥けど、ジャネットは貴方の妹で、私の義理の妹でもあるのよ。一緒に来てくれた方が嬉しいじゃない」

●そして、表舞台へ
「あいつの目撃証言が入った」
 ピエール大尉は言葉少なにそう言った。執務室にはピエールの他、ガルラとレイテが居る。
「へぇ、今度はガセじゃないだろうね? もうやだよ、あんな目に会うのは」
 前回の廃工場での件を、ガルラはうんざりとした口調で指摘する。ピエールの方は顔色を変えず、説明を続ける。
「まずは、この資料を見てみろ」
 机の先に茶封筒を二つ差し出す。鼻息をひとつ、ガルラが受け取り、レイテもまた、表情少なく資料を取る。傭兵達の助力が無ければ、あの場で二人とも死んでいた。あのような罠にかかるのは、レイテとしても二度と御免被るところだった。
 二人が資料の中身に目を通す。その間、ピエールは机の上で手を組み、じっと黙ってガルラの様子を窺っていた。
 資料にざっと目を通し、ガルラが眉を顰める。
「おい、ピエール。これは‥‥」
「――ああ、接触された」
 ピエールはひとつ長い息を吐く。
「もちろん、軍の方でも一番に警戒し護衛をつけていたが‥‥何の意味も無かった。つけていた護衛の数が少なかった事は、逆に僥倖だったかもしれん。犠牲者が少なくて良かったという、な」
 自嘲気味にピエールは述べる。同じ様に資料に目を通し終えたレイテがピエールに顔を向ける。
「大尉‥‥この女性を軍の方で安全な場所に保護する事は出来ないのですか? このままでは、街中での戦闘が予想されますが」
 保護という言葉を用いてはいるが、その実、軍で軟禁状態に置かれる事は承知の上だ。
「彼女は能力者だ。それを行おうとすれば、彼女は逃げるか‥‥最悪、自ら命を絶つだろう。そうなれば、我々が先手を打つ機会をひとつ失うことになる」
「しかし、もし街中で戦闘になれば、民間人に犠牲者が出ます」
「軍曹。ひとつ言っておくが、これはまだいくつかある可能性の問題のひとつに過ぎん。それも根拠は限りなく無に等しい状態での可能性の指摘だ。それで街の住民を動かす事は出来んのだよ」
 これには政治的な問題も含まれていた。軍からの横槍で、市井の経済活動をストップさせる事は、前線でもないこの基地周辺に無駄な不安を撒き散らす。
 ならいっそ、警告はしたが動かなかった為に犠牲者が出たと言う事実でもって、この機会に街の議会を軍よりにすげ替えてしまおうと言う思惑が働いていた。
「カレンは、未だあの街に居る。おそらく、カレンを迎えにもう一度あいつも現れることだろう」
 二人が、資料のおおよそに目を通したのを確認して、言葉を紡ぐ。
「資料の通り、複数の強化人間の護衛が確認されている。傭兵と共に向かえ」
 ピエールの言葉に、ガルラは、わかった、と頷いた。
 レイテを先頭に、踵を廻らし部屋を出ていく。扉を潜り抜ける際に、ガルラが振り返った。
「ピエール」
「なんだね?」
「ジャネットはこの事を知っているのかい?」
「伝えていない。軍に置いておいて、下手に情報が耳に入っても困るのでな。休暇を与えて、基地から放り出した。――以前と多少脚本が変わったようだが‥‥この配役ならば、ジャネットの出番はまだだ。そうだろう?」
「‥‥確かにそうだな」
 嘆息し、ガルラも頷く。目を見据えて、ピエールを見やる。
「だが、その時は‥‥」
 ガルラの言わんとする事に、ピエールは重苦しく頷く。
「その時は、以前と同じ様に、我らの最後のチャンスとなるはずだ」

●待ち人
 静かな街並も、街の中心近くとなれば、多少の喧騒はある。
 カレンの家の二階。ジャネット・路馬(gz0394)はカレンと向き合い、テーブルについてお茶を楽しんでいた。
「――ねぇ、ジャネットはジャンの事どう思ってる?」
 談笑の最中、カレンがそう尋ねた。
「え?」
 手に持つカップをテーブルに下ろす。カレンが続ける。
「あなたのお兄さんの事」
「‥‥ジャン兄さんですか?」
 紅茶の入ったカップを手の中で弄びながら、言葉を探す。
 ――ジャン・路馬。
 亡くなった兄さん。とても優秀で、皆の――勿論、私も含め――憧れで、尊敬の対象。
 今も、それは変わらない。けれど、
「もう、何年も前になりますから。美化しちゃってる気もしますね。本当は嫌いな部分とかもあった様な気がしますけど、――けど、やっぱり今も尊敬してますよ」
「そう」
 ひとつ笑みを浮かべると、テーブルの上、自らの作ったクッキーを口に運び、おいしい、と自分で褒める。
 ジャネットはそんなカレンの様子に苦笑を浮かべながら、紅茶を一口飲む。
 カップをテーブルの上に戻すと、少し首を傾げながら、
「けど、なぜそんなことを聞くのですか?」
「うふふ‥‥今教えて上げてもいいのだけど――ちょっとの間だけ内緒」
 カレンはしっとりとした微笑みを湛える。

●参加者一覧

キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
ジン・レイカー(gb5813
19歳・♂・AA
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER

●リプレイ本文

●失い人
 ジャネット・路馬(gz0394)は、目を白黒させてカレンが部屋に招き入れた人物を見た。
「やあ、久しぶりだね。‥‥と言っても、俺自身が会うのは初めてなんだけどね」
 少しだけ肩を竦め、男が言う。
「さて、カレンがどうしてもって頼むんでね。少しばかりお邪魔させてもらうよ」
 かつて失ったはずの兄の顔が、艶やかな笑みを湛える。

●街中での戦争
「――君は友人が敵に回ったらどうするのかね?」
 天野 天魔(gc4365)は、ランドクラウンの運転席からバックミラー越しにガルラに視線を投げかける。
「討つにしろ翻意を促すにしろ、覚悟だけはしておくといい」
「あんたに心配されるまでも無いよ」
 顔の割れているであろうガルラとレイテを後部座席にブラインドで隠し、天魔、御沙霧 茉静(gb4448)、リズィー・ヴェクサー(gc6599)の五人は、車で街中を走り抜け、カレンの家へと向かう予定だった。
 敵が既に街中に居る事を考慮して囮も兼ねている。今頃は先発した別班が下水を通り先にカレンの家へと向かっているはずだ。
「ねぇねぇ、このままお家に向かうの?? 囮になるなら、工場跡とか空き地とか行くのはどうかな☆」
 リズィーが後部座席から身を乗り出して提案した時、突然にタイヤが撃ち抜かれた。激しく揺れる車。
 天魔はハンドルをとられ舌を噛みそうになる中、咄嗟に右手の歩道へと頭から突っ込む形で車を急停車させる。
 全員が敵襲を考え車から出れば、一人の年若い女が無線を片手に歩み寄ってきていた。
「運転手のお前、ジャン様のシナリオの外でうろちょろ嗅ぎ回ってる奴だな?」
 言葉と共に向けられる銃口。その行動と口振りから強化人間だと皆が認識する。
 おそらく無線は、増援を呼んでいるのだろう。
 即座に行動を起こしたのは、天魔だ。空に超機械「ライジング」を向け威嚇射撃を放つ。
 放たれた閃光に白昼起こった事故へと集まっていた人々の好奇の視線は、天魔にくぎ付けになる。
「只今より我々は戦闘に入る。我々は敵の殲滅を最優先にするよう命令を受けている。だから巻き込まれて死にたくなければ逃げるといい」
 もう一発。それが本気だと知れると、周囲に居た人々は甲高い悲鳴を上げて逃げ始めた。
「舞台は整った。狂騒劇の開幕といこう」
 天魔が大仰な仕草を強化人間に向け宣言する。――宣言の終りと同時に、茉静が迅雷で駆けた。
「一般人に被害は出させない‥‥」
 一息に強化人間の懐に飛び込むと、茉静は目にも留まらぬ速さで天照を振るう。狙いは強化人間の持つ拳銃。それは無用な流れ弾での一般人への被害を防ぐ事、そして、
「私は貴方の命も奪うつもりはない‥‥」
 相対する強化人間の無力化を図る事。
 だが、拳銃という狙いは小さく、強化人間は余裕を持って躱す。その上で、懐からナイフを取り出し、逆に茉静に反撃を繰り出した。
「お邪魔するのよーっ」
 リズィーは自らがメリッサと名付けた超機械「ビスクドール」から電磁波を放ち、脇から強化人間の反撃を阻害する。
「ガルるんとぐんそーもよろしくなのよ☆」
 リズィーの言葉を了解して、ガルラが強化人間のみを狙って制圧射撃を加えれば、強化人間はその手を引っ込めて攻撃を耐え受けるしかない。
 動きの止まったその隙に、レイテが瞬天速で茉静の加勢に、飛び込みざまの一撃を加える。
 街を狂い騒がせる戦争劇は、始まった。

●喧騒の下を通り
 キア・ブロッサム(gb1240)は貸与された地図を確認しながら、下水の中、ランタンを持つ那月 ケイ(gc4469)と並んで仲間を先導して歩いていく。
「今、囮班からの連絡があった。向こうは早々に強化人間の護衛と交戦しているとの事だ」
 手元の無線、応答を返したジン・レイカー(gb5813)が内容を皆に伝える。
「敵の注意が囮班に向いているうちに、俺達も急いだ方がいいな」
 皆の後ろ、天羽 圭吾(gc0683)が後方を警戒しつつ言う。下水の出口からカレンの家まで、今なら他の護衛に見つかる事も少ないだろう。
「もう‥‥着きました。ここ‥‥です、ね」
 先を行っていたキアが立ち止まり、上、下水の出口となる蓋を見上げる。地上を行くよりも多少時間はかかったが、地図上、カレンの家から近く、裏通りに面した下水の出口へと辿り着く。
 キアが先行し、隠密潜行を使用して身を隠しながら出口より地上へ出る。
 周囲に怪しげな人や敵は居ない。それを確認したのち、他の者を招き、地上に引き上げる。
「では‥‥私は、予定のポイントに‥‥」
 皆をキアはそこから、カレンの家ではなく、対面の家屋裏口へと向かう。狙撃を行う為だ。幸いにして、対面の家屋はつい先日まで軍の方で護衛と監視に使っていた部屋があった。
 キアと別れ、傭兵達は裏通りの物陰からカレンの家の様子を覗く。付近に車等の足となる乗り物は乗り付けてない様だったが、家の玄関前、そこに煙草を咥えた優男が一人立って壁に凭れかかっている。
 圭吾が事前にガルラから話を聞いた限りでは、カレンにああいった男性との付き合いはないはずだった。であれば、敵の強化人間と予測がつく。
「敵は先に着いている様だな」
 出した顔を引っ込めつつ、圭吾がぼやく。
「急がねばならんか‥‥。なら、ここは強引に行くべきだと思うんだが」
 大神 直人(gb1865)が皆に提案する。
 内部がどのような状況になっているにせよ。敵が先に着いているなら急いだ方がいいのは確かだ。
「確かに、のんびりやっている間に敵の増援が気づいて戻ってくるのは怖いね」
 他に強化人間の姿が見えない事を考えると、囮班の方に増援に行ったのかもしれない。これを無視し、知れずに中に潜入したとして、中で戦闘になれば挟み撃ちになる可能性もある。今がチャンスである事に違いは無かった。
 方針は決まった。傭兵達は一気に行くタイミングを図る。
 そして、優男が囮班の方へ目と意識をやったその瞬間、直人が先陣を切り、正面から迅雷で駆ける。月詠を抜き放ち、斬り下ろしに躍りかかる。その動きに合わせて、ジンが死角から回り込む。優男が直人の不意打ちを避けたところ、獅子牡丹で横合いから一撃に剣閃を走らせる。
 強化人間が二人の攻撃を間合いを取る様にして躱したところへ、即座にジンのソニックブームが放たれ追撃に迫る。
 避けきれず衝撃波をその身で受け止める強化人間。
 攻撃を受け止めきった強化人間が反撃に移るその出足を、圭吾が制圧射撃で足を止め、ケイが銃で牽制しながら盾になる為、前に出る。強化人間は取ろうとした行動のことごとくを封じ込められる。
 強化人間はイニシアティブを取られ、後はもう、一気にたたみ込まれた。


 襲撃班が戦闘を開始したその頃、囮班の方の戦闘は終わりを告げていた。殺さず倒した強化人間からは武器が取り上げられ無力化されている。今は、茉静とリズィーが情報を聞き出そうとしていた。
 付近に向けては、天魔が敵の増援を警戒して、またガルラとレイテがそれを手伝っている。
「どうか、ジャン・路馬について聞かせて欲しい‥‥」
 茉静が真摯に、本当に強化人間の命をも心配している様に尋ねる。
「ね〜ぇ? 貴方に指示した人のこと、教えてっ?」
 茉静に続けて、リズィーも優しく問うが強化人間は口を割らない。リズィーは、そう、と一つ笑う。
 そして、強化人間の指を一本無理やりに逆方向へと曲げた。くぐもった悲鳴を強化人間は飲み込んだ。茉静は目を背ける。
「教えてくんないとやなのよー?」
 情報を得る為に仕方ないという建前の下、リズィーはその行為に楽しみを覚えながら尋問を続ける。
「‥‥何故、彼はジャンさんの姿を取って、カレンさんの前に現れたの‥‥?」
 茉静の問いの間も、強化人間はリズィーに指を何本も折られるが、頑なに喋らなかった。
 しかし、両の手の指が逆に曲がる頃‥‥不意にひとつ歪な笑みを浮かべる。
 訝しげに思うリズィーと茉静。

 ――強化人間は自爆し、二人を巻き込んだ。

●相対
 カレンの家、傭兵達が階段を駆け上がる途中、大きな爆発音が聞こえた。
 訝しみつつも傭兵達が部屋に突入すると、
「随分早かったね」
 正面、優しげな微笑みで出迎えるのはジャンだ。家の外での戦闘音は聞こえていたのか、カレンはジャンの傍に、ジャネットは二人から距離を置き、扉のすぐ手前に居た。
 開いた扉にジャネットが目を向ける。
「大神君か? どうしてここに?」
 何も聞かされていないジャネットが、立て続けに起こる出来事に疑問符を浮かべて尋ねる。
「それについては後で。まずは目の前の敵です」
 直人が答えながら、ジャネットとジャン達の間に割って入る形で立つ。
 残りの傭兵達が部屋の中に入るのと同時、ジンが先手を取って仕掛けた。
 横薙ぎに払いくる斬撃に、狭い部屋の中で回避は難しいと判断してか、ジャンはジンの攻撃を避けず、片手に持つナイフで受け止め捌く。その反撃に、受ける反対の手でジンの手を取ると、捻り、足払いと加えてジンを床に叩き伏せた。
 倒れたジンに対してナイフが振り上げられる。圭吾は素早く咳払いをする。援護に仕掛けてくるのかと、ジャンの注意が一瞬逸れる。
 咳払いは閃光手榴弾の合図。投げられたそれに、圭吾から周知されていた傭兵達は咄嗟に閃光から自らやジャネットの目を守る。
 虚をつかれジャンが視覚を潰されている間に、ジンは素早く引き、間合いを取った。
「流石にヨリシロが相手じゃ分が悪いか‥‥」
 強化人間との戦闘もあった。消耗した状態に加えてこの人数、戦力も不足している。
 視覚は潰したが、二度は通じないだろうし、すぐに回復する。ジンは討伐は無理だと判断する。
 間合いを図る様な静寂の中、ケイがジャンに寄り添うカレンを真っ直ぐに見据え、語りかける。
「事情は聞きました。俺だって、大切な人達を失いました。だから‥‥あなたが彼に縋りたくなる気持ちは分かるつもりです」
 言葉を切る。息を飲み、視線は逸らさずそのままに、
「――でも、死んだ人間は戻って来ない」
 言う。
「目の前の彼が何なのか‥‥あなたも能力者なら、もうわかってるんじゃないですか‥‥?」
 ケイの説得に、だが、カレンは頭を振った。
「‥‥彼は、以前のままの彼よ。‥‥そこに違いは無いわ」
 初めは弱弱しく言葉を紡ぎ、
「‥‥ねえ? 貴方には、彼がどう目に映るの? ‥‥姿形、仕草、話す言葉までが一緒の彼を‥‥貴方はどうやって別人だと言い切るの?」
 次第にケイを責める様に語気を荒げる。そんな彼女をジャンが押し留める。
「――カレン。そこまでにしときなよ。君の決断は、君自身にしか理解できないものだ」
 カレンの耳元で囁く。その言葉がカレンに響き、カレンは糸が切れた様に眠りについた。ジャンが彼女を抱き上げる。――なんらかの能力の様だった。
「幾つか聞きたい事がある。いいか?」
 直人が二人の様子を窺いつつ尋ねる。
「俺の用事はもう済んだのだけど‥‥余興程度になら」
「では、聞こう。まず、レイテ軍曹に交渉を持ちかけるように指示したのは貴方か?」
「それはイエスだね。他には?」
「態々、回りくどい手を使って此方の戦力を引き抜くような手を使うのか?」
「手段じゃなくて、目的でもあるからね」
 相手は確実に言葉遊びをしている。だが、
「目的と言うなら‥‥わざわざそんな格好でこんな所に来て‥‥それは何が目的だ?」
 ケイが示すのは、ジャンという姿の事。質問をを続け、会話を引き延ばす。時間を稼ぎ、後続の仲間達の到着を待つ為に。
「彼女に会う事だけが目的だよ?」
 ジャンは腕の中眠るカレンに目を落とし、微笑む。
「ならば、その質問を少し変えさせてもらおう。何の目的で、カレン氏に接触したのか?」
 ケイの言葉を継いで直人が問う。
「‥‥今も愛しているから、といえば満足かい?」
 その言葉には嘲弄する響きがあった。愛しているという言葉、それが嘘である事は明白に聞こえる。
 この質問は、はぐらかしてまともに答える気はない様だった。
「では、もう一つ、貴方はガルラや大尉とどういう関係か?」
「両方とも昔馴染みだな。命のやり取りをした事があるくらいのそんな仲だね」
 ジャンは肩を竦め、窓の外を覗く。対面の家屋で、キアが引き金を引こうとした瞬間、すぐに頭は引っ込んだ。焦っては‥‥駄目‥‥です、ね、とキアは自分に言い聞かせる。
「――さて、そろそろいいかな?」
 一瞬だけ確認した窓の外は、天魔の宣言の下に広がったパニックに加え、突然の爆発に怯えた人で溢れかえっていた。
「街もいい具合にパニックになってきたようだから、失礼させてもらうよ」
 カレンを抱え上げると、窓から身を乗り出す。
 キアがその機を狙い、今度こそ、と引き金を引く。頭部を狙って放たれた銃弾は吸い込まれる様にしてジャンの額へ。だが、FFに阻まれ、勢いを全て殺されて銃弾は地に落ちていった。
 ジャンは向かいのキアに微笑みを返すと、地面に飛び降り、瞬天速か、それ以上の速さでもって道を駆け出す。
 キアがそれを追い、幾発かの銃弾を彼に向けたが、それらの追撃は全て躱された。
 ジャンの傍を走っていた少年が突然の銃声と抉れた地面に悲鳴を上げる。
 パニックになって逃げる人々を利用して、ジャンは自らの身を隠していく。
 射線上、一般人が邪魔でジャンにそれ以上の銃弾は届きそうになく、また、すぐに射程外へと逃げ出された。

●去り行く道に
 騒ぎに紛れ、走り去る途中、突如、人の間隙をぬって横から襲い来た銃撃にジャンは身を翻し避ける。
「よぉ、久しぶりだな。クズ野郎。カレンは置いてけよ」
 人ごみに紛れてジャンを撃ったのはガルラだった。
「――やあ、こうして直接会うのは何年ぶりかな、ガルラ。けど、君の頼みとはいえ、それは聞けない相談だね」
 ジャンの目の前、そこには天魔とガルラの二人のみ。レイテは重傷を負った茉静とリズィーを背負い、先に撤退している。
 二人は人に紛れて強化人間から身を隠しつつ、カレンの家に向かうところだった。
「そこまで歩く手間が省けたな。君に一つ聞いていいか?」
 天魔に問われ、ジャンが片眉を上げて首を傾げる。
「どうぞ?」
「君が主演兼監督でよいのかな? それとも他に監督がいるのかな?」
 目的とするジャンを目の前にし、天魔はそう問うた。
「はは。面白い事を言うね。確かに監督は俺だよ。――けど、主演は俺じゃない。彼女達さ」
 腕の中の女性、それと少しだけ後方に目をやる。
「さて‥‥そんなところでいいかい? 護衛が頑張ってくれたおかげで、君達はぼろぼろのようだし。後ろの人達が来る前に倒してしまってもいいのだけど‥‥」
 柔らかな微笑み。虫を殺すかの様に、そこに殺意は混じりもしない。
「まあ、それはまた今度、共に演じる舞台があれば、だね」
 言って、ジャンは軽く屋根へと駆け上がる。
 二人が後を追うも、その姿はすぐに見えなくなった。