●リプレイ本文
●工場内
狼が入口から流れ込んだ人の匂いに気づき唸り声を挙げる。洋人形の形をした物体が浮き上がり、その濁ったビー玉の様な瞳を中を窺ったガルラに向けた。
先頭に居たガルラが舌打ちをし、牽制射撃を放ちながら内部に侵入。傭兵達がそれに続く。
「あーぁ。なんかもう開けた瞬間から敵とか‥‥」
工場内の左右に展開しながら、黒瀬 レオ(
gb9668)がうんざりと息を吐く。
「これまたでっけえお人形さんだな」
守剣 京助(
gc0920)が聖剣「ワルキューレ」を構えながらドールワームを見据える。
工場奥の巨大な人形二体、その周囲で唸る五匹の狼。そして、工場の至る所から集まりつつある無数の鼠。
「しかも、僕の嫌いな洋人形。‥‥手加減、出来ないからね」
レオが紅炎を片手に、冷徹に、口を笑みの形に歪める。
「――傭兵部隊【戦竜】隊長、日野 竜彦‥‥推して参る!!」
DN−01「リンドヴルム」に身を包んだ日野 竜彦(
gb6596)が狼たちを迂回し、反対側に回り込む様にして先陣を切っていく。
「童心に帰ってお人形遊びでもしてみるか。命懸けのな!」
竜彦に続いて、京助を初めとした傭兵達がそれぞれの敵を狙って動きだした。
●湧き出る鼠
周辺の至る所から湧いて出てくる鼠を相手に、ガルラは銃を構える。並ぶ天野 天魔(
gc4365)はドールや狼の動向に気を配りながら、横目にガルラを見る。
「ガルラ。ところで君は唄才はあるか? あるなら聞き苦しい唄を聴かせると思うので謝っておこう」
「唄才? そんなもんねえよ。知り合いは歌が好きだったが――結局あたしには分からなかった」
近寄る鼠を銃弾で薙ぎ払いながら答える。
「そうか。それと君は何を報酬に取引を持ちかけられた? 答えたくないならそれでいいし、気を悪くしたなら謝罪する。なんなら一発殴っても構わんよ」
天魔の言葉に、ガルラは鼻で息を吐き、ねめつける。
「――いい度胸じゃねえか。後でぶん殴ってやるから、今は目の前の敵をなんとかすんだよ!」
ガルラが天魔の背を叩き、送りだした。
天魔が走る脇、寄ってくる鼠にガルラの制圧射撃が襲う。動きの止まった、その間に天魔は前方の鼠達を飛び越え、集団のほぼ中央へ。
「才無き者の愚唄だが畜生には充分だ。眠れ」
着地と同時、天魔が喉を震わせ、低く響く子守唄を歌う。唄はエミタを通し、鼠達を眠らせる。バックステップに鼠達を起こさない様にその場から飛び退りガルラの元に戻る。
「次だな」
同様の事を繰り返し、二人は増える鼠を端から眠らせていく。
●五狼
「調査だと聞いていたのに、――嫌になりますね!」
春夏秋冬 立花(
gc3009)が小銃「S−01」を構え、狼や鼠に向かって制圧射撃を加える。
その威嚇を受け、狼や鼠が怯む。
「動きが鈍りましたね――」
敵の動きが止まったのを見計らい、新居・やすかず(
ga1891)は、長弓「橙」に番えていた弾頭矢を狼へと放つ。
放たれた矢は眉間を射抜き爆発。頭を吹き飛ばされた狼の死体が一つごろりと転がる。
爆発と同時に、レオとレイテが正面から狼二匹に間合いを詰めている。
「先ずはこっちを片づけよう」
レオが言いながら、豪破斬撃を発動。紅炎の刀身が淡い赤色の輝きを放つ。
「エスター、とどめ!」
「ええ!」
迂回して回り込んだエスター・ウルフスタン(
gc3050)がランス「エクスプロード」の穂先を狼の心臓に狙い合わせ、
「LEADY FOR DETONATION――GAE BOLG!!」
突き出されたそれは狙い過たず、狼の心臓を貫き――爆発。狼の胸部が弾け飛ぶ。
「ふ‥‥っ!」
頽れる狼の身体の下から引き抜いたエクスプロードを払い、エスターは身体を横回転させながらサイドステップ。エスターと共に一回転したエクスプロードはそのまま、
「今度はこいつよ、レオ!」
前に詰めて来ていた狼を穂と柄の側面で弾き、レオの前に押し出す。
「任せて!」
強引に押し出された狼に合わせて一歩踏み込み、赤く光る紅炎を横薙ぎに振るう。
狼のその身が、真横に一閃されその場に落ちた。
か細い断末魔の悲鳴。レイテと戦っていた狼がそれを聞き、残りの一匹と合流し体勢を立て直そうと後ろに引く。
「予測しやすいですね――」
合流し、二匹が連携しようとしたその瞬間、合流位置を予測していたやすかずの放った弾頭矢が一匹の狼の眉間に突き立ち、爆発する。そして、
「よし、残り一匹! さっさとやっちゃうわよ!」
エスターが最後の一匹を見据えて、エクスプロードを構え直す。
●Little Ladies
「しかし、レディーの足元をうろちょろするってのは、どうにも絵面が悪いね」
覚醒した旭(
ga6764)が剣で仕掛ける為、普段より幼いその身を躍らせ、正面、ドールの足元へと駆け接近していく。
ドールがフェザー砲を撃つ。正面、縦に地面を割るその光線は、旭ではなく、後方の京助へ。京助がワルキューレを盾にし、身を隠す。盾とした剣の端から光線の余波が漏れ、京助の肌を僅かに焼く。
「丸腰‥‥なわきゃねえよな。ひらひらした服の下に何か隠してるのか?」
剣の陰から姿を現し、京助は盾としたワルキューレを今度は武器に構える。
「――はっ!」
正面から接近する旭と、反対側に回り込む竜彦を援護する為に、ソニックブームを牽制にドールへ。
衝撃波を受けてドールの揺れる服の合間から中が垣間見える。
「プロトン砲‥‥?」
足元に接近した旭には、背が縮んでいる事も相まって、ドールの服の下がよく見えた。呟き、危険を察して避けようとする旭。だが、プロトン砲の砲口の奥、そこには淡紅色の光。
「‥‥う、あ‥‥っ!」
警戒せずに足元に近づいていた旭は避けきれず、眩い淡紅色の光と、地面の削れる轟音の渦に飲まれる。
プロトン砲の砲撃は、足元に居た旭を飲み込んだのみで、他の傭兵達を巻き込まずに床を焼くに留まった。
しかし、旭の身に危険は続く。プロトン砲の横に並んだレーザーガトリング砲が旭を追撃し、その身体を射抜く。焼かれた身体をなんとか動かし、身体を射抜かれながらも、旭はその範囲から逃れる。ドールの下半身武器の射角は狭く、足元付近にしか撃てないようだった。
「大丈夫か、旭!」
庇う様に京助が前に出て、小銃「S−01」で牽制し旭と共に距離をとる。
「ちぃ、人形らしさの欠片もねえ攻撃だな。もちっと可愛らしい攻撃は無いのかね」
自らに練成治療を行う旭を背に、京助がドール達に牽制を続ける。
「なんか、ヒラヒラした服って隠し武器とかありそうだと思ったらやっぱりか‥‥!」
旭の治療の間、反対側に回り込んだ竜彦は京助と挟み撃ちにドール達を相手どり、注意を引きつける。
竜彦の方へ向くフェザー砲。ドールがフェザー砲を撃とうとした瞬間を狙って、竜彦は自らをドール二体の間へ置きつつ、発射口に向けてクルメタルP−56で銃撃する。だが、銃弾は口の周りを叩くのみで、僅かに狙いは逸れ続ける。
「く‥‥っ」
しかし、その銃撃で竜彦を狙うフェザー砲の照準は少しずれ、リンドブルムの腕を焼くだけに済む。
二体の間で同士討ちを狙うが、ドールは5mの高さから地面の竜彦を狙う為に、フェザー砲は地面を焦がすのみで、後方のドールを焼くことはない。
反対側のドールも腕を焼かれた竜彦を挟み撃ちにフェザー砲で狙う。寸前、発射口付近にやすかずの射た弾頭矢が着弾し、放たれた光線は外れ、目の前、もう一体のドールの衣服を焼き切る。
焼かれて、露わになった衣服の下に足はない。代わりに1m程の金属の筒が二本。
「あれは‥‥?」
素早く次の矢を番え、再度発射口を狙い射ながら、やすかずはその筒の正体を探る。
再度のやすかずの一撃にプロトン砲を隠し持つドールの動きが止まる。
「今です!」
その隙を狙って、立花が【OR】トリコロールからワイヤー付きの矢を射出、衣服の襟に引っ掛けた。瞬天速で勢いをつけながらワイヤーを巻き取り、ドールを駆け上がっていく。
登りきると、服の襟に掴まりながらワイヤーをドールの首に巻きつけた。そして、腰に引っ掛けていた弾頭矢の束を素早くまとめて、
「これをどうぞ!」
ドールの口、フェザー砲の発射口に突っ込んだ。フェザー砲の発射と共に弾頭矢の束が爆発。SES兵器を介さない弾頭矢では威力が出ないが、怯ませる事は出来る。
狼と戦っていた班は鼠の対応に回るレイテと分かれ、ドールとの戦いに加わってきた。
集まる仲間達を眼下に、立花は旭が治療を終えて立ち上がるのを見て取り、にっこりと微笑む。
「さて、反撃開始といきましょうか!」
立花がワイヤーをもう一方のドールに射出。乗り移ると、先程と同様にワイヤーをドールの首に巻きつける。
二体の首に巻き付けたワイヤー同士を繋ぎ、動きを阻害する。
「さてと、今回がこいつの試し斬り‥‥のつもりなんだけど宙に浮いてるってのはやり難いな――けど‥‥っ!」
焦げて動かなくなったリンドヴルムの片手とは反対の手で、竜彦は紅炎を握り助走をつけて飛びあがり、ドールのプロトン砲を斬る。
燃える様な刀身が砲塔を駆け抜け、陽炎の様な揺らめきの軌跡から下半分がずり落ち、床に突き刺さる。
重心がずれ、ドールの体勢が崩れる。
「あーもう、触れるのもゾッとする‥‥けど、これで終わりだ」
体勢を崩したその一瞬を狙って、レオが続く。床に突き刺さったプロトン砲の残骸を駆け上がり、先端で跳躍。両断剣・絶で輝く紅炎を下からドールの心臓部へ突き入れる。
ドールの駆動音が停止し、床へと落ちていった。
床へ落ちるドールに引き摺られたもう一方のドールは、身体を捻り、金属の筒から発したレーザーブレードでワイヤーを切る。その動きに振り回され、立花は何度も振り落とされそうになるも何とか踏ん張り留まる。
眼下で、旭と京助の準備が整ったのを目の端に、立花は残りの弾頭矢をまとめて手に取り、ドールの口に突っ込んだところで、立花は振り落とされた。
空中で身動きの取れない立花の真下、落下していく先にドールのレーザーブレードが待ち構える。咄嗟にワイヤーを射出し、落下軌道を変えようとするも、レーザーブレードの方が先に迫る。
「そうはさせません」
やすかずが行動の機先を制する様に放っていた弾頭矢が金属筒に当たり僅かにずれた。ずれた隙間に立花は、身を躍らせて着地する。
「後は頼みます、旭さん!」
視線の先には、ワルキューレを下段後方に構える京助と、そのワルキューレの剣の腹に乗る旭。
「はっはー! 俺たちも決めるぜ! 飛べ旭!」
「ああ!」
京助がワルキューレを思い切り振りまわし、旭をぶん投げる。旭は投げられる力を利用して、高く、高く飛ぶ。
飛び上がった旭を追う様にドールがその口を向ける。が、
「その弾頭矢、よく噛んで味わうんだねっ!」
脚甲「インカローズ」を付けた足でドールの頭を踏みつけ、もう一度跳躍。光線を放とうとしたフェザー砲が弾頭矢により爆発を起こす。
「さて、必殺技行ってみようか」
空中で体勢を立て直しながら、聖剣「デュランダル」を袈裟斬りに構える。
『Maximum Charge』
デュランダルに取り付けられた【OR】OCTAVESが人工音声でスキルの発動を告げ、剣身が光に包まれ、輝いていく。ドールはフェザー砲を撃ち、レーザーブレードで上空の旭を斬りつけるべく身体をまた捻ろうとする。だが、
「はっはー! よそ見してんなよ! 遊び相手はこっちにも居るんだぜ!」
旭に合わせて京助も強刃を発動、ワルキューレを逆袈裟に振り上げソニックブームを飛ばす。レーザーブレードを発する金属の筒が、旭に向けられる前に衝撃波に斬り落とされる。
そして、旭のデュランダルの輝きは剣身を全て包み最高潮に、
『Light Bringer!!』
OCTAVESの掛け声とともに、旭はデュランダルを振り下ろす。デュランダルから飛んだ衝撃波が、ドールの上半身を襲う。衝撃波は衣服を破き、装甲を削り、貫き、ドール上半身を斜めに両断した。
壊れたドールの残骸が宙を舞い、床に散らばっていった。
●それは、帰路であり、岐路。
沸き続ける鼠を残し、工場を後にする傭兵達。工場のある街を離れ、鼠の追手が無いことを確認して、付近に隠した車の元へと向かう。
「指揮官もなく、これといって残っている物もないようですし、放棄した拠点を利用して敵を誘き寄せる罠だったのでしょうか?」
やすかずがガルラに問い掛ける。
「いや、あいつなら――」
ガルラが頭を掻き、やすかずはその表情を読み取って続ける。
「――或いは、最初からそのための場所なのかもしれない、ですか?」
「だな‥‥」
ガルラとやすかずが、調査結果を議論するその後ろ、
「‥‥人形、こわい」
「もう、情けないわね、レオ」
レオがぼそりと呟き、エスターが呆れた目で見る。
四人の後方でレイテと天魔はまた別の事を話していた。
レイテの妹について、だ。
「――レイテ、君達の選択が正しいかどうかは妹が死んだ時に出る。君達が自らの選択を誇れば正しく、嘆けば誤りだ。果してどちらか、楽しみだな」
(この男は‥‥っ)
いつもいつも、余計な一言を言わなければ気が済まないのか、とレイテは苛立ちを隠さずに天魔を睨みつける。そこへ、立花が後ろから並んでくる。
「そういえばお話聞きました」
立花は会話に割り込みながら、微笑みかける。
「よかったですね。妹さん。強化人間になれば助かる可能性があるわけですね?」
問われ、レイテは首を傾げる。それはそうだが、レイテが強化人間にはならないと決めた為に、妹は強化人間になり助かることは無くなった。
それがどうしたのかと思っていたら、立花はこう続けた。
「――つまり、向こうの技術が手に入れば助かるかもしれません。希望はまだありますよ?」
「あ‥‥」
レイテは珍しく、間が抜けたような口を開いて、声を洩らす。
その様子に、天魔はにやりとした笑みを浮かべた。
「そうだな。チューレで得た強化人間技術が妹が死ぬ前に実用化され、妹が強化手術を受けて助かれば――答えがでるのは数十年後になるな」
立花から目を移し、レイテは天魔の方を見る。レイテにはそれが、本当に可能かどうかは分からない。けれど、矛盾の中にあり倦み始めた心に、希望を灯すにはそれで十分だった。
「だが、手術には莫大なコネと金が必要だろう。だから今は大尉の仕事を続けて金を稼ぎ、軍に恩を売っておくといい」
「ええ。そうね」
くすりと笑う。そして、
「二人ともありがとう」
妹に見せたような、優しい、彼女本来の笑顔を二人に見せた。
立花とレイテが並んで先を行き、天魔は二人の少し後方で足を止め、工場のあった方を見やる。
「舞台裏で脚本家同士の暗闘か。面白い」
不敵な笑みを浮かべ、天魔は再度歩き出した。
――表の幕間劇は終り、劇は再開する。それは悲劇か、それとも喜劇か。
いずれにせよ、まだ次の幕が上がるまで時間はあった。