●リプレイ本文
●説明の後の部屋にて
ジャネットの敬礼を受けた傭兵達は、目をまん丸くして互いに顔を見合わせる。
そして、何人かが闊達な笑いを上げた。ジャネットは敬礼をしたまま一人きょとんとわけが分からないといった顔をしている。
笑いが止むと、まずは守原有希(
ga8582)が口を開いた。
「こういう時の為のLHですよ、少尉」
そう言って有希は優しく微笑む。それに幡多野 克(
ga0444)も続く。
「少尉‥‥俺達に頭を下げる必要‥‥ないです‥‥。傭兵として‥‥仕事をするだけだから‥‥。部下を‥‥大事にしてあげて下さい‥‥」
無表情で淡々とした喋り方だったが、その声音は優しい。
「少尉さん‥‥男って色んな意味で馬鹿なんですよ? 覚えとくといいです」
御闇(
gc0840)が間延びした口調で男の悲しい性を述べる。
「そうです。見事に女軍人に弱いメンズが大集合ですよ、少尉殿。――それで、時間がよろしければ、少し寛いでいきませんか? なにせここ華が無くて、私、悲しかったもので」
鈴葉・シロウ(
ga4772)がコップを差し出しつつ誘うと、まあ、少しだけなら、とジャネットは受け取った。
「‥‥それじゃあ、互いの相方はそんな感じでいいですか?」
大神 直人(
gb1865)が言い、それぞれ相方となる相手と向き合う。そんな中、シロウは自分の相方であるイオグ=ソトト(
gc4997)を見て少し溜め息を吐く。
「ええ‥‥女の子がいないのにこだわってたって」
「おいらは重いが、離脱の時は頼むぜ。シロウ」
イオグがシロウと力強く肩を組む。
「ふふ‥‥明日には命を懸けた戦闘に出なければならないというのに楽しげだな」
ジャネットは傭兵達のやり取りを見て、頬を緩めた。
傭兵達の前に、新兵たちへ明日の作戦を説明してきたが、新兵の顔にあったのは、命を失うことへの恐怖だけだった。‥‥この傭兵達にはそれがない。いくつもの戦いを潜り抜けてきた経験から来る余裕だろうか。彼らの顔は恐怖と無縁なように明るい。
(心の余裕か‥‥)
ジャネットは、コップに映る自分を見つめた。
「少尉、少しお借りしたいものがあるのですが」
「ん‥‥ああ、何かな?」
呼ばれてジャネットは顔を上げた。
狭霧 雷(
ga6900)が軍用の携行無線機を借りたい旨を伝える。
「囮作戦では、連携が大切でしょうから。定期報告があるだけでも、違うでしょうしね」
「そうだな。では私の方から申請を――」
雷の理由に納得し、ジャネットは承諾しようとした。が、
「――貸し出しは却下だ、少尉」
ジャネットが入り口の方へ振り返れば、大尉が立っていた。
「大尉」
大尉はツカツカと歩み寄ってくる。
「我が軍からこいつらには十分な報酬を支払っているのだぞ。ならば、依頼の遂行に必要なものは、自前で用意してしかるべきではないかね」
「ですが、大尉。作戦に必要なものであれば我が軍から貸し出しても――」
パン!
少尉が言い終える前にその頬を大尉が平手で張った。
「くどいぞ、少尉。上官の命令だ」
言い、大尉は部屋の中を睥睨する。
「――なんだ、傭兵ども、軍の規律に文句でもあるのかね」
部屋の奥から向けられた視線を受けて、大尉が睨み返す。
「ふん、どんな奴らかと思って来てみれば‥‥なんだ、女みたいな奴もいるではないか。見るからに寄せ集めの貴様らに囮が務まるのかね?」
「疑似餌になるくらいならお安い御用です。ですが――」
シロウが勿体ぶったように身振りをして、不敵に笑った。
「疑似餌になるのは構わんですが、別に倒してしまってもいいのでしょう?」
その台詞に、大尉は額に青筋を浮かび上がらせる。
「能力者めが驕りおって‥‥KVもない貴様らにそこまでのことができるものか」
「それでは、できるのであれば作戦目的を我々だけで達成しても構わないんですね?」
直人が念を押すように尋ねた。
「――できるものならやってみろっ!」
大尉は踵を返して、部屋から出ていく。
「まったくでかい口を叩きおって‥‥明日の作戦の後も叩けるでかい口があるといいがな‥‥ッ」
部屋の外から大尉の捨て台詞が聞こえてきた。
その後、少尉は自らの身を心配してくれた傭兵達に大丈夫だと言って、去っていった。
「まったく、下種な軍人もいたもんですね‥‥」
少尉が去ってから、秦本 新(
gc3832)は呟く。
「こうあからさまなものを見ると、普段どれだけ優秀な方々に指揮を執っていただいているか実感しますよね」
隣に居た雷も、同意するように眉をしかめて苦笑した。
●砂漠の上で
自らの前と左右を見渡して見えるものは砂、砂、砂。後方に展開されたUPC軍の部隊だけが、自分達のいる位置を確認させてくれる。しかし、それも陽炎の向こう側に揺らいで見える不確かなものだ。
照りつける太陽の陽は強く、能力者といえど少し暑さを感じる。汗がにじり出る。
手拭いで額の汗を拭いつつ、有希は他の皆に説明をしていた。
「昨日の夜のうちに、偵察部隊の方々から聞きだした情報によればそんなところですね」
トカゲ型キメラの大きさは2m前後。砂色の鱗で巧妙に砂の中に隠れ、獲物が近くを通るのを待って狩りをする。前足で砂を掘り進むが、それ程深いところまでは潜らず、注意して見れば、不自然な砂の盛り上がりを確認できるという。そして、キメラの総数が9体であることも判明しているとの話だった。
偵察部隊から聞き出せた情報は、少尉から渡された資料よりも余程詳細な情報だった。そこで、有希が偵察部隊に事情を尋ねてみると、大尉から古い資料の提出を命ぜられたことも話してくれた。
「どうやら、少尉へ渡された資料にも多少の細工がしてあったようです」
これを少尉の迂闊ととるか、大尉の狡猾さととるかは判断の分かれるところだろう。
だが、大尉の執拗なまでの少尉への仕打ちは好ましいものではない。
「あ〜、俺からも一ついいですかね? 皆さん、少尉さんに集中砲火の射程範囲を区切ってもらいましたよね? 万が一の離脱の際は参考にしてくださいね? 余計な怪我しちゃうと少尉さんがアレですし‥‥絶対喰らうなヨ?」
御闇の言葉に皆は頷く。そして、ブリーフィングで決めた相方同士で散開し、捜索を開始した。
「そこに、居る」
髪を銀に変貌させた克が20m先に不自然な砂の盛り上がりを見つけ、仲間へトランシーバーで連絡を取った。
「飛び出した奴から始末してやるぜ」
相方から連絡を聞いたイオグがライフルの銃口をそちらへ向ける。
「弾頭矢、いきます!」
位置を確認した有希が、弾頭矢を投擲する。本来の使い方では無いから、爆発するかは運次第だが――、その為に三本束にしているのだ。爆発と共に、獣の吠える声が聞こえた。キメラが三体、砂の上に姿を露出させる。
「餌役はお任せあれ」
一番近かったシロウへと三体のキメラが襲いかかっていく。その突進を躱し、両手のツインブレイドで回転するように一体を切り刻む。
数度の斬撃にもかかわらず、キメラは倒れない。止めは、迎撃に駆けつけた克が刺した。
倒した一体を足場にして、克は次のキメラの側面へ飛ぶ。
「心を無にし、ただ振り抜くのみ!」
キメラの横腹へと必殺の一撃を加えた。キメラが苦しそうに悲鳴を上げる。
側面から一撃。二撃。急所に叩き込まれた二つの斬撃により二体目のキメラは絶命する。
「二体目!」
残った一体が仲間を襲った人間に敵意も露わに牙を剥く。だが、その牙は克を捉えられない。かき消えるようにして克が側面へと回り込む。
深手を負い、逃げようと砂を掘り始めたキメラの前に有希が立つ。
「遅か! 潜る前に斬り捨てる!」
有希が放った最速軌道の斬撃にキメラの前脚はズルリと断ち切れる。
砂へと潜るための足を失いながらも、キメラは暴れる。しかし、その暴れる手足を縫い止めるように小銃で打ち抜かれ、止めにその眉間をライフルの弾が穿って、キメラは動かなくなった。
「飛び出した奴から始末するっておいらは言ったぜ」
ライフルの引き金から指を離しながら、イオグが歩いてくる。
「これで三体ですから残りは六体ですか?」
新は構えた小銃を下ろしつつ、残りの数を計算する。
「この程度の相手なら殲滅できるだろ」
直人が攻撃性を顕わにして、方針について述べた。
「あちらはどうやら片付いたようですね」
「できれば、細胞のサンプルを採取しに行きたいですが‥‥いるのですね?」
「ええ、近くに。――今のうちに皆さんに連絡を取っておきましょう」
戦闘から少し離れた場所で雷と御闇が会話する。風によるものとは違う、砂の崩れるような音を雷は聞きとっていた。キメラが砂中を移動しているのだろう。
仲間へ連絡を終えると、雷が厳しい顔つきになった。
「‥‥音がこちらに来ます」
直後、雷と御闇の付近の砂が大きく盛り上がり、四体のキメラが姿を現す。囲むように襲いかかる四体の爪を、雷は躱しきれずに一薙ぎ食らう。傷は浅いが、逃げ場を失うのは厄介だ。
雷は超機械をクリスダガーに持ち替えながら、一体を後方へ蹴り飛ばす。そして、手近に居た一体の喉元へとクリスダガーを突き立てた。
御闇も四体の内の一体と格闘している。4対2という不利な状況。
――そこへ、克と新が駆けつけた。
「こっちに四体居たんだね」
克が駆けつけ様に、三体のキメラを分断するように斬り込む。
1対1であれば、この程度のキメラに後れを取る傭兵達ではない。瞬く間に、キメラは数を減らし、残り一体となる。
「逃しませんよ‥‥!」
砂の中へと逃げる一体へ新が銃撃を加える。だが、新の銃撃を受けてもキメラは砂へと潜った。
「イイコですから出てくるんですよ?」
キメラの潜った辺りに御闇が弾頭矢を投げる。爆発。砂が吹き飛び、キメラが見える。
「さらに、もう一度でどうですっ!」
新に再度銃撃が加えられる。キメラは、息絶えた。
キメラが全て動かなくなったことを確認して、皆が一息つく。
「おや、他の皆さんは?」
「向こうで残りの二体を見つけて今倒しているよ」
雷と克が会話をする頃には、もう向こうも最後の一体へと大詰めに入っていた。
最後のキメラは、仲間を倒され4人もの能力者に囲まれた末に、その場から逃げだそうとしていた。
「逃がさねえよ」
直人の一撃がキメラの脇を斬る。最後の一体もその一撃で息絶えた。
●戦闘から戻って
「遅い‥‥! あの傭兵どもは、何をやっているのだ!」
傭兵が囮となってキメラを連れてくるのを待ちわびて、大尉は周りに当たり散らしていた。
「大尉! 傭兵達が確認できました! し、しかし――」
「しかし、なんだ!?」
「はっ! それが‥‥」
戦闘後、傭兵達と少尉は、人払いされたブリーフィングルームへと大尉に呼び出された。そして、大尉は、少尉に向かって先ほどから散々罵声を放ち続けている。
「――少尉! 傭兵だけで殲滅させたのは、君の指示かね!?」
大尉がドンと机を叩いた。顔を真っ赤にして、大尉は怒っていた。
囮の傭兵のみでキメラを殲滅されて、大尉が立案した作戦を真っ向から無視された形になったのである。自らを無視されることがひどくプライドを傷つけたのだろう。
少尉は傭兵達の前に立ち、大尉の正面でじっと罵声を聞き続けていた。
(‥‥彼らに責任を押し付けることは容易い。目の前の男が私にしているようにすればいい。だが、彼らは非難されるような結果を出したのか? むしろ、この結果はより良いもののはずではないか? ならば、私がすべきことは――)
「――そうです、大尉。今回彼らがしたことは私が指示を」
「庇わなくていいですよ、少尉。――殲滅させてしまったのは、我々の独断、そうとってもらってかまいません。大尉」
新がジャネットの言葉に割って入った。ジャネットの言葉を待っていた直人も、やれやれといったように、これに続く。
「大尉、作戦前に俺達は確認したはずです。作戦目的を我々だけで達成してしまっても構わないか、とね」
傭兵達がそれぞれに頷く。証人はここに居る皆だ。
「き、貴様らへの命令は、囮になれということだ。それが作戦目的だ!」
「た、大尉?」
大尉の言動を受けて、少尉は困惑の表情を浮かべた。
なおも食い下がる大尉の前に、有希が進み出る。有希は大尉に一枚の紙を差し出した。大尉が訝しげに、紙を見る。
「大尉。正式な契約書のコピー、ULT発行です。依頼の本作戦目的は敵殲滅。本来の目的完遂に何の不備が? ――見苦しいですよ」
大尉はぐっ、と押し黙る。が、それでもまだ睨み返した。
「き、貴様らがきっちりと囮をしなければ、作戦中に友軍に被害が出る可能性が――」
「被害は‥‥出てない」
克が大尉の言葉を封じるように答えた。
「そ、そうだ。き、貴様らは言われるがまま囮になっていればそれでよかったのだ! い、言われたこともできん間抜けどもが、く、口答えを!」
「おいおい。言われたとおりに仕事をしただけだぜ。結果があんたの気に食わなくても、間抜け呼ばわりされる筋合いはないな」
イオグが腕を組み、大尉を見下ろすように言う。
2mを超す巨漢の迫力に、大尉が一歩後ずさった。
「い、いいだろう。今回は多めに見てやる!」
大尉は踵を返し、部屋から立ち去ろうとする。
「大尉、どちらへ?」
「――不愉快だ! 後の始末は、少尉、君がしたまえ!」
「――さて、まずは、ありがとうと言うべきかな?」
「いえいえ。お礼を言われることではありません。ですが、まあ、代わりに私達とデートかお食事にでも行きませんか?」
「それはいいですね。私もご一緒しましょう」
「それでしたら、私もついでに少尉さんにお願いがあるんですけど? 対人戦闘教えてくれません? 俺の体術って喧嘩の延長なもんで、鍛えて欲しいな〜って?」
それぞれに言いたいことをジャネットへ述べていく。
その光景にジャネットは口を押さえて笑った。傭兵達はぽかんと見やる。
「い、いやすまん。‥‥くくく、お前たちはいつもそうなのか?」
余程おかしかったのか、目の端に涙を浮かべてすらいる。
「いや、はは、ありがとう。私なんかを誘ってくれて。リップサービスにしても嬉しいよ。‥‥私もそれくらいの余裕を持って軍人としてやっていきたいものだな」
ジャネットは敬礼をする。最初とは違い、今度は楽しげな笑みを浮かべて。
「ご協力感謝する。傭兵諸君。いつか、また同じ戦場で会おう」
向きを変え去っていく。その途中、
「それから、御闇君。喧嘩の延長などと謙遜はいいよ。能力者の君に今の私が敵うわけがない。こう見えても私は負けず嫌いなんでね。いつか、もっと強くなってから挑ませてもらうとするよ」
そう言い、後ろ手に手を振りながら、ジャネットは傭兵達と別れた。
後に残された傭兵達は顔を見合わせる。
「そんなつもりじゃなかったんですけどねぇ?」
それぞれの気持ちを、御闇が代弁した。