タイトル:白いベッドの上の少女マスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/06 13:48

●オープニング本文


 明滅する機械光。機械光が、暗闇の中にぼんやりと一人の青年が浮かび上げる。黒髪の長髪、黒い瞳、長い睫毛の美男子。女性と見紛う美貌、東洋系のその顔は、若く瑞々しさに満ちている。
 青年はUPC軍の士官服に身を包み、物憂げにソファに座っていた。
 何をするでもなく、ゆったりとソファの深みに身を沈め、その視線は、機械光の届かぬ闇の向こうに向けられている。
「――さすがに気づいたかな?」
 一つ息を吐き、ソファの肘かけに頬杖をつく。
 伏せ目がちの瞼はしっとりとした湿気を帯び、男性とは思えぬほどに仕草が艶っぽく見える。
「けど、気づいていたとしても、俺の次の一手は、君の知らない一手だ」
 目の前のテーブルの上、大尉やジャネットの駐屯する基地周辺の地図が広げられ、その上にいくつかの駒が並べられていた。
「ガルラと違い、この駒は揺らいでいるし、どうなるのだろうね?」
 基地から少し離れた都市に、女性の形をした駒が置いてある。
 その駒を、青年は摘み上げた。明かりに翳して、駒の裏を見やる。
 駒の裏には名前が書かれていた。
 その名前は――レイテ・スレイ。レイテ軍曹のフルネームだ。
「さて、奪らせてもらえるかどうか‥‥」
 駒を地図上の都市の上に置き直し、
「楽しみだよ」 
 男にしては妖艶な、妖しい色香のある笑みを口の端に浮かべた。

●病院
 開いた窓から風が流れ込み、少女の金色の髪を優しく撫でる。長く伸ばした髪は、ベッドの上に広がり、薄手のカーテン越しに揺れる太陽の輝きを受けて、波打つように煌く。
 色の白い少女は、病室という場所にあって、より一層儚げに映った。
 窓から差し込む陽は優しく、薄手のカーテンを通って少女に降り注ぐ。
 窓の外の木に留まる小鳥の囀りが、窓越しに響き心地良い。
 北半球の季節は冬だが、この辺りは西の海から運ばれてくる風が暖かく、温暖な気候だ。
 起きたものの少女はすることがなく、もう一度寝ようかと思った。
 だが、その時、部屋の扉がノックされる。ノックの音に気づき少女は首を傾げた。
 検診にはまだ早い時間のはずだし、今日、誰かが会いに来る予定は無かったはずだ。
「どうぞ‥‥?」
 首を傾げながら、少女は外に待つ人物に中へ入るよう促す。
 扉を開けて入って来た顔を見て、少女は花の様な笑顔を浮かべ、嬉しそうに胸の前で手を折り合わせる。
「お姉ちゃん――」
 そう呼び、少女が迎え入れた客は、レイテだった。
 レイテは、普段とは異なる温かな微笑みを浮かべる。
「久しぶりね、オーヴィエ。なんだか、会いたくなって来ちゃったわ」
 花をその手に携えて、レイテが部屋の中へ入って行く。
 ベッドの上の少女、オーヴィエが嬉しそうにはにかんだ笑みを見せる。
「どうしたのお姉ちゃん? 会えるのはもうちょっと先になるんじゃなかったの? お仕事の方は大丈夫なの?」
 嬉しさを隠しきれずに明るい笑顔を向けながら、矢継ぎ早に質問する。
 訊きたい事も話したい事も山ほどあったが、姉が突然来訪するのは珍しく、まずは真っ先にそれが気になった。
「あら、オーヴィエは会いに来てほしくなかったの?」
 ベッドに歩み寄り、レイテはベッド横の戸棚の上、飾られた花瓶の横に花束を置く。
 オーヴィエがレイテを嬉しそうに目で追い続ける。
「ううん。そうじゃないけど、わたしは会いたくても我慢できるから‥‥その、お姉ちゃんは無理しなくていいんだよ?」
「もう、オーヴィエはいい子ね。大丈夫よ。本当にオーヴィエの顔が見たくなったの。無理しても会いに来たくなっちゃうくらいにね」
 レイテはオーヴィエの頭を撫でる。
(‥‥そう、あたしがこれからどうすべきか、それを考える為にもあなたに会いたかったの)
 押し隠した本心をレイテの顔が少しだけ険しいものになる。しかし、目を瞑り、撫でられるままになっていたオーヴィエには見えなかった。

 ――オーヴィエの余命は、一年を切っている。

●悲鳴
 それは本当に唐突だった。
 病室で和やかに談笑をしていたレイテとオーヴィエの所に悲鳴が届いたのだ。
「きゃっ!?」
 絹を裂くという表現がぴたりと合うその悲鳴に、オーヴィエが身を強張らせる。
「下の階からのようだけど‥‥」
 レイテが気になり、立ち上がりかけた時、不意に館内放送が流れた。
『病院の全ての人間に告げる。この病院は我々が占拠した』
 突然の宣言。病院内のほとんどの者が耳を疑った。
『助けを呼んでも構わない。しかし、君達は我々の目的が達成されるまで、解放される事は無いだろう』
 その簡潔な宣言はすぐに終わり、放送は途切れた。
「‥‥」
 ほとんどの者が耳を疑う中で、一人レイテは鋭いで病室の外へ目を向けていた。病院の館内放送を使用しているという事は、すでにそれらの設備が放送の主によって制圧されているということだ。――つまりは、最悪の事態が想定される。
(けれど、なぜ、この病院を‥‥?)
 疑念が残る。そして、それはレイテの表情に現れ、顔を厳めしく歪める。
「‥‥お姉ちゃん‥‥?」
 オーヴィエがレイテの顔に怯えたように服の裾を引っ張った。
「オーヴィエ、ごめんなさい。お姉ちゃん、軍人のお仕事をしなくちゃ」
 レイテは、優しく、オーヴィエの髪を撫でる。
 オーヴィエの不安が少しだけ取り除かれ、頬を緩める。
「‥‥うん」
 ちょっと悲しそうにオーヴィエは頷いた。
「がんばってね、お姉ちゃん」
 心配はやまないが、それでも気丈に、オーヴィエはレイテを送りだそうとする。
 それを見てレイテは、心配を取り除くように微笑んだ。
「大丈夫よ、オーヴィエ。お姉ちゃんはこれでも強いんだから」
 レイテは、携帯していた拳銃を片手にオーヴィエに手を振り病室を出ていく。

 病室を出て、レイテは無人の廊下を進んだ。
 廊下を進む内、病室の中から顔を覗かせる病人も居たが、レイテが拳銃を構えている事を見るや、覗かせていた顔をさっと引っ込める。ざわついた雰囲気が病院内に充満している。まだ、病院内を完全に制圧された訳ではないようだった。
 廊下を進み、中央の非常階段へ向かう。中央へ続くT字路。角からそっと顔を覗かせる。
 ‥‥人はいない。いや――
「――ッ」
 覗いた先ではなく、背後。そちらからの気配に気づき、銃口を向ける。
「あれ? 気づいたんだ?」
 そこには剣を片手にした少女が立っていた。オーヴィエに似た金髪の少女。
 年恰好も同じ位で、しかし、こちらの少女の方がオーヴィエよりも活発そうに見える。
「ねぇ、あんたもしかして、レイテって言わない?」
「‥‥あなたは誰なのかしら?」
 引き金を引くタイミングを計りながら、レイテは逆に問い返す。
「あたし? あたしはただの伝言係。やっぱりあんたがレイテだよね? あんたに伝える事があって来たんだけど‥‥」
 少女は肩を竦めながら言った。そして、
「――なあ、あんた、強化人間にならないか?」

●参加者一覧

大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
八房 太郎丸(gc0243
20歳・♀・DF
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
リリナ(gc2236
15歳・♀・HA
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER
ギン・クロハラ(gc6881
16歳・♀・HA

●リプレイ本文

●突入前
 病院の占拠により、街は騒がしい雰囲気に包まれていた。その中をジャネット・路馬(gz0394)に先導され傭兵達は進む。時間のロスを少なくするため、内部での状況の推移、作戦の擦り合わせを歩きながら行っている。
「これが地図ね。ありがと」
 事前に手配していた病院内見取り図のコピーを路馬から受け取り、八房 太郎丸(gc0243)は礼を言う。
「病院の占拠に人質‥‥なのに要求はなし‥‥か。何か裏がありそうだが」
 配られた地図のコピーにシクル・ハーツ(gc1986)も目を落としながら、訝しむ。説明や地図からは、何の変哲もない病院にしか思えない。
「レイテさんもいるのですよね‥‥病院にいると言う事は誰かのお見舞いか何かなのですか?」
 リリナ(gc2236)が路馬に訊く。
「ああ、報告では家族の見舞いだと聞いている」
「だったら早く助けに行かないと‥‥っ」
 路馬の言葉に、焦燥感を露わにするリリナ。その頭にレインウォーカー(gc2524)が軽く手を置き、落ち着かせる。
「最悪の事態にならない事を願うよ。頑張りなよ、リリナ」
 いつもの気だるげな雰囲気はなく、真剣に、レインウォーカーはリリナに声をかけた。
 皆が纏まり進む中、ラナ・ヴェクサー(gc1748)は一人後方に外れて俯き歩く。
「民間人は全て助ける‥‥強化人間は全て殲滅します‥‥」
 感情を一切出さない様に、自らへの暗示をかける。
 強化人間への感情に流されて判断を誤れば、民間人に被害が出る。ミスは犯せない――。

●正面口突入
 病院に着く前に、傭兵達は建物への侵入班と、敵の陽動を担う囮班に分かれた。
 正面入口の太郎丸、レインウォーカー、シクル、ギン・クロハラ(gc6881)は、バリケードを突破し、囮となる者達だ。
 バリケードの前、ギンが地面に手を当て、バイブレーションセンサーで振動を捉える。
「大丈夫です。この向こう側に人は居ません」
 ギンの言葉に、皆がそれぞれの配置で突入態勢を整える。
「こっちは準備が整った。突入するからね」
 太郎丸が無線で侵入班に連絡を入れる。
 それと共にシクルは和弓『雷上動』に弾頭矢を番えた。爆発によってバリケードの構造物が奥のロビーまで吹き飛ぶ事のない様に、狙いはバリケードと接した壁近く。その端から横にバリケードを吹き飛ばす。
「まずはこれで‥‥!」
 狙いを定め、放たれた弾頭矢は、狙い通りバリケードを横に吹き飛ばす。突入口が作り出された。
 その突入口へまずは、太郎丸とレインウォーカーが飛び込み、吹き飛ばされたバリケードの残骸を乗り越えて中へ突入していく。
 バリケード周辺を包む爆煙を駆け抜けると、ロビーが見える。武装している強化人間は三人。
 起きた爆発に対し、強化人間の一人が応援の要請を行い、他の二人が武器を構え臨戦態勢を取る。臨戦態勢を取って前に出た強化人間二人に太郎丸とレインウォーカーが間合いに詰める。
 前に居た強化人間がレインウォーカーに斬りかかる。
 レインウォーカーはその斬撃を夜刀神の刀の腹で受け流し、更に懐深くへ。密着する程に近づき、刹那による蹴りで相手の体勢を崩す。
「嗤え」
 レインウォーカーの夜刀神が黒色の煌きを残して円を描いた。回転と共に胸を斬り裂かれ、強化人間が呻き声を上げる。
「文句は言わせない。覚悟はあったんだろぉ」
 嘲笑う様に笑みを浮かべたレインウォーカーの後ろから、太郎丸がもう一体の強化人間へと向かう。
 待ち構えていた強化人間が剣を横薙ぎに振るう。それを太郎丸は義手の黒金の夜叉で受け止め、そのまま火花を散らして加速。
「どっせいっ!!」
 両断剣を使用することで赤色に包まれた義手の拳をアッパーにぶち込む。顎を的確に捉えられ、強化人間が後ろに仰け反った。そのまま間合いを離されない様に踏み込み、仰け反った隙を狙って、側面へと回り込みサイドスープレックスで強化人間を投げた。
 強化人間が床とぶつかり、赤いFFの輝きを放つ。床に衝突したダメージはFFによって防がれたが、人質から強化人間を引き離すことはできた。
 二人が突撃し注意を引きつけている間に、爆煙に身を隠してシクルがロビーの柱の陰へと隠れる。
「人質は‥‥よし」
 3人目の強化人間、そいつが応援の要請を終えて、人質の方へ駆け寄るのが見えた。敵の注意が太郎丸達に向いているのを確認し、柱の陰から弓で敵の手を射抜く。
 意識外の方向から手を射抜かれ動揺した強化人間に、シクルは迅雷で一瞬にして間合いを詰める。風鳥を抜き放ち武器を持つ手を斬り落とす。
「すぐ助ける。身を低くしていてくれ。‥‥いくぞ!」
 後ろに民間人を庇いながら、風鳥を構え、強化人間と対峙する。
 戦いが始まり、ロビーの更に奥、別の入口で見張っていた強化人間達が、仲間の応援に駆けつける。
 敵は、ロビーへと引きつけられていった。

●侵入
 建物の裏手、正面口の方から、爆発音が響く。直前の無線で連絡を受け取っていたラナが目で合図を送る。天野 天魔(gc4365)とリリナがバイブレーションセンサーを使い、周囲に人が居ない事を確認する。部屋の窓を大神 直人(gb1865)が割って、中に侵入した。
 確認通り、部屋の中に人の姿は無い。直人の手招きで、続けて、ラナ、天魔、リリナが病院の中に侵入する。
 事前に見取り図で、カメラの位置は確認している。カメラの死角になるルートを選択し、一行は進んだ。目指すは、フロア東側の非常階段。非常階段の入口付近に設置されたカメラを直人が壊し、屋上へ向かって一気に駆け上っていく。
 屋上の強化人間は、ロビーからの連絡を受けて、周辺の警戒を強めていた。
 自然、建物内部、屋上の入口への警戒は薄れる。
 屋上の扉からラナと直人が飛び出し、背後からリリナと天魔が超機械で援護する。
 二人の超機械による攻撃でその場に縫いつけ、左から直人が、右からラナが一息で強化人間の懐まで飛び込む。
 直人が刀で腕を斬るのと、ラナがイオフィエルの爪を心臓に突き刺すのは同時だった。
 強化人間が血を吐き倒れる。
 瞬く間に屋上を制圧した傭兵達は、階下へと降りていき、上から順に制圧していく。
 フロア東側の非常階段のドアをこじ開け、4階の廊下に出る。カメラに気をつけながら、東から中央へと向かう。そこにちょうど車椅子で病室から顔を覗かせるオーヴィエが居た。 病室を出て行ったきり戻らぬ姉を心配して動いたのだった。
 武装した傭兵達を見て、オーヴィエは勘違いし、怯えた顔を見せる。しかし、
「あ、あなたたちは、お、お姉ちゃんをどうしたんですか‥‥っ」
 勇気を振り絞り、彼女は傭兵達を睨み据えた。

●制圧
 1階見張りの強化人間のほとんどはその場で倒すしかなかったが、最後の一人だけは無力化した。少しでも凄惨な場面を見せない様にと配慮した為だ。
 戦闘後、傭兵達はさりげなく人質の中に強化人間が紛れこんでいないかチェックしたが、人質の中に紛れこんでは居らず、強化人間達は病院の占拠後に、人質に紛れ不意を打ったり、逃走を図るつもりが無いようだった。
 強化人間の脅威が排除された事を確認し、人質の保護のため、レインウォーカーが無線で軍の部隊を内部に呼び込む。
「よし、後は上か!」
 シクルが軍の部隊に後を任せて、階段の方向に向かおうとする。
 その時、レインウォーカーが無力化し拘束されていた強化人間の挙動がおかしい事に気づく。
 咄嗟にその強化人間を蹴り飛ばし、民間人達と強化人間の間に立つ。
 ――直後、蹴り飛ばされた強化人間が爆発。
 レインウォーカーが自身の身体を盾として、爆風から民間人達を守った。
「最悪を想定しておいてよかったなぁ」
 背を焼かれながらも、作り笑いを浮かべた。

●4階
 フロア中央の非常階段前で、拳銃を手にレイテと強化人間の少女が対峙していた。
「その喧嘩、売ってなくても買ったぁ!」
 階段を駆け上って来た太郎丸が、空気を読まずに強化人間の少女に拳を撃ち込む。
 レイテと少女の間に割り込むようにして、太郎丸が拳を打ち鳴らす。
「今この場はあたしとあんたの喧嘩。それ以外に余計な修飾はいらない。ってね」
 それと、同時に、他の囮班の面々も四階に辿り着き、少女を囲う様に展開する。
「誤解を解いていて遅くなりました」
 散開した傭兵達の頭の上を駆け抜ける様にして、ラナが頭上から強化人間の少女に襲い掛かる。
 不意を突かれた一撃を受けながら、少女は後方へ跳び退り、間合いを取る。少女の前方、向こう側の通路から、侵入班の傭兵達が姿を見せた。
 少女は焦りを表に出し、眉間にしわを寄せる。
「まだ迷ってるのかよ。あんた」
 少女はレイテに向かって呼びかける。
「さっさと決めなよ。あんたがあたし達の仲間になるだけで、余命少ないあんたの妹の命は救われるんだぜ!」
「どういうことですか?」
 少女の言葉に、リリナがレイテに問い掛ける。レイテは戸惑った表情で押し黙った。
「ははっ、言えないのか? なら、あたしが代わりに教えてあげようか?」
 ラナと太郎丸の攻撃を受けながら、強化人間の少女は言った。
「その女が強化人間となって千人の人の命を奪うってんなら、そいつの妹を強化人間にして救ってやろうってんだよ。どうだ? いい話だろ?」
「下らん話に興味はない‥‥敵の言葉など罠ですよ」
 ラナが少女の言葉に聞く耳も持たず、戦闘を続行。右から牽制のナイフを投げつける。それを躱せば、左から来た太郎丸が殴りかかる。続く太郎丸の攻撃を避けようと、意識をそちらに向けた瞬間に、ラナは体全体で前へ飛び込むようにして身体を捻り込み、胴回し回転蹴りを少女の顔面に叩き込んだ。
 少女はたたらを踏みつつ、鼻を押さえて後ずさる。
「成る程。何の要求もないので疑問に思っていたがこれが目的か」
 通路のT字路中央から一歩も動かなかった天魔が、口を開く。
 そう、病院の占拠はこの為の時間稼ぎとカモフラージュにしか過ぎない。
 前衛のラナ達が少女を押さえている間、迷うレイテに傭兵達の視線が集まる。
 レイテは傭兵達から顔を背けた。
「妹が強化人間になっても必ず病気が治るとは限らないし、何時までも強化人間のメンテナンスを受け続けられる保証もない。たとえ治ったとしてもそこにあるのは血濡れの未来だけで妹の幸せはない。もし妹の幸せを願うなら血濡れになるんじゃなくて泥だらけになって願いを叶えるべきではないか?」
 直人がレイテの横に並び、選択した結果の未来について述べる。レイテが唇を噛む。
「たとえ強化人間になっても妹さんは助かりません。病による死からは逃れられても‥‥今度はバグアのために死ぬ事を強要されるのです。意思など関係なく、突然に、一方的に。一片の骨さえも残らないと、そう聞きました。その頃には、妹さんの死に何も感じない‥そんな貴女になっているでしょう」
 そこで息を継ぎ、
「――それが強化人間です」
 ギンは強化人間そのものから否定した。
「‥‥あなたは、妹と逆の立場だったら、そこまでして助けて欲しいと思うのか? そんなことを妹にして欲しいと思うのか? あなたはまだ間に合うんだ。‥‥私と違ってな‥‥後悔してからでは遅い‥‥」
 シクルが妹の立場になって考える事を勧める。
「レイテさんが何を本当は守りたかったのか。あたしには多分口を出す事は出来ないと思います」
 リリナが優しくレイテの手を握った。
「それでも、もし、レイテさんが妹さんの命を優先し千人の人を殺すと言うのなら。あたしはレイテさんに殺されます。あたしも育ての親を亡くしています。だから、多分あたしには止められないと思いますから‥‥。それなら‥‥」
 握った手を、その拳銃ごと自らの方に向ける。
「もちろん、覚悟はできてるのですよ」
 リリナの優しい笑みに、レイテが苦い顔をして握られた手を振り払った。
 惑いはより一層大きくなる。
「レイテ、自分の為に姉が手を汚していたと知れば妹は壊れるぞ。つまり君は妹の心と命どちらか一つしか救う事ができん。だから選ぶがいいレイテ、妹の命と心どちらを救うかをな!」
 叫び、だが、口の端を吊り上げて、天魔が笑む。その後に続く言葉は、
「‥‥と言いたいが選ぶのは君でなくオーヴィエだ。だから教えてやれ、オーヴィエ! 君に何の相談もせずに全てを決めようとした美しいが愚かな姉に君の答えをな!」
 天魔が仰々しく手を広げ、通路の奥から侵入班が遅れた原因を呼びだす。傭兵達に無理やりついてきたオーヴィエが車椅子を漕いで現れた。
 話を聞いていたオーヴィエは涙を目に浮かべる。
「お姉ちゃん‥‥やめてよ。わたしは‥‥そんなことして欲しくないよ‥‥」
「オーヴィエ‥‥私は‥‥」
 オーヴィエがぽろぽろと泣き崩れ、レイテは手に持っていた拳銃を取り落とす。
「――決まりだな。ところで少女、その素敵な提案は君の発案かい? それとも他に脚本家がいるのかな? いるなら脚本家と君の名を教えてくれないか?」
「やだね」
 少女は舌を出して断る。
「可哀想な人。貴女もいつか都合よく使い捨てられる。自分だけは違うだなんて保証は、何一つないのに‥‥」
 ギンが憐れむ様な目で少女を見た。
「憐れむんじゃないさ――それでも、捨てられるまでは、ちゃんと生きてられるんでね!」
 逃げられそうにもないと悟った少女は、死を覚悟して最期の戦いを傭兵達と繰り広げる――。

●すべてが終わって
 レイテは妹のオーヴィエが見送りに出たいと言ったので、厭々ながら、傭兵達の見送りに病院の入口まで車椅子を押して、出てきていた。
「余命が少ないと言うのならそれを素晴らしい物にすればいいのです」
 オーヴィエの手を握り、リリナが優しく微笑む。
「ま、妹さんとよーく相談しなさいな。人生は楽しく、それが大事ってね」
 太郎丸が、レイテの肩を叩き、病院を後にしていく。
「彼女が泣く事になる結果にならなくてよかったよ。出来れば、これからもよろしく頼むよぉ」
 レインウォーカーがレイテの反対の肩を叩き、手を振るリリナやラナと一緒に出ていった。
 そこから、少し離れた所で、直人が路馬に報告をしていた。
「――ジャネット少尉。事の顛末はそういう事です」
 全てを聞き終えたジャネットは神妙な顔をした。バグア側の思惑を知る事が出来る重要な情報だ。しかし、この情報の扱いは慎重に行わなければならない。他の隊員に気づかれればレイテ軍曹への不信が高まり、部隊の指揮はままならなくなるだろう。そして、
「最悪の場合、レイテ軍曹が軍を抜けざるを得なくなります。それは好ましくないと思うので」
 直人の指摘に、路馬も頷く。
「わかった。留意しておこう。伝えてくれてありがとう」
「いえ、それでは、俺もこれで失礼します」
 去り行く傭兵達の背を見送りながら、路馬が横目にレイテの様子を窺う。
 二人の仲睦まじい様子に、苦笑しながら、路馬はこれからの事に悩ましげに息を吐いた。