タイトル:【NS】暴風のシンディマスター:草之 佑人

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/26 11:05

●オープニング本文


 インディアナポリス中央を流れる南北に流れる川。
 その川は、インディアナポリスを東西に分け、UPCとバグアが一進一退の攻防を行う境界線ともなっていた。
 しかし、シカゴを拠点としたUPC軍は激戦を経て、――遂に川の東側を奪還する。
 未だ警戒態勢ながらも、多くのUPC兵に僅かな油断が生まれる。
 それがバグアに仕組まれた意図的な優勢状況だと、考える者は少なかった。

●補給線崩壊
 橋の上、一人の少女が、地面に手を当て、悩ましげな顔をしていた。
 首を右に左に何度も傾げ、うんうんと唸っている。
 やがて、
「――あはっ、ここだね」
 指でトントンと橋の一点を叩き、嬉しそうに笑う。
 少女――シンディは立ち上がり、裸足の足裏についた砂を少し払う。
「さってとぉ、やっちゃおっかぁ」
 両足を踏ん張るように構えると、横の地面に突き立てたハンマーを引き抜き、担ぎ上げる。
 そのまま、ハンマーを頭上高く掲げ、掌で一回転させると、ぎゅっと柄を握り締め、
「せーのっ」
 後ろへ軽く振りかぶり、橋に叩きつけた。
 シンディがハンマーを叩きつけた一点から、橋全体に縦横無尽にヒビが入り、硝子が割れる時の音に似た嫌な音が響き渡る。
 橋は逡巡するかの様にヒビが入った状態で固まり――やがて、轟音と共に崩れ去った。
「これで、橋はあと一つだねー」
 いつの間にか、シンディは橋のたもとへと移動し、橋の崩壊を逃れていた。
 シンディが橋の崩壊を眺めていると、背後から複数の人間の足音が近づいてきた。
「――なんだ? 今の音は」
 異変に気付いた傭兵の部隊だ。
 現場に近づくと、土煙を上げて崩れ落ちた橋の様子を見て、全員が驚愕の表情をする。
 そして、その手前、橋のたもとに巨大なハンマーを持つ怪しい少女。
「なんだ? 強化人間か?」
 橋の崩壊を少女が行ったものと仮定して、傭兵が言い、刀を抜く。
 その傭兵の言葉に他の者達も武器を構えて戦闘態勢を取る。
「んー。あたし強化人間なんかじゃないんだけどなー?」
 身構える能力者達に苦笑いを浮かべて、シンディはハンマーを軽く振り襲い掛かって行った。

●血溜まりの橋
 ――戦闘開始から数十秒もせずに、シンディと傭兵達の戦闘は終わりを告げようとしていた。
 その場に立っているのは、シンディと、傭兵が一人のみ。
 最後の一人となった傭兵は、震えながらシンディと対峙する。
 傭兵はぐっと奥歯を噛みしめ、恐怖を堪えて、
「うあああっ!!」
 全身全霊を込めた斬撃を繰り出す。
 だが、その一撃は一時的により赤く分厚く輝きを増したFFに阻まれ、シンディの肌に微かな痣を残すことしかできなかった。
「もう、危ないなあ」
 言葉とは裏腹に、別に何も危険を感じてない様に、シンディは自らの身長の倍程はあるハンマーを片手で振り上げる。
「なん‥‥で」
 自らに迫る死への恐怖に、傭兵は怯えながらそう問いかけた。
「うん? んー、何がなんでなのかよくわかんないよ?」
 シンディは小首を傾げた後、きょとんとしながらハンマーを振り下ろした。

 ――傭兵は潰れ、地面ごと陥没する。

 断末魔の悲鳴を上げる事も出来ず、その傭兵はただの血と肉の塊と化した。
 飛び散った鮮血が、シンディにかかる。
 シンディはそれを指で拭い、ぺろりと舐める。
「んー、今度のはちょっと脂っこいかなぁ?」
 叩きつけたハンマーの柄を手の中で半回転させ、肩に担ぎ直す。
 血の味を舌の上で味わいつつ、くすりと笑んだ。
 傭兵の血で出来た血溜まりに舌舐めずりをしながら、歩み寄って行ったその時、足裏に振動を感じた。
 小首を傾げ、シンディは足裏の感触を再度確かめると――
「あはっ、もうちょっと残ってんじゃーん?」
 嬉しそうに声を出した。にぃ、と口の端を吊り上げて、遠方を睨む。
「よーし」
 腰を落とし足の指で地面を掴み、力を溜める。
「もう一回、搾り立てのトマトジュースを飲むぞー」
 思い切り地を蹴り、シンディは飛び出していく。
 真っ赤なトマトジュースの様な血溜まりをいくつも残し、次の獲物を襲う為に。

●最後の輸送車
『マルサス少将、申し訳ありません。‥‥少し拙い事になりました』
 輸送部隊の隊長が無線で、後方の車両に通信を繋ぐ。
 その声色には、焦りの色が混ざっている。
『わざわざ輸送車に紛れての護送を行ったというのに、それが裏目になった様です‥‥我が部隊に迫る敵部隊が発見されました。間もなく戦闘が開始されます』
 輸送部隊の隊長にマルサス少将と呼ばれた老紳士は、輸送車の助手席に座り報告を聞いていた。片眼鏡の奥に、鋭くも知性を見せる眼差し。軍服に身を包みながらも、紳士然としたその居住いは、軍服があたかも礼装と見紛う程である。
 報告を聞き終え、マルサス少将は僅かに顎を引いて頷いた。
「――そうか。しかし、君が謝る事はない。この地は未だ戦場であり、移動に伴うリスクは私も承知の上だ」
 切れ長の瞳をやや細め、マルサス少将は片眼鏡の先に、通信機を見据える。
「‥‥であればこそ、輸送部隊の護衛には能力者の傭兵達を雇いリスクに備えた。ちがうかね」
 無線の向こう側で、輸送部隊の隊長は沈黙を守る。沈黙、つまりは肯定だ。
「‥‥よろしい。君達の任務は、輸送を確実に遂行する事だ。敵部隊との戦闘は傭兵達を信じて任せ、君達は己の任務に従事したまえ」
『――了解しました』
 一泊の呼吸の後、焦りの色を無くした声色で輸送部隊の隊長は返答した。
 通信が切れ、マルサス少将がずれかけた片眼鏡を直しつつ、背もたれに体重を掛ける。
 ドア側の窓、その外を見れば、敵部隊と向き合う傭兵達の背が見える。
「さて、回るホイールにボールは投げ入れられた。ベットも済んでいる。――後は君達がどのポケットに落とすかだけだ」

●参加者一覧

仮染 勇輝(gb1239
17歳・♂・PN
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
夜月・時雨(gb9515
20歳・♀・HG
黒木・正宗(gc0803
27歳・♂・GD
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA
ジェーン・ジェリア(gc6575
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

●展開
 東に向かう輸送車群の脇、南側にジーザリオが停められ、中から、護衛に当たっていた傭兵達が降りてくる。
「あらあら、橋での待ち伏せなんて古典的ですけれど、なかなかに楽しいシチュエーションですわね」
 皆が降りた後、最後に運転手のミリハナク(gc4008)がころころと笑いながら降りてくる。
「ふむ、随分と綱渡りを犯すものだね‥‥。まぁ‥‥その為に私達が居るのだけれども」
 流叶・デュノフガリオ(gb6275)が手を翳して影を作りつつ、敵影を確認している。
「‥‥ふん、どうにもお膳立てされたとしか思えない状況は嫌なもんだな」
 仮染 勇輝(gb1239)もまた、流叶と同様、戦況を把握しつつ嘆息を吐いた。
「まぁ、何であろうと輸送車を俺達が全力で守るってことには変わらないんだけどな」
 大神 直人(gb1865)がエネルギーガンを手に取る。
「それでどうやって守るー?」
 ジェーン・ジェリア(gc6575)がハテナマークを頭に浮かべながら言う。
「決まっていますわ。守る為には、敵をすべて倒してしまえばいいんですのよ」
 ミリハナクが炎斧『インフェルノ』を肩に担ぎながら宣言した。
 ジェーンが「おおっ」と頭に電球を点らせて掌を叩く。
「まずは『陣を穿つ』」
「‥‥両端のキメラから、だな」
 直人と勇輝が目配せし、左右に分かれる。瞬天速でキメラへと一直線に駆け出して行く。
「取りあえず両サイドは二人に任せようか」
 駆け去る二人と同様に、流叶が中央の強化人間目掛けて迅雷で駆けていく。
「ふふふ、それじゃ私達も行きましょう」
「おー! ぐれーとやまだ、いっくよーっ!」
 ミリハナクとジェーンが流叶の後を追いかける様に飛び出して行った。

●車両襲撃
 車両の北側からも敵部隊が迫る。こちら側には、立花 零次(gc6227)、赤木・総一郎(gc0803)、夜月・時雨(gb9515)の三人が展開していた。
「南側にも敵部隊が現れた様です」
 時雨が、輸送部隊の兵士と無線で得た情報を述べる。
「挟まれましたか‥‥」
 零次が北から近づく敵部隊の様子を窺いながら、盾を取り出し腕に装着する。
「前衛は任せてもらおうか」
 拳銃と盾を準備しつつ、総一郎が前へと進み出た。ピンを抜いていた閃光手榴弾を懐から取り出す。
「‥‥お願いします、赤木さん。私と夜月さんで援護しますので、輸送車への攻撃を封じてきて下さい」
「――善処する」
 総一郎は答えるとすぐに、閃光手榴弾を敵部隊に向かって投擲した。
 眩い光と、強烈な音により、敵部隊が目と耳を奪われる。接近までの安全を確保し、総一郎が走り出す。
 零次もまた、比較的安全なその隙に車両外部に兵士が取り付けるように作られた仕掛けに掴まり、超機械『扇嵐』で敵に狙いを定め始める。
「神の御加護を」
 時雨はガトリングシールドを構え、覚醒により左の瞳を照準器の様に変化させ、左右に広がる敵を捉える。
 目標を定め、時雨が敵部隊に制圧射撃を行う。一斉にばら撒かれた弾丸の嵐に敵部隊が晒された。
 時雨の制圧射撃を受けて、敵の出だしが若干鈍る。
 制圧射撃で敵の出鼻を挫き終えた時雨も輸送車の仕掛けに取り付き、零次の助けを借りて屋根上へと押し上げられる。
 しかし、その嵐の中を潜り抜けて、脇からキメラが最後尾の車両を狙い駆け寄っていた。
「抜かれたか‥‥。ですがソコで止めます!」
 零次は後続の輸送車に近づくキメラの周辺に超機械で竜巻を発生させる。発生した竜巻に、車両へ近づくキメラが切り刻まれ、息絶える。
 閃光手榴弾に目をやられた強化人間が、朧げにだが見えたその光景に舌打ちした。
「能力者か‥‥くそっ! 奴らに構わず輸送車を狙え!」
 護衛の人数から、戦力を見誤った強化人間達に僅かな動揺が走る。部下の強化人間に指示を出し、自らも輸送車に狙いを定める。
「そうはさせんぞ」
 閃光手榴弾に強化人間が目を眩ませている内に、総一郎が距離を詰めきった。強化人間の銃口の前にその身を躍らせ、盾を構える。
「なっ」
 その巨躯でもって肉壁となり、強化人間の射線を塞ぐ。輸送車両目掛けて放つ銃弾は、ことごとく総一郎の巨躯に阻まれる。
「身体を張ってまで守るのか貴様!」
「仕事だからな」
 叩き込まれた銃弾のお返しとばかりにフォルトゥナ・マヨールーを目の前の強化人間に撃ち込み返す。
 強化人間の一体を総一郎が押さえ、輸送車への銃撃を防ぐ。
 しかし、両サイドの二体の強化人間は輸送車の破壊へと動き出す。
 輸送車群に雨霰と放たれた銃弾が次々と輸送車を捉え、中央より後ろの二両は破壊される。前方の二両は先へ進み、中央にあったマルサスの乗る車両が集中砲火を受ける。
「ぐっ‥‥」
 零次が車両の代わりに敵の銃弾をその身で受け止め、血を流す。
「敵の目的が何であれ、守りきることが私の務めです‥‥」
 既に幾つもの銃弾が、零次の身体に食い込んでいる。
 輸送車を狙う強化人間達に、零次と時雨が各々の武器で反撃する。
 零次の竜巻が強化人間を覆い、時雨の銃弾が強化人間を穿つ。
 強化人間の銃撃を阻害するように攻撃を繰り返すが、輸送車という目標物は大きく、外れる弾は少ない。
 車両の脇を掠め、運転手側のサイドミラーを銃弾が砕く。
 無線を通じて、兵士の「ひっ」と息を潜める声が聞こえた。
「大丈夫、貴方達は必ず護る」
 守れなかった後続車両の残骸を脇目に、歯噛みしながら、時雨は答える。
 壮絶な撃ち合いの中、さらに側面から生き残っていたキメラが襲い来た。
「こんな時にキメラですか‥‥」
 手が足りない。
 総一郎は前線で強化人間を一体押し留めているし、零次は後方からの銃撃を受け止めるだけで精一杯、時雨も強化人間に弾幕を張るのをやめるわけにはいかない。
 側面からの攻撃に回れる人員が居なかった。すぐそこまでキメラが迫る。
「そちらのキメラは任せろ」
 声と共に、エネルギーガンのレーザーが上からキメラを撃ち抜き、足を止めた。
 ぎりぎりのタイミング。零次達の乗る車両を瞬天速で駆け上り、飛び越え、直人が現れた。
 上空で姿勢を制御し、一撃を撃ち込んだ後、キメラの前に着地する。
 南東のキメラを誰よりも早くに倒し、戦況を見た直人は、南側の優勢を把握し北側の援護に駆けつけたのだった。
 輸送車の一番危うい場面を直人に救われる。
 直人はエネルギーガンを目の前のキメラに向ける。牙を剥き、キメラが威嚇する様に吠える。
「輸送車をこれ以上は狙わせない、守らせてもらうぞ!」
 エネルギーガンが淡い赤色に輝き、レーザーが放たれた。

●シンディ
 強化人間達の中、流叶が撹乱した後、ミリハナクが暴風の様に暴れ、強化人間を斧で薙ぐ。
 強化人間は銃で斧の刃を受けるが、それを物ともせず、銃ごと叩き斬った。
 斧に付いた返り血を払い、次の強化人間へと目を向けかけた、その瞬間。
「まず一人、かな?」
「ミリハナク殿――」
 流叶の警告。声と共に頭上に迫ったハンマーにミリハナクは素早く反応し、斧で受け止める。
 地面が衝撃に耐えきれず陥没し、ミリハナクの足が沈み込んだ。
「可愛い娘ですわね。次のダンスのお相手は貴方かしら?」
 それでも、ミリハナクはその一撃を耐えきり、笑みを浮かべる。
「んー。ダンスじゃなくてお料理の手伝いならいいよ? お姉ちゃんでトマトジュース作ろ♪」
 シンディがにぱっと笑う。ハンマーを打ちつけている隙に、流叶が横から迅雷にて間合いを詰め、二刀小太刀で斬りかかる。シンディは身を捻って右手でハンマーを引き上げつつそれを躱し、斧を蹴って後ろに跳ぶ。
 着地点を狙って、ミリハナクが踏み込み、甲高い排気音と共に、石突で素早い打突を放つ。
 その打突を空いている左手でいなしながら、シンディは目の前のミリハナクと横に迫った流叶を纏めて薙ぎ払うべくハンマーを振りかぶる。
 振り回されたハンマーを流叶は大振りに避け、ミリハナクは数歩引いて鼻の先を掠めるぎりぎりの所からソニックブームで反撃する。
 シンディが衝撃波を避けた所に、流叶が回り込み、二刀小太刀による真燕貫突を撃ち込んだ。
 ――しかし、シンディはFFを強化し、ほぼ無傷でその攻撃を受け止める。

 流叶とミリハナクが戦う横で、ジェーンは強化人間が輸送車へ銃撃を加えようとするのを防いでいた。
「輸送車を狙ってないで、あたしと殴り合おうよー!」
 間合いを離し、銃で狙おうとする強化人間に、ジェーンは距離を詰め、剣での間合いに持っていこうとする。
「残りはお前一人だ」
 南西のキメラと強化人間を倒し、瞬天速で駆けつけた勇輝がその速度を乗せた一撃で、強化人間の手を斬り落とす。
 手を斬り落とされ、動揺した強化人間の動きが鈍る。
「あたしが、今出来る、一番の攻撃をくらぇー!」
 その隙を突いて、ジェーンが上段から剣で叩く。それを強化人間は銃で受け止める。しかし、その意識が上に向いた所をジェーンは逃さず、銃で足を撃ち抜く。手を失い、足を撃たれて強化人間は膝をついた。
 動きの止まったその瞬間を狙って、ジェーンが側面に抜けながら強化人間の首を狙う。
 強化人間は対応を取れずに、首を刎ねられ地に伏した。

 周りのキメラと強化人間が全滅する中で、シンディもまた、流叶とミリハナクに追い詰められていた。流叶が隙を作り出し、FF弱体化の為に虚実空間を使う。同時に、ミリハナクが流し斬りで側面に回り込み、FFが弱体化する瞬間を狙って斧を振り下ろす。
 だが、シンディは虚実空間の抵抗に成功した。
 振り下ろしたミリハナクの斧の刃が、FFで止まる。危険を感じ、ミリハナクが咄嗟に距離を取ろうとした時、
「つっかまーえた」
 シンディは足を伸ばし、ミリハナクの髪の端を足の指で掴んでいた。
 髪を掴んだ足を回し蹴りの要領で振り回し、流叶目掛けて投げ飛ばす。
 予想外の『武器』に、しかし、流叶は距離を測り冷静に避ける。
 その隙をついて、ミリハナクと流叶をまとめてハンマーで薙ぎ払ったが、流叶は咄嗟に迅雷で後ろに跳び退り、ミリハナクは空中で斧を盾にし、弾き飛ばされながらも致命傷を避けた。
 その一撃で二人との距離が開くと、シンディは、にぱっと笑って別の方向に振り返った。
「きみもトマトジュースになりに来たの?」
 時間経過に伴い、FFの輝きが元に戻っていく。視線の先には勇輝とジェーンが居た。
「出来ると思うか? なら、その自慢の小槌で地面にキスさせて見ろよ」
 勇輝が挑発する。勇輝は右手に逆手で持った刀を背中側に、切っ先がやや天を向くよう構え、左肩で体当たりするように跳躍。速度の遅いそれを笑みを浮かべて、シンディがハンマーを振り上げた。
 回転舞で、脚甲を空中に固定し、一瞬止まる。
 シンディがハンマーを振り上げた体勢のまま、タイミングをずらされ、さらにジェーンの援護が加わる。
 その瞬間を狙って、勇輝は今度は瞬天速で急加速。狙いはハンマーを振り上げた腕。
 緩急をフェイントに、真正面から最短距離を駆け抜け目にも止まらぬ斬撃を繰り出す。
「――水月」
 必殺の一撃に、シンディの振り上げた右腕が半ば以上斬り裂かれ、だらりと垂れる。ハンマーが手から滑り落ちた。
 しかし、
「残念。右手だけじゃないんだよ?」
 即座に左手でハンマーを拾い、そのまま横払いに勇輝を薙ぎ払う。ハンマーの直撃は避ける様に前へ、より支点となっている柄の部分で受け、振りきらせない様に。
 だが、その選択肢は誤りだった。
 間近に近づいた勇輝に、飛び上がる様にしてシンディの足が垂直に蹴り上げられ、勇輝の顎が真上に蹴り抜かれる。
 勇輝が意識を失い仰向けに倒れた。
 シンディは勇輝を潰そうとハンマーを振り上げるが、
「それはやらせないー!」
 ジェーンがハンマーを狙って、押し留める様に銃撃を加える。
「私もミリハナク殿もまだ死んではいないぞ」
 ジェーンがシンディを押し留めている間に、流叶が再度接近する。
 勇輝から引き離しつつ、流叶は、もう一度、虚実空間を使う隙を作り出す為に剣戟を繰り広げる。

●崩壊
 傭兵達が輸送車への銃撃を防ぐ様に弾幕を張り続ける。傭兵達は橋の手前で、彼らを食い止め、輸送車にそれ以上の接近を許さない。壮絶な撃ち合いの末、直人のエネルギーガンが強化人間を一体撃ち抜き仕留めた。
「後少し時間を稼げば‥‥」
 強化人間の一人が倒れ、輸送車を狙う銃弾が減り、圧力が弱まる。その頃には、マルサスの乗った輸送車が、橋の対岸に抜けていた。
 強化人間はそれ以上追って来ず、別の作業へと移っていくのが見えた。
「なんとか守り抜けましたか‥‥」
 車両への銃撃を、身を挺して防ぎ続けた零次は、満身創痍の状態だった。
 対岸に輸送車が抜けるのと同時、零次は血を流し過ぎて気を失う。取っ手を掴んでいた手から力が抜けた。
 輸送車から身体が離れ、落ちていく――だが、
「気を失うのはまだ早いです」
 時雨が落ち行く零次の手を掴み引き戻す。零次を屋根へと引き上げる。
 その様子をサイドミラー越しに確認し、マルサスは目を瞑り一息吐く。
「――配当は悪くないようだ」
 目を開けると、輸送部隊の隊長に通信を繋げる。
「戦場の傭兵達に撤退命令を出したまえ。無用な危険に彼らを晒すのは得策ではない」
 安全地帯に辿り着き、速度を上げつつあった輸送車の中、マルサスは撤退の指示を下した。

 流叶が接近戦で撹乱し、迫るハンマーに後ろに退けば、流叶の死角を潰す様にジェーンが援護しシンディの追撃を止める。避けた流叶の脇からミリハナクの衝撃波が飛ぶ。
 タイミング的に避け切れず、シンディはFFを赤く分厚く光らせ、衝撃波をFFで食い止めた。
 動きの止まったシンディに、流叶は二度目の虚実空間を試みる。
 今度は抵抗に失敗し、FFが弱体化した。
 流し斬りで側面に回り込んだミリハナクが渾身の一撃を振るう。シンディの身体を二つに叩き斬る真横の軌道。横っ跳びに躱そうとするが、遅い。
 遅れた対応に弱められたFF。シンディの身体がくの字に折れ曲がる程の威力でもって、斧は振り抜かれた。
 地面の上をバウンドし、転がる。
「いったたた」
 起き上る時、視界の端に輸送車が橋の対岸を走り抜けていくのが見えた。
「あっちゃあ、渡られちゃったかぁ。ま、いいけどね」
 シンディはそれを機に、追い縋る流叶から逃げる様に、後方へ跳び下がっていく。
「きみたちのトマトジュース飲んでみたかったけど、今日はここまでかなー?」
 その時、橋の方で大きな爆発があった。
 川に何かが崩れ落ちていく音が聞こえる。――強化人間達が橋の爆破に成功したのだ。
「うん。あたしたちの目的はこれで達成だねー。それじゃあねー」
 シンディは爆発を確認すると、向きを反転し加速してその場を逃げ去っていった。