●リプレイ本文
●依頼説明終了後
「――とまあ、そんな感じですね」
ジェーン・ヤマダ(gz0405)が依頼の説明を終える。
「オペレーターのジェーンさんでしたっけ? ‥‥キメラを食べたいって人いるんですね」
依頼の資料を受け取りつつ、宗助(
gc5981)がジェーン――もといオペ子に訊いた。
「まあ、私は食えればなんでもいいと思いますよ。キメラって言ってもでかい蟹のようですし」
オペ子は眠たげなジト目を向けつつ答える。
「そうなんですか?」
食えればなんでもいいというその答えに宗助は苦笑いを浮かべた。
●蟹退治
寒風の吹く港。その海岸沿いの道路に巨大な蟹が一匹。蟹は背を岸壁に沿わせて、じっと身を伏せていた。
傭兵達は蟹の周囲を囲む様に展開する。
蟹は警戒をしているのかわからない顔で、泡をぶくぶくと吐く。
蟹の左手側には、ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)と、流叶・デュノフガリオ(
gb6275)の夫婦が構える。
「しかし‥‥大きい蟹だね。流叶、後で何か作ってよ♪」
ヴァレスは横に並ぶ流叶に声をかけた。
だが流叶は、つんとそっぽを向いて、ヴァレスの方を見ない。
ヴァレスは首を傾げる。
「っと、流叶この前の事まだ怒ってるの?」
少し前の依頼で、能力者のお部屋拝見というテレビ番組の企画があり、その際、流叶はヴァレスによって、寝起き姿やらクローゼットの衣装をカメラの前に晒された。
怒っている心当たりとしてはそれが一番だろうか。
流叶の表情が見えないので、ヴァレスは流叶の顔を覗き込むように回り込むが、流叶は逃げる様にさらにそっぽを向いてしまう。
「あんな事する人には作って上げませんー」
しかも、流叶はそんな事を言い始めた。
「そ、そんなにイヤだったか。そ、それは当然か。でも‥‥」
ヴァレスは困った様に動揺して、どもりながら言い訳を始める。
その様子を、流叶は横目に流し見て、
「くす、あははっ‥‥」
口元を押さえる様にしてしょうがないなあ、と笑った。
「嘘だよ、作ってあげるってばっ」
流叶は振り返り、ヴァレスを上目遣いに笑みを浮かべる。
「って、ぇ?」
きょとんとした表情で、流叶の笑みをヴァレスはまじまじと見つめる。
「‥‥そっか、嘘か」
ほっとしてヴァレスの肩から力が抜けた。と同時に、
「そうかそうか♪」
先程までの落ち込んだかの表情が嘘の様に、とびきりの笑顔を流叶に向けた。
その反対側、蟹の右手側にはネージュ(
gb9408)と宗助が戦闘の準備を整える。
「ここならハサミは届かないかな〜〜?」
ネージュが蟹の鋏の射程を目で測りながら、位置取りを決める。
「大丈夫だと思いますよ」
相槌を打ちながら、宗助はその紅い眼光で蟹を睨み据え、後方へ回り込むタイミングを計っている。
そして、蟹の正面には、ロシャーデ・ルーク(
gc1391)とレガシー・ドリーム(
gc6514)が立つ。
ロシャーデは、蟹の横への動き出しを警戒しつつ蟹の目玉に狙いを定める。
その横でレガシーは、携帯品の中から、メイクセットを取り出し唇に薄く紅を入れる。
んっ、と上下の唇を合わせ、口紅を馴染ませた。唇の紅がレガシーという少年を、女性らしく彩り上げる。
「メイクは女性の嗜みですから、こればかりは譲れません」
レガシーはたおやかな女性の様な微笑みを浮かべた。
そして、メイクの完成と同時にレガシーは覚醒し、その背に白い鳥の翼と黒い蝙蝠の羽の形のオーラを一対ずつ展開する。
「全員に練成強化、蟹には練成弱体飛ばしますぅ」
手始めに、レガシーは練成弱体を蟹に、練成強化を宗助に行う。
練成弱体を受けた蟹は伏せていた巨体をのそりと立ち上げると、両手の鋏を閉じたり開いたりして、ぶくぶくと泡を噴き始める。
「足を潰します!」
蟹の立ち上がりに反応して、宗助が瞬天速で垂直の岸壁を足場にして駆け、蟹の後方に回り込もうとする。
「その目玉は貰うよ〜〜」
援護する様にネージュの撃った弾丸が二発。右の目玉に当たり、蟹は右の視界を失う。
右の視界を失い、完全な死角となった後方の岸壁を宗助が疾走する。
蟹の直上、岸壁を蹴り宗助は落下の勢いを乗せ、ゼロを蟹の足に突き立てる。
しかし、爪は蟹の甲殻に小さな傷跡を残しただけだ。
その硬さに宗助はやや眉を顰める。
「これは‥‥想像以上に硬いですね」
ただ攻撃するだけでは、攻撃が通らないと判断した宗助は、足の付け根や関節などの急所を狙う動きに変える。
右に続き左から迫る二人の傭兵に蟹は危険を覚え、右手へ逃げる様に高速の横移動を始める。だが、
「逃がさないよっ♪」
ヴァレスが逃げる蟹に迅雷で速度を上げて一気に追いつき、漆黒の大鎌『戮魂幡』を振るう。
スキル刹那の発動により、目にも止まらぬ早さで繰り出された大鎌は一撃で殻の半ばに食い込む。
食い込んだ大鎌を抜く勢いで身体を回転させ反対側から放った一撃で足の一本を力任せに切り落とした。
一瞬にして足を一本失い、蟹はバランスを崩し、移動が止まる。
その隙を逃さず、
「もう一つの目は私が貰っておこうかしら」
ロシャーデがペイント弾に換装したS−01を撃ち、蟹の残った片目をペイント弾で塗りあげていく。それによって、視界の一部がペイント弾で塗り潰され、蟹はさらに近づく流叶の姿を一時見失わせる。
流叶がどの脚を狙っているか、蟹は目で追い切れなかった。
「幾ら硬くても、破れない程では無さそうだね。行くよ!」
二刀小太刀『疾風迅雷』を両手に構え、関節を狙う。スキル連剣舞にて蟹の関節部分に輝く二本の線が走り、蟹の足は切断される。
流叶の斬撃によって、体勢をさらに崩された蟹は、せめて一矢でも報いようと、流叶を狙って鋏を振るう。
しかし、蟹の振るう鋏の軌道は単純で遅く、流叶は見切りの格好の練習材料として、ぎりぎりのラインで避ける。
「もう少しギリギ‥‥わ、あぶなっ?」
さらに続いた追撃を、流叶は先程の一撃よりも近い紙一重で躱す。
「その鋏危ないね〜〜」
ネージュが鋏の関節部分に銃撃を加え、動きを鈍らせる。そこへ、
「そーれ☆」
ヴァレスが受けの取れない高速の一撃を加え斬り落とした。
これで鋏は一本、脚は二本。
「こっちの脚も潰すよ〜〜」
言って、ネージュは右手側の脚の関節部分に弾丸を撃ち込む。
関節に撃ち込まれた弾丸を楔として、宗助が同じ脚の関節を引き裂く様にゼロの爪を振るう。
「脚の外側から折ろうとすれば、曲がる余地が少ない分折れやすいかしら?」
蟹の視界を潰したロシャーデがいつの間にか近接し、ネージュと宗助の攻撃により、もうまともに力の入らなくなった脚の関節を狙い、脚甲『インカローズ』で蹴り折った。
次々と脚を潰され、蟹が斜めに傾いだ体勢から、苦し紛れに泡を吹く。
その泡は側面に居たネージュを捉えて包み込んだ。
「何だか色々ふわふわして気持ち良いね〜〜」
ネージュがとろんとした顔で泡を受ける。
「ん〜〜マッサージ、マッサージ。揉み解すと良い気持ち〜〜」
泡自体に攻撃力はない為、日頃の疲れを癒す様にネージュは肩を揉み解す。
そして、――それが、蟹の最後の攻撃になった。
蟹は抵抗空しく脚の全てを切り落とされ、地面に転がっていた。
傭兵達は、手配しておいた冷凍トラックを近くまで呼び、切り落とした脚をロープで纏めていく。
「ボク、力仕事苦手なんだよぅ。ごめんね」
そう言って、レガシーは脚を束ねるのを主に手伝い、冷凍トラックに運びこむのを辞退した。
脚を束ねる作業の合間に、メイクの崩れがないかチェックしてはすぐに直していた。
レガシーの優先順位の一番前には、自らのメイクが来る。それは、レガシーの女性としての矜持であり譲れない事だ。
そして、脚を全て積み終え、蟹の本体を運ぶ段になって、
「流叶、正面から様子見てみよう♪」
ヴァレスは流叶を誘って、蟹の正面へと回って行く。
と、正面に回ったヴァレスが首を捻った。
「ヴァレス? どうし‥‥」
後から追いついた流叶が、ヴァレスの方を怪訝に見ながら横に並ぶ。
「ぁ、泡吹いてる! 流叶あぶなーい☆」
「ってえぇっ!?」
油断していた流叶はヴァレスに気をとられて、蟹の吹いた泡を浴びてしまう。
「うぶっ‥‥なに、これっ!?」
「さて、どんな効果が‥‥」
泡塗れになる流叶を眺めていたヴァレスは、ふらりと立ち上がった流叶に腰へのタックルを食らい押し倒される。
「って、うぉっ!?」
身体を擦り寄せる様にして流叶は、ヴァレスの身体を押さえたまま徐々に上へと移動していく。
押し倒されたヴァレスは流叶の下から、もがいて抜け出そうとするが、
「こぉらぁ、何で逃げるのかなぁ?」
「ちょ、流叶。流石に場所が場所だって、公衆の面前デスヨ!?」
攻めと守りが逆転した状況で、赤らむ顔を隠せずにヴァレスは抗議する。
しかし、流叶は甘い声を上げながら、ヴァレスを逃がそうとしない。
「し、しからば‥‥えいっ!」
「ぁぅ‥‥っ」
首に鋭い手刀を入れて、ヴァレスは流叶を気絶させた。
「ふう‥‥このまま暫く寝ててもらおう」
●蟹の輸送
とある町工場の駐車場。依頼主の指定した住所に、傭兵達は冷凍トラックと共に到着した。
束ねられた蟹の脚や、ダルマにされた蟹の頭胸部分を工場の人達の協力も得て引きずり出す。
神開兵子と東天紅が依頼主として、作業の指示に出てきていた。
工場の人達が主に作業をしてくれたおかげで、搬入作業は楽に進む。
おかげで、兵子は宗助と雑談に興じる余裕があった。雑談を話すうちに、兵子は依頼の経緯についてもちらっと触れる。
「‥‥その行動力、感服しますよ」
依頼の経緯を聞いた宗助はそんな感想をぽつりと漏らした。
「まあ、普通やでー?」
なはは、と笑いながら相槌を打ち、兵子はちらりと一応搬入作業の方にも目を向ける。
丁度、蟹が引きずり出される所だった。
「おー元気に泡ふいてるなぁ」
ヴァレスが蟹の様子を見て、にこにことしながら言う。
引きずり出された蟹は、キメラだけあって、その生命力は凄まじく未だ生きて泡を吹いていた。
「うお、こいつまだ生きとるん――」
兵子が、か、と言いかけた時、蟹が盛大に泡を吹く。
「きゃっ」
搬入作業を近くで指示していた天紅が泡に塗れる。
それが蟹の最後の力を振り絞ったものだったらしく、すぐに泡は小さくなり消えていく。
泡が引くのを見計らって、兵子が天紅に駆け寄る。
「大丈夫なん!? 天紅っ!」
地面に倒れた天紅は、ふにゃんと蕩けた顔をして、くぐもった様な吐息と共に痙攣を繰り返していた。
●蟹食べタイム
巨大な鍋で茹でられた大きな蟹の足が一本。これまた大きなテーブルを繋げた卓の上に乗せられる。
ヴァレスに大鎌で殻の片側を切断してもらい、中の身を直接取り出せるようにしてあった。
後は、巨大蟹を丸ごと茹でた大鍋から出し汁を移した小鍋の他の具と共にいただくだけである。
「ふ‥‥計算外やったわ。大きすぎてカニスプーンが意味あらへん‥‥」
天紅が蟹の泡でリタイアした後、兵子は一人で作業を指示していた。
「‥‥これが、茹でたカニなのね。初めて見るわ」
ロシャーデが初見の食べ物に、ぽつりと感想を漏らす。
「どうやって食べれば良いのかしら?」
ロシャーデが困っていると、兵子が寄って来た。
「それはなあ、蟹の身を取って、こっちのポン酢につけて食べるんや」
言いつつ、兵子が手本を見せる。
「こうかしら?」
それに倣って、ロシャーデも蟹の身をポン酢につけて食べる。
「そうそう。どや?」
「‥‥初めて食べるけど、美味しいわね」
兵子のレクチャーを受けて、ロシャーデが初めての蟹鍋を味わう横では、宗助が恐る恐るといった感じで、蟹の身を取りポン酢につける。
疑わしげな目で、その身を見つつ、目を瞑り口に運んだ。
咀嚼。蟹の身を飲み込んで、宗助はゆっくり目を開く。
「複雑だけど、‥‥旨いな」
言いつつ、宗助は次の蟹の身へと箸を伸ばす。
皆がそれぞれに蟹の身を楽しんでいると、調理場の方からネージュが何人かのおばちゃんと大皿を運んでくる。
「完成〜〜。脚の身で蟹クリームコロッケを作ったよ〜〜」
ネージュが小さい体で運ぶ大きな皿の上には、大量の蟹クリームコロッケが積み上げられていた。ネージュについて出てきたおばちゃんたちも蟹クリームコロッケが満載された大皿を抱えている。
「クリームは牛乳と生クリームを半々で使用したものだよ〜〜」
と、ネージュが自分の好みで分量を調整した蟹クリームコロッケを皆に振る舞う。
ネージュ達の後から流叶も出てきた。
気絶から起きた流叶もヴァレスにお願いされて、ちょっとした料理を作りに行っていたのだ。
こちらの料理は、もちろん二人分しかない。
「ん、美味しい‥‥」
まずは流叶が一口食べる。その様子をヴァレスがじっと見つめている。
「食べてみる?」
ヴァレスの視線に流叶は、箸で料理を取り、ヴァレスの口に持っていく。
ヴァレスはあーん、と口を開けて、流叶の箸にかぶりついた。
蟹の脚が一つ食べ終わられる頃になって、ロシャーデがふとした疑問を抱いた。
「そういえば、聞いた話だと鍋の後にはコメを投入して『オジヤ』なるリゾットを作るらしいわね。‥‥今回は、やらないのかしら?」
ロシャーデが蟹クリームコロッケもいただきつつ、疑問を口にする。
隣ではふはふと口に蟹の身を運んでいた兵子は、口の中の物をごくりと飲み込む。
「うん? せやな、そろそろ頃合いやし、雑炊作ろかー」
兵子は自信ありげに、にししと笑った。
鍋の締めとして、いくつかの小鍋で雑炊を作り始める。
「あ、溶き卵は入れ過ぎちゃだめだよ〜〜」
キメラの蟹からは良い出汁が取れたらしく、ネージュはご満悦であった。
自然、締めの雑炊へのこだわりも強くなり、鍋への注文が口をつく。
そうやって、雑炊の出来上がりを待つ中で、
「‥‥彼氏のために、少しだけ持って帰りたいのだけれど‥‥出来るかしら?」
「すいません。俺もこの蟹の身を少し分けてもらえませんでしょうか?」
ロシャーデと宗助が兵子に申し出る。
「ええよええよーっ! 今回は、思ったよりも皆食べへんかったし、持って帰れるだけ持って帰ってえや。で、ついでに、この蟹の宣伝してくれると嬉しいなぁ」
兵子は、自分の胸を叩いて、任せときぃ、と二人の申し出を請け負った。
●受付前
ULTの受付でオペ子は、業務が一段落ついたので、一息ついて自分の肩を叩いて解す。
「お仕事お疲れ様です」
「お?」
声をかけられて、オペ子が前を見れば、宗助が居た。
「なべに参加されたいと言われていたので。気持程度ですがどうぞ」
宗助が手に持っていた包みをオペ子の方に差し出す。
「おお。これはこれはどうもご丁寧に。ありがとうですよ」
礼を述べつつ、
(‥‥これで夕飯のおかず代が浮きますね)
オペ子はちょっと寂しい懐事情を勘案して、頬を緩ませた。