タイトル:聖女のレクイエムマスター:黒崎ソウ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/10 23:30

●オープニング本文


 冷たく澄んだ大気がジャンヌの足元に重く沈殿していた。
 吹き抜ける風がジャンヌの柔らかな髪を舞い上げ、頬を伝い落ちた涙の痕を撫でる様に乾かしていく。
 見上げた視線の先には上半身を無くした聖母の像が残され、その足元には砕けた幼子の体が静かに横たわっていた。
 戦前、礼拝堂の壁面には聖書に記された世界が美しいステンドグラスとなり、訪れる市民の心の拠り所となっていた。
 だが、建物が半壊した今ではその姿は見る影も無く、辛うじて残る晩餐の一部が瓦礫の残る冷たい床の上に歪な光の影を落としていた。

 町に残る難民の多くは心身共に疲弊し、笑顔が消えた顔は憔悴の色に染まっていた。
 復興が始まっているとはいえ、資材や物資が不足した状況は僅かに見えた心のゆとりさえも無常に奪っていく。
 最後に彼らが縋る事の出来るものは、目に見る事の出来ない神という存在だけだった。

 ――明日には戦争が終わってくれる

 そんな気休めにもならない言葉が難民達の口から漏れ始め、その言葉が真実になる様にと人々は教会へと足を運び祈りを捧げた。
 そうして亡くなった家族や愛する人へのせめてもの供養にと、残された形見や見つけ出された故人の一部を教会へと預ける難民達の姿が見受けられる様になっていった。
 難民達の手から形見が手渡される度に、ジャンヌは自分の無力さに苦しい程に胸が締め付けられた。

「――主よ、どうか私をお導き下さい」
 ジャンヌは廃墟となった礼拝堂の床に跪き、残された聖母に向けて祈りを捧げた。
 静かに瞼を閉じて耳を傾けると、戦火から逃れた大木の枝葉が風に揺れ、ジャンヌの耳へと密やかな音を届ける。
 一際大きな風が廃墟の中を吹き抜けると同時に、ジャンヌは瞼を開き静かに立ち上がった。
「申し訳ありません。無理を承知でお願いがあるのですが」
 礼拝堂の出入り口で彼女の警護にあたっていた一般兵に向け、ジャンヌは凛とした声で告げた。
「我々に出来る事でしたら、何なりと」
 はっきりとした声を返す若い一般兵へと振り返り、ジャンヌは桜色の唇を静かに開く。
 その瞳には、彼女が出来る『鎮魂』という名の戦いへの決意が滲んでいた。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
不破 炬烏介(gc4206
18歳・♂・AA
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
救世主(gc8223
13歳・♂・HG

●リプレイ本文

●祭りの唱
「シスター・ジャンヌ、貴方にお会いしたいと仰られる方が談話スペースにてお待ちです」
「ありがとうございます。直ぐに伺います」
 仮設テントの中に設けられた慰霊祭本部の中で打ち合わせをしていたジャンヌ・クローデルは、簡易のテーブルセットが置かれたテントへと向かった。彼女を待っていた懐かしい顔ぶれに涙が溢れそうになり、掌を握り締めて震えを堪える。
「久しぶりね。元気にしてた? 今日はジャンヌの手伝いに来たの。扱き使ってやってね」
 シックなスーツを着た百地・悠季(ga8270)が嬉しそうに微笑んだ。
「お久しぶりです、シスター・ジャンヌ。及ばずながら、私も出来る限りのお手伝いをしに参りました。‥‥私の心と祈りは、貴女と共に」
 修道服を着たハンナ・ルーベンス(ga5138)が微笑みと共に胸内を伝える。
「鎮魂‥‥弔う。魂、ソラ、へ‥‥還す。ソラは、何も、言わない‥‥のに。弔う、無視、出来ない‥‥」
 ジャンヌへ名乗った不破 炬烏介(gc4206)は、たどたどしい言葉でそう告げると、百地とハンナが行動を共にする事を補足した。
「初めましてジャンヌさん。今回は宜しくお願いします。手伝える事があったら何でも言って下さい」
 喪服を着た月野 現(gc7488)が挨拶をすると、隣に立っていた救世主(gc8223)が続く様に頭を下げる。
 少し離れた場所に立っていた終夜・無月(ga3084)が視線を向けて頷く様な挨拶をすると、隣に立つロイヤルブラックのコートを着たUNKNOWN(ga4276)が帽子を軽く取り微笑んだ。
「改めまして、ジャンヌ・クローデルです。今日はお忙しい中、足を運んで下さり本当にありがとうございます。皆様には多くのお仕事をお願いすると思いますがどうか宜しくお願い致します」
 ジャンヌは七人に向けて深く頭を下げると、慰霊祭の説明をする為にテントの外へと促した。持ち場を統括する兵士や民間人と軽く会話を交わした後、それぞれの持ち場へ向かう七人に向けて「‥‥本当に、ありがとうございます」とジャンヌは感傷から声を震わせた。

●アリア
「それが貴女の選んだ道、ですか?」
「私の事を愚かだと仰る方もいます。ですが、私は成すべき事の為にこの身を捧げるつもりです」
「その決意に後悔は?」
「ありません。‥‥貴方もそうではないのですか?」
 凛としたジャンヌの言葉に終夜は瞼を細めた。能力者という素質を持ちながらも自分とは異なる道を選び、その為に尽力する彼女の姿に終夜は己の掌を静かに見詰める。数日後に控えた己の決意と共に今出来る事を確かめる様に掌を握り締めると、終夜はジャンヌとの短い会話に礼を告げた。
 救世主と共にキャンプ内の休憩所で支援スタッフらと炊き出しを行った後、救護所に向かい医療スタッフの指示を仰ぎながら練成治療とキュアによる治療を施した。人手と薬が不足していた事もあってか作業は日が落ちる頃まで続き、式典が終る時刻には慌しかった救護所にも短い安息の時間が訪れた。

 蝋燭を流しに行く事の出来ないスタッフと患者達の代わりに寄せ書きされたメッセージカードを受け取った終夜は、川へと向かう人の波の中に紛れ夜の道を歩いた。対岸から立ち上る焚き火の灯りを遠くに眺めながら、川面へと浮かべた小船をそっと押し流す。膝をつき、灯火に向けて祈りを捧げる人達の姿に目を細めた終夜は、静かに口を開いた。

 Light of hope(希望の光)
 Poetry of wind(風の詩)
 I wish the prayer(私は祈り願う)

 鎮魂を願う静かな唄と共に形無き死者の魂へ向けて子守唄を発動させる。終夜の周囲に銀色の光が舞い、その幻想的な姿に祈りを捧げていた者達から感嘆の息が洩れる。

 Your safety(貴方の無事を)
 Your return(貴方の帰りを)
 Even if you can do only the praying thing(譬え祈る事しか出来なくても)

 まるで魂と戯れているかの様な光景に、年老いた女性の瞳から涙が溢れ落ちる。空へと掲げた掌の中から仄かな光が空へと立ち上る様にして消えた。

 It keeps praying(祈り続けよう)
 It keeps thinking(想い続けよう)
 I think you who loves to be a mind(愛する貴方を心に想い)

●思い出して
「‥‥あの、すみません。遺品を入れて頂く事は可能ですか?」
「勿論です。お名前の付いたタグを付けさせて頂きますので、此方にご記帳をお願い致します」
 慰霊碑の傍に設置された記帳台の前に立ち、百地は遺品の預かりと共に献花の手伝いを行っていた。慰霊祭の話は支援団体を通じて国内に伝わった為か、遠方から祈りに訪れる民間人の姿も多かった。献花用に切り分けられたカーネーションや百合の花を一人一人に手渡し、泣き崩れてしまう人に優しく声を掛ける。家族を亡くした幼い子供が泣きじゃくる姿を目にした時、百地の胸は痛む程に締め付けられた。

「あのね、あたし母親になったの。先月の上旬に上司の娘の『時雨』を産んでね。本当に可愛くて今は幸せ一杯なの」
「まぁ、おめでとうございます。‥‥大変な時期なのに、来て頂いて良かったんですか?」
「本音を言うとね、単身でここに居るのは結構寂しいかな。でも、友達が手伝って欲しいって言うなら助けに来るのが当たり前でしょ? あたしもそうやって周りに助けて貰いながら生きて来たんだから。だから気遣いなんてしないで」
 休憩にと温かなコーヒーを持って来たジャンヌに向けて、百地は伝えたいと思っていた言葉を告げた。
 どれだけ町が美しく復興を遂げたとしても、戦争の記憶が薄れる事は無い。深く残る傷跡は生きる人々の心を苛み、まるで業の様に背負い続ける物となってしまう。だが、慰霊祭を行う事で死者を弔い、そして生きている者が未来という一歩を踏み出す勇気に触れる事が出来と百地は信じていた。
「死者は何も語らず、生者のみがその思い出を語り継ぐてっね。‥‥でも、語り継げるのは思い出だけじゃない。平和という未来と、そして新しい命も繋ぐ事が出来るから」

 全てが終わった後、満天の星空の下で百地は一人慰霊碑の前に立っていた。
(これが建てられた頃、私はまだ未熟だったわね。‥‥あの頃よりは成長してるとは思うけど、足りない所は沢山あるから、もっと頑張らないとね。『小さなてのひら』があたしを待ってるんだから)
 胸の内を静かに告げると、愛しい幼子の温かな掌を抱く様にそっと胸の前で両手を握り締めた。

●涙を流した日
「死者も生者も救済を求め続ける、か。‥‥だとしたら、人間は人間によって救われるはずだ」
 力仕事を引き受けた月野は仮設の難民キャンプへと向かった。そこでは宗教の異なる難民達が独自の形式で祈りを捧げ、その後に式典へと参列をする為に周囲には慌しい雰囲気が漂っていた。耳慣れない祈りの言葉を聴きながら、ジャンヌから指示された仕事を黙々とこなしていく。祈りに必要な経典や楽器等をトラックから運び入れ、不足しているものがあれば無線を管理する一般兵を捕まえ本部へと連絡を入れる。出来る限り彼らの要求を聞き入れ、そして感情に触れない様、態度や言葉遣いに細心の注意を払った。
「怪我をしない様、俺が待機しています。救護スタッフの手配をお願いします」
 戦闘のショックからPTSDやトラウマを抱えた者も多く、フラッシュバックから自傷行為に及ぼうとする者も少なくは無く、彼らが怪我をしない様にだけの注意を払い、押さえ付ける様な真似をする事は無かった。夕陽が赤く空を染める頃には月野の両手は瑕だらけになってしまっていたが、救護スタッフに尋ねられてもその理由を語る事はしなかった。

 日が落ち川辺へと向かった月野は、ジャンヌから一艘の白い船を受け取った。『数多の犠牲を無駄にしない為に早期の戦争を終結を目指します』と書いたカードを沿え、蝋燭に火を点し静かに流れる川面へと浮かべる。
「神はどうして異種との戦争なんて命題を課したんだろうな‥‥」
 不意に呟いた月野の言葉にジャンヌは答えを返す事が出来ずに口を噤む。謝罪を告げた月野は、遠くの闇へと伸びた光の川を眺めながら胸の内で呟いた。
(それが人類に必要な代償ならば被害者や遺族の悲しみはその為の生贄なのか? )

●祈り
 ハンナの気遣いから喪服を地元の仕立て屋に借りた不破は、百地の指示を受け、残った瓦礫の撤去と段差を補強する為の手伝いに加わった。途中、片足を無くした退役兵を手伝い慰霊碑の前に立った不破は、献花台の前に崩れ落ち涙を流す民間人から目を離す事が出来なくなった。
「何故、人は、神に祈る。‥‥祈りとは、何だ? 大切なのに、分から、ない‥‥」
 心を奪われたかの様に動かなくなった不破を気遣いハンナが近付くと、呟き尋ねた不破に向けてハンナが微笑みを向けた。
「祈りとは伝える事の出来なかった思いや言葉を空へと送り届ける事です。こうして、掌を組むんですよ」
 慰霊祭の間、黙祷を捧げるハンナと百地の隣に立ち、立ち上る祈りの炎に向けて不破は指が白くなってしまう程に強く掌を組み祈りを捧げた。
「俺の、生地にも、在る、『灯篭流し』‥‥火は、古今東西、魂の象徴、か‥‥。逝って、くれ。俺達に、加護、を‥‥」
 黙祷を終え「‥‥祈りは、届いた、か?」と尋ねる不破に向け、ハンナと百地は「勿論ですよ」と微笑みを返した。

 船を流す人達の姿が少なくなった頃、人の集まる川辺から少し離れた場所で焚き火を組み上げた不破は、木片に火を点し炎を立ち上らせた。暗い夜空の中に灰色の煙が静かに溶けていく。
「これは『未練』、を、祓う、儀。燃える木は‥‥魂の化身」
 焚き火の炎に気付いた月野が傍で足を止める。その縋る様にも見える姿に月野は口を閉ざした。山となった灰に手を伸ばすと不破はそれを見詰める。
「‥‥これ、だ。炎を以て、尚残る、『怨念』。発狂する、魂の獄、の現身。‥‥すまない。気絶、するかも、だ」
 崩れ落ちた不破を支えようと月野が腕を伸ばそうとするが、次の瞬間、呻き声と共に覚醒をした不破の行動に月野は掌を握り息を呑んだ。
「か、影には、影、怨念には‥‥黒い、意思。逝けない魂を、連れて往く‥‥俺の弔い」
 炭を口に含み租借をする姿に、月野の指先が痛む様に震えた。

●祝福を
 本部に留まる事の出来ないジャンヌに代わり、スケジュールの調整や物資搬入等の確認を行っていたハンナは、ボランティアで訪れた遠方の民間人も返す事無く受け入れの為の手配を行った。
「ありがとうございます。良かった、追い返されなくて本当に良かった」
 安堵の表情を浮かべる人達に向けて優しく言葉を返す。
「思いは皆さん同じですから。ここには、不必要なものなんて何一つありません。お越し下さり本当にありがとうございます」
 ジャンヌの意思が下卑たプロパガンダでも主権の為の政治ショーの為でも無く、今を生きる人々の為に在る事はハンナにとっての願いでもあり誇りでもあった。

 空いた時間を見つけ慰霊碑の傍に設けられた休憩室へと向かったハンナは、そこで足の不自由な参列者や泣き疲れた人々へのケアを行った。嗚咽と共に愛する人を亡くした日の事を語る女性の言葉に耳を傾け、戦闘で娘や息子を亡くした年寄りの手を優しく握り締める。
「友は死に、俺だけが生き残った。俺だけが生き残ってしまった。俺だけが残されたんだ‥‥」
 グラナダ戦線の中、民間人を守り命を落とした小隊の生き残りだと告げた退役兵が、終結の日から罪の意識に苛まれ続けていた。
「貴方と共に戦った皆さんも、貴方と同じ思いを抱かれていたでしょう。友に生きて欲しい。そして戦いの終わりを迎えて欲しいと」
 うわ言の様に繰り返す退役兵に、ハンナは生き残った者にしか出来ない事がある事を告げた。生きる事は罪では無く望みなのだと繰り返すハンナの言葉に、退役兵は救われた様に大粒の涙を落とし、縋る様な声で生きていて良いのかと呟いた。

 日が落ち、参列者達の多くが川辺へと向かい始めると、ハンナも移動の不自由な人達の手助けを行った後、遠くから式典の様子を眺めていた民間人達にも言葉を掛けた。愛する人達の死を受け入れる事が出来ず、式典に参加する事が出来ずにいた人達へもハンナは分け隔てなく言葉を掛け、そして見送りをした。
 ハンナが川辺へ向かう頃には先に到着していた百地と不破、そして月野達がジャンヌと共に船を流す為の準備を行っていた。
「確か、献花用の花が少し残っていましたよね? それを船に添えて流すのはどうでしょう?」
「素敵なアイデアです、シスター・ハンナ」
 火を怖がる人や子供達の為にとハンナが提案をするとジャンヌが嬉しそうに答え、船を流し終えた月野が直ぐさま慰霊碑へと向かい、残っていたダンボール箱を抱えて戻って来た。不慣れながらも花を切り分け、子供達へと手渡す不破を手伝いながら、百地と共に蝋燭に小さな灯りを灯す。体を動かす事が不自由な人の代わりに口頭でメッセージをカードに書き記し、船を流す。人の息遣いの様に静かに流れる灯火を眺めながら、ハンナは胸の前で掌を組み静かに祈りを捧げた。
「レナーテ院長‥‥院の姉達よ。どうか天より見守り下さい。いつかこの地が笑顔と太陽で満ちる時迄‥‥」

●楽園
「久しぶり、かな? 今度は義娘(ハンナ)と一緒だね」
「お久しぶりです。皆が元気で安心しました」
 UNKNOWNの言葉にジャンヌは嬉しそうな微笑みと共に頷いた。腕に抱かれたローズマリーとムギワラギクの花束に気付き献花を促すが、UNKNOWNは一度首を振るとそれをジャンヌの腕の中へと托してしまう。
「賑やかなのは好まないのでね。代わりに入れて欲しい」
 花束を手に献花台へと向かうジャンヌの姿を瞼の中に留め、UNKNOWNは静かな覚醒と共に探査の目とGooDLuckを発動させた。
 冷たく澄んだ風がUNKNOWNの黒髪とコートを緩やかに舞い上げる。行き交う人々の声に耳を傾け、今彼らが何を必要としているのかを記憶に留め、後に書類として上層部とジャンヌへ報告する為の文面を頭の中で組み立てる。野暮かもしれないがと口元に笑みを浮かべると、聖女達を取り巻く邪な思いが無いかと周囲に向けて目を細めた。

 遠くから慰霊祭の様子を伺った後、UNKNOWNはグラナダの要塞が墜落した地点へと足を向けた。残骸が残され、廃墟と化したその場所で短い祈りを捧げると、手向けにと持って来たワインのコルクを空けて乾いた土の上に撒く。仄かに漂う芳醇な香りが土煙の中に混ざって消える。
「――次の指し手は決まったかね?」
 誰に告げるでも無く呟いた声と共に、火を点した煙草の煙が満天の星の中へと溶けて消えた。