タイトル:この眼は騙せないマスター:黒崎ソウ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/22 04:42

●オープニング本文


「どういう事だ?」
 軍の管理下に置かれた病院の一室で、上官と思しき男が眉を寄せて問い掛けた。彼の前には、左腕にギプスを嵌め、右手に点滴のチューブが繋がれた若い男が寝かされていた。男の頭にも包帯が巻かれている。
「それが、その、自分にもよく解らなくて‥‥。気付いたら息が出来なくなっていて、そのまま意識が‥‥」
「思い出せ。お前の記憶が唯一の手掛かりだ」
 感情を殺した上官の声に表情を強張らせた一般兵は、ゆっくりとたどたどしい口調で霞掛かった記憶へと手を伸ばした。

「‥‥あれは、二日前の定期巡回の事でした。自分を含めた四名が巡回区域を軍用ジープで移動していた時、突然何者かに襲われました」
「最後の通信記録によると、時刻は確か‥‥午前二時四十六分だな。いつもその時間に巡回を行っていたのか?」
「いえ、普段は早朝と夕方の二回、決まったルートを軍用車で見回る程度のものです。戦闘区域からも離れていますから、敵から襲われる事も滅多にありません。‥‥ですが、二ヶ月程前から、決まって雨の日に巡回を行った兵士が襲われるという事件が発生し、以来その原因を突き止める為に巡回の時間が変則的になりました」
「その日も確か‥‥あぁ、日付が変わる少し前から雨が降り出し、翌日の昼近くに上がったと記録にあるな。雨の日に襲われたと言ったが、晴れやスコールの時に襲われる事は無かったのか?」
「ゼロという訳ではありませんでしたが、襲われる事は殆どありませんでした。‥‥そういえば、天候に関係無く水辺の近くで襲われたという話もありました。‥‥情けないですが、それだけの被害が出ているにも関わらずいまだに手掛かりのひとつも見つけ出す事が出来ていません」
「‥‥しかし妙だな。過去の被害状況を比較しても、最も少ない時で一名、多い時で四名。対象を生物と仮定しても、群れにしては随分と数が少ないな。まぁ、そのお陰で被害が最小に留められている事も事実だ。‥‥皮肉な話だがな」

 上官は錆びたパイプ椅子から立ち上がると、証言を記録したファイルを手に兵士へと告げた。
「俺は本部へと向かう。場合によってはお前にも出動の要請が掛かるかもしれないが、それまでは静かに療養していろ」

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
フローラ・シュトリエ(gb6204
18歳・♀・PN
ジリオン・L・C(gc1321
24歳・♂・CA
空言 凛(gc4106
20歳・♀・AA
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
ミルヒ(gc7084
17歳・♀・HD

●リプレイ本文

●灯台下暗し
「この辺りで再度、今回の作戦の確認をしよう。丁度スコールも上がった所だ」
 巡回区域から1km程離れた地点で軍用ジープを止めると、運転席に座っていた白鐘剣一郎(ga0184)がシートベルトを外して告げた。真っ先にドアを開けたジリオン・L・C(gc1321)が、ランタンと地図を手にドヤ顔を満面に浮かべてボンネットの真正面に陣取る。
「よっしゃぁ! 勇者作戦会議の準備だ! 仲間達よ準備は良いか!」
「‥‥アホらし。‥‥しっかし丁度良いタイミングだぜ。まさにキメラを狩るにはうってつけの夜だな」
 ジリオンの行動を冷たく一蹴してジープを降りた空言 凛(gc4106)は、「ほらよ」と包帯の巻かれた追儺(gc5241)の腕を取り、降りる手助けをする。
「確かに兵士が話していた『襲撃された状況』と合致するな。‥‥不覚だな、こんな時に怪我をするなんて」
「気にしない気にしない。向こうで頑張ったんだから」
 大規模戦闘で重体となった追儺の背中に向けて、負傷した兵士に肩を貸すフローラ・シュトリエ(gb6204)が飄々とした口調で告げる。
「困った時はお互い様です。無理をせず私達を頼って下さい」
 兵士の手を支えながらフローラの言葉を後押しする様にミルヒ(gc7084)が告げる。二人の言葉に申し訳なさそうな表情を浮かべた追儺は、仄暗い明かりに照らされたボンネットに寄り掛かった。

「まずは情報を整理しよう。間違いがあればそのつど指摘をしてくれ」
 白鐘の言葉に兵士は「解りました。宜しくお願いします」と首を縦に振った。
「今回の作戦で最も重要な事は『敵の正体が解らない』という部分だ。当然ながらその『数』も把握は出来ていない。貴方が襲われた状況をもう一度説明を頼めるか?」
 白鐘の言葉に兵士は頷いた。
「あれは一週間程前の事でした。自分を含めた四人が軍用ジープに搭乗し、既定の巡回区域へと移動していた時に襲撃されました。時刻は午前二時四十六分。前日から雨が降り続き、翌日の昼頃に上がりました」
 赤いペンで地図上に巡回ルートを示すと「この地点で襲撃を受けました」とジャングルの一点に×印を付けた。
「他の兵士が襲撃を受けた場所は覚えているか? 出来る限り正確に」
 追儺の言葉に兵士は地図の上に×印を足そうとするが何かに気付き「待ってくれ」と遮り、空言のエマージェンシーキットから黒のペンを借りて差し出す。
「念の為だ、『雨が降っていた時』と『降っていなかった時』とで襲撃された場所の色を分けてくれ」
 色分けされた箇所を見たジリオンが、閃いたという顔と共に「ティン!」と口で言うと、地図に指を突き立てながら自信満々に言う。
「勇者的第六感を持ってすればこんな謎など無いに等しい! 見よこの規則的な敵の動き、そして俺様の閃き! 魔物の手先はこの、」
「確かに『雨が降っていなかった』時は行動範囲が少し狭くなるみたいね。‥‥特にジャングルの一箇所と、それからこの辺り。ここには何があるの?」
 高らかに言おうとしたジリオンを遮り、フローラが地図の二点を指差す。
「ジャングルのこの地点は、我々が巡回時の観測地点に使用している場所の一つです。もう一点からは湧き水が溢れ、小さな川が出来ています」
 兵士の言葉に、ジリオンを除く全員が顔を見合わせた。
「姿が見えなくて水で、何かが飛び出すねぇ‥‥。どっかで見た様な気がするんだけどなぁ。‥‥思い出した! 私は前に『蛙』のキメラと戦った事があるぜ。正体は蛙なんじゃねぇか?」
 空言の言葉に白鐘が「成る程、蛙か」と呟く。
「可能性としては『カメレオン』も捨てがたいな。迷彩で見る事が出来ないとするなら、兵士が見つけられなかった理由にも説明がつく」
 追儺の言葉を受け「これで、予測出来る対象はふたつね」とフローラが告げる。
「私は『蛇』の可能性も提案します。水辺や雨の日の襲撃という点から水棲動物。水棲と樹上生活で、地上行動も可能なアナコンダではないかと想定します」
 ミルヒの言葉に続く様に「俺様、」と何かを言おうとしたジリオンの口を問答無用と言わんばかりに空言が掌で抑え込む。
「まずはキメラと遭遇する必要がある。観測地点となっているジャングルと湧き水の出る水辺。この二手に分かれ索敵を行おう。対象キメラの想定は、先程上がった『蛙』『カメレオン』『蛇』の三つ。兵士には目印の少ない観測地点に同行して貰う。各自、定期連絡を怠らない様に」
 ジリオンを除く全員が頷くと、腰に手を当てたまま話に置いて行かれたジリオンを残しジープの中へと戻って行く。
「流石俺様の仲間達だな! だが、どんな時でも勇者は最後と決まっている! それが真の勇者のありか、」
 運転席から顔を出した白鐘が「早く乗れ」と至極真っ当な事を言った。

●天馬空を行く
「はぁーっはっは! これで万全だぞ、彷徨える魂達ィー!」
「斬新なキャンプスタイルですね」
「暢気な事言ってる場合じゃねぇぜ。どうすんだこれ‥‥」
 普段と全く変わらない口調で告げたミルヒに空言が深い溜息を吐き出す。観測地点から100m程離れた場所にテントを設置し、その中で案内を終えた兵士を休ませると、見晴らしの良い場所に陣取ったジリオンが、二人の眼の前で飯盒とランタンを括り付けた奇妙な物体を手にした。中には熱々のレーションが入っているが、額に脂汗を滲ませ熱さを我慢している。
「‥‥んで? それをどーしろと?」
 最大限の譲歩だと言わんばかりに空言が訪ねると、ジリオンは待ってましたと言わんばかりの勢いで謎の物体を頭上に掲げた。
「魔物の手下は人間を襲う。それは即ち空腹を意味している。腹が減っては何とやら。ならば俺様が囮となって、手先を誘き出してやろうではないか! かーらーの全力全開ッ、勇者アーイズ&勇者センサァー!!」
「お元気そうで何よりです」
「‥‥止めてやれ。そういう心遣いが一番堪えんだよ」
 スキルの確認ミスから探査の目が不発となったが、バイブレーションセンサーを発動させたジリオンが恍惚とした表情で辺りにタンドリーチキンの香ばしい匂いを漂わせる。辺りに短い沈黙が漂うが、次の瞬間ジリオンがカッと眼を開いた。
「エンカウントの予感を感知したぞ! 南東に三匹、北西に一匹だ!」
 ジリオンが叫ぶと同時に叢が大きく揺れ、次の瞬間眼に見えない『何か』が三人に向かって放たれた。同時に、数キロ離れた西の上空に白い光が尾を引いて打ち上げられ、腰に下げていた無線機に通信が入る。
『こちら追儺。対象と接触した。今から戦闘に入る』
「‥‥ハハッ、面白れぇ! 私が叩きのめしてやるよ!! 来なぁ、綱引きなら負けねぇぞ!!」
 飛び出した物をわざと絡み付かせる為に二人の前に立ちはだかった空言は、眼を猫目に変化させ、乱暴な口調で敵を威圧した。瞬間、三本の長い何かが空言の両腕と右足に巻き付く。一瞬、締め付けられる痛みに眉を寄せるが、絡み付いた物を巻き取る様な動きで敵を引き摺り出そうとする。
「オッラァ! 逃さねぇよ!!」
「下がって下さい」
 空言に背を向ける格好でジリオンを庇ったミルヒは、上空へ向かって照明銃を撃ち放つと同時に白い燐光を周囲に舞わせ、アスタロトの右腕で『それ』を受け止めた。瞬間、「行くぞ! 必殺、勇者エスケープ!」と瞬天速を発動させてミルヒの後ろへとジリオンが隠れる。
「行け! 勇者パーティ、反撃開始だ!!」
 静観の構えを見せるジリオンを放置し、空言が口元に笑みを浮かべると、両腕に巻きついた物の足場を崩す様に強烈な力と共に引き寄せる。
「ひとつ、ふたつ‥‥そしてみっつだ!!」
 平衡感覚を失った対象の腹に向けて、アリエルから打ち出す拳を叩き落す。耳障りな断末魔と共に潰れた体から体液が撒き散らされると、軸足で回転し「次!」と声を荒げる。
「来るぞ! 南西に二匹、北東に一匹だ!!」
「解りました。私の後ろに居て下さい」
 悲鳴の様な声を上げるジリオンを庇い、威嚇をする様にミルヒがエネルギーガンを打ち込む。同時に、ジリオンが告げた方角から長い物が飛び出しアスタロトの自由を奪う。身動きが出来なくなったミルヒを襲う様に対象がじりじりと迫り来るが、仄かに赤みを帯びた胴体は迷彩能力を失っていた。
「大丈夫かミルヒ!」
「平気です。片付けてしまいましょう」
 胴体に絡み付いた一匹を空言が叩き潰すと同時に、サザンクロスから放出された光が残りの二匹を両断する。敵の気配が無くなった事を確認した空言が、どっと大きな溜息と共に言葉を吐き出した。
「こんな状況、アイツらには絶対に話せねぇな‥‥」
 両手を腰に当てて高笑いをするジリオンを横目に、ミルヒはぽつりと呟いた。
「傭兵はこういった頭を使うお仕事もするのですね。難しくて大変です」

●雉も鳴かずば撃たれまい
 同時刻。白鐘・フローラ・追儺の三名は、もう一つの探索地点である水辺に到着していた。
「雨が降っている時は巡回ルート全体の確認が必要になるが、逆にそこを避ければ策敵範囲を襲撃頻度の高い場所へと絞り込む事が出来る。‥‥予想は的中したな」
「姿が見えないから、気を抜かないようにしないとね」
 水辺から100m離れた地点で一度待機し、三名は装備の最終確認を行った。両手の甲に銀色の紋様を浮かび上がらせ、バイブレーションセンサーを発動させたフローラが、物音一つ逃さぬ様に聴覚へと全ての神経を集中させる。
「北から六体。他にそれらしいのは見当たらないわ」
 白鐘から照明銃を受け取った追儺はシエルクラインにペイント弾を装填し、閃光手榴弾の準備をする。パシャン、と水流とは異なる音が遠くで跳ねた瞬間、フローラは対象を確認した方角へ視線を向けた。囁く様な声で距離をカウントするフローラを窺うと白鐘が紅炎を構える。同時に全身が淡い黄金の輝きに包まれ、修羅の如く戦いへの衝動が駆り立てられる。
「伏せろ!!」
 白鐘が発すると同時に追儺が閃光手榴弾を対象へ向けて投擲する。視覚を完全に奪う真っ白な光が辺りを覆い尽くすと、両眼を腕で覆いながら照明銃を上空へ撃ち上げた。立ちはだかる格好で身動きが出来なくなった対象へと距離を詰めると、白鐘は紅炎を構え攻撃の態勢を取った。
「天都神影流『秘奥義』蒼龍牙‥‥!」
 猛撃、両断剣・絶、ソニックブームを繋げた白鐘独自の秘奥義が、蒼い輝きと共に放たれ、龍の如く敵へ喰らい付く一閃となり対象を切断する。悲鳴とも呻きともつかない複数の断末魔が闇に包まれたジャングルの中に響き渡る。同時に東の上空に尾を引く白い光が打ち上げられ、腰に下げた無線機に通信が入る。
『勇者一行、魔物軍団とエンカウントしたぬわあああ!!』
 白鐘と入れ替わる格好で前へと出たフローラが、仕留め損なった対象に向けて、ジープの中に転がっていた古いカラーボールの中にペイント弾を仕込んだものを投擲する。バイブレーションセンサーを発動させカトブレパスを構えると、敵の増援の位置を瞬時に把握する。
「西より三体、東南より二体。増援来るよ」
「俺にやれる事を‥‥だな。足手纏いにはならんさ」
 南東の敵に向けて追儺がペイント弾を撃ち込み、間合いを詰められるまでの時間を稼ぐ為にシエルクラインを対象の足元へばら撒く。フローラのカトブレパスから打ち出された電撃が対象三体の胴体を焼き焦がす。追儺の前に庇う格好で立ちはだかった白鐘は、紅炎を振り翳した。

「お疲れ様。敵の気配は消滅したよ」
 フローラの言葉にほっと息を吐き出した追儺が、重い体をずるずると木の幹へ寄り掛からせる。慌てて手を差し伸べたフローラの手を「すまんな」と言って遮ると、片膝を突いて死体を見下ろす白鐘の元へと近付く。振り返った白鐘は、静かに告げた。
「幽霊の正体見たり、か」

●言わぬが花
「‥‥これが、『見えない敵』の正体ですか?」
 合流し、テントへと戻った六人はそこで待機していた兵士へ白鐘がキメラの死骸を引き渡した。
「『敵が見えない理由』それはカメレオンが持つ『光学迷彩』が、人間の視覚を惑わせていたという事だな」
「人の視覚というものは繊細ですが、同時に惑わされ易いものである事も知りました。時には閉ざす事も必要なのですね」
 ミルヒの言葉に兵士は「眼に頼り過ぎている私達では、気付く事が出来なかったのですね」と感嘆の言葉を告げた。
「ところで、このキメラをどの様に見つけられたのですか? 宜しければ今後の参考にさせて下さい」
 興味を見せる兵士に、どう説明をすれば巧く伝わるかとフローラが大きな瞳を向ける。
「私達は動いてる者を探知出来る能力を使ったけど、そうじゃない場合は藪とか水とか、音の鳴る物から注意を逸らさない事かな。それから、対象を見つけたら出来るだけマーキングをする事。次に遭遇した時に見分けが付けば、依頼を出す時もスムーズにいくはずだよ」
 フローラの言葉に大きく頷いた兵士は、空言達へ向けて期待を込めた眼差しを向ける。その視線を勝手に受け止めたジリオンが眼を輝かせ「俺様の無敵武勇伝を聞きた、」と言った所で、後ろから空言が「なんでもねぇ、なんでもねぇぞ〜」とフェイスロックの要領でギリギリと首を絞め上げる。
「世の中には、知らない方が良い事もあります」
 ミルヒの言葉に唖然とした兵士は「‥‥は、はぁ」と返事をする。修羅場とも思える光景を眺めていた追儺が表情を引きつらせて呟いた。
「‥‥おい、大丈夫か? 勇者の顔が真っ青だぞ?」

 こうして、作戦は大成功の元に幕を閉じた。