●リプレイ本文
○縦横制破
「直行すれば余裕が出るとはいえ、現着してからも実質的に時間との勝負‥‥か」
燃料計を気にしつつ、鷹代 朋(
ga1602)が出撃からのタイムカウントを意識する。
逃走し、途中で不時着したガンスリンガー。アヌビスの攪乱によって小型ワームの追走が僅かに緩み、敵に捜索の手間を与える距離にまで到達できたのがまだ幸いだった。
小型とは言え、ワームの推力で目標地点まで直行されれば救助は間に合わない。
フロントを担う四機からやや退いて、救助チームの四機が連なる。
その中には、販売開始されて間もない機体、イビルアイズの姿もあった。高級志向機体ではないが、このタイミングで即時配備してくる守原有希(
ga8582)に、抹竹(
gb1405)が横から視線を向ける。
「さっそく新型か‥‥うらやましいもんだ。それに引きかえ、アヌビスは一体いつ来やがるんだっつーの」
KVが現存する最大の、かつ最重要戦力な以上、機体の販売・管理にはUPCや関係各所の厳しいチェックが入り、特に新規配備型は様々な面で検証が行われる。
その結果、企業単位で販売が可能な状態になっても、例えばサイレントキラーのように‥‥長く待たされた挙げ句、急遽傭兵向き販売が取り止めになる事もあった。
アヌビスはビーストソウルにその頭を抑えられ、同時期発表プランのゼカリアと生産能力の面で対決する部分もあったが、一応MSIの中では販売の予定で計画を立てている。もっとも、それが現実に、何時になるかは分からないが。
レーダーの端に姿の見え始めたガンスリンガーもそうだ。プラン開始からようやく漕ぎ着けた実機がコンセプトモデルとして取り上げられ、実際の生産評価に移る事が出来るのはおそらく来年以降。
もしこのままコンセプトのみの機体となり、量産化・販売計画が何らかの事情で潰えれば、現存する機体が唯一の機体となってしまう。
「アヌビスもガンスリンガーも気になるけど‥‥やることやってからだな」
「あれが、ガンスリンガー‥‥」
フェリア(
ga9011)が、今、眼下を過ぎていく紫色の機体を見て思いを巡らせる。
「通信環境範囲か?‥‥よし」
御巫 雫(
ga8942)が無線の状態を確認し、ガンスリンガーを押して窪地の影に隠していたアヌビスに呼びかける。
「新型を任されるくらいなら腕には自信はあるだろう。‥‥現状を維持するくらいはできるな?」
『こっちは実戦じゃ新米コンビなんだ。無茶な期待は勘弁してくれ』
しかし通信をしていられる時間も極僅か。徐々に強くなっていたジャミングの中で、レーダーが微かにそれらの姿を捕捉した。
「おーう、いやがった‥‥新型をキズモノにしてくれたオトシマエつけてもらおうか!」
「ECM起動! 今です!」
守原機、イビルアイズが能力を起動し、小型ヘルメットワーム群に逆ジャミングを仕掛ける。
無人機に『戸惑う』という表現があればきっとそうなのだろう。攻撃を躊躇したように、機体の速度が緩められる。
しかしそれが故障や何かではなく、目の前の敵機による物だと把握された途端、群れは大きく動いた。
「先手必勝、数を削がせて貰う‥‥! なのです」
A班の中でも頭一個分出たフェリアのS−01。84mm弾の長射程を武器に、ブレス・ノウも重ねて一番手を取る。
爆煙の尾を曳き、尚も接近する小型機。前衛を敷く鷹代、フェリア、サヴィーネ=シュルツ(
ga7445)、榊 刑部(
ga7524)は正しく正面衝突コース。
小型のプロトン砲に機体の背を焼かれつつ、サヴィーネ機のライフルが、ようやく射程内に収めた敵に狙いを定める。威嚇にと放ったミサイル誘爆は、単に自機へと敵視を集めるに留まってしまったが。
前衛後衛という区分をしていないのか、敵HWはその数をまばらに配置し、圧力を掛けてくる。
スナイパーライフルがHWの『ふち』を撃ち抜いても、無人機は構わず前へと進み出た。
「飛んで火に入るなんとやら‥‥っ、食らえ!」
遠くに8式螺旋弾やAAMの爆発を見ながら、近距離でガドリングを撃ち流すサヴィーネ。しかし、余りに近付き過ぎていた。
「止まらない‥‥ぶつかる、ぶつけてくるかっ!?」
被弾しながらも尚フィールドを盾に突き進む小型ワーム。その姿は目視でも瞬く間に大きくなり‥‥
間一髪。鷹代のディアブロが横合いからレーザーを撃ち込み、HWの破片がキャノピーをカリカリと叩いた。
「く‥‥」
サヴィーネの肩をドッと疲労感が襲う。汗を拭う間も無く、前衛の合間を擦り抜けていった機体を追うべく機体をターンさせる。
意気込みはともかく、最初に幾らかのミサイルを自ら爆破してしまったのが痛い。
「このミカガミの機動力を以てすれば、HWといえど正面切って相手を出来ない訳ではない!」
反面、同じ体当たり戦術を物ともしない武士が居た。もののふと読む。
自ら懐へと飛び込んでくるワームを後の先、ソードウイングの一閃で深く斬り抜ける。
陸上白兵型のミカガミが、決して空でも格闘に長けたというのでは無かろうが、銀の瞳は無人機の体当たりを着実に捌いていく。
しかし、中々撃破数が伸びない。敵が纏まり無く動く為、上手く支援の通る状況でもダメージが分散してしまっていた。
「ふふん。無人のHWなら楽なものだが‥‥」
支援を行っていた御巫も、その様子は感じていた。なまじ現代航空戦を敷いてしまっている為に、無秩序な空戦への対処が遅れている。
イビルアイズだけでも電子戦機が居た事と、前衛の中に体当たり戦法へ対応可能な機体があった事が幸運だろうか。
「いくよ翔幻!」
前衛がやや陣形を押し上げた為、横に膨らんだ敵の分布。
其所に、抹竹のバイパーと紫藤 望(
gb2057)の改型翔幻が回り込む。
更に十字に押し込むように、直進するフェリア機と榊機の姿。
「敵、範囲内‥‥畳みかけます!」
レーダー上でその配置を読み取った守原が、二度目の能力発動を行う。
「ロシア・プチロフが開発したこの重火器‥‥中ればただではすまんのです!」
S−01が対戦車砲を叩き込み、大量のミサイルが空間中に殺到する。榊機を狙った反撃のプロトン砲は虚しく空を撃った。
既に半ばほど傷付いていた小型ワームに撤退の暇も与えず、一挙に2機が爆散する。
「前!まだ注意っ!」
余りのホーミングを撃ちきった紫藤が兵装を滑空砲にスイッチし、即座に発射態勢に入る。
HWは一番近い距離に居た榊の機体に目標を定め、黒煙を飛び出した。
「苦し紛れではっ!!」
最後の特攻とばかり、滑空砲の直撃に蹌踉めいたワームはミカガミの磨き上げられた翼に掬い上げられ、圧し折られて空に消えた。
「残りの対応、急いてっ!」
イビルアイズのECM効果時間の中、鷹代とサヴィーネが正面で尚も藻掻く敵を追い上げる。
「その程度のマニューバでっ!!」
降下して真下を通過しようとするHW。
インメルマン旋回で真後方上部へと着いたサヴィーネ機が、ブレス・ノウを発動させ、ガドリングで傷を付け足していく。
もう一発。しかしその操作は、鳴り響くアラートで中断された。
「燃料不足‥‥っ! 急行した分が響いたか‥‥!」
初期機体の弱みか、如何せん燃料に余力が無い。
「逃がすわけにはいかないな。ここから先は通行止めだ」
上手い具合にカバーリングを繋いだ鷹代機のAAMが、降下を始めていたHWを爆砕する。
「押し上げた分敵の幅が伸びてきている‥‥そろそろ撤退して欲しいが」
全体を見渡した御巫はまだ機体に火力を残していたが、遠距離攻撃手段を撃ちきった機体も出てきている。イビルアイズの能力が無ければ、撃ち合いで擦り切れていただろう。
損傷よりも継戦力の面で、前衛は疲弊していた。
しかし、残る敵もまた僅かだった。
「敵は左右‥‥鷹の瞳と爪牙は誰も逃さんよ!」
A班が慌ただしく編制を建て直し、B班もストックの減った機体を入れ替え、二機ずつ分かれ迂回する敵を側面から叩きにかかる。
特にA班は燃料が残り僅かなフェリア、サヴィーネ機がある為に厳しい懐具合ではあったが、極力近距離戦で対応していた鷹代のディアブロは、まだ機体の腹にAAMを一括り残していた。
「仕上げだ。オファニム、目標を殲滅する」
「とぁー!」
AAMと対戦車砲の掃射。更にその噴煙に紛れて敵に接近するミカガミの姿。
射撃を横腹に受けて飛び散る仲間を尻目に、火線を逃れた一方のHWは脳天を裂かれて失墜した。
「翔幻、キミに魂があるなら!」
長距離兵装を撃ち尽くした紫藤と抹竹が機体を前に出し、その特殊性能も駆使してHWを翻弄する。
「ドラグーンとバイパーの合体技だからー、竜頭蛇尾!」
「それ、なんか、情けなくねえか!?」
「喋ってるんじゃない、ミサイル、行くぞ!」
疲弊を感じつつある抹竹のツッコミが虚しく響くが、コンビネーションによって生み出された隙を付いて御巫のディアブロがフォースを付与したミサイルを炸裂させる。
強撃の中で損傷し、ようやく劣勢である事に気付いた二機が、戦闘情報だけでも持ち帰ろうとUターンしていく。
「追い掛けますか?」
「いえ‥‥」
螺旋弾頭を残し、狙えば間に合う位置にいた守原機だったが、側らに置いた救急セットを見て、索敵を行いながらも降下する事に決めた。
「もー二度とくるなよー」
機体燃料が危うくなっていたフェリアも、少しずつ小さくなっていくHWの姿を横目にUターン。
「さて、ご対面か」
完全防衛。
八機は護りきった機体を迎えに降下していく。
紫藤は先に市街戦で撃墜された機体のパイロットが気がかりなようだったが、燃料も心もとない。この場は全員で戻る事になった。
○銃皇の遺伝子
「いえ、すいません。すいませんが、助けていただいたという事もあるのですが、社としては今の機体にお乗せする訳にはいきませんので‥‥」
ガンスリンガーの落着地点。
機体そのものはオートパイロットが働いた為に着地の衝撃で何処か傷付けたという事もなく、今はサイレントキラーの運んできた給油機で補給を行っている。
パイロットも‥‥今サヴィーネに対して頭を下げている通り、命に別状は無い。
「そうか‥‥」
「落着自体はただの燃料切れなので、故障や安全面での懸念ではないのですが‥‥ご容赦ください」
大分思い入れがあったようだが、万一の事や機密の問題もある。流石にコクピットに座らせてあげる事は叶わなかった。
(「ただの燃料切れ‥‥距離で考えれば、並の倍は使っている事になるが‥‥」)
撃墜された三機のアヌビス、そのパイロットの早期捜索を提案してきた御巫がその会話に耳を傾ける。
(「故障も無く、ただ飛んでいるだけでそう減る物だろうか‥‥」)
アームレーザーガンのような、別途燃料を消費する武装を積んでいる様子も無い。むしろ装甲を減らしてでもプロペラントを維持しているように見えた。
帰りの為にと置かれていた方角計と地図に目を置き、簡単に燃料を試算する。
(「この街から‥‥この地点。速度に換算すれば図抜けているが‥‥」)
乗用車とレーシングカーの燃費の違いとでも言うのだろうか。
アヌビスがあえて囮になったのではなく、囮にならざるをえないような速度で飛び出し、途中で燃料を切らした可能性。
(「果たして‥‥ん?」)
彼女と同じく、ガンスリンガーを見上げていたフェリアが何か呟いている。
「『孤高の銃皇』は未だ立てず。‥‥疾風の如く、この戦乱の大地を駆け抜けるのは、まだ遠き未来の話となるか‥‥」
「‥‥‥‥」
眼を細め、何処か遠くを見ている(ようで目の前の物体を確実に見ているが)様子で、乾いた荒野の風に吹かれて。
「それはただ、この風だけが知っている‥‥。などと言ってみたり」
「‥‥‥‥?」
一方、アヌビスもまた給油待ちでその場に佇み、耳目を集めていた。
販売前の機体が常々そうであるように、現場まで出張ってきた広報担当が厳しく箝口令を敷き、詳しい数値に関しては外に漏らさないようになっていたが。
守原は前回、アジア大戦以前に行われた事前選考にも参加していたメンバーだが、むしろこの中で一番強く‥‥特に購買意思を示していたのは抹竹だった。
「いつかこの手に‥‥」
目の前に立つ機体はまだ左手に破損をした程度だったが、購入を待ち望んでいる人間には可哀想な姿の機体も、回収艇の中にはあった。
継ぎ接ぎをして一機半分。パイロットは一人がダメージ障害で覚醒不能となる大損害だ。
これも製品化前の厳しさだが、言うまでもなくこれらの機体は再生されない可能性が高い。
再生しようにも、KVが複雑なパーツの総体である以上、評価試験機と実際の生産機には細かな仕様変更やパーツの齟齬が積み重なり、本来の姿を取り戻す事が出来ない場合があるのだ。
勿論企業の人間もそれを望んでいる訳ではない。そうではないのだが、より良い製品が産まれる為にはやむを得ない事だった。
だからこうして、発売を待ち望んでくれる人の姿に社員達は一抹の安堵を覚える。
自分達が生み出し、壊してきた物の価値が、其所にあると信じられるのだ。