●リプレイ本文
●一日目
「‥‥のどかだな」
現地まで、高速艇から車に乗り継いで数時間。辿り着いた町並み‥‥というより山々を見渡したギル・ファウスト(
gb3269)が、泥の混じった香りを吸い込んで一言。
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)とアズメリア・カンス(
ga8233)は必要な道具を探しに。白鐘剣一郎(
ga0184)とアルヴァイム(
ga5051)は住宅のある方へと周り、農家に聞き取り調査を行っている。
罠を仕掛けるために高岡・みなと(
gb2800)、羽衣・パフェリカ・新井(
gb1850)と共に先に現場へ来ていたギルは、落とし穴だけ先に掘って道具の到着を待っていた。
「‥‥あら?」
羽衣の直感が、木々の鳴る音に紛れて滲んだ何かの気配を感じ取る。
しかしその何かはほんの僅かにしか感じられず、全力で穴を掘っている高岡や一寸休んでいるギルが其れを把握している様子は無い。
丁度物資を集めていた二人が到着した事で、気配も一瞬にして消えてしまった。
「農村は気前の良い人が多いわね。トラクターも貸してくれたわよ」
「それだけ困ってるって事だろうがな‥‥」
これまた借り物のトラックからトラクターを降ろすホアキン。
農家の人達に手伝いを要請する事も考えていたが、役所や猟師会に最悪の場合戦闘の巻き添えになる可能性があると反対され、それでも多くの人々からは寝食や必要な道具の提供を取り付ける事が出来た。
後は柵を組み立て、羽衣の指示したように建てていく。堀と組み合わせられた上部に反しの付いた柵は猪の性質を良く考えた物だった。
「いっそ出向いてくれりゃ楽なんだがね‥‥っと、これじゃ俺が猪突猛進か」
AU−KVを着用した高岡が壁を立てていく間に、ホアキンは水の引き直された水田を掘り返していく。
トラクターの太いタイヤでもカーブで足回りを絡めそうになる泥沼が出来上がったが、この深く掘り下げられた泥池、踏み込んで危険なのは猪だけでは無さそうだ。
準備をしている間に、いつの間にか山に回っていた白鐘がねいと(
gb3329)と共に降りてくる。
肩に枯れ葉を乗せたねいとの頭には、若干アグレッシブなネコミミが。
「農家の方に行ってたんじゃ?」
「出てくる場所さえ判れば、罠の仕掛けるべき要所を絞れるからな。‥‥此処に出たという事は、おおよそ当たりという事だろう」
白鐘の調べたエリアに限れば、猪キメラはやはり群れ活動、それもキャンプを張るように留まる箇所を決め、餌場を食い潰しては新しい餌を求めて麓に降りてきているらしい。
「山間部でこの季節となると、真っ暗闇になるのはそう遅くないな。22時位まで仮眠を取って、徹夜での警戒待機に備えよう」
一日目は調査と罠の設置に終始し、暗くなる頃には聞き込みから戻ったアルヴァイムも合流して用意された民家へ集まっていた。
到着してから穴掘りばかりだった高岡はAU−KVの泥を落とし、素早く睡眠を取っている。
現場近く、臭いの出る煮炊き焼き物は憚られたが、被害が生活地域近くまで来ている事を考えると、人の食事の味を覚えた猪が居ないとも限らない。
鍋のシメジは程良く煮えていた。
●二日目
この時期の薄暗い朝に、朝霧が見渡す限りの山々を覆い隠している。
最後の交代で入れ替わったアズメリアは欠伸を噛み殺し、無線で仲間を呼び出した。羽衣を使いに走らせても良かったが、簡易の待機所で子供らしい寝顔を晒している姿を見て、止めた。
朝方は猪キメラの進行状況を確認する事になっていた。
落とし穴に加え、アルヴァイムの仕掛けた鳴子が事実上の予防線になっていたのか、急に森の近くに現れた『何か』を警戒し、辺りを嗅ぎ回ったような痕跡が残っている。
臭いまで丁寧に自然物でカモフラージュをしていたが、猪は非常に鼻が利く上に神経質。落とし穴の近くには鼻先で掘り返したような痕と足跡が散乱していた。
「バレちゃってますね‥‥」
「神経質な相手となると、こちらも慎重にやらないとね」
折角掘った落とし穴の惨状を見て肩を落とす高岡。アズメリアがその肩をぽんと叩き、木々の間に歩を進める。
「樹の根っこまで掘り返してますね」
羽衣が屈み込み、昨日はなかった樹の傷を確認する。
食事範囲の拡大が失敗した為だろう。土は掘り返され、根や木の皮が剥がされて噛み千切られた痕が残っている。
聞き込み調査では他の野生生物の残骸などから、動物質も積極的に食べる事が分かっている。群れを維持するだけの総摂取カロリーを考えれば、植物質だけで過ごすのはかなり苦しい。
朝一から霧が薄れ、日が昇り出すまで調査を行っていた傭兵達の空腹具合も、そろそろ苦しかった。
見張りのアルヴァイムを残し、農家の方々が用意した朝食を受け取りに行った傭兵達。都会――地元の人達がラストホープを見ればそうなのだろう――からやってきた傭兵の為にと朝早くから拵えられていた朝食の釜。
キメラの脅威も近くに無く、宿に戻って朝飯をつつく静かな環境の中、遠くでコンバインの動く音がしている。
時間はそのまま過ぎ、罠の補修の必要もなく、幾らか罠用の餌を増やした程度。
交代の監視も夜の分の休憩を挟む余裕さえ有り、そして夕方。
夜の警備のために一休みしようかというタイミングで、鳴子が鳴った。
すぐさま駆け付ける傭兵達‥‥が、落とし穴から自力で這い出そうとする猪キメラは僅か一匹。
口の端に柿を囓ったような痕跡がある辺り、食い意地に負けて落とし穴に填ってしまったらしい。
体長も確認されている中では小さい1m台。落とし穴に下半身填った状態で8人の傭兵に囲まれては、最早どうしようもない。
逃げられないように四方を囲み、ホアキンと高岡とねいとが同じ様な方向性でにやりとした。
仲間の血の臭いが漂うエリアに近付く個体が居る訳もなく、この日二度目の鳴子は鳴らなかった。
交替の番で少しずつ疲労の溜まっていた傭兵達に、その晩の牡丹鍋は良い滋養となっていた。
●三日目
「単純なキメラ討伐より厄介だな‥‥こりゃ」
生憎の雨模様の中、ギルはぬかるんだ畦道でブーツを汚しながら未明の警備を続けていた。
借りてきたレインコートも、足元の水分の多さで心地の悪さは変わらない。
「‥‥ただ来るのを待つだけ、ってのも暇ですねぇ」
十分に食べ、充分に睡眠を取っていたねいとが同じくレインコートを着込んで呟く。
何しろ実際に姿が確認出来ているのは昨日の一匹だけ。調査をすればする程その存在は確かになっていくのだが、姿は見えない。
降り注ぐ雨が舗装されていない農道を緩くし、木々の葉を叩いて音を遮る。
猪キメラにとってみれば格好の時機。だからこそ、退屈によって集中を逸らしてはいけない。
「どうですか?」
厚く覆われた雲によって空は未だ暗いままだが、少し早めにアルヴァイムが交代を告げに来た。細かい所でフォローに回ってくる辺り、黒子の名に恥じる所が無い。
「こう暗いとな。早く明けてくれれば、キメラも寝付くんだろうが」
暗視スコープを装備していたアルヴァイムやホアキンならともかく、能力者の感知能力でも真っ暗闇を見透す事は難しい。
日の照る時間になっても、厚く被った雲は退かず、生憎の雨天。
森の薄暗さは変わらず、地面は酷くぬかるんでいた。組み合わされた仕掛に雨垂れが流れ、何かが掛かったでも無いのに微かに鳴子の音がしている。
全員が安いレインコートの居心地の悪い袖に辟易しながら、罠の状態、猪キメラの動きを探っていく。
しかし深夜からの雨で大分葉の落ちた地面は柔らかく、また暗い中で痕跡を探す事も酷く難航した。
朝食後も探索は続いたが、中々進行しない。夜の間に接近された様子も感じ取れなかった。
「‥‥‥‥ん?」
やや奥まで踏み込んだ白鐘の耳に、遠い音だが、濡れた地面を踏み締める何かが一つ、二つ、それ以上。
此処で一つオペレーターのミスを挙げれば、『夜行性で神経質なのは変わらんが』と言ってしまった事にある。
解説資料には含まれなかったこの『夜行性』という性質は、猪が本来生体として持つ特性では無い、のだ。
神経質という性質から人間の活動を避けて動くようになった、人の目の届く範囲での副次的な夜行性であり、猪本来の姿は昼行性。
キメラとなり、人間の活動に脅かされる事の無くなった猪キメラが昼間に動いても何の不思議も無い。
音は徐々に大きくなり、雨の中でもはっきりと方角が感じられるようになってきた。
「迂回された? 戻るぞ!」
空腹に耐えられなくなったのか、雪崩れるように餌の積んである方向へ駆け下りてくる猪キメラの群れを迎え撃つべく、急いで迎撃の出来る道にまで降りる傭兵達。
俊敏に木々を避けて降りてくるキメラの数は5匹。その最後尾に、一際体の大きい個体が一匹。
「傍迷惑な猪どもだ。ここで牡丹鍋‥‥は昨日したか」
全力で駆け下りたホアキン、アルヴァイムが迎撃位置を整える。余りにも足場が悪い条件で、誰もが移動に手間を取られていた。
「間に合うかどうか‥‥っ!」
ドラグーンの竜の翼、グラップラーの瞬天速で距離を稼いだ高岡とねいとが木々を抜け、なんとか猪キメラを射程に収めた。
その間に、覚醒して雰囲気の変わったアルヴァイムがサブマシンガンを掃射し、大型個体を護る一匹の脚を止める。
止めると言っても、その威力で以て前足の腿から下を撃ち壊しているから、一匹の戦闘能力を奪ったのと変わらないが。
群れから突出した一匹が、羽衣の計算で設置した堀を飛び越え、加速度のまま柵を破壊していく。
「そこから先は荒らさせないわよ」
泥に足を取られ、もがく猪の背に、アズメリアの月詠から放たれたソニックブームが深い傷を穿つ。深い泥の中に汚い顔を埋めたまま動かなくなり、残るは3匹。
柵は破壊されてしまったが、通過した一匹以外は目の前の異物を感じ取り、無理に突撃しようとはしなかった。
「リーダー格を護っているのか?」
ホアキンが大型個体に向けて放ったエネルギーガンは、狙いこそ正確だったが、それ故にぴったりと付き添う中サイズの個体に阻まれ、三発の消費を強いられる。
「わっ!? ぷっ!?」
覚醒効果で残像を残しながら、回避と敵の誘導に専念していたねいとは、緩い地面に足を取られた隙に一匹の猪キメラの突進を受け、宙を舞う。
ダメージは羽衣の練成治療で充分回復できる具合だったものの、吹き飛ばされた方角が悪く、堀の中へ。追撃しようと嘶く猪キメラは、その声が終わらない内に アルヴァイムの狙撃を受けて絶命した。
羽衣とアズメリアの手を借り、這い上がろうとするねいと。それをこの『群れ』のウィークポイントと取ったらしい大型個体が太い蹄で地面を蹴り、羽衣ごとねいとを押し潰そうと加速する。
「正面から当たるな!跳ね飛ばされるぞ!」
白鐘の声が飛ぶ。が、其れよりも高岡が竜の鱗を発動させ、AU−KVの防御力に頼んで身を滑り込ませる判断が早かった。
「ドラグーンの根性、見せてあげるよっ!!」
AU−KVを着込んでも、その身の丈は猪キメラの方が大きい程の体格差。更に木の幹や岩で入念に磨がれた牙が、真正面から受け止めようとする機体の脇腹を突く。
「えぇぇぇぇぇぇいっ!!」
噛み付こうとする猪キメラの顎部を両腕でしっかり締め、牙が食い込んで内側に凹んだAU−KVの装甲が内部にまで歪みを伝えながらも、高岡は痛みを堪えて体勢を崩さない。
「いいぞ、離すなよっ!」
動きの止まったキメラの懐に、ギルの重爪が深く、連続して叩き込まれる。
「普通の野生動物なら可愛そうに思うけど、キメラなら容赦しないよ!!」
ねいとのルベウスも深々と急所を抉り、猪キメラの息が上がってくる。高岡の消耗も激しい。
「天都神影流『奥義』‥‥」
そして、雨と泥で途轍もなく地面の臭いがする戦場に、漸く終わりの一撃が加えられる。
月詠を抜いた白鐘の。渾身の一撃。
「白怒火!」
●四日目
晴天は閑かな盆地の朝霧をゆっくりと剥がし、平和を取り戻した農地らしい、忙しなく、穏やかな時間を傭兵達に感じさせていた。
残りのキメラが居ないとも限らない。負傷と消耗の激しい高岡をローテーションから外し、昨日の戦闘の後も、捜索や監視は続けられている。防御力上昇スキルと、AU−KVのお陰で重体には至らなかったが、大きなダメージを受け、雨の中で体も冷えたという事で、大事を取って休養する事になっていた。
昨日の巨大な獲物を見た農家の人々は既に安心しきったらしく、人伝に聞いて高岡を見舞う者、物珍しげに戦闘痕を覗きに来る猟師の姿さえあった。
そして仕事休みの昼頃から時々お礼を言いにやってくる農家の人々。マメに応対していくアルヴァイム。
羽衣は高岡の傷の具合を診ながら、事後処理の終わるのを待っていた。
結局この日、新たなキメラが発見される事は無かった。
昨日の猪キメラは、夜の食卓に焼き肉となって発見された。
●五日目
高岡の回復を待ち、傭兵達は罠の撤去と、帰り支度を整えていた。傷の回復は万全とも行かなかったが、二人を庇っての名誉の負傷と言えるだろう。
「もう二度と、俺の財布を脅かす事が起きませんように‥‥ってな」
漸くといった風情で、ギルが煙草を一服。
殻はしっかりと携帯灰皿に落とし、彼等は藁と土の香りを後にした。
その後は、キメラの被害も無く、収穫も例年通りとなった。
腹を空かせてやってくるのは自然通りの野生動物たちで、追い払ったり、盗み食いをされたりと、これはこれで自然の形をしている。
また、この一件でこの地方との通信が行われるようになり、農作物以外にも、物流が始まろうとしていた。