●リプレイ本文
●燃え盛る城
アレスは目前にあった。
地球圏から離れつつあるとはいえ、その速度は遅く、未だ地球を背にする姿。
片方のみとなったプラズマ砲が睨みを利かせる中、人類側の艦隊、そして傭兵達が接近しつつあった。
「そろそろ射程圏ね。気を付けて」
敵艦の重力波変調を見て取った百地・悠季(
ga8270)が、ピュアホワイトのデータを各員に伝える。
探知外に見える分も含めて、敵艦は多数。数えるまでもない。
傭兵達の接近にあわせて無人機の展開も始まると、衛星内全ての戦力を放出したかのような偉容に映る。
「宇宙かぁ‥‥ずいぶん遠くまで来たナァ」
号令と共に、コンテナミサイルを発射するラサ・ジェネシス(
gc2273)。
自身の放ったミサイルで追い込みつつ、敵艦の進行をブリューナクで押し止めるラサ。
管制機の補助のおかげで、接近する機体には気付きやすい。至近の機体は味方に任せ、突破の切欠を狙う。
「いい景色ダネ。‥‥敵も多いけどネ」
「その方が当てやすそうです」
その影から飛び出たミルヒ(
gc7084)の天が、一気にランチャーを開封してミサイルを発射する。
マイクロミサイルの雨に撃たれ、一時出足の止まるワーム群。
敵の防衛面から距離を取るように減速しつつ、群れの合間に向けて超大型弾を一発見舞う。
誘導弾は艦の横っ面で爆発し、巻き添えを食ったワームと共に敵艦をルート上から押し出していく。
が、ミサイルの嵐が晴れた後にはすぐさま別の戦艦が立ちはだかり、穴埋めが図られる。
「道を開ける! 10秒稼いでくれ!」
宗太郎=シルエイト(
ga4261)の吼天が宙間で機体を止め、目前に展開する防御艦隊へと狙いを定める。
「宗太郎!」
観測情報から最適な位置取りをするため、敵中に鎮座する吼天。その機体を庇うように榊 兵衛(
ga0388)の雷電が滑り込む。
「頼りにする!」
突撃機の爆発を横目にしながら、砲撃準備を進める宗太郎。
既に撃ったのは3発分。
残る力を充填した薬室が、爆発的な内圧に軋みをあげる。
「エネルギーフルチャージ! 貫け、穿光っ!!」
防衛艦隊を貫き、粉塵層への直撃を与える吼天の光。
眩い光芒が空間を切り開き、粉塵の流れが落ち着くその間隙を突いて、第一のG5弾が発射された。
外部装甲を焼く爆発に、付近に居た部隊も巻き込まれ消えていく。
「直撃を取ったな、あとは頼むぞ!」
露払いとして至近でその様子を確認していたヘイル(
gc4085)。
その機体と擦れ違うように、第二部隊のKV達が次々に降下していく。
続いて第一部隊のKVも破砕孔に近付き、人型の脚を出してその場に構える。
「いーね、こういうの防衛戦みたいでさ! ここ暫くご無沙汰だ」
クローカ・ルイシコフ(
gc7747)が付近の対空砲に砲撃を浴びせ地盤を固めていく。
「ここからが大変よね‥‥各機、『全周囲』に敵が展開中」
ピュアホワイトが映し出す敵影は溢れかえり、判別も尽きづらい。
「‥‥味方艦が退いたか」
連絡役を受け持っていたアルヴァイム(
ga5051)が、粉塵層の外で距離を離していく味方艦を見送る。
損耗を受けた事による一時的撤退。駆け抜ければ補給には戻れるだろうが、艦砲射撃の期待できる距離ではない。
防衛戦に高まる士気が、どれだけ保つか。不安が過ぎった。
●炎戦
「中枢はこっちだな‥‥反応は強いぞ」
館山 西土朗(
gb8573)がヴィジョンアイを起動し、衛星内深部にある装置中枢に探りを入れる。
異様な熱量の周辺環境に、後方でも落ち着いていられない。
罠らしい罠は無いようだったが、この衛星内で満足に生きられる生物がどれだけいるだろうか。
「やけに無防備だな」
敵との遭遇戦を想定していた湊 獅子鷹(
gc0233)だったが、まるで殆どが出払ってしまったかのように衛星内は閑散としている。
奥深く、中枢直上と思しき部屋に辿り着いた時も、誰もが罠を疑っていた。
しかし、外で仲間が戦っている以上時間はかけられない。見張りを配置し、赤崎羽矢子(
gb2140)がまず弾頭の設置を始める。
その極僅かな、衛星内の強い反応では見逃してしまうような小さな慣性制御反応に気付いた時、既にその姿は見えていた。
「拙い方に来た!」
設置作業を開始していた赤崎とカグヤ(
gc4333)の前に、生身のゥイーヴスが躍りかかる。
「弾頭が!」
設置の途中だった、赤崎が背負ってきたG5弾頭が起爆前に両断され、機能を失う。
目の前を飛翔する影に咄嗟に突剣を抜いたが、獣突をくりだす前に右肩に鈍痛が走った。
一瞬で焼き切られた肩口からは血も零れず、衝撃も僅かだったが、その深さは赤崎だけが分かっていた。
鈴葉・シロウ(
ga4772)がシールドスピアで割って入り、赤崎とカグヤが退避に動く時間を稼ぐ。
無論、本人も退く積もりだったが、しかし目が合ってしまった。
「ビームシールドだぞ!?」
叫んだ鈴葉の目の前に、レーザーの障壁を突き破って迫る影。
猛攻を受けたニェーバの上体は炎の拳に打ちのめされ、自衛砲を起動させる間もなく横転する。
コクピットと、自分の横腹に開いた大穴を見ながら、自分の握った旗を省みる鈴葉。
その幻視が何だったのかは定かでなく、突然機体が引き摺られたかと思えば、仲間達の機体の後ろにパスされていた。
「最後の血戦ですな、ゥイーヴス殿。‥‥いざ‥‥参るッ!」
先陣を切るフェリア(
ga9011)のヴァダーナフが、輝きと共に残り30秒のカウントを開始する。
KVのサイズからすれば小さい竜人をサイズで圧倒するように、鍔迫り合いの刀と爪のまま壁を突き破って別の部屋へ抜ける。
注意を引くその姿に隠れ、赤崎、館山、カグヤは弾頭を、BLADE(
gc6335)は鈴葉機を抱えて別方向へと去っていった。
繰り出される剣戟。幾度目かの戦いに、打ち、払い、悉く切っ先は対象を逸れていく。
「おいおい、無茶すんなよ!」
ジャック・ジェリア(
gc0672)がその戦場移動を追い掛けながら、ゥイーヴスの拡げた翼を長距離バルカンで揺らす。
背面からの射撃を受け、一瞬崩れた翼動。
素手‥‥そう表現すべきか、隙を突いて放たれた横薙ぎの一閃は、強固な鱗を纏う素手の防御の上にしかと命中した。
残り12秒、確かな手応えにレバーを思い切り押し込むフェリア。
だが、灼熱化した鱗はその半ばで刃を押し止めていた。
「その牙は認めるが‥‥獅子ではな!」
獅子王を真正面に捕らえた炎の牙が、ヴァダーナフの輝く装甲ごと刀を打ち砕いていく。
ゥイーヴスが咄嗟に身を反らす事がなければ、フェリアの体はコクピットの中で焼け落ちていただろう。
自壊するまでもなく、既に半壊した機体を支えるように。煌々と照るガントレットに携えた、もう一本の刀が竜の右目を傷付けていた。
カウントを満たす事なく、停止する機体。
それをかっ攫うように全速力で駆け抜けていく紫の機体。
フェリアのために退路を確保していた魔宗・琢磨(
ga8475)が、急ぎ脱出ポッドを回収して退却する。
「死ぬんじゃねーぞ、フェリア。‥‥お前らチビスケ達は、バグアを追い払った後の世界を背負わなきゃならねーんだからな‥‥!」
死地から助け出したフェリアを庇いながら飛ぶガンスリンガーの背に、次々飛来する炎弾。
火球の爆発で右腕を失い、転倒しながらも、脱出ポッドを庇って走り続ける。
「退路を送る、迷うなよ!」
「すまねぇ‥‥!」
館山が作っておいたマップを頼りに、戦場を抜ける魔宗。
その背に向けて放たれる炎熱の波を遮り、UNKNOWN(
ga4276)が壁となった。
「ほう‥‥」
その装備品目に思う事があるのか、目を見張るゥイーヴス。
「まるで天敵だな。‥‥尚更面白いが」
壁をぶち抜いて広がった大部屋に、UNKNOWN、湊、ジャック、ミリハナク(
gc4008)の機体が揃う。
インレンジに迫った湊の機体が釣鉤に足止めを食った一瞬、UNKNOWNのそれに向けて炎が伸びる。
違いに命中弾を出す炎と銃弾の争い。決定打たりえる拳の射程には、ジャックと湊が近づかせない。
ただ、近づきすぎた。ヒット&アウェイを繰り返していた湊機は4度目の退避時に釣鉤を掛けられ、機体を振り回される。
さんざんに打ち据えられ、炎に炙られた機体がK−111の手で引き剥がされた頃には、機体の中も外も散々な有様だった。
それまで機を伺っていたミリハナクが、盾となるUNKNOWNの影からブリューナクIIを構える。
「ごきげんよう。人の力の証明に参りましたわ」
アクセラレータの加算された砲弾を翼で受け、大きく後退するゥイーヴス。
着地地点に降り注ぐ200mm砲がその身を弾き、更に押し返していく。
壁の崩落によって大部屋化した一室とはいえ、飽和気味の実弾が小型の目標に集中する。
逃げ場を失ったように見えたゥイーヴスは、床に爪を立てて踏み留まっていた。
「この衛星に挑んだ覚悟、見せてもらうぞ」
次の一瞬。
燃える衛星から取り込まれた熱エネルギーが、その室内に溢れた。
●点火
「ずっと隠れてたのか?」
「でも、さっきまでは反応しなかったの」
ドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)とカグヤが様子を窺うのは、炎熱エネルギーの管理中枢内。
大規模な慣性制御反応と同時に、中枢から伸びる太いパイプの行き着く先である此処には、打って変わって警備の部隊が控えていた。
ゥイーヴスとの戦闘が行われている中に戻るわけにもいかず、怪我人を抱えている事も考えれば、ドゥの先行で現場を押さえるしかない。
ライフルの十字砲火に膝を折るタロス。囮となったドゥに群がるそれらの背を、鈴葉、赤崎、BLADEが同時に奇襲する。
「此処も無人機か、一寸助かったな」
シルバーブレットを構えたタマモが最後の一機を殴り潰し、安全を確保して再度G5弾頭の設置に取りかかる。
弾頭は2つだが、位置を考えれば充分な数だった。
「‥‥何だ?」
見回りに通路へ出ていたBLADEが、反響する音を掴む。
爆発音は遠くに聞こえたが、外部からではない。
連続して消えた味方の反応に、カグヤはコンテナから取り出した弾頭を急いで調整し、スイッチを押した。
「爆弾爆発カウントダウンなの。いちもくさんに逃げるの」
●燃焼
室内に居た機体は皆一様に塗装が焼け焦げ、灯りの落ちた部屋では暗く煤けたその姿も見えづらい。
等しく焼き払われたそれらのうち、十全に動けるのはUNKNOWNの1機のみ。残りは装甲を越えて与えられたダメージによって停止している。
停止した機体のコクピットを無理矢理開ける音が幾つか響き、ゥイーヴスはそれを待っていたかのように床に火を点した。
「ただ1つの個体として戦う気になったか?」
誰に問うたでもない。ただ、そう尋ねた側も、誰が答えるかはおそらく検討がついていた。
「よい友人に恵まれたので、死ぬつもりはありませんの」
その姿勢に、ゥイーヴスは落胆を見せたようだが、一方で渋く納得するような溜息を1つ。
「‥‥惜しいが、これ以上の言葉は不要か」
基地内の熱量を吸収し、一時的に肉体を補強していくゥイーヴス。
一瞬見せた赤熱の輝きはさらに光を増し、輻射熱と共に視界を焼く。
その間、密かに作業を終えた赤崎とカグヤから短い通信が入った。
敵に悟られぬようにと音声無しで届けられたそれには、時刻だけが示されている。
「このサウナもあと5分かね」
熱、赤外線に関わるセンサー類が軒並み破損していく中、快適さとはほど遠いコクピットで脚を組み直すUNKNOWN。
膨大な熱量、その発生源たるゥイーヴスの体は、赤熱を越えて燃え盛っていた。
「冗談じゃない、近付けもしないぞ?」
一塊の炎となった竜の突進。接近するだけで皮膚を焼く熱量を間近に受け、倒れ伏した機体の影から飛び出すジャック。
防御に使ったエンジェルシールドの表面は一瞬で融解し、右腕の焦げ付く感覚に顔を歪める。
尾の反転に巻き込まれたのを渾身防御で防いだのは殆ど一瞬の生存本能だった。吹き飛ばされた先の壊れた壁から、転がるようにして退避していく。
退避したジャック、そして機体を放棄したミリハナクと湊が館山に錬成治療を施されている間、UNKOWNは機体の四肢の限界を駆使して火球の襲来を食い止めていた。
驚くほど強靱な機体だが、四肢を構成するモジュールは熱量との接触の度に少しずつ損耗していく。
ついには、その手を擦り抜けた竜の歯牙がコクピットを叩くようになった。
だが相反する属性を受け続け、火球の勢いも衰えている。
「そろそろ終わるぜ、トカゲさん」
挙動の怪しくなったK−111の膝を借り、横合いから湊が飛び込む。
低く飛んだ姿勢から下半身を持っていった湊の一撃。
力は殆ど入っていなかったが、側面からの衝突に、ただ単純な質量の衝突に、ゥイーヴスの体は蹌踉めいた。
熱を失い、罅割れた炭のようになった鱗から火の粉が零れる。
内側から己の血を燃やして得た熱量は、ヨリシロの崩壊と同時にその効力を失いつつあった。
「‥‥」
それは既に生きているのか死んでいるのかも分からなかった。
あるいは、ドラゴニックの火の力に、バグア自身が限界を迎えたのかも知れない。
そんな事を知る必要もなく、知るまでもなく、ミリハナクの最後の一撃は枯葉を打つような乾いた音がした。
宙を舞う肉体は、何に触れるでもなく燃え尽きていった。
●帰路のために
「へ、へ‥‥燃えるじゃねぇか‥‥」
満身創痍と言って良かった。
戦艦を潰しても、プログラムに則って動くワーム群は執拗に群がり、補給のために背を向ける事さえ難しい。
退路を支える防衛ラインは徐々にその円を狭め、ついには出口の縁に脚をかけるまでになっていた。
粉塵層の内側、破砕した穴にそって並んだ防衛隊は、一人、また一人と限界を迎えていく。
「運は味方に付かなかったか‥‥」
コンソールを叩くクローカ。だが、追加装甲も剥がれ落ち、疲弊した駆動系に熱が入る事はない。
その隣で、使い果たしたミサイルポットを外し、ギリギリ立ち上がる榊の雷電。
「‥‥潜り込んだ仲間が帰ってくるまで何としても‥‥‥護りきってみせる!」
近距離戦になって以降、酷使し続けたウイングエッジの切れ味も鈍り、衝突の度に軋んでいく。
一度は補給に戻る余裕もあったが、周囲を囲まれた今、次に引き返す機会があるかさえ分からない。
始めは味方機に配慮し、攻撃を行う余力があった百地も、今は次々に押し寄せる敵を報せるので手一杯になりつつあった。
しかし誰もが希望を残していた。味方の誰の反応も消えていない事と、そして残り1分を示すタイマーの目盛り。
こまめにBLADEが内外の情報を行き来させていたお陰で、内部の状態も耳に入っている。
粉塵層の外に意識を走らせたアルヴァイムは、衝突で歪んだマニピュレーターで器用にブリューナクの発射態勢を整え、それの到着を待っていた。
「来たぞ!」
炎熱の渦中、衛星の底からの光を見たヘイルが叫ぶ。
ゥイーヴス戦で溶け落ちた装甲の機体、あるいは機体を失って別の機体へと同乗した者達。
比較的無事なカグヤと館山がそれらを庇いながら衛星を脱し、最後に、ボロボロに瓦解し掛かったニェーバが縁に乗り上げた。
「ふ、フラグは折れたか‥‥」
見上げる宇宙には、敵の群れ。
残り僅かな起爆時間。
ブースト一回分の衝撃に耐えられるか考える鈴葉の耳に、雑音混じりの声が届く。
『急げ。次の休暇の前に死ぬつもりか?』
艦隊は戻ってきていた。
損耗した艦の中から比較的無事であり無理の利く物を束ね、往還の高速艇の名目で駆り出されたのだ。
両部隊の機体が衛星を離れ、艦へと戻っていく。爆発を背に、爆発の中を抜けて。
艦に主砲を向けようとするワームや敵艦へは在庫の弾丸が漏れなく撃ち放たれ、来た時と同様の派手な爆発が乱れ飛ぶ。
『援護射撃に巻き込まれる馬鹿は居なかったようだな。上出来だ』
SES稼働用に乗り込んでいた静香は、全員を回収できた事に安堵した。
重傷者は多いが、この重傷者の数に分散したがために、一人の死傷者も出さずに済んだのだ。
アレスは崩壊した。
ゥイーヴスを看取る者はなく、衛星の爆発と共にその名は消えていった。
鱗の王はその名を継ぐ者か、あるいはその名を超える物を探していたが、その願いの果たされる事は無かった。
それがバグアとしての本能か、竜としての本能か、知る者は既に居ない。