●リプレイ本文
○強火
『砲撃、開始!』
エクスカリバー級の主砲が光り、それに続くように幾つもの光が伸びる。
仕掛けたのは人類側。しかしそれを待っていたかのように、衛星アレスの2つの砲台は稼働を開始した。
吹き上がる炎の影、陽動の裏側で、傭兵達も接近を開始する。
「‥‥全く情報が足りていませんわね。今回の任務で必要な情報が集まると宜しいのですけれど」
味方のESMとの繋がりを確認しながら、クラリッサ・メディスン(
ga0853)が目前の衛星にカメラを向ける。
赤い塵、浮かぶ2つの小衛星。前線へと機首を向けるKVはそれぞれの班に針路を分けた。
大型の対空火器は戦艦に向けられている。迎撃はまだ機銃クラスの小さな物だった。
「ミサイルが見えなくなっちゃった‥‥」
粉塵層への突入前、数種類の兵装を試していたソーニャ(
gb5824)だったが、G放電装置は弱化、ミサイルはその反応を追跡する事ができず、塵の向こう側へと抜けたかさえ分からない。
赤崎羽矢子(
gb2140)の調べでは、粉塵自体にはジャミング能力はない。電気的抵抗を帯びた粉塵層が単純に電波を阻害しているらしい。
そんな中でも、ピュアホワイトのESMはその機能をしっかり果たしていた。
「粉塵層の向こう側に敵機、待ち伏せされるわ」
「行くのも留まるのも引くのも危険か‥‥」
航空機状態で粉塵層の上を飛ぶドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)。層下からの砲撃は位置、タイミングが掴めないため、そろそろこの位置で留まっているのも危険になっていた。
あらゆる攻撃に能動的な活動は見せない粉塵。意を決し、ドゥが機首を下げる。
関節部位に粉塵が噛みそうになるが、影響だけで見れば地上の砂漠と大差はない。そして‥‥
「そんなに厚さはないよ、突破できる!」
衛星表面からは数百m離れているだろうか、しかし障害となっていた層、粉塵の漂う厚さはその半分もない。
まるで衛星の引力で其の辺りに漂っていただけと言わんばかりに、衛星から距離を保って層を成していた。
報告を受け、アレス表層から粉塵層までに開かれた空間へ、次々にKVが突入していく。
「粉塵の所為で真っ暗‥‥カメラの出番ね」
百地・悠季(
ga8270)を筆頭に、衛星に接近したピュアホワイトが夜間視モードで地形を記録していく。
粉塵層に光を阻まれ、薄暗がりに見えるのは、衛星表面と対空砲。
実弾対空砲の火力は艦船レベルにこそ脅威だが、粉塵層を一瞬で越えられると分かった今、狙いを定めさせないKVであれば難なく突破できる物だった。
即座に観測態勢を整える天野 天魔(
gc4365)。だが、対空砲の影から突如として現れたワームがそれを許さない。
高火力のプラズマ砲は、掠めただけでも観測機器へとノイズを与えてくる。
「ち、観客に手を出すとは――」
「――噂の鱗柄か。こちらは俺がやる、観測は任せた」
ヘイル(
gc4085)が隊列から降り、天野機を守るように機体を減速させる。
変形して敵に対処するドゥとヘイル、2機のタマモ。
2人を襲う無人機の群れは、殆ど特攻とも言えるような白兵戦を仕掛けてくる。
「完全にコクピット狙いな上に熱量兵器か‥‥掠めても火傷じゃ済みそうにないな」
「連携するにも、粉塵層の内と外で、通信が遮断されてますね。慎重に、いきましょう」
それぞれのレーザー砲で死角を補い、追撃から逃れる2機。
「見つかった〜?」
何処から現れるものか、衛星の凹凸を縫うようにして敵を回避し続けていたソーニャも写真撮影から合流する。
表層を捉え続けていた彼女の写真からは、開口部になりそうな箇所は見当たらない。
未踏破の裏側へ向かう前に、集められた記録を外に持ち出すため、ソーニャは再度加速して粉塵の外へと出て行った。
「しっかり引き籠もってくれてますわねぇ?」
「不健康だね」
ミリハナク(
gc4008)とUNKNOWN(
ga4276)は肩を揃えて飛んでいたが、見えるのは対空砲ばかりで窓さえ確認できない。
定期的に更新される地形データを参照し、観測の死角を潰していく。
殆ど夜間戦と変わらない視界環境。不意に密度の高い対空砲に晒される2機。
「‥‥射角があっていないようだね?」
持ち前の機体性能で難なく回避しつつ、UNKNOWNは並びの悪い対空砲の列に狙いを定める。
本人はひとまず破壊しておく程度の認識で。大量のミサイルが殺到した対空砲は爆発し、その内側に隙間を見せた。
構造改築が急拵えだったのだろう。開口部を塞いで建てた対空砲は、所々不揃いがあった。
高火力武器をぶつける事で、その下の地盤に僅かな亀裂が生じていく。
もとより開いてなければ開かせるつもりだったミリハナクは、その亀裂に照準を合わせた。
「藪を突いて竜を出せー!」
ロケットランチャーで、ミサイルで、罅割れのように衛星表面が開けていく。
誘われ出でた鱗柄を、接近前にUNKNOWNが叩き落とし、2機はその出現方向に更に機を進めていった。
○炎熱
『高熱量発生! 第二波、来ます!』
『動きを止めるな! 振り切れ!』
艦隊を袈裟斬りにするように放たれたプロミネンスが、回頭する間もなく2隻を薙ぎ払っていく。
『これで3隻‥‥!』
G光線砲の直撃は小衛星が纏うフォースフィールドに減殺され、大きなダメージは与えられていない。
稼働状態のそれを目前に、アルヴァイム(
ga5051)はミルヒ(
gc7084)は足を止めた。
艦隊側との連携を狙っていたアルヴァイムだったが、小惑星の防御性能は高く、一目に崩しがたい事が分かってしまった。
それぞれの小衛星破壊に割り振った戦力を考えながら、次の一手を逡巡する。
追従するミルヒに被弾の光が奔ったのは、衛星から眼を離した僅かの時間の間だった。
「対空射撃か?」
「大丈夫です。フレアが効きました」
乱波の影響下、ヴァダーナフの脚部に弾痕は残ったが、重要な機関部への影響はない。
「‥‥実弾、ですね。ライフルです」
宇宙側に狙撃機の姿はない。被弾箇所から大まかな方向は掴めるが、2射目の気配もなかった。
「接近を拒んでいるのか、誘っているのか‥‥何れにせよ有人機か」
仕掛けられた駆け引き。
粉塵層を越えた位置に何があるのか、踏み込んで確認するには――被害を抑えてそれを行うには――今回は人数が足りない。
罠を避けた2機は一度、補給へと戻る事にした。
「内側に空間があるって?」
敵の主力から距離を取り、砲撃と戦闘の陰に隠れて接近していた赤崎と南 十星(
gc1722)は、粉塵そのものの調査を開始する。
大方の予想通り、そして既に見た通り、粉塵を構成する微粒子は何らかの電位的な阻害力を持っていた。
しかし目立って特別な反応は示さない‥‥というより、それはまさしく塵であった。
塵の粒子その物が軍事的な目的を持って加工された何かという事ではなく、炉にくべられた燃焼剤が出す煤、そのもの。
「突入組、温度分布は?」
「すごい、めらめらしてるの‥‥」
ミリハナク達に追従していたカグヤ(
gc4333)が連絡を受けてESMを向けるが、内部の精細な温度分布までは読み取れない。
しかし熱源探知を持っていたとしても、細かな探査は行えなかったに違いない。
熱されていたのだ。衛星その物が。
「小惑星の破壊、まだか!」
粉塵層の外、艦隊の護衛として動いていたBLADE(
gc6335)だったが、長距離砲撃が主となる敵の攻撃には為す術がない。
艦隊は攻撃を続けているが、小衛星はその火力以上に強固なフォースフィールドを張り続けている。
再チャージまでの時間がある事は分かっている。しかしあと何度、いや、回避が遅れれば一度で薙ぎ払われても不思議はなかった。
その間。外に漏れ出る熱量を頼りに、小衛星を調査していた竜王 まり絵(
ga5231)と古河 甚五郎(
ga6412)がある一点に辿り着いた。
何の変哲もない衛星装甲部。だったが、カメラの倍率を上げて見れば、殆ど人間の作業サイズしかない小さなダクトが隅々に目に付く。
熱量の繋がる根本。そして、『塵のような物』が吹き出す排気口。
その発見に反応したかのように、それまで強固に閉じられていた外殻が僅かに開かれ、ワームが殺到する。
「この辺、バミって出ますか」
疑わしい表層部にミサイルを叩き付け、ワームの包囲網を脱する竜王と古河。
その位置情報はは赤崎機を伝わって攻撃隊に伝わり、艦隊にも伝わった。
『レーザーとミサイルを使う必要はない! 実弾を優先しろ! 目標地点へ集中砲火!』
G光線兵器が主力となった今、粉塵層を越えて有効打を与えられる武装は少なかった。
それでもクラリッサのピュアホワイトが集積した地形データと、竜王・古河が持ち帰った位置座標を合わせる事で、少ない実弾兵器を集中投入できる。
「さて、劇的ビフォーアフター開始と行きますかねっと!」
「Let’go中心部!」
二人で行動していたにしては、やけに片方にダメージが乗っかっている魔宗・琢磨(
ga8475)とフェリア(
ga9011)のコンビ。
後から面倒をみるように続く百地が鱗柄の注意を引きつけている間に、砲撃で穴だらけになった装甲板へ着陸する。
弾痕から漏れ出す粉塵と熱。衛星内部を伝わる炎熱エネルギーが、この真下に集っている事は間違いなかった。
「星を断つっ!」
穴と穴を繋ぐようにして獅子王を滑らせ、ヴァダーナフの膂力で装甲を引っぺがすフェリア。
それを合図としたように、補給を終えた竜王、古河がほぼ同じタイミングで往還、開口部は瞬く間に火に包まれた。
「小衛星Aのフォースフィールド消滅、熱量上昇も遅くなったわね」
百地のピュアホワイトが、小衛星の制御力の減少を報じる。
連動するエネルギー伝送システムが潰れた事で、鱗柄の戦闘力も減少していた。
小衛星防衛のために粉塵層へ離脱しようとするそれらを、魔宗の弾幕、フェリアの斬断が阻止していく。
「やりやすくなったみたいだな、へっ、行くぜフェリアッ!‥‥Let’s!」
「Party! なのですッ!」
「頑張りすぎちゃ駄目よー」
突出しそうになるフェリアに位置座標を示し、粉塵層前に機体を集めさせる百地。そこにアルヴァイム達も合流する。
伝送システムの詳細を聞いたアルヴァイムは、自身の判断に安堵した。
○燃焼
「やっぱり『竜の巣』だったみたいだね‥‥!」
粉塵の調査と同時に、ジャミング中和を活かして内外で通信の中継を行っていた赤崎は、クラリッサへ送る地形図を見て呟いた。
次々に開口部が刻まれていく一方で、眼に見えて増えていく交戦報告。
炎熱エネルギー伝送システムが片肺を失った事で個々の火力は減少していたが、それでもまだ水準としては高い。
そして小衛星。1基を停止に追い込んだ一方で、精度こそ悪いが対面側が角度を変えて砲撃を代替している。
「旗艦の損耗、そろそろ拙いぞ」
間近で状況を確認していたBLADEから、タイムリミットの近い事が告げられる。
プラズマ砲という恐怖が遠のいた事で、僅かに心の余裕は産まれていた。
しかし、一瞬で詰め寄る恐怖と、じわじわと忍び寄る恐怖。何時終わるかも明確でない中、采配を揺さ振る事に変わりはない。
特定の間隔で擬装された開口部のある事を確認したUNKNOWN達は、衛星外装への攻撃を続行していた。
空を向きっぱなしの対空砲は近づいてしまえば脅威にならないが、縦横無尽と言えるほどに張り巡らされては無力化できる箇所にも限界がある。
途中、合流したヘイル、天野と地形データを共有し、確認範囲を拡げていく。
「なるほど、つくづく艦隊には向かない舞台だな‥‥」
記録される地形図に次々と灯る対空火器の印。まるで防衛ではなく、攻めるに使うような数だ。
「あ、慣性制御反応多数出現なの。出撃準備中?」
複数の敵機が同時に稼働状態に入った事を伝えるカグヤ。
「見えましたわぁ。上出来よ」
補充帰りでたっぷりと弾薬を積んだ竜牙が、早速ロケットランチャーを撃ち尽くす。
「‥‥消灯なの」
誘爆していく機体。慣性制御装置の大破と共に、複合ESMの反応も途絶える。
開きかけで止まったカタパルトハッチ。その影に、赤い姿がちらりと覗いた。
「来たぁーっ!」
攻撃態勢から点々と慣性をずらして減速する竜牙。その鼻先を掠めるように、炎の波が飛ぶ。
釣り鉤状のチェーンロッドに炎を纏わせたゥイーヴスの一撃。
個体そのものが弱影響の慣性制御下にあるのだろうか、その動きは地上と遜色ない。
「出てきたか! ‥‥何か、資料と違う?」
「老いた、かね?」
明るみに出たその姿、竜人の姿は、乾いて罅割れたような赤い甲殻に変わっていた。
「やる気のない戦争ばかりしていて鈍ったのかしら?」
精細を欠くその姿。しかし肉体情報の劣化が始まっていても、熱火を操る力は衰えていない。
もとより傭兵達も踏み込む積もりはなかったカタパルトの大口の中、ゥイーヴスは何か待つように仁王立ちを決め込んでいた。
違いに攻め入らぬまま、僅かな時間が過ぎる。
「そろそろ、時間ではないかね?」
「そうですわねー。撤退!」
ゥイーヴス発見の報から退却が始まり、最も接近していたミリハナク、UNKNOWN、ヘイルが遅れて衛星を離れる。
彼等を待つように、他部隊の殿を勤めていたアルヴァイムだったが、結局その銃を向ける相手が粉塵層から出てくる事はなかった。
粉塵層は僅かにその密度を減らしていた。
両方の小衛星を大破に追い込むには時間が足りなかったが、竜王と古河の調査により、その機能が衛星側部のエネルギー伝送システムに多くを依存している事を突き止めるには至った。
また、傭兵達の持ち帰った地形データは、軍部に強硬策を思いとどまらせるには充分な物だった。
炎熱エネルギー伝送システムの位置と衛星の地形データ、そして熱量分布測定と、南によって持ち帰られた粉塵の化学分析。
衛星アレスの持つ炎熱エネルギー。炉の稼働はそのままに、伝送システムの中枢を叩けば、アレスは自らの熱に包まれて機能を失う‥‥という計算。
内部潜入による一撃破壊戦。それが答えとなった。