●リプレイ本文
○Under moon
「‥‥アイスブレスを吐くドラゴンか。相変わらず、バグアもいろいろなキメラを出してくるものね」
「うっわ、雹が降ってくる‥‥って何このサイズ!」
列車の上空に、竜を見出すのは簡単な事だった。
KVと比較しても尚大きいその翼長、そしてその全体を覆う半透明の氷。
身を護るために発達した甲殻のように見えるが、氷竜自身の冷気と気流に磨がれた刃も散見される。
小鳥遊神楽(
ga3319)と依神 隼瀬(
gb2747)は、時折氷殻から剥がれ落ち降りかかる雹を避けつつ、空の仲間を牽引する。
氷竜はそれに気付いている様子だった。
「やっぱりドラゴンはかっこいいですわ。一匹でいいから欲しいですわねぇ。うちの子になりません?」
と、誘いを投げかけるミリハナク(
gc4008)だったが、聞く耳はあっても理解する脳までは備えていないようだった。もちろん、同時に放たれたG放電装置の光を見て、敵と判断する事の方が容易かったようだが。
返答代わりに身を震わせた氷竜が、接近した機体に氷雪の混じったブレスを吐きかける。
身を捩りながらのその噴射に、丁度周囲360度が白い靄に覆われる。
靄は夜の空にしつこく残り続け、その中に突っ込んでしまった機体はもれなく視界を凍らされる事となった。
アメール(
gc6923)とチナール(
gc6924)、双子のワイバーンは真っ白になりながらも一撃離脱を『勉強』したが、その影で鹿嶋 悠(
gb1333)が氷竜の気を引く苦労をしていた事に2人は気付いていない。
スラスターライフルの弾丸は氷の上を跳ね、衝撃で幾本かの氷柱が宙に舞う。
しかし靄で視界が悪いとは言え、其所は傭兵も手慣れている。各自が至近戦を避けて長距離寄りの武装に切り替えると、氷竜に追わせるような形で徐々に列車を離れていった。
「ただの氷じゃないな‥‥何かが混ざってるのか」
その頃、砕氷作業に当たるスタッフは、中々容積の減らない氷塊に苦戦していた。
もっとも、フェリア(
ga9011)が作業に適したメトロニウムピックを持ってきた事で、作業の進行自体は当初の予定よりも早く進んでいたが。
「女房の為ならえーんやこーらぁと! ふぅ、硬い氷なのです」
線路を傷付けないように注意しながら、ピックを振り下ろすアヌビス。その横で、飛び散る破片を盾に受け止めているのがレイミア(
gb4209)のリンクスだった。
砕いて溶かし、また砕き、手頃なサイズからは手作業で事を進め、線路の整備を進めていく。
不意に氷竜が接近する場面もあったが、まだアルヴァイム(
ga5051)やジャック・ジェリア(
gc0672)らの出番とも言い難い。
「ドラゴンと意思疎通はできそうですか?」
『怒ってるよー』
『怒ってる怒ってる!』
双子が同じように報告する通り、氷竜の動きは目に見えて活性化していた。
身に纏う氷殻の回復も早く、依神のロビンが放ったオメガレイはその高出力の殆どを氷に奪い取られ、直撃を得ていない。
荒れる竜の眼前を入り乱れて飛ぶ双子が攪乱になっている為か、初撃のような被害こそ被ってはいないが。
もっとも、傍目から見たら危険なだけのその飛行、保護者が黙って見ている筈もなく。
「お前達‥‥俺が何て言ったか覚えているかな?」
「きょ、今日は怖いユウ兄だねチル‥‥」
「こっちも怒ってるね‥‥」
そうこうしている間に、小鳥遊が氷竜の氷殻に攻撃を当て比べ、最短の効率を弾く。
「氷の薄い所は実弾で割り抜けるから、厚い所は知覚を集中させてまず薄く。それから‥‥!?」
それを伝える通信に、突如としてノイズが被せられる。
月の現れる方向、列車の進行方向とは反対側から、数機の小型HWが接近してくる。
その装備は、何やらプロトン砲とは違うようだったが。
「MSIは襲われるの大好きねぇ。何か縁でもあるのかしら?」
班の外縁から離れたミリハナクが、竜牙の視線をHWに向ける。
機体同士目が合う訳でもなく、竜の双眼に威嚇された訳でもないが‥‥HWは、その交戦を避けた。
「合流する気ですわね?」
慣性制御を駆使して大きく迂回するルートは、氷竜への接触を優先させたように見える。
「そちらに行きましたわよ」
高火力の脅威に迂回軌道の膨らんだ所へ、ワイバーンの速力を惜しみなく投入した双子が迫る。
「わーい、玩ち‥‥敵だー!」
「ちょっと、大丈夫なの?」
2人の動きに呼応し、3:1の形を作ろうとする依神が、2人の保護者‥‥鹿嶋に確認する。
「敵の火力は低いようですが‥‥すいません、お願いします」
彼我の戦力を比べれば、此処で竜対応の人員を、または時間を割きすぎる事も出来ない。
小鳥遊と鹿嶋が氷竜に対して弾幕を張り、プレッシャーを与えている間に、4機は素早くワームの数を半減させる。
オメガレイの圧縮レーザーがHWを貫通していく、その火花の影で、地表に浮かんだ不自然な起伏に気づける者は居なかった。
○Under ground
鉄の蓋の拉げたような、良く響く破砕音が地上に響いた。
後ろ半分の車輛、輸送コンテナに梱包された積荷が崩れ出し、地中から現れた大口がコンテナの中身を掠め取っていく。
「地殻探査!」
その姿を僅かな月明かりに見出したジャックが、慌てて探査装置を要請する。
氷竜と無人機で入り乱れる空から、注意は地上に。そしてその下に。
スピリットゴーストの200mm砲が掠め、地中に戻っていくサンドワーム。
しかし地殻探査装置の無い今、空戦との連携だけではモグラ叩きにもならず、作物を食い荒らす蟲のようにサンドワームは列車後部を襲い続ける。
地上班の防衛範囲は広い物だったが、連結数も多ければ死角も多いこの20両連結では人手が足りない。
「こいつ等、何がしたいんだ?」
ジャックの疑問は当然の所だった。
突然と空の戦いに介入したかと思えば、今度は列車を襲う。
積荷が欲しいのであれば最初に停止したタイミングが最も手薄で、手早く済んだ筈。
キメラの回収が目的なら、投入すべき戦力がいびつだ。飛行型のキメラを追うのにサンドワームは無いだろうし、話に聞くゴーレムは影も形もない。
違和感を抱えたまま戦うべきか否か、そう思って間もなく、小鳥遊から通信が入る。
『後部車両で作業でもあったの?』
「‥‥なんだって?」
『人を出したんじゃないの?』
跳躍し、後部連結車両へと向かうジャック。仄かな灯りの光学認識の中に、姿が一つ。
「17番車両上、敵だ!」
迷わずルプスに持ち替え、その道を阻もうとする。が、何か夜陰に乗じた能力を使っている為か、KVが正しい捕捉を行えていない。
爪の隙間から敵影を後逸し、そのまま後を追う。
戦闘光に照らされるその姿は、紛れもなく件のメイド服。
「‥‥狙ったか」
迂闊に顎を出したサンドワームを電磁加速砲で地中に深く押し返し、アルヴァイムがカバーに回る。
レイミアも機体を廻すべきか考えたが、その足は止められた。除氷作業は終わりに近づいている上、最悪作業者を守らなくてはならない。その場でテールアンカーを下ろす。
「ダメイド! 相変わらずヒマしてますのね。今回の悪巧みは成功しますの?」
上空の無人機を切り裂き、ミリハナクが挑発する。
が、声も通信も届かない領域外。プラネテスは一直線に先頭車両へと向かっていく。
ミリハナクも挑発こそできたが、一機のヘルメットワームが氷竜と合流してからはその行動に連携が表れ、空の戦闘に優位なムードは無くなっていた。
引きつけていた機体が列車の援護に戻ってしまっては、脅威を増やす事になる。
故に、列車上を走るプラネテスに対し、正面立って構えていられたのはレイミアとフェリアの2機。
目的は車輛の粉砕か、奪取か‥‥考えるまでもなく、レイミアのリンクスがスナイパーライフルを構える。
丁度列車の真正面、水平に撃てば、列車を傷付ける恐れもない。
「あなたのハートを狙い撃ち‥‥なんてね」
しかし念押しのリンクス・スナイプも、正体不明の妨害を受けてその効力に不安が生じた。
映像の上では生身の心臓を狙った弾丸は、影の中を突き抜けるように素通りしていく。
「消えたぁっ!」
抜刀の構えを取っていたアヌビスだったが、両断する対象が見えていなくては抜く事もできない。
影に消えた姿。それが何の変哲もない、ただの回避であると見て取れていたのは、夜間視に備えのあった一機のみであった。
重大なカスタマイズのロジーナが、銃弾を回避して宙に浮いたメイドの体を、夜の帳の隙間から引き摺り出す。
「‥‥人間の機体がっ――」
隠密潜行中のプラネテスをその腕に押し止めた機体。列車の真横へ転がるようにしてそれを掴み伏せている様は、車窓からは冗談のようにしか見えない光景だった。
何倍もある巨体が駆動を軋ませながら取り押さえているにも拘わらず、メイドはそれをしっかりと両手で拮抗させている。
そしてロジーナの駆動音が余程低く響いていなければ、ジャックとフェリアの駆け付ける前に、拮抗の間に二三の言葉を聞き取れていたかも知れない。
その間に交わされた某かによって無人機の攻勢は止まり、傭兵達もアルヴァイムの通信でその手を止めた。
渋々、という者も居なくはなかったが(それが遊びにしろ闘争心にしろ)この場の戦いは一度、凍結された。
『除氷が終わった! 出せるぞ!』
「了解‥‥車両側方に集中。撤退する」
未だに怒りを向けてくるキメラと、一見してそれを宥めているように見える無人機、そしてプラネテスを警戒しつつ、歩を進めていく。
粉砕した氷を更に細かく踏み砕いて進む音と、その度に寿命を縮めていくような連結器に不安を感じながらも、列車は何とか窮地を脱する事ができた。
後から確認した限りでは、実験用の慣性制御装置や幾つかの『商品』が奪われていったようだが、幸い死傷者は出ていない。
もっとも、仕事の内容を鑑みれば、決して妥当と言える損害ではなかったが。
「それにしても‥‥どうやって退かせたんだ?」
「‥‥いや? 大したことは」
思わず訪ねてしまうジャック、アルヴァイムの返事はただ事実のようだったが。
何を話したかの子細は本人が知る所として、実際には、プラネテス側の警戒色も強かった事が付け加えられる。
列車の救助のためにと素早く氷竜、そしてワームを押し退けてみせた事は、それだけ彼等の戦闘力への評価を押し上げたのだった。
鹿嶋はアメールとチナールに説いて飽き足らないようだが、戦いを見ていた兵士に『あの双子』は記憶された。
最後に、最後まで氷を粉砕し続けたフェリアが詠み上げる。
「鋼の馬が戦地を駆け抜け、氷粒の荒野を渡り行く。辿り着いた地で、少女は何を思うか。次回『ドジっ娘吸血鬼のお尻ペンペン』次回もフェリアと一緒に地獄へ付き合って貰う」