●リプレイ本文
○突入
三台のジーザリオが、橙に染まる地面を走る。
駅から見える景色はそのまま、辺り一帯の地形通りに開けた真っ新な荒野だった。
手に入れた地図を開きながら、月森 花(
ga0053)が助手席で双眼鏡を覗く。
キャンプは廃材のバリケードのような物で覆われていたが、その壁から背を覗かせる形で、大型の竜キメラの姿も確認出来る。
入り口の門は、開いたまま。そのまま車で乗り入れていく。
ベーオウルフ(
ga3640)二条 更紗(
gb1862)アレックス(
gb3735)エスター・ウルフスタン(
gc3050)カグヤ(
gc4333)。
先を進む5人と、隠れる3人。
それなりの広さを持つキャンプだったが、5人が迷うまでもなく、招かれた舞台はすぐそこにあった。
辺りのテントを薙ぎ払い、無理矢理に作られた空間。
竜の巨躯はその両端に門前の石像の如くあり、そしてその間を抜けて前方には、斜めに差す残り僅かな陽光を日傘で遮る、今回の主催者が居た。
既にお互い顔の見える距離。急な動きを見せる様子のない竜を尻目に、アレックスが一歩を踏み出す。
竜の首、3本と1本にはそれぞれ電子錠のような首輪が鎖によって繋がれ、ある程度の管理状態にある事は見て取れる。
広場にはテントの骨組みがまばらに残されているようにも見えたが、それは後から組み直された大きな篝火のようだった。
「本日は晩餐にお招き預かり、ってな」
「思ったより、お早いお着きですね」
と、僅かに西の方を見た後
「お急ぎでなければ、もう暫くお待ちいただけますと、此方の仕度も整うのですが」
あくまで客への『もてなし』のように振る舞うメイド。
「申し遅れました。本日この場を設けさせて頂きました、私、プラネテスと申します。仲間からはMsプラネテス、と」
長い前髪に隠れる瞳、恭しく下げられた頭からは、その真意を辿りづらい。
「燕尾服でも着て来た方が良かったか?」
「ドレスコードはございません。そのお召し物も素敵だと思います」
何時の間にやら防寒着を脱ぎ捨て、戦闘用旗袍に着替えていたベーオウルフ。誉め言葉に他意は無い。
勿論出迎えに合わせた訳ではない。既に行動を開始している調査班のためにも時間を稼ぐ必要があった。
「お待たせするのも申し訳ありませんね。此処からは、その2匹がお相手を致します」
鎖の落ちた音に振り返ってみれば、やや離れた所で竜が首をもたげ、主の命に目を走らせる。
僅かの間に走った臨戦態勢の気配。傭兵達が目配せをした隙に‥‥プラネテスは黄昏時の陰に消えていた。
能力者が隠密潜行を使った時のような、唐突な消え方だが、それを追っている余裕も無いようだ。
「さて、やろうか」
「派手におっ始めようぜ!」
ベーオウルフが奇襲に放った弾頭矢は、単頭の竜、火炎舌の長い舌に悉くが弾かれた。
伸びきった長い舌をかいくぐり、二条が距離を詰める。そのまま一撃を加えると、腐れ舌から引き剥がすように逃げを打つ。
「怖かったら、後ろにいてもいいんだぜ?」
「馬鹿にしないで。うちだってやれるわよっ!」
だん、っとブーツで地面を踏み締め、アレックスに並び立つエスター。
尾から頭まで含めて20mクラスの大物。3つ首の異様に、正面から立ち向かう2人。
中央の頭が、口を開く。
しかし、それは2人を狙った物ではない。
「カグヤ、大丈夫?!」
「カメラが‥‥」
圧縮された液体のレーザーのような猛毒は、やや後方のカグヤの位置まで届いた。
防御には成功したものの、盾と地面で跳ねた毒液が所持品に飛び散り、柔なプラスチック製品などは瞬く間に融解している。
地面に落ちてもぶすぶすと臭気を放つ毒。腐れ舌の名前の元だ。
3つの頭はそれぞれ独立したタイミングで攻撃を仕掛けてくる。軸となる胴体は鱗こそあるが、其程強固な体質でもないようだ。
攻撃優先型のキメラか。大柄な割りに柔軟な尾や爪の攻撃をアレックスは避け、エスターは盾で防御していく。
辺り構わず吐き出される強毒に身を焼かれる事はあったが、カグヤがすかさず駆け付けて錬成治療を施していった。
「やぁっ!!」
噛み付こうと降りてきた竜の顔面に向け、盾をカチ合わせるエスター。
衝撃に弱いのか、シールドスラムを受けた首は酔ったようにふらふらと揺れる。
続けて二発、三発と。更にはアレックスの熱拳にも撲たれ、三本の首は脳震盪を起こしたように垂れ下がっていた。
「今だ、いもーと! ブチ抜けッ!」
無理矢理噛み合わされた口からごぼごぼと毒を零す竜の頭。
しかし一向に、追撃の気配がない。
「どうした!?」
「う‥‥」
動けない、という声よりも先に喉から血が零れ、体中を痺れと重量感がエスターを襲う。
それは遠距離で、盾で毒を受け止めていたカグヤも同じだった。
(毒‥‥神経ガス‥‥!?)
自身に錬成治療を施そうとするが、スキルを使うだけの集中が保てない。
その間に、一本の首が気絶から覚め、動けない2人に更に毒液が噴射される。
盾さえも持ち上がらない。無防備な体に毒の飛沫が突き刺さる。
体を蝕む毒は2種類。猛毒と麻痺に分類される。
かつて地下墓地でイレギュラーな再生を起こした、三本首の竜を元に作られた腐れ舌は、二種類の毒を混合した攻撃を持っていた。
「誰も、失わせは‥‥」
信念の集中力でエスターに錬成治療を施し、引き寄せるカグヤ。
しかし2人を襲う毒の猛威は消えず、能力者としての体がなんとか命を繋いでいる状態だった。
誰かが状態異常を回復させられれば良かったのだが。周囲に渦巻く毒の瘴気が、自然回復をも妨げている。
AU−KVを纏ったアレックスにも、少しずつ、手足の重さとなって影響が出ていた。
状況の不利は明白だった。倒れた2人を庇いながら、痺れる指で無線をたぐり寄せる。
「はぁっ!」
ベーオウルフが振り下ろした刀が、火炎舌の鱗を削いでいく。
縦横無尽に振り回される舌と、何よりべたべたと気持ちの悪い唾液を避けながらの攻撃は、なかなか固い鱗を貫通できない。それでも固く強化された甲殻よりは容易く、何度かの攻撃で柔らかい肉の部分を穿つ事が出来た。
傷に、痛みに咆える度に吐き出される火炎舌の唾液。
間近にあった火気‥‥篝火から零れた火が強粘性の唾液に燃え移り、周囲の温度は劇的に上昇を始めていた。
「思ったより、舌癖が悪いみたいですね」
二条の紫の瞳は、燃え盛りながら襲いかかる舌が盾をかいくぐる動きを見せたのを確認している。
迂闊に防げば盾をもぎとられそうな攻撃だが、竜の咆吼を盾に付与する事で、その場は凌いでいた。
だが、何時までも火に巻かれている訳にはいかない。ベーオウルフが放った矢が竜の右目を傷付けたのを見計らって、距離を詰める。
「委細構わず突貫、刺し、穿ち、貫け!」
気合いを入れた口上と共に、槍を奮う二条。
ダメージの蓄積した後ろ足を折り、火炎舌が転倒する。
それを好機と取ったベーオウルフが瞬天速で地を駆け、低くなった頭に向かっていく。
「くっ‥‥!」
しかし、ダメージの蓄積した四肢よりも余程器用な舌が、その体を巻き取る。
振り回し、叩き付ける内に火炎を巻き込み、燃え盛る赤い舌。更に赤赤とした口がベーオウルフを噛み砕く。
「良い声で鳴き、歓喜の響きを紡げ」
二条の追撃に負け、口を開く火炎舌。
「‥‥汚い口でっ」
緩んだ拘束の隙間で、力を振り絞って柄を握る。
「噛むんじゃないぃっ!」
上顎を貫く屠竜刀。燃え盛る口腔からベーオウルフが吐き出される。
傷口が焼き潰れているのがかえって幸いしたか。深々と開いた噛み傷はもう戦えるようには見えないが、出血死だけは避けられている。
二条が砕いてやった膝の傷と、口に垂れた血でもう火も熾らない事からするとあと少しという具合だが。
無線から聞こえる会話は、続行を求めていないらしい。
立ち上がるのもやっとなベーオウルフを担ぎ上げ、二条は走輪で炎の広場を抜け出した。
○捜索
中央の広場で戦闘が始まった頃。
3つの影がひっそりと、駐車されていたジーザリオから移動を開始した。
日は落ちているが、反射する光が僅かに空を照らしている。暗視スコープが必要になるのも時間の問題だろう。
抹竹(
gb1405)は1人、別方向から。キャンプを覆うバリケードはあったものの、何か大きな力で捲られたような穴があり、侵入は容易だった。
推測の通り、今回の犯人が北京南方で見たメイドであれば、此の辺りの損壊は土中のワームによる物と見て間違いないだろう。
索敵塔からの視界を意識して動いていた抹竹だったが、稼働の様子がない。調べてみると、大分前から給電に故障が生じているらしかった。外部キャンプと通信の行うための、高出力の通信機器も同じく。
サイエンティストが同行していれば、修理して何か支援に使えたかもしれないが‥‥ひとまず放置し、捜索を続ける。
抹竹がキャンプ側方なら、月森とウラキ(
gb4922)はキャンプ中央。2人で死角を庇いながら慎重に進んでいく。
しかし見つかるのは死体ばかり。それも、一所に掃きだめられたように折り重なったミイラ状の遺体。
そんな遺体を幾つ見たか。程なくして、暗がりに座り込んだ人のような影を見つけた。
「‥‥酷いな」
人影のように見えたそれは確かに人ではあったが。そうなってから何日経つのか、例に漏れず干涸らびた死体となっていた。
唯一の外傷らしい襟口から流れる血が、階級章を汚している。飾りの数で考えれば、ここの指揮官と思しき階級だ。
場合によってはキャンプの破棄もあり得る。2人は交代で外を警戒しながら、テントの中を改めた。
無線周波数のメモや近隣キャンプの地図、部隊管理名簿といった資料は大部分が放置され、物理的にも電子的にも、敵の手が付けられたかどうか分からない。
最悪全て流出済みという事も考えられるが、ひとまず月森が保管した。
そういった人類側の資料の中に埋もれて、一つだけ、異質な資料があった。
何処の国か、あるいは何処の星の言語か。しかし人類圏市販の端末を用いている為、文法はともかく一部の言語表現は読み取れない事もない。
「何かのリストか‥‥?」
都市の名称、一部の生物名やその数量と思しき数字の羅列、日時の記載。
商品の入出庫記録のようだ。キャンプを襲撃したバグア‥‥プラネテスは、此処を使っていたのだろう。
「‥‥居た!」
注意深く外に目を向けていた月森が何かに気付き、テントの中のウラキと、無線で抹竹を呼ぶ。
今度こそ生存者だろうか。幌に映った影を頼りに、二方向から慎重に歩を進める3人。
1人ではない。数人か、それ以上か。
意を決して踏み込むと、ようやくそこに、生存者を発見した。
「無事か、怪我は‥‥?」
銃を提げて入ってきたウラキ達に小さなどよめきは起こったが、上官格らしい男が制した。
「大きな負傷は、あそこで寝かせてあるだけだ。俺達は何ともない」
「分かった。それで、他の人達は?」
「‥‥これだけだ。俺達以外は、みんな‥‥」
「本当にこれだけ‥‥?」
月森がテントを見渡すが、怪我人を含めたとしても、事前に聞いていたこのキャンプ全体の人数の半分にも満たない。
「奴は‥‥吸血鬼なんだ。前のバグアにも居ただろう、そういうタイプが‥‥」
吸血鬼、という言葉で、屈強な男達の顔色が曇る。
救出だというのに、彼等の顔に安堵の色はない。
それどころか、困惑したように身を縮める者さえいる。
「どうした‥‥?」
通信が途絶したキャンプ地、覆いも囲いもない空間から何故、誰も脱出して来なかったのか。
問題は其所だった。失踪事件を調査していた筈の調査隊すらも連絡を絶ったその理由。
出たら死ぬ。隠れる所のない荒野に逃げ出す者があれば、それが明晩死体となって並ぶ。打ち棄てられた死体は見せしめの積もりだったのだろう。
誰かが調査に派遣された者の記録を探す事をしていれば、キャンプの中の涸れた死体からそれらしい報告書が見つかっていた筈だ。
「‥‥やっぱりあった」
怪我人に処置を行っていた月森が、怪我人の体から小型のチップを発見する。
発振器のようだった。念のために全員のボディチェックを行うが、付けられていたのは怪我人のみ。
わざわざ『そう読み取れるように』書いて寄越したのも、救助を考えさせた上で、その搬送先、医療施設があるような土地を狙う腹積もりだったのだろう。
「敵は仲間が引きつけてる。今の内に、早く‥‥」
戦場で恐怖が起こす障害は幾つもある。軍務経験のあるウラキはまず、彼等の怯えに逃げ道を敷いて行動を促した。
テントから車までの、平時で考えれば些細な移動距離。だが脅える彼等の背を叩き、怪我人を背負って移動するには、少し時間が必要だった。
「そっちの首尾は?」
怪我人と、殆どの兵士を車に誘導した所で、無線に呼びかけるウラキ。
戦闘音は遠くに響いているが、返事はない。無線に手を付けている余裕も無いのだろうか。
それでも暫く待っていると、焦ったような返事が返ってきた。アレックスの声だ。
『負傷が2人‥‥3人。悪い、撤退できそうか?』
「分かった。車の準備は済んでる、急げ‥‥!」
入り口付近に停めてあった2台は気力のある兵士にハンドルを任せ、抹竹が怪我人の搬送に別方向の1台を回す。
アレックスと二条が抱えてきた3人を回収し、ジーザリオが発進する。
キャンプから追撃の様子は無い。無いが、その気配を察した者は車の中で己の武器を握り締める。
地面の荒れにしては違和感のある震動に、勢い良くハンドルを切る抹竹。相手の手元にある駒で考えれば、予想は付く。
「‥‥下から!」
轍のすぐ傍の地面を割って、サンドワームが口を開く。
巻き上げられた土砂が、荷台の幌に降り注ぐ。その衝撃に混じって、土塊より大きな塊が車上に落着した。
「もうお帰りですか?」
落着した物体はそう言ったようだったが、エンジンを唸らせるジーザリオの硝子向こう、その声は届いてこない。
別の車両から身を乗り出したウラキが、ボンネット上、プラネテスの動きを銃弾で制する。
「邪魔はさせない!」
月森の銃撃がプラネテスを車から引き剥がす。並走していたサンドワームも、転がり落ちたプラネテスと並んで後方に離れていった。
3台が揃って、夕暮れ頃に出発した、救護の待つ駅に戻り付く。
ようやく人心地付くようになった頃に時計を見れば、それはまだ夜遊びも始まったばかりのような、そんな時刻の事だった。
○夜は明けず
その後、地方に点在する小さなキャンプで、同じ様な事件が続いた。
軍部は発生の経緯や状況を細かに把握できておらず、対応は後手後手となった。
招待状こそ届かなかったものの、その周辺では夜な夜な現れる吸血鬼の噂と共に、大いに兵士達の士気を下げた。
救助された兵士達は、今も未だ、夜を恐れて生活している。