タイトル:【LP】F.D.T.Dマスター:玄梠

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/24 10:58

●オープニング本文


 北京包囲戦の号令も間近に迫ったある日、北京方面への輸送を急ぐ一団があった。
 目立たぬよう、暗夜を行く輸送ヘリ。正確には八門攻略に向かった彼等の母艦、UK参番艦への輸送任務だった。
 コンテナを提げた輸送型エピメーテウスの前後を、サイレントキラーが庇いながら進む。
 たった3機の行軍は不安な物だが、バグアの勢力下からは離れている事、また小規模部隊故の隠密性が彼等の油断に拍車を掛けていた。
 疎開の済んだ区域は音を立てる物もなく、また光を放つ物もない。

「あと一区画抜ければ、迎えがある筈だな」
「予定では。‥‥隊長、結局中身は何だったんですか?」
「俺も知らないって言ってるだろ、出端から‥‥ヘリだからって振り向いて飛ぶんじゃないぞ、前見てろ、前」
 エピメーテウス一機がひっそりと、それとなく、しかしこの程度の護衛で持ち運ぶような荷物。
 入り立ての補給隊員が疑問を抱かない訳も無かったが、その考えはセンサー系のビープ音によって遮られる。
「音紋に反応、これは‥‥!」
「キメラだと!? 何処から出た!」
 はぐれ物か。熱源は僅かで、周囲にプラントや輸送機などの機械的な反応は掴めない。
 しかしそれらの要素を含めたとしても、接近を把握するにはあまりにも遅すぎた。
 ローター音に混じる羽音。機体に貼り付き、合金板を顎で割ろうとするその姿は、シートから確認する事が出来ない。
「クソッ、高度を保てな――」
 安定を失い、不安定に晒した底面へ、更にもう一匹のキメラが身を投げるように食いかかる。
 盆を引っ繰り返したように天地が逆転したサイレントキラーは、キメラと共に道路へ落着、炎上した。
「隊長! ‥‥こいつがぁーっ!」
 エピメーテウスを庇いながら、落着機に群がる大型の蜂のようなキメラに機銃を浴びせるサイレントキラー。
 SES搭載の40mmは有効な打撃を与え、鬱陶しい羽音を掻き消していく。そう大した時間もかからず、キメラは殲滅された。
 ぶちまけられた昆虫殻の合間、四散した機体の破片の中に隊長の姿も見えたが、其の姿が既にこの先を進めない物である事は、認めるしかなかった。
 先んじて着陸したエピメーテウスの横に着ける形で機体を降ろし、彼の遺品を拾い集める。
 後は、安全が確認され次第進むしかない。コンテナの影で休んでいる同僚は、顔を伏せ、しゃがみこんでしまっているが。
 それはそうだ、良い先輩だった。誰よりも任務と部下を大事にする人だった‥‥と、惜しみながら慰めの言葉を探して彼に近づいていく。
 火葬のように燃え上がる機体の燃料は、周囲の夜闇にも増してやけに黒々とした自分の影を浮かばせる。
 その影と、目が合った。
 銃を抜こうとしたその腕は白く細い指に掴まれ、誰‥‥と言う間もなくその喉は赤い唇に奪われる。
 吸血行為にはおよそホラー映画に画かれるようなえぐみのある色気など無く、折れた腕と首が外に垂れ、能力者であろうと絶命する一撃である事は誰の目にも明らかだった。
 その様子を確かめる者は、蜥蜴の目をした奇妙な生物以外に誰もいなかったが。
「美味しう御座いました」
 外側に折れ曲がる程の抱擁の後、遺体は丁寧に恭しく折り畳まれて隠された。
 一連の夕餉の所作を終えたその者は、唇を汚した血を丁寧に舐め取ると、ようやく目の前に転がったコンテナの検分を始める。
 予定とは異なるが、待ち惚けの手持ち無沙汰に得た敵の積荷、興味をそそられぬ事はなかった。





「MSI所属の補給機体が行軍の途中で連絡を絶った」
 時刻は同日。未明の4時。
 事件発生から1時間という異例の早さは、それが大規模作戦前である事を抜きにしても希な話だった。
「サイレントキラー2、エピメーテウス1。部隊と言うには小さいが、これまで安全と目されていた当該地域への進路上に横槍を入れられた事になる。‥‥サイレントキラー2機の内、1機の信号で座標は確認されているが、残る機体は何れも反応が無く、何らかの形で敵に拿捕か、無力化されている可能性も高い」
 現場は大規模作戦の作戦領域からはやや南、少し東に抜ければ軍も展開する海という辺りになる。
 ある程度の距離を鉄道に頼れるとはいえ、わざわざこの時期に少数の機体を飛ばして物資を輸送していた事について、MSIからは公式な回答を得られていない。
 MSIは元よりどの軍も利用するようなルート‥‥むしろ区域である。日常の交通事故のように交通管制を敷く事は出来ない。
 更にそんな位置に唐突に敵が現れたとなれば、ただ戦力を差し向けて追い払うだけでは済まない。
 無い無いとばかり言っている訳にもいかない。
「当該目標がどのような敵か、未だ近辺に居るのかも含め、状況が掴めん‥‥が、調査班を向かわせるには危険度が高く、軍用機で乗り込めば察知される可能性も高いというのが上の判断だ。そこで、一応の作戦プランとして隠密潜行を推奨しておく。スキルの事じゃないぞ」
 調査も出来て居らず、むしろその調査を行うための傭兵派遣という事もあって、与えられる情報の無さに静香も悩む。
 仮プランとして、疎開済みの雑然とした市街を利用したスニーキングミッションも提示した。
「最低限、信号の途絶えた機体を調査し、何が起こったのかを調べて帰ってくれば仕事は済んだと思ってくれて良い。今後の補給部隊は重装備になるだろうが、な」
 あるいは、安全な迂回路を選ぶようになるか。
 どちらにしろ、小規模ながらも補給線への影響は避けられない。
「移動に1日掛けるとして、調査可能期間は3日。その中で調査を終えてくれ。任せたぞ」

●参加者一覧

地堂球基(ga1094
25歳・♂・ER
フィオナ・フレーバー(gb0176
21歳・♀・ER
抹竹(gb1405
20歳・♂・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
ジョシュア・キルストン(gc4215
24歳・♂・PN
ゲンブ(gc4315
18歳・♂・CA
犬坂 刀牙(gc5243
14歳・♂・GP

●リプレイ本文

○一日目

 北京包囲網南部。
 人類の制圧下として、地図上では広く塗られた地域。
 しかし、勿論それらの色が現実に路面を埋める訳ではなく。
 ひとたび集合拠点の一つを離れれば、人々が引き払った後の渇いた街の通りがあるのみである。
「補給機体を落とした敵は、強力な個体か闇に潜む無数の敵か──楽しそうな調査ですわね」
「救助でなく原因調査ってのが引っ掛かるね」
 そんな町並みの雑然とした合間を隠れ蓑にしつつ、ミリハナク(gc4008)、赤崎羽矢子(gb2140)、地堂球基(ga1094)が進む。
「うう、この街なんか不気味だよー‥‥」
「元々、戦争が起こる前からもそれほど発達した街では無かったようですから‥‥」
 受け取った地図を見ながら、その街の気配に身を縮める犬坂 刀牙(gc5243)を気遣う抹竹(gb1405)。
「‥‥無気味さはありますね」
 破れた軒の幌、罅の入った安普請、衛生上問題の在りそうなゴミの山。
 隠れて進むとなれば、この不規則な劣悪はどうとでもなるが、いざ破れ落ちた布の欠片が不意に頬を叩こう物なら。
「ひぃっ!」
 気弱な人間にはトラップでしかない。
「犬坂君、しー」
 同行のジョシュア・キルストン(gc4215)が指を立てる。
 まだまだ目的地からは遠いが、近くなれば迂闊に音を立てる事も危うい。
 前方での警戒にはフィオナ・フレーバー(gb0176)とゲンブ(gc4315)の2人が当たり、万が一に備えながらのゆっくりとした行進となった。
 最寄りの集合拠点からか、時折高空を航空機が往来していく。
 激戦地となった北京へ向かう機も、離れる機もあるが、被害にあったサイレントキラーのように低空を行く機は流石に無い。
 KVならひとっとびなんだが‥‥と、そんな距離をあるいた所で休憩も取りつつ、歩き続ける。
 目標エリアは近く。本格的な調査の前に夜を迎え、手頃な2階建てを見つけた傭兵達は其所を寝床とし、ゲンブとフィオナが交代で見張りに立った。
 十二月。寒さの染みる無音の夜が続く。
 その晩は、まだ静かだった。




○二日目

 夜明け。
 彼等を出迎えたのは、朝日だけではなかった。
「見てください‥‥これ」
 夕暮れ時には気付かなかったのか、居なかったのか。
 交代でやってきた地堂に双眼鏡を渡したゲンブが、目標の方角を指し示す。
 傭兵達の選んだ場所は、地図で思うより目的地に近かったようだ。
「朝日が出たお陰で目標らしい影も見えたんですが、丁度日が出た頃になって、あのキメラが」
 同じ箇所を、うろうろと周回する蜂型のキメラ。羽根の幅を無視すれば、大きさは人間と同じ程度だろうか。
 見える範囲で精々3、4匹のようだが、それが広い感覚を保って警戒行動を取っているように見える。その中心にあるのは、傾いだヘリのローターのような、細長いシルエット。
 起床した仲間達も、各々双眼鏡を手にそれを確認した。
「蜂ですか‥‥」
 この人数で静粛に掛かれば手早く終わりそうな相手だが、抹竹や赤崎は見た目通り蜂の性質を持っていた場合の危険を考える。
 虫が死亡時に出すフェロモンのような、増援を呼ぶ切欠になるものがあれば手は出しづらい。
 またC班、フィオナとゲンブの観測で、キメラが同じ周回範囲を持っていると考えられる以上、何かの目的を持ってその場に置かれている可能性もあった。
 つまり、頭を使う何らかの個体が其所に居るという事になる。
 予定通り、見つからずに進むのが一番のようだ。
 団体で動けば見つかる可能性も高い。各班は昨日見つけた寝床に拠点を維持し、この日はまず地道、赤崎、ミリハナクが目的地まで進み、調査を行う事となった。
 明け方、ゲンブが地図にキメラの位置を記していたお陰で、比較的潜入の難易度は低くなっていた。
 蜂の包囲をくぐり抜け、目の前には目標の現場が広がる。
 広がると言っても雑然とした町の間、すぐ両脇には、ヘリの落着や攻撃に巻き込まれたらしい建物の被害が見て取れる。
 落着したらしいヘリ、サイレントキラーは一つ。物的な被害があるのもその一つだけで、地堂が調べるに、もう一方の機体やエピメーテウスに目立った外傷は無い。
 周辺には蜂キメラの死骸がそのままに放置され、おそらく無事な方のヘリに倒されたのであろうと判断できる弾痕も確認できる。
 撃墜された方はあちこちが噛み砕かれているが、致命的なのは動力伝達系に繋がる配線と、コクピット当たりの被害だろう。
 シートに血痕は付着しているが、乗員が見当たらない。また残る2機のパイロットは、まるでその場から消え去ったようにその痕跡すら残っていなかった。
 都合3人分の遺体が消えている。投げ出されたような痕も無い。
 もしやと思いコンテナの中身を改める。開閉のロックは、何故か開いたまま。
 その中身は、ただ大きな鉄の塊が数個あるだけだった。
「なんでしょう、これ‥‥ミサイル?」
「砲弾かな。でもこんな大きな物、何で撃つっていう‥‥」
 KVでも、戦艦でも有り得ないこの大きさ。
 唯一有り得る物は、確かに此の辺りに、居た。
「轟龍號、か」
 それならこの砲弾も、納得がいく。
 しかし、細かく調べてみたものの、何かが奪われたような痕は残っていない。
 既にコンテナの封は解かれていたのだから、罠である可能性も考えられたが、細工の様子もない。
 注意してみた靴痕も、特に残されてはいなかった。
 キメラに襲われたヘリ、そのキメラを倒したヘリと輸送機、コンテナと中身は残され、パイロットは遺体諸共見当たらない。
 手段も下手人も分かった。筈なのだが、これでは余計に分からない。
「‥‥変な感じだね」
 警戒を続けながらも、その辺りを一通り観察した赤崎が、帰り際に振り返る。
 少し、その場で考えてみたものの、違和感の正体を見つけるには至らなかった。




○二日目?

 人間の匂いがする。
 丁寧に片付けた筈だが、野犬か何かが掘り起こしてしまったのか。
 偵察に出しているキメラ達は交代の定数が帰還。昼夜共に異常なし。
 北京も窮状とはいえ、何時まで連絡を待たなければならないのだろう。
 今暫く、受渡の為待機を行う。 




○三日目
 
 昨日の班と交代で、今日は抹竹、ジョシュア、犬坂が現場へと向かう。
 しかしどうも、町の様子は異なっているようだ。
「‥‥配置が、違うようですね」 
「前門の蜂、後門も蜂、みたいですね‥‥壁の人、いざとなったら文字通り壁にしますので♪」
 壁の人と呼ばれた抹竹が壁越しに様子を伺えば、確かに蜂の背が通りの向こうに見える。
 昨日に比べ、明らかに警戒範囲が移動したか、狭まっているようだ。
 キメラの目が届かぬ間に、少しずつ距離を詰めていく。
 目標の現場に到着した後も、ジョシュアに警戒を任せたまま。抹竹は現場を撮影し、犬坂は現場の周囲を探る。
 町には商店もあるようだ。すぐ近くの家具店は衝撃で硝子も割れ、酷い有様だ。
 それでも直立を保っている頑丈そうな箪笥‥‥それがやけに目について、犬坂は収納の戸を開いた。
 何か詰まっている。布の塊だろうか、隙間を埋めるように強く押し込まれたようにも見える。
 一瞬、それが何か分からなかったが、首を傾げて角度を変えれば、それが小さく折り畳まれて逆さまに収納されたそれだと分かる。そう、それ。
「ぴぎゃあっ!? し、しし死体だよ!?」
 骨格を無視して綺麗に押し込まれた、3人分の遺体。
 ようやく発見できた被害者、だが。
 同時に、発見された。
 正確にはまだ見られてはいない、しかし、犬坂が驚いてあげてしまった声は、音としてしっかり感知されていた。
 慌ててジョシュアがサインを送り、2人に逃走を促す。
 急ぎ、路地から路地へ、路地から壁へ屋上へと敵を避けて逃げる犬坂。
「あ、あれ‥‥!?」
 挟まれないよう、慌てて瞬天速で駆け上がったは良いが、キメラはその壁を蹴る音も聞きつけていた。
 咄嗟に姿勢を低くする犬坂に、より近く、蜂の羽音が近づく。
(どうしよう、どうしよう‥‥!)
 同時に逃げ出した2人の様子は確認できない。それと同じように、向こうからも今の自分は確認できない。
 階下に繋がる扉は‥‥そもそも無い。平らな屋根はコンクリートの一枚板。
 逃げるのか、逃げきれるのか。逃げきれたとして、此処で見つかってしまうのは良いのか。
 仲間を呼ぶ‥‥呼べば確実に見つかり、戦いになる。
 戦って、証拠を消して‥‥そうするともっと不味い物に『気付かれる』のが駄目、だったはず。
 長考している時間はない。羽音はもう、すぐ下をうろついている。
 決断を迫られる脳裏に、3つの言葉が届いた。
(右斜め後ろ、一階の窓‥‥瞬天速!)
 その意味に従い、体を反応させる。
 遠くで双眼鏡を構えたフィオナが情報伝達で届けた言葉通り、身を起こした一瞬の間に右後方の建物の窓へと飛び込んだ犬坂。
 間一髪。敵の目がその高速移動を捉える事は無かった。
 犬坂は空き家に暫く身を隠し、蜂の羽音がなくなるのを待って、緊張状態から抜け出した。
 抹竹達が先に待つ安全圏に逃れた後、真っ先に、助け船を出したフィオナの元に駆け寄る。
「こ、怖かったよーっ!」
 大声の事は、後でしっかり叱られた。




 事態は、夜更けから始まった。
「ジョ、ジョシュ君、怖いから一緒に寝て貰ってもいい‥‥?」
「寝るなら女性と一緒がいいんですが‥‥まあ、仕方ないですねぇ。今回は我慢しましょう」
 正直に脅えた様子を表す犬坂と、どうも望み薄げに背中を向けるフィオナを交互に見、ジョシュアが頷く。
 昼の疲労を取るべく、大人しく防寒シートを被った犬坂だったが、その昼間の緊張の影響か、寝付く様子はない。
 もっとも気を張っているのは見張り組も同じ。しかし移動も含めた疲労の影響は、やや感覚を鈍らせている。
 そんな中、赤崎だけが、その直感で異変を感じ取っていた。
「‥‥揺れた?」
 地震にしては短い‥‥と、思う間もなく続けて二度、三度。
 まるで何かが床板を這っているようだ。警戒に立つ仲間にもそれを伝え、少し慌ただしくなる。
 同時に休んでいた何名かも起きだしてきた。万が一に備え、周囲の僅かな明かりも消していく。
 微震の感じからして、双眼鏡を使う程遠くもないが、近くもない。
 音の方向に、確かに何かが居るような、僅かな月明かりの反射はあるのだが。肉眼で確認するにはもう少し近づかなければならない。
 が、それは余りにも危険だ。出来れば写真に残したかったが、それもこの状況では憚られる。
 ここで、抹竹とミリハナクが持ってきた暗視スコープが役に立った。
 わくわくしながら夜の向こうを覗き込むミリハナク。
「あらあら‥‥どうしてこんな所に、メイドさんがいるのかしら」
「え、何?」
 交代でレンズを覗く赤崎。すると確かに、ミリハナクが言う通りの服装が其所に立っている。
 一方はメイド服のような何かを着た、おそらく女性。もう一方は、バグア兵の全身スーツを纏っていて細かい所までは分からない。
 そして、少し視界をずらした所に見える、地面から開いた大口‥‥妙な触手もうねる様は、サンドワームのそれに見える。
 暗視に浮かび上がった二つの影は何やら話し込んでいるようだったが、暫くして、メイドの方が地面の大口からケースのような物を取り出し、相手に差し出した。
「何かを渡してる?」
「取引、のようにも見えるね」
 こんな敵地の真ん中で。当然の疑問と同時に、しかし広大な大陸の地下を輸送路に仕立てれば、それが防ぎ難い事は予想出来る。
 遭遇は僅かな時間。地表に顔を覗かせていた何かはその姿を地中に隠し、人影は暗闇と同化するように消えていった。
 それから暫く、あの微震が続き、何事もなかったかのような静けさが漂う。
「つまり‥‥どういう事ですの?」
「今の俺達と、同じ考えだったんじゃないかと思う。出来るだけ戦わずにその場に行くつもりで、ただ、警戒に立ったのが頭を使う人間じゃなく蜂のキメラだった事が災いした」
 偶発的な対処と、それでも尚必要な故の潜伏。
 ここまでで得られた情報では、そんな結論だろうか。それが正しいかどうか、ここで判断する術はない。
 とすれば、ゆっくりはしていられない。手出しが遅れれば、それだけ北京の敵戦力に補充の暇を与える事となる。
 情報は充分に手にしている。夜明けを待ち、傭兵達は帰路に急いだ。
 機会は一寸、一刻を争う。
 誰かに気付かれる前に。
 次の夜更けが訪れる迄に。
 




○三日目?

 北京部隊の到着が遅れている。
 戦況は余程悪いのだろうか。指揮官の趣味が裏目に出ていなければいいが。
 相変わらず人間の匂いはある。明かりの点された家屋を発見したが、人影は無し。
 昼は私が動きづらいが、夜は虫達が動きづらい。あの忌々しい太陽さえ無ければ。亜硫酸の雲が懐かしい‥‥
 遣いだという兵士が到着。サンプルデータは納入したが、キメラプラントの引取先は身動きの取れない状況のようだ。陥落、か。
 今暫く、受渡の為待機を行う。

 ‥‥‥‥。
 ‥‥‥。
 ‥‥。






○後日

「報告は読ませて貰った。此処まで調べが済んでいれば問題ないだろう、軍の方でも、対地索敵を広げて敵の対地経路を断つ方針に出た」
 傭兵達の帰還から、腹中に迫る敵の動線を脅威とした軍部は該当エリアへ探知装置を配備した。
 状況の変化を悟られぬようあくまで内密に、ではあるが、密やかに潜行しようとする物があれば、今度は打って出る事ができる。
 流石に敵の全容までは掴めなかったが、次善の策にはなるだろう。
「とにかくご苦労。大した怪我もなく済んだ用で何よりだ。後はゆっくり休むといい」
 何より、敵に殆どを悟られずに行動できたというのは利益だった。
 また、写真を元に積荷の無事も確認され、全てを終えた後の回収作戦も決定。

 敵の補給隊と思しき少数部隊が北京外周で接触、逃走したという報告は、それからすぐにやってきた。









○後日?

『地球では、こういう事例を御破算と言うらしいな、プラネテス』
「申し訳ございませんでした」
 地下に掘り下げた空洞の中。小さな画面の顔に向かい、深々と頭を下げる女。
 粗末な通信設備の所為か、相手が何処かを移動しているのか、その顔‥‥竜の頭は少しノイズ混じりになっている。
「どうやら気付かぬ間に調べられていたようで‥‥本当に、この件は」
 謎の明かり、人間の匂い、考え得る可能性はあったが、明確な判断材料が無い事が彼女にとって痛手となった。
『傷む腹を晒したのは北京の連中だ、俺に謝る必要はない。‥‥それより、少し寄れ。ジハイドの連中に義理立てをするでもないが、ウォン周りの動きが気になる』
 北京への派遣などその口実でしかない、とばかり。戦線に欠片の興味も寄せている気配はない。
「‥‥かしこまりました」
 この不始末を許した自分と、其れに関わった人類への思いを腹に秘め、女は再度頭を垂れた。