●リプレイ本文
○竜殻の島
傭兵達を乗せたヘリ、クノスペ、そしてKVの空よりの行軍が、隆起した三日月島に接近する。
遠目に見れば野生の王国であろうそれは、徐々に距離が狭まるにつれ、その本性を見せつつあった。
「こちらαです。ジャミング影響度上昇中、地表に熱源多数」
岸壁の割れ目、横穴、低木林の合間から、様々な色の鱗が、砲口が覗く。
対応を見せる敵戦力を前に、降下部隊の前に出た伊藤 毅(
ga2610)が無線を開く。
「こちら380戦術戦闘飛行隊、コールサインドラゴン、3機のF−201で飛行中、バンカーバスター、および大型ロケットを実装、適時航空支援を実施する」
「主よ、忌まわしき者どもを誅する力を、皆にお貸しください、AMEN‥‥」
相対するドラゴン、キリスト教社会では悪魔と同一視されるそれを、照準に収める三枝 雄二(
ga9107)。
長射程の対空砲を380隊が引きつけている間に、三日月の背に当たる海岸には次々にヘリが降下、歩兵部隊を下ろしていく。
「人員を輸送したうえ、そのまま制圧戦に入れる‥‥改めて思うが、KVというのは実に特殊部隊向けの兵器だね」
クライブ=ハーグマン(
ga8022)のクノスペも一時降下し、歩兵部隊の支援を開始。
「ああっ♪ こんなにも素敵な龍がたくさんいますのね。私のぎゃおちゃんで食い散らかしますわよ」
ミリハナク(
gc4008)が、滞空するヘリを狙う竜キメラにレーザー砲の照準を合わせ、追い回す。
「流石に、敵拠点への強襲はかなり辛いですね」
そうして追い立てられる内、柔らかい横腹を見せていた竜キメラに、8連装ロケットを浴びせかけるクラーク・エアハルト(
ga4961)。
キメラ程度ならこれで一発、といきたい所だったが、小型種ならともかく、大型種は怒りを露わに空を駆け巡り、幾たびもKV部隊と激突する。
「島を、基地にするなんて‥‥」
パイドロスの萩野 樹(
gb4907)が塹壕のようになった岩間を駆け抜ける。
それを、空から見ている目があった。
「うわっ!」
翼を広げて5m程の火竜が、急降下と同時にその羽ばたきを荻野に浴びせかける。
風圧に体勢を崩した小さな獲物に向け、火球に満ちた口腔を開く。‥‥が、その開いた顎にガトリングの砲弾が叩き込まれた。
「さて、最初の目的と外れちゃったが‥‥ほおって置いても良いとも思えないしね」
岩を割るような音を立て、地面に落下した火竜。その隙に、ガトリングを下ろしたジャック・ジェリア(
gc0672)が、荻野に手を貸して引き起こす。
この足場の悪さ、砲音を聞きつけた他の竜にまで囲まれたらたまったものではない。後の処理は後続のKVに任せ、個人行動を取る傭兵達と合流していく。
「さて、敵はこっちの主賓でなるべく目立たないとな」
「トレイントレイン、いんでゅーあ!」
テルウィ・アルヴァード(
ga9122)のペインブラッドが、レーザーガトリングで竜の目を引きつけ、陽動部隊の方へと牽引していく。
クラークの爆撃で開けた地域には両方の戦力が集中し、派手に陸戦を繰り広げるフェリア(
ga9011)や百地・悠季(
ga8270)らの活躍で、一気に活動範囲を広げる傭兵達。
その間に、先行していたユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)と弓削 一徳(
gc4617)が大型の搬入ハッチを、四十万 碧(
gc3359)が小さいながらも隠された出入り口を発見する。
ハッチ発見の一報を受け、フォルテ・レーン(
gb7364)の護衛で、歩兵を運ぶヘリ、クノスペ部隊が急行する。
「さァて、兵舎の連中と一暴れと行きますか! 点呼はしないのか?」
偵察部隊が確保したハッチに向け、戦うバイパーの背を抜けて、纏まって降下していく【初】の部隊。
「大変な任務ですが、必ず無事に帰還しましょう。皆さんのご武運をお祈りします‥‥」
火炎弾飛び交う最中、長居は出来まいとレイド・ベルキャット(
gb7773)と御鑑 藍(
gc1485)のクノスペが、砂塵を巻き上げながら離陸していく。
程なくしてこじ開けられた入り口から、歩兵達が突入。
ユーリらの見つけたハッチは人の手に負える様子もなく、空で控えていた叢雲(
ga2494)のシュテルン・Gが垂直降下してこじ開け、後続の降下・侵入を後押しした。
「熱源少数‥‥施設が動いていないのか‥‥?」
浅いジャミングの中、目立った抵抗の無い通路に足を踏み入れるKV班。
HW展開用の通路なのか、機体が2,3も並べば弾を避けるスペースも無い。地下港へと続くであろう縦穴と、浅層の施設を破壊する二手に分かれた。
「うわっ‥‥何だこいつ!」
突如として通風口から飛び出し、その鋸刃のように生えそろった牙を突き立てる小さな影。
探知にも関わらないような小さな熱源。土着の蜥蜴にも似た、小型のキメラだった。
KV部隊の前に現れた個体はイレイズ・バークライド(
gc4038)が竜牙に備えさせたセンチネルで根刮ぎ薙ぎ払うように掃除をしていく。
KVには敵にもならないサイズだが、狭い通路で相手をさせられる歩兵部隊はたまったものではない。
足に噛み付き、腕に噛み付き、振り払われてもまた飛び掛かってくる。
主要な出入り口近辺では、ファルロス(
ga3559)とヒューイ・焔(
ga8434)が協力して掃除に当たり、他の部隊をスムーズに突入させていく。
二人はそのまま地上に居残り、地上を闊歩する竜キメラに戦いを挑んでいく。
海面下からは水中部隊が進攻を開始。
偽装岸壁の下から潜り込み、直接地下港への侵入を目指していた。
「水中だろうと、全力全開――ッ!!」
「やりやすい、良いぞこの強獣は!」
希崎 十夜(
gb9800)のアルバトロスがアサルトライフルを構え、水底から表れる首長竜型のキメラを追い散らせば、リスト・エルヴァスティ(
gb6667)がリヴァイアサンで機槍斧を奮う。
無茶をする希崎の後ろで、和泉 澪(
gc2284)が撃ち漏らしやその背中をカバーしつつ。
防衛の為に配備されている訳ではないのか、2人の気迫に押されてか、意外なほどすんなりと道は開けた。
水面下、数十mといった所だろうか。透過率の低い海水が闇に覆い隠した洞窟が、地下港への突入口となる。
「燻し銀のオジサマ、宜しくね♪」
岸壁の凹凸を縫うように機体を泳がせるマリオン・コーダンテ(
ga8411)。
「ふざける余裕があるのは結構。だが此処までにしておくのだな」
シリウス・ガーランド(
ga5113)の言う通り、港に近づくにつれその基地としての機能が牙を見せる。
「音紋、大型魚雷だ」
「近場で爆発すると拙い‥‥破壊するわ」
一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)が水中用ホールディングミサイルを射出し、遠方で衝撃音が連鎖する。
余波に荒れる海中を突き進む強襲部隊。二波、三波と魚雷は襲来する。その源は、地下港と外海を隔てる門のような防壁だった。
定期的に開閉を繰り返し、キメラや海洋生物の誤侵入を防いでいるらしい。
「一発も、徹すかよ!」
25発の小型魚雷と共に突き進む天原大地(
gb5927)のビーストソウル。爆発のエネルギーと剛装アクチュエーターで敵の魚雷を防ぎ、防壁に氷雨を突き立てる。
「水中であれだけの衝撃‥‥機体にダメージは来ていないのかね?」
「気にすんな、いいから進め!」
後続部隊を先に送り、機体を反転させる。魚雷の爆発音を聞きつけたキメラが、門に迫っていた。
天原がキメラを引きつけている間に素早く侵入を済ませたドクター・ウェスト(
ga0241)達。
「BFを発見、座標は『ココ』だ〜!」
おそらく近場の空に待機しているであろう相手の元へ、素早く情報伝達を行う。
港内部の防衛装備はガトリング砲台程度のようだが、彼方此方から飛んでくるのが鬱陶しい。
「島一面を要塞化するなど、水で攻めてくれと言っているようなものだー☆」
早速上陸した白虎(
ga9191)がビーストソウルで施設内部に繋がる止水蓋を引っぺがし、放り投げ、穴を開けて回る。
「稼動していれば脅威ですが‥‥建造中ならただの的ですね」
鹿嶋 悠(
gb1333)も作業用のクレーンらしき物に狙いを定め、それを引き倒す事でビッグフィッシュ直上への橋を架けた。
「防衛装置の作動を確認。‥‥どうやら目標も目覚めたようだ」
海面に顔を出したテンタクルスを、ビッグフィッシュの防衛機銃が襲う。
上陸していた白虎、鹿嶋も、一旦建造物の影に機体を隠した。
「斬り刻むわよ〜♪」
機銃座の影、水面下から挑むマリオン。流石にアルバトロス、魚雷の発射から格闘に取り付くまでスムーズにこなしていく。
だが被弾の予測される船体下部だけに装甲も厚く、魚雷とディフェンダーだけではなかなか切り進む事が出来ない。
リストも積極的に斬りかかっていくが、傷一つ付けた所で敵のサイズに比べれば有効とは言いづらい。
「12時方向‥‥目の前ですね」
昇降リフト用の穴から、逆噴射で降り立った叢雲、仮染 勇輝(
gb1239)、月神陽子(
ga5549)、奏歌 アルブレヒト(
gb9003)。
叢雲のシュテルンと奏歌のロビンがレーザー砲で甲板上部の主砲を黙らせている間に、フェニックスとバイパーが接近。
ロシャーデ・ルーク(
gc1391)とリック・オルコット(
gc4548)も地上側から到着し、迎撃装置の歓迎を受ける。
銃弾の行き交う港を前に、サイファーが一歩前に出た。
「今日はあなたがキング。私は、それを入城させ盾となるルーク。そういうことよ。オルコット君」
アルビオンを構え、機銃の前に飛び出すロシャーデ。
自動照準がその機体を捉えている間に、リックのグロームがビッグフィッシュの防壁に対戦車砲を叩き込む。
「よし、右翼側の機銃は潰した!」
揚々と、無線に報告するリック。
その頭上を跳び越えていく機体の影。
轟く爆音と同時に、海面に身を浮かばせていたはずのビッグフィッシュが大きく揺れ、溢れた海水が港に押し寄せる。
「あら、完成途中でも意外と硬い‥‥」
船の背に降り立った月神のバイパーが、更にもう一撃。遮蔽されたブリッジらしき辺りに狙いを定め、ロンゴミニアトを振りかぶる。
再び鳴り響く轟音に、拡がる破砕孔。切れ端を見せた装甲に練剣を突き立て、仮染のフェニックスが滑るように艦橋を切り裂いていく。
「‥‥装甲露出箇所を発見‥‥フルバーストによる集中攻撃を開始します」
月神が割り、仮染が開いた装甲の中に、奏歌の連射がトドメを刺す。
「船が崩れるぞ〜」
海面からその様子を確認していたドクターが、慌てて水中の部隊に伝える。
攻撃を続けていた部隊の目の前で、先ずは一方の目標が、港の底に沈んでいった。
その頃、地下港部近辺に広いスペースを見つけていた赤月 腕(
gc2839)。
照明が落ちている為よくは見えないが、何かコンテナのような物が積み上げられているらしい。
着火剤に何か弾薬の類でもないかと辺りを探り、それらしい金属容器を見つけ、弾頭矢をつがえた。
「‥‥不発? 刺さらなか――っ」
しかし放たれた弾頭矢は暗闇で何者かに掴まれ‥‥赤月の手からは、鮮血と同時に割れ裂けた弓が落下した。
○炎の海
基地を揺するような衝撃と共に、片方のビッグフィッシュが海底に竜骨を横たえた頃。
進行と破壊を続けていた【初】部隊は、比較的浅い階層のセキュリティルームの一つを占拠していた。
「コントロールルームより緊急通信っ!」
那月 ケイ(
gc4469)がそれらしい通信系を弄り倒し、道中受けた傷をゼンラー(
gb8572)が治療している間、霧島 和哉(
gb1893)と緑間 徹(
gb7712)、エメルト・ヴェンツェル(
gc4185)が接近する者が無いか監視を続けている。
「‥‥おい、誰か倒れてるぞ! ゥイーヴスも居る!」
室内のモニターに映る、通路にまで弾きとばされたらしい赤月の姿。
即座に繋げられた通常無線は途切れ途切れだったが、その内容を受け取ったアルヴァイム(
ga5051)が範囲内にいたM2に向けて『情報伝達』を行い、伝播した。
施設を破壊しつつマッピングをしていた先行部隊が一旦赤月の救助に向かい、同時に表層部で防衛装置を破壊し尽くしていたKV部隊が機を得たとばかりに進行を開始する。
コントロールルームから送られてくる位置情報を追う内に、ついに如月・由梨(
ga1805)らの一団が、竜の赤い尾を捉えた。
破壊の様子には目もくれず、機体用通路を飛んで行くゥイーヴスが、開け放たれた扉の奥に消えていく。
その後、追走する数機が室内に飛び込んだと同時に、電源が落ちている筈の扉は防火シャッターを下ろし、二度目の封鎖が為された。
それは施設内全ての箇所に及び、多くの部隊、KVを分断、退路を塞がれる形になった。
駄目押しのようにジャミング濃度も上がり、各部隊がエレクトロリンカーの伝達能力を残して孤立する。
「壁が‥‥!?」
「バヂ・ガ・クパ‥‥この星では、『釣り野伏せ』‥‥とか言ったか」
悠々と、積み上がった石材に座る竜人、ゼオン・ジハイドのNo3‥‥だが、此処は敵の中枢部でもなければ、心臓部でもない。
ただの、人類圏から集めさせた品々。収拾癖のある獣がそうするように、闇雲に積み上げられた、残骸。
其所は、広いだけの焼却炉だった。
「無策だとでも思ったか‥‥思わざるとも追わねばと思ったか‥‥」
筒状の容器‥‥鞘の鍵を開け、中から巨大な鎖、それに繋がる鋼の釣り鉤を取り出すゥイーヴス。
「チェーンファング? ‥‥いや、もっと大きい‥‥!」
「来るぞ!」
漸 王零(
ga2930)の雷電が、その巨体でもって鋼塊の初撃を遮る。
「悪いが汝には此方に付き合って――」
防御を狙った機体の腕に、絡み付く鎖。
釣り鉤を足掛かりに飛ぶ竜を、漸の隣にいた終夜・無月(
ga3084)がロンゴミニアトで突く。
しかし、切っ先の火薬は炸裂しない。
「見失った‥‥!?」
「柄を返すんだ!」
後方で照準を定めていた榊 兵衛(
ga0388)が咄嗟に叫ぶ。
槍の死角に爪を立てて、接近を狙っていた竜の身体が宙に浮く。
追撃の内蔵雪村。光の切っ先は鎖伝いに身を翻したゥイーヴスを捉え損ね、空を掻いた。
伸びきった腕を、竜の尾が一振りに叩き折る。
「この室内では‥‥」
施設内に持ち込めなかったシヴァから建御雷に持ち替えていた如月が、機体の位置に迷う。
味方との連携を狙っている事は把握されているのだろうが、漸の雷電を盾に足場にと露骨に扱う様子では、かなりそれを忌避しているように見える。
室内の温度上昇に連れて、その動きが活性しているようにも見えた。
「軍勢を束にしか出来んか‥‥所詮、烏合という訳よ」
UNKNOWN(
ga4276)のエニセイによる砲撃を、引き寄せた雷電で受防するゥイーヴス。
ジャレイトフィアーで鎖を削りきろうとする漸だったが、異星の金属による物か、全く刃が立たない。
「‥‥あれは釣り野伏せと言いました。他の部隊が心配です」
「‥‥しかし此処を離れれば、敵の囲いを狭める事になるね」
兵装選択を悩みつつ、如月とUNKNOWNが外の様子を気に掛ける。
選択した近接武器、問答無用で吐き出される火球。ナパームを越える熱量が傭兵達の機体を襲い、火球を受けた刃が溶けるだけでなく搭乗者の体力をも奪っていく。
振り回されていた雷電もついにアクチュエーターが限界に達し、炎の海に沈没した。
冷静を尊ぼうとも、燃え盛る中に飛び込まなくては救助は出来ない。終夜は背に支援を任せ、漸を引き上げる。
「させません!」
その終夜に向けて放たれる鋼の鉤。如月が建御雷で弾き、返す手で一刀を浴びせる。
「ぅん‥‥?」
鋭い剣先は、鱗の薄い額の上を裂いていた。
しかし僅かの血が目に流れる頃には、流れ出た血が沸騰するように泡立ち、傷口を塞いでしまっている。
「今のは良い気合いだ‥‥其程大事であれば、共に伏するがいい」
「‥‥終夜が辛そうだね。エスコートは任せるよ、うん」
コクピット越しに大量の火傷を負った終夜、漸を庇い、アルヴァイムがディスタンでこじ開け直した防火壁から脱出する如月。
離脱した3機に代わり、急行しつつも壁に阻まれていたアルヴァイム、クラーク、井出 一真(
ga6977)が合流する。
「やれやれ、バカンスだと聞いていたのに‥‥」
「ぼやいてる場合ではありませんよ、アンノーンさん!」
ゥイーヴスのローリングソバットを、壁面まで後ずさりながら拳で受けるK−111。
過熱で痛んでいたナックルコートは歪み、もう攻撃には使えない。
涼しい顔をしていても、室内の温度は人体の耐久力をとうに超えてる。どこまで戦えた物か。
足止めの銃弾は殆どが鎖の壁に阻まれるも、決して無傷という様子ではない。傷口は癒えても、こぼれ落ちた鱗の欠片がそれを示している。
先程までと同じ4対1、とは言え、過去に一度やり合っている井出の阿修羅、その尻尾を警戒してか、積極的に近づこうとはしない。
炎か、銃弾か。我慢比べにも等しい耐久戦が続く。
UNKNOWNの汗も出尽くした頃、床の底からか、深く沈むような音が響き渡ってきた。
「‥‥そろそろ、ビーチが恋しいかね」
撤退の手信号と同時に、アルヴァイムが殿を持つ。
熱障害で出力の上がらない機体を榊とクラークの機体で庇い、運び出しにかかる。
「足下だ!」
「しまっ――」
シラヌイの脚に食いかかる鋼の鉤。クラークの視界が半回転する。
「退く者の背を狙うか‥‥!」
「フン‥‥逃げる獣の背も撃つだろう、狩猟であればな」
アルヴァイムの言葉をあしらい、転倒したシラヌイを引き寄せ、振り回す。
体重比では有り得ない現象だ。
「武力も、罠も尽くし、それに抗う生きる者の本能があればこそ‥‥愉しみにもなる」
衝突のうちにセンサーカバーも剥がれ、サスペンションが衝撃を緩和する間もなく床に、天井に叩き付けられる。
宙に浮かせた機体、そのコクピットに狙いを定めたゥイーヴス。
紅蓮の拳が機体を穿ち、白い装甲を衝撃が貫通する。
KVを振り回す為に、ゥイーヴスが爪を食い込ませていた床。電磁砲の一撃がその一面積を捲り上げる事で、間一髪、クラークへの致命打は免れていた。
「こっちです!」
機体から放り出されたクラークを井出が拾い上げ、今度こそアルヴァイムが殿を担って避難させる。
連続して降り注ぐ、小粒な火炎弾。交差気味に放たれるスラスターライフル。イクシード・コーティングの表面皮膜が火球の熱量を軽減し、コクピットを幾らか保護していた。
「ッ‥‥」
ライフル弾の雨を泳いでいた竜の翼膜を、本命の電磁砲が掠める。
バランスを崩して落着したゥイーヴスが顔を上げた時、既に井出とアルヴァイムは炎の海から逃れていた。
竜人対応の部隊が罠へと踏み込んだ時、島の上の傭兵達もまた、囲いの内にあった。
「ドラゴン2、応答を、ドラゴン2!」
光学迷彩を解き、島を取り囲むようにしてその姿を現したHWの一群。
三日月を覆う薄雲のように展開したそれらは一斉に砲撃を行い、地上の傭兵達を島の中央に押し込んでいた。
直上から被弾した三枝のフェニックスは瞬く間に高度を下げ、気流制御のブレーキを掛けながらも、かなりの速度で岩間に激突する。フレア弾が使用済みでなければ、かなりの惨事だったかもしれない。
「‥‥こちら、ドラゴン2‥‥神に感謝している所です」
執拗な砲撃を続けるHWを伊藤とジェームスが追い払っている間に、キメラ退治で地上に残っていたヒューイとファルロスが三枝を助け出し、治療を行う。
「ジャミング源、多数! 特定できない!」
夢守 ルキア(
gb9436)の叫びも、無線に乗ってどれだけに伝わったものか。
α、M2の通信計画をフイにする、高出力のジャミングが、島全体に掛かっている。
オーストラリアやアフリカ方面からの戦力ではない。ゥイーヴスがわざわざ本星型HWにメッセージを運ばせ、届けさせた伏兵だった。
光学迷彩HWの合流により、機を見て取った竜キメラ達もまた、隠れていた巣穴から顔を覗かせて活動を再開する。
「ヘイルより各部隊へ。余力がある機体は回収班の援護を頼む。こちらに敵を近づけるな!」
息巻くヘイル(
gc4085)だったが、奇襲によるダメージからか翼の挙動が悪く、居合わせたソーニャ(
gb5824)の援護を受けて敵の攻撃を引きつけるので精一杯だった。
その戦いも長くは保たず、プロトン砲の直撃を受けて降下していくディアブロ。
「しつこいなぁ‥‥」
落ちていく赤い翼の代わりに、マイクロブーストでHWとキメラを引き寄せ、引きつけ、引き離すロビン。
その先に待ち構える、天空橋 雅(
gc0864)とミリハナク。
予定していた里見・さやか(
ga0153)の西王母の合流ルートが、敵の奇襲によって分断。ハミル・ジャウザール(
gb4773)とニュクス(
gb6067)の西王母は逆に囲いの中に閉じこめられ、機体を護られながら陸と空で交互に補給作業を行っている。
「竜を名乗る者として、貴公らの狼藉、捨て置くわけにはいかない!」
渋滞の続く西王母の周りで、神棟星嵐(
gc1022)のミカガミも銃弾を撒き散らし応戦する。全体の補給総数で見れば、里見の用意した補給序列を守って適切に配分されてはいるものの、消費の大きい練剣は節約を強いられ苦しい戦いを迫られていた。
「補給完了! 海に手出しはさせないわよっ!」
ロビンのブースターとオメガレイで消費した練力を回復させた澄野・絣(
gb3855)が、交代でミサイルコンテナの積み替えを始めた橘川 海(
gb4179)のロングボウを守る。
出来るだけの数を西王母から引き離すべく、ラナ・ヴェクサー(
gc1748)がガトリングとスラスターライフルを散り撒いて敵の目を集めようとするが、光学迷彩機は予めインプットされていたかのように、執拗に西王母を狙ってくる。
「餌づけの邪魔は、させないよっ!」
キョーコ・クルック(
ga4770)が煙幕の中放った粒子砲が竜キメラを貫き、焼き焦がす。
立て続けに補給を行っているニュクスの西王母は、飛び立つことも出来ない。良い的だ。
空を飛ぶHWに対抗できない歩兵戦力は一旦クライブが保護しているが、地上戦力はじりじりと消耗を強いられていた。
高ジャミングが発生してから、【初】部隊はコントロールルームに居座り、捜索と悪戯を続けていた。
「こんなんで‥‥どうだい、ルトさん?」
「無線は、未だに‥‥」
生憎とジャミング装置をカットする事は出来なかったが、適当に弄っていた那月とジョシュア・キルストン(
gc4215)のお陰か否か、何処かのハッチを開放する事には成功する。
それにより、KV部隊が破壊した通電路以外にも何点かの動力と、別個のラインが存在する事が把握できた。
しかし、長居が過ぎた。
「何だっ!?」
「ゆ、床が‥‥!?」
直下からの爆発に、飛び散る床材。落下していく傭兵達。砂煙の収まる前に、階下の一室では睥睨するような声が待っていた。
「放送ご苦労‥‥だが、生憎と俺の配下は人語を喋らんからな」
その声に、直ぐさまアレックス(
gb3735)、霧島が武器を構え直す。
室内、コントロールルームの座席位置で爆発の直撃を受けた那月が、まだ立ち上がれていなかった。
「これは‥‥拙いかもしれないねぃ」
炎に炙られない箇所へと運び込み、ゼンラーが治癒を施すが、傷は深い。
扉は開け放たれているが、その前にはゥイーヴスが仁王立ちになり、行く手を阻んでいる。
ちらと目配せしあう、アレックスと霧島。
「その程度の熱量、火竜の雛も目覚めん‥‥」
エクスプロードの衝撃は、龍の掌に吸い取られたように、微塵の影響も与えていない。
続けざま繰り出した霧島の氷雨は不快感を持って払われ、ストラップのように尾に巻き付けた鋼鉤がAU−KVのカウルを叩き割る。
「『炎』とは‥‥こういう物だ」
AU−KVの装甲に、赤い拳が突き刺さる。
赤い陽炎のような物を纏った一撃は、AU−KVを纏った二人の身体を軽々と浮かせ、後方で待機していたメンバーの所まで押し返す。
落着の衝撃に息を呑む仲間達。しかし、その痛みを遙かに超える、体中の細胞が焦がされるようなダメージを、二人は味わっていた。
「やらせないっ!」
薄ら笑いのように口を開け、喉の奥に煌々と火を点すゥイーヴスに、黒瀬 レオ(
gb9668)が躍りかかる。
渾身の両断剣・絶はゥイーヴスの肩の鱗を割り、カウンター気味に入った竜の爪は、黒瀬の胸を突き刺した。
「‥‥その細腕で、鱗を徹すとはな」
一撃を加えた黒瀬をそのまま鷲掴み、壁に向けて放り投げるゥイーヴス。
「レオ様!」
それまで影で控えていた龍乃 陽一(
gc4336)が咄嗟に庇い、壁への激突は免れた。
取り落とした剣を探り、支えられながらもゥイーヴスに向き直ろうとする。
黒瀬が穿った肩の傷は、それまでとは違い回復の様子を見せず、血も流れている。
「やっぱり‥‥弱点はあるんだ‥‥!」
「喋らないで‥‥! ゼンラーさん!」
治療を続けているゼンラーの元へ、黒瀬を運ぶ龍乃。しかし、このままでは練力も保たない。
「‥‥俺はいい、レオを先に‥‥」
「‥‥アレクが平気なら‥‥僕も頑張らないと‥‥ね」
再び立ち上がる、アレックスと霧島。既にAU−KVの装着重も重荷になるような身体で。
睨み合いの数秒。突然、慌てたようにゥイーヴスが振り返る。
「まだ居たか‥‥!」
【初】部隊の経路を辿っていた藤村 瑠亥(
ga3862)フォビア(
ga6553)アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)の三人が、窮地に駆け付けた。
迅雷を駆使した強襲は一瞬の間に退き、薙ぎ払う爪から身を反らす。
そうして開いた敵の懐に、フォビアの拳銃弾とアンジェリナのスマッシュが炸裂する。
怒濤の連打に怯んだか、翼を畳んで飛び退くゥイーヴス。
「今だ! アレックス!」
「‥‥頼む!」
ミカエルをバイクモードに変形し、負傷した霧島と共に脱出するアレックス。
擦り抜け際に放り投げた閃光手榴弾の光に紛れてゼンラー、龍乃達部隊員も後に続き、危機を脱する。
「‥‥見えぬ内にもう一度、とは思わなかったか」
「悪いな、臆病なんでな‥‥」
激しい足音で悟られぬよう、光の中でも僅かに後退していた藤村。
「なるほど‥‥理乃はこういう奴らを束ねているのか」
攻撃に使った大太刀が欠けているのを見、背に汗を感じるアンジェリナ。
危険な爪、尾、牙から距離を取り、少しずつ開けた方へと逃げていく三人。フォビアの放つ銃弾が鬱陶しげに弾かれる度、じりじりと距離が開いていく。顔に狙いを集中し、火球を吐く暇を与えない。
しかし、あと少しという所で、ゥイーヴスの口からは火球の代わりに耳を劈く咆吼が放たれる。
聴覚だけでなく内臓にも叩き込まれたような空気の振動に、後退する足がもつれる。
そして続けざま、放たれる火球。
「アンナ、フォビア!」
咄嗟に身体を転がし、直撃を逃れた藤村のその叫びも麻痺した耳には届かず。無防備の2人が火球の爆発に吹き飛ばされる。
砕けた壁材や砂埃が舞い散り、通路を煙が覆う。直後に強い衝撃で床へ、壁へと連続して打ち付けられた藤村からは、2人がどうなったのか、確認する術は無かった。
竜人の気配は、まだすぐ間近にある。煙に紛れて立ち上がろうとするが、動かそうと捩った右半身からは激痛しか返ってこない。
その時、誰かが藤村の腕を強く掴んだ。
「撤退だろ、こっちだ!」
ユーリが煙の中から手を引き、自前の工具と探査の目で切り開いていたショートカットに藤村を引き寄せる。フォビアとアンジェリナも、既にその中に居た。
電子ロックに頼らないアナログな扉は、その仕組みのお陰で緊急閉鎖でも塞がれず放置されていた。もっとも、このタイミングで表れる事が出来たのは、同行していたソウマ(
gc0505)の運による物のようだが。
煙に紛れて逃げ延びた五人。煙の晴れた後、竜人は深呼吸のように大きく息を吸った。
「‥‥匂いは‥‥外か」
少し時間は遡る。
「居た、こっちだ!」
無線を受けた歩兵部隊が、赤月救出に向かっていた。
気絶から目覚めた赤月は、弓を破壊され、深手を負いながらも何とかキメラから逃げ延びていた。
「ごちゃごちゃよってくるな! 吹っ飛べよ!」
ジャックと守谷 士(
gc4281)がガトリングで蜥蜴を追い散らしている間に、摂理(
gc3333)が赤月を確保、ガードする。
見つけた獲物を持って行かれると思ったのか、キメラは鳴き声で群を呼び寄せた。
いかに数で勝ろうともと、守谷と熾火(
gc4748)が蜥蜴の山を引っ繰り返すように撃退していく。
「この層はもう崩れる、走るぞ!」
「士、暴れるぞ‥‥!」
退路を切り開くべく、守谷と熾火が突撃する。
その背に守られるようにして、赤月を担いで走る摂理と
「こっちは収穫無しか‥‥!」
ひとまず倉庫の中にあった何かの紙束を引っ掴んで駆け抜けるジャック。
留まっていられる時間は、あまり残されていない。
○撤退・海
「何やら外が騒がしいねぇ〜」
ビッグフィッシュの反応が停止したかどうかを探っていたドクターが、再閉鎖される隔壁の音に気付いて機体を浮上させる。
陸路から侵入してきた部隊も、同じように港に閉じこめられていた。
異常な値を示す外気圧計。それもその筈、本来なら自動管理されている筈の排・注水は、施設破壊によって停止してしまっていた。
地下にある港は海水の逆流を受け、上昇した水位によって内圧は瞬く間に上昇していく。
鹿嶋の作った橋を足掛かりに破砕作業を続けていたイレイズも、頭上から剥がれ落ちてくる岩にその手を止めた。
「どうしたって!?」
「こ、壊しすぎちゃったみたいだにゃ‥‥」
魚雷を撃ち尽くした希崎が浮上してみれば、水の逆流によって一部の電気系も遮断され、港は洞窟らしい暗闇になっていた。
時折剥がれ落ちては水面を叩く岩の音が、カウントダウンのようにも聞こえる。
「そう簡単には帰らせて貰えないみたいですね‥‥」
和泉が呟いた通り、簡単な事態ではない。
陸は陸、水中は水中で身を寄せ合い、少ない光源を頼りに攻撃を続ける。
「いっけぇ、必殺っレーヴァティン!」
「このっ‥‥! さっさと沈みなさいよっ!」
幸か不幸か、電源の遮断により固定機銃も停止していた。格闘装備を持つ者は直接船体に貼り付き、急ぎ破壊を進める。
「あまり時間がありません。全力で行きますわよ、30秒で終わらせます!!」
コクピット位置の低いバイパーは、既に目下に波を感じる程。
暗闇にブーストの火を照らして飛び移れば、直ぐさまロンゴミニアトを突き立てる。
その手応えに確かな物を感じた月神は、ビッグフィッシュの上で叫ぶ。
「BFの破壊は完了しました。全機、敵の増援が来る前に撤退を開始して下さい!!」
「‥‥って、言われても‥‥」
水中部隊はともかく、月神やリック達陸上からの部隊は泳いで帰る事はできない。如何に頑丈な作りのプチロフ製品でも、素潜りは考慮に入っていない。
最悪、機体を捨てて海中部隊と共に泳ぐか。
そんな考えも過ぎった時、空のある筈がない天井から、うっすら日光が差し込んできた。
誰の手助けか何かの誤作動か、大型艦出撃用の岸壁ハッチが開放されていく。
「あらあら。これが日頃の行いという物ですね」
「‥‥‥‥」
垂直離陸の出来るシュテルンを戦闘に、空陸型のKV達は海面に横たわったビッグフィッシュの甲板を滑走路代わりにして飛び立っていく。
何人かが残していったフレアの起爆により、空からも見える程、地下港の辺りの岩盤が崩落していく。
彼等が空へと戻った時、作戦は既に撤退の時刻を迎えていた。
○撤退・島
空戦部隊の尽力、そして怪我人を運び帰還した突入組の協力により、島の上は再び傭兵達の勢力下にあった。
地上を闊歩していた小型の竜キメラはパラジウムを再装填したテルウィのペインブラッドが纏めて焼き払い、大型はフェリアと百地が器用に誘い込み、殲滅。
ハッチ付近に少しずつ戦力を割り振り、地下に残る歩兵部隊の帰りを待つ。
「大丈夫か!」
地下から登ってくる人影に、真っ先に駆け寄るヒューイ。
「拙い‥‥追ってくる」
ユーリに支えられ、藤村が血で咽せ込みながらも敵の接近を告げる。
それに無言で肯くと、重症の三人にキャメロ(
gc3337)の居場所を告げて見送り、剣を持つ手に力を込める。
怪我人を収容し、西王母が離脱の準備を整えるまで、保たせなければならない。
扉の奥、暗がりから飛来する赤い火球。
ヒューイが飛び退いた後の地面を高熱量が抉り、岩場を赤熱させる。
ついに地上へと姿を現したゥイーヴス。
既に包囲の網が崩れているのを見て取り、追い立てられる竜キメラ達に撤退の咆吼を下す。
交戦していたキメラも、大破機体を弄んでいたキメラも一様に翼を畳み、島の岩場を守るように整列した。
歩を進めていったゥイーヴスに、岩間から飛び出したヒューイが急所突きを仕掛ける。
しかしその剣が切っ先を届かせる前に、長さに勝る鎖の一撃が彼の頭上を襲っていた。
「あれがゼオン・ジハイドの3‥‥これほど禍々しいプレッシャーは初めてだ‥‥」
弾きとばされたヒューイを抱え、後ずさる神棟。直ぐさまラナのサイファーがカバーに入る。
彼等の下がったのと入れ替わりに、【千日紅】が頭上を飛んでゥイーヴスに迫る。
「新型複合式ミサイル誘導システム起動っ!」
ランチャーのロックが外れ、8連装弾が尾を曳いて飛ぶ。
「ゥイーヴスさんっ、その翼は、飾りですかっ?」
海の挑発に乗り、ゥイーヴスが羽ばたく。
それを見て取った千日紅は、即座に囲いの準備を取った。
ロングボウから放たれるフェザーミサイルが、吐き出された火球を相殺して余りある数で、目標に殺到する。
切れ目無く放たれるミサイルの羽根。
「木っ端の如きよ‥‥」
「え‥‥っ!?」
乱舞するミサイル。それを避ける事もなく、釣り針をキャストするゥイーヴス。
ロングボウの右翼に掛かる、鋼の鉤。逃走の勢いのままに、翼が引き裂かれていく。
「海ーっ!!」
推力を失い、錐揉みして岩間に落下するロングボウ。
挟撃を行う手筈だった澄野は慌てて翼を返し、海の救出に向かう。
ミサイルの爆発の中、翼膜を傷めて揚力を失ったゥイーヴスが地上に降り、咆える。
「此処までやった事は褒めてやろう‥‥だが、ここから先、退かぬのであれば‥‥」
その声に連動してか、島が再び、竜キメラの咆吼でざわつきを見せ始める。
「‥‥どうする?」
ビッグフィッシュ対応班は他の海中戦力と共にニュクスの西王母を護衛して退路に付いている。彼等を呼び止めたとして、引き返す様子を見せれば、敵は即座に島上の傭兵を潰しに掛かるだろう。
かといって竜人対応で残っているのは榊、如月、井出、アルヴァイムのみ。
地上の陽動部隊は奇襲による損傷が激しく、残る二機の西王母とヘリを後退させる事を考えれば、敵エース相手に割り裂くことは出来ない。
唯一のプラス要素は、如月が地上に置き去りだったシヴァを再装備した事か。
そうした事を意識してか訪ねた榊に、時計を横目にアルヴァイムが応える。
「‥‥双方の損害を見越してのアピールだろう。おそらく向こうにも余裕は無い」
「抑えておきますか?」
負けっ放しは性に合わないとばかり、操る手に力を込める如月。
高ジャミングの下、治療や撤退、ヘリの合流場所の確認で、頼りない無線は更に錯綜している。
裏方が信条でも、指揮肌の人間が概ね撤退か負傷してしまっていては、仕方がない。
「‥‥損傷機体、及び回収ヘリの撤退完了まで、戦闘可能機体は待機」
アルヴァイムの声を夢守の骸龍が伝達し、竜人対応部隊と陽動組の集まった一枚の布陣が建てられる。
御鑑やレイド、クライブのクノスペが四十万の誘導と共に歩兵達の回収に奔走し、時間はじりじりと過ぎていく。
KVと竜、向かい合う長い沈黙の中、時を告げる鐘のようにαの声が届いた。
「こちらαです。西王母、および回収部隊の撤退を確認」
その一報と同時に、次々にKVが離陸していく。殿志願は多かったが、最後には皆一斉に島を離れた。
施設、ビッグフィッシュ共に破壊は成功したものの、多くの負傷者を出した作戦に、明るい帰還とはならなかったが。
重体者も皆一様に命を取り留め、程度の差こそあれ後に残る傷も少なかったのは、幸いだろうか。
○宝の地図
一連の報告を受けたMSIは、財閥全体も含めた管理階級の人間を、密かに集めていた。
「‥‥傭兵達が持ち帰った資料によると、どうやら敵はあの島に生産設備を整え、一挙に赤道以南の海に手を掛ける計画だった物と思われます。‥‥それを事前に察知・妨害出来た事、被害の数を鑑みれば決して幸運だったとは言えませんが‥‥これを御覧下さい」
撤退際、ジャックが引っ掴んでいた積荷のチェックリストと、【初】が持ち帰ったコントロールルームのログ、そして水中部隊の記録写真が室内に表示される。
それらを照らし合わせると、持ち込まれた積荷の使用数と建造の進行率、この二つに、あと一隻分の誤差がある事が読み取れた。
「破壊したビッグフィッシュ級は、確か二隻では‥‥」
「はい。写真にある通り、存在した対象が二隻である事は陸路・海路共に確認済みです。しかしこの資料‥‥三隻目の物資が本当に届いていたなら‥‥慣性制御装置、それも大型のビッグフィッシュを運用する規模の物が、まだあの島の崩落地域に残されている事になります」
慣性制御装置。其れを得るチャンスと取るか、否か。
報告は、新しい困惑をもって受け止められた。