●リプレイ本文
○交流編
何事にも日和というのはある物で、その日もまた、春の仄かな日差しと風がグラウンドを凪いでいた。
隣の宿泊施設では稀に見る大所帯の到着に、部屋割りだけでも忙しく。
各々愛用品や備品の用具などを手に、支給の練習着でグラウンドに再集合した。
と、言っても開会式がある訳でもなく。経験者が率先してグラウンドの整備を始める。
「野球かぁ。簡単なルールしか知らないけど、大丈夫だよなぁ?」
レインウォーカー(
gc2524)はまだ少し知っているようだが、野球って何? な所から始まる参加者が居ないでもない。そこでまず、鴇神 純一(
gb0849)らが率先して初心者を指導していく。
適度に必要なルールが理解できれば、後は練習あるのみだ。
「野球なんてやったことないけど‥‥まぁ、こういうのは楽しんだもの勝ちだよな!」
「頭OKネ! バッチこーイ!」
「はっはっは‥‥もう一回道具の説明からな」
明菜 紗江子(
gc2472)や、何故かグローブを頭に被ったラサ・ジェネシス(
gc2273)ら元気な女子達。一方で
「何っか嫌な予感が‥‥」
と、後方の岩崎朋(
gb1861)のやる気を感じ取る都築俊哉(
gb1948)。頑張れ男子。
大体の足並みが揃った所で、辰巳 空(
ga4698)の監修の元、共通メニューのストレッチから。日頃使っていない部分を急に動かすと怪我の元だ。
「ぐ、苦しい‥‥」
「痛い? 痛い??」
ストレッチで怪我をしそうな者も約一名。オルカ・スパイホップ(
gc1882)が前屈する柘榴(
gc3703)をごりっごり押し込んでいる。
二人一組での柔軟、その合間をうろつく例の兎仮面。
「ほほほ、やっとるかね、お若いの」
身動きの取れないタイミングを見計らって顔を出し、二三言っては去っていく。謎が謎なのか分からないマスコット、ロスちゃん。
大事な身体という事で、動きは色々と自重しているようだが、その兎マスクには一切の自重が感じられない。
ストレッチの後は軽めのキャッチボールとグラウンド周回で少しずつ身体を上げていく。キャッチボールまではフェンス裏に隠れて覗いていたロスちゃんも、流石にランニングには付いていけず、いつの間にか居なくなっていた。
一通りの準備が済んだ所で、内野勢はそのままベース周りに。外野は右左翼に分かれて練習を始める。投手陣だけはランニング続行。他にも思う所のある面々は、個人メニュー。
内野のノックは奉丈・遮那(
ga0352)が勤める。彼女に良い所を見せようと張り切るセージ(
ga3997)、には一寸待ってもらって、先ずは野球未経験者からだ。
基本動ける世代なだけあって、土面での鋭いショートバウンドなどを除けばそつなくこなしていくルーキー達。
二遊間の新しいペアプレーヤーに、少し鴇神と奉丈が目を合わせる。
鹿島 綾(
gb4549)はソフトボール経験があるようで、握りの癖と縫い目の感触を手に付ける事が出来れば問題ない様子だった。
経験者として、捕球からステップ、スローイングまでの軽やかな見本はアヤカ(
ga4624)が。立体的に広い守備範囲で、先の試合では二遊間と共に活躍していた事を改めて見せつける。
続けて、同じく三塁の大曽根櫻(
ga0005)が塁間を掛ける。アヤカの運動量とは違い、ノックの角度で位置を捉え、始動している。
(相変わらず内野の安定感は高い‥‥動ける三塁手がいるのといないのとでは得点圏での守備の振り方が大きく変わってくる)
ノート片手に目を光らせる秋月 祐介(
ga6378)。
(内野層の厚さもさることながら、外野も粒揃い。これなら打線重視で立ち上げても充分幅が保てる‥‥)
レフトとライトの間を行き来する白球。山なりのキャッチボールは徐々に距離を取り、遠投合戦になっていた。
「偵察‥‥研究ですか?」
走り込みを続けていた榊 刑部(
ga7524)が、フェンスの向こうの秋月を見つけ声を掛ける。
「いえいえ。ただの勉強ですよ」
丁度内外も見渡せる位置でノートを取る秋月。新しい戦力のデータ収集に余念がない。
ライトの刹凪 夏蓮(
gc1140)からの送球が、2バウンドしてテミス(
ga9179)に届く。テミスからの送球は、刹凪のグラブにダイレクトに届けられた。
一方で、何やらキャッチボールの成り立っていない所が一つ。
「ンンン? 畜生、球がぼやけて見えらァな」
着地点を見誤り、取りこぼしたボールを追い掛けるシャラク(
gc2570)。対面のテトラ=フォイルナー(
gc2841)は、そのまま顔面キャッチでもするのではないかと気が気でない。
「悪ィ悪ィ、いっくぜィっと」
それでも肩はしっかりしているのか、山なりながらもダイレクトの送球が返る。
午前の練習は各ポジションを学ぶ、という所で終わり、特別ハードな練習も無い為かまだ参加者にも余裕がある。
昼。百地・悠季(
ga8270)や優(
ga8480)の用意した昼食を囲い、しばしの休息を取る。
サンドイッチからキュウリを除いて食べる最上 憐(
gb0002)。目の前の品目に一通り手を付けようとしていた彼女だったが、ふと、春夏秋冬 立花(
gc3009)の用意したおにぎりだけは手が止まった。
「‥‥ん。これは、危険‥‥」
そっと、おにぎりを割る。
‥‥‥‥見なかった事にした。
案の定、一騒ぎあって、午後の練習は微妙に始まりが遅くなったが。
野手は打撃練習を行いつつ、交代でノックを。投手陣は室内でのフォームチェックから始まる。
特に投手は辻村 仁(
ga9676)、狐月 銀子(
gb2552)、セラ(
gc2672)と憶える側の方が多く、バッテリーの出来ている漸 王零(
ga2930)と終夜・無月(
ga3084)は除いて、一塊となっての練習になった。
投手は全ポジションの中で、ルールによる制約を多く受けるポジションでもある。基本のルールでは教えきれなかった部分をレティ・クリムゾン(
ga8679)が指導しつつ、1人ずつフォーム作りを行う。
各々のフォームは完成系とは言い難く、いかに器用でも、短い期間では変化球の習得までは見込めない。
あまり若い時からの変化球は、肘や肩の成長を悪くするとも言う。
セラはスライダーが希望だったが、手首を切るように投げるのでは負担が大きいと、握りをずらして指で弾くように投げるややカット型のスライダーが教えられた。
フォームチェックをしながら、交代で実際に投げ込んでいく。キャッチャーは米本 剛(
gb0843)が。
体に憶えさせるべく、念入りに投げ込んでいく新人達を他所に、隣のブルペンではバッテリーが試行錯誤を繰り広げていた。
握り、振り、速度。終夜の肩を考えて一定の間隔を開けながらだが、新球開発に余念がない。
しかし、目指す所が高い為か、その日は納得のいく道筋を見つけられずにいた。
「あら‥‥?」
一通り自分の練習を済ませ、朧 幸乃(
ga3078)がグラウンドに落ちた白球を拾い上げていると、やはり物陰にあの兎面が。
朧がふっと頬笑むと、兎耳の間に挟んだボールを渡して去っていく。
激しい運動は出来ずとも、何かのプロ根性が働いているようだ。
打撃の新人指導も終わり、チームメンバーがシートバッティングを始めるというので、朧が呼ばれていく。
ただのフリーバッティングで終わらなかったのは、新人達の守備の上達を見る為もあった。
「‥‥ん。バントの。研鑽を。しにきた」
午前をずっとバント感覚を養うのに当てていた最上が、内野イジメとばかりにセーフティとプッシュを使い分ける。
要所要所でのバント戦術は日本野球の攻めの基本であり、守備側にとっても必ず対応出来なければいけない部分ではある。
もっともそれをすぐに発揮しろというのも難しく。
「おっと!」
「ドンマイドンマイ!」
前進したファーストの守剣 京助(
gc0920)が、ベースカバーに入った都築の遙か頭上にボールを返す。
(実際の守備を例に取っても、前進捕球から逆方向に踏み返しての送球はミスが多い)
秋月ノートの記述は、少しずつ増えていた。
(一つは前進による歩幅の乱れ‥‥もう一つは、間に動くランナーを挟む事での判断の乱れ。しかしランナーの居ない野球など無いのだから、これには慣れるしかない‥‥)
ベースコーチに入っていた辰巳が、守剣にアドバイスをしていく。
最上が一塁に残り、言わばアウトカウント無しでランナー一塁の状況。
ダブルプレーを想定しての送球は練習していても、実際走者を置いた状態でのプレーは難しい。特に二遊間はプレー中の情報量が一気に増える。
もっとも、そんな事を考える必要のない打球もたまに飛んでくるのだが。
「エロの一号、ヘタレの二号!」
「ちょっと‥‥」
鴇神の悪乗りに、眼鏡の奥で苦笑する奉丈。
気合いと共に撃ち返した球は、風に乗ってそのまま飛んでいく。
ポール裏辺りに消えた打球。観客が入っていれば、ファウルボールに注意という放送でも入っていたのだろうか。
生憎今は試合中ではない‥‥が、偶然1人、居るには居た。
「ちぇっ、これじゃ中継も何も無いな‥‥」
ライトを守っていたオルカからは見えなかったが、帽子を跳ね飛ばされた男が1人。ゆっくりと起き上がって打席上の鴇神を見ていた。
打順も粗方一巡りし、灯りも夕日から照明に変わり始めた頃。
「みんなー、御飯よー」
百地・悠季(
ga8270)が、手伝いの優(
ga8480)と共に、エプロン姿で顔を出す。
栄養価で見れば蛋白質系、練習疲れの目から見れば豪勢な夕食が大部屋に並べられ、シャワーと着替えを済ませた順に皿を持って並んでいく。
「んじゃみなさん手をあわせてー!」
そして何故かオルカが音頭を取り。
「いただきまーす!」
賑やかな夕食が始まった。
○交雑編
「はいロン!」
「くっ‥‥字牌の連投‥‥早仕掛けはフェイクか‥‥っ」
楓姫(
gb0349)とネオ・グランデ(
gc2626)が中心となって、プレイルームの隅の方で始まった麻雀大会。
体力が有り余っているのか、昼間のテンションが続いて眠れないのかはさておき、夕食後にばったりというメンバーばかりでもないようだった。
昼間の感覚を忘れまいと練習の続きをする者も居れば、自前のキーボードを弾くセラのような過ごし方も。
‥‥相変わらず嫁といちゃつこうとする者も居るには居る。
一応年頃であるからと、部屋割りは大きく男側と女側とに分割されていた。どちらかの棟へと移動するには、1階中庭脇の通路を抜けていくしかない。
「純一さん、遅いなぁ‥‥」
その通路での待ち合わせ。という事だったのだが。テミスが独り待つ。
まだ夜には肌寒さの残る気候。不意に強く吹いた風音に紛れ、何かの呻く声が聞こえた。
怪談にはまだ早いだろうと思いつつも、ゆっくり、とその方向を振り向けば、鬱蒼と立つ木の影に、ゆらゆらと揺れる大きな影が‥‥
「きゃぁぁぁぁーっ!?」
テミスの悲鳴に、それまで遊んでいた幾人か(主に麻雀組だが)が慌てて駆け付ける。
その視線の先には、まるで荒縄で画いた紋様なのではと疑うばかりに綺麗に縛られた挙げ句宙吊りとなった、鴇神の姿が。
「く、黒い‥‥影‥‥が」
がくり。と首を折る(逆さ吊りなので垂らす)鴇神。急いで樹から下ろされ、部屋に運ばれていく。
丁度同じ時刻。この気候だというのに厚いコートを羽織った黒い男が、滑るように勝手口の階段を上っていくのを、自主練中のシャラクが目撃していた。
○交流編 二日目
昨晩の怪異の噂がすっかり朝食の場で広まった二日目。
未だ部屋から出てきていないという鴇神に、優が朝食を持っていく準備をしていたが、百地が押し止めた。曰くテミスも同室から出てきていないのだと。
そんな二人も練習の時間にはまぁ間に合い、今回は紅白戦の予行も兼ね、入れ替わりでの総合攻撃、総合守備という形になった。
攻守の様子は冬子も見守り、チーム編成の参考にする、らしい。実際アクティブな姉に比べてどれだけ野球というスポーツを理解しているか、疑問だが。
先ず終夜がマウンドに立つ。前日の成果の纏めと調整も兼ねている為、マスクを被るのは漸だ。
肩慣らしの速球でも、目の慣れない内は中々当てられる者が出ない。塁に出たのは、粘りに粘ったレインウォーカーが四球をもぎ取ったのが最初だった。
しかし流石に攻守交代後。LOSメンバーとなると、速球慣れも早いか、当てに行く器用さが出てくる。
「オーライオーライ‥‥そげブッ!」
センターフェンス際、のラサの顔面にヒットしたテミスの当たりを皮切りに、徐々に進塁を許すケースが増えてくる。
入れ替わりでマウンドに立ったレティも、状況としては似ていたが、殊更三人目の辻村に変わったところで、このメンバー全体の傾向というのが浮き彫りになっていった。
もっとも、それはよくあるチームの偏りのような物で、一つのチームを纏めるとどうしても出る物ではあるが。
そういう所にピントの合わない冬子は今一気付く事が出来ず、投手一巡後も、渡される記録ボードを前に頭を悩ませていた。
午後は翌日の紅白戦の事も考え、各々の判断に任せられる事になった。
練習量の多くを投げ込みに当てる投手陣も、肩の損耗を抑える為、ビデオチェックや軽いランニングで練習を済ませる。
守備に集中していた鹿島や辰巳、ネオなど、打席数に不足を感じている面々はマシン打撃に汗を流す。
「‥‥ん。あの月に。向かって。バントをする‥‥月出てないけど」
内野の頭前後という、バントでの打ち分けを目論む最上も打席に立つのを見て、朧が一塁前進守備の位置で待つ。
「明菜殿今日はアガリー?」
「練習疲れは今日の内に取っとかないとな」
肩、腰、筋肉の腫れや熱を訴える者は居なかったが、日頃使っていない部分の疲労に、午後の練習はぽつぽつとビデオ組が増えていく。
まだ不慣れな練習の様子はホームビデオのようにも見えたが、明日はこのメンバーでの紅白戦。自然と見る事にも熱が入る。
結局、外の練習も中の練習も、百地達の呼ぶ声に集合するのは同じ時刻だった。
○紅白戦
渡された名簿を見た冬子が暫く頭を痛め、行われたチーム分け。
赤チーム監督レティ、白チーム監督鴇神の下、やや男女に偏りのあるチーム編成が出来上がった。
上位陣は総合力で振り分けている為、後は新人をどう使っていくかが鍵となる。
朝の僅かな時間に先発を決め、チーム毎に分かれてのミーティングと軽いアップを行う。
重複する守備位置は途中交代するとして、試合形式は7回表裏分。延長無し。
資料記録の為、進行は冬子。解説に秋月、特別ゲストにロスちゃんを迎えて、試合が始まる。
『さて、赤チーム先発はレティさんという事ですが‥‥』
『そうですね。新球種の練習が多めの調整で全体の完成度にやや不安はありますが、立ち上がりの中でいかに掴んでくるかでしょう』
対するバッターは1番、守剣。
ファーストにレインウォーカー、セカンドにネオ、ショートに岩崎、サードにアヤカと、メットを整えながら内野陣の位置を確認する。
ベンチからは特に指示はない、一番打者だ、思い切り行けという事だろう。
初球、試し斬りとも言える鋭いストレートが外角に決まる。
二球、三球と、目の慣れない内からの速球に、スイングが勢い良く空を切る。
(球は走ってる。これは序盤から仕掛けていかないと‥‥)
サインを出す帽子の奥で、鴇神が悩む。打ち崩して折れるタイプでもない。出端を崩して調子を上げさせない方が得策だった。
しかし二番手榊、三番手漸と凡打に抑えられ、勢い良く、とはいかない。
「キャー無月殿今日もカッコイイー」
白チーム先発の終夜も、一回裏、1番明菜、2番最上と三振に切って取る。
続くアヤカには高めに入ったフォークをちょこんとセンター前に返されてヒットを許すも、続く米本をライトフライに封じて得点は出さず。
「テミスさんガンバっ! 一発かーまーせーよっ! そーれ一塁打! 二塁打! 三塁回ってホームランっ♪」
レティシアの賑やかな声がバックネット裏から響く。
一回の裏表が終わった所で、話を聞いてきたらしい見物人の姿が内野席にちらほらと見えた。
もっとも紅白戦というのは知ってか知らずか。陽気の注ぐシートで冷たいビールを煽る伊藤 毅(
ga2610)と、三枝 雄二(
ga9107)。
「何だ、秋月さん解説席か」
「‥‥野郎二人で野球観戦とか空しくないっすか?」
「‥‥‥‥いいんだよ」
二回の表、白チームの攻撃は4番のテミスから。
強打の実績はあるが、同じチーム同士、本気の勝負という機会は無い。
普段戦う事のない強敵を前に、ロージンを暫く掌中で叩くレティ。
初球を沈む変化球でかわし、テンポの速い投球で瞬く間に投手優位の1ボール2ストライク。
どっしりと構える米本が気前よく投げさせている所もあるが、打席に立つテミスには、球に気が乗っているというのが分かった。
第四球。待ち球のカーブにスイングを合わせる。
来た。と思った変化はカーブの軌道から更に深く落ち、バットの下を掠めていく。
ファールチップ‥‥しかしその影響は少なく、僅かに軌道を変えただけで、ミットの中に収まる白球。アウトの声。
「これが私の『シュレディンガー』だ!」
『くっ‥‥完成していたのか‥‥本気狩るレティにゃんボール2号‥‥!』
『あの、何で秋月さんが口惜しそうな‥‥』
困惑の放送室を他所に、盛り上がる赤チームベンチ。
対する白チーム、ベンチに戻っていくテミスを慰め、鴇神が打席に立つ。
(厄介な所で厄介な物見せてくれたぜ‥‥)
ベンチの中からは普通のカーブと判別がつき難い球だったが、テミスのスイングを間近で見ていた鴇神はその変化に気付いていた。
意識してカーブを見ていたが、下を叩きすぎてショートフライ。続く奉丈もレフトフライと奮わず、結局、二人の打席ではあの球は出てこなかった。
「新変化球ですか?」
攻守交代の間、少しの時間を稼いで情報を共有する白チームベンチ。次に打順の回る辰巳、シャラク、終夜は特に。
今の所目の前で見ているのがテミスだけの為、いつものカーブより落差のあるカーブとしか分からないが、想定の中に加えられる。
赤チームの5番はセンター楓姫。マウンドに立つ終夜の威圧感に負けず、くっと視線に力を込める。
初球、二球目と見送りタイミングを計る。
三球目、癖球に当てていくだけの軽い打球。三塁榊の頭上を跳び越え、ボードに/T5)が記録される。
「ヒュ〜♪」
口笛を吹く楓姫。間を置かず、ベンチからは送りのサインが。
六番レインウォーカーが一塁方向に転がし、キャッチャー漸が想定通りといった感じに追い付いてファーストへ送球。1アウト2塁。
しかし続く都築が球威に押されピッチャーフライ。
「もー、トシったら大事な所で」
と、からかう岩崎も三振に倒れ、この回もランナー残塁のまま無得点に終わる。
『二回終わって赤チームが安打2、白は0という所ですが、これは投手戦になるでしょうか』
『調子は良さそうですから‥‥後は両陣営がどれだけ早く攻略法を確立できるかですね』
白チームは三回、7番辰巳からという打順。
此処に来て、再びレティの新魔球が猛威を振るう。
球数は少ないが、持ち玉であるカーブに近い変化をする為、読み違えても気付いた時にはバットが止まらない。
辰巳がキャッチャー前のゴロ、シャラクがショートフライに倒れ、終夜がフルカウントから四球を選ぶ。
2アウト1塁、打者も一巡して1番守剣がバットを握る。
コーラも補充し、気合い充分。初球、外めに入った速球を思い切り引っ張る。
「行っ‥‥たぁーっ!?」
「ニャニャー♪」
真横に飛ぶ背番号22。三遊間を跳ぶアヤカが、鋭いライナーを空中で捕球する。
『守剣選手、惜しい当たりでしたね』
『いや、あれは通常の守備範囲なら抜けていた所でしょう。力みが引っ張りに掛かるのを読んで少し深めに守っていたのが功を奏しましたね』
好プレーに沸く赤チーム。
ベンチで待つ2匹の子猫の元に帰るアヤカ。
「ちゃんとママの活躍見てたニャか‥‥ニャー!?」
が、バスケットから覗く顔は、可愛らしい子猫のそれではなかった。
「だ、だいふくときなこがロスちゃんになってるニャー!?」
みーみー鳴く子猫たちの顔には、小型化したロスちゃんマスクが不貞不貞しく装着されている。
大体誰の仕業かは分かっている為、こっそり抜け出した放送室に再びこっそり戻ろうとする鳳‥‥佐竹 つばき(
ga7830)をじーっと見る。
その視線の意図する所に気付いてか、さっと振り向き。
「何? わたしがロスちゃん? ハッハッハ、何か証拠は? こいつはとんだ迷探偵だ」
とだけ言って去っていく。
そんな小さいコントがベンチで繰り広げられつつも、監督であるレティは終夜攻略の糸口を探していた。
「一寸、見せてもらえるかな」
「あ、はい」
前日の間にスコアの付け方を勉強していた優が、赤チームベンチでスコアを付けていた。
まだ8人終わっただけだが、ヒット性の当たりはアヤカと楓姫のシングルのみ。ややストライク先行気味だが、判断材料にはならないか。
今日はベンチ要員の鹿島に後の分析を任せ、ヘルメットを被るレティ。
実際に打席に立ってみても、特に癖や何かは見当たらない。少し真ん中に入ったチェンジアップをセンターに弾き返すが、高く上がった打球をテミスががっちりキャッチして1アウト。
続く明菜がツーシームを詰まらされてショートフライに倒れ2アウトとなると、何故か此処で、2番最上がバントの姿勢を取る。
低い身長が身構える事で更にストライクゾーンが小さくなる。試しに普段通りの高めを投げるが、矢張り審判の判定はボール。
「‥‥ん。へいへい。ピッチャー。のーこん。だよ」
捕球の瞬間バットを下げて更に構えを低く取っていた最上。この後もあっさり3ボール0ストライクまで持ち込み、四球目。
「‥‥ん。バントすると。見せ掛けて。そのまま。バント」
三塁線。転がすにしてもスリーバントはない状況で、前進守備の三塁榊の頭上を越えるプッシュバント。
慌てて反転した榊が一塁へ送球するが、最上が駆け抜けるのが早い。
「‥‥りーりーりー‥‥」
3番アヤカの打席でも、遺憾なく存在感を発揮する最上。投球の裏で何度も走るタイミングを伺い、塁間でこそこそ。
サインはエンドラン。鋭い音と同時に、最上も走り出す‥‥が、余りにも良すぎた当たりは素直にピッチャー正面の構えたグラブに吸い込まれていった。
この後、4回表裏と両チーム得点には至らず、5回の表。6番奉丈からの打順。
「頑張れよ、二号!」
「それはもういいですって‥‥」
鴇神の声援に後押しされ、リラックスして打席に入る奉丈。
来た球を打つ感じで伸ばしたバットが、カーブから更に切り込む変化球を掬い上げる。
慌ててバックする都築のグラブを掠め、転々と転がるポテンヒット。
それを辰巳がきっちり送り、1アウト二塁となった。
「うぉぉ‥‥緊張しますぜェ」
ネクストサークルで練習を思い出すように素振りを繰り返すシャラク。
ベンチでは皆を盛り立てていた男も、得点のチャンスに沸くベンチに後押しされ、武者震い。
送りのサインもない。バットを短く持ち、勝負の打席に立つ。
前の打席は三振。振り回すタイプの打者のようだと、真っ向勝負に立とうとするレティに対して米本が様子見のスライダーを要求する。
初球、高めのスライダーを空振りすると、二球目、三球目と速球がファールゾーンに逸れていく。
(むむ‥‥タイミングを合わせられていますね)
第四球。打ち気を挫く低速のカーブ。
「くっ‥‥らァ!」
シャラクの踏み脚は速球のタイミング。止まらないスイングを腰で溜め込み、一歩遅れて爆発させる。
「いったか!?」
三塁頭上を越え、レフト線上に抜ける打球。判定がセーフに振られる。
レフト最上が追い付き返球するが、その間に奉丈がホームに還りタイムリーツーベース。
『シャラク選手のツーベースで、この試合初の得点という事ですが、今の打席如何思われますか?』
『前の打席と違い、バットを短く持っていた事が大きく出ましたね。元々大きな選手ですから、人と同じスタンスで立つには腕の分構えが伸びてしまう。バットを短く持つ事でスイングがコンパクトになった訳です』
解説しつつ、手元のノートを捲る秋月。
『そして何より、今回最もバッティングの練習量は多かったのが彼ですから。咄嗟に踏み留まっても安定するだけの回転と足腰が出来ていたのでしょうね』
『おっと‥‥しかしシャラク選手腰を押さえています。不安定な打法で腰を痛めたんでしょうか』
打たれたレティはさっぱりした顔で、1アウト二塁という相変わらずのピンチに立つ。打った当人のシャラクは一塁で腰を叩いてしゃがんでいた。
大事は無さそうだったが、一応無理は良くないと、代走のテトラと交代になる。
「グラウンドに出動!」
ラサが駆け出し、支えようとするが、身長差約50センチの少女の肩は借りるに借りられなかった。
打席は9番終夜。前の打席にヒットを出しているだけに、紅白戦ながらも勝負感がレティの気合いを点火する。
ボールからストライクゾーンに食い込む変化を武器に攻め込み、ファーストへのゴロに抑え込んで2アウト。その間にテトラは三塁へ。
三巡目の打席、全力で振り抜いた守剣の打球はフェンス際で一伸び及ばず、ライト明菜がキャッチして3アウトチェンジ。
五回裏、余力を残す終夜の代わりに、辻村がマウンドに立つ。
流石に経験差、力量差はあるが、投手の交代は立ち上がりの不安定さもありながら、意外と打撃側の間合いも狂わせる。
直球とカットボールを駆使し、球質に慣れる前に凡打に打ち取っていく辻村と、漸のリード。
レティと、明菜の代打に入った刹凪にこそヒットを許すもピンチは凌ぎ切り、この回は5人で締めて無失点に終わった。
『攻防も6回に入り、白チームが1点のリードを守っています。少しずつ選手の交代も増えてきました』
前の打席、得点には繋がらなかったがツーベースを放った榊からの打順。
6回にもなればと、多少のボール球もファールに持ち込んでの削り合いに徹する。
お互いの集中ががっちり押し合う中、残り体力の分僅かに榊が上回り、甘く入ったスライダーを撃ち返した打球がファーストの足下を強襲、ライトの深くまで転がるツーベースヒットとなった。
続く漸はホームラン狙いのフルスイングが当たり、フェンス際ギリギリのライトフライ。その間に、タッチアップで榊は三塁へ。
1アウト三塁という絶好の場面で、四番テミス。
完全にストレート狙いのスイングが、初球、二球目とカーブを取り逃す。
懐を突く変化球に、タイミングが合わないテミス。三球目も、同じコースでの本気狩るレティにゃんボール。
しかし、特殊な握りとファール合戦での消耗から、掛かりの悪かった指が滑る。
インコースへの失投。それをテミスが見逃さず、溜めて溜めて、打ち返す。
三塁真正面。しかしライナー制の強打をアヤカが弾き、送球出来ず。セーフ。
「代打、俺に代わってセージ!」
このチャンスに自らメットを脱ぎ、合図をする鴇神。ベンチに戻りながらセージを送り出す。
ここで、レティまでもが自らマウンドを降りた。
赤チームの投手交代。そして交代で表れたのが‥‥
「‥‥昨日の味方は、今日は敵。容赦しないわよ!」
ビシィッと、打席のセージに向かって立ちはだかる狐月。
『代打に対してリリーフの登場、ですか』
『いや、これは精神戦になりましたね』
さらりと言えるのは大人の余裕だろうか。
打席のセージは同じチームになりたかったようだが、練習中の様子を見た冬子が特に関係なしと判断したのだろう。こうして敵味方に分かれる事態に。
愛が試されている。
何とかメンタルを取り戻そうと試みるが、その間に、狐月はスパッと速球を叩き込んでいた。
慌ててタイムを掛ける前に、既に第二球。すこし外れたインローのチェンジアップ。
「えぇい、どうにでもなれ!」
覚悟を決め、速球にタイミングを合わせるセージ。
吹っ切れたスイングが、緩く入った高めのツーシームをひっぱたく。
叩き付けるような打球はピッチャーの足下で大きく跳ね、二遊間を抜けていく。センター前に抜けていく勢いだ。
三塁の榊は楽々ホームイン、二塁へはセンター楓姫からの送球が返り‥‥塁審の判定はセーフ。強打者相手にと引いて守っていたのが災いした。
元々セージ相手のワンポイントだった狐月は、此処でマウンドを降りる。
「‥‥という夢だったのさ!」
現実です。
投手は狐月に代わってセラ。バッターは奉丈に代わってネオ。セージ、ネオと続けての代打で、鴇神と奉丈の二遊間がごっそり入れ替わる事になる。
「いっくよ〜♪」
楽しげな声と共に、投じられる速球。
と言っても体格が体格なだけにスローボールだが、きっちりストライクゾーンには掛かっている。
急速に勝負感の薄れたマウンドに、打ちづらそうなネオ。ボールの後、再びストライクのカウントが入ってようやく気を引き締める。
これまでの速球攻めから一気に球速は落ちたが、2、3球見た事でタイミングは掴めた。
守備陣形を目に入れつつ、低めに手を伸ばす。
しかし速球ではなくスライダー。既に振りに行った手は止まらず、当てさせられた打球は4−6−3の併殺打。
「やったね〜♪」
マウンドの上で跳ねるセラに、悔しいような不思議な気持ちになる。
6回裏、アヤカからの打順に、2点差を埋めるべく大曽根を送り出す赤チーム。
三つ編みを揺らしながら辻村の投球にタイミングを合わせ、カウント2−2から、腰ラインのスプリットをこつんと右に流していく。
「この程度は俺の守備範囲内だ!」
ふわっと浮いた打球はポテンヒットになるコースだったが、ネオが全力のダイビングキャッチで追い付いた。
「ナイスキャッチー! でも赤チームもがんばーっ!」
終盤の攻防、応援の声にも力が入る。
打席の四番、米本。今の所は二打数一安打、半々という成績。
捕手からの視線でいくと、投手として出来立ての選手に対して、まだ冒険をさせる事は無いだろう。
細かな配球の出来るタイプでも無さそうだ。であれば、方針は変わらない。
全力全振。フルスイング。
カットボールの僅かなブレなどお構いなく、高めのボールを応援席最上段まで担ぎ上げる。
「いやぁ、偶然偶然‥‥」
ゆっくりベースを一周し、ハイタッチでベンチに迎えられる米本。
これで点差は1。更に攻勢に掛かるべく、楓姫の打順で代打鹿島を出す。
(制球は善し悪しに拘わらず狙ってくるタイプじゃ無さそうだ‥‥カウントを溜めて誘い出す)
振りたがりの打ち気を誘う変化球を見送り見送り、ファールで球数を稼いで持ち込んだ、3ボール2ストライク。
インハイに走る速球を、全力で振りに行く。
小気味良い打音に比べて手応えは鈍い。カットで僅かにミートが逸れた分の詰まったような感触。
打球は二遊間を抜けた所で失速し、センター前に落ちた。
ノーアウト1塁。勢いに乗るレインウォーカーだったが、ファースト前のゴロ当たりが犠打になって1アウト二塁。
「ん〜‥‥ま、役には立てたかなぁ。後はよろしくね」
「トシ! ここで決めなきゃ男じゃないよ!」
「‥‥わざとプレッシャー掛けてるな‥‥」
ベンチに戻っていくレインウォーカーと、ネクストから送られる応援?‥‥に、後押しされ、チャンスの打席に立つ都築。
対左打者という点では少し打者優位か。実際、ボールが先行してカウントは3−1。
リードに苦しむ展開。何としてもこれ以上の失点は避けたい。
ホーム死守に守備を振り、五球目。
ミート重視のスイングが、スプリットの変化際、僅かに上目を叩く。
三塁方向に跳ねる打球。二塁楓姫は動かない。都築が全力で走る。
ベースを抱え込むようにして飛びつく‥‥が、榊の正確な送球が守剣に届くのが早く、判定はアウト。
ゴロには終わったが、一生懸命なプレーに両チームから拍手が起こる。
結局、この後も岩崎がサードファールフライに倒れ、3アウトチェンジ。
七回の表に榊、漸のタイムリーで更に2点を押し込んだ白チームが、赤チームの反撃を防ぎきって試合が終了した。
『あと二回‥‥あれば分かりませんでしたね。勿論、それに準じた組み立てを両監督がしていればですが』
『成る程。‥‥結果は4対2で白チームの勝利。勝利投手は終夜選手、と。これで紅白戦記録を終了します』
○打ち上げ
「乾ッ杯ァい!」
軽く捻った腰に湿布を貼りつつ、シャラクが缶を掲げて音頭を取る。
酒の肴は、百地主導のお手伝いチームが各々の希望を取って用意した。それでも足りなければ後は今日の試合記録とお互いの奮闘で。
お子様と大事な身体の人はジュースで御願いします。と言っても、運動直後の疲れた身体に猛烈な勢いでアルコールが巡り、駄目になった大人達の会場は勝手に分離していったが。
「ミーにもミートをヨコスネ!」
「‥‥ん。じゃあ。これだけ。これ以上の譲歩は、無い」
「あ、誰だ俺のシロコロ持ってったの!」
「はいはい、まだこっちにもありますから‥‥」
「いやァ、良い酒ですな! 兄さんら!」
今回の試合記録がホワイトボードに軽く纏められ、最優秀選手は四打数三安打一打点の榊が選ばれた。
選んだ上で何があるでもないが、ビデオでその映像が流れる度にひゅーひゅー言われる事この上ない。
「‥‥良いゲームだった」
「いや〜、楽しかった〜。また、やろうぜ〜」
ビデオで試合を振り返り、改めて感想を漏らす楓姫とネオ。
「今回は残念だったけど、次は他のチームが相手ニャよ」
「まぁ、このチームならそうそう負けないさ」
今日の試合記録を広げるレティ。そのメンバー登録票と、ホワイトボードとを見比べながらある事に気付いた。
「‥‥そう言えば、1人リストに居たのに集合しなかったメンバーが‥‥」
「あれ?! 試合は!? みんなーどこー?!」