●リプレイ本文
○隠された脅威
「はっはー、怒濤よ怒濤」
人間、調子に乗るといつまでも途中下車はしない物で。
あれからずっとシミュレーターの座席を確保し続けているドレッドヘアーのテストパイロット。
いい加減名前が判別できないと一々ドレッドドレッド言い続ける事になる為、これから幾度登場するか分からないがシャマの名を記しておく。
もう一つの有人機には、同じ部署のケース・シラーが、シャマの尻ぬぐいの意味で乗り込む事となっていた。
本人は拭うつもりもないのだが、流石にそろそろ反省して貰わなくてはいけない頃合いだろう。
傭兵達の機体からデータが入れ込まれていく間も、彼はこの調子だった。
「‥‥良い歳した大人が何はしゃいでるんだか」
呟く林・蘭華(
ga4703)だけでなく、まぁ参加者の殆どが呆れる呆れる。
「自分が‥‥我々アヌビス愛好者が待ち望むアヌビス改の真価、楽しみでなりませんねぇ」
と、真面目に訓練として扱ってくれるヨネモトタケシ(
gb0843)や、資料取りとして考えてくれる金城 エンタ(
ga4154)の方向性が有り難い。
頼まれた通りリプレイは資料として閲覧できるよう、記録係がデバイスの準備を急いでいた。
シミュレーターとは言いつつも、表示画角や操作系は各個企業のスタイルに極力合わせてある。
まさか完全に取って開いて真似する訳にはいかないが、参加者の持ち込み機体が多くMSI系列だった事もあり、内装の付け替えも直ぐに済んだ。
全員の準備が終わり、操縦系のロックが解除される。
そして、それまで機体共々その正体を隠していた月神陽子(
ga5549)も、その偽装を解いた。
「さて、邪魔な衣装を纏うのもここまでです。それでは。あの大人気ない方たちに、お仕置きを開始いたしましょうか♪」
○テスターの意地
「其方、任せますわね」
「あぁ? ‥‥!! アレかぁっ!?」
特濃大盛り重量級のメインディッシュは隣に任せ、衝突を避けて通るアヌビス改。
「さて、どれ程の実力なのか」
降り注ぐスラスターライフルの弾雨を定まった一回分の音に合わせて交い潜り、レティ・クリムゾン(
ga8679)のディアブロにまで駆ける。
「多少性能の差はあれど御互いアヌビス‥‥易々と後れを取りたくないものですねぇ!」
横から伸ばされる双機刀の一片。
「戦地経験は其方様がお有りでしょう? 何を仰るやら」
その刃を振るう手首を、爪の背に乗せるようにして弾いたまま、警戒したようにその場から退る。
左手に嵌めたルプスを突き出し、右手に、逆手にして背に隠したセトナクトを構えるアヌビス改。
槍に持ち替えたディアブロと、一対の刃で囲うアヌビスとの、2対1の構図となった。
とは言え、懸念すべきはその火力と、手甲のある左面をディアブロに向けている。
双方間合いを計るような沈黙を他所に、水中に逃げ込む所を金城に引き摺り戻され、その装備編成故に逃げるしかないビーストソウル。
元々水中機対策で置いてあるだけの機体。流石に勝負にならないという事で間に合わせのフットコートは着けているのだが。
「‥‥困りましたわねぇ」
堅いとは言え、金城のディアブロは手数もある。
レイヴァー(
gb0805)の骸龍と合わせて足回りを殺されれば、そう時間もかかるまい。
「どこを見ていらっしゃるのですか?」
金城のジャブのような連打に踏鞴を踏んだビーストソウルを、ブーストの推力を帯びたドミネイターが突き弾く。
浮いた重心を掬われて派手に転倒した無人機。
諦めの視線を放り、ケースは目前の二機に向き直った。
爪の先、槍の穂先、刃の鋒がチリチリと触れ合う距離で、微妙な距離を保ち合う2対1。
アグレッシブフォースの気配。レティのディアブロが、グングニルの推進系に点火する。
対抗するアヌビスに、ラージフレアの気配は無し。
代わりに、足裏のグリップ力が失われたような動きで、機体が滑る。
「潜っただと!?」
槍の腹が翼部を抉り、飛行に必要な機能は失われてしまったが、陸戦には困らない。
推進剤を消費し、回避に失敗しながらも接近したアヌビスの犬顔が、ディアブロの胸部すれすれを通過する。
「危ないですわね‥‥っ」
ディアブロの細い腰を抱き、背後に迫るヨネモトのアヌビスに押し出し盾にする事でその場を逃れる改型。
出力差のあるHWには通じない『遊び』だが、機体を挟んでも的確にアヌビスの肩を爪で射抜く、遊び半分以上のえげつなさがある。
機体位置は振り出しに戻り、見た目には翼部の折れたアヌビス改が不利だが、一度目の展開から中々次の手が入らない。
痺れを切らしたケースが、フレキシブルモーションを起動。
機体ごと半月を画くような軌道で、セトナクトが尾を曳く。
これを、待ち構えていたアヌビスが、横の半月を画いて迎え撃つ。
「我流‥‥流双刃!」
今度は避けようが無い。姿勢を建て直す前に、一刀が鋭く装甲を抉る。
受けは入らない。振り上げれば、すぐにも側頭部が‥‥
「肩が‥‥!?」
先にルプスを受けていた傷か、上がりきらない二本目の白刃。
定番の『関節狙い』をやり返され、眼前のアヌビスが、再度セトナクトを啼かせる。
しかし、派手にやりすぎた。
「危ない所、だったかな?」
右肩を穿つ、グングニル。
「いやー、はっは‥‥」
シミュレーターとは言え、目の前で停止する啼く刃は心臓に悪い。
「よし、後は無人‥‥何!?」
肩一本を覚悟して、ディアブロの手からグングニルを奪い去ったアヌビス改が、その肩ごと槍を水中に放り投げる。
双刀に装甲を削られ、軸の剥き出しになった左肩だが、壊しても大丈夫な所を壊すのはテスターの得意分野だった。
「もう少し、ゆっくりしていて頂けます? ‥‥申し訳ないですけど」
ルプスのみの腕で拝むように2機を伺う。
林、金城、レイヴァーの3機にタコ殴りに合っているビーストソウルを見ると、足止めも無意味に思えるが。
散々に被弾したガトリングの痕が装甲にこびりつき、無人機とは言え背中に哀愁が漂っている。
「しぶといっ!」
いい加減、撃墜といきたい所だが。強装状態の腕に槍を止められ、骸龍の脚がガツンと地を噛む。
「そのまま、停めておいてください!」
穂先を抱えたままのビーストソウル、その懐に飛び込む金城のディアブロ。
一時的に出力の高められ、人間で言えばパンプアップしたようなその機体に、フットコートを密着させる。
掌打を発するその一撃は‥‥期待通りの手応えとはいかなかった。
打撃に身を泳がせた機体に、姿勢を正す間もなく弾雨と槍撃が突き刺さる。
ガトリングがカメラアイを撃ち、槍の直撃が増えるようになってようやく、蒼い機体は膝を折った。
○顕れた脅威
「畜生、鬼か、コイツはっ!」
開幕早々、一撃入れてやろうという目論見はあっさりと途絶え、目の前を遮る赤い装甲に思わず機体を下げるシャマ。
しかし赤いバイパーは目前を横切り、固定の射撃ルーチンで動くゼカリアに向かっていく。
「鬼‥‥みたいな名前だったか、そう言やぁっ」
聞くには聞いているその名前。
噂と言うよりは最早一つの情報である。
「ヤクシャ、薬師如‥‥あーっと!」
グレネードの火炎で真っ赤に染まっているゼカリアが、律儀にミサイルで応戦する所を見ると涙が出てくる。
フォローに回ろうにも、試作型クロムライフルの弾丸が、虚しく跳ねた。
「夜叉姫‥‥だったか!」
弾丸では話にならないと、デモンズ・オブ・ラウンドで引き剥がしにかかる。
「ツキガミヨーコ、夜叉姫‥‥火消しの積もりか、大洪水だぞ!?」
魔王剣の分厚い刃と、セミーサキュアラーの鋼面が打ち合い、威力が潰える。
更に如月・由梨(
ga1805)のディアブロも介入した事で、パワーバランスは一気に傾いた。
‥‥ここでこっそり第一の不正、練力消費計算の除外が行われていたが、モニター側はきっちり確認していた。
「うぉぉっ!?」
「あら‥‥案外と情けない!」
援護の筈の攻撃、しかし間合いの差で、逆に繰り出されるロンゴミニアトに機体が大きく後退させられる。
勿論、ケースのように『壊し所』は弁えているが、油断すれば一撃で何処かが吹き飛ぶような衝撃では、当てて逃がす訳にもいかない。
二撃目こそ危うい所で回避したが、ここから先、直撃はフレームの限界を超えてしまう。ゼカリアを逃がそうとして自分が潰れては仕方がない。
どちらかに戦力を集中する必要があったが、攻防に右往左往していたゼカリアの砲口は、ヨグ=ニグラス(
gb1949)のシュテルンに遮られていた。
「ヨーコさんの操縦、勉強させてもらいますです」
殆どのミサイルはファランクスに妨害され、大したダメージソースとならずに撃ち切り撃ち止め。
散弾砲に切り替えたゼカリアの攻撃をPRMを起動しつつも難なく受け、合流を防ぐ。
もっとも、その砲弾が注がれた所で、猛威を振るう約二名にどれだけの効果があるか。
パニッシュメントフォースを付与した剣を大きく奮い、広く間合いを取るシャマのディアブロ。
打ち合うこと数合、敵の刃から逃げの間合いを計るようにしか使えないのでは、デーモンの名も台無しである。
特殊な効果に阻害されずに威力を直撃させるディアボライズフォースも、元が堅いのではパニッシュメントフォースを付与した方が効率が良い。
「ゼカリアが保つ間に、何とかするしかねぇか‥‥」
「ゼカリアが?」
「おぉ」
「保つ間に?」
「だろうよ」
「終わりましたよ?」
「おぅ。‥‥‥‥‥‥おぉ!?」
丁度今、虫の息のゼカリアに、ヨグのシュテルンが雪村を突き刺して頭を蒸発させた所だ。
合流する月神。そしてそれまでの回避から一点、攻勢を向ける如月。
視界の端の方で水面に叩き込まれたゼカリアを合図に、一斉に攻め掛かる。
「さぁ、お仕置きの時間ですよ!」
「ぬっ‥‥ぉぉぉぉっ!?」
盾に構えた刃を、真っ向から叩き割るような衝撃。アグレッシブフォース付与の獅子刀と、ロンゴミニアトの炸裂がデモンズ・オブ・ラウンドを深く抉る。
衝撃に飲まれた肘が、ギブアップとばかりに高い音を立てて割れた。
「ちょ、ノーカン‥‥!」
言い切らず、滑らかな刃筋で受けの刃を切り裂いた獅子刀が、ディアブロの首を刎ねる。
頭部ダメージに一瞬閉じた画面が規定の時間で回復する頃には、物理演算を行うまでもなく、上半身が吹き飛んでいた。
○終了。
「こーなりゃ‥‥!」
「はい終了終了」
何か余計なボタンを押そうとし始めたシャマを、既に離脱していたケースが筐体に割り込んで押し止める。
これ以上の事は、不公平を拡げるだけと見えた。
「んーだっ、このカマ野郎!」
「いい加減恥を知りなさいな、恥を」
終わるは終わるでまた一悶着ありそうなチームを他所に、仕事というより新手のゲームを楽しんだ気分の面々がぞろぞろと筐体を出る。
「ふぅ‥‥今回は良い仕事をしました」
「‥‥何か、追いかけ回してただけですけどね‥‥」
割を食ったのは、林に金城にレイヴァー、か。堅い上に逃げ回る無人機が相手では、研究にもならない。
状況を用意した側として、課題の多く残る仕事だった事は言うまでもない事だ。
「ディアボライズフォース‥‥見られませんでしたね」
特殊能力に関わる事は、大きな仕様の変更も控えており、調整中のデータであるから、という説明で後からも詳しく見る事はできなかった。
用意されていた『サイレントキラー召喚』やら、『ゼカリア増殖』やら、『エリア外から艦砲射撃』やら、今更どうでもいいような隠し球の正体だけは後々公開されたのだが。
「結局、彼らと、わたくし達を呼んできた冬子さんと、わたくし達。誰が一番大人気なかったのでしょうね?」
‥‥それから、ちゃっかり賭けに参加していた月神は、しっかり払い戻しを受けて帰っていったらしい。
流石である。