●リプレイ本文
○蓮華座の女王
「‥‥つまり、ラージフレア開発に使われていた観測機を元に、このセンサー中枢は作られている訳です」
夕刻。
最早給油以外に確認する事も残っていない輸送機を囲い、試験機と傭兵の機体が立ち並ぶ。
試験機の技術や特性について簡単な説明を受けながら、ちらちらとその白いアヌビスに目をやる抹竹(
gb1405)。
特殊塗料によって装甲面が白銀色に輝くそれは、翳り始めた日の赤色を如実に反射していた。
隣の白い機体、EPW−2400も似た色だが、此方はまだ白が強く、所々、入れ替えられたばかりなのか塗装の無い部分もあった。
「対バグア戦環境用電子支援装置群(ESM)、それらも含めた搭載システムを総合して『ロータス・クイーン』と」
「バグア戦環境‥‥?」
「実際、慣性制御無しで動く物に対しては今まで通りの偵察対応なので、なかなか上手くはいきませんね」
「とはいえ矢張り私はアヌビスなのですが‥‥改修型もどうしてなかなか‥‥」
抹竹の視線に気付いてかどうか、尾部推進器、フレキシブル・スラスターをぱたぱたと稼働してみせる特殊改修型、銀狐。
犬面であるアヌビスが狐面に見えるのは、耳型のセンサー部位が大型化しているからだろうか。
「あの尻尾‥‥ブースターは?」
「EPW−2400の航続距離問題を解決する為に作っていた筈の物なんですが、ガンスリンガーの精細動制御技術適応が上手く行って、EPWにもそれが使える事が分かったので、結局『作ったは良いけど』な物ですよ。販売? さぁ、どうでしょうね」
「そうですか‥‥はっ!? 浮気ではありませんよ?」
何となく、誰の視線でもないが。弁解するように振り返る抹竹。
「再利用で一機作る分には、EPWの研究過程で組める物ですけどね。これを量産するとなると、あっちこっちのラインから部品を調達する事になって、並の物よりコストがかかりますよ。はは‥‥」
パイロット兼、プログラム分野で開発を行っている眼鏡の男がそうやって解説をしている間に、日は落ちていく。
○庇護下の夜戦
日が落ちてから、暫く。
手近な辛味を噛み締めて眠気を堪えていた偵察機のパイロットが、センサー端に僅かな光点が灯るのを確認した。
距離はまだあるが、進路をこの辺りの地図と照合してみると、上手い具合に起伏に隠れて進軍しているのが分かる。
報せを受けて起動したKV内、コクピットには、複合ESM『ロータス・クイーン』から送られてくる敵位置の詳細が映し出されていた。
「重力に強い影響を与えていれば‥‥それに比例して強く光るって?」
「説明では、そうでしたね。そうすると、この一つ大きいのがゴーレムでしょうか」
機体を大きな塀の影に隠し、ワンペアで配置に付く榊兵衛(
ga0388)と御崎緋音(
ga8646)。
画面上の光点はこれまでに見たことのない波のある光量を点しながら、接近を続けている。
烏谷・小町(
gb0765)の指示で、敵編成に併せて配置を変えたり、待機を繰り返す迎撃組。
海側の六堂源治(
ga8154)と鹿島 稜(
gb4549)は、EPWのセンサー効力の効かない海中が相手だけに、その前からじっと緊張を保ち続けていた。
陸に立つ主要な目標は、2機のHWに守られるようにして歩を進める、実弾砲搭載のゴーレム。
その位置が網に掛かるまで、じっと地に伏せる。
「ここから先は通行止めだ。行くぞ!」
機を見た白鐘剣一郎(
ga0184)が声を上げ、シュテルンがセトナクトを抜き放つ。
「MSIには色々期待しとるんやから、ここで落ちたら困るんや!」
それを合図とばかりに、息を潜めていた機体が立ち上がり、盛大に放火を浴びせかける。
目一杯の射程で囲うように、弾丸の網に埋もれていたゴーレムだったが、暗闇の向こうでは手応えが感じられない。
「照明!」
鹿嶋 悠(
gb1333)の声にやや遅れて、改良型アヌビスの抱えていた大型のランチャーから、対地照明弾が射出される。
飛翔しながら大量の光量で地上を照らしていく弾頭。2機のHW、そしてゴーレムの姿も、その光の中でしっかり照らされていた。
「効いていない‥‥?」
「砲撃、来るぞ!」
ライフルの次弾を装填していた御崎の雷電、その前方で、滑走路までの視界を遮る壁であった塀が粉砕される。
撃ち抜かれたというより、面で張り倒されたような破砕。
フォローに回る榊の機体がその瓦礫を踏みつけ、ホールディングミサイルをゴーレムに叩き込む。
しかし、FFを突破した実弾は、装甲面で妙な跳ね方をして弾けていく。
耐物理弾装甲。盗んだ素材を重ねて貼っただけの代物だが、殊にスラスターライフル等の実弾火器を主力とする現行の風潮には適っていた。
「あかん! 物理やと弾かれる!」
白兵間合いにまで進んでいく白鐘機を追い、高分子レーザーで援護を行っていく烏谷。
追走の為に間延びした機体間を縫い、別角度から進行していたHWが敷居を跨ぐ。
「榊、そちらで押さえてくれ!」
ゴーレムの近距離機銃を軽いフットワークで捌きつつ、白鐘が指示を廻す。
その間、烏谷は忙しなく弾丸のリロード・スケジュールを整えながら、EPW−2400から送られてきた敵の写真を確認していた。
「装甲その物が、っちゅーよりは何か被せとるんか」
かなりの精度で撮影された写真は、本来は高々度偵察等に用いる物で、装甲の継ぎ目も確認できる。
『HW2機のエリア侵入を確認。‥‥更に中型の重力波変調を感知。ゴーレム級が来ます!』
「忙しくなってきたか‥‥」
KVサイズを下段に揺らしながら、最後のラインを守る抹竹のアヌビス。
目前、2機で回り込んできた内の1機が榊機の槍に突き飛ばされ、建物の奥で爆炎に消えたのを確認する。
「きやがったな‥‥それ以上は近づかせねえぜ」
既に御崎機の弾丸を受けて損耗している様子ではあるが、その勢いは弱まっていない。
器用な足回りを活かし、射線上を掻き乱すアヌビスに、左右から迂回した試験機の鼻っ面が並び立った。
『アヌビスにルプスか、良ーぃ趣味だ』
『これ(撃墜星)はサービスと思ってくださいましね』
抹竹機に先んじて、フレキシブル・モーションで跳躍した改良型が空中で身を捻り、HWの頭蓋を踏み付け、越えていく。
足の止まったHW目掛け、狐面のアヌビスから放たれたコンテナミサイルが空中で散開し、鬼火タイプのラージフレアを撒き散らしていった。
「あの世に連れてってやるよ。中身がいるかは置いといてな」
ルプスで掻き上げ、鎌刃に掛ける。
フレキシブル・モーションで再加速を付けて振り抜き、中枢部を破壊。HWは自壊を始めていた。
「その物騒な物、潰させて貰うっ」
HW2機の牽制を烏谷に任せ、至近距離の砲撃を難なく避けてゴーレムの懐にまで詰め寄った白鐘のシュテルンが白刃を旋回させる。
物理耐弾性とは言え、幾らかは防刃の力もあるであろう装甲部位を超振動の刃で呆気なく切り落とし、ゴーレムから自慢の火砲を切り離すシュテルン。
「これで‥‥終わりだ!」
刀身の唸りが、ゴーレムの悲鳴のように散り裂けていく。
頭から股に、腹から背に抜けていった二太刀が、巨体の機能を正々と奪っていった。
「あんたらの相手は、こっちや!」
おそらくゴーレムが簡易的な指揮管理を行っていたのだろう、誰を攻撃すべきか、躊躇したように立ち止まるHWに容赦なく弾丸が降り注ぐ。
レーザーの熱も受け、許容量を超えた装甲がひび割れ、弾丸の這入る隙間を作っていく。
後は、悪魔の猛攻に等しい。絶え間なく注がれる弾丸が尽きる前に、交戦域の全ての機体が朽ちていった。
陸側の全滅をトリガーにしたかのように、起動する一機を除いて。
『接近警報! この、角度は‥‥』
画面上に灯る光点。エリア外からの突入だが、最初の交戦より遙かに早く、明るい。
『10時低空!』
飛び出す狐面の機体。それよりも早く、紅肩の雷電が幽然と立ち塞がる。
浅い角度で突入し、受け止めてもそのまま自爆して衝撃を撒き散らそうというのだろう。烏谷や御崎らが上空に向けて掃射できる武器で壁を作るが、止まらない。
二発目の照明弾が一瞬だけ交差し、進路の視認は取れた。
火薬の満載されたそれを、大跳躍の儘に振り上げた黒の機槍で一閃に縫い止め、空から刳り抜くようにして突き墜とす。
槍で括られたまま、着地際雷電の重量で踏み潰され、殻を割った特攻機は小規模な誘爆を連発し、内側から爆ぜた。
「浅い炎だ‥‥」
足下の残骸を蹴り散らし、煤を払った雷電が、所定の警戒位置に戻っていった。
○再戦
『‥‥更に中型の重力波変調を感知。ゴーレム級が来ます!』
海中から跳躍したかのように、一瞬波の泡立つ音が聞こえて、機体が降ってきた。
左の前腕部に円筒の突き刺さったような形状。照明弾で一瞬だけ浮かび上がる塗装。
「あの装備‥‥ブースト起動、吼えろバイパーッ!!」
海岸に降り立ったゴーレムの前を遮るように、六堂のバイパーが動く。
鹿島機が支援に放つ強化型ショルダーキャノンをFFと耐弾装甲の二段構えで弾き返しながら、ゴーレムの瞳もその姿を捕らえた。
「テメェか! 黒い奴っ!」
接近する黒い翼をその翼面に手を置いて飛び越え、振り向く勢いに慣性制御を乗せて斧を振るうローガ。
ハンドアックスとアイギスが互いに欠片を飛ばし、盾一枚を挟んで機体同士ががっちりと組み合う。
「六堂源治。バイパー乗りだ。今度はお前が刻んどけ」
「リクドゥ‥‥ぬぅっ!!」
足の止まった機体に近い距離から砲弾が叩き込まれ、衝撃に身を傾がせる。
倉庫通りの向こう側に、仄明かりに照らされた茜色が見えた。
「俺が名乗らないのはフェアじゃないな。――鹿島綾。今宵、彼と共に貴様の脅威となる女だ」
「チィッ‥‥」
十字砲火で仕留めようと足運びをするバイパーに対し、それらを横目で見ながら滑走路に足を運ぼうとするローガ。
夜間戦だが、ロータス・クイーン環境下にあって、強い重力波変調を持つゴーレム級の機体はセンサーにありありと浮かび上がっている。
互いに位置関係は把握済み。その事が分かっていないのは、EPW−2400の存在を知らないローガの方だった。
「女の誘いは苦手か? チェリーボーイ!」
「五月蠅ぇ! 後でヒィヒィ言わせてやるよ。待っとけ!」
より陸戦機として強化されたか、地上を滑るように移動するゴーレムに、砲撃は地面を穿つ。
しかし暗視界下で敵を攪乱しているという油断、誤認が把握を鈍らせた。
センサー上に基本より強い歪みがその機体に現れれば、それは急加速か、何らかの変調を報せる合図。
ローガが2機を振り切って滑走路に向かおうとしてる事を予測した六堂が、ぶつけるような勢いでバイパーを進路上に出した。
「退けぇっ!!」
ゴーレムの腕と、バイパーの機杭が交差気味に突き刺さる。
一瞬の停止。尚も押し切ろうとするモートの出力に、バイパーの脚部がグリップを失って舗装を削っていく。
衝突時、モートの装甲が食い込んで拉げたキャノピーの一部が、内部に降り注いでいた。
「離れろ、源治!」
背部への衝撃に、ローガがはっとして振り返る。
ディアブロの到着で僅かに気が逸れた隙に、食い込んだ部品を振り解いてバイパーが退いた。
「カァシマァァッ!!」
「今度は‥‥左腕だけでは済まさん!」
パニッシュメント・フォース付与での、至近砲撃。
粒子砲の熱で耐弾装甲が融解し、斧を持っていた右腕が、その付け根ごと、肩から背部にかけての装甲を巻き添えに残骸となって弾け飛んだ。
しかし背に当てていた粒子砲の砲口は、バイパーが身を払うのに用いた僅かな時間、機体を傾がせるだけの僅かな時間によって、目標の角度から外されている。
「何処まで、何処まで邪魔を‥‥っ!!」
乱雑に放たれるバズーカ。広範囲を焼く光芒は前より強化されているのか、一発一発の衝撃が大きく、直撃といかずともダメージは大きい。
爆風に煽られながらも再び身を翻したディアブロと入れ替わりに、体勢を立て直したバイパーが再び立ち塞がる。
「これが‥‥俺と鹿島からの‥‥お前への挨拶ッスよ」
「リクドゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
機杭が、射程外の踏み込みから延ばされる。
腕、遠い、射程‥‥連続した被害を受け、処理の真っ直中にある頭の中。
ハンズ・オブ・グローリーによって一歩手前から打ち込まれた杭は、吸い込まれるようにモートの腹を抉った。
明滅するモートの制御系。
追い詰められて尚、引き抜かれる杭と、追撃のために更に接近してくる六堂を怒りに見据えるローガ。
「テメェも、吹っ飛‥‥ッッッ!!」
プロトン砲のエネルギーを蓄えた左腕を振り上げ、砲撃ではなく、パイルバンカーを模倣するように叩き付ける。
光芒に失われる右の翼。
貫通していく衝撃に右半身も砕け、軋ませながら、バイパーのもう一方の翼が、残された力を振り絞って抉り抜いた孔を斬り開いていく。
上半身がゆっくりと倒れていく過程で、力を失った機体の最後の機能、自爆装置が作動する。
動くに動けないバイパーはディアブロが間一髪、引き摺り上げ、ゴーレム・モートの爆発はこの夜最後の噴煙となった。
○飛び去って
静香が報告の為の聴取にやってきた頃には、輸送機の撤退も試験機の回収も済み、倒壊した施設はともかく、元来の姿に戻っていた。
「至近距離での爆発でこの怪我か。よく最後まで動かせた物だな‥‥根性か」
現場での応急処置の後、冗談でなく包帯で全身を固められた六堂に簡単な感心を付けて、MSIから別途治療費として送られてきた封筒を枕元に置いていく。
輸送機も、試験機も万事順調の為、といった対応だろうか。
他の傭兵達は大なり小なり消耗しているものの、大きな怪我も無いようだ、と。
「‥‥楽しいのかい、それは」
さっきから胸に引っ付いている烏谷を見て静香はそう判断した。
●生き汚い解体屋
装甲が崩れ、剥がれ落ちていたのは、果たして幸運だったのか否か。
誰にとっての幸運かはともかく、それはまだ、生きているというだけの形はしていた。
機体の自爆に巻き込まれた、と言うべきか、最後にパイロットを殺すべく動いた機体から逃れた、と言うべきか。
爆発の衝撃は充分に内側へと至らず、破損した胴部から吹き抜けるように外へ逃げ、死ぬべき男も爆風に舞っていた。
手勢も失い、機体も失い、右目、両足、左腕、皮膚の幾らかも何処かで灼けてしまった男が砂を這う。
この傷を啄んだ鴉と、体を灼いた雀を地の底に墜とすべく。
今は未だ、土に還る事も出来ずにいた。