タイトル:黒き血と犬、目覚めてマスター:玄梠

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 13 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/08 03:46

●オープニング本文


「関連技術部門の資料、もう出来てる?」
 ULTから届いた月別売上比率のファイルを綴じながら、冬子が受話器を肩に問い合わせをしてる。
 MSIのラストホープ支社ビル。広報部門のフロアは、普段よりも人の気配が多い。
 この時間、外回りの人数は変わらない。増えている分はコンペティションがどうとかで、本社から来た人数だ。
 面識の無い顔がうろうろしているのを見ると、ついつい横目で『質』をチェックしてしまう。
「打ち出しの状態でも良いから、送って貰える? そう、私の方に直接でいいから」
 暫くして、FAXで送られてきたコピー用紙。
 束ねるとかなりの分量となるその書類。表紙面には『FP−199 関連技術開発・進捗状況報告』、そして『DH−179 追加研究資料』の文字が。
 冬子は一通り捲って確認を終えると、直ぐさま必要な部署を駆けずり回る。
 企画、経理、本社管理部、その他諸々の協力と牽制を受けつつ。
 広報プランナーとして本社からLHに転勤し、傭兵との橋渡しを続けて数ヶ月。若干の無茶にはもう慣れてきた。
 元来が図太いという事もあるが。
「えぇ、また傭兵を集めますので、社食の貸し切りをお願いします。会議室? 堅苦しい部屋より椅子を並べられる方が良いですから。一通り稼働の後に休む事もあるでしょうし」



 今回、第一の目的は、ペインブラッドに搭載する特殊技術の体験・選考。
 前回の投票により、FP−199、ペインブラッドに搭載される装備は実質二つの組み合わせに搾られていた。
 一つは、範囲光波発振機『フォトニック・クラスター』×出力置換装置『エネルギーパック』。
 一つは、同じく『フォトニック・クラスター』×重力波攪乱装置『ファントムヘイズ』。
 次点で重力波逆探知ミサイル『オービットミサイル』の開発も準備されているが、これはある程度の事が無ければ繰り上げ採用も無い見通しになっている。
 どの兵装も、搭載される『パラジウムバッテリー』を消費しての稼働となるが、その消費量はそれぞれ異なっている。
 前者の組み合わせは消費量大+小、後者は大+中、といった所だろうか。言わば共通のマガジンを使用した消費兵装である。
 また、パラジウムバッテリーの消費数はそのまま装備荷重と比例すると言って良い。
 ベースとなる機体本体は非物理対応を強め、高重量の搭載兵器を内蔵したままでも適切に動けるだけの機動性確保に重点を置かれた。
 傭兵達にはこれらの兵装を見学、技術担当者による説明の後、最終的に搭載する装備を決定して貰う。


 また同時に、昨今の中距離価格帯の競争規模拡大による、アヌビスの改良計画についても選択して貰う。
 改良、とは言ってもフレキシブル・モーション元来の性能を取り戻させるか否か、の部分が強い。
 一般販売に際して、その性能を安定させるために規定の動作プログラムを組み込まれたフレキシブル・モーション。
 ある意味、傭兵の一部が機体の限界を把握せずに無謀をするが為に組み込まれた制限ではあるが、手練の傭兵達にとってはその操縦技術を充分に活かせない物であった。
 そのプログラムを解除し、マニュアル操作に戻して元来の性能を取り戻させる、というのが一つ。
 一方で、傭兵への貸出権価格が150万Cと、比較的低〜中の範囲に収まっているアヌビスは、駆け出し傭兵の需要も大きく、そういった『上位の傭兵達』だけに方向性を搾るのは内部でも大なり小なり反対意見があった。
 そこで、ペインブラッドの関連技術研究によって得られた発展技術を適応し、ラージフレア『鬼火』を強化するプランも同時に立ち上がった。
 効果時間、装弾数、攪乱性能、どれを強化するかはまた決めるとして、練力を消費せずに放出できるラージフレアはルーキーにも使い易い。
 フレキシブル・モーションか、ラージフレア『鬼火』か。どちらを改良するかの選択となる。



「それじゃあ、予約お願いします。えぇ、例の件で忙しいとは思いますが、何とか。はい、はい。では、失礼します」
 連絡事項も一通り終わり、後は傭兵に声を掛けるのみ。
 どれだけの人数が集まるかは分からないが、仕事のための仕事は完了。
 別班がコンペ用の準備で忙しなく動いているのを横目に、冬子はひとまず寝に帰る事にした。

●参加者一覧

/ ロッテ・ヴァステル(ga0066) / ヴァイオン(ga4174) / 冥姫=虚鐘=黒呂亜守(ga4859) / フォビア(ga6553) / L3・ヴァサーゴ(ga7281) / 錦織・長郎(ga8268) / ヤヨイ・T・カーディル(ga8532) / フェリア(ga9011) / 米本 剛(gb0843) / 抹竹(gb1405) / 夏目 リョウ(gb2267) / 織部 ジェット(gb3834) / ノーマ・ビブリオ(gb4948

●リプレイ本文

○For Pain

 インド、MSI本社。
 地域特有の砂っぽい空気が、到着した傭兵達を迎え入れる。
 AU−KVに騎乗して来ようと思った夏目 リョウ(gb2267)だったが、流石にインドまでは無理だった。一緒に輸送艇に乗ってきたバイクは、今は本社の駐輪場に駐輪している。
 係の案内を受けながら、学生の社会見学にしては物騒な、傭兵の本分としては日常的な物が立ち並ぶガレージ群を抜け、大きく外壁で縁取られたエリアに抜ける。
 織部 ジェット(gb3834)はこういう見学が初めてらしく、途中途中の工場区画でも忙しなく視線を動かしていた。ヴァイオン(ga4174)も、本社ビルの方を癖のようにちらちらと確認している。
 敷地内を暫く歩き、本社からはやや離れた区画にある実験場に到着した傭兵達を、大きなシャッターの前で出迎える冬子。
「お待ちしておりました」
 今日の予定‥‥ペインブラッドの格納されたガレージからは、金属の噛み合う音が時折響いてくる。
「今日は一際暑いですし、部屋も開けてありますが、其方で御覧になりますか? それとも近くで‥‥」
 傭兵達の視線は、バスガイドのように挙げられた手には向いていない。通り過ぎて、KVが機関に火を入れる音を壁越しに見ている。
「ふふ。‥‥では、お願いします」
 耳に掛けた小型無線で中のパイロットに声を掛け、傭兵達を少し下がらせる冬子。
 暫し中でも慌てたような声が響いていたが、その内に、KV特有の足音に変わる。
 細い指先を持ったマニピュレーターが、ゆっくりと開きかかるシャッターに自ら手を掛け、その門を開いた。
 機体を覆う黒い装甲は細身の素体を包み、所々見える関節部位は、がっちりと組まれた頚骨のように複雑な形状をしている。
「おぉ、これが噂のブラッドさん。骸骨っぽいですなぁ」
 フェリア(ga9011)が集まった中では最も小さな背丈から機体を見上げて言う。
「‥‥異形‥‥」
 かくりと首を曲げ、同じくその姿を見上げるL3・ヴァサーゴ(ga7281)。
「そうですね。外部装置を後から組み込む仕様上、骨格、肉付け、搭載と、比較的アヌビスのような人型ありきでの開発をしています。航空時推進系機能の多くもかなりの割合で分離させましたから、ディアブロを元にしつつも、傾向としては其方が近いでしょうか」
 さながら、聖骸布に包まれた遺体のように。しかし胸部から後背部にかけては大型の装置が被せられたようになっており、おそらくはこれがフォトニック・クラスターの部位なのだろうと傭兵達に想像をさせる。
「此方の機体は、フォトニック・クラスターにエネルギーパックを搭載した型ですね。ファントムヘイズ搭載機は只今準備中、オービットミサイルに関しては、最も有用な対象がバグア製兵器という事もあり、後程実戦にて試用された映像を御覧頂きます」
 誘導されながら広い実験場を所定の位置まで歩くペインブラッド。その機体重量の激しい偏りからか、やや前傾の妙な猫背を保ったまま歩行している。
 本格的な稼働に入る前に、ガレージから簡易のテント、椅子机が引っ張り出され、傭兵達の見物席が確保された。
 疑似ターゲットのパネルが出される。
 整備員の無線にはひっきりなしに注意確認の言葉が飛びかっていた。
「はい、はい‥‥始めてください」
 ペインブラッドが、姿勢を正したように胸部を正面に据える。
 展開される胸、肩部の装甲。内部には蜘蛛の複眼のような複数のレンズ体が並んでいたが、傭兵達の側からは見えない。
 フォース技術によって出力を高められた特殊な光波を発振する為、例え規定射程外でも直視は危険だった。
 装甲展開と姿勢管理で若干の時間を割いたが、発動は一瞬。
 普段よりやや大きなKVの排気音と同時に、ぱっと、白熱したように見えたパネルがそれを確認するよりも早く燃焼、熔解する。
 照射を終えたペインブラッドに、反動を制御していたような様子もない。
「‥‥?」
 一部は何が起こったのか分からないまま、一部は焼け落ちたターゲットの状態からその性能を探ろうとしながら、その光景を見守る傭兵達。
 攻撃音もなく、レーザーのような可視光も感じられなかった。
 しかしコンクリートの焼けた幅から見ると、ペインブラッドの正面90度角辺りに放射されているらしい。
「範囲攻撃能力‥‥中々、面白いわね‥‥」
 表情を変えず、ロッテ・ヴァステル(ga0066)が攻撃状況を確認して言う。
 前技術であるデッドリィ・ライトニングに比べれば範囲も効果も控えめといった所だろうが、その分静音性、安定性は向上していた。
「次はエネルギーパックですが‥‥まずは通常稼働を御覧ください」
 参考兵装はデルタレイ。一度の攻撃での消費が30の非物理兵器。
 これを、SES効率を高めて消費を低減させるか、或いは消費をそのままに威力を補強するかになる。
 もっとも、その効果は眼で見ただけでは判りづらい。傭兵達は後述されるであろう資料を待つ事にした。
 実際、エネルギーの消費率などは内部管理を覗くしかない。
 機体の準備に若干のインターバルを置き、続いてファントムヘイズ搭載機がガレージから入場。
 外見上、全く差異は無いと言っても良い。エネルギーパックもファントムヘイズも内蔵型の装置であり、大きく機体フォルムに依存する所は無かった。
 ただ、幾分か重量感の違いはあるようだが。
「ファントムヘイズ。機体その物に攪乱効果を持たせる、重力波攪乱迷彩とでも言うべき物でしょうか。敵性兵器で試験が可能なら良かったのですが‥‥まぁ、一度稼働を見ていただければ」
 装甲の内側が陽炎のように揺らめき、機体の輪郭が揺らぐ。幾分か目視環境でも効果は期待できるようだ。
 しかし熱を感じる事はなく、ペインブラッドはただ幽鬼のように佇んでいる。
 これもまたフォトニック・クラスターほど派手さは無い技術だったが、特殊任務機としては当然でもある。
「以上で一通りの稼働とさせていただきます。それでは、別室にて詳細な説明、質疑応答等行いますので、此方へ」


 冬子に連れられ、移動中。
 ふと、自機のアヌビスを搬入して貰っていたフェリアが同行の社員に尋ねる。
「アヌビスに、外付けでネコミミアンテナをつけてるわけですが、開発者の方的にどう思うですかね?」
 ‥‥‥返答に困る社員。
 実際、アヌビスの耳もきっちりアンテナな訳だが。
 あの鼻っ面にネコミミとなると、別種の‥‥狐か何かにも見える訳で。
 ‥‥‥‥どうしろと。
「ま、まぁ‥‥好みの問題、だと思います、よ?」
 としか言えない社員。
 最近は妙なペイントパターンも流行っており、そんな文化に一寸遠い目を当てている彼等だった。


 午後。
 昼食を挟むどころか、到着したら昼食が出されていた来客用の部屋に移動し、しばしの休憩。
 大人数なら食堂を使う所だったが、この人数ならと、兵装を見学していた辺りまで見渡せる高層の一室を用いていた。
「そろそろ時間ですね。それでは、各兵装の担当から解説を行います」
 スーツ姿の冬子や他の社員と異なり、研究着のままで台に立つ、それぞれの担当者達。
 錦織・長郎(ga8268)は手元のボイスレコーダーを稼働させ、それを待つ。
「えー、フォトニック・クラスター開発担当、アステリズム・フォトニック・テクノロジーで御座います。今回のこの光波発振システムにつきましては、先程見ていただいたように一定範囲を特殊光波‥‥まぁ、レーザーの類と思っていただいて構いません。それで丸ごと焼き払ってしまおう、というシステムになります」
 降りてきたスクリーンには、ペインブラッドの構成の内兵装の該当部分、今は胸部、肩部が赤く表示され、展開前、展開後の形状などが表示されている。
「以前の事故では、規定の出力以外の調整を行った際、エネルギーが機体全体を覆っていたために制御が乱れるという事が問題でした。そこで、発振基部を機体前面にのみ配置、また放出したままのエネルギーではなく光波として照射する事で、兵器としての安定感を向上させています」
 長く機体の動向を追ってきたヤヨイ・T・カーディル(ga8532)だったが、今度ばかりは心配なさそうだと、感触は良好。
 企業側の解説、プレゼンではどこまで飲み込んでいいか判らないが、仕上がりは良さそうだ。
「ゴールネットも突き破る最強のシュート、フォトニック・クラスター‥‥これはいいな‥‥‥」
「フォトニック・クラスターの照射角度や射程距離、それと使用可能回数も知りたいです」
 ノーマ・ビブリオ(gb4948)の挙手に、一寸他部署の顔を伺ってから頷く担当者。
「えー、そうですね。ペインブラッドのパラジウム・バッテリー搭載数が10とすると、その内4割ほどは単発で消費する計算になります。照射角度は現在90度円錐を考えておりますが、UPCとの協議の上、場合によっては仕様の変更、調整も御座います。それによって、射程距離も幾らか増減するかと」
 正面部分に集中照射するようにすれば、当然威力は上がる事になるだろうが。範囲攻撃というのがどのように軍に受け取られるかは、まだ不明確だ。
 後にもエネルギーパック、ファントムヘイズ、オービットミサイルの映像資料と説明は続いているが、どうも傭兵達の熱意というか、集中力はまばらで、殆ど聞く気のない者も見受けられる。
 冬子は少し、こういう機会に傭兵を呼ぶべきか否かの判断を頭の隅に増やし、その様子を眺めていた。
(軍や企業には要望を聞けと言う割に、此方の話は聞かないものね‥‥結局は個人かしら)
 機体に関わるコンペティションも始まった所だ。
 そんな事を考えているうちに、質疑応答もすんなりと終わって一日の予定は終了した。
 片付けの途中、ヤヨイに
「『次からはY・C(Yayoi・Cardille)にして下さいね』と、アパルナさんに言っておいてください」
 と言付けされたが、勤務先も部門も違う冬子は何の事だかさっぱりで、ひとまず本社に問い合わせる事にした。
 それが最近ラストホープにやってきて、広場で少し喋って行った営業の事だと分かるのは、言われてから暫く後の事だったが。




○会議の時間

 気楽に意見を出す為、という名目の元、会議室ではなくわざわざ食堂の一角を確保して行われる会議。
 司会も書記も注文も冬子が請け負い、後の記録は錦織のレコーダーが役に立っていた。
「フォトニック・クラスターの破壊力ってのは、何に例えればいいんだ?」
「‥‥超ぱわーなフラッシュ?」
 大体合ってるよフェリアさん。
 基本となるフォトニック・クラスターはともかくとして、エネルギーパックか、ファントムヘイズか。
 ペインブラッドという機体に何を求めているかで、その意見は分かれた。
「練力消費軽減は特筆すべきであり、ある特定兵装の選択優先度が高まるだけで、それ以外が役に立たなくなる訳ではいしね」
「汎用性でいえば、エネルギーパックのが上の気がするので、こちらに」
 という、機体その物の使い易さを重視する声もあれば。
「ファントムヘイズ‥‥希望‥‥。他の知覚型機体には無き‥‥ペインブラッドならではの仕様‥‥求めるならば‥‥此方、と思う故‥‥」
「味方機を巻き込まないよう範囲兵器を撃つなら、自身が突出しなければならない場面もあるかと思ったからね」
「ペインブラッドが汎用機ならエネルギーパックと組み合わせたんですけどね‥‥特殊任務機ということで、そのつもりで考えましたの」
 と、機体特有の方向性を強める意見もあり。
 中には、予備案のオービットミサイルを推すヨネモトタケシ(gb0843)や冥姫=虚鐘=黒呂亜守(ga4859)の意見もあったが、オービットミサイルに関しては、あえて今搭載を望むより、別個兵装化の道を歩ませるという意見が強いようだった。
 ロッテ、錦織、ヤヨイ、フェリア、抹竹(gb1405)がエネルギーパックに。
 ヴァサーゴ、夏目、ノーマがファントムヘイズに。
 冥姫、ヨネモト、織部はその他票。
 単純に人数で数えてしまえば、エネルギーパックを搭載するのが無難か。
 廃案を再回収するとはいえ、全てを拾いきれる訳ではない。
 ファントムヘイズは完全に搭載型のシステムであり、既存のKVの特殊能力がそうであるように、簡単に取り付け、取り外しの出来るものではない。
 惜しい‥‥と思う声は傭兵の中にもあったが、取捨選択も世の常だろうか。


 これがアヌビス改良の方向性の話になると、今度はルーキーとベテランの壁、という事になるのだろうか。
 力量依存に対する予想通りの懸念と、それに付随してノーマが話を持ち込む。
「グリーンランドでバグアが、KVの精密機器に負荷をかけて練力を低下させる技術を実用化しましたの!」
 これに関しては、それがレアケースなのか、全地域において使用されている技術か分からないとして一旦端に置かれたが、懸念は懸念として。
「機体性能値も広く薄くではなく、装備重量を集中向上させたほうが効果的ですわ。状況や傭兵の好みに合わせて調整する余地がうまれますもの」
「運動性も捨てがたいけど、大規模の小隊戦では、鬼火には世話になったしな。良い思いをさせてやりてぇんだ」
 と、個人的な体験談を根拠に持ち込む織部。しかし、物を言うには慣れているベテラン勢を相手取るには、些か不十分だったようで。
「『自身の操縦技術が上がれば上がるほど強くなる』という部分を、機体能力値以外の部分で実現できるのは強みになります」
「パターン化された機動が素晴らしくても場数を踏み、経験豊富な敵には見切られ易い‥‥と感じます」
「モーション強化以外のメリットが感じられませんね。半端に積載を上げても、安定した能力のノーヴィ・ロジーナ等との差別化にはなりませんし」
 単純に『格好良いから』と言う夏目はさておき。
 ヤヨイが操縦値補正の下限保護を挙げていたが、担当が言うには難しいらしい。
 実際それが可能なら、そうしたい物なのだが。
「現状の鬼火であるなら、強化をしても多対多に持ち込むのは難しい。ならばいっそのこと瞬間戦闘力をあげてしまうべきだな」
「‥‥新人には、扱い辛くなれども‥‥‥己の腕への、自信に合わせ‥‥改造するか否か‥‥決すれば、良い事‥‥かと‥‥」
 現状、ディアブロのバージョンアップも好みが分かれていると言う。
 無理にバージョンアップをしなければ追従の出来ない型落ち機でもない為、そういう選択肢が産まれるのだろう。
「UPC側規定のコストからすると、両方強化するのは無理か。そうでなくとも、どちらか一方に集中する事で効率的に補強を行おうとしているので」
「『鬼火の強化+運動制御系の調整』という選択肢があっても良いと‥‥私は思ったし‥‥」
「機体性能その物の補強は、特殊能力周りの機体環境調整によって行う物です。異なる部位の補強は、チェスをしながら足腰を鍛えるような物ですね」
 とは言え、ディアブロのバージョンアップが第一段階だけ入ったのが最近の事。アヌビスの改良が特別急がれている物ではない。
 熟考も、また選択肢だろう。
「開発時の報告書では垂直着陸の可能性も示唆されていましたがこれはどうなのでしょうかね?」
「あれは、現在よりもより剛性の高い初期型‥‥現在の販売型とは異なる為、急速着陸も挙動の内に入っていましたが、現行機では機能が削られてしまって無理なようです」
「折角の素晴らしいシステムですし‥‥締りのある良い名が欲しいですねぇ」
「名前‥‥ですか? ‥‥あれは機能群体で一つのシステムですから、中々‥‥」
 と、徐々に離れ始めた話題を一旦建て直すべく、ヴァサーゴが飲み物を挟んで場を冷やす。
「ひとまず、フレキシブル・モーション強化の方向が強そうですね‥‥」
 多勢に無勢。と言うわけではないが、こればかりは決定だろう。
(駆動系の調整と、傭兵がどの程度動かすかどうか‥‥ペインと合わせて実働試験が要るのかしら)
 そうなると、後は報告を上に投げていくだけだが。
「あぁ、それから」
 粗方の話し合いが終わった所で、合間を見て夏目が手を挙げる。
「いっそ、MSIで操縦補助機能の高いAU−KVを開発してくれないかな。他にない切り口で、需要もあると思うぜ」
 操縦値依存で最も利益を受けづらいのがドラグーンである事からだろう。
 ただ、AU−KVも実際は最近の派生技術。MSIにその開発技術が入ってきているかどうかは、冬子にも分かりかねた。
 それに開発途中の物も含め、生産している機体数の多いMSIに、新たにAU−KVの開発を行う余裕は無い‥‥おそらく。
「一応、意見としては受け取っておきますね」
 と、若干誤魔化し気味に。
 楽しくはあるが、心労も多い。
 もっとも、本当に苦しいのは、今集めた要望や意見を上に持ち込む時の方だが。
「他に、ありませんか? ‥‥では、以上とさせていただきます。ありがとうございました」