●リプレイ本文
○アプローチ
北北東の風、快晴。
ここ数日の雨量は少なく、遮る物のない荒野で巻く風に、大きな砂煙の壁が立っていた。
「何か嫌な色の砂‥‥凛、嫌いだ」
静香から受け取った周辺地図‥‥と言っても殆ど何もないに等しいまっさらな地図を確認しつつ。前を見つめる勇姫 凛(
ga5063)の視線は鋭い。
しかし地上と空、両方から敵を探す傭兵達だが、砂塵の色が濃く、計器類が頼みの綱になっていた。
出撃前、静香に誘いを掛けて「何事も無く終われば、軍食堂ぐらいにはな」と軽く流されていた白熊、鈴葉・シロウ(
ga4772)を始め、空には六堂源治(
ga8154)とルノア・アラバスター(
gb5133)が。
地上を行く部隊の事もあり、かなり速度を落としていたが、空から見ても砂煙は一塊のようになって色濃い。
「見つけたっ!」
鹿島 綾(
gb4549)のディアブロが、僅かながらセンサー上でその敵影を捉える。
しかし、不安定。どれがどの敵なのか、まだ判断が付かない。光点は、ほぼ一箇所に集中して映っている。
そして同様に、敵も傭兵達の姿を捉えた。
砂塵の中から薄く見え始めた敵の姿。揺らぐ影は、横に拡がりを見せる。
「敵が散開する‥‥?」
「んじゃまあ、仕事に取り掛かりますか」
九条・縁(
ga8248)が目敏くその体格差を見分け、目的のゴーレムらしき影の移動に合わせる。
回り込むには難しいと判断した守原有希(
ga8582)は、空の班にそれを連絡、接触と同時にロックオンキャンセラーを起動する。
射程内に収まったのは陸戦HWと色付きのゴーレムだけ、だったが。
突如乱れたセンサー類に戸惑ったのか、一時色付きが戸惑ったように足を止める。
「アリスシステム起動‥‥マイクロブースターON!」
勇姫のロビンが出力を切り替え、機体を加速する。
陸戦組が一斉射撃を掛ける、その間に、空からの三機は着陸を試みた。
○砂煙の下
「侮る訳ではないが手短に終わらせてもらう、後がつかえているのでな」
時任 絃也(
ga0983)のR−01改が、腕部マシンガンで陸戦HWの足を止める。
敵が大きく横に広がった為、互いを補助する距離ではない。今は、目の前に集中するのみだ。
拡散フェザー砲、ミサイルポッドのような面火力の武器は、攻撃の度に地上の砂を巻き上げる。それが影響してか、たちまちに戦闘領域は砂の濃霧に包まれた。
無人機はもとより、互いに計器頼り。
それは時任だけでなく、他の機体に当たる者も同じだった。
数値的に見れば余裕な筈の鹿島機も初撃、粒子加速砲を外し、逃げ回るように地を滑る陸戦HWにスラスターライフルの弾雨を浴びせるも、有効弾はまばら。
視界の効く格闘間合いに追い込みたいが、それも中々させてくれない。それどころか、色付きから引き離すようにひらひらと逃げている。
守原機、イビルアイズの電子支援が欲しい所だが‥‥微妙な距離だ。
「誘導されてるのか‥‥? おっと!」
低視界の中から、警報を頼りにゴーレムのライフル弾を回避する九条。此方は勇姫と二人掛かり。
高分子レーザーの焼け跡を無地の装甲に残すゴーレムは、九条の試し撃ちで特別にでもないがやや抵抗が低いと判断されていた。
二方向から降り注ぐレーザーに、低視界と性能余力を足しても完全な回避は叶わない。
このままでは削られる、と無人の脳内で判断したのか。細身に見える勇姫機、ロビンに狙いを定め、中華包丁のような幅広の刀剣を盾に突撃を仕掛ける。
「行ったぞ!」
「みんなの夢を護る為にも、凛、お前達には絶対負けられないんだからな‥‥っ」
砂塵の中でがしゃがしゃと、定まらなかった狙いが向こうから一点に絞られる。
マイクロブースターVer.Robin
Start Up.
「凛の思いを力に変えて、輝け、雪村!」
振り出される鈍重な刃が、レーザー光の剣閃に溶ける。
斬り結び、貫通した光刃はそのままゴーレムの二の腕当たりまでを切り落としていく。
爆発する切断口。蹌踉めいた機体に、すかさず接近する九条のディアブロ。
「死んで俺の経験値になれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
後頭部から真一文字に切り裂かれながら、ゴーレムが膝を着く。
致命傷に至ったのか、姿勢を正そうともせず、ただ内部の機関が何か音を立てているのみ。
「ふむ、これは‥‥」
「何か知ってるのか?」
九条が何事かを言い出そうとした瞬間、ゴーレムの装甲が内側から崩れ落ち、炸裂した。
「自爆かぁっ!?」
慌てて身を庇った二機を激しい突風が襲う。
しかし、吹き出されたのは爆炎や何かではなく、逃走に使うような煙幕だった。
そしてそれは‥‥
「何だ‥‥?」
アグレッシブ・ファングを付与したミサイルポッドで地面ごと陸戦HWを薙ぎ払った時任が、同じく崩壊後の機体から吹き出した煙幕を前に機体の足を止める。
「面倒な敵が‥‥」
死んでも味方を守る機体、と言う事なのだろうか。無人機全てに、この自爆煙幕は仕込まれていた。
しかし、2機が墜ちた後、残りの無人機に有効な指令は下されていない。
その事が、一時的に残された陸戦HW2機の行動をアンバランスにさせていた。
「範囲に入った‥‥ロックオンキャンセラー発動!」
鹿島の狙っていたHWと、守原の狙っていたHW、そして色付きゴーレム全てを範囲に収め、イビルアイズが干渉を仕掛ける。
「やっと目に見えた‥‥!」
スラスターライフルの弾丸を受け、彼方此方に穴の開いたHWの装甲。
ブーストを掛け、キャンセラーの効果で照準の合わないフェザー砲の最中、一気に距離を詰めるディアブロの翼が、日の差さない砂煙の下で陽光を煌めかす。
「こんにちは、そしてサヨウナラだ‥‥ッ!」
視界の中、敵機が真横を通り過ぎていく。そして機体が、鋭くも何かを轢いたような感触。
振り返り、スラスターライフルの照星の向こうには、横に大口を開けたかのような無惨な姿。
手を出すまでもない、と判断した鹿島が、切り開いた機体から煙幕が吹かれる前にもう一方のHWに弾丸を浴びせる。
「その傷、絶望迄至らせる!」
撃ち合いで互いに僅かな損耗を与えていた守原も、援護射撃で動きの止まった機体に一気に踏み込んでいく。
体当たりを捌き、防御に掲げたヒートディフェンダーを、翻す。
勢いのまま放物線を画いたワームが、残骸と化し、煙を吹き出しながら地面に激突した。
○冥神乱舞
「あぁ‥‥?」
後方に着陸した三機を振り返る、色付きのゴーレム。
砂地色に黒の帯状紋と、何をモチーフにしているのかさっぱり分からない。
流れ弾の当たった肩をぱっぱっと軽く払い、抱えていたバズーカを腰にマウントする。
真っ先に突っ込んでくる鈴葉の雷電を、真っ正面から睨み付け。
「活きがイイなぁっ!!」
アメフトのタックルのように、移動モーションのまま振り抜かれるストライクシールド。
その一撃を、機体の内肘を掴んで組み合いに移行させる。
「ぐッ‥‥」
「っくぅぅ‥‥っ」
正面からの激突に、パイロットの体も軋む。
雷電とゴーレムが掴み合い、不動。
その間に、六堂とルノアが援護のために機体を走らせ、回り込む。
「何だ? タイマン張ろうってんじゃぁないのか?」
「男か‥‥男なら、くっついてる趣味も無いなっ」
隙を見て腕を払い、腰に固定されたバズーカに切っ先を伸ばす。
「ツレねぇなぁっ!!」
膝。慣性制御で飛び上がったゴーレムの膝が、雷電の胸部を猛打する。
「鈴葉っ!!」
浮かび上がった機体の腹に、尚も蹴撃を加えようとする色付き。
六堂のバイパーがスラスターライフルでその姿勢を崩し、鈴葉の退避を支援する。
「邪魔してんじゃねぇ! 次やったらテメェから吹っ飛ばすぞ!」
「な、何だ‥‥!?」
しかし色付きは、撃ち込んだ六堂機には一瞥しただけで背を向けたまま、無防備に鈴葉機の立ち上がるのを待っている。
今度は、両手に斧を持って。命中する弾丸を気にも留めず。
仕切り直しての、二度目の衝突。
交差に薙いだ斧を、雷電は盛大に吹いたスラスターで回避。
ストライクシールドの刃が脇腹を掠め、バズーカの固定具を破壊、そのまま砲身を殴り飛ばす。
「あぁ? ランチャーが怖かったのか」
蹴り足を、二度は食らうまいと跳躍して避ける鈴葉機。その手に真ツインブレイドを構え直すのを見て、色付きのパイロットが勝手に納得する。
「阿修羅、行こう‥‥突撃!」
遠距離攻撃の脅威が無くなり、ルノアの阿修羅が支援射撃を止め、走る。
目標は、ストライクシールドが抉った脇腹の傷。サンダーホーンを伸ばし、突き刺す。
電撃の奔った脇腹を庇うように、雑に振り回された斧は届かず空を切る。
一撃離脱。そのまま、転がっているプロトンバズーカを咥えて走り去ろうとした阿修羅。
あわよくば回収、という意識が仇となった。
「さっきからガシャガシャ五月蠅ぇなっ!!」
ゴーレムの周囲で、砂煙が模様のように規則性を持って歪む。
重力がうねり、半回転で投じられた斧が、阿修羅の右前足を刈った。
「ルノアッ!!」
「そう簡単に、墜ちたり―――」
横転から立ち上がろうとする四脚の機体を数十メートル先まで蹴り飛ばし、バズーカを拾い直す。
「吹っ飛べドラ猫っ!」
本来ならその重量で取り回しにも苦労するであろう砲身を、強化された四肢で軽々と扱い。
蹴りの衝撃で立ち上がれない阿修羅に‥‥特に狙いも定めず、当たる物と思って叩き込む。
「ボンバァーッ! ボンバァァーッ!! ボンッバァァァァァァッ!!!」
派手な絶叫に派手な砲火。
これ以上なく粗雑な火力が、機体を包む。
巻き上がる黒煙と、砂塵。
過熱する砲身を肩に担がせ、叫んだ男は満足げに光景を見つめる。
「やらせるかよ‥‥!」
砂煙の中、放たれた三発の内一発と半分をその体で止めた黒塗りのバイパーが立ち上がる。
危機と悟って慌ててロックオンキャンセラーを発動した守原、ブースト空戦スタビライザーとブーストの併用で一気にルノア機の前に身を出した六堂、その判断に、ルノアは救われていた。
「良い硬さだ‥‥楽しめそうだな、お前。ぁ?」
「テメェは‥‥!」
「ローガ。そして俺のゴーレム、『モート』だ。憶えろ‥‥死ぬまでにはなぁっ!」
不意を打った鈴葉機の真ツインブレイドを咄嗟にバズーカで止め、刃を食い止めるローガ。
「盾にした!?」
「どうせ冷えるまでただの筒だ、それに‥‥」
そのまま砲身を丸太のように扱い、リーチの違う刀剣に対抗する。
対抗と言っても、殴るには、鈴葉の雷電には遅過ぎる攻撃だったが。
「こんなモンで決着付けるより‥‥」
受け止めた双頭の刃を、更に食い込ませるように砲身で押し込むゴーレム。
「『コッチ』だろうよっ!」
「付き合ってられない‥‥!」
雑な中段蹴り。いわゆる『ヤクザ蹴り』をするゴーレムに、ツインブレイドの刃を旋回させて蹴りの軌道を逸らす。
一旦距離を置き、六堂が動けるのか、その位置取りはと確認した鈴葉機の前に、あの煙幕が垂れ込めた。
「何? ‥‥え、敵の自爆?」
徐々に濃度とその範囲を増す煙幕と、何処からか飛来し、目の前で爆散したHWにローガも‥‥ここでようやく自分が一人となった事を確認する。
「役に立たねぇか、無人機ってのも‥‥」
目視の効かない中、光点が自分を囲うのを確認し、散々盾にした事で使用不能になったバズーカを自壊させるローガ。
「最後のロックオンキャンセラー、行きます!」
守原の宣言と同時に、動ける全ての機体が動き出す。
「っ‥‥またか、計器が‥‥っ!」
暗い砂の下で落ち着きを失うローガ。
「将官の器では無さそうだな‥‥」
警戒はしつつも、棒立ちとなり状況から抜け出せないでいるその姿を見て、時任が呟く。
R−01改、ロビン、バイパーが一斉に弾数を消費し、敵の足を止める。
「的絞らす訳なかろうもん!」
射撃位置を元に振り返ろうとしたゴーレムの顔面部に、イビルアイズがヒートディフェンダーを叩き込む。
「やっぱり頭花畑野郎だったか‥‥っ!」
「粉砕、爆砕、木っ端微塵、っと」
九条のディアブロ、鈴葉の雷電が、両方とも真ツインブレイドで斬り回す。
二つの円がゴーレムの装甲を引き剥がし、身を裂いた。
「派手に叫んでたが‥‥ぶちかますのは、俺も得意でね!」
「ッ、ぇぇぇえい!」
ついには鹿島機の放った粒子砲に左腕を焼かれ、苛立ち紛れに残り一本となった斧も投じるローガ。
しかし、自ら撒いた‥‥撒かせた煙幕に目標の姿も、投じた斧も紛れてしまう。
残るは素手。本人が最も望み、かつ最も望まない形で作られたその状況に、ようやく諦めの一端が脳裏に浮かんだ。
「残りが2割切った? 結構行ってんじゃねぇか‥‥ッ、のっ‥‥」
罵倒の言葉も出てこないまま、傭兵達の囲いからゴーレムを垂直に飛翔させる。
煙幕と砂塵の帯を抜け、冷静に己の機体を見れば、ペイントも小汚く見える酷い有様だった。
「何で負ける、負けた‥‥‥俺は強化人間なんだろ‥‥畜生‥‥ッ!」
砂と煤で汚れ、損耗した機体に鞭打ち、急速に離脱していく。
その状況を確認し、傭兵達は急いで救護を要請した。
○戦の後
回収された阿修羅の損傷は、味方の防護もあった為に思いの外、酷い物ではなかった。
しかし、蹴りを受けた際の受け所が悪く、コクピットに被害が及んでいた事が不幸ではある。
パイロット、ルノアの命に別状は無く、意識もしっかりしているが、暫くは安静を強いられる事だろう。
「少ないが、私から見舞いだ。体の動かせない間、何か食べて休むと良い」
ごそ、と服の下に小さく封筒が忍ばされる。
本当に少ないが、言ってはいけない。
「それから、君との約束は、どうも無理かな」
居並ぶ傭兵達の中から鈴葉の方を向き、真面目に約束の結果を返す静香。
「少々、今回は報告が多くなりそうだからな。‥‥何、強かったよ、君達は。予定通り、列車も運行するようだ」
資材は運ばれ、予定通りの形を為していく。
何処かの戦場で、またそれと出逢う事だろう。
今度は、その一部を守った傭兵達を助ける為に。