●リプレイ本文
○傭兵ナイン
これは、野球場に集ったある日の傭兵達の姿を映した、一つの映像記録である。
○初日。
「さあ、今日はどこと死合なのだね?」
グラウンドの土と乾いた太陽の似合わない男、UNKNOWN(
ga4276)。
ユニフォームに着替え更衣室から出てくる傭兵達と、眼鏡の秋月 祐介(
ga6378)が側に居並んでいると、怪しい学校の怪しい校長と顧問コンビに見えなくもない。
ひとまずグラウンドで咥え煙草は止めて貰うとして、どうもミートポイントが人体の急所な気がする素振りもバットを回収。
「いやはや、まさかこの御時勢に健全なスポーツが出来ようとは‥‥」
バイオレンス漂う人間はさておき、安心感のあるボディ、ヨネモトタケシ(
gb0843)。成る程、キャッチャーミットの筈だ。
大まかに分けると、ストイックに自身の野球を磨こうというメンバーと、とりあえずわいわい出来れば良いメンバーと、若干名、これを好機と取っていちゃつこうとしているメンバーがいるが。
とりあえず後者スルーでいいだろうか。
「ベースボールか‥‥久しぶりだな」
女っ気ゼロで一人静かに種火を点しているブレイズ・S・イーグル(
ga7498)のようなタイプも居る訳だし。
初日はまず体を動けるように仕上げる事と、そもそも野球を知らない参加者に対する教室から始まった。
野球常連の鴇神 純一(
gb0849)が持ち前の野球知識をルーイ(
gb4716)やアンジェリナ(
ga6940)、その他野球未経験者に伝授していく。
経験者達は一足早くストレッチを終え、ランニングを開始していた。
特に投球を行う辰巳 空(
ga4698)や、内野手の榊 刑部(
ga7524)も、早めに体を作る為にも走り込みには時間を掛けていた。
レティ・クリムゾン(
ga8679)は‥‥何時の商品だろうか。鉄下駄を履いて走っている。膝もそうだが、足首の負担が心配だ。くっついて‥‥物理的にもかなり近い位置で練習をこなす篠原 悠(
ga1826)の姿もある。
ストレッチの時はそれはもう密着だった訳だが、特筆はしないで置こう。
ピッチャーとして投げる相手を探していた神無 戒路(
ga6003)は、丁度良い所に居た周防 誠(
ga7131)に頼んでマスクを被って貰う事にした。
肩は消耗品だとよく言うが、投げ込んで調整するタイプも確かに居るようだ。
大まかな練習スケジュールはUNKNOWNが、希望者向けのデータ教育は秋月が受け持ち、自主練にしてはかなりクオリティが高い。
ベンチには給水器やスポーツドリンク、製氷器が用意され、いざという時の注文先として冬子(gz0212) も完備していた。
おおよそ、体作りと練習のセットアップに終始した初日昼の練習も過ぎてくると、普段運動していない人間には辛い『地の疲れ』が出る時間帯に差し掛かる。日常生活では動かさない、疲労に弱い筋肉から先に限界を迎えてくる。
日頃戦場という過酷な場所に身を置いていても、それは変わらないのだろうか。デスクワーク組は辛いだろうが。
時刻も夕方を迎え、料理班はそそくさと着替えを済ませていく。
‥‥洗濯場に兎のマスクがあるのが、妙にシュールだ。
今晩のメニューは、篠原特製豚そぼろ入り豆ご飯と豚汁。勿論MSIの方でも準備する予定はあったのだが、一体感の醸成に繋がるのならと任されていた。最近レーションとして支給品にも入ったカレーだったのだが。
「‥‥ん。おかわり。おかわり。‥‥鍋ごと。ちょうだい」
猫屋敷 猫(
gb4526)やサルファ(
ga9419)の手も借り、かなり多めに出来上がった夕飯も、大人数で食べると片付くのが早い。
食事が終わると、自身の調整を行う者やこっそり練習を行う者、自主的に掃除洗濯をする者と、早速役割付いて来ている。
誰が女装してるとか、誰かと誰かがこっそりいちゃいちゃ練習してるとか、実は台所に炭と化した大根があるとか、だいふくがロスちゃんの耳囓ったとか、その辺の細かい事件がありつつ。
一日目の夜は、あえてツッコミ無しで明けていった。
○二日目。
アーティスト畑の人間も多い所為か、練習中、休憩中共に何か音楽のかかっている事が多いグラウンド。
音楽の人に与える効果は認められている。集中するには良いだろう。
「んーんーんー、んーんーんーんーんーんー♪」
「んーんーんーんんー♪」
ただ誰だ、アナウンス室に某不良高校野球部員達の葛藤と汗と涙を思い出させるようなCD入れてきたのは。
泣くぞ。
報告官が。
「はっはっはー、現役アイドルにチアやってもらえるんだから感謝して敬いなさいよ男どもー」
鷹代 由稀(
ga1601)率いる臨時のチア部隊、と言っても彼女と冬子と手の空いていた大曽根櫻(
ga0005)と、既に以前の試合で経験のある篠原だけなのだが。
色々と経験してきている冬子にとってもチアは初めてだったが、余計な露出が無いだけキャンギャルよりはマシだった。
二人分ゆっさゆっさしてるのは、気にしない。一通りお披露目が終わったら、着替えて練習再開だ。
練習風景は一日目とそう変わらないが、ややメンバーが目的別、守備別に分かれつつあった。
各々、自分の思うプレースタイルがあるのだろう。アヤカ(
ga4624)と大曽根のように知り合い同士で固まる者も居れば、打席に立って味を占めた猫屋敷のように、強い相手を探す者も居る。
「わ、私がノッカーでいいのかな‥‥?」
テミス(
ga9179)は元々鴇神と奉丈・遮那(
ga0352)のコンビプレー練成の為にバットを握る筈だったのだが、気がつけば、他のノック希望者も定位置に着いている。
二遊間の鴇神、奉丈ペアは固定として、サードに森居 夏葉(
gb3755)、ファーストに鳳 つばき(
ga7830)こと
「今回のわたしは‥‥ロスちゃんスペシャルターボ!」
ロスちゃんスペシャルターボが居並んだ。
基本の内野回し。森居も守備は苦手分野としているようだが、何度も繰り返していく間に連携の距離感という物がやんわり思い出されていく。
「ファースト!」
「とぅっ!」
サードからのダイレクトな送球。やや高いが位置は十分。
が、ここでロスちゃんスペシャルターボが一笑い持っていこうと、兎耳キャッチを敢行。
『ゴッ』 という鈍い音の後、デコを抑えて転がるロスちゃんスペシャルターボ。
器用値が足りないとか、そういう次元を越えたボケの恐ろしさの片鱗を味わう事になった。
ロスちゃんスペシャルターボが抜け殻となって、鳳がデコに濡れタオルを乗せて風に吹かれている昼休み。
今日は、大曽根がお弁当を包んできていた。
「皆さんに美味しいものを食べていただく為に、私もお弁当を沢山作って参りました。皆さんどうぞ〜」
団欒の風景。
そんな感じである。
動き始めの一日目に比べ、二日目は疲れが残ってる者、いない者とで大分気力も変わっていたが、こうして弁当を囲む事でプラスになる事もあるだろう。
「あ、だいふくちゃ〜ん、こんにちはで〜す」
「みゃ〜」
差し出したるは煮干し。ボールで遊び、転げ回っていた子猫も食欲に振り向いた。
総勢で26人。と1匹。実際食事の場になって集まってみると、結構な大人数だと感じる。
食事後、周防や朧 幸乃(
ga3078)は使った球やマシンを磨きながら休憩。他の面々も、午後に向けて自分の道具を調えていく。
辰巳の用意した特性ドリンクで運動後の筋肉の損傷を補い、長期間の練習に備える。味は‥‥どうなのだろうか。
胃もグラウンドも整った所で、練習再開。
各々軽いランを済ませた後、トス、マシン打撃でバッティングの感覚を覚えていく。
特に、昔やっていたが今は‥‥という者は、マシン打撃などで実際に飛ばしにかかるとその感触の違いに驚くだろう。
小柄な朧でも、バットから伝わる手応えが『飛ばせる』という実感として伝わり、バットに振られていた頃との違いを感じていたようだ。
ファール狙いという部分でやや追っ付けるような打撃だが、粘りという点ではただスイングの上手い選手より良かった。
「‥‥? あの‥‥」
「あぁ、どうぞ。続けてください」
マシンの順番を待っているのかと思いきや、その手にはバットではなくノートとペン。そう、秋月ノート。
これに名前を書かれると、その人物の野球能力が徹底的に調査されるという恐ろしいノートである。
参加人数分を纏めるとなるとかなりの量だが、マメな物だ。
○三日目。
「にゃー! だいふくはバスケットから出ちゃダメニャ〜」
早朝。用具出しの傭兵達の合間を走る白い子猫。
何か見つけたのか、彼方此方を歩き回る姿は、今日も慌ただしくなりそうな予感をさせてくれる。
午前、まだ少し春にしては涼しい朝の風が残っているグラウンドに、サルファとヨネモト、最上 憐(
gb0002)が上がる。
マウンドにはサルファ。マスクを被るのは勿論ヨネモトだ。
10歳程の最上は‥‥大丈夫だろうか。
「‥‥ん。ヘイヘイ。ピッチャー。びびってるよ」
その身長の所為か規定のバットサイズよりも大きく見えるようなバットを担ぎ、遊びをする少女に、サルファは優しく直球を放った。
誰が教えたか、はたまた偶然か、形は綺麗にセーフティバントを決める最上。
誰も居ないファーストを走り抜けていく。
見守る大人二人。
二塁も蹴り、三塁にさしかかった所で、そのままベンチへ駆け込んでいく最上。
慌てる大人二人。
抱えられて出てくる頃には、静香の差し入れアイスがその口に収まっていた。
ベンチ裏のブルペンでは投手陣が徐々に調子を上げる投げ込みを開始しており、小気味良い音が届いてくる。
ブルペンで一心不乱に投げ込むブレイズ。試合があると勘違いしていたようだが、肩はかなり早いペースで仕上がっているだけに、期待に添えないのが残念だ。
一通りの打撃練習を終え、ブルペン側に行ったサルファ達と入れ替わりに、グラウンドでは鴇神野球教室ver2が始まっていた。
「よし、じゃあセカンドとサードの間に順番に並べ、俺がノックするから、捕球してファーストに投げるんだ3球捕ったら次と変われ とにかく食らい付く事を覚えろ! 行くぞ!」
自身が動ける内野手にノックを任せると、良くも悪くも限界まで振られる物。
サード他、内野を守る榊にしてもかなり動ける方だが、それでもギリギリ一杯走らされる飛ばされる。
走り込みで体を起こしていなかったら、7、8割程の球数でバテていただろう。
ひょこひょこと、猫屋敷が後方に零れた球を拾っていく。その忙しさは、内野手のバロメーターだ。野球初心者となると、まず休む暇もない。
「にゃ〜☆」
そこで、経験者であるアヤカが手本を見せつける。
前回はセンターだったが、その足の良さは内野でも遜色ない。
「あたいの華麗なる守備をみんな見るがいいのニャ☆」
ダイビングキャッチから一回転。そのままファーストへ。
後逸球ほぼ皆無のパーフェクトなノックだ。
「う、美しい‥‥」
自身は土に塗れてしまったルーイが、その美技に闘志を燃やしていた。
そして夜の事。
「隙あれば投げる! ひゃーはー!」
「やったなー本家ー!」
篠原領(布団)への奇襲を掛けたロスちゃ‥‥鳳は、勢いに乗って進軍。
練習着の洗濯に行っていた朧の領地(布団)を踏み越え、アンジェリナ領(布団)へと侵攻した。
「‥‥これも‥‥これも訓練だと言うのならば」
鳳軍の暴挙に対し、抗戦の狼煙を上げたアンジェリナは予備の枕を回収。鳳領への砲撃を開始する。
「ふべぉーっ!」
篠原、アンジェリナ両名に十字砲火を受ける形となった鳳軍は劣勢。防戦一方。
しかし、それこそが最大の失策、焦らされた攻手‥‥っ!
布団に潜み降り注ぐ枕に耐えた鳳。その手元には身を挺して集めた、枕。逆転の糸口。
対し、残弾尽きる、二人。
第三勢力は既に眠りに付いた猫屋敷のみ。
一歩退けばレティ領(布団)。篠原、退くに退けぬ、幻の退路‥‥っ!
褌の女神に、勝機、来る。
「ぬぉぉぉぉぉ――」
「こら! 明日も早いんだ、早く寝なさい」
「「はーい‥‥」」
「訓練‥‥」
15分の戦乱は、レティの一声で終戦を迎えた。
くしゃくしゃになったシーツと布団は、帰ってきた朧も一緒にみんなで片付けました。
○四日目。
魔球。
現実に決め球として多くの打者を打ち取ってきた球をそうとも呼ぶし、並の変化球では到達できない変化をする球もその一つである。
しかし、魔と呼ばれる境地は何も霞の掛かった感性の世界ではない。
綿密な計算と、軌道を左右する細かなモーション。そしてそれを実現する為の何百、何千という投げ込み。
それだけ、新しい球の開発というのは難しい物なのだ。
投手陣の動きに目を光らせるUNKNOWNも、研究畑の人間であれば理解できるだろう。
じっと硬球の縫い目を見つめ、呟く。
「経絡秘孔を狙い仕留めれば‥‥」
どうなるんだ。
終夜・無月(
ga3084)は自身のジャイロ癖の修正に手間取っていた。
ジャイロ回転がかかれば、球は安定して直進する。直進するが、どう投げてもその回転が加わっていたのでは、ストレート、もしくはカットボールのような変化が起こるだけだ。
あまつさえ、それでフォークを使おうというのだから。
持ち前の器用さからすれば、回転癖さえ克服すれば、かなりの変化球になる物だろう。
その投球を見届けていた漸 王零(
ga2930)が、今度は交代で投球を行う。
白球を投げて寄越そうとしたUNKNOWNは、猫屋敷がブロック。ナイスプレー。
漸もまた、求める変化を出すには一手、何かが足りない。
打者の手前で横に逃げる変化は出せるものの、あと少し、最後の一伸びが欲しい所だった。
彼の球を受ける終夜と共に、もう暫くは修行が続くだろう。
ちゃっかり、その様子を記録しているプロフェッサーA。
マスクの下の眼鏡がキラリと光る。キャッチャーミットを突き出す先は、矢張り新球開発に勤しむレティ。
元々良いストレートを持っている事が試合で証明されている彼女だが。まだ先のあるようだ。
篠原からも投球を学び、プロフェッサーにデータの分析を頼む。
試行錯誤の末、目標の100%、4種類の変化とまではいかなかったが、一応の形は見えてきた。
持ち味の速球を維持したまま、サイドの強みを活かした縦と横に強い変化を見せるスライダー。その名も‥‥
「これが私の「本気狩るレティにゃんボール!」だ!」
プロフェッサー、これ以上ないタイミングでインターセプト完遂。
そんな外野の苦労や騒動を傍目に、変化球など無く、ただ自身のストレートを追求するブレイズの道も、同じだけ棘かもしれないが。
ストレート一本勝負の右腕。
投手希望は他にも独特なリリースモーションの辰巳や、変化球主体の神無など多彩な人材が居る。
そこから抜きん出る力に期待したい。
一方で、グラウンドでは榊が打撃投手を務めての打撃練習が行われていた。
「この振りで良いのか‥‥?」
アンジェリナが僅かに剣道の振りの残った腰つきでバットを振るえば、UNKNOWNが助言に入る。
女性選手も多い為か、このチームはやけに細かく繋ぐ野球をする者が多いようだった。もっとも、それが最近の流行りの野球とも聞く。
そんな中で、漸、終夜コンビは元の長打力がある為か、かなり攻めっ気の強いバッティングスタイルをしている。チームの編成をするなら軸となるだろう。
これまでの試合でも、何処でも一撃が狙える野球というよりは、きっちり目的の打順で得点確率を上げていくスタイルだった。
今後、どういうメンバーが集まるかは分からない。今回集まったメンバーだけでも何通りも編成は考えられるが、果たして。
眼鏡の奥で眼光鋭く記録をする秋月ノートに、その答えの一片は載っているのだろうか。
「ふんっ!!」
助言を得て、野球用の動きを習得しつつあるアンジェリナの打球は真っ直ぐ後ろへ。
タイミング、振りの角度は良くなってきている。助言者という銘も伊達ではないか。
榊と交代でマウンドには漸が、打席には終夜が立つ。
この配置は、終夜からの希望だった。
「さて‥‥少々‥‥本気で行きます‥‥」
「ふむ‥‥」
本気、であれば、本気で挑まねばならない。
仮とは言え、バッテリーとして組み立ても考えはした。
アンダースローから放たれる、速球。
「‥‥ふふ‥‥」
インローに入った球は、掬い上げられるように高々と打ち上がる。
だが、やや打ち上げすぎたか。飛行時間も考えると、打球はセンターへの深いフライ。
それから二人は互いに投げ込み、打ち合った。
○五日目。
練習も最終日となり、全体スケジュールの消化も順調で、もう使い終わった用具を順次てきぱきと片付けていく朧。
まだ幾人かは詰めの練習をしていたが、撤収を考えると片付けも早い方が良い。
思えば数日の事だが、誰かの掛け声が常に其所にある環境だった。
ふと、マシンを拭くクロスを絞りながら周りを見回すと、いつも同じように道具の準備や片付けをしていた周防が居ない。
グラウンドで練習している中にも居ない。
トイレだろうか。
「‥‥あら?」
神無が投げ込みを行っている屋外ブルペンの、少し外野席側へ目を移した辺り。
紙袋を持った野球帽の怪しい‥‥兎よりはマシだが‥‥男が、ベンチに座ってじっと練習風景を眺めている。
ヨネモトの打ち返した打球がぽこぽことレフトスタンドに引っ張られていく。
打球の行方を見ていないのか、男は動く様子が無い。
声を掛けるべきか。朧が迷っていると、不意に姿を消していた周防が、男の背後に迫っていた。
「あ‥‥」
「あれ? あれってどなたさん?」
片付けを手伝いに来た猫屋敷も気付いた。
周防に肩を叩かれた男は最初こそ堂々と応対している様子だったが、徐々に旗色が悪くなってきたのか紙袋を抱えて逃げようとする。
が、そこは一般人と傭兵の差。あっさり捕まった男は、周防に連行されてベンチに座らされた。
何だ何だと集まってくる傭兵達。紙袋の中身は、案の定ホームビデオとは言い難いサイズのビデオカメラだった。
「偵察活動という所ですか‥‥」
自分もその経験のある秋月が、ビデオに残された映像を確認する。
漸や終夜、レティやヨネモト、鴇神やアヤカといった選手達の練習風景の記録。
「あれ、あたし映ってないし‥‥」
「あらら、私もですね」
鷹代と大曽根、ここ2、3日の映像資料の為か、他にも幾らか映っていないメンバーが。
何となく、嫉妬心。
「まぁ、野球で相手を研究するのは当然ではあるからなぁ‥‥」
色々聞く事はあるが、と。撮影自体は咎めない空気が流れる。
「‥‥ん。テープ、もう一本」
「あ、あぁっ、それは‥‥」
男のポケットを漁っていた最上がケースに入ったディスクを取り上げ、回収。
がちゃがちゃと、撮影中だったディスクを入れ替える。
「何だ、結局全部撮って‥‥?」
「あ、あー!!」
先に声を上げたのは、男ではなく何故か鷹代だった。
それは野球の練習風景とは全く関係ない、休憩時間中のチアの時間。
何処に潜んで撮っていたのか。かなりの急角度撮影。
色々と、危険だ。
しかもこの映像だけ高画質モードが最大値になっている。
「ちょーっと来てもらおうか?」
右肩、鷹代。
「‥‥お話もありますしね〜」
左肩、大曽根。
身動きの取れぬまま、大人しく連行されていく男の背中。
冬子が数人のスタッフを連れ、慌てて事務所に誘導していくのを見届け。
「‥‥あ、グラウンドの整備、しましょうか‥‥」
トンボがけをして、シートを被せて。
開いた道具箱を、片付けるように。
「ありがとうございました‥‥」
営業時間の終わった野球資料館に、灯りが一つ。
「偵察が見つかっただと?」
「はい‥‥すいません、何しろ今まで隠れて撮る事もなかったもので」
「‥‥それで、私達の事はバレたのか」
「いえ。アレも今では、ただの草野球好き。調べても何も出ませんよ」
「なら良いが‥‥」
「大丈夫です、先生。次の手は打ってありますから‥‥‥‥」