タイトル:闇に光をマスター:久米成幸

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/26 19:01

●オープニング本文


 中国山地の奥深くに集落を築き、近隣の都や村から隠れるように暮らしている人々がいた。
 彼らは長く自給自足の生活を営んでいたが、やがて時代が移り変わり、隠れ住む理由の忘れ去られたころ、村長ら主要人物が話し合い、付近の都との交易が始まった。
 村は潤い、豊潤な土地と長閑な景観に憧れ、移り住む者が多く現れるようになった。
 集落は俄かに活気づき、豊かな自然に囲まれた安穏の地として存続していった。
 が、山賊により度々村が襲撃されるようになり、ある日、女子供が攫われた。

 数年後、村からULTに依頼が入った。
「攫われた母親の遺体を埋めてやりたいが、アジトの周辺にはキメラが出没する。このキメラによって盗賊団が壊滅したのは喜ばしいことだが、そのせいで今度は遺体を回収することができない。どうかこの子の母親の遺体を村まで運んでくれ」
 能力者は無事にアジトから母親の遺体を運び出し、遺体は村の墓に埋められた。

 オペレーターは早口に説明し、一息ついて再び口を開いた。
「これが前回の依頼の概要です。その後、UPCの諜報機関の調べにより、この盗賊団が実は親バグア派に関わりのある組織で、村人を拉致したのは人身売買を行うためだったことが判明しました」
「なぜそこで諜報機関が出てくるんだ?」
「詳細は不明ですが、諜報機関が親バグア派の内偵を続けているうちに、人身売買によって活動資金を賄っていることが判明し、件の村の事件にたどり着いた模様です。特に傭兵の仕事を追って調査していたわけではないと思われます」
 傭兵はオペレーターの顔色を窺う素振りを見せたが、オペレーターは無表情で先を続ける。
「キメラにより、一度は失敗した人身売買ですが、組織は再び壊滅したアジトを利用して各地から拉致した人々を集めているようです。このアジトを襲撃し、危険を排除することが、今回の任務の内容になります」
「UPCの諜報機関については調べなくていいのか?」
 そっぽを向いたオペレーターに、傭兵は悲しそうな視線を送った。彼の恋は実りそうもない。

●参加者一覧

高村・綺羅(ga2052
18歳・♀・GP
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD
文月(gb2039
16歳・♀・DG
ディッツァー・ライ(gb2224
28歳・♂・AA
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN

●リプレイ本文

●アジトまで
 親バグア派に気づかれないように、アジトから離れた場所に降り立った能力者一同は、鬱蒼と茂る森の視界の悪さと、ぬかるむ地面に辟易しながらも、キメラと遭遇することなく順調に歩を進めていった。
「それ、なに?」高村・綺羅(ga2052)の質問に、辰巳 空(ga4698)が両手を差し出した。
 細く白い将棋指しのような指が、真新しい縄を弄んでいる。
「諜報機関に引き渡すとあったので、拘束具を用意してきたのです」
 高村と辰巳の横では、ディッツァー・ライ(gb2224)が、以前に同じ依頼に参加した三人と会話を交わしている。
「人攫いに人身売買。許せねえな。反吐が出る」
「そうね。最低の行為だわ。本当に、不運な村」
 風代 律子(ga7966)の沈痛な顔に、ライが心配そうな顔を向ける。
「どうやらまだ終わっちゃいなかったってとこらしいな」
 ふいにライが、ナメクジを飲み込んだような顔で、足元の石を蹴飛ばした。
「前回の仕事でキメラを完全に駆除できたわけではないので、気にはなっていたのですよね。まさか、こんな形で再びここを訪れることになるとは思いもしませんでしたが‥‥」
 文月(gb2039)の言葉に、風代が「そうね」そういって目を伏せた。
「ともあれ、今回もよろしく頼む」
「こちらこそ」文月がバイクを懸命に押しながら返事をすると、ライが「手伝おう」と座席に手を置いた。
「アジト内に入ったことがあるのは、律子と文月とフェイス(gb2501)でいいのかな」
 背後を歩いているエリアノーラ・カーゾン(ga9802)を振り返り、フェイスが頷いた。
「内部の構造が知りたいの。教えてくれる?」

●アジト前
「ライさん。ここまででいいです」
 ライが手を離すと同時に文月が覚醒し、リンドヴルムを身に纏う。
「三匹ね。アジトの周囲をうろうろしてなにをしているのかしら。入り口がわからないわけではないだろうし」
 状況を分析しながらも、アズメリア・カンス(ga8233)の白い肌に炎に似た黒い模様が広がっていく。
 ライも静かに覚醒し、伸びた髪を風に靡かせた。
「まずは入り口までの道を確保しなければ。私たちが露払いを致しますので、その隙に中へ入ってください」
 アジト到着前に、班分けは終えている。文月の言葉を受けて、内部班と交渉班の面々が互いに顔を見合わせ、アジト前に屯すキメラを回り込むように、ゆっくりと移動を開始した。
「――真っ向勝負。面っ!」
 ライが『先手必勝』と『紅蓮衝撃』の連携で、素早くキメラの群れに突っ込んだ。
 彼の浅黒い肌が炎のような色彩に包まれ、光の粒子が拡散する。
 ライの振り上げた蛍火は、唸りを上げて狼型のキメラの額を切り裂き、頭蓋骨に食い込む。
 無事にメンバーがアジトに潜入したことを確認し、アズメリアがクルメタルを取り出した。
「それじゃ、こっちは遠慮なくやらせてもらうとしましょうか」
 妙に興奮した面持ちのアズメリアは、奮闘するライの背中を裂こうと宙を舞う猿型キメラに弾を撃ち込み、戦闘に加わった。が、猿型は足から垂れる血に構わず、ライに爪を振り下ろす。
 アズメリアの注意を促す声に、文月の小さな声が混じった。
「んんっ」呻き声と甲高い金属音が交錯する。
 攻撃を受け止めた文月は、膝を曲げて猿型の攻撃を吸収すると、空中で停止する猿型を蹴飛ばし、流れるような動作でライの横に回り、転げまわる狼型の腹に月詠を刺し込んだ。

●アジト内
「それでは、私たちは先にいきますので」
 高村が頷くのを見、フェイスは風代と並んで歩き始めた。
 遺体の臭気のこもるアジト内に慣れることはない。よくもまあ、このような場所を再びアジトに利用することを考えたと思う。普通の感覚を持たないから、人身売買などという非人道的な手段で金稼ぎができるのだろうが‥‥。
「死者を弔う精神さえないのだから、当然かもしれないわ」
 風代がフェイスの心情を察して吐き捨てる。
 交渉に当たるフェイスと風代を見送ったエリアノーラは、懐中電灯のスイッチを入れた。
 途端に、朽ち果てた遺体が浮かび上がり、辰巳が眉を顰める。
「よくもまあ、このような場所を‥‥」
 誰しも考えることは同様のようだ。高村が僅かに顎を引き、ゆっくりと移動を開始する。
「待って。五十メートル先になにかがいるわ」
 アジト突入以前に『探査の眼』と『GooDLuck』を発動させていたエリアノーラが過敏に気配を捉え、下に向けていた明かりを上げた。頼りない光が移動し、一瞬だけ天井に張りつく小柄な生物を浮かび上がらせる。
 高村は素早く『瞬天速』を発動したけれども、蝋化した遺体に足を滑らせ、辛うじて壁に手をついて転倒を避けた。
 体勢の崩れた体では、襲いくる蝙蝠の群れから逃れようもない。が、辰巳の援護もまた素早かった。
 甲高い音を立ててエアストバックラーに当たった蝙蝠は、あっけなく気絶して地に落ちた。
「これはキメラではないのですね」
 辰巳が朱鳳でとどめを刺しながら安堵の息をついた。
 余談だが、蝙蝠の字が中国語の「偏福」に似ていることから、幸福の象徴と考える者もおり、龍袍の柄に使われることもあるらしい。けれども、幸福の象徴が犯罪組織のアジトに巣食っているのは、悪い冗談にしか思えない。

●警戒
 燃え盛る炎のように猛々しく豪胆なライに比べ、アズメリアは水を思わせる静かだった。
 キメラの攻撃だけではなく、味方の攻撃にも気を配り、効率よく体を移動させて月詠を振るう身のこなしには、無駄な箇所が微塵も見当たらない。研ぎ澄まされた氷にも似た動作は、見目に麗しい。
 特に圧巻なのは、『流し斬り』だった。華麗な動きが殊更に引き立って見える。
 アズメリアは、無傷でキメラを圧倒すると、文月とライから離れ、アジトに向かうキメラの前に回った。
「通さないわよ」
 いい終える前にキメラの太い腕を断ち切り、足をかけて転倒させると、追いついた文月と同時に、盛り上がった筋肉に月詠を突き刺した。研ぎ澄まされた月詠が容易にキメラの命を絶つ。
 ライは一息ついて疲弊した体を引きずり、
「後は警護か?」
「そうね。とりあえず最後まで気を抜かないようにしないとね」
 アズメリアがアジトの入り口に寄りかかると、文月はリンドヴルムを引きずるように周囲の見回りに向かい、ライは木に登って近づくキメラがいないかを確認することに決め、枝に手を伸ばした。

●制圧
 アジト内部は、情報の通りに天井が低く、幅も狭い場所が多いけれども、それは入り口から伸びる廊下が主で、奥に進むにしたがい、幅が広がっていくように思えた。
 内部班のいる場所は、すでに三人が並んで歩ける程度の広さがある。
「この先を左折するとキメラがいるみたいね」
 エリアノーラの言葉を受け、高村と辰巳が壁を背に当てる。
 そのままじりじりと分岐路まで移動し、高村が『瞬天速』を使った。今度は遺体に滑らず、無事にキメラの背後に回ると、高村はアーミーナイフを喉に当てて引いた。
 血を撒き散らしながら突進するキメラを小柄な盾で受け止め、辰巳が『流し斬り』で脇腹を削ぐ。
 最後はエリアノーラが、月詠の刃を瀕死のキメラに振った。
「ふう。これでキメラが二体と、蝙蝠が数匹ですか。狭いと消耗が激しいですね」
 二対の牙を見せつけるように辰巳が笑うと同時に、無線機が小さな音を立てた。

●交渉
 道中でキメラに遭遇したのは二回で、内一回は本格的な戦闘になった。彼らの目的は交渉のみであり、戦闘はできるだけ避けたかったが、狭い廊下では仕方がない。
 戦闘は、フェイスの独擅場となった。素早い動きでゲイルナイフを振るい、風代がアーミーナイフで援護をする。
 フェイスの能力は狙撃に特化しているが、跳弾の恐れがあるため、アジト内では使えない。
 幸いにもキメラの能力が低く、また柔らかい部類だったので、物音を極力立てずに戦闘を終えることができた。
 二回目は、背後から迫る気配にフェイスが気づき、移動の速度を速めて遭遇を避けた。
 念のために風代が無線機を使い、内部班にキメラの場所を知らせておく。
「キメラとしか遭遇しないのは、やはり再びキメラに襲撃されたからでしょうか」
「そうね。見張りと鉢合わせにならない理由は、キメラから隠れているか、すでに殺されたか」
「キメラは味方であるはずなのに、二度も壊滅の憂き目に遭うとは‥‥」
 もし少数の見張りが残っていても、キメラからの護衛を主張し、監禁されている人たちを助けるのは容易いかもしれない。風代の表情は変わらなかったが、幾分安堵している様子も見て取れた。
「この先が、前回訪れた監禁部屋ですね」
 フェイスの声が、さらに細く低くなる。風代も気づいて、微かに顎を引くのみに止めた。
 二人のいる曲がり角から細く伸びる廊下に、二人の人間が立っている。
 彼らの背後の扉に、被害者たちが閉じ込められているに違いない。
 ショートボウを取り出し、『隠密潜行』を発動するフェイスに、「後は作戦通りに」と告げ、風代は深く息を吐くと、両手を頭の裏に組んで見張りに向かって歩き出した。

「な、なんだてめえは?」
 だみ声で威嚇した後に機関銃を構える男二人に敵意のないことを示しながら、風代がゆっくりと歩を進める。
 が、親バグア派にしてみれば、能力者と思しき彼女に恐怖を覚えるのも詮無いことだ。
「動くんじゃねえよ。止まれ」
「落ち着いて。私はUPCの者よ。貴方達に危害を加えるつもりはないわ。私は貴方たちを助けに来たのよ」
「た、助けに? どういうことだ、てめえ」
 やはり‥‥。風代は自身の考えを確信し、ハンドガンを放り投げた。
「信用できないのならば、その銃で私を好きにしても構わない。けれど、少しでいいから私の話を聞いてほしいの」
 想像し得ない状況に出くわすと、人間は咄嗟に判断が鈍ることが多々ある。親バグア派の二人も、相手が手ぶら(えっちな意味ではなく)のうら若き女性であることを認識しながらも、怯えを隠せない。
「今、このアジトの内外に多くのキメラがいるのはわかっているわね? このま」
「とと、当然じゃねえか。親分がバグアから借り受けたものなんだからよ」
「なんですって?」
 バグアから借り受けたもの‥‥、なぜその可能性に考えが及ばなかったのだろう、と、風代は唇を噛んだ。
 壊滅したアジトを再利用したのは、地理的な理由からだと考えていた。が、キメラの生息区域であることを考えれば、再び壊滅される恐れがあるのだから、対策を練っておくのは当然だろう。
 高速で回転する風代の頭に、アジト前でアズメリアの発した言葉が蘇る。
「アジトの周囲をうろうろして『なにをしている』のかしら。入り口がわからないわけではないだろうし」
 警戒していたのだ。警備といいかえてもいい。
 風代は自然に零れる苦笑を隠さず、床に膝をついた。
 その瞬間に、フェイスの放った矢が見張りの一人の手の甲を貫いた。
「いでえっ。ぬばっ、いでっ、あひっ、いぢぢぢ、でで、いでっ、いでででで」
 無傷の男が、仲間の悲鳴に反応して視線を逸らした瞬間に、風代は床を蹴った。
 『瞬天速』により、風代の体が常人では視認できない速度で移動し、見張りの持つ銃を蹴り上げる。
 機関銃が天井に当たり、床に触れる前に、風代が悠々と見張りの首に手刀を振り下ろした。
 ショートボウを片手に姿を現したフェイスに向かい、風代が首を振る。
「私の力不足のせいね。ごめんなさい」
「いえ。前提が間違っていたのですから、律子君に責任はありません」
 フェイスは、肩を落とす風代を慰めながら、手を押さえて呻く見張りの男の腹に爪先を差し込んだ。
「それにしても‥‥、能力者に敵うわけがないのだから、早々に折れておけばよかったものを」

●合流
 風代から連絡を受けてキメラを倒した内部班の面々は、さらに一通りアジト内を探索してキメラが残っていないことを確認し、待ち合わせ場所に向かった。
「空君。拘束をお願いできますか」
 フェイスに親指を立て、辰巳が用意してきた縄を取り出す。
「律子は?」
 監禁部屋の中です、答えを聞くが早いか、エリアノーラがエマージェンジーキットを手に部屋に入った。
 全てを終えた内部班と交渉班の面々が、疲弊しきった人々を連れて外に出ると、待機していた文月とアズメリアが身軽な動作で近づいた。ライも木から飛び降り、駆け寄ってくる。
 三人の背後に控えるスーツを着た男を見て怪訝そうな表情を浮かべるフェイスに、「諜報機関の忍日足さんです」文月が紹介すると、「お疲れ様でした」忍日足が慇懃な態度で頭を下げた。
「簡単な治療はしてあるけれど、念のために病院に運んだほうがいいと思うわ」
 風代が忍日足に少女を差し出しながら伝える。
「承知致しました」忍日足は再び丁寧に頭を下げ、待機していた他の諜報機関の人間に指示を出した。
 能力者たちは、トレーラーに向かう人の列を見送り、忍日足に労われた後に、高速移動艇の到着地点である村に向かって移動を開始した。

●村
 高村が村を見回し、「ここが前の依頼の?」と尋ねた。
 ライが「そうだ。前よりは人が増えているな」感慨深げに嘆息した瞬間に、見覚えのある少年が「おーい」と叫びながら風代の胸に飛び込んだ。途端に風代の顔に柔らかい笑みが浮かぶ。
「おねーちゃんっ。久しぶり!」
 少年と手を繋いで墓地に向かう風代と辰巳、高村、アズメリアを見送り、フェイスが高級煙草を取り出した。
「本当に、活気がありますね。同じ村とは思えないくらい」
「私は報告書を読んだだけだけれど、文月が思うならそうなのね。開村派の勝利ってところかしら」
 エリアノーラが長閑な景観を眺めながら笑った。
「ふむ。これが村の選んだ『未来』なのですね」
 フェイスが紫煙を吐き出した途端に、「んあっ!」奇妙な声が上がり、男の二人が走り去っていった。
「お、おい。あいつら」
 ライに続いて、文月も「フェイスさん‥‥」と心配そうにフェイスに視線を集める。
 エリアノーラが僅かに考え込む仕草を見せ、
「なるほど。お仕置きされた二人の男があれか」
 好奇心を露にして、フェイスの腕をそれとなく眺めた。
 けれども、フェイスの腕に覚醒を示す五本の赤い線は見当たらず、当の本人は悠々と煙草を吹かし続けながら小さくなっていく背中を眺め、三人に白い歯を見せた。
「お酒でも飲みましょうか。こういう村なら、美味しい地酒がありそうなものです」