●リプレイ本文
●どきっ☆深夜のコスプレ大会
「学校とくれば怪談! 七不思議! 浪漫だよねっ!」
所々に罅の入った校門に背を預けた斑鳩・南雲(
gb2816)が、隣に立つ幡多野 克(
ga0444)に声をかけた。
幡多野が頷き、二言三言会話を交わしていると、「じゃーん」と陽気な声で時代錯誤のリーゼントの鬘を被り、裸に袴姿のカルマ・シュタット(
ga6302)が近づいてきた。
「おー。想像していたより凄い!」
斑鳩に拍手を送られるとカルマは照れたようにリーゼントの先を指で掻き、
「はっは。俺こそが傭兵高校番長のカルマ・シュタットだ!」
大きく胸を張り、葉っぱを口に銜えてゆっくりと幡多野に近づいた。
「おうおう。いい姉ちゃんを連れてんじゃねーか。おおう?」
「え?‥‥あ、あの」
幡多野が眉を顰めた途端に、カルマの後頭部に拳が振り下ろされた。
「やりすぎだよ!」
わざとらしく眉を吊り上げる斑鳩に向かい、カルマと幡多野が顔を見合わせて笑った。
●走らない金次郎
熊谷真帆(
ga3826)のランタンと、幡多野の懐中電灯が、頼りない光を荒れ果てた校庭に投げかける。
誰も整備をしないのであろう、伸び放題の雑草が膝を撫で、一歩を踏み出すたびに不快な音を奏でる。特に熊谷はブルマ姿なので、足を撫でる草を煩わしそうにスコーピオンで払いながら歩いている。
それにしても広い校庭だ。町自体が山間部にあり、学校はさらに町から離れた山の上にあるのだから当然かもしれないが、狭い中に様々な建築物の立ち並ぶラスト・ホープに比べ、雲泥の差がある。
「ん‥‥。きたかも」
幡多野の声に、斑鳩は意識を『勉強モード』に切り替え、前方の暗闇を凝視した。蛇や蝙蝠のような特殊な器官を持たずとも、草が揺れ、地を踏みしめる音が、キメラの正確な位置を斑鳩に知らせる。
「偉い人が暴れたら駄目です。戦場の風紀委員こと熊谷真帆がお仕置きです」
熊谷がスコーピオンを片手に、草に紛れるように重心を落とした。
金次郎は殺気を感じたのか、動きを止め、こちらの様子を伺っている。
情報では走り回っているとあったので少々拍子抜けしたが、状況は決して悪くない。
熊谷と幡多野が顔を見合わせて移動を開始した瞬間に、金属製の薪が飛来した。
「うっ」
幡多野と熊谷が同時に呻き、ついで斑鳩の左でカルマが額に手をやった。
金次郎の投擲速度は大したことがない。平常であれば容易に避けられる速度だ。
にもかかわらず三人に直撃したのは、薪が闇に紛れているためであろうか。
「ふざけやがって」
罵るカルマの右手が淡い赤色の光を発し、幾何学模様が浮かび上がった。
覚醒するが早いか、カルマは手の甲に浮かぶ赤と同じ色に光る朱凰を構えながら走り始めた。
その横を、斑鳩の重厚なリンドヴルムの脚部が闇夜に眩いばかりの光を放ちながら追い抜く。
斑鳩は、高速で幡多野と熊谷の銃弾に晒される金次郎の側面から近づき、顔面に鉄拳を叩き込んだ。
金属音が静寂を切り裂くように激しく鳴り響く。
「かったあい!」おどけたように手を振りキメラから離れた斑鳩に代わり、今度はカルマが『豪破斬撃』により赤く煌く朱凰で金次郎の頭部を両断した。
金次郎は無様に尻餅をつき、降り注ぐ銃弾に貫かれて力尽きた。
●二連戦
闇夜に浮かぶ校舎は外から見ても不気味だが、中に入れば一段と異質な空気に包まれる。
月明かりの差し込む廊下は、ブルマ姿の熊谷の剥き出しの足に鳥肌の立つほど冷え切っていた。
外よりも風の吹かない分暖かいと思いきや、心霊キメラの仕業か、不気味な雰囲気に呑まれたか、気温が何度も下がったように感じる。
「服を着たほうがいいと思う‥‥、けど」
幡多野が心配そうに熊谷を振り返った。が、熊谷は首を振るのみだ。彼女がブルマ姿なのは、ただの酔狂ではない。人体模型が皮に執着しているという情報から、囮役になるべく身を呈しているのだ。
幡多野はメガホンを耳に当てて周囲を窺う熊谷にもう一度心配そうな視線を送り、先頭を歩くカルマに視線を戻した。と、その途端に熊谷が「きた」と呟いた。彼女の声に重なり、幡多野も不自然な物音を察し、闇に目を凝らした。
天井返しは、朱凰を構えるカルマから十メートルほど離れた壁に張りつき、唾液に光る長い舌を垂らしている。手足は細長く、蜘蛛のように奇妙な容姿をしていた。
条件反射で放った幡多野の弾は逸れ、天井返しの背後の壁に穴を開けた。が、それなりの効果はあったようだ。遠距離からの攻撃を警戒して停止した天井返しに向かい、幡多野、カルマ、斑鳩が廊下を駆ける。
三人を追って廊下を蹴った熊谷は、背後から聞こえる微かな声に反応し、動きを止めた。
「皮。皮。皮。皮。かぶあ。ばふあ」
声は次第に音量を増し、足音と共に近づいてくる。
熊谷は十分にキメラを引き寄せ、振り向きざまに『紅蓮衝撃』で強化したヴィアを振った。
人体模型の神経だの血管だの筋肉繊維だのを晒す足が綺麗に切り取られ、壁に跳ねた。
熊谷の虚を衝いた攻撃に対し、人体模型は標本を投げて抵抗を見せる。
「きゃー。爬虫類は嫌だよう」
熊谷は悲鳴を上げながらも、冷静にホルマリン液を滴らせる蛇を切り裂いた。
「なんちゃって。蛇が怖くて傭兵が務まるかっ!」
カルマが迫りくる天井返しに朱凰を突き出した。皮の張った扁平な体を刃が貫き、鮮血に染める。
「止めだ」カルマが刃を引き抜きざまに再び振るったが、天井返しは『高速移動』で避けつつ、長い舌を振り回した。
カルマが足を掬われ、降り注ぐ舌に全身を打たれて呻く。
「ふんっ!」
カルマの窮地を救ったのは、斑鳩だった。威勢のよい掛け声と共に手を突き出し、複雑に動く舌を掴むと、力いっぱいに引き寄せた。天井返しは成す術もなく硬い床に叩きつけられ、開いた傷口と口から大量の血を吐き出した。
斑鳩はさらに腕に力を込め、天井返しを壁に向かって放り投げる。
大きな音を立てて板張りの壁に激突した天井返しは、床に衝突する直前に幡多野の月詠に首を刈られて絶命した。
天井返しの命を瞬く間に奪った三人は、援護に向かおうと振り向いた途端に全身を硬直させた。
「エミタの! 不思議で! 悪い子を! 抹殺っ!」
まるで鬼のような形相の熊谷が、穴だらけの人体模型の亡骸をなおも撃ち続けていた。
「『完膚なきまで』‥‥って、こんな感じ‥‥、だね‥‥」
蛇を投げつけられたことに怒り狂う熊谷を見て、幡多野が口の中で呟いた。
●髪なし花子しゃん
埃に汚れたロッタTシャツとブルマを脱ぎ、代わりにセーラー服を着た熊谷は、覚醒しながら三人を追った。
美しい曲線を描く二の腕が魔法瓶ほどに太さを増し、膨れた筋肉により、制服がはち切れそうなほど盛り上がる。
「お待たせしました」
「それじゃあ‥‥、俺たちは待機‥‥、しているね」
幡多野に頷き、熊谷はカルマからリーゼントの鬘を受け取った。
校舎に入った時と似た嫌な感覚に囚われながら、斑鳩が熊谷の後を追ってトイレに入る。
途端に臭気が鼻腔を刺激し、涙が滲んだ。
ふだんは愛嬌のある元気な性格が魅力の斑鳩だが、悪臭とトイレの詰まる音には流石に閉口している様子だ。
「二人は入れませんね。計画通りにあたしが入ります」
熊谷がアサルトライフルの先に鬘を取りつけて個室に入り、用を足す素振りを見せるために、反対向きで屈み込み、両足の隙間からスコーピオンを突き出した。
しばし待つも、花子さんが姿を現す様子はない。熊谷は首を振り、次の個室に入った。
「出たよっ!」
斑鳩の悲鳴にも似た声に、廊下で待機していた二人がトイレ内に飛び込んだ。
「うわっ。なんだよ、これ」
べちゃ、と嫌な音を立てて便器から顔を現した花子さんは、二宮金次郎はまだしも、醜悪極まりない天井返しや人体模型の姿を見て耐性のついていた四人の心臓を痛打した。
全身が汚物に塗れ、凄まじいまでの悪臭を放っていることは置いておくとしても、干乾びた轢死体の蛙にも似た筋の浮いた平たい体といい、ハンマーで繰り返し殴られて陥没したような吹き出物ばかりの顔といい、無理やり引き抜かれたような長短様々の髪の毛といい、とてもこの世のものとは思えない。
垂れ下がった眼球は花子さんの動くたびに震え、口を開くと歯のない口内から臭気が洩れだし、黄ばんだ液体がタイルに垂れた。
思わず嗚咽する斑鳩の震える肩に手を置いた幡多野は奥歯を噛み締め、カルマは銜えた葉を落として顔を顰め、熊谷は震える膝に構わずに立ち尽くしている。
「ト、トイレを詰まらす子は死刑ですよね。三途の果てまで流れてもらわないと」
熊谷の声にも、普段の毅然とした雰囲気が欠如しているように思える。
花子さんは、可愛らしい名前とは裏腹に、百戦錬磨の能力者をさえ躊躇させる異様な空気を纏っていた。
「皆、頑張ろう。こっちが七不思議にされちゃう」
熊谷がアサルトライフルを、緩慢な動作で近づく花子さんに向ける。
幡多野が斑鳩に置いた手を小銃に戻し、熊谷に倣った。
「ようやく本物の七不思議に遭えましたね」
カルマの声に、斑鳩が引き攣った笑みを浮かべて立ち上がった。
「大丈夫ですか?」尋ねるカルマに頷いて見せ、「相手が化け物なら、こっちは魔王桜吼拳で対抗する」などと呟き、狭いトイレ内を一直線に走り出した。
花子さんは、幡多野に右手の甲を撃ち抜かれて体勢を崩し、熊谷に左肩を撃たれて今度は反対側によろめいた。
キメラを近づかせないことに成功しているにもかかわらず、能力者の顔から緊張は消えない。
カルマが『豪破斬撃』によりさらに赤く煌く朱凰で花子さんの肩を貫き、返す刀で細い腕を狙うが、僅かに逸れて腹の皮を薄く削ぐのみに止まる。
続いて流れるような連携で幡多野が死角から月詠を振るい、花子さんの首元を掻き切った。
そのまま放っておいても出血により死んでいたに違いないが、「悪霊退散悪霊退散!‥‥困ったときは鉄拳制裁っ!」叫びながら走り寄った斑鳩の拳が、唸りを上げて花子さんの頬に突き刺さった。
「ぶぎょげろぼん」
頚骨の粉砕する音と奇妙な叫び声を残し、花子さんはガラスの割れた窓から裏庭へと落下していった。
●事後
花子さんの死亡を確認した四人の能力者は、再び校舎の中に戻った。
風がさらに強まり、戦闘で疲弊した体には堪えるためだった。
「そういえば、警察隊の方も亡くなったのですね」
累々と重なる死体の山を見て呟く熊谷に、カルマが頷いた。
熊谷が徐に両手を合わせ、黙祷を始めた。三人も倣って手を合わせる。
「他にもいるのかな。‥‥こういうお化けキメラ。夜にふいに会ったら‥‥、ちょっと怖いかも‥‥」
幡多野の声に、カルマが顔を上げた。
「じゃあ、ちょっと探索しましょうか」
「え、えー‥‥。やめようよー。本物の幽霊が出たらどうするのよー」
口を尖らせる斑鳩の背を押しながら、カルマが元気よく廊下を進み始めた。熊谷と幡多野が顔を見合わせ、相好を崩しながら後に続く。
「おっ。七不思議の定番、音楽室ですね。確か高名な音楽家の目が光ったり、ピアノが鳴ったりするんですよね」
「そうですね。ただ、目が光るのは、画鋲が刺さっているからという話もありますけれど」
「興醒めなことをいっちゃ駄目ですよ。さー、ごーご‥‥お?」
ふいに聞こえた和音に動きを止め、カルマがゆっくりと首を回して熊谷を見た。
「ピアノが独りでに鳴るのは、どういう原理ですか?」
「存じません。カルマさん、お先にどうぞ」
熊谷の可憐な微笑に顔を強張らせ、カルマは斑鳩を見た。
「悪霊退散、悪霊退散。困ったときは、カルマさんに頼みましょう〜♪」
「はっ、幡多野さ‥‥」
カルマは最後の良心とばかりに幡多野に手を伸ばしたが、幡多野はすでに玄関に向かって走り去っていた。
「ま、待ってくださいよお」
叫ぶカルマを放置して、斑鳩と熊谷も駆け出した。カルマが頭を掻き毟り、唸り声を上げながら三人を追いかける。
死闘を潜り抜けた能力者たちは、しばし童心に戻り、追いかけっこを楽しんだ。
いつの間にやら潜り込んだ、背中に薪を背負った銅像と共に‥‥。