●リプレイ本文
●集合
無残にも残骸と化した研究所に降り立った六人の能力者は、破壊された施設よりも出迎えたスーツ姿の男の薄い頭頂部を気にかけながらも、懇々と説明する研究員の言葉を頭に入れていく。
ある程度の情報は電話を受けた傭兵から聞いていたが、やはり情報は人から人へと伝わるうちに省略され、要領を得なくなる。依頼主から直接話を聞けば、不慮の事態にも対応できる可能性が増すに違いない。
あまり乗り気ではなかったのだろう、白鐘剣一郎(
ga0184)が、情報を吟味して口を開いた。
「捨て置くには厄介な依頼か」
「そうですわね。でも、わざわざ通り道にある研究所を壊した挙句に、研究中の細菌カプセルを飲み込んでいくなんて、本当に迷惑なキメラですわ」
神無月 るな(
ga9580)に、研究員が首のもげるほどに頷き、神無月の「とりあえず、脚の三、四本は覚悟してもらわないと♪」に対して「四肢といわず、細胞のひとつひとつを丁寧に潰してください」と力説した。
「ところで貴方は随分と重装備ですね」
研究員が、立浪 光佑(
gb2422)を見て振り上げた拳を下ろした。
「何が入っているのですか?」
「いや、動物園でピクニックと聞いていたので‥‥」
そういえば、高速移動艇の中でも、妙に楽しそうな顔をしていたな、周防 誠(
ga7131)は肩を落とす立浪を見ながらそう考え、「まいったね」と呟いた。
しかし、八人の能力者を募集したにもかかわらず、六人しか集まっていない現状を熟慮すれば、立浪ばかりを責めるわけにもいかない。
周防の想像だが、恐らく上官の命令を受けて能力者に声をかけて回った傭兵は、人が集まらないことに焦り、甘言を弄して、立浪を高速移動艇に乗せたのだろう。姑息だが効果的な作戦だ。現地にさえ送れば、任務を放棄して帰るわけにはいかなくなる。
もしかしたら、他にも騙されて現地に飛ばされた人間がいるのではないか。
周防は六人の能力者を見回し、溜息をついた。
研究員から話を聞きながら、能力者たちは綿密に作戦を練っていった。
結果、周防と白鐘の二人が別の車両で猛獣型のキメラを誘い、象型キメラから引き離すことになった。
「森ということで並走は難しいかもしれないが、やってみる価値はあるだろう」
白鐘の発言に特に異論は出ず、研究員は頷いて車両の手配に向かい、残ったスーツ姿の男が繰り返し頭を下げて能力者に手を合わせた。
●狩猟
「速度を上げてください」
車両の窓からスナイパーライフルを突き出し、照準を定める周防の指示に、研究員が不器用にステアリングを切って答えた。車は柔らかい土を破って突き出す石を回避し、車体を大きく揺らす。
「もう少し優しく運転できないのか?」
研究員は懸命に手を動かしながら、白鐘に怒声を返した。
「いってませんでしたっけ!?」
「何をだ」
「私、ペーパードライバーなんですよ!」
白鐘の唖然とした表情を横目で確認し、周防は小さく笑いながら引き金を引いた。狙った兎が見事に倒れる。
「兎が好物だといいんですけどね」
●連絡
「こちら白鐘だ。そちらの様子はどうだ?」
「見た目はただの亜細亜象ということだが、バグアが作っただけのことはあるらしい。まだ追いつきそうもないな」
南雲 莞爾(
ga4272)の淡々とした声が無線機から洩れる。
「そうだな。後五分といったところか。あんたたちは?」
「ああ。すでに餌となる野生動物は捕らえた。すーちゃんの腕は確かだな。一発で仕留めてくれた」
白鐘に愛称で呼ばれた周防は、表情を崩さずに白目を剥く兎を興味深げに眺めている。
「早目にそちらに追いついてもらうことにするよ。キメラを確認したら、もう一度連絡をくれ」
「了解」短い返事が聞こえ、無線機のスイッチが切られた。
白鐘は足元に転がる死骸の臭いに顔を顰めながら、運転手に速度を上げるよう合図を送った。
●キメラの群れ
「さあ、狩りの始まりだ。せいぜい我を楽しませてくれよ、キメラ共。恨むなら、我に出会った不幸を呪え」
ショットガンを取り出しながら、漸 王零(
ga2930)が唸った。
立浪が「そうですね。早く殲滅したほうが、自然破壊も防げますし」と頷く。
「よし。手早く仕留めるぞ」
南雲の言葉を合図に、それぞれがペイント弾を装填した。
合流した白鐘と周防も、銃器を窓から突き出している。
作戦通りに動くならば、まずは白鐘たちが猛獣型キメラのみを引き離すことになる。
キメラの分断が吉と出るか凶と出るかはわからないが、元々依頼を成功させるために必要なのは象型のキメラのみであり、将棋でいえば、象型は王将、猛獣型は金や銀に譬えられる。
囲いが堅固であっても、王将が引きずり出されては意味がない。
能力者たちは、南雲の射撃を皮切りに、次々とペイント弾を放ち、囲いを崩すことに専念し始めた。
悪路に揺れる車中にあって、彼らの照準は微塵も狂わない。
囮役の白鐘が、射撃と餌で猛獣型キメラの意識を引きつけ、周防がペイント弾で目を狙う。
「さあ、お前たちの相手はこっちだ。ついてこい!」
猛獣型は白鐘の声に誘われるように、木々を押し倒しながら車を追った。
「我らの出番だな」
王零(
ga2930)が、象型の前足を狙ってショットガンを構えた。
実包が分厚い皮膚にめり込み、思わず足を止めて雄叫びを上げるキメラの肌に、南雲のペイント弾が鮮やかな色をつける。
次いで車がキメラの隙間を練って位置を変えると、今度は立浪がペイント弾を発し、神無月が『影撃ち』でキメラの四肢を撃ち抜いた。
彼らの連携の巧みさは元より、狭い車内、それも激しく上下左右に揺れる環境でさえ、照準に一筋の乱れも見られないのは驚嘆に値する。
どのキメラの腹に古細菌の容器が入っているのかわからない現状、一発でも腹に弾が命中したら、任務は失敗に終わる。が、手足のみを狙って倒せるほどやわなキメラでもないようだ。
キメラは噴き出る血にも構わず、地を揺らしながら前進を続けた。
「うひー。これが能力者とキメラの戦いかっ!」
研究員は、能力者の凄まじい能力に圧倒されながら、前方とキメラの速度に意識を集中している。
僅かな失敗が大事に至ることは研究でも多々あるが、さすがに自身の命のかかった状態は経験したことがない。
「これはいい。私が求めていた興奮はこれだよっ。私もエミタを埋め込むかな。ひゃっほーう!」
研究員は目を爛々と輝かせ、アクセルを踏む足に一層の力を込めた。
●猛獣キメラ
キメラから十分に距離を取ると、白鐘と周防は地面に降り立った。
すぐに白鐘が手で合図を送り、車は戦線から離脱する。
「猛獣型が三体だ。相手に取って不足はない。いくぞ!」
土埃を上げて迫りくるキメラに小銃を向け、白鐘が闘志を漲らせた。薄く黄金色に輝く背中は、仏教の守護神である阿修羅を彷彿とさせる。
キメラの高さは二メートル程度だろうか。全身が硬い甲羅に覆われ、亀のようにも見えるが、全身は細くしなやかで、低姿勢で威嚇するさまなど、ネコ科の機敏な猛獣を思わせる。手足の爪は長く、牙も頑丈そうだ。
けれども、キメラは積極的に攻撃を仕掛けず、低く地に伏せる格好で様子を伺い始めた。
周防がペイント弾を装填すると、キメラは毛を逆立てて、銃口から逸れるように散開した。もしかすると、ペイント弾での威嚇が功を奏したのかもしれない。
「あの身のこなしは厄介だな」白鐘の言葉に、周防が頷く。
「ここは俺が前に出よう。すーちゃんは援護を頼む」
白鐘が悠々と月詠で爪を受け流し、もう一体の攻撃を躱しながら叫んだ。
期待に応えるように、周防がアラスカ454でペイント弾を撃つ。
相変わらずの正確な射撃に嘆息しながら、白鐘は貫通弾を取り出し、
「‥‥そこだ!」
キメラの動きを見定めて引き金を引いた。
攻撃に特化した貫通弾は、猛然と銃口から飛び出し、三体のキメラの土手っ腹に風穴を開け、内臓を蹂躙したかに思えた。が、決定打にはならない。
甲羅のような皮膚は、衝撃に対して十分な硬度を誇っている。
「この分では、あちらも難儀しているでしょうね」
周防もキメラの特異な皮膚に気づき、軽口を飛ばした。
●象型キメラ
四人の効果的な連携により体勢を崩したキメラを見て、南雲は運転手の肩を叩いた。
事前の打ち合わせどおりに車が速度を上げ、キメラと距離を取ってから停止する。
が、キメラの立ち直りは早く、すでに足で地を掻き、車に向かって駆け出していた。
「はあ‥‥。迷惑な暴走キメラですわね」
神無月が深い溜息をつき、『強弾撃』を用いる。
南雲は、国士無双を携えて駆ける王零を『瞬天速』で追い抜き、血の噴き出すキメラの足に月詠を叩きつけると、再び『瞬天速』で下がった。
続いて王零がキメラの長い鼻を掻い潜りながら、『流し斬り』で前足を切りつける。
キメラの太い足に走った一筋の線が瞬く間に開き、大量の血が噴き出す。
王零は一体の命を奪うとすぐにショットガンで別のキメラを狙った。
キメラは鼻を振り回して足掻いたが、散弾を防ぐには数が足りない。
たたらを踏んで下がるキメラを追い込むように、立浪が『流し斬り』で顔面を切り裂いた。
近接すると巨大な足に踏み潰される危険を伴うが、赤く染まる足は容易に上がらない。
仕方ないといった面持ちで振り回した鼻は、神無月のサーベルに易々と受け流されてしまった。
「そのような攻撃で勝てると思わないで欲しいわね♪」
優劣は、誰の目にも明らかだった。
●囮任務完了
「天都神影流、斬鋼閃っ」
白鐘の月詠がキメラの喉元を切り裂き、さらに返す刀でキメラの硬い皮膚を削っていく。
流麗な刀捌きは、舞っているようにも見える。
白鐘の背後を預かる周防の動きも妙を極めていた。
白鐘が自在に力を発揮できるのも、周防が細かな気配りで援護しているからに他ならない。
一度など、身を挺して前方に飛び出し、パリィングダガーで白鐘への攻撃を受け止めつつも、強弾撃を眉間に撃ち込む働きを見せた。二人の即席とは思えない動きに、キメラは有効な攻撃を与えられない。
「断つ……天都神影流・降雷閃!」
白鐘の強力な『豪破斬撃』がキメラの体を切断する。
「ふう。何とか片付いたか。本隊に合流しよう」
白鐘が月詠を鞘に収めながら駆け出した。
●さくっと♪
「よいしょっ」
軽やかな口調で地を蹴った立浪は、象型キメラの体に飛び乗ると、脳天に向けて『両断剣』を使った後に、すぐさま地面に飛び降りた。
すでにキメラは、南雲の『瞬天速』から『瞬即撃』に繋げる目にも留まらぬ連撃により、疲弊し切っている。
「さあて。そろそろ幕引きの時間ですわ。覚悟はよろしいかしら?」
神無月が無情にもサーベルで息も絶え絶えのキメラの眼球を貫き、さらに体の自由を奪った。
が、キメラはとうに抵抗する気力を失っていた。
「汝の悪しき業‥‥、全て我が貰い受ける。流派葬義、『葬魂』‥‥迷わずその躯を散らすがよい」
キメラは吸い寄せられるように王零に近づき、国士無双の餌食となった。
「万魂浄葬‥‥。穢れた躯を棄て迷わず聖闇へと還れ」
殲滅を終え、能力者たちは覚醒を解いた。
が、よくよく考えてみれば、まだ任務は終わっていないのだ。
「誰が取り出そうか」
南雲の言葉に、王零が黙って首を振った。
「俺もやめておきます。疲れてしまいましたし」
立浪も首を振ると、一同の視線は自然と神無月に集まった。
「え? 私が‥‥、ですか? 象さんの解剖はちょっと」
端正な顔を歪ませ、神無月が後ずさりした。
「そうか。では我が‥‥」
王零が面倒臭そうに国士無双を振り上げた途端に、背後からサーベルの先端が差し出された。
「うふふ。サーベルでざっくりと♪ 私にお任せあれですわ」
目を見開いたままの王零と、嬉々としてサーベルで象の体内を探る覚醒後の神無月を見て、立浪は助けを求めるように南雲に視線を送った。
「女は怖いぞ」南雲の言葉に、立浪は何度も頷いて見せた。
「はぐはぐっ。むしゃむしゃ」
先ほど戦闘を終えたばかりだというのに、立浪は豪快に弁当を掻っ込んでいる。
そういえば彼は、ピクニックだと騙されて連れてこられたのだったか。
周防が凄まじい食欲を見せる立浪を見てそう考え、「まいったね」と呟いた。
立浪は周防の声に気づかず、白米を頬張りながら、研究員に顔を向けた。
「そういえば、細菌ってどんなやつなんですか?」
「うん。俺も気になっていた。生物兵器にでも使うのか?」
紙コップに烏龍茶を注いでいた研究員は、立浪と白鐘の方に身を乗り出した。
「貴方たちは何か勘違いをしているようですね」
「どういうことかしら?」
「いいですか。古細菌は細菌ではなく、微生物なのですよ」
研究員は首を傾げた神無月に向き直り、
「生物兵器に用いられる細菌とは違い、人体への被害はありえないのです。この容器に入っているのは超好熱菌でして、そもそも好熱菌というのは耐熱性酵素を発生しましてね、これは非常に優秀でして、安定性が高く‥‥、高温なので雑菌の繁‥‥、特徴があ‥‥、工業利用な‥‥、PCR法が‥‥、時間が短‥‥、オリゴヌクレオチドが‥‥、プライマーが‥‥」
神無月が「プライマーの定理ですね!」と口を挟むと、白鐘が「それはフェルマーの最終定理では‥‥」とやんわり否定し、周防は「まいったね」と口癖を連発し、立浪は「あー、お腹いっぱい。食べた食べた」と自分が質問したのにすでに興味をなくしている風で弁当を片付け始め、王零に至っては「ふむ。そろそろ次の依頼が迫っているな」などと背を見せ、南雲はすでに到着した高速移動艇に乗り込んでいた。
研究員は、飛び立つ移動艇をぼんやり見送り、その夜、枕を濡らした。