●リプレイ本文
●事前準備
GDABの狭苦しい部屋はまるで缶詰のように思える。詰め込まれた八人の能力者は即ち缶詰の具のようだ。
彼らは角砂糖を頬張る線香の曖昧な説明では足りぬと見えて、先ほどから綿密な作戦を話し交わしている。
その中にあって蓮の花を思わせる美しい女性が、一際弁を揮っている。彼女が話すと黒いポニーテールがゆらゆら揺れる。
レティ・クリムゾン(
ga8679)の明快な頭で組み上げられた緻密な作戦は、彼らより上の地位にいる線香をさえ唸らせ、感嘆させた。
仔細を講じ終えると、レティは唐突に線香を振り向いた。
「地図を支給してもらえるか?」
「もちろんだ」
レティが地図を受け取ると、他の能力者も列を成し、それぞれが地図を手に席に戻った。
「ところで、キメラの情報はないのか?」
上背のある筋肉質の体をスーツに隠す木場・純平(
ga3277)の質問に、線香は首を振った。
「残念ながら、詳細は不明だ。多くの隊がいるから、情報が錯綜している。現地で確認してもらうことになるな」
「五体程度と聞いたが、この分では、数も多く見た方がいいかもな」
飄々と呟く比企岩十郎(
ga4886)の後を受けて、アズメリア・カンス(
ga8233)が口を開く。
「そうね。ところで地形についてはどうかしら?」
アズメリアと自身の体を見比べ、線香は苦々しげに角砂糖を噛み砕いた。余談だが、「大は小を兼ねる」は、彼女が最も忌むべき慣用句だった。
「そうだな。キメラの集団が予想した速度を保っているならば、砂地でぶつかるだろう。岩石地帯は過ぎているはずだ。いいか。何事も慎重にな。中には潰走した隊もある。私は君たちの遺体を受け取る気はない」
線香の険しい顔に笑みを返し、石動 小夜子(
ga0121)が手を上げる。
「私、砂漠についてまるで存じないのですが、何か注意点はありますか?」
「まずは砂塵だが、布か何かで顔を覆えば問題ないだろう。問題は水だ。ゴビ砂漠は日本の札幌程度の緯度だが、日によっては45度を超える。基地の飲料水を支給しよう。腹は壊さないと思うが、味は保証できない」
●A班(移動)
焼けつくような日差しが燦々と地面を焦がし、車内は蒸風呂の様相を呈する。照り返しも強い。
さらに砂漠は複雑な砂丘を形作り、みづほ(
ga6115)が丁寧な走行を心がけるものの、穏やかな運転は望むべくもなかった。
椅子に幾度も尻を弾かれながら、木場が無線機に語りかける。
「そうか。まだ異常はないんだね。うん。引き続き頼むよ」
偵察のために一人リンドヴルムで先行する嵐 一人(
gb1968)との連絡を終えた木場は、砂塵対策のゴーグルを外して汗を拭い、持参したミネラルウォーターに口をつけた。
「どんな感じですか?」
「まだキメラには遭遇していないらしい。影も見えないそうだよ」
周防 誠(
ga7131)の質問に答えながら、木場が隣で双眼鏡を覗くアズメリアに顔を向ける。
アズメリアも同様に自前のペットボトルから水分を補給し、「同じね。何も見えないわ。A班の方も同じかしら」そう答えながら、キャスケットで顔を扇いだ。
●C班(移動)
ヘルメットとゴーグルをつけ、布で顔を覆った嵐は、軽快に風を切り裂きながら、地面に細長い轍を描いていく。
「本当に暑いな。走ってないとやってられないぜ」
威勢のよい言葉とは裏腹に、声や駆動音は抑えられている。これはキメラの発見が任務であるためだ。
調子に乗って先にキメラに気づかれては、どうにもしようがないことを理解し自制している。
「予想されている地点はもう少し左か?」
流線型の瀟洒な車体を細い足で支え、懐から地図を取り出す。
逐一確認するのは非常に手間がかかるものの、道に迷うよりは幾分よい。
嵐は風化しかけた地図を指でなぞりながら、支給された水を含んだ。が、彼の顔は険しいまま、ただ首を振るのみだった。水はすでに熱を帯び、不快に喉を撫でて胃に落ちる。
「冷たい水が恋しいな‥‥。ん?」
俄かに尻の下の座席の震えるのを感じ、嵐は咄嗟に双眼鏡で四方を確認した。
そうしてある一点に不審な光景を見、
「ようやくお出ましか。足止めできればいいって話だが、俺は手加減をするつもりはないぜ」
地図を器用に丸め、無線機に手を伸ばした。
●B班(移動)
「暑いより熱いだな。この分じゃキメラもへばりそうだが」
後部座席に長い体を横たえた比企が、水分を補給しながら気だるげに呟く。
ツナギの胸元から覗く厚い胸板に、玉のような汗が光っている。
「そうですね。砂漠は初めてなので、ここまで暑いとは思いませんでした。でも、景色は素晴らしいですよね。砂丘の形が色々で面白いです」
「まあ、確かになかなか見られない景色だけどね」
小夜子の言葉に比企が独り言ちるような返答をした途端に、無線機からノイズ雑じりの鋭い声が洩れた。
「見つ‥‥ぜ。数‥‥2、格‥‥ス‥‥イム‥‥獣型だ」
レティはすぐさま「飛ばすから、シートベルトを締めてくれ」と注意を促し、アクセルを力いっぱい踏み込んだ。『シザーリオ』が、激しく砂を掻き、荒々しく体を震わせた。
●戦闘開始
レティが車から飛び降りると、すでに到着していたA班は、二体のキメラを相手に奮闘していた。
「比企さんのいったとおり、情報と違うようですね。ただ、数が少ないのは少々解せませんが‥‥」
小夜子が双眼鏡を覗き込む横で、レティがドローム製SMGを取り出し、バスタードソードを構える比企の隣で狙撃体制に入った。けれども小夜子は、双眼鏡の中に蠢く影を見つけ、瞬く間に『瞬天速』で砂漠を駆け始めた。
「おい。どこへいくん」
叫びかけたレティが、小夜子の進行方向から近づくキメラの群れに気づく。
「さっそく集団が合流したか。だが、私たちに見つかった以上、お前らに勝利の文字はない。手堅く決めよう」
迫りくる異形を悠然と眺めるレティの背中から黒い片翼が羽を伸ばし、禍々しく風に戦いだ。
●B班(戦闘)
クルメタルで威嚇した木場が、パイルスピアを取り出しながら、炎のような黒色の紋様を全身に浮かべるアズメリアの後を追って駆けていくのを、周防とみづほが銃で援護するのがA班の戦法のようだ。
アズメリアの動きは迅速の一言に尽きる。
「合流はさせないわよ」と叫び、背後に控える周防とみづほが狙撃しやすいようにキメラの横面から走り寄ると、巨大な口を開く猛獣型キメラの動きを見て咄嗟に急停止し、軋む体を柔らかい膝と股関節で保ちながら背後に飛んで、吐き出された冷気を華麗に躱した。
もう一体のスライム型が、素早い身のこなしで体勢の崩れたアズメリアに当て身を狙うものの、右目を銀色に輝かせる周防の正確な射撃により体勢を崩した。
すでに気息奄々のスライム型キメラは、周防の正確な射撃に見舞われながらどうにか立ち上がったが、みづほの『ファング・バックル』で強化された弾丸に急所を貫かれ、気味の悪い音を立てながら柔らかい体を砂に埋めた。
残ったキメラの吐く冷気によって傷ついた体を『活性化』で瞬時に回復し、アズメリアが『流し斬り』を放った。強力な月詠の刃に易々と両眼を切り裂かれたキメラは、雄叫びを上げて天高く跳ね上がった。
そのキメラの白い腹に、みづほと周防の撃ち込んだ弾が風穴を開ける。
B班の洗練された連携攻撃になす術もなく吼えるばかりのキメラは、木場の目にも止まらぬ『瞬即撃』に全身を切り裂かれ、アズメリアの月詠に命を絶たれた。
●A班(戦闘)
『瞬天速』で瞬く間にキメラの眼前に移動した小夜子は、陽光を受けて妖しく光る蝉時雨の刃をキメラの四肢に刺し込んだ。
今回の任務は足止めであり、無理をして殲滅をする必要はない。けれども、後々のためになるのであれば、殲滅をしておくに越したことはない。
流れるような身の捌きでキメラを弄しながら、冷静に作戦について思いを馳せる小夜子の後を、「ここから先は通行止めだ」と叫ぶ比企と、A班に合流した嵐の二人が追う。
嵐はバイク型のリンドヴルムを変形させて全身に纏い、その隣を走る比企は、雄獅子を彷彿させる黄褐色の毛を全身から生やしている。
レティは三人から離れた地点に待機し、携帯していた強力な『貫通弾』を装填したドローム製SMGの照準をキメラに向けた。
キメラは、小夜子やレティの攻撃で消耗しながら、一顧もせずに進行を続ける。
四人には到底敵わないと直感しての行動ではなく、ただバグアの命令に忠実に従っているだけなのだろう。けれども、突破よりも迎撃を選択していれば、まだ可能性があったに違いない。
再び『瞬天速』でキメラを追う小夜子に配慮しながら、比企が布のような黒い衝撃波を飛ばした。
「獅子咆哮!」の叫びと共に、強風が醜い蜥蜴を攫う。キメラは無様に吹き飛び、砂に塗れた。
「うおおらあああああっ。くうらあええええい!」
嵐が、端正にすぎる、どこか女性に似た顔を歪め、試作型の機械剣を振り下ろした。
が、霧のように舞う砂塵に視界を塞がれ、機械剣は空しく空を切り、深々と砂に食い込む。
「ちっ。どこにいっ」
嵐が再び機械剣を振り上げて罵った瞬間に、甲高い断末魔の叫びが砂漠に響き渡った。
ようやく晴れた砂塵の向こうに、嵐は優雅な黒い片翼を見た。
●赤い星の影
空気の抜ける鋭い音の後に、嵐の小さな顔が現れる。
嵐は「あっちー。死ぬかと思ったぜ」と頭を振り、長い髪を風に任せた。
アズメリアは嵐の顔を見て、
「女装が似合いそうね」
普段の氷のような瞳を微かに和らげ、ミネラルウォーターを投げて渡した。
嵐は「女装」に眉を顰めながらも、嬉々として受け取ったペットボトルに口をつける。
木場は二人のやり取りを微笑ましそうに眺めた。
「そうだな。無事に成功したことだし、水で祝杯でも挙げてから帰らないか」
木場の提案に、比企が歓声を上げた途端に、彼の歓声を掻き消すように、荒々しく吹き荒れる砂塵が、八人を狙ったように轟々と唸り始めた。
「なんだ?」
レティが声を張り上げながらエネルギーガンを構え、
「新手ですか」
周防がスナイパーライフルの銃身を握り、ゴーグルの奥から鋭い視線を周囲に投げかけた。
砂塵が天高く舞い上がるに従い、みづほの日に焼けた肌を寒気が襲った。
みづほは不思議そうに手のひらを見つめ、砂に落とす影に気づいて顔を上げた。
「あれを」
みづほの将棋指しのように美しい指の先に、バグアの根拠地が見える。
能力者たちは、忌まわしいほどに赤々と輝き、見るものを不安に貶める赤い星の隅に不気味な影を見つけ、次々と覚醒した。
●GDAB
線香がホワイトボードに描かれた地図に印をつけていく。
彼女の手は俄かに震えだした。のみならず下唇に前歯の食い込む鋭い痛みを感じてもいた。
それは気丈に振舞う彼女の心の痛みを代弁していたに違いない。
「全滅が三チーム。任務失敗が五チームか」
苦虫を噛み潰すような悲痛な独り言に、小夜子とみづほが顔を見合わせた。
作戦自体は、成功したといえる。
キメラの集団は散り散りになり、再び合流しても大した脅威にはならないだろう。
部屋中に漂う沈痛な空気を裂くように、線香が溜息をつき、レティたち八人を見回した。
「君たちは本当によくやってくれた。いや、上出来にすぎる。君たちは御免だろうが、ぜひともまた君たちと組みたいよ」
「それほど大したキメラはいませんでしたけどね」周防が白い歯を見せると、木場が顎を引いた。
線香は僅かに口角を吊り上げ、「迎えがきているぞ」と呟いた。
キメラの大移動の原因は判明していない。けれども、能力者らの果敢な働きにより、後に起こるであろう被害は最小限に抑えられたに違いない。能力者たちは、UPCの高速移動艇に揺られながら、小さくなっていくGDABと、溶けそうなほど暑い砂漠、燦然と光を放つ赤い星を眺め、任務で命を落とした能力者に思いを馳せた。