タイトル:72時間マスター:久米成幸

シナリオ形態: イベント
難易度: 不明
参加人数: 27 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/23 13:01

●オープニング本文


 不安定な海の上での強大なキメラとの死闘は、過酷を極めた。
 母船の甲板で次々と飛来する鴉を相手取る若い女人の横では、端整な顔立ちの青年が海中より伸びる巨大な触手から船を守るために奮闘し、母船から離れた位置では数人の能力者が小船を操りながら巨大生物を翻弄している。
 次第に空を灰色の雲が覆い、大粒の雨が降り注ぐようになった。
「そうして海は荒れ狂い状況は刻々と悪化、母船が転覆してそこからの記憶はない‥‥、か」
 記憶はない、記憶は‥‥、と、ロイス・キロル(gz0197)は呆けたように呟き続けた。
 彼の服は襤褸雑巾のように破れて腕や腰に纏わりついているだけで、体を隠す役を全うしていない。つまりは全裸に近い状態であるはずなのにまるで気にも留めず、遮るもののない青空を見上げてぶつぶつと呟いている。

 ロイスの気がついたとき、彼の半身は砂に埋もれていた。その周囲には船の残骸だろう木片が散乱しているほかになにもなく、ただ青い空と海とが広がっているだけであった。
「私は取材のために、海の悪魔と呼ばれているキメラとの戦闘に出向いた能力者に引っ付いて船に乗り込んだ。そして嵐に遭い、無人島と思しき場所に流れ着いたと考えるのが妥当だろうか」
 ――妥当も糞もない。ほかに考えられることなどないではないか。
「それよりも大事なのは救助がくるかということだ」
 キメラとの戦闘は港町から頼まれたものだ。また船を操るのに地元の漁師の力を借りている。その漁師が嵐の後に帰らないとあれば、心配した家族が警察に連絡を入れるのは間違いない。
「その関係でULTにも情報が届くだろう」
 地元の港に繋がれていた船も全滅をしている可能性はあるが、ULTほどの力があれば船を用立てるのは造作もない。また貴重な能力者が行方不明なのだから、それを探そうとするのは当然ではないか。
「そうだ。この島、見たところ狭いが、能力者たちが流れ着いている可能性がある」
 ――であれば共に協力をして救助がくるまでなんとしても生き延びなければ‥‥。
 そうは考えるものの、喉の渇きに空腹、果ては身じろぎするだけで全身に走る激痛が、ロイスの気勢を殺いだ。

「救助はいつだ。明日か、明後日か、それとも明々後日か。死にたくはないなあ」
 ロイスは寝そべったまま、虚ろな目を海に向けた。海は穏やかに波打ちながら、地平の果てまで続いていた。

●参加者一覧

/ 雪ノ下正和(ga0219) / 榊 兵衛(ga0388) / NAMELESS(ga3204) / セージ(ga3997) / UNKNOWN(ga4276) / クラーク・エアハルト(ga4961) / カルマ・シュタット(ga6302) / アンジェリナ・ルヴァン(ga6940) / 砕牙 九郎(ga7366) / 百地・悠季(ga8270) / 最上 憐 (gb0002) / 火絵 楓(gb0095) / プエルタ(gb2234) / 狐月 銀子(gb2552) / 堺・清四郎(gb3564) / 冴城 アスカ(gb4188) / 七市 一信(gb5015) / フィルト=リンク(gb5706) / 日野 竜彦(gb6596) / 楊江(gb6949) / ヴィンフリート(gb7398) / 相澤 真夜(gb8203) / 神楽 菖蒲(gb8448) / 伊達 士(gb8462) / 紅桜舞(gb8836) / ユウ・ナイトレイン(gb8963) / 流月 翔子(gb8970

●リプレイ本文

 強い陽射しの注ぐ長閑な浜辺にそぐわぬ喧騒のあるのには理由がある。
 船上での任務にあったにもかかわらず泳げぬものが意外に多くいたことにより、救助が続けられているのだ。
 楊江(gb6949)は波間に消える真っ白の手を視認するや「ああ。これはまずい」と海に飛び込んだ。
 それに続いて榊兵衛(ga0388)とユウ・ナイトレイン(gb8963)とが救助に加わる。泳げないものはもちろんAUKVにより沈んでいくドラグーンにも手を差し伸べねば大事に至る可能性は高い。UNKNOWN(ga4276)はちょうど島をめがけて泳いでいる最中であった。彼は浜辺と現在地とを繋いだ直線から手の届く位置にいる能力者を抱えて浜辺に立つと荷物を下ろして再び海に向かった。

 海の悪魔との熾烈な戦闘の最中に嵐に見舞われ海に投げ出された能力者の大半はこの無人島に流れ着いたようだが、中にはまだ意識を失っているものも多くていて、その中でも特にアンジェリナ(ga6940)が目立った。
 なにしろ彼女は魚の大群に囲まれながら沈んでいくのだから。
 のみならずアンジェリナの黒い服はあたかも巨大後の目の部分のように見えた。
「おいおい、どうすりゃそんな溺れ方をするんだよ」砕牙 九郎(ga7366)の叫ぶのも頷ける稀有な状況である。

 なかなかに面白い様を呈する海を気にも留めずNAMELESS(ga3204)は浜辺を練り歩いている。
 彼は流された所持品を探しているのだが、ほぼすべてが紛失をせずに見つかっているのはどういう理屈か。
 船上での戦闘に参加した能力者の半数以上が島に流れ着いていることを考えると、さすがに環南極海流よりは小規模ではあっても船の転覆した場所から無人島に向けて進む大きな海流のあることが知れる。
 もちろん海流あってこそだろうけれども皆が島にまで流れ着いたのにはカルマ・シュタット(ga6302)の果断な行動も多大に影響を及ぼしていて、実は彼は船の転覆する間際に救命胴衣を『豪力発現』まで用いて投げまくっていたのである。さすがに自分の救命胴衣まで放り投げてしまったのはお茶目に過ぎるといったところだが彼のおかげで多くの能力者が三途の川から生還した。また百地・悠季(ga8270)も勇敢で、転覆直後に縄を手に海に飛び込むとAUKVにより溺れる確率の高いドラグーンを舫い船に繋ごうとしていた。
 彼女の途中で高波に呑まれて意識を失ってしまったのも詮無いことだ。

 相澤 真夜(gb8203)はカルマよりも悪い意味にお茶目の面を見せている。
 救助を手伝っていた彼女はリンドヴルムを着込んだまま懸命に泳いでいた日野 竜彦(gb6596)を見つけ
「あ、日野さんだ! レッツダーイブ!」
 俗にいうムササビ・ボディ・プレスをかまし海底に沈んでいく日野を指差して腹を抱えて笑った。
 水深の浅かったからよかったものの下手をすれば沖合いにまで流されていたかもしれない。
 面白いから問題はないといいたいところだが懸命にもがきながら海から上がってきた日野の血走った目やリンドヴルムに絡みついたたくさんの海藻を見るに、笑い話では済ませられないかもしれない。
「ぜえぜえ。はあ‥‥。本気で死ぬかと思った」
 気息奄々の日野を見ても相澤は凛々しさと可愛らしさの同居する童顔に可憐な笑みを浮かべたまま、AUKVを脱いで浜辺に大の字に寝転んだ日野の腹の上にのしかかっていった。
「甘いものがないと死んじゃいますよ! 付き合ってくれますよね、ひーのーさんっ!」
 なにを大げさなと反論する間もなく日野は島の中心部、濃い緑の木立に引きずられていった。

 救助の続けられる海岸とは離れた場所で「もうここまでね‥‥。運がなかったかしら」と嘆きながら伏せている狐月 銀子(gb2552)に近づく小さな影は襤褸のインナー姿のプエルタ(gb2234)である。
 ――最後は笑って終わりたい。空腹に喘ぐ腹を押さえながら力なく笑みを浮かべた銀子のゆっくりと目を閉じた途端に腹の虫の間の抜けた音を立てた。その音を頼りにプエルタは銀子を発見したという次第であった。
「いやー。お姉さんまじで死ぬかと思ったのよ」
 生気の戻った笑みを浮かべる銀子の手にはプエルタの獲ってきた魚があった。
 プエルタも疲弊しきってはいたものの長い避難生活のおかげで苦境には強い。
 彼女のおかげですっかり元気を取り戻した銀子は
「んー。折角の海なのだから水着くらい持ってくればよかったわね」
 と暢気なことをいった。けれども暖をとるのもサバイバルには必要なことである。
 二人はしばらくあれこれと思案した挙句に大きな葉を使って水着を作り上げた。
「露出は高くても全然卑猥じゃない水着の完成ね!」と銀子はご満悦で少し前まで死にそうだったくせに「ほら、とーびこーめ♪」とプエルタを担ぎ上げて海に放り投げた。

 海面に真っ白な桃が見える。あれはなんだろうとしばし考え込んだ神楽 菖蒲(gb8448)は冴城 アスカ(gb4188)の尻だと気づいて海に飛び込んだ。アスカの全裸なのを気にも留めずお姫様抱っこに木陰まで運んだ菖蒲は
「ありがとう。世話をかけるわね」
 呻くように呟くアスカに優しげな笑みを返して森に向かった。
 菖蒲の持つ刃の湾曲したククリナイフはサバイバルに適している。
 無人島であるから森に道はなく草木は存分に生い茂って先の見えず、ククリナイフのなければ手に掻き分けて進むしかない。そうしていれば草陰に潜んでいた大蛇の毒牙を避けられなかったかもしれない。
 もちろん能力者からすればキメラでない毒蛇など食料以外のなにものでもないけれど。

 いや、能力者からすればキメラも十分に食料となりうるのである。
 最上 憐(gb0002)という少女がいて彼女の胃はブラックホールとも形容されるのだが、その最上はキメラ調理セットなるものを所持していて海岸に拾ったアルティメット包丁とアルティメットフライパンとを手に猛獣はおろか海の悪魔の手先ともいえるマンボウキメラを捕獲して丸焼きにしているのだ。
 漂流という異常の事態にもかかわらず彼女の頭には空腹という二文字しかないらしい。
「‥‥ん。丸焼き。丸焼き。いただきます」マンボウに齧りついた最上は「‥‥ん。25点。全然ダメ」マンボウを吐き出した。食卓に上がることさえあるマンボウもバグアの手によると不味くなるらしい。
 けれども最上はめげずに立ち上がり「‥‥ん。あっちから。食べ物の。気配。いってみる」歩き始めた。

 日本人のように見える彫りの浅い爽やかな顔のセージ(ga3997)は漂流者の中でも余裕のあるほうで、浜辺で気がついてから顔を上げて周囲の状況を確認し
「サバイバルは修行で野山に放り込まれたとき以来だな。まあ適当に楽しむか」
 瞬く間に自身の置かれた状況を把握して近くに転がっていた自前の水筒を軽快な仕草に拾い上げた。
「まさか水筒がこんなところで役に立つとはな」
 海に投げ出されてから幾日の経過したのかは不明のものの喉の渇きは尋常でない。勢いよく水筒を傾けたセージは盛大に水を噴き出しながら水筒を投げ捨てた。「しょっぺえ! 海水になってるじゃねえか!」
 口を漱ごうにも真水はない。が、サバイバル生活の経験のあるセージは冷静である。浜辺に残る足跡をつぶさに観察して中型以上の動物の存在を確信すると川か湧き水を探すべく行動を開始した。

 彼の推測どおりにこの島には新鮮な水の湧く洞窟がある。
 動植物の類も豊富であるし人の住んでいないのの不思議なくらいだけれどもそれには理由があるらしい。
 セージは動物の痕跡を追いながら無事に洞窟にたどり着いた。洞窟の周りに木々はなく泥濘の酷い露出した土の広がっている。内部は地下水と思われる濁りのない水のふつふつと湧き出してはいるけれどもプールサイドのように左右に広い岩の空間があって仮宿とするのに問題はなさそうであった。
「いい感じだな。とりあえずはここを拠点にしよう」
 生存に必要不可欠の水源近くに居を構えようとするのは当然である。もちろん湿気の多い場所は猛獣や毒虫、危険な細菌などの温床となっている可能性もあるけれど風通しのよいこの洞窟に問題はなさそうだ。

 実はセージの訪れる以前に、水を確保しなければ二、三日程度しかもたないと考えた堺・清四郎(gb3564)がここを避難所と定めていた。彼は直に救助がくるはずとまで読んでいて今は獲物を狩るために外に出ている。
 SES搭載の国士無双を失くさなかったのは僥倖であった。
「おや。初めましてかな」
 獣を担いで戻ってきた清四郎はセージを見て声をかけた。セージも気さくなもので
「お互い大変だな。ここは協力して救助を待たないか」
 実は海上での戦闘時に顔を合わせているため互いの素性は知っている。
 すぐに打ち解けた二人は清四郎の獲ってきた肉の焼けるのを待ちながら歓談をしていた。
「上手に焼けましたーだったか?」清四郎の冗談にセージが笑い声を返す。
 この調子ではしばしの同居も問題はなさそうだ。

 そのころ海岸部のふたつの浜辺ではようやく救助の一段落をしていた。
 特に活躍した楊や榊のいるほうは皆が輪を作って今後の状況などを話し合っている。
「これだけの能力者が巻き込まれた以上ULTがよほど無能揃いでもない限り一週間以内に救援の手は差し伸べられるだろう。俺たちに求められるのはそれまで生き延びることだな」
 榊の言葉に頷いて雷のような眉の特徴的な雪ノ下正和(ga0219)は
「とりあえず、ここにいる皆さんで協力して乗り切りませんか」
「そうだな。困難はあるだろうが、全員一致協力してこの難局を乗り切ることにしよう」
 榊が締めて話は各々の役割に発展していった。
 救助は手伝わずに海岸を歩いていたNAMELESSは自分の所持品以外も拾っており、皆に分配した後は単独行動に移った。正和などは引きとめようとしたけれど
「ついてきたけりゃ勝手にしなー」
 NAMELESSは笑いながら海と平行に歩いていってしまった。

 正和はNAMELESSを見送ってからエマージェンシーキットを使って簡単にトイレを作り、それから自前の「カレー党メイドカレーぎゅう」を取り出してカレーの準備を始めた。
 水と食材とはユウと楊とが探しに出ているし、火は榊が竈を作ったので問題はない。
 さすがに簡単な会議を行っただけあって役割分担は完璧であった。
 また、水を確保した楊は今は海に潜って貝を探している。
 一番長く海中にいて救助をしていたにもかかわらず水泳の得意というだけあって楊の泳ぎに乱れは微塵もない。
 さすがに能力者の数が多いからカレーだけでは全員にまで行き渡らない。そこで楊は別の場所に小さな穴を掘って火を燃やし飯盒に貝を入れて海水に煮始めた。簡単な料理だが天然の海の幸とあって食欲をそそる。

 満腹の彼らの記憶からは完全に抜け落ちているが相澤と日野とはまだ森にいた。
 かなりの広さを持つ島であるからユウたちと行き違わなかったのは当然としても二人はなにをしているのだろう。
 答えは「過激の漫才をしている」であった。
 茸を見つけて匂いを嗅ぎ少しだけ齧って毒があるかを丹念に調べるながら歩く日野は、
「青い空、白い砂浜、輝く太陽‥‥。うん。常夏の島って感じだね。これでキメラさえいなければ」
 自然を満喫している様子であったがその隣の相澤は食べ物にしか興味はないようで、むしゃむしゃと極彩色の茸を銜え葱らしき草を頬張り緑色の果実を齧って地面に倒れた。
「って、いきなり変なもの食べちゃダメですち!?」
 日野は慌てて相澤の口に指を突っ込んで茸を吐き出させ、相澤の水筒に近くにある洞窟から真水を汲んできて口に注ぎ込みどうにか相澤を三途の川から連れ戻した。
 能力者といえども覚醒をしなければ普通の人間である。血清のないこの島で毒蛇に咬まれれば死に至る。

 死に瀕した相澤はしかしまるで頓着せずに再び陽気に歩き始めた。元気娘は死ぬまで元気なのだろう。
 が、騒々しい音を立てて現れた猛獣に驚いて相澤は瞬時に覚醒した。
 そうして呆気にとられている日野を置き去りにして『瞬天速』で逃走を図ったのである。
「きゃー。いやー。日野さん頑張ってー」
 読者の中には「他人を幾度死に追いやれば気が済むのかこの小娘は」という意見よりも「あははもっとやれー」と考えるものの多いことであろう。けれども日野からすれば自身の命の懸かった火急の場面だ。
 相澤に引きずられて森に入った挙句、毒を口にして倒れた相澤を介護することになり、最後には猛獣の前に置き去りにされる気分というのはどういうものだろう。
 キメラでなければどうにでもなる。しかし海岸で日光浴を楽しんでいるAUKVのなければスキルは使えない。
 日野は遠ざかる悲鳴を聞きながら自身の倍はあろうかという猛獣と見詰め合った。

 もう片方の浜辺では奇妙な溺れ方をしていたアンジェリナを介護する砕牙と同様にアスカを介護している菖蒲がいて、菖蒲はすでに大量の果実を手に森から戻ってきてアスカに付きっ切りであった。
 船の残骸を使って簡易の家を作りさらにアスカに枯れ葉を被せて隣に潜り込む。
「あ。なんか近いよ‥‥」アスカの台詞や「あなたは私が守るから大丈夫よ。静かに養生してなさい」菖蒲の慈しみに満ちた声色などから察するに二人は同性ながら恋人同士なのだろうか。なんとなく桃色である。
「‥‥温かい。菖蒲、すごく温かい」菖蒲の腕に抱かれたアスカの呟きは唐突に浜辺に桃色空間を出現させた。

 そんな空間の横で砕牙はクラーク・エアハルト(ga4961)の起こした火でアンジェリナの服を乾かしている。
 クラークはサバイバルの訓練を受けたことがあり火の起こし方も効率的だ。携帯している銃弾を解体して取り出した火薬を用いるのである。さすがに元空挺隊員の知識は豊富だ。
 アンジェリナは寒がりのため誰か一人は付きっ切りで介護をする必要がある。その役を砕牙が買って出たため、気絶から目覚めた悠季やクラークは砕牙たちの分も食料を調達することになった。

 遭難したときに暖は必要不可欠だと書いたが優先順位としては第一に水、次に避難所のような場所、暖、食料と続くのが一般的である。もちろんこの無人島に真水の湧く場所のあることは前述のとおりであるし夜もそれほど寒くはならず動植物の類も豊富のためそのような知識はなくとも生存は可能である。
 特に食物は容易く見つけることができる。
 たとえば菖蒲の殺した蛇は毒をもっていたが毒腺や毒牙のある頭から首までを切り取れば食べることが可能だし、土の中に棲息する芋虫は毒をもっていないため見た目は悪いものの炙ると美味である。
 逆に見た目はよくても茸などの植物は危険のものがあるため手を出さないほうが無難だ。
 悠季とクラークとの入手した食材は料理の得意な砕牙に任せられた。
 こういう場所に摂る食事は細かな味付けはなくとも美味しく感じるものだ。
 皆は舌鼓を打ちながら食事を楽しんだ。

 集団に混じらず悠々自適の息抜きをしているものもいる。UNKNOWNなどはその筆頭だ。
 彼は船の転覆を予測し落ち着いて荷物を纏めていた。そのため所持品を紛失せずに島に至ったわけである。
「おお、いい休暇になりそうだ。電話も連絡もない環境とは。素晴らしい」
 濡れた服を乾かす合間に薪を集めて石の竈を作ったり防水布で海水から塩を入手するなどサバイバルの知識を十分に使って環境を整え、さらにはしけった煙草を干す余裕まである。
 しかしそんな優雅の彼に程近い浜辺にいる麗人の落ち込みようは凄まじかった。
 伊達 士(gb8462)である。彼女は男装も似合う端整な顔立ちをしてはいるけれど今の顔はあまり美しくない。
「もういやや。機体もAUKVも沈んでまうし‥‥」
 長い手足を持て余すように抱え、この世の終わりを直視している風の顔でどこまでも広がる海を見つめている。
「おそらくほかにも誰か流れついてるやろうけどAUKVのないドラグーンなんて足手まといや。のこのこ出てもいかれへん。あー‥‥、いや、しゃあないやろ。不可抗力や。悩んでも状況は変わらんし楽しむ楽しむ」
 伊達は流れてきた長靴を手にいじいじしていたが、ふいにそう思い直して勢いよく立ち上がった。
「神様からの贈り物がこんないけずなもんだけなわけないやん。やったるで」

 フィルト=リンク(gb5706)の流れ着いたのは他の漂流者から遠く離れた静かな海岸であった。彼女はドラグーンだけれどもAUKVを自分で脱ぎ捨てたために人の手を借りずとも無事に島に到達できた。
 だからAUKVは諦めのつくもののバットはそうもいかない。
 長身で端整な顔の彼女は一流企業の受付嬢の似合いそうなほどに清楚に落ち着いた雰囲気を湛えてはいるけれど、実は野球のバットを長い間愛用していてその用途は不明なものの近くにないと落ち着かないらしい。
 そんなわけで水だの食料だのを探す前にバットを求めて浜辺を歩き回り果ては船板の残骸までをも漁ったけれどやはり見つからず、憔悴して座り込んでしまったフィルトに近づく影があった。
 砂を踏む足はすらりと伸びて陶器のように美しい。が、上半身は鮫であった。
 奇妙な出で立ちのキメラを見てもフィルトは驚かない。それどころか円らな瞳が輝きを増した。
「‥‥WELCOME」

 AUKVがなくともフィルトは強かった。鮫キメラの巨大な口を避けて横に回りこみすらりとした五指を鰓に突き刺すと、勢いよく砂浜に叩きつけた。手のない鮫キメラは脚をばたつかせるのみだ。
 かくして鮫バットを手に入れた彼女は意気揚々と森へ向かった。ようやく水を入手しようと思い立ったのである。
 遺伝子操作により市販されている金属バットを遥かに凌駕する強固な鮫バットは猛獣の頭を容易に叩き潰す。
 鮫バットを装備したフィルトに勝る獣など無人島には存在しない。
 奇しくもこの広大の森にフィルトと出会った日野は幸運であった。日野を食べようとしていた獣は鮫バットの一撃により絶命し、かくして日野は相澤のせいで他界することなく浜辺に戻ることができたのだった。

 海岸線の真っ赤に染まりやがて夜の訪れる間際のこと、自分の救命胴衣を放り投げた伝説の男カルマはのんびりと釣りをしていた。島の南側は断崖絶壁の続く危険な場所ではあるものの釣りをするには都合がよい。
 けれどもカルマの運のないためかそれとも流れの速すぎるのか、何時間も釣り糸を垂らして釣果はゼロであった。
「くうう‥‥。釣れない。場所が悪いのかな‥‥」
 鳴り続けていた腹の虫は今は餓死したかのように静かである。
 代わりに聞こえてくるのはギターの音色であった。
 音の主は軽薄そうな顔立ちのヴィンフリート(gb7398)である。
 華奢に長身、小顔に金髪という様々の要素の相まってそういう印象を与えるのだけれども性格は暢気で、遭難したのを切欠に普段は騒音だの公害だのといわれているギターの腕を存分に発揮できると意気込んでいる。
「ここは俺の天国ー♪」
 その音色を聴きながら浜辺に伏せているのは日野であった。早々と眠ってしまった相澤の寝息を聞きながら無数に瞬く星々に思いを馳せている。久しぶりに満天の星空を眺めていると戦争の終結を神様にでも祈りたくなるのは人情だろうか。――いや、神様などに頼らずとも自分たちの力で平和を手に入れなければ。
 日野の信念を祝福するように一際小さな星が瞬いた。


 二日目に入っても最上は相変わらずキメラ調理セットに丸々と太った鳥を載せている。
 太っているというよりも巨大と書くのが正確だろうか。頭の先から爪先まで最上の背丈よりも長い。
 これは大物とすぐさま焼き始めたわけだが、この鳥の正体はなんと火絵 楓(gb0095)であった。
 彼女は目を覚まして「ん。いい匂い‥‥。あぎょ? あ、あひょぎょー」漫画のように大げさに飛び上がり無表情に指を銜える最上の横を転がって海に落ちた。
「‥‥ん。野良。獣。飛んで。火に入る夏の虫。だと。思ったのに」
 UNKNOWNも優雅に遭難生活を楽しんでいる。枝と荒縄とで作った屋根で陽射しを避けつつものを食べ高級の煙草を味わっている姿は夏の島に休暇を楽しむ観光客を彷彿とさせる。
 UNKNOWNと最上とはどのような状況に追いやられても楽しく過ごせるに違いない。

 けれども正常な精神を保つものばかりのはずはない。
「はっわわわわ。どうしましょ。ここ無人島じゃないですかあ」
 慌てふためいているのは都会育ちのお嬢様である紅桜舞(gb8836)だ。
 いくら能力者とはいえども突然の悲劇に幼い彼女の心はあっという間に崩壊を始め、やがて頭の線の音を立てて切れるのに大した時間は要さなかった。そうして今彼女は野生の獣と化している。
 獣のような唸り声を上げて森を駆け巡り清四郎の作っておいた干し肉を奪って走り去る。舞が最上に遭遇しなくてよかったなあ。楓のように逃げられるとは限らないのだから。

 清四郎は干し肉を奪われたことに憤慨を隠せなかった。セージと二人であれば飢えることはないけれど、やはり食料の蓄えがないと心細い。そこで清四郎は罠を張った。雑草を使った簡単な仕かけである。
 それにひっかかったのはロイス・キロル(gz0197)であった。彼は舞と同様に張り詰めていた緊張の糸の切れて野生化を果たしていたのである。「うぼぼぼぼ」叫びながら突進してきたロイスを押さえつけ清四郎は頬を張った。
 それでロイスは正気を取り戻し今は断崖絶壁にカルマと並んで座っているのだった。

 カルマの釣りの腕は頼りない。釣れたのは流木のみである。やがて空腹に耐えかねたカルマは
「ロイスさん。ちょっと餌になってくれませんか」
 カルマの無茶な要求にロイスの頷いたのはまだ彼の精神が正常でなかったからか。ロイスはすぐさま承知をして絶壁からバンジージャンプをした。彼の沈んで三分後、強い引きを感じてカルマは釣竿とは名ばかりの太い流木を力いっぱい持ち上げた。しかし縄の先にはロイスの手首に噛みつく鳥の見えたのみである。鳥が?――それは確かに鳥であった。蓋し着ぐるみであろう。最上に焼かれた末に海に転落をした楓である。
 楓は奇妙な女の子だ。そうとしか表現のしようのない性格で
「ふおのふおはんんはふあふあしんだ!(訳:このえさはあたしのだ)」
 ロイスの腕を噛み千切らんばかりであったが、カルマの冷めた視線を感じて森に逃げ込んでいった。

 ここで満を持して登場したのは七市 一信(gb5015)であった。どことなく楓と同じ匂いのするのは動物の着ぐるみのせいかもしれない。というのも彼はパンダの格好をしているのだ。
 島に流れ着いた彼はすぐさま食料の調達と水の確保とのために山に入った。が、水源を見つけるのは容易でなく、二日目に至ってようやく洞窟を発見するまでは葉に溜まった雨水や露で凌いでいた。
 この時点では普通の人間である。段々と人間からかけ離れてきたのはパンダ姿のせいか特異な環境のせいか、初めのうちは行っていた調理をしなくなりやがて生のまま貪るようになった。
 生肉というのは寄生虫などの存在するため危険である。絶対に真似をしないで欲しい。
「サバイバルー。生き残れこれー」
 言動のおかしくなってきたのは寄生虫の脳に回ったからだろうか。そのうち幻聴の聞こえ始めて雄叫びを上げるようになるのかもしれないが今はまだ人間のころの優しい心が残っているらしく、四つん這いでこちらを探っていた舞に残り少ない生肉を分け与える配慮があった。実は舞の脳味噌にも寄生虫を植えつける作戦かもしれない。

 まともな人間でさえ狂う世界の話である。
 なにしろあの見目麗しく聡明のフィルトまで奇妙な行動をとり始めているというのだ。
 元々バットのないと落ち着かぬという妙な性癖の持ち主ではあったけれど森に入ってからは一段と面白くなった。
 なにせ群れを成す野犬の長に食って掛かったのである。
 その真意は定かでないが、おそらくはボスの座を入手するために違いない。
 唐突に鮫の胴体を振り被った人間が走り寄ってくれば長といえども腰を抜かすのは無理からぬことだ。野犬の長には森を支配しているという自負があった。相手がどれだけ巨大であろうと仲間のために身の危険を顧みず堂々と戦う勇猛果敢の戦神とも形容できるわんこちゃんも、さすがに鮫バットには手も足も尻尾も出ない。
 かくして長の地位を確立したフィルトは群れを率いて森を進行し始めた。
 舞といい一信といい彼ら彼女らは一体どこにいくのだろう‥‥。

 流月 翔子(gb8970)は水色の長髪の少女である。フィルトや伊達にも負けぬ美女である彼女はその美貌に島の平和を守ってくれるはずであるかと思いきや、別にそんなことはなかった。当然だ。島の平穏などどうでもいい。
 翔子はとかくに冷静な性格らしく異様な状況に動揺はない。それどころか以前に読んだサバイバルに関する書物の内容が果たしてどの程度まで事実なのかを己が身をもって試せる機会に胸を躍らせていた。

 昆虫の翅と脚とをもいで海水に茹でたものを平らげた楊は、飯盒を洗ってから立ち上がると近くに座っていた榊を誘って森に入った。なんでも小屋を建てるらしいと聞いてユウも手伝いを申し出て後に続く。
 真水の満ちる洞窟までの道は三人とも知っているから迷う心配はない。無事にたどり着いて作業に取り掛かろうとしていると人の気配を感じたのか清四郎とセージとが洞窟から顔を出した。
「これから小屋を作ろうと思いまして」
 楊の手際はよかった。太く長い枝を二本地面に刺して支柱とし、切り込みを入れた長い枝を格子状に組み合わせたものに落葉を被せて屋根を完成させる。
 その横で榊は蔦を探してきてそれらの補強に従事し、ユウは細々とした作業を真剣な面持ちでこなしていった。
 ユウは年齢の割りに背の低いことや人見知りをすること、そのために冷たい人間だと思われることなどを気にしてあまり積極的に輪の中に入ってはこなかったけれど、人は特殊な状況に陥ると心を開きやすいものであるし、正和や楊、榊とは一夜を過ごした仲である。その性根の真面目なことはとうに知れていて、今では気の置けない仲に近い。

 楊の指示のもとに続く作業の間中、セージと清四郎とを含めた五人は会話を交わしていた。
 各々の状況の確認から怪我人の有無、果ては救助の可能性まで、能力者同士とあって気兼ねすることなく話し合った。どうやら榊と同様に清四郎たちも直に救助がくると考えているようだ。特に清四郎は他の能力者たちがサバイバル生活に適用できるか不安に思っていたため、榊たちとの会話に安堵している様子だった。
 そのころ眉毛の特徴的な正和、相澤、日野、そして釣りの苦手なカルマはビーチバレーに興じていた。

 浜辺に桃色空間を発現させた菖蒲の罠を使った狩りを終えて森から戻ってくるのを見てアスカは笑みを浮かべた。
「菖蒲お帰りなさい。あら。今日は大物ね♪」
 この組は菖蒲にクラークに悠季とサバイバル生活をものともしない能力者が揃っていてさらに料理の上手な砕牙もいるため快適な無人島生活を過ごせている。さらに二日目に入って砕牙に介護をされていたアンジェリナの体力も回復して狩りに出たから食料は腐るほどあった。
 が、それだけ快適だとすることのなくなるのも当然で悠季は遠泳に出たり鮫キメラと戦闘をしたり日焼けを楽しんだりと暇を潰すのに苦労している。「着替えが欲しいわ」悠季の言に考えごとをしていたクラークが小さく笑った。
 クラークは既婚者であり家に妻の待っているということもあって無人島生活を楽しむよりも生還することを第一に考えている。よって暇を潰す前に簡易のシェルターを拵えたり保存食を作ったりと忙しい様子だった。
 悠季は魅力的のビキニ姿だ。艶やかな赤毛と滑らかな白い肌との対比に太陽も眩しそうだ。

 日の落ちて辺りは急速に黒く染まっていく。森から聞こえる囀りはなんという鳥のものだろうか。
 細かな砂を照らす優しい焚き火を浴びながら、過激な葉っぱの水着に身を包んだ二人の女性が肩を並べて座っている。銀子とプエルタとの二人である。
 どちらも家族を失った身に、ここで寂しく骨と化しても悲しんでくれる人はいないかもしれない。
 そんな哀切を分かち合っているのだろうか、二人の会話は規則正しい波の音に掻き消えそうになりながらも、どこか哀しい響きを伴って二人しかいない海岸に潮風に乗って流れていく。
 二人を包む空気を変えようと銀子はふいに笑みを浮かべた。
「また明日も笑っていたいわね。明日も、明後日もずっと‥‥」
 プエルタは爆ぜる薪に顔を向けたまま
「そうデスネ。泣いてモ笑ってモ同じなら、まず自分ガ笑って、皆ニモ笑っていてもらいたいデス」
 強がる銀子と同様に屈託のない笑みを浮かべるプエルタの心情も決して穏やかではない。
 が、そんな内に潜んだ感情を微塵も見せない笑顔に銀子は心の癒されるのを覚えた。
 と同時に力の抜けた腹筋の奥から間の抜けた大きな音が鳴った。
「慣れないシチュのせいでお腹の虫が悲鳴を上げたわ」
 今度は心の底から笑い合い、二日目の夜は更けていった。

 長閑な夜である。夜など見飽きているものも無人島に漂流者として過ごす夜は格別のものがあるに違いない。前夜の日野のように感慨に囚われるものがいればいちゃいちゃとするものもいる。なんにせよ長閑なのに変わりはない。
 アンジェリナは焚き火の頼りない明かりを使い日課の日記をつけていた。バグアとの峻烈極まる戦争の歴史を後世に残すために続けていることではあるが、私的の内容も多く含まれるようだ。
 どちらにせよスウェーデン語に表記されているので学がなければ読めないのだが、この日記の存在を知ればロイスは奪いに現れるだろう。そうならないことを祈るばかりである。
 カルマはビーチバレーに興じたため釣った魚の数は相変わらずゼロだが、正和のカレーに腹を満たしたから問題はない。けれども自尊心の許さないのか「明日こそは釣ってやる」寝言に呟いている。

 未明、森に楓の声が響いている。
「いいかお前たち! あのパンダ帝国との決戦は近い。今こそ霊“鳥”類の意地を見せるときぞ!」
 鳥の着ぐるみ姿の楓はなぜかパンダの着ぐるみを愛用する一信を敵視しているらしい。楓はただ偶然に見つけた鳥の巣に向かってそう叫んでいるだけのため鳥たちの反応は冷たいものである。フィルトとは大違いだ。
 やがて睡眠を阻害された親鳥の怒り狂って楓の着ぐるみを突き始めた。
 その悲鳴を聞きながら日本酒をちびりちびり口に運んでいるのはUNKNOWNだ。空気の澄んでいるからか小さい星まではっきりと見え、まるで一面の星空に抱かれているようである。頬を撫でる風さえ新鮮味があった。


 三日目に入ると負傷者が徐々に活動を始める。
 あの桃色空間のアスカも完全に復帰して、菖蒲とのデートに余念がない。
 清四郎たちの住むのとは別の洞窟を見つけてその偉容に「凄いわ。ねえ、ちょっと探検してみない?」菖蒲の手を引いて中に入り蝙蝠を素手に捕らえて「菖蒲。今晩のおかずGETしたわよ♪」アスカの笑顔に蝙蝠は狂犬病のため近づかぬほうがよいと諭す気も失せて菖蒲は小さく拍手を送った。

 正和たちから離れて一人で行動をしているNAMELESSは、朝食を摂って釣りをし昼食を挟んで再び釣り糸を垂らす規則正しい生活を送っている。夜食の前には集団に近づいて物々交換を持ちかけることもあり食料には事欠かない。また釣りの腕も一流でロングスピアの先に釣り糸をつけて次々と釣り上げ腹を捌いて腸を取り出すまでの一連の動作に迷いはなく、そんなNAMELESSの作る魚料理は重宝された。

 今日が最終日であるというのに森では騒動が勃発していた。
「パンダは美味しくないよっ。美味しくないってばああああ」
 喚きながら逃げ回っているのはもちろん一信である。お笑い芸人の本領発揮で時折は躓いたり木に衝突したりと随所におどけたところがあって笑いを誘う。が、追いかけている最上はにこりともしない。
 もし蛸の匂いがしなければ一信は丸焼きにされていただろう。
 海の悪魔の現れたのは人気のない海岸であった。海の悪魔は巨大の蛸である。腕の三本しかないのは三日前に能力者と戦闘を行った際に切り落とされたからであろう。
 最初のほうにこの島は恵まれていると書いた。能力者たちがなに不自由なく暮らしているのを見てもどれだけ住みやすいか知れる。なのに無人島であるのはキメラの時折休息に訪れるせいにあったのだ。
 もちろん島民によるキメラ討伐の依頼はULTに幾度も出された。そのたびに能力者はキメラの駆除に成功している。
 しかしこの島が止まり木の役割を果たしているとしたらどうだろう。それこそ地球の表面の大半を占める海に住むキメラを根こそぎ排除しなければ島に平穏の訪れることはない。

 海の悪魔はどの能力者よりも死に近かったけれど、もともと蛸の体は全身強靭の筋肉であり、それにバグアの技術の加わった結果、凄まじい膂力を有する強力なキメラとして誕生した経緯があり、それは討伐に四十人近い能力者の召集されたことでもわかる。もちろん海の悪魔を含むキメラの群れに港町が度々襲われるという事情があり、別に海の悪魔のためだけに人員の割かれたわけではないけれど海の悪魔の能力は侮れない。
「‥‥ん。海の悪魔。発見。食べられそう。美味しそう」
 最上はにんまりと笑い、海の悪魔に対峙した。腕は三本だけにもかかわらず巧みに動く触手は予測ができず、その一撃は最上の小さな体など易々と弾き飛ばしてしまうだろう。
 さらに口からは酸の混じった目潰しの役をも果たす墨を吐き、海上より戦いやすいとはいえ油断は命取りだ。

 膠着状態の浜辺に犬の声がどこからともなく響いた。やがて幾つもの野犬の足音が混じる。その先頭にいるのはフィルトであった。彼女は野犬のボスの座を入手してもふもふ犬を枕にしたり布団にしたりと平和に暮らしていたものの、野犬の中にも海の悪魔に家族を奪われたもののいることをなんとなく悟って退治に出てきたのである。
 今や森を統べる一族の長となったフィルトの指示は的確で、さらには強力な鮫バットもある。
 海の悪魔は徐々に翻弄され、死を待つのみとなった。

 海の悪魔を細切れにして焼き、野犬たちと分け合って平らげた最上は、再び森に溶け込んでいた。自給自足の生活というものも悪くはない。ことにそれが食べ物に好き嫌いの少ない最上であれば尚更だろう。
「‥‥ん。結構。私に。あうかも。野生に返りそう」
 しかしすでに日の暮れるころULTの捜索チームは海流の存在を割り出し島に高速移動艇を飛ばしていた。

 森に張り詰めた空気は水色の長髪の女性と鹿に似た動物とを繋いだまま鋭さを増し、やがて解き放たれた。
 火に炙って折り曲げた簡易の弓を構えるのは翔子である。実は彼女は代々続く弓道の家柄を継ぐ弓取りである。弓籠手さえなく原始的な弓を扱って獣を狩れるのはその実力の証左になりうるだろうか。
 三日という短い期間にあったもののサバイバル生活も悪くはない。
 そう考え始めた翔子は生い茂った木々の隙間から届く駆動音を聞いて顔を上げた。
「あーあ。もうお迎えか。また遭難しないかしらね」

 能力者は次々と高速移動艇に乗り込んでいく。NAMELESSは様々の組に顔を出していたため漂流者の大半を把握していて、そのおかげで乗り過ごすものはいなかった。
 舞や一信といった野生化を果たした能力者も無事に捕獲されているし、一人海岸で拗ねていた伊達も乗り遅れてはいない。というよりも伊達はすぐに元気を取り戻して、楓に噛みつかれて泣き喚いていたロイスに張りついて「なあ、伝記は書かんの? 私のこと出しても構へんで」と詰め寄っていたとか聞いたけれど。あ、励ましていたのだっけ?
 UNKNOWNなどは「あと一週間ほどいてもよかったが」などと冗談ともつかないことを口にしていた。

 後日談だが、舞は無事に退院をした。入院の理由は腹痛の容易に治らなかったためであるが、それ以外にも壊れかけた精神の養生のためという名目もあった。有能の医者のおかげで正気は取り戻せたものの、時々無意識のうちに野生化するようになってしまったらしい。満月を見ると変身するのかしら。

 ちなみに島は正和などの配慮によりゴミは散乱していなかったものの、念のためにULTより人員の派遣され島は能力者たちの流れ着く前と同じ姿に戻ったようだ。その際に草臥れた鳥の着ぐるみが発見されている。学者の間では、楓は本物の鳥となって海を渡ったのではないかという説が有力らしい。今はラストホープに戻っているとも聞く。
 また、海の悪魔が退治されたことにより、灯台を建てて長い航海をする船員たちが休息を取れる施設を作る計画まで出ているらしい。そうしてすべての事後処理が終わった数週間後、『72時間』という連載がハミングウェイに載った。一記者が能力者と共に漂流した出来事を纏めた自伝のようなものだという。
 その連載はいずれ単行本となって本屋に並ぶことになる。表紙が伊達なのは彼女のアピールの成果だろうか。