タイトル:地域学園プール祭マスター:久米成幸

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/31 01:25

●オープニング本文


 夏の陽射しが降り注ぐ校舎は人間と同様に暑さに負けてへこたれるように佇んでいた。今年の三月に催された地域と小中高一貫校とが一体となった地域学園祭を終えて以降は平凡な授業が行われ、平凡で退屈な日々を過ごした学生たちは、やがて熱に追い出されるように夏休みに入った。
 やはり大型の連休といえば山か海に遊ぶのが普通だけれども、バグアの脅威からキメラの多く棲息する山に入るのは危険であるし、かといって海はこの町の近くにない。そこで毎年夏休みになると学校のプールが一般に開放されるのだが、今年は長雨の影響か利用者は少なく、維持費ばかりが嵩むのが現状であった。

 学長はプールと同様にしんと静まり返る廊下を歩きながら思惟に耽った。
 昨年は水と戯れる少年少女の歓声が学校まで届いてきたものだ。休憩のために図書館も開放されていたから、学園内は本当に夏休みかと疑いたくなるほどの活気に満ちていた。
「老後生活を思わせるな」子供好きの学長は肩を落としながら職員室に入った。「おや。夏期講習ですかな」
 窓辺に寄りかかっていた教師は小さく返事をして、
「地域学園祭のときはよかったですねえ。この広大な敷地が人で埋め尽くされて‥‥」
 教師の顔の映る窓からは、人気のない寂しい校庭が見えた。学長もゆっくりと窓に近づき、教師の隣に立つ。
「まったくだね。だが学園祭は過ぎたばかりだ」
「気にすることはないんじゃないですか。学園祭なんて何度あってもいいものですよ」
 学長は乾いた笑い声を返した。が、そういえばそうだなあという気もしてきた。
「いやいや」と考えを打ち消すように学長は首を振る。「学園祭は年に一回だ。そういう決まりだから」
「一回ですか」教師は小さく頷いて学長に向けていた顔を窓に戻したが、学長の次の言葉にすぐに振り向いた。
「一回だよ。だから学園祭じゃなきゃいいじゃない。お祭りでいいじゃない。フィーバーしようぜ」
 やっぱりこの学長には勝てねえと教師は至極真面目な顔で頷いた。

●参加者一覧

/ 最上 憐 (gb0002) / 美環 響(gb2863) / 堺・清四郎(gb3564) / 美環 玲(gb5471) / シャイア・バレット(gb7664

●リプレイ本文

 本日も晴天、校舎を覆い尽くす人波は溢れんばかりに流れ、露店の建ち並ぶ校庭はおろかプールの中まで人で埋まって盛況も盛況、学長も鼻が高いかと思いきや風邪を引いて自宅で寝ているというのだから悲しい話だが、学長などどうでもよい。雲ひとつない青空とその空から注ぐ強い陽射しとさえあればよいのである。

 壮大な意匠を凝らした校門から伸びる通路の左右に並ぶ露店の列はやがて右に下りて校庭に達する。
 碁盤の目のごとく整列した露店の隙間は存分に空いていて、人の流れの滞ることはない。
 校庭の中央だのプールへと至る階段の前だのは露店がないため人が集まって雑談に花を咲かせている。子供連れの母親が目立つのは、今日が平日だからだろうか。

 桜の木のある校庭の隅では吹奏楽部や軽音楽部が心地よい音を奏でている。
 ちょうど野球用のバックネットのある場所で、校庭を見渡せることから、露店と客とを応援しているようにも思えた。
 管楽器の音がぎこちなく合わさるのが部活らしい雰囲気で逆に心地よい雰囲気を醸している。
 また部員全員が水着姿なのも夏らしい柔らかな曲調にぴったりだ。

 このような感じで、地域プール祭はどこか哀愁を感じさせるような、質素でいて不十分なところのない、寒村で行われている祭りを彷彿とさせる。少々排他的な部分はあるが、親しみやすさも十分に感じられた。
 バグアとの熾烈な戦争の空気などどこへやら、ただ笑い声のみが平和に響いている。

 そんな祭りの中で、ひときわ大きな笑い声に囲まれている少女がいた。
 真っ赤なスクール水着で小さな体を包んだ最上 憐 (gb0002)である。
 小さな巨人、超食漢、大食い選手権優勝(自社調べ)、カレーソムリエールと、可愛らしい姿ながら数々の祭りに登場し、あらゆる露店を食べ尽くして数多の称号を得てきた少女で、その食欲は体積を完全に凌駕していた。
 そもそも今回の祭りに参加した理由が
「‥‥ん。露店に。呼ばれた。気がした」
 であるから、食への執着が知れるというものである。

 家庭科室の校庭に面した窓の外にビーチパラソルを立て、その下に瀟洒な机を設えたカレー店で、最上はじっくりと煮込まれたカレーを流し込むように食している。
 いや食べているというよりも飲み込んでいるといったほうが正確か。
 常人であれば舌が痺れ食道が火傷をするはずだが、最上にとっては造作のないことで、その食べっぷりや、瞬く間に積み上げられていくカレーの皿などを見て、周囲に輪を作った人たちは喝采を上げ、激励し、賞賛している。
 その中にはメガホンを持った少女や、この暑い最中に学生服を着込んだ応援団の面々、バケツリレーのようにしてカレーを運ぶ有志の方々などがいて暑苦しいことこの上ない。

「先生ー。おかわりはまだですか」
 セーラー服の少女が叫ぶと、全身を汗に濡らしたひげ面の男が息を切らしながら外に出てきて
「もうないんだ‥‥」
 男は家庭科の教師で学生たちの食欲などは十分に知っており、作りすぎだろと考えながらも前夜にカレーを煮込んでいたのだが、果たして最上さえいなければ残ったであろう大量のカレーも、可憐なブラックホールとブラックホールに触発された学生とによって開店から一時間も経たずに消滅していた。

 最上は教師を一瞥してスプーンを置くと颯爽と席を立った。どうやら未だ満腹には程遠いらしく
「‥‥ん。何の。露店が。あるか。楽しみ。露店。食べ放題の。旅に。出発」
 まだ食べるんですかと目を見開く家庭科の教師に手を振ってゆっくりと校庭に下りていく最上の目がプールサイドで料理を運ぶウェイターを捉えて強い光を帯びた。
 いつの間にやら人差し指を銜えて出される食事を想像しながら
「‥‥ん。プールパーティー。とても。涼しそうで。美味しそう」
 最上は頭の巨大な赤リボンを揺らしながら急ぎ足でプールへと向かった。

 猛暑日とあって校庭以上に人の密度の高いプールに入りきれぬ者は、プールサイドでジュースを飲んだり、シャワーを浴びて気を紛らわしたり、またはカメラ小僧のモデルとなっていたが、非常に布の小さな水着で今にも爆発しそうな胸を覆うスタイル抜群の女性がプールサイドに現れると、素早く道を空けた。
 シャッター音が続けざまに鳴り響き、歓声が轟き、男たちが目を丸くする中を、その女性は平然と進んでいき、やがて空いていた席に腰を下ろすと長い足を組んでウェイターを手招きした。

 傲岸にさえ見えるその女性の名はシャイア・バレット(gb7664)という。
 スタイルのよいのは当然で、なんと能力者になる前はモデルをしていたらしい。
 羨望の眼差しと無遠慮なカメラとに囲まれるのは慣れっこなのか、平然とフラッシュの渦の中を進んで空いている席に座り、悠然と足を組んで腕を組んだ。

 それにしても凄い水着だ。紐の水着というものは数多あるけれども、ここまで大事なところを隠す部分が少ない水着というものは、東洋の場合では海岸などでもあまり見ることがないだろう。
 シャイアは派手な金色の髪に宝石のような青い目をしているからよく似合っているし、少し前には着エロというものも流行ったから個人的には微塵も問題がないのだが、子供の教育上よくないかもしれない。

 ウェイターに飲み物を頼んでサングラスを外したシャイアは、向かい側に座っている少年に目を留めた。
「ねえ、君。私お腹空いちゃったの」
 お色気抜群の美女がこう声をかけてきたら、いかに硬派な男といえども無視することは困難を極めるに違いない。
 滑らかな長い足を揺らしながら手招きをするシャイアを一見して、少年はぴくりと肩を跳ね上げた。
 どこか訝しげな表情なのは照れというよりも反応に困ったためであろう。
 が、やはり男子たるもの好奇心には勝てず、恐々とした表情を浮かべながらシャイアに近づいた。
「うふふ。あそこでフランクフルトを貰ってきてくれないかしら」
 少年が無言で首を幾度も振り振り駆け出していくのを見て、シャイアの唇が弧の字を描いた。

 強い陽射しは容赦なく注ぎ、熱せられた地面はフライパンを思わせる。
 堺・清四郎(gb3564)は精悍な顔に浮く汗を拭いながら地面を眺め、それから空に視線を移した。
 雲ひとつない青空はこの世のものとは思えないほどに澄み渡って綺麗だが、少々明るすぎる気がしないでもない。もう少し光を抑えてくれれば程よいのだが、さりとて秋の空では雰囲気が出ないのも確かだ。

「それにしても」と清四郎は顔を正面に向けた。見覚えのある白い校舎が聳える下に人が渦を作っていた。
「今度はプールでのお祭りか。まるでどこぞの伯爵のようにお祭り好きだな」
 独り言ちてから清四郎はゆっくりと露店の間を歩き始めた。
 と、清四郎の切れ長で涼しげだが見るものを凍らせるような鋭い目と顎の傷とを見て、おばさんがびくっと肩を跳ね上げた。確かに清四郎の顔は怖いけれども、よく見ればその表情のどこか優しげなのが知れる。
 また周囲の客が水着姿なのと比べて清四郎が普段着なのもやはり異様だが、それは肌を出すのが恥ずかしいわけでも空気が読めないわけでもなく、「傷は誇りだが一般人にとっては怖いだけだからな」との思いからだ。

 キメラとの過酷な戦闘により、清四郎の肌には無数の傷があった。
 これも厳しい清四郎の魅力を存分に引き立てているのだけれど、恐怖を覚えてもおかしくはない。
「少々いいわけ染みているか」
 清四郎は顎を撫でながら誰にともなく呟き、出店に立ち寄った。
「へ、へいらっしゃい」
 店主の怯えた視線を受け流しながら烏賊の丸焼きを購入し、のんびりと食べながら歩く。
 左右に露店の並んだ狭い通りは、活気というよりは喧騒というほうが相応しい熱気に満ちており、調理のために熱気が充満して暑苦しい。が、それがまたいかにも祭りという感じがするらしく興がるのを抑えられない。
 清四郎は風呂上りに土産物屋を覗くような感覚でふらりと目についた店に立ち寄っては、たこ焼きだの大判焼きだのを購入して味わいながら進んでいく。最上と比べると控えめな感があった。
 やがて清四郎はアイスボンボンを大量に買って、体育館に足を向けた。

 実は清四郎は以前にもこの学校に訪れたことがあり、その際に体育館で華麗なダンクシュートを見せてからというもの、子供たちと気の置けない仲になっていたのだった。
 見た目は怖くとも廉潔な人柄が無邪気な子供たちには察せられたのだろう、清四郎が人込みを避けて校庭を横切り、熱気に満ちた体育館に体を滑り込ませた途端に、バスケットボールに興じていた子供たちが走り寄ってきた。
「ふむ。暑いというのに元気だな」
「お兄ちゃん。またダンクしてよ、ダンク」
「サ、サムライマン!」
「おんぶしてー。おんぶ、おんぶー」
「サ、サムライマン!」
 久方ぶりであるというのに陽気にボールを押し付けてくる男の子やおんぶをねだる少女の頭を撫でてから、清四郎は鞄を広げた。中には先ほど購入したアイスボンボンが溢れんばかりに詰め込まれている。
 競うように鞄に手を突っ込む子供たちを見て清四郎は苦笑を浮かべた。
「慌てなくてもたくさんあるぞ」
 清四郎の声などまるで聞こえないように乱暴に鞄を漁って氷を取り出し、ゴムを噛み切って氷を齧る。
 子供たちの親まで清四郎に勧められて恐縮しながらアイスボンボンを受け取り、礼を述べた。
 どこにでもある平凡な光景にもかかわらず、清四郎はとても嬉しそうに顔を綻ばせた。

 大食い少女にけしからん美女、子供好きのサムライマ清四郎のほかにも、ULTの能力者が遊びに来ている。
 白いお洒落なパーカーに青いトランクスタイプの水着を着けた麗人が美環 響(gb2863)で、響と同様にパーカーを羽織った佳人が美環 玲(gb5471)だ。二人は並んで校庭を歩いている。
 玲のビキニは大人っぽいがパレオのために子供らしい感じもして、熟れた大人でも元気な少女でもない中間の女性に見られる不思議な魅力を醸していた。
 で、その魅力を存分に発揮しようとでもいうのか、心配そうな素振りで響の素肌に手を這わせて、
「響さん、怪我はもうよろしくて」
 玲の憂いげな表情の裏には淡い色気が見え隠れしている。

 実は響は少し前の依頼で火傷を負っていて、玲はその傷の程度を触診しているのだが、響の腕は非常に滑らかで、奇妙に引き攣ったり皮膚の色の変わったりしている部分はなかった。
 響は穏やかな笑みを浮かべながらお返しとばかりに玲の水着姿を褒め称え、玲は小さく顎を引いて応える。
 まるで高校生の男女の初々しさが垣間見えて、金魚すくいを営むおっちゃんは思わず微笑んでしまった。
 が、そのおっちゃんの笑みは瞬く間に驚愕に変わった。のみならず思わず拍手をしていた。
 響が優雅な手つきで宙に円を描くと、一輪の花が出現したのだ。響は花を玲の髪に優しく挿すと
「とてもよく似合いますよ、可憐なお姫様」
 非常に気障ではあるが嫌味なところがないのは響の爽やかな風貌ゆえか、何気ない手並みからか。
 拍手を続けるおっちゃんに片目を瞑って見せると、響は玲を促して露店を回り始めた。

 金魚すくいの隣に店はなく、ただ巨大なハンマーを手にした大柄の男が何事かを叫んでいる。日本ではあまり見ないが、ハンマーを振り下ろした衝撃によって鉄の玉が目盛りを上がっていく、力を試す類の出し物らしい。
 どうやら相当に判定を辛くしてあるらしく、二十歳前後の健康そうな若者が恋人の声援を受けながら挑戦したものの、どうしても目盛りの真ん中辺りまでしか玉が上がらない始末であった。
「もっと体を鍛えなきゃ話にならねえな」
 肩で息をする若者からハンマーを取り上げて再び客を煽り始めた店主の目が、自分と同程度の背丈の男を捉えた。
 清四郎である。マントだのお面だのをつけた子供に取り囲まれながら露店を回っている最中のようだ。

「そこの兄ちゃん、寄ってかねえか」
 清四郎はハンマーを一瞥して小さく首を振ったけれども、子供たちは大変に乗り気で、また店主の口上も巧みであったため、渋々といった態で清四郎はハンマーを受け取った。
 ハンマーは何キロであろうか。木製であるからそれほどの重さはないにしても、清四郎が片手で軽々と振り上げるとそれだけで歓声が沸いた。清四郎の筋肉が服の上からでもわかるほどに盛り上がったと見るや、何気ない仕草で振り下ろされたハンマーは正確に金具を強打し、弾けるように飛び出した鉄の玉が目盛りの先にある鐘を叩いた。

 蓋し清四郎が全力であったなら、ハンマーは砕け金具は曲がり鐘は跳ね上がっていたであろう。
 商品のお出かけサキちゃん特別マッスルバージョンをもらった少女は複雑な表情をしていたけれども、子供たちは改めて尊敬を覚えたのか、Lの字に曲げた清四郎の両腕にぶら下がったり、腹筋をぷにぷにと触ったり、アイスを所望したり、肩車をねだったりと、清四郎の好かれることは一通りではなかった。
 ――たとえ一年ばかりの平和でもその価値は十年の戦乱と比べるまでもないな‥‥。
 清四郎は両腕にぶらさがる子供を優しく揺らしながら、そんなことを考えた。

 熱せられたプールサイドの上を、脂の滴る分厚いステーキが運ばれていく。
 未だ熱の焦げる音の聞こえてくる鉄板からは、周囲の熱気にも負けぬほどに香ばしい匂いのする湯気が立ち上っている。ウェイターが洗練された動作で、フォークとナイフとを両手に握る最上の前に鉄板を置いて
「ごゆっく」
 ウェイターの反射神経が優れていたのなら、“ゆ”の時点で口を止めていただろう。
 ウェイターは茫然自失の風で、肉の掻き消えた鉄板と、無表情で小さな唇を拭いている最上とを繰り返し見た。
 いや消えたのはなにも肉だけでない。
 最上の姿もいつの間にか掻き消え、ただナプキンだけがひらりとテーブルにゆっくりと落ちるのが見えた。
 その最上はウェイターの背後でプールを挟んだ反対側の様子を眺めていた。

「‥‥ん。瞬天速。使いたいけど。プールサイドは。走っちゃダメが。お約束だから。我慢する」
 能力者であれば転んで後頭部を強打しても怪我はしないが、人を轢き殺す恐れがあった。
 最上は残念そうにプールを一周するように歩き出したが、ふとプールの中央に人のいないことを横目に見て、
「‥‥ん。人間。挑戦は。大事。私は。新たな。境地に。挑んでみる」
 ゆっくりと膝を屈める最上を見つめていたウェイターは、次の瞬間には悲鳴を上げていた。
「‥‥ん。右足が。沈む前に前に。左足を。出せば。いける。エリマキトカゲにできるの。だから。いけるかも」
 再び掻き消えた最上に驚く間もなく、盛大な水飛沫がウェイターの全身を濡らした。
 ウェイターの甲高い悲鳴に衝突音が混じる。
「‥‥ん。‥‥沈んだ。私も。まだ。修行が足りない。エリマキトカゲは。偉大」
 アメンボが水面に立てることは有名だが、実はバジリスクなども二本の足で水面を走ることは可能である。
 常人の目には瞬間移動をしたとしか見えない『瞬天速』であれば水上などは余裕で走れるようにも思えるけれど、少々練習が必要であったかもしれない。
 派手な音を立ててプールの壁に衝突した最上は、大きな目を擦りながら平然とプールサイドに上がった。

 一人でプールサイドに座りアイスティーを飲んでいた響は、水飛沫を浴びながらプールから姿を現した少女に顔を向けて少しだけ考えてから、静かに席を立った。
 高速で露店を巡り掃除機のように食べ物を吸い込む最上は周囲の客を気にする余裕などなかったけれど、実は響と最上とは今回の地域学園プール祭と同様の催しによく参加をしていて、響は最上と会話をしたことはないものの姿だけは記憶していたのだった。で、もとが社交的な響だから、この際に交流を深めようと考えた。

 初対面ではあっても同じ傭兵であるし、同じ催しで顔を見るということは嗜好も似ているということだろうから、最上からすれば驚きはするものの不快に感じることはないに違いない。
 響は最上の頼んだドンブリパスタが運ばれてくるまで最上と歓談を楽しみ、最後に奇術でチョコレートを取り出して渡してから、手を振って元の席に戻った。
 あまり交流する時間はなかったものの、最上の記憶に響の顔は刻まれただろう。
 いや、花より団子という可能性もなきにしもあらず‥‥、うん、多分大丈夫。そう信じたい。

 響が席に着くのと同時に喧騒がプールサイドを上がってきた。
 単純に子供の集団かとも思ったが、中央に見知った清四郎の顔を見かけて、響は再び席を立った。
 響と清四郎とは面識があり交友もある様子で、気さくに響が声をかけると清四郎は手を上げて近づいてきた。
「白い褌姿かと思っていました」との響の冗談に「さすがにそれは憚られるな」と清四郎が答える。
 子供たちは腰よりも長い髪を無造作にポニーテールにした響の顔と適度に締まった腹筋とに興味津々らしく、二人が雑談をしている最中に響の体を指で突いてみたり撫でたりしていたが、
「せっかくですから泳ぎなどを競ってみたいですね」
 響がそう口に出すと途端に顔を輝かせて清四郎の袖を引っ張り出した。
 清四郎は己の体にある無数の傷で周囲の客を怖がらせたくはないからと慇懃に辞退したが、子供たちは強いお兄ちゃんと格好いいお兄ちゃんとの競泳とあって興奮していただけに、少しだけ残念そうな顔をそれぞれが浮かべた。

 そのころシャイアは凄いことになっていた。
「あむっ。んっ。‥‥動かひちゃらめ‥‥、んっ」
 シャイアの口を太いフランクフルトが出入りするたびにちゅぷちゅぷと淫猥な音が洩れ、通りかかったおっさん連中が目をまん丸に開けて凝視する中で、フランクフルトを支える少年は茹で蛸よりも真っ赤に頬を染めながら、恐々として立ち尽くしていた。
 これは逆セクハラの可能性が非常に高いが、フランクフルトだからおそらくは大丈夫だと思う。駄目かしら。
「んむう。あっ‥‥。二本は、二本は無理だって。もが」
 けしからん。非常にけしからん。だがいいぞもっとやれとおっさんたちは心で思った。
 別の意味でけしからんと考えた監視員は、青筋を浮かべながら猪のごとく突進してきた。

 太陽は少しだけ傾いて、涼しい風が校舎に吹きつけるようになっても、校庭にはまだ水着姿の男女がのんびりと露店を回っている姿が見られた。祭りの熱気とでもいうのか、校門から外と比べて、温度に違いがある。
 玲も類に洩れず水着姿のままバイトに励んでいた。
 せっかくの休暇に働くのはどういう理由からかはわからないが、清楚な笑顔を浮かべていれば客が増えるのは当然で、店には列ができておおわらわだ。
 といっても売り子をしているのではなく、店の横に机と椅子とを並べて、アイスを購入した客を無料で占うサービスを行っているのだが、列はどちらかというと店というよりも玲の前にできているらしい。
 やはり学生が多いから、占いの内容も恋愛に関することが多かった。
 玲は水晶を覗き込んで色々のことを客に知らせ、客は悪い結果が出るとおまじないをしてもらう。
 さすがに大した時間をかけられないので占いの正確性は不明だが、人気を博していた。

 しばらくしてアイスが売り切れると、玲はそのまま占いを続けて、最後の客にまじないを施してから席を立った。
 気温が下がったとはいえ少しでも動くと汗を掻いてしまう。
 玲はプールまでのんびりと歩き、シャワーで汗を流してからそのまま子供でごった返すプールに身を沈め、火照った体を冷やしながらゆっくりと泳ぎ始めた。
 さすがに能力者であるから見事なフォームで、長く白い手足が水を掻くと、それほど力を入れているようには思えないのに、悠々と折り返し地点まで達した。

 玲は水を滴らせながらプールから上がり、体を拭きながらかき氷を注文した。
 これがまた絶品で、透き通るような細かい氷の粒に染み込んだレモン味のシロップが太陽光を受けてきらきらと光る様子などは、見ているだけで涼しい気分になる。
 玲はあっという間にかき氷を平らげると、追加で焼きそばを注文した。
 一仕事の後と祭りの場ということで、食べ過ぎてしまうのは仕方のないことだろう。
 たくさん食べた分を泳いで清算しようと立ち上がった玲は、「ドキドキ! 水着コンテストー」との声を聞いて顔を向けた。プールサイドの隅に粗末な壇が用意されている。
 その前でマイクを握る高校生くらいの女の子は、皆の視線が自分に向いたのを見計らって、タオルを取った。

 高校生に相応しくない大きな胸がぷるんと揺れながら現れて、拍手が鳴った。
 どうやら水泳部が企画した催しらしく、競泳水着が華奢な体に吸いついていた。
「エントリーナンバー一番、私です!」
 司会と同時にエントリーまでしているらしい。洗練された美人という風ではないものの、少女らしい頬のぷっくらとした顔立ちをしているから、人気が出そうだ。
 事前に受け付けをしていたようで、八人の女性が次々と進み出てきた。
 その中にシャイアの姿もあった。司会役の清純な女学生と並ぶと、妖艶な色気が強調される。

 玲は静かに座って手を叩いていたが、せっかくだから参加者を十人にしましょうと飛び入り参加を募ったにも拘らず、誰も進み出なかったため、可憐な笑顔を浮かべながら壇に向かった。
 司会役の少女はほっと胸を撫で下ろしながら、玲にマイクを向ける。
 高校生の構成とあって派手な展開も仕かけも用意されてはいなかったが、大人の魅力満点のシャイアと落ち着いた魅力を讃える玲とが出るというだけで自然と盛り上がり、やがて審査員として登場したこれまた水泳部の少女たちの話し合いの結果、優勝はシャイアと決まった。

 やはり高校生くらいになれば大人っぽい魅力というものに惹かれるのも止むを得ない。審査員が高校生の男子であればまた違った結果が出たのかもしれないけれども、ともあれシャイアは存分に胸を揺らしながら花束を受け取って、拍手に包まれながら元の席へと戻っていった。
 玲も席に戻ろうとしたが、シャイアが声をかけてきたため、雑談を交わしながらシャイアの向かいに座った。
「へえ。玲はおまじないや占いが得意なの。じゃあちょっと私を占ってくれないかしら」
 玲は気さくに頷いて、さっそくシャイアに手をかざした。

 清四郎に振られた響はプールから出て校庭を一人で散策していた。
 この大騒ぎをもう何時間続けているのだろうか。いくら祭り好きの町だからといって、最初から最後まで全力疾走をしていては、身が持たないに違いない。
 響の想像を証明するように、救急車のサイレンが聞こえてきた。
「根を詰めすぎるのも考えものですね」
 担架で運ばれていくおばさんを見送りながら呟く響を見て、一人の学生が首を傾げた。

「あのー。もしかして響さんじゃないですか? 女キョンシーの」
 確かに響はお化け屋敷の手伝いをしたことがあり、その際に女キョンシーの格好で客を驚かせたことがある。
 響が首肯すると、学生は自分もお化け屋敷の作成を手伝っていたと述べた。
「響さんの扮装は特に記憶に残っていたんですよ。最初は女性だと思いましたし」
 あっけらかんと笑う学生に、響も微笑を返して
「あなたもキョンシーの格好がよく似合っていますよ」
 学生は照れながら帽子を手早く直すと、そういえばと手にしていたちらしを響に渡した。
「もうそろそろ店じまいなんですけど、よかったら遊びに来てください」

 ちらしには「納涼アイス、三途屋」と書かれていた。
 話を聞いてみると、どうやらお化け屋敷に味を占めた学生たちが、お化けに扮装してアイスを売る店を考案したらしい。だが暑苦しいのがいけないのか、大して盛況ではないと学生は頭を掻いた。
 もともと響は変装を得意にしているし、女キョンシーの格好も存外に気に入っていた。で、まだその衣装が残されていると聞いて、響は学生の後について更衣室に向かった。

 十分ほどで手早く着替えを終えた響は、さっそく店の宣伝を始めた。
 端整な顔を崩さぬ絶妙の化粧が妙な色気を醸し、器用な仕草がおどろおどろしい感じを出す。
 また、得意の奇術を存分に披露するのはもちろん、ジャグリングのようなことも手先の器用な響にはお手のもので、ちらしを自分で配らずとも、写真の撮影を懇願する女学生や、夏といえばお化け屋敷だよな! と妙にテンションの高いおっちゃんに囲まれだして、瞬く間に店は活気に満ちていった。
「目指せ、売り上げ一位です!」
 響が片目を瞑ると、のっぺらぼうだのお岩さんだの磯良だの一つ目小僧だのに扮した学生たちがさらに熱のこもった演技を始め、かくして笑いと悲鳴との交錯する店は順調に売り上げを伸ばしていった。

 そうこうしているうちに日は傾いていき、夕暮れに染まった校門は店じまいを始めた露店や、いつの間にやら疎らになった人々に影を投げかけて、喧騒の後とでもいうのか、どこか物悲しい雰囲気を与えている。
 北風へと変わった寒風は、哀愁さえ感じさせながら夏の終わりを知らせるように人々の間を吹き抜けて、校門を抜けた。未だ昼日中は暑いとはいえ、日が沈むと途端に寒さが身に沁みるようになっている。
 天気予報によると、小中高一貫校のある町は明日からはすでに秋の陽気に包まれるという。
 であればこのプール祭を夏の締めくくりとするのも大げさな話ではないかもしれない。

 清四郎は影を長く伸ばしながら校門に向かって歩いていく。
 彼が夏を満喫できたのかは定かでないが、子供たちとの交流を深めることはできた。
 清四郎が振り返ると、静まった学校が赤く染まる下で、子供たちが手を振っているのが見えた。清四郎も小さく手を振り返して校門を抜ける。その清四郎の横をトラックが列を成して騒々しく通り抜けていった。
 校門に身を寄せてトラックの通り過ぎるのを見送っていると、ふいに泣き声が聞こえてきた。
「どうした、坊主」
 屈みこんで質す清四郎に充血した目を向けて、子供は顔を逸らした。
「ふむ。迷子か」体育座りをして小さく泣く子供を見下ろして呟く。「ほら、泣くな。一緒に探そう」

 テントが畳まれ、木材が積み重ねられていく中で、最上は相変わらずの食欲振りを披露している。
「‥‥ん。おかわり。おかわり。おかわりを。希望する。大盛りで。‥‥訂正。特盛りで」
 カウンターから身を乗り出して、店主を急かす。
 店主からすれば閉店間際に滑り込んできた客であるから迷惑そうな素振りを見せてもおかしくはないのだが、むしろ残った食材がすべて片付けられると考えたのか、それともただの子供好きか、
「ほらよ。極上ペガサス流星丼だ。特盛り」
 鮪の赤身に雲丹、イクラ、帆立貝、赤貝に鮑と、様々な寿司種がこれでもかまだ乗るのかこのやろうというほどにてんこ盛りで、つまりは残ったネタをすべて用いただけなのだが、これが存外に美味だった。
 最上は舌鼓を打ちながらあっという間に平らげて、笑顔のおっちゃんに金を払って外に出た。
「‥‥ん。完全制覇完了。だけど。少し。露店数が。物足りない。感じ。もう二週位。まわろうかな」
 彼女がいれば、食材が余るということはないに違いない。

 玲は優雅にプールを泳ぎ、響はコスプレを楽しみ、シャイアは監視員に叱られながらも存分に遊び、清四郎は無事に迷子の子供を母親まで導き、かくして地域学園プール祭は蝋燭が消えるように終焉に向かった。
 天空には星が瞬き、巨大な雲が上手い具合にバグアの赤い星を覆い隠すに至って、人気の失せて沈黙に満ちた小中高一貫校は、星々に抱かれるように眠りについた。
 静かだが寂しい雰囲気よりも落ち着いた、長閑で温厚な雰囲気を讃える校舎を背に歩きながら、
「我が命、燃え尽きるまでこの風景を守り通さんことを‥‥」
 清四郎の呟きは祭りの雰囲気の僅かに残る街頭に余韻をもって響いた。