タイトル:Maleficiumマスター:久米成幸

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/27 00:41

●オープニング本文


 かの高名なスコラ学者ミナ・シ・ゴハッチはミレフィキウムについていくつかの興味深い文献を公表しているけれどもギリシアやアラビアの文献を妄信したスコラ学者の出した本など偏見と憎悪とに満ちているとしてその大半が魔女狩りの行われなくなった18世紀には火炙りの憂き目に遭っている。
 焼失を免れたいくつかの文献は未だ魔女の狩られるポーランドに移されそこから海を渡って東の果ての大陸にまで辿り着いたという。かのタマゴ・ボーロが交易の際に持ち込んだと伝わっている。

 文献はミレフィキウムを解説してはいるものの、どれだけ熟読しても魔術は習得できない。にもかかわらず文献は禁書として扱われ、都に災難の起こる可能性を憂慮して別の村に移されてなお都ではミナ・シ・ゴハッチの文献の話は禁じられていたといわれている。語れば呪われる。呪われれば魔女になる。魔女になれば火炙りにされるか水に沈められるか。魔女はなにも女だけではない。男も魔女である。宦官も魔女である。
 禁忌は都市伝説と同様に実しやかに流布されて延々と語り継がれるものだが、ゴハッチの文献はいつしか人々の頭から忘れ去られていった。

「というのがある村でのいい伝えでして、先日その村が襲撃されて新バグア派の組織に文献が渡ったらしく‥‥」
 与太話の類であるとオペレーター自身も呆れながら解説を続ける。
「ここが親バグア組織のアジトとされている場所です。文献はここから別の場所に移されることが判明しています」
「ULTに頼んだってことは、厄介な任務なんだろうな」
「身体能力に秀でた能力者は潜入任務にもうってつけですから。キメラの存在も確認されていますし」
 文献の存在がどれだけ怪しくとも親バグア派組織の壊滅という目的はULTにとっても村にとっても重要である。

●参加者一覧

魔神・瑛(ga8407
19歳・♂・DF
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
雪待月(gb5235
21歳・♀・EL
フィルト=リンク(gb5706
23歳・♀・HD
黒崎 アリス(gb6944
13歳・♀・GP
ユーミル・クロガネ(gb7443
12歳・♀・DF

●リプレイ本文

 親バグア派組織のアジトは、小川のせせらぎと蛙の合唱との心地よい余韻をもって響く潤沢の森を小さく切り取った崖の下にあったが、豊潤の自然に囲まれながらも人の少なからず生活する村ともそれほど離れてはおらず、悪路とはいえ四輪駆動の車両であれば走行することの可能な道が通り、夏には涼しく冬には一面雪景色の四季ごとの鮮やかな場所で、薄汚い企みをするに相応しいとは到底思えないけれども、深山を侵食するように建つアジトの真っ赤な屋根が見えてくると、やはり周囲の清々しい空気に陰鬱の混じるのは避けられず、それはアジト前に警戒する親バグア派の人間の薄汚い表情を見るにつけてなおさら極まるのは仕様のないことかもしれない。

「魔術‥‥。幼いころには使えればと思っていたときもありましたけれど」
 巨大な岩のあちこちに頭を出す細い坂道をバイクを引きながら歩くフィルト=リンク(gb5706)が独り言ちた。
「バグアは魔術を使うつもりなのでしょうか」
「どうなんでしょうね、フィルト姉様。歴史価値があるのかもしれませんけれども」
 雪待月(gb5235)が小さく首を傾けた。白銀の髪がさらさらと風に流れて仄かな香りが漂う。
「価値があっても胡散臭い文献には変わりない‥‥。まあ、後でゆっくり読ませてもらうけど」
 黒崎 アリス(gb6944)が呟いた。
「胡散臭いのはしようがないのう」
 とユーミル・クロガネ(gb7443)も話に加わって
「読んでも魔術なんぞは使えそうもないとなると、親バグア派の目的がよくわからんが」
「どちらにせよ‥‥、我々の任務は文献の奪還です」
 車両を親バグア派の見張りに見つからない位置に停め直していたのであろう、セレスタ・レネンティア(gb1731)が静かな声と共に合流すると、その後ろから巨体を窮屈そうに折り曲げながら魔神・瑛(ga8407)が顔を出した。
 二人は襲撃の失敗して逃亡を許すことを憂慮して車両を用意していた。もちろん失敗することなどはありえないし考えたくもないだろうが、不慮の事態を事前に想定するのも依頼の成功には欠かせない。
「ダークファイターの魔神・瑛だ。よろしくな、お嬢さん方」
「よろしくお願いします」
 雪待月が急勾配の坂を上りながら丁寧に頭を下げた。

 遠距離からの射撃を得意とするセレスタがアジトを見下ろせる丘の上に向かう間、フィルトはアジトの周囲を見て歩くことに決めた。アジトの出入り口は前後のふたつだが、アジトが崖のふちに建っているため、裏口からは一人ずつ、それもゆっくりとしか逃げられそうもない。
 予期せぬ襲撃を受ければ慌てるのは自明だから、裏口は抑えずともよさそうだ。
 ほかにアジトから脱出できそうな場所といえば窓くらいしかないけれども、その窓も明り取りのためであろう、屋根近くに小さく並ぶのみだから、これもまた咄嗟には使えないと考えて子細ない。
 どうやらアジトは港に並ぶ倉庫と似たような構造らしく、巨大なトレーラーの収まっているため正面から内部は窺えないものの、おそらくは大部分が空洞になっているのだろう。

 確認を終えたフィルトが影のように静かに戻ってきたのを見て、魔神、雪待月、黒崎の三人はトレーラーのタイヤをパンクさせ始めた。乾いた音が深閑とした森に響き渡ったが、見張りたちは暢気なもので、
「おい。今のってパンクの音なんじゃねーの」
「なんでパンクすんだよ。表面張力の限界ってやつか」
「あほか。それはあれだろ、ビールを注いだときに零れそうで零れない泡の理由を追求する定理だろ」
「あいたー。そうだっけか。じゃあなんでパンクしたんだよ」
「お馬鹿にもほどがあるぞ、お前。そりゃあ車自体が重いからに決まってんだろ」
「なるほど! 力士が膝を壊しやすいのと同じだな!」
「あっはっは」
 と間の抜けた会話に花を咲かせるのに失笑しながら
「こうしておけば少しは時間稼ぎになるだろうぜ」
 と魔神がすべての車両のタイヤをパンクさせるのを待ってから、黒崎は閃光手榴弾を取り出した。

 閃光手榴弾は爆発するまでに時間がかかる。未だ相手に気づかれていない状況だから、しばしの時間を得てすぐに炸裂するように調整する猶予があった。ピンの抜かれた手榴弾の軌道を追って銃口を移動させた見張りの横で、もう一人の見張りが腕を吹き飛ばされて悲鳴を上げながらトレーラーに激突して地面に崩れ落ちた。
 平凡の銃であれば手足の末端を狙うことにより殺さずに動きを止めることも可能だが、SESを搭載した銃器の弾丸ともなれば手足の先に当たっただけで腕の付け根から先を簡単にもぎ取ってしまう。
 セレスタは続いて残った見張りの腕を同様に狙ったが、今度は見張りが閃光手榴弾を追って体を動かしたために肩甲骨の辺りに命中してしまった。弾丸に肺まで貫かれて激痛に酸欠の重なって血と泡とを口角に溜めて悶絶する見張りの背後で閃光手榴弾が轟音を轟かせながら破裂した。
 凄まじい光の渦がアジトから洩れ、ぴくりとも動かない見張りの空ろな目を照らし出す。
「標的を仕留めました‥‥。ほかに見張りはいないようです」
 無線から流れるセレスタの冷静な声に「了解」と返して、外で待機のフィルトとセレスタとを除いた能力者たちが見張りの死体を飛び越えてアジト内部に飛び込んだ。

 閃光手榴弾により目の眩んでいるとはいえ、しっかりと入り口に向けて銃弾を撃つ親バグア派の面々の行動は賞賛に値するものの、惜しむらくはその銃弾の能力者の皮膚を貫くことができず、逆にキメラの注意を引いてしまった。
 キメラの突進によって一人が壁まで弾き飛ばされ、腹の肉の裂けて臓器の迸るのと同時にアジト内は酸鼻を呈し始めた。勧善懲悪が常とはいえあまりの惨状に自業自得と嘲るのも躊躇われる。
「痛い思いをしたくねえんなら、さっさと盗ったものをこっちへよこして降参しな!」
 魔神が叫びながら親バグア派を殴り飛ばしてキメラの前に陣取り、閃光手榴弾の効果によりキメラの攻撃の見当外れのほうに逸れたのを見逃さずにクロムブレイドを叩きつけた。
 無名の親バグア派組織がバグアから借り受けたキメラであるから能力は大したことがないと思いきや存外に硬く、易々と四肢を切り落とすには至らないが、閃光手榴弾の効果のあるうちにと魔神が剣を振り続ける横で、一体のキメラが成す術もなく黒崎の銃弾の嵐に見舞われて無抵抗の砂嚢と化している。
 キメラの攻撃の届かぬ位置から弾丸を撃ち込む黒崎の戦法は確実にキメラを疲弊させるが、弾切れは避け難い。
 気転の利く黒崎は両手に銃を持って、片方の銃の弾の切れるともう片方の銃で射撃を続けたけれど、総数十六の弾丸ではキメラを死に至らしめることはできず、長い爪での反撃を受けて転倒してしまった。
 が、黒崎は服を裂かれたのみで、露出した滑らかな皮膚には毛ほどの傷もない。どうやらキメラの耐久力は異常なものの、その代わりに攻撃力が低いようだ。
 
 親バグア派の人間たちはしばしキメラの援護に忙しくしていたものの、閃光手榴弾の効果による同士討ちを憂慮して存分に引き金を引けない現状を憂い逃走を図った。が、入り口に仁王立ちしたユーミルを躱すのは容易でない。
「年寄りの戯れに付き合ってもらおうかの」
 小学生にしか見えない可愛らしい外見とはいえ、その不敵な笑みはやはりどこそこの社長を務めていたという経歴を十分に思わせるけれども、では実際の齢はと書く間にキーボードが爆発した。
 ユーミルは怒声を上げて襲いくる男たちを前に、なんと覚醒を解いて徒手空拳による打撃でねじ伏せ始めた。外見は少女といえどもさすがに強力な攻撃で、たちまち気絶したおっさんの山が作られていった。
「少々面倒じゃが、まあこんなもんじゃろう」
 縄でおっさん連中を縛り上げて手のひらについた埃を払うユーミルに、一匹のキメラが襲いかかった。
 巨大な熊だが敏捷性に秀でている上に膂力も凄まじく、額から伸びた一本の角には親バグア派の人間が三人も刺さったまま、さらにユーミルを加えようと猛進してきたものの、逆にユーミルの美しい赤い片刃の巨大な斧の一撃により角を折られ、蹈鞴を踏んで壁に衝突すると、崩れてきた木箱に生き埋めになってしまった。
 もちろん腕を振っただけで木箱などは軽々と砕けるが、自慢の一本角は見るも無残に砕けている。
「台無しじゃな」軽快にキメラの反撃を躱しながらユーミルが微笑む。
 動物園の檻が壊れて逃走したツキノワグマが童女に襲いかかっているようにしか見えないのに、逆に童女のほうが熊を手玉に取っている光景というのは非常に現実離れをしていて違和感があった。

 ユーミルがキメラの相手をしている間に、入り口から飛び出したキメラが二体、これもふさふさの毛皮を風になびかせており、思わずもふもふさせろと抱きつきたくなる外見だが、目は強い怒りに濁っていて獰猛である。
 フィルトの両手に納まる槍は「おもいやり」というらしい。思いやりなのか重い槍なのかはわからないがなかなかに剽軽な得物で、フィルトの意思を受けて僅かに伸び縮みをするためキメラの得意な距離では戦わずに済む。
 特にフィルトは観察眼に優れており、キメラの姿形から攻撃方法を予測して戦うため、おもいやりとの相性は抜群だった。鬼に金棒とはまさにこのことだろう。
 が、どれだけフィルトとおもいやりとが強力でも、一人で凶悪なキメラを二体も相手にするのは難儀に過ぎた。そこをカバーするのはセレスタだ。彼女のスナイパーライフルの威力は前述のとおりで、もちろんキメラにも相応の効果を発揮する。アジトを見下ろす小高い丘にスナイパーライフルを構えるセレスタは、フィルトに攻撃を仕かけるキメラの腕を正確に撃ち抜き、続けざまに足を狙った。膝を突くキメラの脳天を狙うなどセレスタには容易い。
 フィルトは援護に助けられながら、眼前の鳥キメラの羽による攻撃を丁寧に受け止めると、セレスタによる額の傷から血を飛散させるキメラの首を槍の一振りで刎ね、瞬く間に鳥キメラに向き直って『竜の咆哮』で弾き飛ばした。
 キメラは軋む肋骨の疼きに耐えながら懸命に羽ばたいたが、『竜の翼』により高速で近づいたフィルトの槍を腹に受けて地面に羽を擦りながらしばらく滑り、炎上するトレーラーに跳ねて火達磨と化した。

 内部でも死闘は続いていたけれども、セレスタを見てわかるように、援護役がしっかりとしていると安定感が増し、近接職の能力はふんだんに発揮される。内部で援護役を担う雪待月は、全員を見渡せる位置に陣取って、仲間が一方的に攻撃できるようにキメラの手足を狙ったり、または耐久力があり通常の物理攻撃では大したダメージを与えられないキメラをエネルギーガンで集中的に攻撃したりと、煩雑な作業を淡々とこなしている。
 もちろん知覚攻撃に耐性のあるキメラもいて、そういうキメラをエネルギーガンで攻撃した雪待月は、効果が薄いと察するやすぐに『布斬逆刃』を発動して対処した。
 『布斬逆刃』は攻撃の質を変える特殊能力で、物理攻撃と非物理攻撃とを入れ替えてキメラを攻撃することができるため汎用性が高く、あらゆる状況で柔軟な援護を可能としている。

 すでに親バグア派の人間はユーミルに縛り上げられたか、キメラと能力者との激しい戦闘に巻き込まれて絶命したか、裏口から決死の脱出を試みたかで銃を構える者はおらず、息はあっても伏せたまま痛みに呻くのみだが、実はキメラも似たようなものであり、すでに戦闘をこなせるキメラは一体にまで減っていた。
 そのキメラに内部にいた能力者全員が一塊となって襲いかかる。
 ユーミルがキメラの一撃を斧で受けた途端に魔神が横合いからクロムブレイドを突き出して致命傷を与え、離れた位置では黒崎が『急所突き』による銃撃を、雪待月はエネルギーガンによる知覚攻撃を、容赦なく撃ち込む。
 魔神と黒崎との生物を短時間に死に至らしめる攻撃方法も有効だが、雪待月のサポートも功を奏していて、ユーミルが近距離で重い斧を存分に扱っても反撃を受けることはない。

 キメラに安息を与えた一撃は、黒崎の瑠璃瓶から放たれた。
 深い息を吐いて銃を下ろす黒崎の露出した華奢な腕には覚醒を示す茨が浮き出していたが、どうやらその茨の数は閃光手榴弾を投げ込んだときと比べて明らかに数を増しているようだった。
 もし命を奪った代償として茨が増えるのであれば、黒崎は文字通り死を刻む少女ということになるのだろうか。
 なんとも悲しい運命を背負った少女ではあるが、大丈夫、覚悟はできてる、‥‥これは姉さんも通った道だから、と、腕を締めつける茨を冷静に見つめているのは果たして強がっているのか達観しているのか‥‥。

「キメラはどうなっていますか?」
 無線から洩れるセレスタの声に、すべてのキメラを倒したと魔神が返した。
「それでは作戦完了、でしょうか‥‥」
 詳細を聞いてみると、フィルトの槍の柄の一撃によって上半身と下半身とのねじれた男が文献を所持していたらしい。さっそく能力者たちが外に出てみると、フィルトが文献を掲げながら
「まだ余力があるなら、第二のアジトも潰してしまいましょうか」
 ‥‥それはともかくとして、さっそく文献を捲り始めた黒崎は、
「ちょっと面白いかも。この胡散臭さが絶妙」
「個人的には内容が少し気になるところではありますが‥‥。どのようなことが書いてあります?」
 雪待月が黒崎の横から文献を覗き込みながら聞くと、
「んっとね、異端者たちは密かに集まってピーやピーに耽ったりピーをピーしてその肉を悪魔に捧げて契約を結んで、超自然の力、――この場合は星って書いてある、――の影響を受けて魔術を使ったんだって。悪魔は昔から人間を唆して契約を結んでいたけれど、たとえばピーのピーを飲んだりするとそのピーの力がピーしてピーピー」
 と、このような感じで禁句の多々含まれる内容が延々と続き、いかにも偏見と妄議の結果とによる現代人から見れば苦笑を禁じえない内容なのだが、そもそも悪魔の憑いたとして捌かれた動物が十九世紀にさえ存在していたとする資料もあるから、妄信というのはいつの世にも根強く流布されるものなのかもしれない。
「哲学者がそのようなことを真面目に書いたと思うと寒気がするのう」
 微苦笑を浮かべるユーミルの言葉に魔神が首肯した。

 悪魔と契約を結び、悪魔崇拝の凄惨な儀式を平然と執り行うという、現代に伝わる平凡な魔女の像を作り上げる要因となったのは、こういう偏見に満ちた一部の哲学者の議論と教会の弾圧とによるものなのかもしれないが、ともかく能力者たちの働きによって親バグア派の組織は瓦解し、さらには第二のアジトも崩落したとの報を受けて湧き上がる付近の村からの賞賛の声は、静かな森にいつまでも響き続けた。