●リプレイ本文
香取線香(gz0175)のさも当然だろうとの口振りに不満を隠す必要もないけれども、このような状況であれば打破できるのは能力者しかいないのは明白であるし、やはり見逃すわけにもいかないのが人情である。
「仕方がありませんね」と柊 沙雪(
gb4452)の覚醒するのを見やり、「観光なのに‥‥、仕事‥‥」と九頭龍・聖華(
gb4305)が項垂れた。「お腹空く‥‥、ことばかり‥‥、だ」溜息をつきながらも蛍火を手に立ち上がる聖華の隣で、やはり同様に小さく息を吐いて観光気分を切り替えながら、沙雪はバスから飛び降りた。
暴徒といえどもキメラが相手ではどうしようもない。蜘蛛の子を散らすどころか将棋倒しの様を呈しながら四散する群衆の最中に沙雪に続いて降り立ったマヘル・ハシバス(
gb3207)は拳銃を曇天に向けて引き金を引いた。
「能力者です。道を空けて」
もちろんいって聞くような群れであるはずがなく、なにがしたいのか凄まじい形相でマヘルに突進する大柄な男の突き出された腕を取って、美環 玲(
gb5471)が華麗に地面に叩きつけた。
「か弱い乙女に、暴力を振るっては駄目ですわ」
前門の虎、後門の狼、泣きっ面に蜂、色々の表現はあるけれども、もちろん狼と違って虎は味方である。
のみならずこの騒擾を打破できる唯一の存在であるはずだが、溺れる者は暴れに暴れて救助に来てくれた者をも海底に引きずり込むものであるから、前述の喩えに暴徒の当て嵌まるかは定かでない。
キメラが腕を一振りすれば、暴徒の紙屑を千切るように全身を引き裂かれて屍と化すのは論を俟たない。いや、すでに能力者たちのバスから飛び出したころには、マンホールを囲うように無残な亡骸が横たわっていた。大量の血が四方に大蛇のごとく這い、群集の入り乱れる熱気と肉を裂く音と泣き叫ぶ声とが合わさって地獄絵図が展開する。
が、そのおかげでキメラは食欲を満たすのに夢中になり、逃げ惑う暴徒を追いかけるには及ばない。もちろん能力者たちの手際のよかったためにキメラと群集との距離が離れ、追いかけるのが面倒に思えたのも一因だろう。
その中でも剽軽な手法の美環 響(
gb2863)が人目を引く。彼は得意の奇術で逃げ惑う群集を落ち着かせようとしているのだ。唐突に花吹雪の視野を埋め尽くすのは恐怖から目を逸らさせる効果が確かにあった。とはいえ使い方を間違えればただ避難の時間を遅らせるのみだ。諸刃の剣ではあるものの見事に奏功している。
響から離れた場所では、九頭龍 剛蔵(
gb6650)が激昂していた。
「こら、いうこと聞けや。舐めとったら焼き入れるぞ、あほんだら」
彼も最初のうちは「慌てんといてや、大丈夫や」という風に穏便な口調で群集に避難を勧告していたものの、あまりに群集のあちらこちら好き勝手に逃げ惑うのに業を煮やして、しまいには拳銃を使って強引に誘導し始めた。
もちろん直接鉛を撃ち込むことこそしないものの、弾丸は相当に際どい位置を抜けて地面に突き刺さっている。
「ULTの傭兵だ! 道を空けてくれ!」
長谷川京一(
gb5804)の張り上げられた声の響く中を、沙雪が持ち前の敏捷性を活かして入り乱れる暴徒を避けながら巨大な鼠のキメラに肉薄し、普段は穏やかで優しげな雰囲気の、覚醒による瞳の変色のせいか研ぎ澄まされたように冷たく変わった殺気でキメラを圧倒しながら、その名のごとく冷たく澄んだ美しい氷雨を振り上げた。
「動き回られると厄介ですから、手早く片付けさせてもらいます‥‥」
沙雪の強力な『急所突き』はしかし鼠キメラの顔を庇った腕を骨まで貫いたのみで命を奪うには至らない。が、俄かに体勢を崩された鼠は、回避も防御もできずに長谷川の番天印より放たれた銃弾を顔面に受けた。
「病気とか持ってねえだろうな、この鼠」
軽口を叩きながらも長谷川は冷静に周囲を見回し、剛蔵たちの誘導によって群集たちはキメラからある程度まで離れたとはいえ、未だ逸れた弾の当たる可能性があることを憂慮してナイフを構えた。
「本業は弓兵なんだがねえ‥‥。仕方ねえな。久々にゴロマキといくかね」
マンホールより現れたキメラの数は四体である。能力者の数は倍に近いものの、暴徒の避難に人員を割かねばならないため、すべてのキメラを抑えるのは難儀に過ぎるように思えるけれども、能力者たちの行動にそつはなく、聖華の上背のある暴徒の肩を踏みつけて蠍までの距離を一気に詰める行為も、少々荒っぽくはあるものの迅速な行動を心がけた結果であり、地元のごろつき共は罵声を飛ばしたけれども、他の女と同様に逃げ惑いながら怒鳴られてもまったく怖くはないどころか、そもそも聖華の一喝に顔色を凍らせてしまったほどだから、底の知れるというものでもあるし、そもそも自分たちのための聖華の行動であることを理解していないから始末に負えないが、このような浅慮の過ぎる者たちをも一応は守らなければならないのは能力者の務めでもあるからしようがない。
「命がおしければ、邪魔立てするな!」
「しっ、しーましえーん!」
聖華はおっさんたちの謝罪を聞き流して蠍の前に降り立つと、蛍火の鯉口を切りながら笑みを浮かべた。
「ふふん。鼠は不味そうじゃが、お主は随分と美味そうじゃな!」
聖華は覚醒をすると口調が変わる。古風ではあるが可愛いというか萌えであると暴徒の一人は後に語った。
蠍は太い尾を持ち上げ、聖華に狙いを定めて一直線に放った。激しい金属音の後に聖華の姿は掻き消え、ただアスファルトのみが罅割れて破片が弾け飛ぶ。その破片さえも聖華の体を捉えることは叶わない。
「ほれ。当ててみろ」
キメラを挑発しながらも、聖華は高速で動き続けている。
蠍キメラの動きは存外に速く、また巨大な尾のみではなく無数の足を自在に伸ばすことも可能なものの、聖華に触れることはできず、蠍の尾の聖華の小さな体を上手く捉えたと思った次の瞬間には蛍火にいなされてしまい、逆に『スマッシュ』による反撃を受けて足を切り落とされ断末魔の叫びを上げる始末だった。
未だ群衆の入り乱れ阿鼻叫喚の続く嘉平中央通りに、巨大な軍用車が甲高いブレーキ音を轟かせながら乱入してきたと見るや、頑丈そうなフルフェイスに各種銃弾の収められたベストを着たペペロチ私設軍隊の隊員たちが雪崩を打って散開した。さすがに度重なる市民の暴動により相当に鍛えられているらしく、線香の指示を待つまでもなく各々の隊長に従いながら的確に群集の鎮圧に服務し始めた。
「市民の安全確保をお願いしますよ」
響の鋭い声に徐に頷いて、隊長らしき人物が腕を二三度振った。銃器はゴム弾を飛ばすらしい。脇腹に直撃を受けて崩れ落ちた群集が次々と嘉平医科大学付属病院まで引きずられていくと、軍隊の到着を見計らったように嘉平医科大学付属の病院から医師たちが白衣を翻しながら飛び出してきて、怪我人の治療に当たった。
マヘルはひとまず市民への『練成治癒』を止め、医師たちに怪我人を任せて戦列に加わった。マヘルの超機械による攻撃は、聖華との戦闘に疲弊した蠍キメラの巨大な鋏を見事に弾き飛ばした。
マヘルとは少し離れた位置で鼠を撃破した沙雪は、一息つく間もなく『瞬天速』でマンホールまで移動した。
素人目にもキメラ側の全滅は必至で、残された鼠キメラは一目散に逃走を企図したものの、沙雪の冷静な判断によりマンホールに飛び降りる前に足を切り裂かれて無様にアスファルトに顔面を打ちつけた。
この騒乱の最中に響はなにをしているのかというと、レインボーローズを片手に佇立していた。兵士が呆然と眺めていると、いつの間にかレインボーローズが消え失せ、小銃がその手に握られている。もちろん奇術であろうが、響は兵士の視線には気づかずに小銃を構えると、『紅蓮衝撃』と『強弾撃』と『影撃ち』との重ねがけによる強力な銃弾をキメラに向けて放った。練力の消費は凄まじいけれども、その威力は蠍キメラの頭蓋を抜けて背中から弾の飛び出るほどに強力だ。響は蠍の血反吐を吐いてのた打ち回るのを涼しい顔で眺めながら、
「リクエストはなにかな」
と様々の属性を持つ小銃をお手玉のように取り出して弾を撃ち込んでいく。
「鉛弾に炎、水、雷。好きなものをくらいなさい」
どこまでも優雅な響と同様に、玲は『探査の眼』と『GooDLuck』とを常時発動させながら、舞うように機械剣で接近戦を挑んでいる。『自身障壁』でしっかりと体を補ってはいるものの、その必要はないほどに玲の優勢は揺るがない。
特に聖華の攻撃が強力で、群集をペペロチ私設軍隊や嘉平付属病院の医師に任せた能力者たちの総攻撃によって、蠍の命はすでに風前の灯となっている。
「さて、小虫とのお遊びも終了じゃな。食ろうてやるから神妙にせい」
聖華の目の鋭さが増した。蠍キメラは先ほどの鼠と違い敗北を覚悟しながらも未だ闘争心を剥き出しに、渾身の力で尾を振り回したものの、あっさりと受け流されてしまい、体勢の崩れてがら空きの脇腹に『二連撃』を叩き込まれてしまった。硬い腹の殻とともに巨大な鋏を切り落とした聖華は、ここぞとばかりに光沢を放つ蠍の背中に飛び乗り、蛍火を胴体に突き刺すと、吸い込まれるように切っ先が臓物を押し潰して腹から抜けた。
銃の発射音の後に鼠から血が噴き出して地面を濡らした。
「遅うなってすまん」
群集の避難の任から解かれて、剛蔵もようやく戦闘に参加することができた。
剛蔵のスコーピオンより射出された弾丸に狙いを外して蹈鞴を踏む鼠の巨大な腕を紙一重に避けてから距離をとった長谷川は、周囲に群衆のいなくなったのを確認して『強弾撃』を発動させた。
「誰がまともにやりあうかよ。そこでぐるぐる回ってろ」
典型的なアウトボクサーがインファイトを得意とするボクサーを遠距離から弄んで確実に消耗させるように、長谷川も鼠の攻撃の届かぬ位置を維持しながら正確な射撃を見せる。
逆に沙雪は長谷川に翻弄される鼠キメラにぴたりと貼りついて『急所突き』を織り交ぜた氷雨での着実な攻撃でキメラの体力を削り、最後は剛蔵の一撃によって地に伏せる鼠に、
「ただでさえややこしい所に出てくんなっつの!」
長谷川が番天印をしまいながら吐き捨てる横で、
「汝の魂に幸いあれ」
小銃を再びレインボーローズに変化させながら響が呟き、顔を玲に向けた。
「どうにか終わりましたね」
「そうですわね。携帯に便利な機械剣αを持ってきておいてよかったですわ」
玲が微笑を浮かべると、周囲に花の香るように和らいだ空気が流れた。
マヘルは和やかな二人の様子を見ながらふと自分にエミタの適性のないことを思った。マヘルがもし能力者でなかったら、彼女はこの都市に住んでいたかもしれない。
――それにもし暴動の原因が貧困である場合は‥‥。
至極暗い思考に陥ったマヘルは、知らぬ間に覚醒しながら思惟に耽っていたけれども、ふいに
「あはは‥‥。食べるんですか、それ‥‥」
苦笑する沙雪の声を耳にして顔を向けた。キメラの死骸の傍らで能力者たちが額を突き合わせている。
その中心にいる聖華は、ぴくりとも動かない蠍キメラになんと歯を立てていた。
彼女は超万能顎の持ち主なので殻ごと噛み砕くことが可能だけれども、
「生より‥‥、揚げたほうが‥‥、美味いな。‥‥誰か‥‥、フライパン持ってない‥‥?」
「揚げ蠍なんかは中国じゃポピュラーだから食っちまいたいが、毒が心配だね」
長谷川も興味津々の様子で、蠍キメラの体を持ち上げて繁々と眺めながら
「そこらへんに蠍を出す露店があるなら食い比べてみるのも面白いかもな」
「でもこれ、キメラ、ですよ‥‥。試してみましょうか」
いつの間にやらマヘルまでもが輪に加わり、生のままの蠍キメラに舌鼓を打つ聖華を眺めながら手を伸ばした。
蠍が生で食べられるのかは不明だが、とりあえず無傷の暴徒たちはおろかペペロチ私設軍の面々まで集まってきて手を出し始めたから、いつの間にやらバーベキューの様相を呈してしまった。暴動により押し潰された露店の店主さえも顔を出して、巨大な蠍キメラを無理矢理に中華鍋に押し込もうとしている。
「蠍の素揚げといくには少し大きすぎますね」
マヘルが笑いかけると、店主はにやりと笑って中華包丁を振り上げた。
離れた位置では、線香と響とが雑談を交わしている。
「マンホールからキメラが現れるなんて、バグアが本気で嘉平を攻撃しだしたということでしょうか?」
「違うだろうな。ヘルメットワームさえ姿を見せなかったんだ。キメラの数も少なかったから、本気とはいい難い」
「それにしても、暴動の理由はなんなんですか?」
沙雪の質問に線香は僅かに口ごもりつつも、少し考えてから口を開いた。
「あまりいいたくはないんだが、都議会が烏合の衆でな。こういう時代だからある程度は仕方がないとしても、もう少し住民を抑える策くらいは講じられそうなものだが、後手に回ってしまって警察さえ満足に維持できていない」
「暴動が日常茶飯事? 警察がまともに機能していない? キメラがマンホールから発生?」
眉間に僅かに皺を寄せながら不自然なほどの笑顔を浮かべた玲が口を開く。
「どうやら詳しく事情を聞く必要があるみたいですわね」
「そんなに珍しいことではないんだがな。むしろそこいらの町と比べれば嘉平はまともなほうかもしれない。日々の糧にさえ事欠く集落も腐るほどあるんだからな。‥‥もちろんただの言い訳に過ぎないが」
頭をがしがしと掻く線香に「バグアによって傷付いた人々を治療する為に生まれた医療都市『嘉平』は、ひょっとしたら世界一優しい街なのかもしれませんね」と玲がフォローをした。
その都市としては異例の事態というのか、今回の作戦に参加した能力者たちに拙いながらも嘉平名誉市民が贈られ、さらに議会は能力者を称えて中央通りの一角に豪華な石碑を建てることを決定した。
これは住民からもまったく反発はなかったらしく、後日に建てられた石碑には
「――嘉平と能力者との融和を願って‥‥」
という小さな文字の刻まれ、暴動も少しの間は減少したとかなんとか。
地獄の沙汰は金次第ではなく能力者次第なのかもしれない。あ、別に上手くないですね。