タイトル:鷺乃クイーンはいずこマスター:久米成幸

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/22 00:08

●オープニング本文


 ラストホープの片隅に佇む鷺乃神社の社務所では、宮司が腹を出して高鼾を書いていた。参拝客がいないのである。
 巫女たちは呆れ顔で境内を掃除したり鳥居を磨いたりお茶を飲んで雑談をしたりしている。中には給料を払ってもらえないのではないかと疑って、早々に巫女を辞めて結婚をしていったものもいた。
 宮司は眠っている。どんな夢を見ているのだろうか。書いてしまうが、えろい夢である。浜辺で水着のギャルに囲まれてうはうはしている夢である。羨ましい。
「うへへー。うはー。うひょ! 見えたっ!」
 宮司は奇声を上げて飛び起きると、埃の積もった社務所を見回して溜息をついた。
 どうにも不毛の日々である。食いっぱぐれることはないが、無為の時間を過ごしている。
 ――それもこれも、参拝客が少ないからだ。だが、どうすれば人が集まるのか。
 宮司はしばし逡巡し、ぴこーんと機械音を真似て声を出した。
「簡単だよ。どうして夏に海の家が盛況するのかを考えればよかったんだ。どうして思いつかなかったんだろう」
 宮司は身悶えしながら社務所を走り回ると、障子を突き破って外に飛び出し、電話に抱きついた。

●参加者一覧

/ 石動 小夜子(ga0121) / 新条 拓那(ga1294) / 乾 幸香(ga8460) / 加賀 弓(ga8749) / 最上 憐 (gb0002) / 美環 響(gb2863) / 水無月 春奈(gb4000) / 冴木 舞奈(gb4568) / 美環 玲(gb5471

●リプレイ本文

 軽やかに晴れ上がった夏の空は青く澄み渡り、心地よい清風が鳥の囀りを運んでくる、そんな素晴らしい日に、通常は閑古鳥の鳴いているだけの鷺乃神社では、ミス鷺乃神社コンテストが催されようとしていた。
 こういうものは燦々と照りつける太陽の下の浜辺あたりで行われるもののような気がしないでもないけれど、コンテストの準備に余念のない宮司は気にも留めていなかった。とにかく今日は快晴なのだ。

「ミス鷺乃神社コンテストのお知らせかあ。ラストホープのあっちこっちに貼ってあったけど、ちゃんと許可取ってるのかな、あれ。妙に邪念が感じられるよーな、そうでないよーなポスターだったけど‥‥」
 あらゆる意味でこの神社は大丈夫だろうかと考えながら歩いているのは樋口 舞奈(gb4568)だ。
 彼女は凄まじいまでの甘党らしく、片っ端から露店に顔を出しては食べ物を購入している。本日はミスコンのほかにも縁日が開かれていて、集客率はそれなりのものらしく、存外に活気があった。
「綿飴ー、チョコバナナー、林檎飴ー。んー、あとはなにがあーるかなっ」
 綿飴に埋もれながら歩く樋口の目に巨大な烏賊の看板が留まった。この店は鷺乃神社名物の奇祭といっても過言ではないイカ墨合戦用の食べ物を扱っているのだが、樋口はまったく興味を示さず通り過ぎた。ここの店主はとにかく女性に好かれない男で、美人を見るとイカ墨をかけるのを趣味にしているから、樋口の行動は正解だ。

 イカ墨店の隣には、砂糖を複雑な形に組み上げて味付けをした、見ても食べても楽しめる砂糖菓子の店がある。
「舞奈の甘党具合を甘く見ちゃ駄目だよ? 問おう店主よ、甘味の準備は十分かっ!」
「あん? 俺の砂糖菓子は極上だぜ? 食べ過ぎて太っても知らねーからな!」
 気前のよい店主は、客の目を引くためだけに三日三晩をかけて作り上げた砂糖の女神像を樋口に突き出した。
 造形だけで精一杯かと思いきや、これがまた舌の上で溶ける砂糖が絶品である。樋口は舌鼓を打ちながら女神の像にむしゃぶりついた。なんともおかしな光景だが、宮司の目は正確に樋口の愛らしい顔を捉えていた。
「おおっ。なんと愛らしい少女! しかも只者ではない。緩んだ表情の裏に深い翳がある‥‥」
 もっともらしいことをいう宮司の必死の勧誘により、樋口はミス鷺乃神社コンテストに参加することとなった。

「ウェルカーム。ミス鷺乃神社コンテストにようこそっ。ラストホープの片隅からミスコンのお知らせだー」
 鷺乃神社の境内に、実況の濁声が響く。社務所の前には小さな壇が作られ、その前には人集りができている。
「参加者は八人だ。少ないが、粒も粒、粒揃いの女性たちに盛大な拍手を頼むぞ」
 実況の声に、大勢の観客が歓声を上げた。境内は凄まじい熱気に包まれている。宮司とバイトの巫女とが徹夜でラストホープ中にポスターを貼って歩いた甲斐があったようだ。
 実況が熱い調子で観客を盛り上げつつ、ルールを手早く説明し始めた。
「自己紹介から始まって、自己PR、特技の披露と平凡な内容だが、ここはラストホープ! なんと参加者の全員が能力者だ。普段はキメラとの死闘を繰り広げる彼女たちが、今日だけは特別な顔を見せてくれるかもしれないぞ!」
 大げさに観客を煽るのが実況の役目とはいえ、少々言葉の過ぎる気がしないでもないが、こうしてミス鷺乃神社コンテストは和やかとはいいがたい白熱した雰囲気に掻き回されながら幕を開けた。

「ん。それでは頑張ってきますね」
 唇を結んで少し緊張気味の石動 小夜子(ga0121)を見て、新条 拓那(ga1294)は笑顔で頷きながら
「あ、そうだ。少し後ろを向いてくれる?」
 首を傾げながらも背中を見せた小夜子の髪に新条が手を伸ばした。彼の手が離れると、小夜子の艶のある黒髪に紫陽花をあしらった和風のバレッタが彩を添えた。
「はは。驚いた? ちょっとしたプレゼント。似合うかなって思ってさ」
 小夜子は髪に手を当ててはにかみ、新条に礼をいってからしっかりとした足取りで壇上に向かった。

 壇の横には審査員席が設けられている。
 審査員は五人おり、文壇の大御所で凄まじい幻想の世界を書かせたら右に出る者のいない須々木隆康、一代で巨大企業を作り上げた女社長、敏腕プロデューサーとしてアイドルを多く抱えるモンク♀、そして鷺乃神社の宮司は顔が知れているけれど、平凡な装いながらも尋常でない目をしている中年女性の名前は誰も知らない。
「香取線香(gz0175)さんはUPCの東アジア軍中尉を務めておられました」
 線香は小さく頭を下げながらも、獲物を狙って鎌首をもたげたタイパンのような獰猛な視線を参加者に向けている。宮司の知り合いということで参加したらしいが、上質の生肉を漁りにきた禿鷹のようにしか見えない。
 さすがに毒舌の実況も怖くて弄れないらしく、
「さあ、参加者八人が出揃いました。それではさっそく自己紹介をお願いしましょう」
 と華麗に線香の視線を逃れて壇上に視線を向けた。

 向かって一番左の最上 憐 (gb0002)が進み出ると、観客から溜息が洩れた。もちろん感動の溜息である。
「これは‥‥」と実況が仕事の実況が言葉に詰まるほどに最上の小さな顔は愛らしく、また天女を思わせる華やかな上に複雑で華美で奇怪で華麗な服が最上の魅力を存分に引き立てている。
 最上の羽衣が風に揺れて持ち上がると、境内に感嘆の声が小さく響いた。
「こ、これはっ、これはこれはこれは、‥‥いきなり優勝候補の登場だあっ!」
 実況が叫ぶのと同時に、宮司がむにゃむにゃと口を動かしながら立ち上がり、満点の札を掲げた。線香が瞬時に拳を突き上げると宮司はもんどりうって審査員席から転げ落ちたが、満点の札は離さなかった。
「‥‥ん。最上 憐。露店を食べるついでに。来た。よろしく」
 時間というものは本当に止まるのだな、と、空気というものは本当に凍るものなのだな、と、そんなことを思った観客が多かったに違いない。え? ついでなの? おじちゃん泣いていいの?
「そ、その昔、鷺乃神社に天女が舞い降りたらしいが、もしかしてその天女は腹が減ってたんじゃないか」
 実況がちぐはぐな実況で誤魔化したが、そもそも参加理由は選考には影響しない。
 それどころか、文壇の大御所や敏腕プロデューサーの評価はかなり高そうだ。小説家は風変わりなものをこの上なく愛する性癖だし、プロデューサーのモンク♀は容姿が華やかでさえあれば他のことには拘らない。
 もともと宮司の評価は高いから、最上は審査員五人の中の三人から高評価を受けたことになる。

 続いて前に進み出た加賀 弓(ga8749)の姿に、最上とは別の意味で観客から歓声が洩れた。
 加賀は大半の参加者と同様に巫女の装いをしてはいるが、スタイリッシュグラスをかけている。それがまた巫女装束によく似合っているから不思議だ。のみならず洗練された印象さえ加えている。
「エントリーNo 2、匿名希望です」
 審査員席の宮司が派手にずっこけて見せ、隣の女社長は眉根を寄せた。加賀はくすくす笑いながら
「怒らないでくださいね。あとでお教えしますから」
 ふざけているようでいて、その所作には間の抜けたところがなく、非常に洗練されていることに、敏腕プロデューサーのみが気づいていた。もしやすでにどこかの事務所に所属しているアイドルかもしれない。
「もしただの一般人なら‥‥」
 スタイリッシュグラスから伸びる丸みを帯びた頬といい、控えめな唇といい、これはとんだ掘り出し物かもしれないな、そうプロデューサーは考えて、真剣な眼差しを加賀に送った。

「えっと、自己紹介からですか‥‥。水無月 春奈(gb4000)といいます。よろしくお願いします」
 春奈は全身を白で固めている。もとの肌が透き通るように白いから、背景から浮き出して見えるほどに魅力的だ。
 これは完全に宮司の好みであるが、大魔王線香も思わず目を瞠ってしまった。
 それほどまでに春奈はひらひらの服がよく似合っており可愛らしい。婉然たる美少女だ。
「んんっ。これは、最上とも匿名希望とも違うタイプの女の子だぞ。深窓の令嬢然としたその姿は、男ならずとも思わず守ってあげたくなること間違いなしだ。これは趣味が聞きたくなるが‥‥」
「えっと、趣味はお菓子作りと読書です」
 春奈の答えに、女社長の眉毛がぴくりと動いた。知的で物静かな雰囲気によい印象を持ったらしい。また線香も満足げに頷いた。宮司も頷いた。プロデューサーも頷いた。観客も頷いた。
「お菓子作りですか。ふむ。ここでなにか作れないかな」
 小説家が呟くと、春奈は細い首を傾げて
「あ、クレープなら焼けますけど‥‥、どこかで道具を貸して頂けるのかしら?」
 縁日には食べ物を扱う店も多く出ているから、道具や材料は即座に用意をすることが可能だ。
 巫女に案内をされて颯爽と壇を下りる春奈を見送り、実況が次の参加者を促した。
「はいはーい。なぜーか参加することになった樋口舞奈だよー」
 樋口は快活でとても可愛らしくはあるものの、なぜか板チョコを頬張りながら挨拶をした。
「だって、勝てると思ってないしー。普段通りでいいよ」
 樋口は十分に優勝を狙える逸材だが、宮司は問答無用で賛同した。
 その理由は樋口が可愛いからだ。可愛いは正義とはよくいったものである。
 というか樋口の食べている板チョコは宮司が買い与えたものなのだけれど‥‥。

 続いて前に進み出たのは、ポニーテールに巫女装束の艶美な少女だ。名は美環 響(gb2863)という。
 ちなみに少女と書いたが響は生粋の男である。が、可愛い。誰が見ても少女である。
 響の性別を見抜いているのは、苗字が同じ美環 玲(gb5471)と線香だけではないだろうか。玲は平然としているけれど、線香は口をあんぐりと開けている。もともと女性にしか見えない華やかな顔だからまるで違和感はないものの、その違和感のないことが逆に違和感を生み出しているのだ。
 ちなみに宮司も響の性別は知っているが、彼は目の前の少女と響とが同一人物だとは気づかなかった。
「これまた美少女だ。完璧に巫女装束を着こなしている。緋袴がよく映えているぞー!」
 実況の実況熱はさらに加熱していた。もはやマイクを握り締めて人気アーティストのように高らかに叫んでいる。
「つっづっいってっはっ、乾 幸香(ga8460)の登場だ」
「乾 幸香といいます。今回はよろしくお願いしますね」
 奇をてらわない巫女装束は参加者の大半が着ているけれど、やはり微妙な着こなしや立ち姿、または髪型によってそれぞれの魅力が存分に発揮されている。幸香は襷がけをしており、溌剌とした印象を受ける。
「普段は剣を振るったりしてますけど、普段は音楽を愛する普通の女の子です」

 それにしてもよくこれだけの美女が揃ったものだ。物静かな佳人から活発な美少女まで、特徴のある八人が壇上に並んでいる。中には強制的に参加させられた者もいるが、参加者を見るだけでもミスコンは成功だろう。
「さあ、続いては特技の披露と自己PRの時間だ。一人目は美環 玲」
 玲は実は自分から参加を希望したのではなく、響に勝手に申し込まれたらしい。
 ますます二人の関係が気になるが、本人に聞いても教えてはもらえない。どうにも確定はし兼ねるが、苗字が一緒なことを考えると、兄妹だろうか。
 若干の戸惑いはありますが‥‥、と玲は響を一瞥し、楽しんだものが勝ちですわね、と髪を掻き揚げた。
 僅かに吊り上った唇の端が非常に上品だ。女社長が小さく息を吐いた。女社長は日頃から紳士淑女の類は見慣れているけれど、格式だの美貌だの家柄だのに拘っている者が多いとの印象しかもっていなかった。
 が、普段は淑女に見える玲が微笑むと、急に子供っぽくなり、非常に好ましい。
「特技は占いですわ。東洋西洋問わずたくさんの占いを存じていますの」
 玲は水晶を前に真剣な顔を作った。皆が固唾を呑む中、玲は瞑っていた目をゆっくりと開いた。
「あなた」玲の視線を受けて女社長が首を傾げた。「結婚は当分できませんわね」
 誰もが女社長の怒声を予感したけれど、女社長はしばし硬直した後に大口を開けて笑い始めた。
「うふふ。そうね。確かに当分は結婚できないかもしれないわ。でも、そんなことは占うまでもないんじゃない?」
 女社長の返答に玲も微笑んだ。なかなかにユーモアのわかる社長だ。
 玲は興に乗って小説家の金に縁のないことも占った。小説家はすでに印税生活に入っており、財産はかなりのものと推定されるが、確かに金遣いが荒く、一夜にして大金を溝に捨てることもままある。
「神社の御神籤よりも当たりますね」
 宮司がおおらかに笑った。笑っている場合ではない。

 小夜子が進み出ると、観客に混じっていた新条が小さく手を振った。小夜子が気づいて小さく笑顔を見せると、新条は親指を立ててアイコンタクトで勇気づけた。
「えと‥‥、石動 小夜子です。神社のアルバイトはよくやっているので、一通りの知識は持っています」
 小夜子は特技として習字を披露した。紙に書かれた『白鷺』の文字は非常に躍動感のある反面に落ち着いていてよい意味で質素な雰囲気も感じられて、見ていて気持ちが落ち着く。
 書道にも精通している小説家は小夜子の字に目を瞠りながら唸った。荒削りではあるが、夏を日本で過ごす亜麻鷺がその羽毛の白さから白鷺と呼ばれていることと、鷺乃神社の名前とにかけてこの字を選んだことが評価を上げる。
 また亜麻鷺はとても美しく、見た目に涼しい。小夜子のいうとおり今の季節にぴったりだ。
「知識もさることながら、巫女装束もよく似合っているね。普段から着慣れているだけのことはある」
 うんうんと小説家は頷きながら小夜子に熱い視線を送った。別に色目ではないけれど、どこか嫌らしい。が、その表情もじきに硬直してしまった。新条が凄まじい殺気を小説家に送ったからである。
 小説家はじわりと頬を濡らす冷や汗を拭い、深呼吸をして席に尻を下ろした。

「‥‥ん。特技披露。今から。これを。一瞬で。消す」
 天国の蓮の池のほとりに咲く野花のように可憐な最上の一言に、再び会場は静まり返った。実況でさえも口をぱくぱくと動かすのみで声が出せない。なにしろ最上の前の机の上には山盛りのカレーが置かれているのだ。
 冷静に分析をすると、最上の小さな胃に収まるはずがない。線香はそう考えたが、最上は躊躇せずに皿を持ち上げると口をつけた。次の瞬間にはカレーが掻き消え、大皿が机に置かれた。
「は? はああ? なんだ、なにが起こった。最上は異次元ポケットを隠し持っていたのか? その昔、巨人モガミンが大地をあまりに早く食い漁ったため、神は怒りを顕にして巨人の体を溶かしてしまったという。そして巨人は跡形もなく消え失せ、巨人の体液は巨人の食べた地球の溝に流し込まれて海になった。奇しくも伝説の大食い巨人に似た名前を持つ最上の早食い、そして大食いに、誰も口を閉じることができないー! まさに開いた口の塞がらない状況だ!」
 実況の声が空しく響く中、最上は平然とした顔で
「‥‥ん。カレーは。飲む物。飲み物。飲料」
 こうして名言が生まれた。

 びっくり少女、最上の特技披露のあとは、敏腕プロデューサーの独擅場になった。
「これは正確な演奏です」
 幸香はプロのキーボード奏者としてインディーズで活躍をしているだけあって、さすがに上手い。特に雅楽をアレンジしたものなどは宮司の耳にも聞き覚えがあって、無意識のうちに手拍子を取ってしまう。
 ちなみに幸香には巫女に対する正確な知識もある。襷がけをしているのは清掃のためで、通常の巫女も境内を掃き清める際など、袖を捲くって行うらしい。千早などを着た姿で雑事を行うことはないそうだ。
 これは宮司以外の審査員にはよく伝わらなかったが、宮司は感心して幸香を観察していた。
「アレンジも原曲を壊さない程度に微妙な部分を変えているわね。しかし聞き方によってまるで違う曲になる。彼女自身がアレンジをしたのだとすれば、相当に技術のある奏者ということになると思います」
 プロデューサーは幸香の手が止まった途端に拍手を送った。お見事と呟く。
 実況も巧みに幸香を褒め称えて、
「次は匿名希望の特技披露です。なんと彼女は歌を歌うらしいです」
 境内に音楽が流れると、匿名希望が颯爽と壇に登場した。先ほどまでの平凡な巫女装束ではなく、巫女装束にアイドルの衣装のようなアレンジを加えた装いに着替えている。

例え剣(つるぎ)なくとも 想いと絆を胸に宿し
僕らは君の事守るべく楯になり 護り続けるよ
大切な絆を 万難排す守護の楯に
僕は愛しい君の楯になるよ
大切な想いを 君のいる場所に
僕は愛しい人の楯になるよ
愛しく大切な君を守る守護の楯となるよ

 『Easy’s』と名づけられた曲を歌いながら、匿名希望は髪を解き、スタイリッシュグラスを観客に向かって放った。派手な演出に驚く実況を尻目に、匿名希望は体を揺らしながら華麗な歌声を披露していく。
 歌い終えた匿名希望は、観客の歓声に応えながらマイクを口に近づけた。
「改めて、IMP所属の加賀 弓です。驚かれたでしょうか」
「IMP!」と、敏腕プロデューサーと宮司とが同時に叫んだ。
 IMPは、名古屋生まれのプロデューサーが生み出した、「アイドルマーセナリープロジェクト」の略称で、主に各地でコンサートを行ったり、CMにも出演しているほか、ラストホープのローカルラジオで紹介されたこともある、傭兵のみで構成された革新的なアイドルグループだ。
 目新しさと確かな技術に定評があり、その噂は同じ業界にいる敏腕プロデューサーのモンク♀も聞き及んでいた。
「道理で。最初の挨拶から只者ではないと思っていました」
 宮司は以前に祭りの一環で催したカラオケ大会で加賀を見ている。近頃物忘れが激しいようだ。

 天真爛漫な樋口は覚醒をして演技を披露した。外見や身長が変化をするわけではないけれど、なぜか急に大人の女性を思わせる雰囲気を湛える樋口に、審査員たちが注目をする。
 演技といっても俳優のオーディションではないから、台本もなにもない。そもそも技巧を問うものでもない。
「舞‥‥、もとい私の自己PRといわれましても、急遽参加で考えてませんから、その、困ります」
 一人称と口調とを変えて仰々しく吐かれた台詞は随分と大げさではあるけれど、これだけ女の顔を使い分けることができるとなると次世代アイドルとして俳優業と歌手業との両方に活躍できるかもしれない。
「えへへー。以上っ、樋口舞奈でしたあー」
 樋口は唐突に演技を止めると、覚醒を解いて壇から飛び下りた。

 先ほどまでアイドルたちの特技披露に熱狂していた観客たちは静まり返り、代わりに子供やその子供を連れた主婦たちの歓声が高まった。響の奇術ショーが幕を開けたからである。
 響の手から上空に放たれたレインボーローズが紙吹雪に変わり、観客席にひらひらと舞い落ちた次の瞬間には、響の細い肩に美しい鳥が花を銜えて止まっており、鳥が飛び立つと今度は響の指に色取り取りの蝶が集い始めた。
 次々と際限なく繰り出される奇術はとても優雅で、瞬く間に観客の大半を虜にした。
 登場した際は、清純な美少女という印象しかなかったけれど、得意の奇術を披露している響の顔は星の瞬くように輝き、男ならずとも女を魅了した。響は男だから別に問題はない。
 最後に登場したのは春奈である。
 いつの間に着替えたのやら、清純そうな雰囲気はそのままに巫女装束を身に纏い、神楽を舞う。
「昔ちょっとだけ教わったので‥‥。拙い舞ですけど‥‥」
 とはいったものの、さすがに運動神経は折り紙つきで、丁寧な舞は多くの観客に受け入れられることになった。
 さらに春奈は自己紹介の直後からクレープを作っていて、これがまた絶品だった。審査員の口々に褒めるのを赤面しつつ聞いていた春奈は、愛くるしい笑顔を浮かべて頭を下げた。

 全参加者の自己PRが終わると、審査員たちは協議に入った。とはいえ、それぞれの審査員は1から10の点数を持っており、自己紹介、自己PR、特技、性格、外見、その他諸々の要素に点を入れることができる。
 合計の点数が高い者がミス鷺乃となるわけだ。
「なんといっても春奈さんでしょう。大人しい女の子ならいくらでもいるが、彼女には気品も備わっています」
 女社長は春奈を押すようだ。それを聞いて小説家が口を挟んだ。
「いいや。やはり僕は小夜子さんを押すね。彼女のおとしやかな性格はミス鷺乃に相応しいよ。それに巫女のバイトの経験があるってのも大きい。もちろん誰がミス鷺乃でも遜色がないとは思うが」
「私はなんといっても加賀さんと幸香さんと樋口さんだわ。華があるのよね」
 モンク♀はアイドル狙いだから、当然の意見かもしれない。
 宮司は最上を押した。
 彼女の服装はコスプレに近いが、天女の格好は非常に魅力的だし、なにより最上には俗世離れしたところがある。
「だが俗世離れしたところなら玲ちゃんにもあるんじゃない? なにより彼女の笑顔はいいわ」
「響さんもいいね。あの奇術は素晴らしい。容易く人を惹きつける」
 もともと濃い性格の面々だけに好みも千差万別といっても過言ではなく、容易に決まらない。
 結局は最初の方針に準じて点数を加算して選出することに決まった。

「さあ、第一回ミス鷺乃神社コンテスト、授賞式を執り行いたいと思います。厳正の審査のもと、今回の栄えある鷺乃クイーンに決定した女性は‥‥、水無月 春奈さんです。春奈さん、壇上にお願いします」
 盛大な拍手が鳴り響いた。歓声も凄まじい。美人が出ているという噂が噂を呼び、縁日に訪れた大抵の人間が壇の前に集まっていた。中には露店を出している店主の顔まである。
「どうですか、受賞のご感想は」
 実況にマイクを向けられて少々困惑しながらも、春奈は小さな口を開いた。
「えと、お祭りに遊びに来たついでに参加したので、本当に驚いています。ありがとうございます」
 謙遜が嫌味に聞こえないというのは人柄ゆえだろうか。
 春奈は実況の質問にひとつひとつ丁寧に答え、そのたびに観客は温かい拍手を送った。

「あれだけ綺麗な人が揃ってても、やっぱり小夜ちゃんにしか惹かれないなあ」
 新条が、白地に青帯の浴衣に着替えた小夜子と並んで歩きながら呟く。
「んー。贔屓目もあるかもだけど、それを抜きにしても‥‥」
「気になさらないでください。勝ち負けはともかく、みんなで楽しめただけで私は満足です」
 小夜子は本当に拘っていない様子で、それよりもいかにして新条と腕を組むかを考えている。久しぶりのデートとのことで、恥ずかしいのを堪えて積極的になろうと努力している様子が窺える。
 新条は小夜子の気持ちを知ってか知らずか、小夜子が勇気を出して新条の腕に抱きついても、表情を変えなかった。常に優しげな笑顔のまま、のんびりと歩いていく。
「結構沢山お店が出てるんだなぁ。何か見てるだけでワクワクしてくるよ。なにか食べたいものとかある?」
 小さく首を振る小夜子に微笑みかけて、新条は林檎飴を購入し、縁日の外れの木陰まで誘導した。
 小夜子は並んで腰かけながらも腕を離さない。さすがに座りにくそうだが、いい雰囲気だ。
 二人の近くには紫陽花が咲いている。偶然か故意か、新条が小夜子に送ったバレッタも紫陽花だ。
 二人の時間は雑談をBGMに、ゆっくりと流れていった。

「‥‥ん。今日も。いつも。通りに。完全制覇を。目指す。露店。食べ歩きの。旅に。出発」
 最上といえば、ミスコンで見せたように大食い早食いに定評がある。その食欲は尋常ではなく、
「‥‥ん。無くなった。次の。露店に。旅立つ」
 と、売り物を平らげながら、次々と隣の露店に移動していく。
 その途中で最上は樋口の通り過ぎたイカ墨店にも立ち寄っている。
 この店は前述のとおりに美人を見るとイカ墨をかける店主がいるのだが、最上のあまりの食べっぷりに呆気にとられてしまい、呆然とイカ墨の入った水鉄砲を構えたまま硬直していた。
 最上はその水鉄砲を手にとって喉を潤すと、代金を置いて次の店に向かった。
 露店の数がどれだけ多くとも、最上の胃袋にとってはお子様ランチでしかない。
「‥‥ん。制覇完了。もう一週しようかな」
 まるで胃もたれした様子を見せずに、最上はゆっくりと移動を開始した。

「機嫌を直して頂けましたか、お嬢様」
 響は玲の表情を窺いながら質した。玲に無許可で応募をしたため、響は玲に頭が上がらない。
 すでにコンテストは終わっているというのに、響が蒼銀色のチャイナ服を着ているのは決して彼の趣味ではなく、玲の罰によるものだった。とはいえ玲の朱金色を基調としたチャイナ服と同様に、非常に似合っている。
「どうかしら。あら、綺麗なアクセサリが売っていますわ」
「あ、すぐに買ってきます」
 駆け出した響を見送り、玲は羽扇子を口に当てて笑い声を立てた。どうやら機嫌の悪い振りをしていたらしい。
 それにしても玲と響は顔が非常に似ているから、チャイナ服が色違いでなければ区別がつきにくい。
 響に声をかけて袖にされた男は、しばらく歩いて玲を見つけると、驚いて悲鳴を上げた。首を傾げる玲に男が「先ほどはどうも」と話しかけたので、玲が事情を察して薄く笑った。
 アクセサリの包装を片手に戻ってきた響は、玲と会話を交わす男を見て首を振り、ゆっくりと二人の間に足を滑り込ませた。まるで過保護な兄のような動作に、玲が再び小さく笑った。

 ちなみにイカ墨でイカ墨を洗う壮絶なイカ墨合戦が再び勃発しそうだったけれども、小夜子の
「イカ墨合戦ってどんなものなんでしょうね。行われるのであれば参加をしてみたいのですが」
 という呟きを響が聞くことはかなわなかったため、結局は平穏なまま縁日は幕を下ろし、同時にミス鷺乃神社コンテストも水無月 春奈の優勝により無事に終わりを告げた。

 春奈はミス鷺乃として、モンク♀による芸能界入り、須々木隆康の小説のドラマ化の主演、女社長の会社のCMに抜擢のほか、鷺乃神社のイメージガールの話が切り出されたものの、これらはもちろん強制ではなく、実現はすべて春奈の一存にかかっている。
 春奈が了承するにせよしないにせよ、彼女の今後からは目が離せそうもない。