タイトル:【L】祝融の災いマスター:久米成幸

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/15 12:28

●オープニング本文


 その村は時代に取り残されているように思えた。
 随所に軒を並べている平屋の数は少なくないものの、土地の広い割りには閑散としている。
 余った空間は田畑が占めている。
 秋には村が小麦色に染まり、冬は白に変わる。四季折々の色が鮮やかだ。鳴り響く獣の鳴き声が風流である。

 村は深山幽谷を描いたように美しい自然に囲まれていた。いわゆる谷懐である。
 いかにも鄙びてはいるものの長閑で緩やかな時間が流れている。多雨で水は豊かだが水害はない。
 なんら娯楽のない土地はしかしキメラの存在もなくひたすら静かで安全だった。
 そんな村も年に三度だけ沸き立った。春と夏と秋に活気づく。小さな祭りが催される。
 夏祭りの準備は順調であった。妖雲の揺曳する不気味な色を映す空に火を纏う鳥の現れるまでは。

 事件の起こったのは未だ日の上がらぬ夜更けのこと、家畜の夜鳴きに起こされて布団を抜け出した男は爆ぜる森を見て己が目を疑った。村には信仰がある。森と森を育む豊潤な水との生に直結した自然を信仰している。森と水とを崇める夏祭りまで日にがないのだから、男の驚愕は凄まじかった。
 火事はこの日に収まらなかった。鎮火を見る前に再び別の場所から火の手が上がった。
 火は生き物のように山を走り回り、やがて村の中央の家からも出火するにつれて放火魔の存在が疑われた。
 が、放火魔は人ではなかった。
 家を全焼させられた者の言によると、見目鮮やかな鳥が火を纏いて飛び去ったという。

 どこで情報を入手するのか、村に降り立った能力者一行は貧相な顔の中年男性に声をかけられた。
「不思議なキメラとあれば足を運んで調べるのが仕事ですので」
 ロイス・キロル(gz0197)はカメラを構えて白い歯を見せた。

●参加者一覧

シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
煌月・光燐(gb3936
16歳・♀・FT
ミルファリア・クラウソナス(gb4229
21歳・♀・PN
柊 沙雪(gb4452
18歳・♀・PN
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
フローラ・シュトリエ(gb6204
18歳・♀・PN
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD

●リプレイ本文

「おっしゃあ! 能力者がきたぞー!」
「これで邪神がぶっ殺せるな!」
 能力者は歓迎される前に、村人たちの怒声に取り囲まれた。想像以上の熱気に戸惑いながら、シン・ブラウ・シュッツ(gb2155)が両手を胸元まで上げて進み出た。
「なんだ? 俺たちにできることならなんでもいってくれ」
「そうだな。協力は惜しまないつもりだ。あんたらが超人つったって、人手は欲しいだろうからな」
 ――やはり勘違いをしている‥‥、シンは村人を刺激しないように注意しながら口を開いた。彼はキメラの脅威を説き、村人たちが危険な行動を取らぬように示唆した。村人たちは当然のように不満そうな表情を並べる。
 が、誰もが心の中に恐怖を隠していた。自分たちだけではキメラを駆除できないことも理解している。ULTに依頼を出したのがその証だ。シンの冷静な物言いに逆上するばかりの者も多かったが、
「わたくしたちはプロよ。誇りをかけてますの。依頼は完遂させますわ、メシア・ローザリア(gb6467)の名にかけて」
 と見目麗しい女性にいわれては、村の男たちは食ってかかることができない。
 メシアは黙り込んだ村人を見回してから、シンに視線を合わせた。シンは丁寧に頭を下げて口を開く。
「空を飛ぶキメラは厄介なことが多いですからね。油断せずにいきましょう」
「そうねー。火を纏う鳥かー。火の鳥っぽくはあるでしょうけど、こっちは随分と危ないわねー」
 フローラ・シュトリエ(gb6204)が両手を胸元で握った。フローラの声の調子は台詞とは反対に朗らかだ。彼女はどうもお気楽な性格のようで、今回が初仕事の望月 美汐(gb6693)とは正反対の柔らかい表情を浮かべている。
「バグアお得意の伝説がかったキメラか」宵藍(gb4961)も呟いて、「直接人を襲う様子はないとはいえ、間接的な被害で人命が失われ森も被害を受けている。早々になんとかしなければな」と真剣な目を焼け落ちた家屋に向けた。


 能力者八人は、A班とB班とに分かれて行動を開始した。
 B班は祝融の被害を受けて燃やされた家屋とその周辺とを調べることになっている。
 ミルファリア・クラウソナス(gb4229)が建物の屋根に上って周辺を見回し、望月は人に話を聞いて回る。
 情報収集はなんの苦もなく終わった。村人は自分たちから進んで情報を提示してくれた。
 その結果、祝融の数は四体で、主な棲息地は森の中だと知れた。もちろん完全に信用するわけにはいかないが、祝融は一卵性双生児のように顔が似ているわけではなく、それぞれに特徴のある顔つきをしているため、一度も村に姿を現していない祝融のいない限りは、四という数に間違いはない。
「どうして敵は山や村を一気に焼き払わないんでしょう? 殺戮が目的じゃないんでしょうか」
 柊 沙雪(gb4452)が首を捻った。
「本気でやられたら被害者が三人で収まるわけがありませんし‥‥」
 沙雪の発言はもっともである。が、地球の環境汚染が目的という可能性も考えられた。火の温度が低かったり酸素の供給量が著しく不十分な場合に、ダイオキシンの発生することがある。とはいえ、たかが四体程度で人類を滅亡させるほどのダイオキシンは発生させられない。
 ロイス・キロル(gz0197)はちょこちょこと能力者と村人との間を走り回って情報を集め、そう推測した。彼の科学の知識などは日本の高校生にも劣るほどだからこれもまた正解とは断言できないが‥‥。

 A班は祝融に燃やされていない場所を主に探索している。
 ある男は、なにしろ暗くってなあ、死肉を漁っとったと俺は思ってるんだけんども、と証言したが、
「死体を食ってたって? 俺は葬式に出たからな、仏さんとも面合わせをしちょったけんど、食われとうことなか」
 などという別の話も聞けた。
 次々ともたらされる情報を総括して、宵藍は沙雪と同様の疑問を得るに至る。
「ふむ。目的があって燃やしているのか?」
 もちろん目的はある。宵藍の疑問は、村長の言により答えが出た。
「あれは灰を食っとるんだよ」
 村長は宵藍に頼まれて、地図に火の出た場所や複雑な山道、目印になりそうなものを書き込みながらいった。
「灰を?」シンがパソコンにデータを打ち込みながら首を傾げる。
「わし以外にも多くの者が見とる。こう、灰を啜るみたいに貪っとった」

「灰を食べるだなんて、面白いキメラですわね。これで死傷者の数が少ない理由が判明しましたわ」
 メシアの言葉に同意しながら、フローラは山を見上げた。
 もしかすると、野生の獣のように人間を捕食するよりも性質が悪いかもしれない。獣は自然を破壊しないが、祝融は火という驚異的な速度で自然を食い漁る術を会得しているのだ。
 村長に書いてもらった地図をB班に渡して戻ってきた宵藍を確認し、シンはパソコンを閉じた。
 必要な情報は集まった。あと森に入り、祝融を倒して回るだけだ。
 村人たちの焦燥に背中を押されながら、能力者たちはゆっくりと未だ白煙の立ち上る山に歩を向けた。


 森は深く、鬱蒼とした新緑色が華やぎ、平穏を象徴しているように思えるが、辺りは煙に満ちている。木洩れ日もどこか寒々しいのは、森に巣食う祝融の殺気に満ちているからだろうか。
 A班は火事の現場を中心に祝融を捜索している。慣れない山は迷いやすいものだが、宵藍の地図やメシアの方位磁石、適度な情報交換により、順調に探索を続けていく。
「僕が周囲に気を配りますから、皆さんは調査に専念して頂いて結構ですよ」
 その言葉どおりにシンは慎重にみなの位置を頭に入れながら警戒に専念している。てんでばらばらに捜索をしているようでいて、奇襲を受けても総崩れになりそうもない。
 シンは自分の班に気を使いながらも、B班と緻密に連絡を取っている。これは情報交換というよりも、探索範囲を潰していくのに役立っている。ここでも宵藍の用意した地図が奏功しているようだ。
「こちらA班。スタート地点より山頂方向へ移動中」
 宵藍が無線機に話しかけると、煌月・光燐(gb3936)がB班の現在地を告げる。
 連携は完璧のようだが、広い森でキメラを探し出すのはなかなかに難しい。
「どこに潜んでいるやら。飛来してくれれば助かるのだがな」
 宵藍が細い体を揺らして呟いた。


「火の鳥って‥‥、案外綺麗ですわね‥‥」
 ミルファリアが独り言ちると、
「本当に綺麗な鳥ですね。これでキメラじゃなかったら‥‥」
 沙雪が答えながらキメラを見上げ、覚醒をしてから『瞬天速』で近づいた。
「鳥がこの高さに下りてきた時点で利点を捨てていますよ」
 沙雪の言葉のとおりに、能力者たちの前に姿を現した祝融は、舞い上がることを忘れたように、地表から一メートルの高さに停止している。なにが原因なのかはわからないが、祝融は音もなく飛ぶことを苦にしない反面、急上昇や急下降に難があり、強敵と戦闘を行う際は危険を顧みずに鳥としての利点を捨てることにしているようだ。
 ようは攻撃特化であるが、そのような作戦の通用する能力者たちではない。

 高速で近づいた沙雪が『急所突き』で火蓋を切った。これが奇襲となる。さすがに一撃ではどうということはないものの、奇襲を受けて混乱をきたしたらしく、祝融は上空に逃れて第二撃を避けることができなかった。
 沙雪の小太刀に翼の一部を切られて体勢を崩し、跳躍したミルファリアから額に『スマッシュ』を受けた祝融は、どうにか空中で回転をしてミルファリアの追撃を避けたが、その背後に祝融と同様に炎の翼をはためかせる煌月が刀身の黒い珍しい刀を振り上げた。
「私のあざなは紅蓮の劫火‥‥。でも‥‥、私の炎はあなたとは違う‥‥」
 炎舞の名の通りに炎を纏った黒刀が祝融の華奢な足を切り飛ばした。足が回転をしながら近くの木に当たる間に、祝融は煌月に幾度も切りつけられている。その所業は逆上しているとしか思えないが、煌月の頭は冷静だ。

 擦過傷により襤褸雑巾のようになったキメラの火撃がリンドヴルムと激突して激しい金属音が周囲に轟く。
「痛っ!」と『竜の翼』で走っていた望月が後方に弾かれて思わず叫んだが、すぐに「まだやれます」と呟いて『竜の爪』を発動した。強化されたセリアティスが祝融の喉元に突き出された。
「やややややっ! せいや!」
 美しい形状の槍が祝融の体を高速で刺し貫く。
 祝融は地面を這いずりながら崖を目指したが、沙雪の一撃に痙攣をして息絶えた。
「逃がしませんよ。また燃やされるわけにはいきませんから」


 B班の戦闘している頃合に、A班は未だ探索を続けていたが、やがて薄暗くなり始めた森に仄かな明かりが点るにつけて、能力者たちは身構えた。火の主はシンの制止を聞かなかった村の衆かとも思ったが、どうやら祝融のようだ。
「二体ですわね」メシアがスコーピオンに弾を込めながらいった。
 事前の作戦では、三体以上と遭遇した際に連絡を取り、班同士が合流することになっている。どちらにせよB班も戦闘を行っているのだから援護は期待できないけれど、援護などもとから必要がないのかもしれない。
 最も素早いシンの強力な知覚攻撃による牽制に、右側を飛んでいた祝融の羽がもげた。地面に叩きつけられた祝融は、血反吐を撒き散らしながらも起き上がったが、致命傷なのは誰の目にも明らかだ。
 並んで飛んでいた祝融は速度を落とさずに能力者に接近したが、宵藍のペイント弾により視界を塞がれた。宵藍の狙撃技術は相当に高いらしく、瞬く間に地面に伏せるもう一体の祝融の目まで潰している。
 B班の波状攻撃も見事だったが、A班の連携も目を見張るものがある。それを支えているのは、宵藍とシンだ。
 宵藍とシンの援護を受けて『瞬天速』で近づいたフローラは、祝融の炎を纏った羽の一撃を紙一重で躱して、カウンター気味に機械剣の一撃を見舞った。祝融が錐揉みをしながら弾き飛ばされる。
 完全に無防備の祝融にメシアが弾丸を叩き込むと、祝融は木に磔にされた。
「逃げられると厄介だから、一気にいくわよ」
 フローラが素早い動きで距離を詰めて再び機械剣を叩きつけた。
 祝融の細長い首が捩れ、無残な死骸となって崩れ落ちた。
「飛べない鳥は逃がさん」
 残った一体の体を宵藍の『円閃』が切り裂いた。この一撃だけで祝融は絶命していたのかもしれないが、最後はシンのゼーレと名づけられた強力なエネルギーガンの攻撃により、祝融の頭は灰さえも残らずに消え失せた。


「二体倒しましたわ。そちらはどうかしら」
「こちらは先ほど一体を倒しました。残りのキメラを捜索します」
 メシアとの連絡を切り、望月は溜息をついた。望月は森に入ってからというもの、リンドヴルムを一度も脱いでいない。つまりは練力を常に消費しているということだ。その上に気温が高いから、彼女の疲労はどれほどか知れない。
 戦闘を終えたB班は、すぐに次の祝融を探すために移動を開始した。夕暮れに染る森は、ある種の不気味な様を呈している。髪の長い着物姿の美女が枯れ尾花に囲まれて儚げに立っている姿を目撃できそうな雰囲気だ。
 A班とあわせれば四体目となる祝融は、ミルファリアにより発見された。祝融は大地に屈み込んで灰を貪っていた。
「灰って‥‥、美味しいのかしら」
 ミルファリアは呟きながら瞳を爛々と黄金色に輝かせ、犬歯を鋭く伸ばして獰猛な雰囲気を醸すと、舞い散る木の葉のように軽やかに樹上から飛び降りた。
 地に伏せて灰を啄ばんでいた祝融の背中に、ミルファリアのクラウ・ソラスが深々と突き刺さる。
 祝融は地上に縫い止められながらも、全身から業火を発して威嚇をしたが、すでに後の祭りだ。
 沙雪の『急所突き』を皮切りに、ミルファリアの『二連撃』が祝融の翼を切り裂くと、『竜の翼』で接近した望月が高速の槍捌きを見せた。望月の行動は先ほどと全く同じだが、反撃は受けない。今回が初仕事とは思えない軽やかな身のこなしが鮮やかだ。リンドヴルムがなければ、集中している望月の端整な顔の夕日を受けて輝くのが見えただろう。

 絶体絶命の窮地にありながら、祝融は冷静に足を伸ばした。
 煌月の喉を鋭い爪が一直線に襲ったが、容易く避けられ、逆に脛から先を飛ばされてしまった。
 祝融は、人間にとっては脅威であっても、能力者からすればまるで話にならない。ご自慢の炎を操る技も、先ほどの望月への攻撃から、一撃で能力者を屠る威力のないことは明らかだ。
 この程度で火の神の名を騙るなど、おこがましいにもほどがある。むしろ祝融の名に相応しいのは煌月であろう。
 煌月の炎の翼は『紅蓮衝撃』と精神状態とによりいっそう激しく燃え猛り、祝融を覆い尽くすように広がった。


 村には信仰があるため、能力者たちは信仰心を逆撫でしないように祭りの準備や復興作業の手伝いを申し出たが、村の危機を救った能力者たちは、すでに村人にとって信仰の対象になっているといっても過言ではなく、
「これ以上お手を煩わせることはできねえだ」
 と、村長は別の理由からやんわりと断ったが、能力者たちは自ずから復旧作業に着手し始めた。
 なぜか混じって祭りの準備をしているロイスに、煌月が話しかけた。
「自分の仕事に対する想い、ですか。なんなんでしょうね。好きな仕事ではありますが‥‥」
 考え込んだロイスに、沙雪が声をかけた。
「キロルさん。あの鳥を撮っていたら写真をあとで一枚頂けませんか?」
 鳥‥‥、と呟いてから、ロイスは手を叩いた。
「祝融のことですかね。ハミングウェイを買ってください、といいたいところですが、お世話になっていますからね、現像を終えたら一番にお送り致しますよ」
 ロイスがカメラを持ち上げて満面の笑みを浮かべた。

 別の場所では、メシアが美しい金髪を風に揺らしながら働いている。
「投下場所が悪かったわね」メシアがいうと「どういうこと‥‥です?」煌月が質した。
「火を信仰している場所なら、ULTに依頼がこなかったんじゃない?」
 なるほど、と頷く煌月に綺麗な歯を見せて、
「まあ、わたくしには関係のないこと」
「人間に迷惑をかけるキメラは死んでしかるべきだろう」
 宵藍が祭りに使う大木を背中に、二人の横を通り過ぎながら吐き捨てた。

 望月は山にいる。未だ森が焼けているのを見て、鎮火の手伝いをしているのだ。
 幼少のころの辛い記憶が影響しているのかは知らないが、彼女は本当によく気がつく。
 が、興味のないものにまでは気が回らないようで、
「そういえば‥‥、記者さんがいたような気がしましたが、どうされているんでしょう」
 記者さんはあなたの後ろで勢いよく燃える木の写真を撮ろうとしてお尻に火をつけて走り去っていきましたよ。

 ミルファリアはというと、巨木に背を預けて、着々と進む祭りの準備を物思いに耽りながらぼんやりと眺めていた。
 シンは‥‥、シンもまた村人の中で働いているのはいうを待たない。