タイトル:ほかほかご飯の前にマスター:久米成幸

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/09 12:50

●オープニング本文


 田植えの時期である。荒れ果てた田圃が水を流し込まれて息を吹き返し、普段は蚯蚓の這うばかりの狭い畔道には車両が列をなす。周囲は静かに活気に満ちる。
 田植えをするのはなにも専業の農夫ばかりではない。会社勤めを終えてから田植えにかかるものも多い。老人の多い集落では、学生も多く見られる。この村はもとが農村であるから、広大な田畑が村の大半を占めている。
 田植えは重要な行事の最たるものだ。特にこういうご時世だから、米の価値は鰻登りである。農夫たちもいつも以上に気合いに満ちた顔つきで忙しなく作業に取りかかっていなければならない。
 にもかかわらず、この集落の水田は薄く濁るばかりで、苗は見えない。通常であれば緑に輝く苗が艶やかに田を彩っているはずなのだけれど、田にも畔道にも人は見えない。
 休憩という名の井戸端会議も開かれてはいないようだ。
 その哀愁さえ漂う田圃の隅に、ふいに細長い爪がかかった。と見る間に醜悪な顔が覗く。
 顔は茹でられて綺麗に肉の剥がれた頭蓋骨のように不気味で巨大だった。蜘蛛だ。
 蜘蛛は緩慢な動作で田に上がると、人気のない田を優雅に泳ぐ青大将に足を伸ばした。鋭い爪が蛇の細い体を貫いた次の瞬間には青大将は嚥下されている。
 村の一大行事を平気で妨害しているキメラは、舌舐めずりの後に不満そうな顔で無人の田畑を見まわし、やがて顔を山に向けた。耳がよいのか、集落から洩れる溜息の存外に大きいのか、キメラは緩慢な動作で水田を横切り、集落に向かって歩き始めた。
 傍若無人もここまでくればあっぱれ‥‥、とは、指が悪霊に乗っ取られても書けない。

●参加者一覧

新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
鳥飼夕貴(ga4123
20歳・♂・FT
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
雪待月(gb5235
21歳・♀・EL
佐藤 潤(gb5555
26歳・♂・SN
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
キヨシ(gb5991
26歳・♂・JG

●リプレイ本文

 曇天の中、雲越しに微弱な光の注ぐ田園地帯で壮絶な戦闘が繰り広げられようとは、顔の隠れたお天道様でさえも気づかなかったに違いない。もちろん村人たちは承知していて、家の中で額を寄せ合って固唾を飲んでいた。
 作戦は単純だ。五色の蜘蛛キメラを集落に近づけないようにしながら撃破する。そのために一体に一人の能力者を割り当てて足止めをし、その隙に四人の能力者がキメラを倒して回る。単純であるが効果は高い作戦だ。
 さっそく散った能力者たちは、事前の作戦で決めた色のキメラと相対し、ほぼ同時に戦闘を開始した。

「とっとと倒してメシにしようや」
 キヨシ(gb5991)が各々の足元を確認しながら軽口を叩いた。
 村人がキメラの影響で水量さえも満足に調整できていないため、水が溢れて畦の崩れているところが目立った。片足でも踏み入れれば底なし沼のように腰まで沈む可能性もある。
 四人はキヨシの指示で慎重に紫蜘蛛の巨体の収まった水田の周囲に張り巡らされた畦道を迂回した。頃合は雪待月(gb5235)が判断し、合図を出す。彼女の瞳は紅色に染まり、普段の物静かでおとしやかな雰囲気が一変している。どうやら覚醒をすると好戦的な性格になる様子で、愛らしい両眼は鋭く細まり、氷のように冷徹な印象を与えた。

 ちなみに四人といえば西遊記を思い浮かべる。雪待月を法師とすれば、孫悟空が佐藤 潤(gb5555)、猪八戒がキヨシ、沙悟浄がUNKNOWN(ga4276)になる、と、どこかに書いてあった。
 雪待月法師の手がゆっくりと挙がると同時に、紫蜘蛛が巨体に似合わぬ機敏な動きを見せた。水田に埋没していた細い足が泥を跳ねながら天高く聳え、次いで疾風のごとき速度で佐藤悟空の頭上に振り下ろされた。
 が、悟空は冷静に迫りくる爪を避けて小銃「フリージア」を蜘蛛の関節に向ける。キメラの一撃が畦道を抉る前に弾が紫蜘蛛の足のつけ根にめりこんだ。

 もし紫蜘蛛の命があったなら、佐藤に一撃を見舞うことができたかもしれない。しかし雪待月法師の矢に眼球を貫かれては、視界を覆いつくす弾丸から身を屈めて被害を最小限に止めることさえ困難だ。
 佐藤の『強弾撃』で強化された弾に関節を砕かれ、続く精密射撃によって足をもがれた紫蜘蛛は、猪キヨシのガトリング砲により全身を蜂の巣にされながらも懸命に蹲った。
「脆いものだ」
 意識の朦朧としたキメラにUNKNOWNの声は届かない。
 UNKNOWNは小さく首を振るとホルスターから銃を取り出し瞬く間に連射をしてからホルスターに銃を収めた。
 その一連の動作は微風のようにさりげない体を装っていながらも非常に正確で、強力な攻撃により水田に波紋が広がり、畦道の蛙が弾き飛ばされて無様に気を失った。
 当然ながらキメラもただでは済まず、胴体に巨大な空洞を見せながら崖を転がり落ちていった。
 キヨシは崖を覗き込んでキメラの死亡を確認すると、額に手を当てて周囲を眺め、遥か遠くの真っ赤な巨大蜘蛛を確認して、「もっと固まってろっちゅうねん」と吐き捨てた。


 無人の田園地帯ほど不気味なものはない。生温い風に吹かれながら醜悪な巨大蜘蛛と対峙していれば尚更だ。
 新条 拓那(ga1294)は青蜘蛛に気づかれていないことを確認してから水田に棒を突き刺した。もっとも酷い水田と比べれば幾分か状態はよいが、やはり大地の上のように自在に動くことは不可能だろう。
 確認を終えると新条の顔がふいに引き締まった。その変化に気づいたのか、もしくは彼の放つ殺気に反応したのか、青蜘蛛は軽々と道路まで跳躍すると、猛然と新条を目がけて走り出した。
「あー。あんまりこんなとこで暴れてくれるなよ。そっちだって青い洒落たナリを泥だらけにはしたくないだろ?」
 泥水を飛散させながら水田に着地した蜘蛛は、重低音の雄叫びを上げると同時に足を伸ばした。
 蜘蛛キメラの攻撃手段は乏しいが強力だ。直撃すれば腕の骨の砕かれるかもしれない。
 その反面大ぶりのため避けるのは容易だった。
 新条は青蜘蛛が足を引き上げるのに合わせてツーハンドソードを振るった。やはり攻撃するよりも戻すときのほうが速度は遅い。余裕を持って正確に攻撃をすることができたものの切断までは至らず、腕の先についていた爪を砕くに止まった。新条も切断は考えていなかったらしく、素早く後退りをした蜘蛛を追って跳躍した。

「泥の中には入りたくないけど、敵はちょっと遠い。‥‥ならこんなのはどうかな」
 新条の作戦は、背中に飛び乗り攻撃することだったけれども、さすがに巨大な蜘蛛の背中まで跳ぶのは不可能に近い。もし届いたとしても、蜘蛛のがむしゃらに振る腕をすり抜けるのは難しいだろう。
 新条は蜘蛛の腕の一本を辛うじて蹴飛ばし、水田に落ちた。そこを狙って蜘蛛が爪を飛ばすが『瞬天速』で畔道に回避し、一息をつく。新条はまず牽制に留めて仲間を待ってから本格的に戦闘を行うことを考えていたが、どうやら単独でも翻弄さえすればどうにかなりそうだ。新条は、再度振り下ろされた腕を受け流して自ずから水田に飛び込み、蜘蛛の下に陣取った。巨体は確かに攻撃できる距離が長い反面、懐に潜り込まれては対応に苦慮する。
 『先手必勝』を織り交ぜて隙を突き、『瞬即撃』で強力な一撃を加える新条の動きに青蜘蛛は適応できず、少しずつ体を切り刻まれて死に近づいていった。


 救援の到着する前にキメラを撃破した新条と比べて、天原大地(gb5927)は苦戦を強いられていた。
「てめえに俺の剣が通じるか試してやらあっ!」とはいったが、蜘蛛の装甲は想像以上に硬い。UNKNOWNの一撃が巨大な風穴を開けたのを見ると意外に思うかもしれないが、蜘蛛の体は相当に強固で、容易には貫けない。
 皮膚に針を刺されると確かに痛いが、戦意を喪失するほどでないのと同じで、生半可な攻撃では逆効果である。
 大地は覚醒前に威嚇射撃をした。これはキメラの注意を自らに引きつけて集落に目を向けさせない効果はあったが、少々油断があったのかもしれない。覚醒をしていなければ、キメラのFFは破れない。その上に、覚醒をしていれば大したことのない攻撃でも致命傷を負う可能性がある。
 大地は強力な爪の一撃を腹に受けて吹き飛ばされると、悶絶した。すぐに覚醒をするも後の祭りだ。
「舐めんじゃ‥‥、ねえ!」
 叫びながらキメラの追撃を避けて武器を持ち替え、『流し斬り』で攻めに転ずるも、止めを刺すには至らない。
 大地は内臓を揺すぶる鈍痛を気に留めながら畦道を走った。一人で倒さずとも救援のくるまでキメラを引きつけておけばよい。そう考えてからの大地の動きは悪くなかった。
 雪待月たちが到着したときには、大地のほうが僅かに優勢だった。


 須佐 武流(ga1461)は、堂々とキメラの前に進み出た。
 須佐は遠距離の攻撃手段を持っていないから、どちらにせよ近づかなければならない。当然ながらキメラの攻撃を掻い潜りつつ接近する必要があるのだが、須佐はいとも簡単に実行した。
 尻を水田に落とした蜘蛛は、長い手足をいくつも同時に伸ばすことができる。そのすべてを踊るように躱した須佐の長い足の先が黄蜘蛛の顎を蹴り上げた。衝撃のみでなく、靴の先に取りつけられた刹那の爪が顎を裂く。
 さらに続けてタイガーファングを装着した拳を叩きつけようとしたが、これはキメラに防がれてしまった。とはいえ、攻撃を受けたキメラの足は奇妙に捩れて鮮血に塗れた。
 キメラの反撃は通じない。
 すべてを軽くいなされてしまい、奥の手である蜘蛛の糸も奏効しないとあっては、蜘蛛キメラに打つ手はなかった。
 須佐は自ら望んで仲間に手出し無用と断言したほどに戦闘を楽しみにしていたが、あまりに役不足であった。キメラが力不足に過ぎたのかもしれない。須佐は溜息をつくと、
「そろそろケリをつけるぞ。お前の相手は飽きた」
 『限界突破』を発動し、獰猛な獣のようにキメラに襲いかかった。
 ただでさえ強力な足が、『急所突き』により鋭さを増す。
 須佐はぴくりとも動かないキメラの死骸の上に立つと、周囲を見回した。
 遥か遠くで、緑色をした蜘蛛が崩れ落ちていくのが見えた。

 須佐が黄蜘蛛と戦闘しているのと同時刻に、鳥飼夕貴(ga4123)も緑蜘蛛と遭遇している。
 もっともどの能力者もキメラと対峙したのは同じころだから時系列が複雑になるのだが、仕方がない。
 鳥飼は普段は雅な雰囲気を漂わせている麗人だが、戦闘に入るとけばけばしい色に髪の毛と肌とを変化させ、鬼のように凄まじい戦闘能力を発揮する。切れ長の目が冷酷な印象を与えるほどだ。
 彼も例に洩れず足止め要因だから、キメラが集落に移動を続けない限りはなにもしなくてよい。それがわかっているので自分からは積極的に攻撃をせずにキメラが接近してくるのに任せた。
 緑蜘蛛は鳥飼を認めると糸を吐いた。蜘蛛の糸は非常に強靭で伸縮性に富むが、当たらなければ意味がないし、そもそも鳥飼の蛍火は火の属性がついているので、容易に焼き切ることが可能だった。

 戦闘は淡々と進んだ。蜘蛛の攻撃は糸も足も掠りもせず、鳥飼の堅実な剣撃に体力を消耗するのみだ。
 やがて鳥飼の『豪破斬撃』がキメラに直撃し、地鳴りを上げて畦道に倒れた。緑蜘蛛の頭が衝突し、アスファルトが割れて水が噴き出す。鳥飼は裸の胸で水を受けながら、月詠を振り上げた。
 『急所突き』はかなり強力で、止めを刺すのに最適だ。キメラが脳漿をばらまきながら絶命するのを見て、鳥飼は一息ついた。彼は褌一丁で戦闘を行っている。その理由は汚れるかららしいけれど、結い上げた髪が褌によく似合っており、非常に清々しい。
「さあて、待ちに待ったほかほかご飯の時間かな」
 鳥飼は白い歯を見せて、近づいてくる能力者たちに手を振った。


 戦闘を無事に終えた能力者たちは歓待された。UNKNOWNが風呂を所望したときも
「すでに用意ができていますので」
 と老婆が先に立って案内をしてくれた。敷地は腐るほどあるから、風呂の中も浴槽も相当に広い。特に雪待月の通された風呂は銭湯といっても過言ではないほどに豪華で、心地よく泥を落とすことができた。

 酒宴は公民館で開かれた。中は狭いとあって硝子窓が開け放たれ、広場に御座が敷かれて多くの人たちが飲めや食えやの大騒ぎだ。が、男衆の姿はない。キメラのせいで遅れていた田植えを行っているのだ。
 鳥飼は大忙しだった。手早く八宝菜や麻婆豆腐、回鍋肉を作り上げ、さらには田植えまで手伝い、風呂に浸かっている暇もないほどに働いている。
「ああ、あんたみたいな娘が嫁にきてくれたらいいんだけどねえ」
 と目の悪い好々爺が笑い、彼の息子の嫁がにこにこしながら「男の方ですよ」と口を出した。

 須佐の周囲にはおじいちゃんが多く集まっている。彼の作った野菜カレーが美味だったからだが、それ以外にも須佐の隣にいる雪待月の湯上りの湿った髪が魅力的に過ぎたせいかもしれない。
 けれども老人たちは誰も雪待月に話しかけようとはしなかった。のみならず彼女に背さえ向けていた。その理由は、老人たちが雪待月の入浴を覗こうとして、苗の代わりに植えられそうになったからだ。
「なぜ覗くのかだと? そこに裸体があるからに決まっている」
 と豪語した老人は蜘蛛キメラの足に縛られて泣いていた。佐藤は時々気の毒そうに老人を眺めながら、畦の修復を手伝っている。佐藤の仕事振りは非常に手馴れていて、疑問に思ったおっちゃんが質問すると
「高校のころにふざけて崩してしまった友人がいまして、直すのを手伝ったことがあるんですよ」
 持参した梅干を栄養代わりに口内で転がしながらいう佐藤を緊縛された老人が恨めしそうに見つめた。
 佐藤は少し考えて、これもまた持参の沢庵を老人に食べさせてあげた。

 新条は女性に囲まれている。男ながらに線の細い新条は若い女性に人気のようで、豪勢なおかずを次々と女衆が持ってくるので胃がもたれ気味だった。
「私、さっき見てきたんですけど、すごい大きな蜘蛛でしたね」
「ねー。色取り取りだったよねー」
 女性の話は二転も三転もして止め処ないが、新条はのんびりとした性格なので苦にはしていないようだ。
「本当に色彩の自己主張の激しい蜘蛛だったねえ。あーいう色の揃え方って、ちょっとした戦隊物っぽいような」
 新条が朗らかに答える横では、地獄の晩餐が行われようとしていた。

「うわ。蟹には見えねえな、これ」
 倒したばかりの蜘蛛キメラの取れたてほやほやの足が、大地の前の大皿に茹でられた状態で載っている。
 ただでさえ負傷をしているのに、こんなものを食べて大丈夫なのだろうか、と雪待月の心配するのをよそに、UNKNOWNが無表情のまま大地に近づいた。こういう場でも黒いフロックコートにベスト、スラックス、帽子と、どこぞの大企業の社長をしているといわれると信じてしまいそうな格好で、周囲に葬式の雰囲気が漂う。
「さあ、手拍子を」
 UNKNOWNの言葉を合図に村人たちが囃し立てると、大地は堪忍したように足にむしゃぶりつき、危うい倒れ方をした。UNKNOWNは慌てて駆け寄る雪待月を制止して、自作のきりたんぽ鍋を勧める。
「え、でも‥‥」
「大丈夫。そっと見守ろう」
 UNKNOWNの一言に大地が跳ね起きて、新しい蜘蛛の足に手を伸ばしたが、新条にやんわりと止められた。
「いや、俺だって本当は食べたくねえけどさ」
 苦笑いをする大地を見て、きりたんぽを頬張っていた雪待月が安堵の息を吐いた。

 ちなみにゲテモノ料理はあらゆるところに散らばっている。残念ながら犯人は特定できないが、もしかしたら能力者の誰かは知らず知らずのうちに食しているかもしれない。例外は菜食主義の雪待月とキヨシくらいだろう。
 キヨシは食事に手を出す前に匂いを嗅いだり突いてみたりと、ゲテモノ探しに余念がない。端から見ているとなかなかに面白い光景だが、本人は酷く真面目な表情をしている。ゲテモノは存外に美味しいのだが‥‥。

 そんな感じで酒宴はのどかに夜の更けるころまで続き、ほろ酔い気分の能力者たちはみな満足げな様子で、大勢の村人たちに見送られながら高速移動艇に向かって歩き始めた。心地よい風が火照った頬を撫でて通り過ぎていく。
「本日はまことにありがとうございました」
 村長が頭を下げると、
「これで頑張れるかね?」
 UNKNOWNが質した。老婆は背後の村人を一瞥して、小さく顎を引く。
 高速移動艇の前では、「楽しい宴会をありがとう」と満面の笑みを浮かべた子供に雪待月が笑顔で会釈をした。
 やがて高速移動艇が高く舞い上がると、月明かりを受けて神秘的な印象を湛える水田が眼下に広がった。
「あのおじいさんはまだ縛られているのかな」
 鳥飼が呟くと、須佐は目を瞑ったまま首を振った。