タイトル:キメラ道中 少年の旅マスター:久米成幸

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/04 01:46

●オープニング本文


 さる年にさる高名な要人の宅に生を享けた少年は、三歳にして生れながらの病の療養に生家から遠く離れた地に移され、以後はそこで闘病を余儀なくされたが、このたびキメラの手が伸びたことから苦慮の策としてその少年のみを安全な場所まで一時的に移送することが決定し、ULTに援助を乞うた。
「任務は単純です」
 オペレーターは内容を質す傭兵に頷いた。
「直線距離にして五キロ程度の地点にある場所まで少年を護送するだけです」
 オペレーターが端末を操作すると簡単な地図が表示された。
「少年のいるのは山間の小さな町ですね。町からは東西に舗装された道が伸びていますが、どちらもキメラの多数目撃されている場所のため、今回は北から草原を経て山を迂回することになります。こちらもキメラの目撃情報はありますが、東西の道よりも安全だと思われます」
「ほかに道はないのか?」
「基本的に少年が無事でさえあればルートは問いません」
 オペレーターの細く長い指が液晶をなぞる。その指の白さに見とれながら傭兵は頷いた。
「南側は険しい崖の続くため移動は難しいですが、北の道は森を通れば時間の節約になりますし、安全を考慮して一度南下して丘陵地帯を通ることもできます」
 繰り返しますが、少年に怪我をさせないように十分にご注意ください。オペレーターは軽やかな笑みを浮かべて、頬を赤らめる傭兵に釘を刺し、傭兵の背後に並ぶ女の傭兵に声をかけた。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
鳥飼夕貴(ga4123
20歳・♂・FT
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
サルファ(ga9419
22歳・♂・DF
リア・フローレンス(gb4312
16歳・♂・PN
小野坂源太郎(gb6063
73歳・♂・FT
ヨーク(gb6300
30歳・♂・ST

●リプレイ本文

 燦々と降り注ぐ陽射しは初夏の色を伴ってジーザリオとその前を歩く四人を照らす。肌寒いよりは幾分かよいけれども、ハプネ少年の病弱なのを思うと暑すぎても困る。
 そんなことを考えながら鳥飼夕貴(ga4123)は自前の雅な蛇の目傘を翳して歩いている。派手な着物が周囲の静謐を讃える草原から浮き出して見えた。これでジーザリオではなく籠が見えれば大名行列と勘違いをする。
 ジーザリオにはハプネ少年のほかに三人が乗っている。
 運転席には地図を丹念に覗き込みながらステアリングを操るホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)、助手席には物静かなヨーク(gb6300)、後部座席にはサルファ(ga9419)と少年とが座っている。

「遠出をするのは初めてかな」唐突にホアキンが少年を振り向いた。「怖いだろうね」
「うん。少しだけ」
「大丈夫。俺たちがついているから。安心してくれ」
 ハプネ少年は幼少より病の療養のため家の中でばかり過ごしてきたから、今回の外出の目的が遠足ではなく護送であり、なおかつ同行するのは見知らぬ屈強な男ばかりとあっても喜びは隠せないらしい。
「ありがとう。でもね、あまり外に出たことがないから、怖いよりも楽しいんだ。とても色鮮やかだし」
「遮るものがないから澄んだ青空がよく見えるな」
 微笑を浮かべながら少年に倣って空を見上げるサルファをミラーで確認して、
「うん。青空は気持ちいいね」
 ホアキンも視線を雲ひとつない透き通るような空に向けた。車内には長閑な空気さえ漂っている。

 ヨークは寡黙な人間で、同行してから一度も自分から言葉を発しない。のみならずその顔は無表情であった。
 が、事前に少年の病状や処方された常備薬を確認する配慮がある上に、なにより少年を見る鋭い視線にも敵意がない。睨みつけているのではなく、体調や精神状態を観察しているのだ。
 ヨークの視線を感じたのか、ハプネ少年はちらりとヨークの顔を見上げた。
「‥‥どうした」声を出してから察したと見えて、ヨークは「なんでも聞くといい」と続けた。
「えっとね、どうしてそんなに怖い顔をしているのかな、って。怪物のせい?」
 道中にキメラと遭遇する可能性のあることを、ハプネ少年は聞いていないのだろう。
 病気のことを述べて水を注す必要はない。ヨークはしばし考えてから「ホアキンはどう思う」と話を振った。
「大丈夫だよ。怖い怪物はみーんな俺たちが倒しちゃうから」
 ホアキンの代わりにサルファが自信満々に胸を叩くのを見て、ハプネ少年は笑顔を浮かべた。

 少年はそのままけらけらと笑い続けた。首を傾げるサルファに、
「源おじいちゃんを思い出したの」
 出発前の顔合わせで、小野坂源太郎(gb6063)がふいに大声で自己紹介をした。
 少年はそれを思い出して笑っているらしい。
「わしは能力者になったばかりの小野坂源太郎だ! よろしく頼む!」
 小野坂はその体格といい目つきといい百戦錬磨の軍人を彷彿とさせていたから、彼の挨拶を聞いた一同は顔を見合せた。が、小野坂は皆の反応を気にせずに少年の前に屈み込み、
「少年よ、わしのことは気軽に『源おじいちゃん』と呼んでもらって構わないぞ!」
 彼の外見は老人とは思えぬほどに筋骨隆々で、熟練の傭兵でさえも威圧される雰囲気を醸しているため、大声ながらも優しさの感じられるその一声に少年は驚きながら笑顔を返したのだった。
「源おじいちゃんが本当のおじいちゃんだったらよかったなあ」

 ――笑顔ではあるが‥‥、ヨークが少年の心情を慮っていると、
「ホアキン。キメラが出たよ」
 ヒューイ・焔(ga8434)の声が無線から流れた。
 ホアキンが顔を向けると、前方でリア・フローレンス(gb4312)がクルシフィクスという鍔の長い大剣を構えているのが見えた。十字架のように見える直刀で非常に扱いづらいが威力は高い代物だ。
「――来たか」
 サルファが魔創の弓を取り出しながら身を乗り出した。
「‥‥すまないが、車をいったん止めてくれ」
 ヨークの言葉に頷いて、ホアキンが車を急停止させ、
「俺は子供を避難させる」
「了解だ。すぐに戻るからね」
 サルファが少年の頭をひと撫でして、勢いよく車から飛び降りた。
 ホアキンは二人を見送りアクセルを踏んだ。ハプネ少年に戦闘を見せるつもりはなかった。好奇心が旺盛とはいえ凄惨な殺戮の様子はハプネ少年の心に傷を与えかねない。

 姿を現したキメラは、麓の村で噂になっている人面の獣だった。
 犬よりも人面鰐が不気味だが、気味が悪いだけで鱗はそれほど強固ではないらしい。
 『急所突き』を用いたとはいえ、鳥飼の弾丸は人面鰐の鱗を易々と貫いた。
 間、髪を容れずに、ヒューイが副兵装で『流し斬り』を使う。ただでさえ強力な一撃が鰐の長い口を切り裂くに至り、鰐は足を止めて悲鳴を上げた。
 能力者の動きは洗練されている。次々と能力者が束になって襲いかかり、二体のキメラを押し潰す。
「援護は任せろ」
 後方から矢を飛ばすサルファの援護を受けて、リアが『円閃』と『二連撃』とで犬の体を両断すると、小野坂の筋肉の踊る両腕に握られたバスターソードが頭頂部から腹までを切り裂いた。
 ただでさえ凄まじい筋骨の持ち主である小野坂は、覚醒をするとさらに筋肉が膨れ上がる。その上に『豪力発現』を使い、小野坂の露出した腕は女の太ももどころか酒樽を思わせるまでに膨張していた。
 漫画等では筋骨隆々の巨人は弱いとの印象があるけれど、現実には筋肉は力強さの象徴である。
 のみならず小野坂は脳漿まで筋肉に覆われていない。己の力を過信せずに必勝を考え、他の能力者の攻撃を受けて衰弱したキメラを重点的に狙って確実に命を奪う戦法を採った。
 小野坂は雄々しく咆え猛りながらバスターソードを醜悪な人面犬から引き抜き、鰐に向けた。白刃が縦横無尽に唸り、鰐の頭蓋骨を断ち割る。続けて無残な襤褸切れと化した犬に止めを刺そうとバスターソードを振り上げたが、小野坂の手を下すまでもなく鳥飼の射撃により気息奄々の犬は、ヒューイの一撃を受けて絶命していた。

 森の手前まで到着すると一行は森を迂回するように南下した。遠回りにはなるが、森にはキメラの目撃情報が多い上に毒蛇や獰猛な獣の多数棲息しており、少年の護衛は困難を極める。
 ただし丘陵地帯は車では進めないため、小野坂が少年を背負うことになった。
 太陽は高度を下げ、周囲は次第に夜の帳を纏い始める。
 前方に望めた緑鮮やかな山々の頂きも茜色に染まり、周囲は冷たい風の吹く荒野を思わせた。

 少年の気持ちの沈まぬように、ホアキンが時折声をかける。
「メロンって知ってるかい」
「‥‥あの緑色のまあるいやつ?」
「そうだよ。実は家庭菜園で作っていてね。美味しいのができたら分けてあげるよ」
「そりゃいい。わしも欲しいもんだ」
 小野坂が豪快に笑い、背中の少年に疲労を質した。少年が首を振ると、少年を背負ったまま器用に荷物を探って乳酸菌飲料を取り出した。少年は黙って受け取り首を傾げる。
「大丈夫かい? 一応、俺も水筒を用意してきたんだけど」
 乳酸菌は苦手なのかと考えたサルファが尋ねたが、少年はにっこり微笑んで容器に口をつけた。
「美味いか、少年よ!」
「美味しいよ、源おじいちゃん。乳酸菌は初めてだけど」
 小野坂は「ココアのほうがよかったか!」と笑い、それから方位磁石を顔の前に翳した。
「ふむ。道は間違っておらんようだな! あと少しの辛抱だぞ!」

 小野坂とホアキンの二人の提案で、周囲が完全に闇に包まれる前に休憩を取ることに決まった。
 少年の体を慮っての提案だが、ハプネ少年自身は精悍な能力者に囲まれて談笑している。
 生れながらの病と聞いていたが、調子は悪くなさそうだ、大量の薬のおかげだと考えると少し悲しくなるけれど、と、ヨークは水分を補給しながら考えつつ、静かに少年を観察していた。
「さっきは凄かったね」
 ハプネ少年にいわれて、鳥飼は首を傾げた。
「髪の毛だよ。いつもは真っ黒なのに、戦うときは凄い色になってた!」
 見えていたのか‥‥、ホアキンの溜息に構わず、少年は身を乗り出した。
「そ。覚醒すると髪の色が変わるんだ。肌の色も変わるけど」
 白粉を塗ったのかと思うほどに白い肌は、鳥飼の説明通りに覚醒をすると褐色に変化する。それがピンクの髪の毛と相まって煌びやかだった。しかし、極限まで高められた美しさは見る者を畏怖させるものだ。特にそれが派手な場合には尚更だが、少年はただただ感嘆するばかりだ。
「ほれ。あまり動くと垂らすぞ」
 小野坂が少年の膝に乗った容器を支えた。笑顔で謝りながら少年は容器を抱えなおす。容器の中身はビーフシチューで、小野坂の私物だ。ドローム社の作った軍用食だが冷えても美味く評価の高い一品らしい。

「それにその傘!」少年はビーフシチューを頬張りながらも鳥飼の傘を指差した。
「雰囲気が雅でしょ。結構役に立つんだよね」
「雅な以外に?」
 笑いながら茶々を入れるヒューイに微笑を返して
「ほら、目隠しにもなるし、多少は防御にも使えるんじゃない?」
 鳥飼が傘を開きポーズをとった。
 笑い声を上げかけた少年の口から咳が洩れた。ヨークが立ち上がりかけたが、少年は慌てて手で遮る。
「大丈夫。じゃがいもが喉に引っかかっちゃっただけ」
 その手に血のついていることに気づいたヒューイがヨークを振り向いたが、ヨークは黙って首を振った。少年の服用する薬の副作用で、時折に歯茎から出血することがあると聞いていた。血の量から考えて、吐血したわけではないだろう。ヨークは冷静にそう判断した。騒ぎ立てると逆に少年の精神を疲弊させてしまう。

 ハプネ少年は日の落ちた方角をぼんやりと眺めた。少年の柔らかくボリュームのある金髪が風に揺れて、青白い頬を撫でる。サルファはしばらく少年の横顔を見つめていたが、
「さてさて、ただこうしているのも暇だろう? なにか話でもするかい」
 少年はゆっくりとサルファを見上げて破顔した。
「サルファさんは男の人だよね?」
 少年の一声に周囲の能力者は顔を見合せて苦笑した。鳥飼がけたけたと軽快な笑い声を響かせる。
「変なことを聞いてごめんなさい。でもすごい綺麗な顔だから」
「いいんだよ。そうだな‥‥。エミタの影響でね」
 首を傾げる少年に、ヒューイがエミタについて簡単な説明をした。
 少年が真面目な顔で講釈を聞き終える頃、最後まで斥候に出ていたリアが戻ってきた。
「そろそろいきましょう。目的地までもう幾分もないとは思いますが、暗くなる前に到着したいです」

「あれもキメラのようじゃな!」
 小野坂が威勢のよい声を上げると、隣で双眼鏡に目を当てていたホアキンが小さく顎を引いた。
 事前の情報が正しければ北の道は安全のはずだ。けれども、丘陵地帯にキメラが少ないとはオペレーターはいっていない。安全、と述べただけだ。なだらかな丘の起伏に富んだ地形は確かにキメラに奇襲されることがないので、キメラを確認してからでも十分に臨戦隊形を組める。
 キメラの数は二体と少ないが、ここいらに多い人面の獣で、先頭の蛙は足を屈伸すれば顎が地面を擦るほどに顔が大きいし、人面鳥は美しい女性の顔をしているもののその口は大きく裂けていて硬化している。
「後ろの木もキメラですね」
 リアが鳥の背後を指差した。遠目の上に周囲が暗くてわかりにくいが確かに幹や枝の形が不自然だ。幼稚園の劇に定番の木に扮した園児を彷彿とさせるその姿に、ハプネ少年は小さく歓声を上げた。
「凄い。あんな変態のキメラがいるんだ」
「あんまり見せたくないなあ」
 鳥飼がぼそりと呟いた。ヒューイが察して少年を振り向いたが、
「‥‥見たいなら見せてやればいい。ここからならよく見えないだろう」
 ヨークの言葉を受けて、小野坂の背中から降りたハプネ少年がにっこりと笑う。
 幼少より蟄居を強制されていたせいか、ハプネ少年は妙に好奇心が強い。それに子どもというものは無邪気な上に残酷だから、未確認生物の死骸に興味を覚えてもおかしくはない。

 まずはヨークが『練成強化』にてホアキンと鳥飼の武器を強化した。ホアキンと鳥飼とは、己の武器の淡く光を発したのを確認して、ほぼ同時に『先手必勝』にてキメラの群れに突っ込む。
 サルファの放つ矢に射抜かれて仰け反った人面樹の額に、ホアキンの『急所突き』が突き刺さった。その強力な一撃は根を張っていないひょろながい樹木をひっくり返すのに十分だ。
 無様に転がり迫る人面樹を飛び越えて、さらにホアキンはイアリスを人面蛙に向けた。
「本当にどこにでも湧くな、お前たちは。‥‥邪魔だよ」
 返り血に染まる顔を拭いもせずに、ホアキンが呻く蛙を蹴飛ばす。
 続けてホアキンの背後に控えていた派手な姿の鳥飼が銃弾を放った。蛙は無様に倒れて痙攣をする。

 圧倒的な力でキメラを蹂躙する能力者の動きは洗練されている。少年は、健康な大人でさえも不可能な動きに目を奪われ、過激な映画を見たときのように頬を紅潮させた。断じてアダルトビデオではない。
 特にヒューイの衝撃波を飛ばす特殊能力『ソニックブーム』は少年の目を引いた。
 空から地上を睥睨していた人面鳥が衝撃波に当たって錐揉みをしながら地面に叩きつけられる直前に、落下地点で待機していたリアの『円閃』の連撃によって大きく弾き飛ばされる。
 地面を跳ねて転がった人面鳥は少年の眼前まで迫ったけれど、ヨークが超機械を取り出す前に、サルファが
「やらせるかよ。食らい尽くせ、セベク」
 最後は、坂を転がる人面樹の前方に『豪力発現』で筋肉を膨張させた小野坂が立ちはだかり、凄まじい筋肉で人面樹を受け止めると、軽々と持ち上げて地面に叩きつけた。
 そこを地面蛙を撃破したホアキンと鳥飼とが戻ってきて素早く切り刻む。

「お疲れ様。よく頑張ったな」
 サルファに微笑みかけられて満面の笑みを浮かべて頷く少年の頭に、小野坂の分厚い掌が触れた。
「まったくだ! 偉いぞ、少年よ!」
 どこからともなく現れた黒服の男たちに囲まれて手を振る少年の笑みは少しだけ悲しそうだった。やがて黒服に背を押されて歩き始める少年を見て、「頑張れよ‥‥」サルファは呟いた。
 ホアキンもゆっくりと小さくなっていく少年の背中に
「それじゃ、元気で」
 小さくいって、隠しておいた車を回収するために少年とは別の方向に足を向けた。

 あの一番星の瞬く寒天の下、濁流のごとき能力者の鬼気迫る猛攻に目を凝らしながら、ハプネ少年はひとつの夢を得ていた。長いようで短く、短いようで長いキメラ道中で見た能力者たちの姿は、少年の心に一筋の希望を与えた。
 かくして少年の小さな旅は終わりを告げ、小さな希望の実がその小さな胸に芽生えるの感じながら、ハプネ少年はちらりと頭を後方にめぐらせた。大きな背中が八つ、音もなく闇の中に消えていった。