●リプレイ本文
村は映画で村といえばこうであるといわんばかりの平凡な景観を呈しており凶事の起こった気配など微塵も感じられないのだけれども、郷田 信一郎(
gb5079)の話を聞いた村の長は何事かを口の中で呟き首肯したからやはりこの村がキメラに襲われたことは事実なのだろうと考えながら郷田は村長に地図を所望した。が危惧していたとおりに地図などは存在しないとの答えが返ってきた。観光地ならいざ知らず凡庸を極めた村には書き込む歴史もないと村長は笑いながらも一筆書きに書き上げた地図を郷田に差し出した。
郷田は礼を述べてから家を出た。
藁葺きの貧相な小屋の前は小さな井戸の佇む広場になっておりそこかしこに人間が屯している。
郷田は広場を見渡して七海真(
gb2668)の小さな体を見つけると巨体を左右に揺らしながら近づいた。
七海は少年でありながら非常に偏屈な印象を与えるために彼の子供と笑い合う姿は想像し難いのだけれども遠くから眺める分には非常に絵になっている。時折耳に届く七海の声は柔らかくそうして見ると全身から穏やかな雰囲気の滲み出ているようにも思えた。口が悪いだけで本来は心優しい少年なのかもしれない。
郷田は七海と子供たちとに慈しむような目を注いでから井戸端会議に勤しむ中年の女性の輪に近づいた。
能力者は四班に分かれて情報の収集を行っている。
村にひとつだけある派出所には夏野 桃(
gb3865)と辰巳 空(
ga4698)とがいて巡査から話を聞いていた。
「そうさなあ。一番最初に殺されたのは散歩をしてた金銀の婆ちゃんだったな」
齢四十ほどの巡査が顔を向けると若い巡査は煙草を燻らせながら頷いた。
「んだな。あの婆ちゃんも不憫な人だったなあ。早くに旦那を亡くしてよ。そんで今度は殺されちまった」
巡査二人の話はすぐに飛躍してしまい辰巳たちは情報を聞き出すのに難儀した。もう少し有能な人物に話を聞ければよいのだが田舎であるから警察署などという大層なものは存在していない。
「ほえー。ところで金銀さん以外の人が襲われた場所を教えてもらえる?」
中年の巡査は夏野から受け取った地図を眺めて手早く二ヶ所に印をつけた。
「金銀の婆さんが寺の石段の下だろ。んで二日後に山小屋の狩田さんが食われて今度は次の日に田堀さんだ。いずれも犯行時刻は深夜で‥‥、場所はかなり離れてんな。金銀さんとこと狩田さんとこは一里くれえか」
若い巡査が地図を覗き込んで唸った。
鳥の囀りにより荘厳な雰囲気さえ醸す境内に妙齢の女性が二人、温和そうな住職と対している。
「人魚の木乃伊が出歩くっつー珍しい話を聞きにきた」
斑鳩・南雲(
gb2816)と和やかに会話を交わしていた住職はテト・シュタイナー(
gb5138)の唐突な申し出に唖然とした表情を返したけれども「いやな、町で人が食われてるってことを聞いたんだが、人魚の木乃伊が動き出した時期と被ったりしてねーか」と切り込まれて初めて二人がただの観光客ではないことに気づいたようだ。
「実は私たちはULTからきた能力者なんです」
斑鳩の言葉に住職が溜息をついた。どうやら事情を把握したらしい。
「すでに犠牲者が出てるんだ。これがどういうことかわかるよな」
「ええ。昔から特別な日にしか木乃伊はお見せしないのですが、そういうことであれば」
一応は納得をして二人を案内し始めた住職ではあったが木乃伊がキメラなのは解せないようで人魚の保管されている部屋の戸を開けるまでしきりに首を捻ったり唸ったりしていた。
「危ないかもですから、住職さんは下がっててくださいね!」
素直に入り口まで下がった住職を確認してから斑鳩はテトの顔を見やった。キメラの棺桶の中に眠っている場合には住職に被害の及ぶ可能性が高い。テトが住職の前に移動するのを見てから斑鳩は蓋をゆっくりと持ち上げた。
饐えた臭いの後に埃が舞い上がり小さな明り取りから射し込む光が反射をして酷く幻想的ではあったものの棺桶の中には腐った肉片が僅かに残るばかりでキメラの姿はない。
「いつからいねえかわかるか」
「夜中に境内を這っている姿を見てからというもの、恐ろしくてとても調べる気にはなれませんでした」
住職は恥ずかしそうにテトに頭を下げた。テトが頷いて無線機を取り出す。
「人魚キメラは棺桶にはいなかったぜ。住職の話を信じるなら一度も戻ってきてねーな」
雑草の生い茂る田を横に畦道をリンドヴルムで走るファーリア・黒金(
gb4059)の後ろに乗って移動をしながら常 雲雁(
gb3000)は切れ長の瞳を空に向けていたがやがて無線機を口に近づけた。
「やはりそうでしたか。人魚キメラに襲われたと思しき死体の発見された場所や襲われた時刻を考えると、毎夜毎夜寺から出かけているようには思えなかったのですよね」
「はうー。私たちは巡査から話を聞いたんだけど」
と夏野の声が無線機から洩れたので雲雁は口を閉ざして耳を澄ませた。
「犯行時刻の少し前にね、巡査が寺の石段の前を警邏してたみたい。他にも何人か通り過ぎてるってさ」
雲雁の無線をしまう前にファーリアが荒々しくリンドヴルムを停止した。
「どうしたんです」
「んとね、あそこで農仕事をしているおじさんに話でも聞こうかなって」
ファーリアはすばやくバイクから飛び降りて
「すみませーん。カンパネラ学園の生徒ですが、最近この村で起きている不思議な出来事についてお話をー」
と田圃を横切っていった。
情報収集を終えた能力者たちは寺に集った。それぞれの得た情報を交換してから班を再編し二手に分かれる。
本堂に斜陽のかかり刻一刻と夕映えに塗り込められていく境内の不思議な雰囲気は徐々に村に広がっていきやがて夜の帳の完全に下りるころにA班は吸い寄せられるようにキメラと遭遇した。
未だに痙攣を続ける猪の腹に小さな頭を突っ込んで嫌な音を立てて食事をしている人魚の姿は生前の美しさなど微塵も感じさせぬほどに醜悪を極めている。
街路灯の明かりに浮かぶ顔は老婆のように深い皺に覆われ窄まった口から腸を垂らす姿は美麗とは程遠い。
「人魚の肉を食ったら不老不死になるって話は聞いたことがあるけどよ、これじゃまるっきり逆だぜ」
人魚を睥睨しながら吐き捨てたテトの隣で頭蓋骨を締め上げる拘束具のようなものの用途は一体なんであるか考えながら斑鳩は顔を歪めた。「うえー。やっぱり今度も気持ち悪いのがいるよー‥‥」
眉を顰めながらもミカエルを装着して進み出た斑鳩は視野を覆い尽くす火炎を見て咄嗟に体を反らした。
灼熱が赤々と闇夜に浮かび雑草を焦がして波のように引いていく。幸いにも雑草以外に周囲には燃えるものはなかったけれども背後の木立に燃え移れば消火に難儀するであろう。
延焼を考慮した郷田はバトルアクスを携えて尾の七つに裂けた七尾の狐に接近し『竜の咆哮』にて狐を弾き飛ばした。その背後から人魚が郷田を狙ったが郷田とほぼ同時に飛び出した雲雁に遮られて蹈鞴を踏む。
郷田も七尾の狐の長い口吻の前に巨体を据えて狐の動きを止めている。吐き出された火の範囲から考えるに十分に過ぎる距離を取ることができた。後ろに移動させなければ山火事の心配はない。
雲雁は威嚇をする人魚から素早く距離を取った。人魚が遠距離への攻撃手段を持っているとは思えない。遠くからスコーピオンで狙えば無傷で命を奪うことも可能だと推測した。事実銃弾に晒された人魚はのたうつばかりで反撃をする暇がない。また郷田と雲雁の二人の武器はテトの『練成強化』により威力を増しているから効果的だ。
斑鳩はあまり物を考えない性格なのか堂々と人魚に接近しているように見えるが、雲雁の放つ弾だとか人魚の狐と同様の特殊な技だとかを瞬時に考慮したのは勉強モードの本領発揮だ。
華奢な体のどこにこれほどの凄まじい威力が眠っているのだろう鬼気迫る拳が人魚を地に叩きつけた。
B班も同時刻に二体のキメラと対面している。飛び跳ねる案山子は確かに奇妙だけれども醜悪ではない。キメラでないとすれば可愛いとさえ思える滑稽な姿形だ。が羽の生えた猫はまた気色の悪いのはいうを待たない。
どこぞの中年男性のような顔をする人面猫でありながら胴体からはやはり人間のこれは女人の脚と思しき美しき曲線を描いているのは悪趣味にも程がある。繰り返すがどれほどの曲線美を描こうと顔はおっさんだ。
「これがいわゆる『妖怪』というものですか」
辰巳の瞳が炯々赤く輝いたと見る間に辰巳の姿は『瞬速縮地』により掻き消え『流し斬り』で案山子の背後に抜けた。辰巳に腹を切られた案山子は瞬時に回転を始めて距離を取ろうと画策したけれども辰巳は『円閃』で案山子と同時に回転をして強力な一撃を見舞った。これが普通の案山子であれば胴体から伸びる一本の棒を容易く切り裂けたものをさすがにキメラだけあって両断するには至らない。
「まあ、所詮はバグアが想像だけで作り上げた紛い物なので、きっちりと返り討ちにして上げましょう」
辰巳の呟きが朱鳳の刃と案山子の棒との交差をして轟く金属音に混じった。
七海とファーリアとも辰巳を追ってキメラにかかったが夏野は特製のメトロニウムぴこぴこハンマーを手にキメラの様子を窺っている。戦闘に慣れないうちには先走って手痛い反撃を食らうのが常であるが夏野は至極冷静だ。
おっさん猫は間の抜けた平凡な目を走り寄るファーリアの巨大な胸に固定しながら、――と筆者には見えた、ファーリアの斧槍を華麗に躱したが七海のスパークマシンの一撃を受けて体勢を崩してしまいファーリアの返す刀の一撃は避けられなかった。
おっさん猫の転々とするのを見て夏野はようやく移動を開始した。相対する人数を考えると辰巳とともに案山子を相手取ったほうがよいけれども案山子には辰巳一人でも問題がなさそうであるし、夏野の武器が近距離専用であることを考えると猫を相手にしたほうがよさそうだ。
七海のスパークマシンから放たれた光線を潜り抜けながら夏野はメトロニウムぴこぴこハンマーを猫の顔面に振り下ろした。このハンマーは玩具にしか見えずさらに夏野が妙齢の女性だから可愛らしくて戦いに臨む姿にはとても見えないのだがなんとメトロニウム合金で作られている正真正銘の武器である。
おっさん猫は飛ぶには力不足の羽を振って夏野に長い足を伸ばすもファーリアが『竜の翼』で間に入って夏野を庇った。猫は瞬時に標的を変更してファーリアに肉球を落とそうとしたが夏野のぴこぴこハンマーで吹き飛ばされ反撃とばかりにファーリアの斧槍に頭蓋骨を割られた。
なぜファーリアがリンドヴルムを着ているのか。彼女がドラグーンでなければ‥‥。そう考える読者の多いことは改めて書く必要もない。だって揺れないんだもの。(とおっさん猫は思いながら死んだ)
案山子に対する辰巳の動きも素晴らしい。案山子の回転を盾で防ぎ朱鳳を巧みに操る。繰り返し傷つけられた支柱には罅が入りやがて音を立てて砕けた。唯一の足を失った案山子はどこぞの踊り子よろしく折れた棒を支えに立ち上がったけれども瞬く間に首を刈られてその役目を終えた。
B班に対する頼りのないキメラに比べてA班を迎えるキメラはそれなりに善戦しているようだ。斑鳩に殴り倒された人魚は寝転がったままの体勢で尾を振るい斑鳩の腹を強打し、七尾の狐は自慢の火炎で郷田を包み込んだ。
が斑鳩も郷田も大した傷は受けていない。特に斑鳩は一振り目を両腕で受け二振り目は躱してすぐさま体勢を立て直しているため掠り傷にも劣る程度のダメージしかない。郷田は炎の直撃を受けたが巨大なバトルアクスに炎を切り裂きながら狐に近づき、軽々と狐の前足を骨ごと切断した。その巨体に秘められた膂力はやはり尋常ではない。
悲惨を極める狐の鳴き声に人魚の地の底から響くような濁声と打撃音とが入り混じる。
平時でさえ重い拳がテトの『練成強化』により強化されて人魚を襲った。人魚は懸命に手で顔を庇うも効果はない。拳は腕の間を擦り抜け腕を押し潰しまたは腹部を狙って縦横無尽に人魚を苛んだ。
人魚の顔の皮膚は破れ眼球は衝撃で吹き飛び歯は全損し頭蓋骨は砕けた。
人魚はゼリーのようにぐわんぐわんと顔面を波立たせながら崩れ落ちた。
雲雁は人魚キメラの死亡を確認するとすぐさま『瞬天速』で郷田と対する七尾の狐まで移動し『急所突き』を喉に叩き込んだ。火炎を吐く理屈はわからないが喉を切り裂けば少なからず影響を及ぼすと考えてのことだが事実小さな悲鳴の後に狐の喉からは空気の洩れる音と血の噴き出す音とが聞こえたのみで炎は見えない。
炎の吐けない七尾の狐など取るに足らない。雲雁が続けざまに爪で狐を切り裂きそれまでは支援に回っていたテトがスライサー「スティングレイ」から撃ち出した薄い刃にて止めを刺した。
「残念。怪異を名乗るにゃ力不足だぜ」
戦闘を終えた能力者たちは寺に集まり住職の接待を受けた。精進料理であるから美味くはないが腹は膨れる。
そうして夜が明け翌日は清々しい太陽の下に農作業に勤しむ人や村長宅前の広場にて井戸端会議を囲む婦人たちの長閑な普段通りの村が姿を現した。
その中にあって能力者が賞賛を浴びているのはやはりキメラの脅威が去ったことによる安堵からであろう。
中でも目立つのは七海の手に引かれて子供の前に出た郷田である。凄まじい巨体からは想像に難いけれども郷田の子供好きであることを察した七海により郷田ロボが出現した。
「この人に肩車をしてもらおうぜ」
七海が子供の背を押すもやはり少し怖いようで子供たちは容易に近づかない。
郷田ロボは少しだけ哀愁を含んだ顔で背中を向けた。と七海が郷田ロボの背を伝って肩に納まってしまった。
「ほら怖くねえよ」と笑いながら郷田ロボの耳に口を近づけると郷田ロボはぎくしゃくした動きでゆっくりと歩き始め広場を一周して子供たちの前まで戻った。飛び降りた七海は子供に微笑を送る。
「な。大丈夫だ。下には俺がいる。騙されたと思っていってこいよ。気持ちいいぜ」
頭をぽんと叩かれた子供がおずおず進み出ると郷田ロボは自慢の膂力で軽々と肩まで持ち上げた。
また斑鳩とファーリアとはバイク状態のAUKVに子供を乗せて走り回っている。
夏野は賑やかな広場を眺めながら隣に立つ村長にキメラ退治の旨を告げていた。話はそれほど長くはかからなかった。夏野に頭を下げた村長はふいに晴れ渡った空を見上げて声を上げた。婦人たちも空を見て歓声を上げる。
空には太陽を覆い隠す巨大な高速移動艇が出現していた。
ところで村からは脅威の去ったのと同時に消えたものがある。
村人たちはキメラでないとわかってはいてもやはり案山子はあまり見たくないらしい。
能力者たちは小さくなる集落にちらほらと舞い落ちる烏を確認し顔を見合わせて苦笑した。