タイトル:【L】毒鳥マスター:久米成幸

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/23 22:06

●オープニング本文


 毒を持つ生物は多種に及ぶ。蛇はもちろん水母だの蛙だの河豚だのが有名である。が鳥はとんと聞かない。
 中国の古代の書には鴆と呼ばれる毒を持つとされる鳥がいるけれども鴆の存在を確認したものは皆無であり、ガルーダと同様に伝説上の生物とされていた。
「それがね、1990年代にニューギニアのジャングルでモズヒタキ科のピトフーイの仲間のズグロモリモズが毒を持っていることが判明したんだ。他にもマワリモリモズとかサビイロモリモズにも毒があるらしい」
 雑誌『ハミングウェイ』の編集長をしているミラーは相も変わらず唐突な男である。気持ちよく惰眠を貪っていたロイス・キロル(gz0197)を電話で叩き起こした挙句に得意げに毒鳥の話などを聞かせている。
 ――コーヒーくらい出したらどうかね。ロイスは喉まで出かかった声を飲み下して興味のある素振りを見せた。

「うん。これらの羽とか皮膚にはステロイド系アルカロイドの神経毒が含まれていてね、河豚毒と同じように餌に含まれていた毒が蓄積した可能性もあるんだけど、おかげで天敵に襲われることがないんだ」
「それは素晴らしい。それで」
「それで君に毒鳥のキメラを探して欲しいと思ってね、呼び出したわけなんだよ」
 探し出せといわれてもそう希望通りにバグアが毒鳥のキメラを作るはずがない。
 今度は飲み下さずにロイスはいい切った。がミラーは得意げな笑みを浮かべてロイスの顔を覗き込んでいる。
「いい方が悪かったね。実はもう目撃されているんだよ。緑色の羽をした鴆に似たキメラだ」
「そのような胡散臭いものをバグアが作るのでしょうか。ただの鳥じゃありませんか」
「もっともな意見だが鴆は毒蛇を常食していたとされていてね。さっき話したと思うけどズグモモリモズも餌に含まれていた毒が蓄積して毒を持ったのだから鴆が実在していたと考えてもおかしくはないと思うんだ。もしかするとバグアの中に歴史好きのやつがいて鴆の写真でも見つけたのかもしれないね」

 ロイスは紀元前の書物に登場する鴆が写真に撮られている可能性を考えたが、馬鹿らしくなって首を振った。
 鴆に似たキメラが存在するのであれば探せばよいし存在しないのであれば探した振りをして金だけもらえばいい。
 ロイスは重い足取りで自宅に戻り受話器を取り上げた。
「そういえば、ズグロモリモズとズグモモリモズのどっちが正しいのかな。‥‥どうでもいいか。あ、もしもし、ULTさんですか。私はロイス・キロルと申すものですが」

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
嵐 一人(gb1968
18歳・♂・HD
天戸 るみ(gb2004
21歳・♀・ER
ドニー・レイド(gb4089
22歳・♂・JG
ミルファリア・クラウソナス(gb4229
21歳・♀・PN
吾妻・コウ(gb4331
19歳・♂・FC
ハミル・ジャウザール(gb4773
22歳・♂・HG

●リプレイ本文

 柔らかい陽射しを受けて光る葉の先端の水滴が垂れて泥濘の酷い大地に滲み込む。
 昨夜の雨を湛える森は時折に鳥の囀りが甲高く木霊するばかりで山全体が冬眠しているかのように静かだった。不自然に響く異質な音は八人の地を踏みしめる音と長閑な自然にそぐわぬ駆動音とばかりである。
 彼らの目的は鴆である。古代の書物に記されていたその鳥の羽を酒に浸して人に飲ませると容易く死に誘ったといわれるが八人はなにも特定の人物を毒殺するために鴆を探しているのではない。
 バグアが鴆を基に作ったという鴆型キメラの目撃証言を追って中国の山奥に足を踏み入れたのだった。
 獣道ではあるものの麓の村の者の山に入ることの多いために存外に歩きやすい。がこの道はじきに草木に閉ざされて容易に進めなくなるという。鴆の目撃されたのは腰の近くまで伸びた雑草の生い茂る先であった。

「キメラの撮影とはまた変わったことを‥‥。それでも仕事ですからきっちりいきましょうか」
 吾妻・コウ(gb4331)の言葉に天戸 るみ(gb2004)が目を輝かせた。
「ま、まさかこれは『緊急特番! 中国の秘境に住む毒鳥の姿を追えっ!』ですかっ!」
 振り向いた嵐 一人(gb1968)の顔を見て天戸は慌てて顔の前で両手を振った。
「い、今のは忘れてくださいっ!」
 どことなく楽しそうな天戸とは違い真剣な顔のハミル・ジャウザール(gb4773)もまた抜けている。
「毒のある鳥とは珍しいですね。……あ、だから探しているんですよね」
 使い捨てカメラを能力者に配っていたロイス・キロル(gz0197)が笑い声を上げた。
「ふむ。使い捨てカメラか〜」
 ドクター・ウェスト(ga0241)は撮影機材を所望していたが渡されたカメラがあまりに貧相なので思わず唸った。
「すみません。けちな編集長が専用の機材を用意してくれなくて」
 ロイスの配った使い捨てカメラも彼の首から提げているカメラも自前のものらしい。
「これからは我輩もこういう機材を揃えておこうかね〜‥‥」
 ドクター・ウェストは独り言ちてからロイスを振り向いた。
「ところで我が研究所の資料室には多くのキメラのデータが揃っているが君の役に立つかね?」
 唐突な質問に戸惑いながらもロイスは目を輝かせた。
「もちろんですよ。今回のキメラのように伝説に材を取ったキメラは多く作られているのでしょう? 非常に興味があります。よろしければ今度お邪魔させてもらえませんか」

「仕事でも祖国にこられるのは嬉しいものだ。その上に目標は伝説上の生物というし」
 最後尾を歩くドニー・レイド(gb4089)は穏やかな表情を浮かべている。
「あなたは確か天文学者でしたね」
「うん。観察することが本業だよ」
 ハミルに笑いかけてドニーは右手のメモに目を落とした。
 ドニーとハミルの二人は高速移動艇で現地に着いてすぐに鴆の目撃談を地域住民に尋ねて歩いた。
 そのおかげで獣も迷いそうな複雑な森を適当な道を選択して散策できている。ドニーのメモには字が洪水のように踊りところどころには簡単な地図が描かれていた。
 能力者たちは草木を掻き分けて素早く進んでいく。
 常人であれば息切れを起こしてへたり込みそうな道も能力者たちは問題にしていない。
「餌となる毒蛇が近くに棲息しているのですかね。中国の毒蛇は日本と大して変わらないらしいですが」
「しかし本当に鴆なのかね。ただの鳥じゃないのか?」
 嵐が吾妻の言葉を受けて疑問を呈した。
「僕たちの聞いた話の中にキメラが毒を持っているという情報はありませんでした」
 ハミルが答えるとロイスは不安そうにドクター・ウェストを見た。
「バグアは伝説上のクリーチャーをキメラとして作り出すことが多い。モデルがなくとも『鴆』の伝説を知っている者がおり、バグアにその頭の中を喰われていれば、鴆キメラを作り出すことくらいは容易に想像できるね〜」
「つまりは毒がなくても鴆である可能性もあるということですね」
 ロイスは安堵の息をついて胸を撫で下ろした。

 落葉の絨毯を切り開くように流れる川のせせらぎの聞こえてくる平地に達して能力者たちは散開した。
「私は一人さんとですね」天戸に嵐が頷いた。「ま、お互いに騒音持ちだからな」
 ドラグーンの二人はリンドヴルムをバイク状態に変形させてキメラを捜索するようだ。
 嵐が後ろに乗り込んだロイスを確認して荒々しくアクセルを捻る。
 ドニーと吾妻とが森に進入していくのを横目にドクター・ウェストとミルファリア・クラウソナス(gb4229)の二人も移動を開始した。二人は吾妻たちとは反対の方向に足を向ける。
「鴆について少しだけ資料を読んでまいりましたわ。鴆は毒蛇を食して毒を得たという記述があったのですけれども鴆は毒に耐性でもあったのでしょうか」
「猛毒の矢で仕留めた獲物を食しても死なない理由を知っているかね?」
 ミルファリアの首が横に振られるのを見てドクター・ウェストが続けた。
「それは毒の進入経路が異なるからなのだよ〜。口から入った毒は胃酸に分解されたり腸管にあまり吸収されないので十分な効果が現れないのだ〜。毒蛇のように毒を直接血管に送り込むと全身に回りやすいのだよ。ちなみに英語では毒を指す単語がみっつあって動物の毒はヴェノムという〜。鉛は神経毒でありな」
 嵐から連絡が入りドクター・ウェストの舌が止まった。
 嵐によると天戸が森にあるまじき極彩色を目にしたらしい。
「なにかの這ったような跡が残っていた。酷く蛇行している。車ではなさそうだが」
 ドクター・ウェストは吾妻とミルファリアとの話から毒蛇を思い浮かべたが中国にいる毒蛇の種類は日本とそれほど変わらないはずであるしそもそも轍のできるほどに重い蛇が中国に棲息しているはずがない。
 無線機に顔を近づけたドクター・ウェストにミルファリアが声をかけた。
「あのような毒蛇は存在しているのかしら」
 ミルファリアの指差す先でとぐろを巻くけばけばしい桃色の大蛇とその大蛇に抱かれて鼾を掻く肉の塊を見てドクター・ウェストは首を振り無線機でキメラの存在を皆に報せた。

 連絡を受けて駆けつけた天戸は白に金色の線の入ったリンドヴルムを身につけながら怪訝そうな顔をした。
 ――ビールを飲みながら野球中継を観ているだらしのない中年男性にしか見えないデブが本当に鴆なのだろうか。
「鴆‥‥。面白い生き物ですわね‥‥」
 ミルファリアがフリフパラソルを閉じながら感嘆した。
 小さな顔に不釣合いの巨大な嘴から長い舌を垂らし短い羽を上下に揺らしながら気球のように膨らんだ腹を波立たせて立ち上がった鴆の姿は醜悪に過ぎた。
 だらしなく欠伸をする鴆の周囲の幹には毒々しい桃色の大蛇が巻きついている。
「あの大蛇が餌とすれば大蛇は毒を持っているのですかね」
 吾妻は覚醒をしながらドクター・ウェストを見やった。
「どうだろうね〜。生物だから餓死寸前なら共食いをする可能性もありえるが〜。う〜ん」
「邪魔ですわね‥‥。さっさと退治して帰りましょう‥‥?」
 ミルファリアの真っ赤な瞳の色が瞬く間に薄くなり黄金色に光り始めた。

 能力者たちがそれぞれの持ち場に移動する中でハミルは使い捨てカメラを構えてシャッターを切ってから弓を取り出し口火を切った。鋭い矢が空気を裂いて一直線に大蛇の体を木に縫い止める。
 天戸は盾をふたつ構えてロイスの前に陣取りハミルと同様にカメラをキメラに合わせた。
 リンドヴルムで全身を覆った嵐は大胆に前線に飛び出してキメラに照準を合わせる。
 木に磔にされた大蛇に吸い寄せられるように全ての弾が命中した。
 ドニーは学者らしい深遠を思わせる澄んだ瞳をキメラに向けてアサルトライフルの引き金を引いた。大蛇のキメラは矢で磔にされたまま長い首を落とし地面に顔を埋めた。

 飛び交う銃弾の最中にあってドクター・ウェストは冷静にキメラの観察を続けている。
「あれもキメラだろうね〜」
 と一瞬で絶命した大蛇に鋭い視線を注ぎ
「ふうむ。長さは十メートル程度か〜。アミメニシキヘビの最長がその程度だから実在している可能性もあるが異常なほど細い〜。FFがあっても脆そうだ。毒はどうだろう〜」
 口早に呟きながらも前衛に立つ嵐とミルファリアとに『練成強化』を施し自身に『電波増幅』を使ってエネルギーガンを構えた。強力な一撃が大蛇の頭を吹き飛ばして肉の残骸に変える。
「華奢なだけあって動きがいいね〜。もたもたしているとあっという間に接吻されてしまう〜」
 どこか楽しそうに見えるのは驚愕のあまりにロイスの頭の螺子が飛んだからかそれともドクター・ウェストの頭の螺子が最初から外れているからか‥‥。
 ――そういえばこれほど近くで能力者とキメラとの戦闘を見るのは初めてだったか。
 ロイスが見蕩れている隙に大蛇は前衛を潜り抜けていたけれども吾妻の正確な射撃によって動きを止められた。
「通しませんよ」
 吾妻は大蛇の背後を移動する鴆にも銃口を向けたが大蛇が鎌首を擡げて鴆を庇ったために鴆の突進を止めることはできなかった。ドクター・ウェストの強力な一撃を受けても鴆の細い足は止まらなかったから首を引き抜きでもしない限りは鴆を静止させておくことは不可能なのかもしれない。
 短い羽を懸命に動かし弛んだ腹を波立たせる姿は笑いを誘ったが天戸の小さな体に覆い被さるように衝突したのは洒落にならない。衝突音が轟き天戸の体が後ろに流れる。ロイスが必死に天戸の背中を支えたが効果はなかった。
 それでも天戸の体は鴆を見事に受け止めた。全国天戸さん腕相撲選手権の優勝は彼女にこそ相応しい。

「っと。天戸に手え出すなんて生意気だぜ!」
 嵐が鴆に向けてショットガンを構えたが唐突に横から首を伸ばした蛇の頭を避けたために引き金は引けなかった。
「こいつの装甲に毒が通じるか、試してみな!」
 差し出された嵐の腕に牙を立てようと口を開いた大蛇にミルファリアがフリルパラソルを振り下ろした。
 大蛇は奇妙な声を上げながら地面に叩きつけられた。
 彼女の武器はその名の通りにフリルのついた黒い日傘でとてもミルファリアに似合っているためにロイスは思わず求婚しそうになったのだけれども
「どうせ断られるから勇姿だけ見て我慢しよう」
 と考えているうちにミルファリアは大蛇の長い尾に細い首を締め上げられてしまった。
「ああっ。私の嫁(妄想)が」
 ミルファリアは巻きつかれないように十分に気を使っていたがドクター・ウェストの観察の通りに大蛇の動きは俊敏で一度目は見事に距離を取って躱したが二度目は武器を振るった直後であったため避けられなかった。
「放したまえ」
 ドクター・ウェストがミルファリアに絡みつく大蛇を機械剣で切り裂き
「大丈夫かね」
 手を差し伸べてミルファリアに『練成治癒』を施す。

 そのころロイスは興奮のあまりに天戸を押しのけてキメラに近づこうとしていた。
「背中には盾がないです‥‥」
 天戸が背中でロイスを押し止めながら鴆の舌を盾で防ぐ。
 満員の電車に乗り込んできた力士ほどにお邪魔なロイスを放置して壮絶な戦闘は終幕に近づいていった。
 ハミルの矢が大蛇の眼球を貫きまた牙を折り顎を抜けて舌をもぎ取ると嵐がのたうつ大蛇に風穴を開けた。
 ドクター・ウェストも大蛇を攻撃しながら鴆の奇妙な姿に目を走らせる。
「全長は二メートルくらいかね〜。脂肪で吸収でもしているのか意外に頑丈だ。攻撃は‥‥、長い舌を自在に操るかその巨体で当身をする以外に特殊な方法は使わないようだね〜」
「フォースフィールドは強そうだけどキメラ自体は柔らかいのかもしれない」
 ドニーも一緒になって観察をしていたけれども鴆が逃走の気配を見せた途端に『瞬天速』で風のように鴆の眼前に移動した。「逃がさないさ。脚の速さと眼のよさとが自慢でね」

 鴆がその体から血を噴き出して崩れ落ちるまで大した時間はかからなかった。
 鴆は吾妻の銃弾に動きを止められドクター・ウェストに羽をもがれ醜い羽を散らしながらも濁った瞳を周囲に向けていたがミルファリアに『二連撃』を叩き込まれて断末魔の悲鳴を上げてふらふらと後ずさった。
 見た目は可愛らしいフリルパラソルだが凄まじい威力がある。
「これで終りですわ」
 ミルファリアはゆっくりと鴆の体から血で穢れたフリルパラソルを引き抜き血を振るい落とした。
「常にエレガントに、ですわ」
 飛散する大量の血肉と臓物との中に佇むミルファリアの胸元に鴆の血よりも赤い逆型のペンタクルが輝いた。

 素人のロイスには五体ものキメラが全滅をしたのは一瞬のことのように思えた。夢心地と形容すればよいのかロイスの頬は興奮で紅潮し太い指が微かに震えている。今までに見た残虐なホラー映画など足元にも及ばない場面が手で触れられるほどの距離に展開されていたのだから当然の反応といえるのかもしれない。
「凄い。凄いです。これほど興奮したのはいつ以来か。ほあー。凄い。能力者って凄い」
 鴆のように両手を激しく動かしながら能力者を絶賛するロイスに近づきドニーはロイスを宥めた。
「集めた鴆の情報は俺があとで纏めてロイスさんに送るよ」
「うっひゃー。ありがとうございます。楽しみに待っていますよー!」
 ドクター・ウェストはロイスの奇声を背中に聞きながらキメラの死体を弄くっている。
 どうやらキメラの弱点を探るために細胞を採取しているようだ。
 凄惨な死体の周囲で狂喜する男と死体を漁る男とは異質な雰囲気を醸していたが‥‥、ともかく無事にキメラを全滅させた能力者たちはミルファリアの提案で村に向かって移動を開始した。

 吾妻は背後から鳥の羽ばたく音を聞いて緊張しながら振り返ったが洗練された印象の美しい鳥が飛び立っただけだった。鳥は大きく翼を広げ山の頂上を目指して悠々と舞い上がっていく。
 すべてを包み込むように佇む山は巨大な体を横たえて静かな眠りに落ちた。