タイトル:学園祭(終幕)マスター:久米成幸

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 19 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/13 10:02

●オープニング本文


 中国にある小中高一貫校では季節はずれの学園祭が執り行われている。
 初日にキメラの襲撃に遭いながらも万事遺漏のない運営で動員数を着実に増やしていき盛況は頂点に達した。
 地域の振興を兼ねたこの学園祭も残すところあと一日となり、最終日には相当の動員数が予想された。
 学園祭の最後には壮大な花火が企画されていることもあり学園のある町は人で賑わっていた。

「物書きは人混みを嫌うものだ」が持論のロイス・キロル(gz0197)のシャツの襟はまだ肌寒いというのに汗で濡れて染みになり深い皺の刻まれた貧相な顔は青ざめている。どうやら人酔いを起こしたらしい。
「気持ち悪い。‥‥なんだって人間ってのはこんなにも多いんだ」
 ロイスは 取材のために町を訪れたのだけれども広い学園を埋め尽くす人間から出る熱気に脱水症状を起こしそうであった。
「『能力者の日常』か。変態でもいれば面白い記事になるが‥‥」
 ロイスは朦朧とする頭で色々のことを考えながら人込みに流されてふんどし喫茶に向かっていた。

●参加者一覧

/ 柚井 ソラ(ga0187) / ナレイン・フェルド(ga0506) / ケイ・リヒャルト(ga0598) / 西島 百白(ga2123) / ソフィア・シュナイダー(ga4313) / ミハイル・チーグルスキ(ga4629) / アルヴァイム(ga5051) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 百地・悠季(ga8270) / 最上 憐 (gb0002) / 田中 直人(gb2062) / 美環 響(gb2863) / 堺・清四郎(gb3564) / 澄野・絣(gb3855) / 橘川 海(gb4179) / アリエーニ(gb4654) / リュウナ・セルフィン(gb4746) / ファブニール(gb4785) / 東青 龍牙(gb5019

●リプレイ本文

 人間が将棋倒しにならないのが不思議なほどの混雑を呈している校門の前に立つ東青 龍牙(gb5019)は
「この分では合流も容易ではない」
 と考えながらリュウナ・セルフィン(gb4746)の隣で西島 百白(ga2123)を待っている。
「リュウナお祭りなんて初めて♪」
 弾けんばかりの笑顔を撒き散らしてはしゃぐリュウナと比べると東青の笑顔は少々硬い。
「ちょっと緊張しますね」と人込みからリュウナを守りながら頬を掻いた。
「なんでー? お祭りだよー。お祭りお祭りー♪」
 なおも嬉しそうに四肢を動かすリュウナに微笑を返し顔を上げた東青は人波に西島の白髪を見つけて手を振った。
「‥‥待たせた」
 西島が短い白髪を手で梳いて無表情のまま二人に近づく。
「今日は楽しみましょうね」
「面倒だが‥‥、仕方がないか。‥‥面倒は起こすなよ」
 無愛想な西島に緊張しながら首肯し
「いきましょうかリュウナ様」
「お祭りー。お祭りー」

 リュウナと同様にクラウディア・マリウス(ga6559)も満面の笑みを浮かべて校門を潜る。
「学園祭なんて初めてかも。楽しそうっ」
「俺も傭兵にならずにちゃんと高校に通ってたら、なんて思っちゃいますね」
 隣を歩く柚井 ソラ(ga0187)はふいに独り言ちて首を捻った。
「はわっ。ソラ君、これ美味しそう」
「あれ。聞いてない‥‥。えっとあっちのも美味しそうですよ」
 クラウディアは柚井の指差す方向に走り素早く購入をして戻ってきた。
「んー。美味しいかも。はいっ」
 受け取った柚井は何気なく口に入れて硬直した。
 普通の饅頭だと思っていたがあまりに生地が薄く中身が多い。
 ハムスターのように頬を膨らませた柚井に気づかずクラウディアは次々と食べ物を購入して柚井に手渡した。
「えへへ。楽しいねっ! ソラ君を誘って正解でしたっ」
「ほ、ほれほはほっへほらへて、んぐっ、誘って貰えて嬉しかったです。クラウさんと遊ぶのは楽しいです」

 アリエーニ(gb4654)の頬の膨らみも柚井に負けてはいない。
「たこ焼きもいいなあ‥‥。焼きそばも。‥‥はうう」
 咀嚼しながら次々と芳しい香りを嗅ぎわけテントに突進する姿さえ可愛らしいのは煌く金髪と緑色の瞳ゆえか。
 同行している田中 直人(gb2062)は財布から次々と小銭を出して店主に渡しながら笑みを浮かべている。
「チョコバナナ! あれ食べようっ! うん。きっと美味しいよ。美味しいですっ」
 以前にはファブニール(gb4785)の舌を蕩かした地元のケーキ屋の出すチョコバナナを見つけアリエーニは田中の手を引いてテントにひた走り今度は二本購入し一本を田中に差し出しながらもぐもぐとチョコバナナを頬張り始めたが、アリエーニはふいに赤面してチョコバナナを銜えたまま上目遣いに田中を見た。
 田中に気づかれないように小さく口を動かして食べ物を嚥下しようとしているのがまた愛らしい。
 ロイス・キロル(gz0197)は思わず足を止めてカメラを取り出したが、シャッターは押さずに微笑を浮かべた。

 アルヴァイム(ga5051)といえば歌舞伎業界では知らぬもののいない黒子であるというのは嘘だけれども、その隠密能力は猿飛佐助だとか風魔小太郎だとかいう往年の忍者と比べてもなんら遜色がない。
 アルヴァイムの視線の先には、平凡な制服姿の百地・悠季(ga8270)がいる。
 百地の制服から露出した肌には包帯が巻かれ顔の傷もファンデーションで隠されている。これらはすべて黒子に扮したアルヴァイムの配慮によるものだった。さらにアルヴァイムは医師に打診をしてギプスの軽量化まで考えた。すべては友人と学園祭に出かける百地を慮ってのものである。
 そのおかげで重体の百地も澄野・絣(gb3855)と橘川 海(gb4179)と一緒に学園祭を訪れることができた。
「やはり食べ物を扱うお店が多いのですね」
 澄野がテントを見回して呟いた。百地は「そうね」と返して辛子醤油で炙った烏賊を口に運んだ。
 辛子烏賊串は鼻腔を抜ける刺激の後に焦げた醤油のよく絡んだ烏賊が極上の味わいを醸すこの町の名物だ。

 三人は校門から伸びるテント群を抜けて校舎の前まで歩いた。
 駐車場に車は一台も止まっておらず大道芸人が広い場所を存分に使って曲芸を見せていた。
 特に目を引くのはサッカーボールの上に逆立ちをした芸人の上にさらに別の芸人が逆立ちで乗っている姿だ。
「どうやって下りるのでしょう」
 などといいながら手を叩いていた澄野はふいに人間タワーから視線を逸らした。
「あら。海さんはどこに?」

 美環 響(gb2863)が校舎を歩いているとふいに背の高い華奢な女性に声をかけられた。
「あれ。響さんですよね。もしかして木野子屋敷に?」
「ぼいんさんでしたね。はい。どんな感じに仕上がったのか気になりまして」
「ちょうどよかった。お客さんが増える前にどうぞ」
 ぼいんに先導してもらいながら響はきょろきょろと周囲を見回した。外に比べて校舎の内部は人が少ない。
「お化け屋敷が原因です。小学生の校舎を借りたのは間違いだったようで、近づくと呪われる‥‥、なんて噂が」
「それだけよい出来だったということでしょうか。お手伝いをした甲斐があります」
 雑談を交わしながら二人は進みやがて張り巡らされた暗幕の前で止まった。
「恐怖の木野子マネキン屋敷に一人様ご案内ー」

 照明は通常の学園祭でもシートを被せたりするが音響にも凝っているのは珍しい。地の底から響くような低音が赤く染まる廊下に反響しいかにも物々しかった。
 暗幕から最初の教室に入るまでの廊下の左右には血みどろのマネキンが並んでいる。そのマネキンの手がふいに動き響は肩を跳ね上がらせた。同時に流れた声は女性配達員のものらしい。存外に手が込んでいる。
 お化け屋敷は短い廊下を通って教室に入った。途端に天井からビニールテープで作られた手が響の頬を不快に撫で下ろし足元をマネキンの生首が走り回った。このマネキンはケイ・リヒャルト(ga0598)が加工をしたものだ。
 日本の怪談に登場するお岩さんが完璧に表現されており事前に見ていたはずの響も思わず呻き声を上げた。
 ――これは大人でも辛いのではないか‥‥。響の考えは当を得ていた。

「うわっ。な、なんですかここ。もしかしてお化け屋敷?」
 柚井はクラウディアに手を引かれながら不気味な廊下に入った途端に仰け反った。
 左右に並ぶマネキンが奇妙な動きで出迎えるのも凝っているし先ほどのお岩さんの生首には腰を抜かしそうになった。というよりもクラウディアは腰を抜かした。
「ひゃうわっ! はわわわ‥‥。ソ、ソラくーん」
 クラウディアは目に涙を浮かべて柚井の腕をつかみ、以後は柚井の背に隠れて歩いている。
 柚井もお化けは苦手ではあるものの隣にクラウディアがいるので込み上げる悲鳴を懸命に堪えている。
「だだ、大丈夫ですよ、クラウさん。こ、怖くなんてないです、からっ」
 柚井が引き攣った笑みを浮かべた瞬間にクラウディアが猛然と走り出した。
 柚井はしばらく呆気に取られて小さくなる背中を見送っていたが
「わわっ。待ってください。クラウさんってば!」
 外に飛び出したクラウディアは荒い息を吐きながら地面に崩れ落ちた。
 柚井が乾いた笑い声を上げながらクラウディアに近づき膝を屈めた。
 実は立っていられなかっただけなのだがクラウディアは柚井の顔を間近に見て涙を拭った。
「こ、怖かったあ‥‥。ソラ君、凄いね。やっぱり男の子ですねっ」
「あはは」と笑い柚井は心臓を押さえながら立ち上がった。

 お転婆喫茶というものが実在をするのかは寡聞にして知らないけれども、広い校庭に並ぶ喫茶店のひとつにお転婆喫茶という洗練された文字の彫られた看板が立っている。
 これが店員は素晴らしく可愛らしい上に店も洒落ていて華やかな雰囲気を醸しているから男が長蛇の列を作ってもおかしくはないのだがどうしたことか閑古鳥が鳴いている。
 椅子に腰を下ろしたファブニールは嫌な予感に苛まされていた。
「お転婆喫茶ってまさかお茶をひっくり返したりとか‥‥。流石にそれはないかな」
 当然ながらあるのだ。ファブニールがあと十分ほど早く足を運んでいれば水を滴らせたいい男たちが長蛇の列を作って店から出ていくのが見られたはずだ。
「いらっしゃいま、あっ」
 このわざとらしい声がまた男心を微塵もくすぐらない。しかも転んだ女性のスカートからはスパッツが覗いているのだから始末に負えない。個人的にはスパッツでも問題がないという神の声が聞こえる気もするがファブニールにそちらの趣味はない。そもそもスパッツなんぞを眺めている余裕がない。熱い。とても熱い。
 なぜお茶なのだ。客にかけることを前提にしているのならせめて水にしてくれ。いや水も駄目だ。固形物にしろ。
 ファブニールは「は、反省なんかしてないんだからね!」となぜかツンデレの要素も入っている店員の赤らんだ頬を茫然自失の体で見つめていることしかできなかった。お願いだから早く拭いてあげて。

 食べ物を頬張りながらリュウナは東青と西島と一緒に歩いていく。
 その足は恐怖の木野子マネキン屋敷に向かっていた。
「いざ! お化け屋敷!」
 リュウナが勢いよく拳を掲げると東青が顔を引き攣らせた。
「ええー。リュウナ様! べ、別のところにいきませんか?」
「キメラ以上に‥‥、怖いものなんて‥‥、ないだろ?」
 無表情の西島に頷いては見せたものの東青はお化けが大の苦手だった。
 特にこのお化け屋敷が古今東西の怪物を扱っている上に大人が本気を出して作成したものだから苦手な人からするとキメラと戦闘をしていたほうが幾分ましではないかと思ってしまう。
 人間には五感がある。さすがに味覚だけは難しいけれども聴覚、視覚、触覚、臭覚の全てを同時に刺激されて東青の心臓は肋骨を突き破って飛び出しそうだった。

 少し広くなった空間には精巧に縫われた白い着物を纏った女が背を向けて立っていた。
 女の足元にはマネキンの首が転がり周囲には卒塔婆が乱立している。
「いくぞ‥‥」至極面倒臭そうに吐き捨てて歩き出す西島を追って足を踏み出した東青は悲鳴を上げた。
 振り向いた女の顔は鑢で綺麗に削がれたように平らで目も鼻も口も耳もなかった。
 マタンゴ特製のアプライエンスメイクで作られたのっぺらぼうの出来は驚愕の一言に尽きる。
 悲鳴を上げながら抱きついてきた東青を一瞥して
「これほど面倒だとは‥‥、な」
 西島が呆れたように首を振り腰の抜けた東青を担いで出口に向かった。

 大道芸を眺めていた百地と澄野とはいつの間にやら姿を消していた橘川と合流して暗幕を潜った。
 フランケンシュタインの人造人間が背後からゆっくりと歩いてきても百地は冷然と一瞥をしただけだし澄野は「ホラー映画のような演出ですね」と頭の中で評価をする余裕があった。
 けれども橘川は違った。クラウディアのように、柚井のように、果ては東青のように泣き叫んで悶絶した。
 お化け屋敷に登場する怪物よりも彼らを見ていたほうが面白いかもしれない。
「いやーっ。駄目っ。無理無理無理無理!」
 澄野に抱きつき百地の背中に隠れ頭を抱え涙を流し挙句の果てにはのっぺらぼうの股間を蹴り上げた橘川は
「ひぐっ。えぐう。‥‥二人はなんでそんなに平気なの」
 と聞きながら絶叫をした。そのくせに東青の悲鳴を聞いてまた悲鳴を上げるから見ていて飽きない。
 股間を押さえて蹲っていたぼいんは悶えながらのっぺらぼうの顔を脱いで橘川の足をつかんだ。
「あの、そこの窓から外に出られますけれど」
 が足をつかまれた橘川は動転をして泣き叫ぶばかりで話が通じない。
 結局は百地と澄野とに宥められて橘川は窓から外に出た。

 ファブニールは床にしゃがみこんでお岩さんの生首を突いていた。
「よくできすぎ‥‥」と髪の毛を引っ張って慌てて元に戻したりしながらしばらく睨めっこをしている。
 ファブニールは橘川と違って怖がりながらもどこか楽しんでいる様子が窺えたが眼前に唐突に長いチャイナ服の裾がはためくと慌てて顔を上げた。
 チャイナ服はファブニールの視線から逃れるようにひらひらと妖しく動きながら泳ぎ続ける。
「うおああああ! こ、怖ー」
 女キョンシーである。端整な顔でありながら切れ長の目が薄暗い教室に光り輝いた。
「お化け役の人、動きがよすぎだよ。ひいいいい!」
 それもそのはず女キョンシーに扮しているのは能力者の響であった。
 壁を蹴って飛び上がりファブニールの視線から逃れるように背後に回り込んで頬に息を吹きかける。
 実際にキョンシーのキメラとの戦闘経験のある響だからこその華麗な舞だった。

 一風変わって薔薇の咲き乱れる教室があった。本当に薔薇が用意されているわけでも現実に薔薇が群生しているわけでもない。ただそこにいる一組の男女が薔薇を撒き散らしているだけである。
「ふえーん。怖いよー」
 愛らしい声を上げるアリエーニに
「って、ちょ、な、どうしたっ」
 田中が律儀に反応をする。
 ラブラブであった。それはもうラブラブである。知らぬ間に恐怖のお化け屋敷は桃色空間に支配されていた。
 お化け役の人たちも思わずびっくり、目を見開いて顔を見合わせ二人の様子をつぶさに眺める。
 田中はアリエーニの怖がるさまを楽しんでいる様子であったがアリエーニは怖がりながらも田中の腕に胸を押しつけるという禁断の奥義を惜しげもなく使っているのだ。羨ましい。
 つまりは「ふふ。楽しいねえ」といいながらも少しだけ怖がっていた田中を嘲笑うかのようにアリエーニはお色気戦法で勝負をしているのである。かの高名な策士もびっくり仰天山の中。げに恐ろしきは女人かな。
 桃色空間を壊すのは君しかいない、正義の女キョンシー美環 響、僻む男たちの夢を乗せてここに推参。
 とはいえ響も女性に好かれる人間ではあるものの‥‥、どちらを応援するのがよいか悩む必要がないほどに響の活躍振りは神の領域に達していた、とこれはロイス・キロル(46)独身の談である。
 驚いたアリエーニの右ストレートが田中の顎を完璧な角度で捉え桃色空間は雲散霧消した。

 クラウディアと柚井とはおじさん喫茶を訪れた。行方不明になるのが趣味ではないかと思われるほどに百地と澄野との前から姿を消していた橘川が足繁く顔を出していたおじさん喫茶である。
 おじさん喫茶はお転婆喫茶と同様に閑古鳥が鳴いている。この悲惨な状況を打破しようと能力者が何人か集まっていた。けっして橘川がおじさん趣味だというわけではない。
「ふむ。おっさんとは響きが悪い。おじ様という方向でどうかね。上品にかつ冷静に、そして相手を褒める。大人の余裕を持つことがおじ様の第一歩だよ」
 ミハイル・チーグルスキ(ga4629)の話を真剣な顔で聞くおじさんがいれば
「清潔感のある格好じゃなくちゃ!」とナレイン・フェルド(ga0506)に注意をされている学生服の前を中に折りたたんだ簡易スーツで接客に当たっていた学生がいる。
「ちょっとこっちにきなさい。男だってお化粧をするものよ」
「あ、私化粧道具を持ってますよ」
 橘川が手を上げてヴェレッタ・オリムの化粧道具を差し出した。
「さすが海ちゃんね。ちょっと借りるわね」
 フェルドが手早くファンデーションを乗せたり頬に影をつけたりと学生に化粧を施していった。

 ミハイルが心構えを諭しフェルドが外見を磨きそして橘川は雑談をしている。
「最中もなかなか美味いよな」
「え? え?」
「いやだからね、“最中”と“もなかなか”の“もなか”をかけててね」
「あ、あー。そういう意味だったんですか。うわー。面白いかもしれませんっ!」
 むしろテンションがた落ちの感がなきにしもあらずだけれどもともかく可憐な橘川と雑談を交わしているだけにもかかわらずおじさんたちにやる気が沸いてきたようだった。
「あわわ、しっかりしてくださいっ」
 橘川が肩を落とすおじさんを励ますとおじさんは
「冗談だよ。気にしてないよ」
 と笑みを浮かべた。橘川をからかう余裕まで生まれているようだ。
「うんうん。素敵なおじさまになったわ♪」
 フェルドが美しい笑みを浮かべた。これがまた端整に過ぎるから困るのだ。
「無理だよ‥‥。ナレインとミハイルさんが出てくれれば客なんていくらでも」
 再び弱気に取り憑かれたおじさんたちの背中を橘川がぽんぽんと叩いた。
「ほらっ。背筋を伸ばしてくださいっ! 大丈夫です。さっきよりずっとかっこいいですよっ!」
「いやいやいやいや。とてもナレインたちのようには‥‥」
 ――素敵なお父さんは娘にとっては嬉しいもの。
 そんなことを元気に満ちた清々しい笑顔の裏に秘めながら橘川は十年前に急逝した父に思いを馳せていた。
 その父が彼らと似ているのかは橘川にしかわからないけれど‥‥。
「私にかっこいいお父さん見せてくださいねっ」

「それじゃあ私はお店を見て回りながらおじさん喫茶を勧めてみようかしらね♪」
 燕尾服にデビルウィングで髪をポニーテールにしたフェルドは尋常ではない美しさだった。柚井も女の子に見える顔立ちだが燕尾服を着たフェルドは男装の麗人にさえ見える。
 男でありながら女にしか見えずまた女にしか見えないから男装をしているように見えるというコインの裏の裏が裏であるような存在だ。裏の裏は表だ。
 なにせ橘川はフェルドを女性だと信じ切っている。

「なぜ海さんがおじさん喫茶に‥‥」
 と首を傾げる澄野と百地とに合流しながら橘川は顛末を話した。
「ナレインって女の人とミハイルさんと一緒にね、おじさん喫茶をね」
 止め処なく喋り続ける橘川の話を聞きながら百地は疲れた顔で紅茶を啜っていた。
 この紅茶はおじさん喫茶で出された普通の紅茶だが中身は実は違う。黒子のアルヴァイムが用意したベルベーヌティーだった。葉を調理担当者に渡して百地のために淹れてもらったものだ。
「なんだか少しだけ疲れちゃった」
 百地は机に突っ伏して体の力を抜いた。

 おじさん喫茶に並ぶ不人気の喫茶店としてふんどし喫茶がある。
 そこに現れた救世主とも呼ぶべき女性はソフィア・シュナイダー(ga4313)だった。
 執事喫茶で優雅にお茶を飲みチョコバナナを片手に現れたソフィアは
「ごきげんよう。入店させて頂きますわ」
 と案内を待たずに堂々と椅子に腰かけて鼻を鳴らした。
「なんだか閑散としておりますわね。隣のおじさん喫茶は結構人が増えてきたようですけれど」
「ういらっしゃい。ご注文はなんにしやすか」
「紅茶を頂けるかしら」
「扱っておりやせん」
「ならコーヒーを」
「ございやせん」
「なにならあるの」
 ソフィアに見つめられて胸の筋肉を動かしながらむさぐるしい男たちが一斉に口を開いた。
「ホットミルク」
 それでいいわと答えてソフィアは剥き出しの臀部を観察した。毛の生えた汚い尻が揺れている。
「なってませんわね。これでは人など集まりませんわ」
 ふんどしにも種類がある。一般的なふんどしは云々と検索をして詳細に書いてもよいのだが男の尻ばかりが出てきて気持ちが悪いので割愛することにした。女性のふんどしは悪くないけれど。
「三十分待ってください。私が最高級のふんどしと中身を調達してまいりますわ!」

 ソフィアのターゲットは能力者である。
 個人的にはフェルド辺りがお勧めなのだがソフィアは堺・清四郎(gb3564)を格好の標的と見定めた。
 清四郎は先日サムライマンとして華やかなデビューを飾った能力者で本人は恥ずかしがっているがその存在は地域学園祭に欠かせない。上背があり顔に威厳があるからふんどしは似合うだろう。
 けれども清四郎は逃げた。サムライマンのときは顔を布で隠していたからまだよかったものの素顔にふんどし姿を不特定多数の人間に見られては生きていけない。
 ソフィアは懸命に能力者狩りを遂行したが捕まったのはロイスだけであった。貧弱なおっさんでは話にならないとロイスを蹴飛ばしソフィアはようやくプロレスラーの捕獲に成功した。
「ふふふ。能力者とまではいいませんがこの鍛え上げられた体は最高ですわ。ふんどしは立派なアクセサリー。若い子に人気を博すのも可能ですのよ。これぞ究極のふんどしですわー!」
 高笑いをするソフィアから足早に逃げていく小さな影はファブニールだった。彼はふんどし喫茶を華麗にスルーしておじさん喫茶に潜り込む。このおじさん喫茶もファブニールの好みではないのだが
「なんじゃこりゃ!」
 店内を見回してファブニールは大声を上げた。
 以前に見たおじさん喫茶は浮浪者喫茶と形容できる酷さだった。にもかかわらずこれはどういうことか。
「おじさんというか、おじ様喫茶? かっこよすぎ!」
 ファブニールは店内を見回して満足げに頷きケーキのフルコースを注文した。
 彼は甘いものに目がない。お化け屋敷の中にまでチョコバナナを持ち込む男だった。

「見ててね。この手のひらにあるコインね、生きているんだよ」
 女キョンシーの格好から普段着に戻っている響が涙と鼻水とでぐちゃぐちゃの顔をした少女の眼前に開いた手のひらを突き出して神秘的な笑みを浮かべた。
 少女は笑みに引き込まれて泣き止み指を銜えて響の手のひらのコインを見つめている。
「ほら」響が声を上げた瞬間にコインが跳ね上がった。
「わっ。わっ。すごーい。なんでー? なんでー?」
「種も仕掛けもございません」
 実はこれは手の平の皺と筋肉とによりコインを挟んで上空に舞わせているのだけれども親指が僅かに動くのみであるから子供にはコインが独りでに跳んだようにしか見えないのだった。
 満面の笑みを浮かべて拍手をする子供に響はさらに得意の奇術を見せようとハンカチを取り出した途端に
「きゃー。響ちゃーん!」
 とフェルドに抱きつかれた。
「ナレインじゃないですか」
「なーに? マジックショーでもしてるの? 私も見てていい?」
「いえ迷子の子供が泣いていたので」
 響が視線を動かすと遠くから少女の名を呼ぶ母親の声が聞こえてきた。

 お礼に貰ったたこ焼きを二人で食べながらフェルドは今後の行動を話した。
「これからライブを見にいこうと思ってるの。ケイちゃんが出るらしいじゃない」
「そうなんですか」
「うん。だから差し入れでもしようかなーって♪」
「それじゃあ途中までご一緒しましょうか」
 美男子二人組であるから買い物をするのも難儀である。特にフェルドはコスプレをしているので写真の撮影を願い出る女性が多かった。響も貴族風の格好だから磁石のように女性を引きつける。

 騒がしい学園祭に一人の少女が舞い降りた。その名は最上 憐 (gb0002)である。
「‥‥ん。出店が。私を。呼んでいる」
 西洋人形のような外見でありながらこれが非常に大食漢である。
「‥‥ん。頑張って。完全制覇を。目指す」と独り言ちながらさりげなく覚醒をしている。
 彼女は覚醒をしても外見はまったく変化しない。その代わりに腹が減るのである。
「‥‥ん。久しぶりに。全力で。食べられるかも。先ずは。あの店から。スタート」
 可憐な声だけがその場に残り最上の小さな体は掻き消えている。なんと『瞬天速』を使ったらしい。
「‥‥ん。食べ歩きに。必要なのは。速さ」
 後に店員の証言を集めたロイスはこう語った。「店には金だけが置かれていた」
「‥‥ん。大丈夫。キメラとかが。来た訳じゃない。慌てない。慌てない」という謎の言葉を聞いた者もいたとか。
 財布から金を出し店に並んだ食べ物をつかんで次のテントに移動しまた金を置いて売り物をつかむ。
 移動をしている間に食べ物は食道を抜けて胃に落ちている。もはや人間の仕業ではない。
「‥‥ん。出店を。食べるのは。楽しい」
 テントは食べないでね。

 校門から伸びる通路のテントの売り物は軒並み最上の腹に収まった。もしや彼女には胃が存在しないのではないだろうか。ブラックホールをその小さな体に秘める少女なのかもしれない。
「‥‥ん。この感じ。カレーの。気配がする。あっちだ」
 最上が立ち止まるのはカレーを置いている店のみであった。
「‥‥ん。おかわり。大盛りで。‥‥ん。おかわり。おかわり。‥‥鍋ごとでもいいよ?」
「嬢ちゃん。勘弁してくれ。もうねえよ」
「‥‥ん。もう? 分かった。次にいく」
「おいおい。そんなに食って腹を壊さねえのかい?」
「‥‥ん。カレーは。飲む物。飲み物。飲料」

「むう。こういうものなのか、メイド喫茶というのは」
 ソフィアの魔の手から辛くも逃げ切った清四郎はメイド喫茶に迷いこんでいた。
 このメイド喫茶にはアリエーニと田中との作り上げた桃色空間に劣らないほどの異質な空気が流れている。
「おかえりなさいご主人様」
 ――おかえりなさい。ああメイドだから出迎えているのか。なるほど。じゃあさようなら。
 くるりと回転して出ていこうとする清四郎の背中にメイドが抱きつき左右の手を別のメイドに握られて清四郎はずるずると店内に引きずられていった。その間も「ご主人様あ。どこにいくんですかあ」などと耳元で囁かれている上に背中にはおっぱいが当たっていてふにふにしていて女体って柔らかいなあとかこれはなんのプレイだ羨ましい。
 とロイスがハンカチを噛んで嫉妬しているのも知らずに清四郎は席に座らされた。
「ご主人様あ。コーヒーでよろしいですかあ?」
「あ、ああ。そうしてく」
「きゃー。ああ、だってー。可愛いー」
「でもおめめがこわーい。もしかして軍人さんですかー?」
「ご主人様ー。私はチョコパフェが食べたいですー」
「サ、サムライマン!」
「わー。ご主人様の筋肉柔らかーい」
「私にも触らせてー。きゃーもふもふー」
「サ、サムライマン!」

 これはどうにも耐えられそうにないと命からがら隣の店に逃げ込んだ清四郎は、ただ一人ふんどし喫茶で優雅にティータイムを楽しんでいたソフィアと視線が合って赤面していた頬を真っ青に変えた。
「あら。きたのね。でももう遅いわ。このとおりあなたの代わりは見つかったの」
 ソフィアの背後に立っているのは脳みそまで筋肉でできているようにしか見えないプロレスラーだった。
「に、日本男児というものが誤解されそうだ」
 清四郎は痛む頭を抑えてふんどし喫茶を飛び出そうとしたが、ソフィアの悲鳴を聞いて振り返った。
 どうやらプロレスラーも清四郎の反応を見て羞恥心を取り戻したようだ。
 清四郎はテーブルクロスを顔に巻いた。サムライマンの再臨である。
 サムライマンは容易くプロレスラーを宥めて校庭を離れようとしたが今度は迷子の子供を発見した。
 見た目とは裏腹に子供好きの清四郎である。放ってはおけない。

「ん。オカンが呼んどる。あばよっ!」
 清四郎に頭を撫でられていた子供は母親を見つけて走り出していった。
「違うぞ、坊主。そういうときは『またね』だ」
「おうっ! じゃあな、サムライマン!」
 人の話を聞いていない子供の返答に思わず噴き出し
「まったく‥‥。次は地球が平和になったときに会いたいものだ」

 ケイが顔を出した途端に音が止み生気のない顔の軽音楽部の部員たちがケイを目がけて突進してきた。
「ケ、ケケケケケ、ケイさんっ!」
「きてくれたんですねー。招待状は届きませんでしたか?」
「招待状?」
「返事がこなかったので今日はどうなることかと」
「ごめんなさいね。仕事で出ていたから」
 ケイが答えると部員たちは飛び跳ね始めた。どうやらケイが顔を出してくれて嬉しい様子である。
「今日のライブは大丈夫ですか?」
 部員が聞くまでもなかった。ケイは小さく頷いてマイクを受け取った。

 リハーサルには大した時間は割けなかったものの以前に練習をしていたこともあり問題はなさそうだった。
 部員の懸命な告知により控え室にいるケイや部員たちの耳に体育館を埋め尽くす客の声が届いてくる。
「いよいよですね」部長がケイに話しかけるのとほぼ同時に控え室の戸が開きフェルドが顔を出した。
「あら。きてくれたの?」
「当然じゃない。差し入れも持ってきたわよ」
 フェルドから飲料水を受け取りケイが礼を述べた。
 喉が潤い客が入り準備は万端である。会場の様子を見てきた部員が部長に頷きとうとうケイの出番がきた。
「It’s SHOW time!」
 ケイの一声により客が歓声を上げた。凄まじい熱気が会場を包み込んでいる。
 笑顔のケイが前に進み出て曲に声を乗せた。透明感のある声が響き場を盛り上げる。

 超絶桃色空間のアリエーニと田中とも観客の中に紛れ込んでいた。
「おっと。危ないぞ」
 田中に手を引かれてアリエーニが客の間をすり抜ける。
「すごいな。学校の軽音楽部しか出ないから客が少ないと思っていたのに」
 田中は苦笑をしながらアリエーニの顔を覗き込んだ。
 アリエーニは目をきらきらと輝かせて興奮している様子だ。
「わ、わ、凄い! かっこいいねー!」
「ああ。騒がしいけどな。ここはそういうところだ」
 ケイの透明な声が会場に反響をする。
 透明だから声が細いと思いきやそんなことはなかった。大音量の演奏にも微塵も負けていない。
 演奏の拙さをケイの声量が補いライブは大いに盛り上がった。
「今の学生たちにはこういうのが流行っているのか」
 なんだか悲劇に見舞われっぱなしの清四郎も体育館に足を運んでいる。ケイの声に耳を奪われて落ち込んでいた気分が否が応でも盛り上がっていった。「‥‥いい歌声だ」

 最後の曲はケイの独奏だった。ピアノの物悲しい旋律に乗せてケイの声が静かに流れる。
 ケイの歌声は体育館の薄い壁を抜けて外にまで届いた。最上に負けじと和菓子をぱくぱくと頬張っているファブニールがふと足を止めて体育館に身を寄せる。「心に響くいい声だなあ」
 体育館に入りきれないとあって外にも人だかりができていた。ケイの恋人であるミハイルもその中に混じって心地よい声に耳を傾けている。その魅力は凄まじくラーメン屋のおっちゃんが麺を上げるのを忘れてしまうほどだった。

 田中とアリエーニとは興奮そのままにカラオケ大会の行われる武道館に向かった。
 軽音楽部のライブにより人の数は疎らではあるけれどそのおかげでアリエーニが緊張をせずに歌えそうだ。
「あたし、歌は苦手なんだけどなあ」
 アリエーニが恥ずかしそうに赤面しているのを見て田中が大丈夫だよと肩を叩いた。
「まずは俺が歌ってみるから。無理することはないし」
 田中が壇に上がり司会に曲名を伝える。エレキギターを手に田中が中央に進み出た。
「頑張って! かっこいいところ見せてよね」
 手を振るアリエーニに頷き田中がロック調の音楽に声を乗せた。

 惑う 惑う 行く先は見えず
 迷う 迷う 暗闇に怯え
 進め 進め されど止まらず
 僕を導く 光はどっち?

 田中が歌い始めると軽音楽部のライブから流れてきた人の波が武道館に入ってきた。
 時折は歓声が聞こえ歌い終わると盛大な拍手が鳴った。続いて田中に励まされながらアリエーニが壇に上がった。容姿端麗のアリエーニを見られただけで観客から拍手が鳴り響く。

「久しぶりのデートなのだから楽しむとしようか。郷に入れば郷に従えというから私は白衣を着てみたよ」
「あたしは制服ね。似合う? 大丈夫かな。郷に従えてる?」
「セーラー服も実に似合うよ」
 大勢の客を虜にしたケイはライブを無事に終えてミハイルと腕を組んで歩いていた。
 恋人のいない男たちからの棘のある視線など視界に入らない。
 二人はテントを回って軽い食事を摂りながら花火までの時間を過ごしていた。
 ふいにミハイルがケイの頬に口づけた。ケイは頬に手をやりお返しとばかりにキスを返す。
 二人だけの世界というものは実在するのだなあとロイスは頭を撫でられるケイを見て思った。
 ロイスの手に握られていたクレープが知らぬ間に掻き消えていることにも気づかずに‥‥。

 甘い空気などなんのその、最上はなんとすべてのテントを回り終えていた。
 後は帰るだけだろうと考えるのは早計に過ぎる。
「‥‥ん。完全制覇完了。今度は。ゆっくり。もう一週しようかな」
 ゆっくりと覚醒を解き校門に歩を進めていたがふいに腹を撫で下ろして立ち止まった。
「‥‥ん。お腹いっぱいになった。帰りに。デザート。買って帰ろう」
 最上は買ったばかりのロイスのクレープを掠め取りお金を握らせて悠然と去っていった。

 リュウナを先頭に西島と東青とはふんどし喫茶に入った。
 リュウナがなぜあえて閑古鳥のなく店を選んだのかはわからない。
「なに頼もうかなー」
 と喜色満面の体のリュウナに微笑みながらしかし東青は西島に合図を送った。
 西島が小さく頷いて「‥‥面倒だ!」と呟き二人を抱えて走り出す。
 三人は結局はメイド喫茶に入った。ここであれば少々煩わしくはあるものの食事を楽しむことができる。
「西島さんはなににします?」
「適当に頼め‥‥。面倒だが‥‥、俺が出す」
 彼らの隣では響がメイドたちと優雅にティータイムを楽しんでいた。

 最後の締めくくりは季節外れの花火であった。
 クレープがお金に変わっていたことでしょげきっているロイスの肩にフェルドの手が置かれた。
「なによ、全然楽しそうじゃないわね。こっちにきなさいよ」
 ロイスを見つけてミハイルがケイに耳打ちをする。
「少し付き合ってもらえるかな。彼とは色々と話をしておきたくてね」
 ケイが頷いてミハイルより先にロイスに近づいた。
「ロイス。久し振り! 記事は上手く書けた?」
「これはケイさん。お久しぶりです。ええ、おかげさまで読者にも受け入れられたようです」
「それはよかったわ。今日はオフなの? それとも取材かしら」
「取材です。能力者の日常‥‥、というと少し出歯亀が過ぎますかね」
 ロイスの言葉を冗談と察してケイが白い歯を見せた。
 優れた脚本家でもあるミハイルは、落ちぶれているとはいえ一応は物書きのロイスに少なからず興味を抱いていたらしく二人は花火の上がり始めるまで何事かを話し続けた。

 花火が巨大な円を上空に描き出すとミハイルは会釈をしてケイとともにロイスから離れていった。
「この時期の花火は珍しいね」
「そうね。でもきっと寒空にだって映えるわ。ほら」
 連続で打ち上げられる花火の鮮やかな光がケイの白い頬を浮かび上がらせる。
「‥‥ミハイルと一緒だとより綺麗に見える気がする」
「花火も綺麗だけれどケイも十分に素敵だよ。今日は一日ありがとう。とても楽しかったよ」
「あたしも。‥‥ミハイルとこんなに一緒にいられて嬉しかったわ」
 花火に照らされて影となった二人の顔が徐々に近づいた。

 百地は疲れた体をファブニールの用意したテーブルに下ろした。両側には澄野と橘川とが座る。
「やっぱり皆さんと一緒に見る花火は綺麗ですね」
 澄野が花火を見上げて賛嘆すると
「本当に綺麗です。やっぱり大勢のほうが楽しいですよ!」
 ファブニールが買い込んできたチョコバナナだのケーキだのを頬張りながら笑った。

 アリエーニと田中との二人は人気のない校庭の隅で並んで花火を見上げていたがふいにアリエーニが鞄に手を突っ込んだので田中は花火から視線を逸らした。平時でも美しいアリエーニの顔が花火に映える。
「えっと、ね。今日はありがと。はい、これ。バレンタインには渡せなかったから。‥‥義理ですよ?」
 アリエールが少しだけ頬を染めて気になる友達へチョコを差し出す。
「ありがとう。‥‥あと誘ってくれてありがとう」

「人って一人では寂しいわよね。仲間が近くにいるって幸せよ。‥‥あなたには信頼できる人がいる?」
 独り言ちるようにいうフェルドにロイスは首を振った。
「誰もいなくて寂しくても一人でもなんでも生きていかなければなりません」
 それからロイスは薄く笑った。「今は楽しみましょう。すべて忘れて」
「だが、この光景が一夜限りの夢にならないため‥‥、この光景をまた見るため‥‥、俺は魂を振るい続けよう」
 清四郎がロイスの言葉に呼応するように拳を握り締めると響が両手を顔の前で組んだ。
「願わくはこの学園祭が多くの人に楽しい思い出として残り明日を生きる糧になることを」
「そうねえ。いい思い出になって、それを私たちが守るのよ。それが一番♪」
 フェルドの透き通るような青い瞳に色鮮やかな花火が混じった。

 花火に照らされて帰路につく影はリュウナを背負った西島と百地を背負ったアルヴァイムとのふたつだ。
 東青は西島の後について少々緊張の様子で歩いていたがふいに目の前に差し出された小箱を訝しげに眺めた。
「一応‥‥、取っておけ‥‥」
「あ、ありがとうございます。でも私だけそんな」
 東青は口を閉ざしてリュウナと西島との間に挟まれている可愛らしい紙袋に視線をやった。
 ――この人は口は少しだけ無愛想だけれど‥‥。
 東青は急に足を動かす速度を上げて西島に並んだ。

「あまり無理はするなよ。人のことはいえないがね」
「ごめん。あとはよろしく」
 アルヴァイムの言葉に百地が言葉少なに答えてがくんと背中に顔を埋めた。
「まあ気持ちはわからないでもないか。見逃すには惜しい光景だ」
 花火はもちろん束の間の平和を楽しむ人々の姿が‥‥、後に続く言葉を呑み込み、百地の微かな寝息を背中で感じながらアルヴァイムはゆっくりと闇に塗れていった。