●リプレイ本文
通常の学園祭に地域の振興と親交とを兼ねて催される地域学園祭の一日目は、清々しい天候の下に乾いた大砲の音に似た花火で幕を開けた。すでにテントからは香ばしい匂いが周囲に漂い口々に雑談を交わしながら歩く人の波から洩れる熱気に満ちて学園内は凄まじい混雑を見せている。
どの顔にも微笑が浮かんではいるが、アンジェラ・ディック(
gb3967)はどことなく表情が硬かった。
「コールサイン『Dame Angel』っと。それにしてもいい天気ねえ。こんな陽気の日にキメラがくるとは思えないけれど、コールサインも出したし巡回作業に勤しむとしましょうか」
地域学園祭の運営委員会にでも頼まれたのだろうか、変装用と思しき仮面を片手に鋭い視線を周囲に送りながらアンジェラは食べ物を購入しつつ歩いていく。
学園を埋め尽くす人込みの中には他にも所作に尋常でない雰囲気を持つ者が散見された。
たとえば校門前で警備員に声をかけられた少女もアンジェラと同様にただの観光客には見えない。
制服のスカートの膨らんでいるのが特に警備員の気にかかった。
呼び止められた熊谷真帆(
ga3826)は聞かれてもいないのに
「戦場の風紀委員真帆ちゃん参上。今日は趣味のコスプレ同人誌のロケできたの」
「え? あ、そうですか。ところで身体検査をさせて頂けますか」
警備員の伸ばした手に熊谷は身を捩り赤面をしてわざとらしい悲鳴を上げた。
「痴漢ー。痴漢よー。きゃーきゃー」
男というものは身に覚えがなくても女性に悲鳴を上げられると取り乱すものだ。それがいかにも狼狽している風だからなお信憑性があるのだがともかく唖然とする警備員を尻目に熊谷は素早く人波に紛れ込んでしまった。
警備員は硬直したまま同僚に耳を引きずられていった。
体育館にのそりと現れた堺・清四郎(
gb3564)は見た目が非常に厳つくやはり一般人には見えないが、彼の顔を見た途端に体育館は割れんばかりの歓声に包まれた。どうやら先日に彼の見せた豪快なダンクシュートに虜にされた少年や主婦たちとそれらから話を聞いた者とが体育館に多く集まっていたようだ。
子供たちに抱きつかれた清四郎は思わず破顔した。
「鍛練ばかりでこういう催しにはまるで参加しなかったな。今思えばもったいなかったかもな‥‥」
清四郎は白い歯を見せたまま「元気だったか坊主たち」と準備をしてきたジュースを子供たちに配り始めた。
ファブニール(
gb4785)は傭兵といえども好青年然としたよい意味で平凡な青年だった。筋肉質ではあるが身長はそれほど高くもなく周囲の人込みに完全に溶け込んでいる。
「楽しいー。やっぱり休息も必要だよね!‥‥なーんていい訳しちゃったり」などと独り言ちながらあちこちのテントに顔を出して大好物のケーキだのシュークリームだのを片っ端から買い込んで口に放り込んでいる。
特に地元のケーキ屋の出すチョコバナナは甘さの中にこくがあり舌触りが極上であった。
ファブニールは満足げに頷きながら人波に流されて校庭に出た。
校庭ではメイド喫茶から始まりふんどし喫茶という胸板の厚い男が暑苦しい接待をする店までもが並んでいる。
「なぜにおじさん喫茶が」とか「突っ込みどころがありすぎだよ」と苦笑しながらもファブニールは執事喫茶に潜り込んでメニューを開いた。すぐに眉目秀麗で立ち振る舞いに微塵の隙もない男が笑顔を浮かべて接客に当たる。
「甘いものをお願いー」
艶のある黒髪を風になびかせ涼しげな目元を柔らかく微笑ませ、気品のある優雅な仕草で頭を下げた美環 響(
gb2863)は、ファブニールの注文にそつのない会釈をして若い女性客の座る机に向かった。
「恋人はいるんですか?」
「きゃーきゃー」
「あ、あの、連絡先を」
「きゃーきゃー」
町で偶然にも有名な俳優にでも出会ったかのように喚き散らす女性にも品のある接客をする響を見て、他の執事役のバイトたちは顔を顰めた。どうやら客を全て響に取られてしまい手持ち無沙汰の感がある。
そこを狙うのは香取線香(gz0175)だった。
もう若くはないのにメイドの格好などをしてまた目が死んだ魚のように虚ろだから不気味にもほどがあるのだが、自尊心を傷つけられた男を高圧的な口調で励まして人気を得ている様子だった。
若い男たちに囲まれてご満悦の線香と視線の合った愛輝(
ga3159)は目を見開いて硬直した。
以前に線香と会話をしたことのある愛輝は線香の意外な一面を見て言葉に詰まり
「‥‥とても似合っていると思います」
と無表情で述べて足早にメイド喫茶から離れていった。
愛輝はのんびりと学園を見て回っている。やはりファブニールと同様におじさん喫茶とふんどし喫茶との前を素通りして体育館前で行われているライブを見、校庭の隅に群生する木に背を預けて腰を下ろした。
彼は騒がしいのの好きではないようで「やっぱりこの辺が一番居心地がいい」と安堵の息をついた。
人の声は聞こえるものの近くに人気はない。その微妙な距離感が心地よかった。
愛輝は頬を撫でる風を感じながら目を瞑った。
無数の玉が綺麗な軌跡を描きながら回転をしている。玉を操る男は不安定な椅子の背もたれに片足でバランスを取り妙技を惜しむことなく披露していた。
男の周囲では長い竹を顎に乗せて一輪車で走り回る男や四肢を複雑に絡ませる美女がいて人目を引いている。
山崎・恵太郎(
gb1902)はしばらく大道芸人に夢中になった後に出店に向かった。見た目は変わらないのにどうして祭りで売っているたこ焼きは美味しいのだろう。口に入れると濃厚なマヨネーズとソースとが絶妙の風味を醸し噛まなくとも舌に蕩ける生地がまた絶品だ。
山崎は満足そうな顔で瞬く間にたこ焼きを食べ終えると金魚掬いの水槽のあるテントに顔を突っ込んだ。
山崎の目の前の背中の大きな男が金魚を次々と掬っているらしくテントはちょっとした歓声に満ちていた。
「おっちゃん。俺も一回」
山崎も相当に上手である。瞬く間に金魚を掬う山崎と清四郎との間に火花が散った。
二人は掬い上げた金魚を輪を作る子供たちに渡してテントを後にした。
「まさかあんたも能力者だったとはな。俺は清四郎という」
「俺は山崎です。それにしてもいい勝負でしたね。どうです、校庭の喫茶店で紅茶でも」
「付き合おう」
二人は雑談を交わしながら校庭に下りた。校庭は広いためいくらか歩きよい。
「おっさん喫茶にも客がいるんですね。ふんどし喫茶はさすがに閑古鳥が鳴いているか」
山崎が苦笑をしてメイド喫茶に足を向けたが、清四郎は途端に表情を強張らせてUターンした。
「ど、どうしたんですか」山崎の言葉に清四郎は喘ぐような呼吸を返した。
「‥‥俺はなにも見なかった。そのほうが幸せになれる。‥‥忘れろ、俺。忘れるんだ」
呟きながら足早に立ち去る清四郎に首を傾げて山崎はメイド喫茶に入った。
「贅沢な気分だなあ。執事の給仕もいいけど」
ファブニールは至極満足そうに執事の働き振りを眺めながらメイドの接待を受けて口を忙しなく動かしている。
「美味しいお菓子にメイドさんの給仕もいいなあ。幸せー」
響は妙齢の女性に囲まれながら忙しなく不可思議な動きをしている。もしかすると得意の奇術を披露しているのかもしれない。何事かと釣られた他の執事たちも集まって響の周囲は賑やかだ。
メイド喫茶も賑やかだった。原因はノーラ・ロルフェス(
gb5129)にある。
「ああー。この感触が堪らないわあ。ふにふにってこういう感触のことをいうのよねえ」
ご満悦でメイドに抱きつき女体の中で特に柔らかいと思われる部分に頬ずりをしている。
線香が走っていってノーラの頭に拳骨を落とそうとした途端に足元が大きく揺れた。
「な、なんだ」とか「地震だー」とか騒ぎ出す客の中にあってノーラ、ファブニール、響、山崎、線香の面々は冷静に周囲を見回した。近くの木陰で休んでいた愛輝も立ち上がって振動の原因を探る。
「お疲れさん。景気はどうだ?」
と学園祭の準備の際に自分の手伝ったラーメン屋に顔を出して店主と会話をしていた清四郎も振動を感じて鋭い視線を周囲に向けた。「なんで悪い予感はよく当たるんだよ‥‥。おっちゃん、火の元に注意をしてくれ」というが早いか清四郎は振動の原因を探るために校舎に飛び込み階段を駆け上がった。
響は混乱する女性客に甘い口調で何事かを囁き優雅に一礼をして騒音に向かって駆け出した。
巡回をしていたアンジェラが最も早く柵を壊して侵入したキメラに対峙した。
「危ないですから下がってください」と野次馬の群れに向かって叫び瞬時に覚醒をする。
続いて野次馬から飛び出した愛輝が一般人に避難経路を指示し始めた。
メイド喫茶でセクハラをしていたノーラもショルダーバッグから素早くスコーピオンを取り出して、壊れた柵から学園内に雪崩れ込むキメラに向かって弾を撃ち込んでいる。
ノーラの隣では清四郎が顔を顰めてキメラを睨みつけていた。その手にはどこから手に入れたのか布が握られている。清四郎は歯軋りをしながら顔に布を巻いた。
「恥ずかしいが学園祭を守るにはこれしかないな」
音を頼りに場に現れた熊谷は「なにかのイベントじゃないでしょうね」といいながらも制服を脱ぎ始めた。
「平凡な女学生マホはよい子のネタパワーで制服姿から紺ブルマのマーブルに僅か五秒で変身するのだ。ではその過程を見てみよう」
五秒もかからずにマーブルと化した熊谷は覚醒をしてイアリスを取り出すとノーラの銃弾に呻くキメラに『流し斬り』を使い、鮮血がその愛らしい顔を濡らすのに構わずに横から突っ込んできたキメラを『急所突き』で迎撃した。
「戦場風紀委員マーブル参上。悪の華よ過去へ散れ」
「やはりっ! 貴様はー! 不審者だったー! うおおおおおお!」
格好のよいポーズを決める熊谷に警備員がタックルを仕かけたが熊谷は華麗に躱してメガホンを口に当てた。
「これはフィクションでーす! みなさん、これはロケであって本物のキメラではありません。ご安心ください」
熊谷の気転を察した清四郎は「とうっ」と華麗に高所から飛び降りてポーズを決めた。
「エミータマンの盟友サムライマン、悪の臭いを感じてただ今参上!」
唐突な展開に戸惑うばかりの野次馬に向かい山崎がマイクを口に当てた。
「なんとどこからともなく現れたキメラの群れに対するは正義のヒーローたちだっ! 一体キメラの目的は? そして学園祭はどうなってしまうのか! サムライマンは子供たちを守れるのかー!」
「俺がきたからにはお前らの好きにはさせんぞ! はああっ。紅蓮衝撃斬!」
清四郎の声が轟く。蛍火が真っ赤な炎に彩られてキメラの体を両断した。
響は『探査の眼』を使い野次馬に被害が及ばぬように努力をしている。
ヒーローショーを模しているとはいえ実際はキメラと能力者との戦闘に他ならない。
想像通りに突っ込んできたキメラに悲鳴を上げる観客の前に響は『先手必勝』で移動し『自身障壁』で身を挺してキメラを止めた。それほど強いキメラではないらしく響にダメージはなかったもののやはり体勢は崩れる。
前足を雄々しく振り上げたキメラはしかし『瞬天速』で瞬く間に移動をした愛輝に『急所突き』を受けて大きな音を立てて崩れ落ちた。『瞬即撃』の強力な一撃により作り物ではない血が周囲に飛散しキメラが痙攣をした。
アンジェラは準備していた仮面で顔を覆ってはいるものの殊更にヒーローを演じるつもりはないようで先ほどから一言も口を利かないけれども、弓を使ってキメラの厚い皮膚に続けざまに矢を突き立てていた。
マイクパフォーマンスをしていた山崎もナイフを取り出して、派手な動きをするファブニールとともに一体のキメラを相手に奮闘している。山崎はミカエルを装着しているのでいかにも戦隊のヒーローに見えた。
「世に仇なす悪党ども! 皆の幸せ守るため、ここから先は一歩も通さないぞ!」
ファブニールの派手な動きはヒーローショーを意識したものでその口調も堂に入っている。
唐突に現れたキメラの群れはこれまた唐突に現れたヒーローたちによりあっという間に殲滅された。
最後の一体は長い首を振り回して一般人に向かったがアンジェラの『狙撃眼』と『強弾撃』とで威力と射程とを強化された矢に頭蓋骨を砕かれて動きを止め、さらに『影撃ち』で放たれた凄まじい速度の矢に首を貫かれた。
踏鞴を踏むキメラの横から熊谷が奇襲をかける。「超次元バスター!」
響が「汝の魂に幸いあれ」と祈る横でファブニールが両腕を突き上げた。「正義は必ず勝つ!」
「マーブルの強烈な超次元バスターが決まったあっ。堪らず倒れるキメラは果たして立ち上がれるのか。ワンーツースリーカンカンカーン! 勝利です。マーブルの超次元バスターで決着うっ!」
山崎のマイクパフォーマンスに一般人から盛大な拍手が沸いた。
マーブルこと熊谷が拍手を受けながら
「カーット。皆さんお疲れ様でしたー。撮影は以上になります」
ファブニールも前に出てきて「ありがとうございましたー」と頭を下げた。
かくして最も大事な一日目にキメラの襲撃を受けながらも地域学園祭は成功を収めた。
最も尽力し成功に貢献をしたのはやはりキメラを見事な手腕でヒーローショーに仕立て上げた能力者たちだろう。
彼らの活躍により学園祭運営委員会に苦情は一件もなかった。当然だが負傷者も皆無である。
香取線香は、集まった野次馬の前で手から鳩を出して神秘的な笑みを浮かべる響と、子供たちに囲まれて満面の笑みを浮かべるファブニールと清四郎と、やはり大勢の人に労われる能力者たちとを見て愁眉を開いた。
やはり職掌柄彼女が騒ぎを収めるべきであったのだがその必要はまったくなかった。
「人々が騙されたいと願う幻想を見せるのが奇術師。その本分で皆様をとくと魅せましょう!」
大げさな口上で一般人の不安を紛らわせる響の声の歓声に紛れるのを聞きながら、線香は熊谷に手を引かれて歩き始めた。熊谷はすでにマーブルからいち戦場の風紀委員に戻っている。
「ただ暴れて帰るならバグアと一緒だ」と柵の修復を手伝う愛輝の横を歩きながら熊谷がふいに
「名目が立ってよかったですね」
「まったくだ。何人か見たことのある能力者がいたから被害は出ないと考えていたが、想像以上の出来だったよ」
雑談を交わしながらメイド喫茶のある校庭に戻ってきた二人は、女人の悲鳴を聞いて顔を見合わせた。
二人の視線の先ではバニーガール姿のノーラがメイドに抱きついている。
「拳骨を落とし忘れていたよ」線香がいうと熊谷が笑った。「私も手伝いましょう」
「あーっはっは。やっぱり女の子の感触はいいわー」
前言撤回。苦情は少しだけ運営委員会に届いた。