●リプレイ本文
フェイス(
gb2501)は水道局にて職員から下水道の地図を受け取った。
フェイスの隣にはファルロス(
ga3559)とユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)とがいてそれぞれも地図を受け取っている。この三人と眉目秀麗のルーイ(
gb4716)との四人が下水道に入りキメラを探すことになっている。
ひとまず地図を手にした三人が集合地点に戻ると中性的な顔立ちの一番合戦 颯(
gb2535)が頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします!」
どうやら一番合戦は任務自体が初めてのようだが緊張をしている様子はない。
「スライムは前によく作ったなあ」などと新条 拓那(
ga1294)に話しかけて怪訝そうな顔を返され「もちろん人畜無害のやつね」とつけ加えて白い歯を見せている。
「家人を突然亡くされるなんて、遺族の方はどんなに悲しい思いをしているでしょう」
新条の隣で石動 小夜子(
ga0121)が真面目な顔で呟いた。
「せめて生きている人が生活に戻れるようにさっさと終わらせましょう」
フェイスの力強い言葉にファルロスが小さく頷いて今後の作戦を提案した。
「俺たち地下班はそれぞれが東西南北に分かれて捜索をするのがよいだろうな」
ファルロスの案に新条が首肯する。
「地上班はばらばらかな。あまり離れないようにはするけど」
「私は事件現場を見てみようと思います」
髪を束ねた小夜子が露出する肌を布で覆いながらいうと新条も
「俺も小夜ちゃんと現場を見るよ。調べたいこともあるしね」
「では私は浄水場を‥‥。キメラを発見したら連絡します」
最後にセレスタ・レネンティア(
gb1731)が目的地を伝えてそれぞれが移動を開始した。
セレスタは自前の車両に乗り込んで浄水場に向かい、地下班はマンホールを開けて下水道に入り込む。一番合戦は歩道橋を越えて町の中心部に足を向けた。
町に高層ビルは少ないもののマンションだの住宅だのが立ち並び無機質な印象を拭えないが、郊外に出ると途端に色鮮やかな木々が視野を覆い尽くし、豊満に水の流れる川を越えると巨大な浄水場の建物が姿を現す。
応接間に通されたセレスタはキメラの特徴と自分が浄水場を訪れた理由とを話した。
「お話はわかりました。我々も警察の発表でキメラが移動に配管を使っていることは存じておりますが、浄水場と下水は別物ですからね。ここは町の北西に位置する小さな湖の水を取り入れて浄水する施設なのでキメラの侵入することは考えられないと思います」
「念のために拝見させて頂いてもよろしいでしょうか」
「ええ。もちろん構いませんが‥‥、通常の見学であれば沈砂池から着水井を通って凝集沈殿池までをお見せするのですが、キメラがすでに町に入っていることを考えると反対側から案内したほうがいいのかもしれません」
技術者は独り言ちながらしかし水の流れと同様のルートを通って浄水場を移動していく。
「目撃情報を見ると軟体動物のようですからかなり流されるのでしょうね」
「どうでしょうか。湖から流れてきたとしてもさすがに濾過池までは到達しないと思います」
念のために濾過池も見せてもらったが技術者のいうようにキメラは発見できなかった。
その後呼び出されて走り去った技術者を見送って浄水場の隅々を自由に探したセレスタは小さく溜息をついた。
「浄水場にはいない、か。貯水池も念のために見ておこう」
便器が爆発したと聞いていたけれども便所の壁に焦げた痕はなく、今は新しい洋式の便器も設置してあるため凄惨な遺体の転がっていた時に漂っていたであろう不気味な雰囲気は微塵も感じられない上に、便所内は綺麗に洗浄されていて証拠を探すのは不可能に思えた。
が新条と小夜子とは念のために互いに押し合い圧し合いしながら便所の隅々までをも調べた。
「トイレで頭を溶かされるなんてどこかのホラー映画にありそうだね」
「本当に。バグアもホラー映画を見るのでしょうかね」
小夜子はキメラの移動した形跡を調べていたがやはり判然としない。
新条は特に配管を念入りに調べている様子で
「普通に考えれば爆発の原因は水圧か化学反応だろうけど自爆の可能性はないのかな」
「最初に爆発があって被害者が出ていますからおそらくは違うと思います。二体いた可能性も否定できませんが」
新条はぽりぽりと頭を掻いて便所から出ると「うん。自爆の可能性は排除してよさそうだね」と呟いた。
「覚悟はしていましたが‥‥、ま、良い気分じゃないですねえ」
陰気な下水道に入りフェイスが全員を見回した。電灯があるので存外に明るいもののユーリは念のために覚醒して『探査の眼』を発動している。
それにしても内部は黴だの苔だのが随所に顔を出しており悪臭が酷い。
事前に入手しておいた地図により南側に東に伸びる通路があることが判明しているため、東を担当するファルロスと南を担当するファイスとが南下をし、北を担当するルーイと西を担当するユーリとは北に向かうことになった。
「初の実戦。足手まといにならないように気をつけなくちゃね」
ルーイが長い髪を撫でながらいい下水道を北上していくのを見送りフェイスは覚醒をした。
「さて。私たちも始めましょうか」
フェイスの言葉を合図に二人は一列で下水道を進んでいったが五分もせずに分岐路に至った。
今度はファルロスがフェイスを見送り通路を左折する。
下水道内は自身の足音が不気味に反響するのみで他に物音はしない。
頭上には剥き出しのコンクリートがあり水滴が絶え間なく頬に垂れ足元は苔で歩きにくく、ファルロスの履いているエンジニアブーツが滑ることもしばしばだった。
閉鎖された空間というものはどことなく現実から乖離したような夢心地の感がある。
ファルロスは不思議な感覚に戸惑いながらも着実にキメラに向かって進んでいたようだ。
前方の壁に蛞蝓のように張りつく異様な生物を発見したファルロスは瞬く間に覚醒し、蒼白のオーラを全身から迸らせながら『先手必勝』を発動して素早く距離を取った。
ファルロスのキメラと遭遇したのと同時刻にフェイスもキメラと相対していた。曲がり角では『隠密潜行』を使い慎重に歩を進めていたフェイスはキメラに気づかれることなくキメラを視認することができたものの、もっとも近い位置にいるファルロスに連絡を取ろうと無線機を取り出した途端にキメラが移動を開始した。
どちらにせよファルロスも戦闘中であるから挟撃は望めない。
天井付近に張りついていたキメラは重力を使って凄まじい速度で落下し、嫌な音を立てて地面に激突した。
キメラが狙っていたとは思えないが耳障りな音と同時に吐き出された酸は完全にフェイスの虚を突いており、咄嗟に身を捩ってシルフィードを持ち上げたが酸を完全に防ぐことはできなかった。
左足から立ち上る白煙と悪臭とに構わずフェイスはエネルギーガンを起動した。強力な銃弾がキメラの全身を貫通し背後の壁に身を埋める。
いかに物理攻撃に強いキメラといえども流石に非物理には耐えられず、呆気なく断末魔の叫びを発した。
「一体倒した。引き続き捜索に当たる」
無線機からファルロスの声が洩れた。
「私も一体片付けましたよ。酸にやられはしましたが問題ありません。キメラは相当知覚に弱いですね」
「怪我をしたのか。念のために『練成治癒』をかけるからこっちにきてくれないか」
フェイスの声にルーイの声が混じり続いてフェイスの「わかりました」と返事をする声で通信は切れた。
「うわあ。物陰に隠れてていきなり引っかけられたらたまんないな。そこまでの知恵はないと信じたいけど」
新条は治療を受けているフェイスの剥き出しの足を見て顔を顰めた。
「ええ。十分に気をつけてください。酸は一番合戦君のような盾でないと防げそうもありません」
フェイスの言葉に頷いて新条は捜索を再開した。その途中で一番合戦とも連絡を取ったが
「なかなかいそうで見つかりませんね‥‥」
と残念そうな声が返ってきたのみだった。一番合戦も新条と同様にマンホール等の水場を特に注意して捜索をしているようなので、そろそろ指針を変えたほうがよいのかもしれない。
セレスタは浄水場に寄ったついでに貯水池まで足を伸ばしたが貯水量が存外に多いために捜索を打ち切らざるを得なかった。完全に水を抜かない限りキメラの発見は不可能だろう。
「浄水場や貯水池で被害も目撃証言もないということはやはり町でしょうか」
セレスタはジーザリオを飛ばしながら定時連絡を待ったが、距離が離れているためなにも聞こえなかった。そこで町に入り次第駐車場に車を停めて浄水場と貯水池との捜索の結果を無線機に向かって話す予定だったが、見覚えのある背中を発見して素早く車から降りた。
どうやら背中の主は一番合戦のようだ。襟足が少々長い気もするが‥‥、セレスタは首を捻りながら一番合戦に近づき無線機を取り出した。
「ふふ。みどりのぐねぐね、みーつけた」
一番合戦は奇妙に子供染みた口調でキメラを指差して口角を吊り上げた。どうやら覚醒をすると髪が伸びるだけでなく性格や口調までも変わるらしい。セレスタは驚きながらも地上班にキメラ発見を知らせた。
「こちらセレスタ。対象を発見しました」
ほぼ同時に無線機から新条の声が洩れた。どうやら新条と小夜子ともキメラと遭遇したようだ。
「どうします。合流しますか?」
「オッケー。待機していてくれ。俺と小夜ちゃんがそちらまで引きつけて」
声は途切れしばらくして新条の唸り声が聞こえた。
「駄目だ。通行人が多い。仕方がないから手分けをしよう。倒したらすぐに駆けつけるよ」
新条は無線機をしまってツーハンドソードを構えた。彼の隣では小夜子が同様の構えを見せている。
二人は物理攻撃で攻める予定のようだ。キメラが知覚攻撃に弱いのはフェイスの言葉通りだが、ダメージが通りにくいだけで物理でも十分にダメージを与えることは可能だろう。
その証拠に新条の強力な一撃は易々とキメラの胴体を切り裂いた。
「‥‥これならスライムも蜂の巣です」
セレスタはキメラから距離を取ってアサルトライフルの照準をキメラに合わせた。
軽快な音ともに吐き出された弾丸は、銃自体に付加された雷属性により帯電しながらキメラの体を貫通した。
全身に風穴を開けられながらも苦し紛れに吐き出されたキメラの酸を一番合戦はジュラルミンシールドを突き出して防ごうとしたが動作が遅れて爪先が侵食されてしまった。
「いたいなあ。あはは。きょうはすらいむのおさしみだ」
けれども一番合戦は笑いながら穴だらけのキメラの胴体に切っ先を振り下ろした。
奇妙な色の体液を垂れ流しながら懸命に這う気息奄々のキメラに向けて、セレスタは引き金を絞った。
新条は大剣が酸により腐食することを憂慮していたがその心配はないようだった。
小夜子は酸を吐くための器官を集中的に狙っている。背中から生えた突起は相当の数があるけれど蝉時雨の切れ味は鋭く一振りで大量の突起を切り離すことができた。
二人の息は完全に合っており、キメラの圧倒的不利は明確であったけれども、ふいに飛び出した酸を避けるのは容易ではなかった。新条は小夜子を庇って右腕に酸を受けて膝を突いた。
「大丈夫ですか?」
「武器や身体を溶かすことはできても俺らの心まで溶かせると思うなよ!」
小夜子を心配させないためか新条は唐突に大声を発して水筒を取り出し煙を上げる腕を洗い流すと、大剣を手にキメラに向かって突進をしていった。
「一気にぶっちめてやる!」
小夜子は口元を押さえて微笑し新条を追ってキメラに切りかかった。
最初に北に向かったユーリとルーイとはすぐに二手に分かれた。
北上を続けるルーイはハンカチで鼻から口にかけてを覆い
「やっぱり地上班にしておけばよかったかな」
などと愚痴をこぼしている。
ユーリは地図に詳細に探索した地域を記しながら静かに進んでいた。
「ふむ。ここはこう繋がっているのだな。今は東に向かっているのか。戻ったほうがよいか」
ユーリの担当は西だが下水道内は入り組んでおり複雑だった。
ユーリはしばし立ち止まって地図と睨めっこをしていたが、ふいに顔を上げて前方に広がる闇に目を凝らした。
ユーリの鋭い両眼が『探査の眼』により常人には視認のできない闇を透かして不気味な極彩色を捉える。
下水道内に微かに響く甲高い音を聞きルーイは踵を返した。
音は下水道内に反響して正確な位置はつかめないが詳細な地図と定時連絡とにより大抵の位置は推定できる。
音を辿って角を曲がったルーイはファルロスの背中を確認して超機械を取り出した。
合流したのはルーイが最後らしい。黄金色に輝くキメラの左右をユーリとファルロスとが挟み、フェイスは汚水を挟んだ反対側の通路に立って援護射撃を行っている。
どうやら呼笛を吹いていたのはファルロスのようだ。視野の隅にルーイを認めたファルロスは呼笛を口から放して超機械の操作に神経を集中させた。
ルーイも超機械で戦闘に参加をしようとしたが攻撃をすればファルロスを巻き込んでしまう。かといってユーリの横に並べるほど通路は広くなかった。舌打ちをして汚水に飛び込んだルーイはスラックスの裾を濡らしながらフェイスの隣まで移動した。
「知覚と物理のどちらがお好みですか? リクエストは聞きませんが」
ふいにフェイスが小銃バロックを取り出して『二連射』を使った。ほぼ同時にルーイの放った電磁波がキメラに命中しキメラは地の底から響くような不気味な声を発して絶命した。
その後も地上班と地下班とは日の暮れるまで探索を続けたがキメラの存在は確認できなかった。
「戻ったらまずはシャワーですね」
フェイスが煙草に火をつけながら笑うとルーイが「まったくだよ」と美しい顔についた泥を拭った。
「早く帰ってシャワーを浴びなきゃ。着替えもしたいしね」
小夜子は恭しく新条の顔の汚れを拭いながら
「拓那さん探索お疲れ様でした。帰りに銭湯にでも寄りましょうか」
「それはよい考えです。どうです、この後みんなで銭湯にいくのは」
フェイスが紫煙を吐き出しながら提案するとルーイは少し考えてから頷いた。
「まあこのまま帰るよりはいいか」
心地よい疲労の中に張り詰めた緊張を解す能力者たちから遠く離れて遺族の家を訪問しているセレスタは
「このような非戦闘地帯で死者が出るのは悲しいですね‥‥。謹んでご冥福をお祈り申し上げます」
と悲しみにくれる遺族にお悔やみを述べていた。
遺族はすでに小夜子から詳細な報告を受けてはいたが、神妙な顔つきでセレスタに頭を下げて労った。
「本当にありがとうございました。きっと夫も天国で喜んでいるでしょう」
遺族の声は微かな嗚咽に塗れて空しくセレスタの心を打った。
その後この町で酸を吐くキメラの存在が確認されることはなかった。